中山佐知子 2015年11月29日

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ミツバチの地図は花でできている

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

ミツバチの地図は花でできている。
彼らのテリトリーは半径5km。
その先は世界の果てだ。
ミツバチは茶さじ一杯のレンゲの蜜を集めるために
14000の花を訪れる。

フクロウの地図はいつも夜だ。
フクロウの目は人間の100倍も高感度だから
昼間は眩しすぎてどうしようもない。
でも眠っているわけじゃないんだ。
眩しいから目を細めているだけなのさ、と
フクロウは言う。

カタツムリの地図はかなりぼんやりしている。
カタツムリの目は明るいところと暗いところを
うっすらと区別するだけだ。

森に古い大きな木がある。
村の人々は「ご神木」「山の神さま」などと呼んでいる。
キツネは屋根のあるねぐらだと思う。
フクロウにとっては安全な隠れ家。
虫にとっては
食べきれないほどの食料を生産する農園だったり
卵を生むゆりかごだったりする。

フクロウにはミツバチの地図がわからないように
ミツバチにはキツネの地図が理解できない。
だからキツネもフクロウもミツバチも
お互いに相手の地図を欲しがったりはしない。

誰かの地図を欲しがるのは人間だけではないかと思う。
相手をまるごと理解したいといったり
自分を全部わかってもらいたいといって
地図をやりとりしても、
結局は自分の地図しか見ていない。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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古川裕也 2015年11月22日

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にほんについて

    ストーリー 古川裕也
       出演 岩本幸子

ポールとマリーは、ラスパーニュ通りを歩いている。
「週末どうしようか」
 「ごめんなさい。来週展示会があるの。今週は休めないのよ。」
ポールは小鼻を少し膨らませる。
「え。日曜も?」
 「そうよ。週末とはたいていの場合、日曜も含むのよ。」
ポールの小鼻はもう少し膨らむ。
 「キリスト教徒として、それは、どうなんだろう。
  だいいち、そんなにたくさん働いて、まるで日本人みたいじゃないか」
マリーは、ポールの顔を見る。小鼻の膨らみに気づく。
  「あら。あなた日本に行ったことあるの?」
 「ない。」
  「じゃあ、わからないじゃないの、日本人がどのくらい働くかなんて。」
ポールは少し目を剝く。
 「だってみんな言ってるじゃないか。」
  「みんなが言ってるからって、それをそのまま信じるという態度は、
   どうなのかしら。」
ポールはもう少し目を剝く。
 「だって、あんなに遠くにあるんだから、しょうがないじゃないか。
  情報を信じるしか。とにかく日本人は僕たちとちがって、
  やたらめったら働くんだよ。」
  「あなた、日本がどこにあるか知ってるの?」
 「もちろん知ってるさ。」
  「じゃあ、地図書いてみて。」

今日の空は、地中海的に青く雲が低い。
ポールは、足を止め、上を向く。人差し指を立てて、
それを動かして空に向かって地図を描く。
濃い目のブルーバックに、白い線がくっきり浮かび上がる。
東アジアは島の多い地域だったと思うが、ポールの地図には島がない。
マリーは、空を見る。そして、訊く。
  「この場合、日本はどこになるの?」
ポールは答える。
 「ここだよ。この大きな大陸の右端だ。」
  「あなたの地図によると、中国と日本は陸続きなのね。」
 「そうだ。」
ポールは答える。自信満々に。
「だって、日本と中国はほぼ同じものだろ。顔も区別つかないし。」
マリーは反論する。
 「明らかに違う国だと思うわ。その証拠に年中もめてるもの。
  大昔のイギリスとフランスみたいに。
  だいいち、日本は島国じゃなかったかしら。イギリスとおなじで。」

ポールの小鼻が再び大きくなる。人差し指を使って空に向かって、
新しい地図を描く。
今度は、日本が中国大陸からめでたく切り離された。
けれど、その日本は、腰痛もちの明太子のように、
中央部が曲がった楕円形のかたまりだった。そして、中国より大きかった。
マリーは顔をあげて空を見る。
 「あら。ずいぶん大きいのね、日本て。」

ポールは再び目を剝く。
キングクリムゾンのジャケットのような顔になっている。
今度は、マリーが人差し指を立てて、空に向ける。そして、描く。
とてもていねいに。ゆっくりと。ポールの30倍くらいの時間をかけて。

マリーは人差し指をおろす。
ポールが言う。
「君によると、中国はものすごく大きくて、日本はとてつもなく小さい。
しかも、4つの島に分かれているというのか。」
マリーは答える。
 「そうよ。中国はものすごく大きくて、日本はとてつもなく小さいのよ。
  そうよ。しかも、4つの島に分かれているのよ。
  グレート・ブリテンのように。」

西洋が日本を知らないように、日本も西洋を知らない。

マリーの人差し指が描き出す美しく正確な曲線を見て、 
ポールの顔は、よりキングクリムゾン・ジャケット的になっていた。
 

出演者情報:岩本幸子 劇団イキウメ http://www.ikiume.jp/index.html

 

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直川隆久 2015年11月15日

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ニュータウン

ストーリー 直川隆久
出演 遠藤守哉

谷口が失踪した理由を、書いておこうと思う。
が、若干こみいった話でもあるので、順を追わせてほしい。

一月ほど前。
あいつがアメフト部の合宿への参加を頑なに拒むので、
部長の俺が説得にあたることになった。
谷口は、比較的俺には心をひらいている気がしたし、
俺もそのつもりではいたのだ。
一人暮らしのワンルームに谷口を呼び出した。
寡黙ながらグラウンドではいつも練習熱心な谷口が、
どうして合宿にだけは参加したがらないのか。
疑問を素直にぶつけた。
谷口の口はいつも以上に重かったが、ついに根負けし、
「部長にだけ話します」と事情を語り始めた。

「ひかないでほしいんですけど」
「なに?」
「タトゥーっていうか彫り物っていうか…
わりとでかいのがオレ、背中にあって…」

びっくりした。まさか谷口がそういうタイプの人間とは思わなかったのだ。
が、納得もした。
谷口がロッカールームではいつも壁際で着替え、
練習のあとはシャワーを浴びずにそそくさと帰るのはなぜかと
前から不思議だったからだ。

「まあ昔どういうことがあったかは知らんけど、過ぎたことは…」
俺の言葉を聞き終わらないうちに、谷口がTシャツを脱ぎ始めた。
屈強さを誇るアメフト部の中でも
ひときわ量感のあるその背中をこちらに向けると…
一面に、妙に、込み入った模様があった。

…地図だ。
しかも、住宅地図。

右肩甲骨のあたりに四角い枠があって、
その中に「けやき台3丁目地図」という文字があった。

「おまえ…この地図…」
「オレの生まれた町です」
「それを…なに、タトゥーにしてるわけ?…なんで…?」
谷口はいつになく言葉数多く話し始めた。
何か抑えていたものが堰を切ったかのように。
「…2020年頃に、ニュータウンのゴーストタウン化っていうのが
日本のあちこちで問題になったらしくて…
で、オレの生まれたけやき台ってとこなんですけど、
なんていうか…ちょっとおかしな自治会長がでてきたんですよ」
「おかしいっていうと…」
「まあ、一言でいうと、宗教っぽいっていうか…
最初はふつうの…むしろ、立派な人だったらしいんです。
子育て支援とか行事とかいろいろやったせいで、
町にだんだん活気が戻ってきて…
うちの親なんかはそのあと移り住んだんですけど。
でも、その自治会長がだんだんおかしくなっていって…」
「…どんなふうに…?」
「誰かが引っ越そうとすると、いやがらせをするんです…
集会に呼び出して何時間も問い詰めるとか…
そのうち、住民がその人の思うように動かされるようになってきて…」
「洗脳?」
「そう…ですね。ニュータウンの住民って、なんだかんだ言って
価値観も似てるから、染まりやすいのかも…
で、住民が全員、自分が住んでる家の周辺の地図を
刺青(いれずみ)させられたんです。
『けやき台魂を注入するために』って」
「…なにそれ…」
バカのようにぽかんとしている俺に
「星印のとこ」
と谷口が言いながら、もう一度背中を向ける。
腰のあたりに黒い★印がある。
「…ここがオレの家なんです。3丁目15の3」
「…」
「おまえの居場所は一生ここだ、っていう刻印なんです」
「一生?」
「故郷に忠誠を誓え、っていう」
「これ…いくつのときやられたの?」
「小3です」

カルト自治会長、肌に彫られた住宅地図…という組み合わせが
俺の理解の範疇を超え、なにかできの悪い冗談を聞いているようだった。
でも谷口はそんな冗談をいうやつじゃない。
まだ子どものときに無理やりこんな刺青をされるなんて、
ひどすぎる経験だ。どれだけ痛くて苦しかっただろうか。
「警察は?」
「だめです…ばれたら、ただじゃすまない」
「でも、谷口、おまえは今そこに住んでないわけじゃん。それは…いいのか?」
「よくないです」
と谷口は曖昧に笑った。
「オレの両親がオレを逃がしてくれたんです」
だから、自分はこの彫り物を迂闊に人に見せられないのだと言った。
それがばれると、連れ戻されるからと。
両親はどうなったんだときくと
「わかんないです。ぜったいに連絡とるな、って言われてるんで」
と言って谷口はうつむいた。

・・・・・・・・・・・・

それから何週間かたったある日、ポストに、手書きのメモが挟まれていた。
谷口からだった。走り書きで
「自治会長に見つかりました 検索リレキからかぎつけられたみたいです
仲間はみつけてあります このメモはトイレに流してください」とあった。
そして最後に「合宿、いきたかったです」と書き加えてあった。

・・・・・・・・・・・・・

重苦しい数日が過ぎた。俺は、どうすることもできなかった。
部の連中も、谷口が何も言わずに消えたことを不審に思い、
何か言ってなかったかとしきりに尋ねたが、
俺は沈黙するしかなかった。

ある日の朝パソコンを開くと、「ニュータウンで原因不明の大火」という
ネットニュースの見出しがあった。
何か予感がしてクリックすると、
「けやき台」の文字が俺の目に飛び込んできた。

「A県X市内のけやき台ニュータウンの複数箇所で火災が発生し、死傷者数82名に及ぶ大惨事となった。12棟が全焼、28棟が半焼。死亡した住人の中には、コミュニティ・デザイナーであるM山K彦市(65)がいた。M山氏は自治会の長としてこのニュータウンの人口減少を食い止め、一時期メディアでもとりあげられる手腕家であった。家屋の損壊の様子が通常の火災よりも甚だしいことから、重火器の使用の可能性があったとみて、警察は調べを進めている」…

俺は谷口の名前を必死で検索した。
死亡者リストの中に谷口の名前がないことを確認してから、
あいつが「仲間」と書いていたことを思い出した。
ひょっとしたらやつは、同じ思いをしたけやき台の人間と力を合わせて
「反乱」をおこしたのだろうか。
俺は…谷口のことを知っているようで何も知らなかった。

練習が終わってワンルームに帰り、ポストを開ける。
まだ谷口からのメモは入っていない。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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廣瀬大 2015年11月8日

1511hirose

「最後の言葉」 

     ストーリー 廣瀬大
        出演 清水理沙

「ありがとう。真紀子」

苦しそうに呼吸をしていた父が、
突然、穏やかな表情になり、
母を優しく見つめて言った。
まるでそれは、
地図を片手に見知らぬ土地をさまよい歩き、
へとへとになって顔を上げると、
ずっと目指していた所が目の前にあった。
そんなほっと安心したような表情だった。
そして、またそれは娘の私には一度も見せたことのない、
愛しい女を前にした、恋する男の顔だった。

「ありがとう。真紀子」
そう言って父は、静かに息を引き取った。
67歳だった。
泣き崩れるかと思ったが、
母はただ茫然とそこに立ち尽くし、
じっと父の顔を見つめていた。
3年間、癌に苦しんできた父の介護を続けてきた母の、
ベッドの横に立つ後姿は、驚くほど孤独に見えた。
生きているような穏やかな表情の父と、
亡くなったように表情を失った母。
母も私も、そして私の夫も息子も、
病室にいる誰一人、泣くことなく
そこに立ち尽くしていた。

父の容態が悪化したと
母から電話をもらい、
ホスピスに向かったのは
夜中の2時を少し過ぎた頃だった。
癌が末期のステージに進行していた父は、
半年前からこのホスピスで治療を受けていた。

むずがる4歳になる息子を連れ、
夫の運転で車をホスピスに走らせた。
大きな嵐が来ていた。
激しい雨が病院に急ぐ
車のフロントガラスを叩く。
この嵐が去るのと同時に、
父はこの世を去るのではないか。
どういうわけか、私にはそう思えてならなかった。

病室に入ると、嵐の雨と風のように
父は激しい呼吸を繰り返していた。
ベッドの横で、父の魂が体から抜け出てしまうのを
なにがなんでも防ごうとするかのように
母は父の肩を押さえつけ、声をかけ続けていた。

思えば父と母は、
娘の私から見ると恥ずかしいぐらいに
仲のいい夫婦だった。
元気だったころ、父はぽろっと私にこう言ったことがある。
「俺は母さんしか知らないからなあ」
私は顔を真っ赤にして、なにも聞こえなかったふりをした。
どうしてひとり娘を前に、突然あんなことを父は言ったのか。
今、考えてもさっぱりわからない。

「ありがとう。真紀子」
その最後の言葉は、
父の最後の呼吸でもあった。

ただ、最大の問題は母の名前は真紀子ではなく、
直美であるということだった。

真紀子とは誰なのか。
私の知る限り、親類、知人に真紀子はいない。
朦朧とした意識の中で、父は何を見ていたのか。
誰と一緒にいたのか。
どんな幻が、父を恋する男の顔にしたのか。
真紀子という名前に、母は心当たりがあるようだった。

あれから数年経って母は
「最後にどうして間違えるのかしらねえ」
と苦笑いをしながら羊羹を切った。
でも、私はときに思うのである。
人生の最後に、朦朧とした意識の中で、
私も父と同じように大切な何かを、
間違えてしまいやしないか。
それは夫に対してかもしれないし、
息子に対してかもしれない。

「でも、あのときのお父さん、すっごくかっこよかったわよねえ」
そう言って茶をすすっていた母も、今年亡くなった。
 

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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磯島拓矢 2015年11月3日

1511isojima

「地図」

    ストーリー 磯島拓也
       出演 平間美貴

NAVIが当たり前になって、
ドライブはつまらなくなったと思う。
なぜって、迷うことがなくなったから。
あわてて地図を開くことが、なくなったから。

私が20代のころ、デートと言えばドライブだった。
私が望んだわけじゃない。男たちが勝手に決めていた。
クルマのない男はデートをする資格がないと、
勝手に決めていた。
まったく、バブルってやつは。

あのころはNAVIがなかった。
だから男たちは、道に詳しくなければいけなかった。
正確に言うと、男たちが勝手にそう決めていた。
地図に頼らず運転する男がカッコイイと、勝手に信じていた。
まったく、男ってやつは。

あのころ助手席に座らされていた私は
「あ、迷ったな」という瞬間が好きだった。
その時、運転する男の顔を盗み見るのが好きだった。
意地の悪い女と言われれば、確かにそうかもしれない。

迷ったことを私に悟られぬように、平静を装う男。
でも脂汗をかいている男。
ごめんね、ごめんねと繰り返し、地図を取り出す男。
必死にページをめくる男。
どうせ意地の悪い女だと開き直った上で言ってしまえば、
それは、男の度量が試される瞬間だった。
慌ててつけ加えるけれど、
迷った時にオタオタするから度量が小さい、というわけではない。
もっと、そもそもの話だ。
「道に詳しい男が女をエスコートするのだ!」という考え方が
小さいのだ。

デートとは、そんなものではないだろう。
そんなにつまらないものではないだろう。
互いに好意を持った男女が、
または好意を持つ可能性を秘めた男女が、
ともにいる時間を楽しむこと。それがデートだろう。
誓って言うが、私は、
男に楽しませてもらおう!なんて思ったことは一度もない。
いっしょに楽しもうと思っていた。いつだって。

ドライブで迷ったら、迷ったことを楽しみたかった。
いっしょに地図を見て
こっちだ、いやこっちじゃない?と話したかった。
迷わないことに必死になる男より、
迷ったことをいっしょに楽しもうとする男が好きだった。
そして、あのころ、そんな男は驚くほど少なかった。

その数少ない男が今、私の隣で運転をしている。
数年前に新車を買い、すすめられるままにNAVIをつけた。
彼も「便利だね」などと言っている。確かにそうだ。
しかし、何だか物足りない。
上品な女の声に導かれ、迷わず、間違わず、常に正しく到着する。
そうだ。この車にしてから、私は地図を見ていない。

「今日はNAVI使うの、やめない?」
私は夫に言ってみる。彼はきょとんとして私を見つめる。
そしてこう言った。
「そうだな、久しぶりに迷うか」
よかった、この男はまだ大丈夫だ。
私はダッシュボードから地図をとり出し、ひざに置いた。

出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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