安藝哲朗 2026年6月14日「夏至の後藤は待ち長い」

夏至の後藤は待ち長い

  ストーリー 安藝哲朗
     出演 遠藤守哉

メロスが走り切った三日目、
その日は夏至だった。
夏至。一年で最も昼が長い日。
メロス目線で言うと、
タイムリミットの日没が一年で最も遅い日。
それが功を奏してか、メロスは無事、
日没までに王様の元へ到着し、友の解放を果たした。

約束の日が夏至だったのは、
決して偶然ではない。
王は夏至であることを知っていた。
王はメロスを処刑したくなかった。
もう、暴君であることを辞めたかった。
しかし、王としての体面を保つため、
厳しい要求をメロスに突きつけざるを得なかった。
メロスの到着を誰よりも喜んだのは
王だったのではないか。

…といったことを江藤は語り終えると、
伊藤の反応を伺った。
伊藤はしばらく考え込んでから、
「それにしても、後藤は遅いですね」
それだけだった。

江藤と伊藤は、後藤を待っていた。
後藤は、江藤と伊藤の共有の友人。
江藤と伊藤は初対面だった。
自己紹介など一通りの挨拶を交わし
後藤との関係などを語り終えると
話題はあっさり尽きてしまった。後藤はまだか。
居心地の悪さに耐えきれず、
江藤が苦し紛れに繰り出したのが
太宰治『走れメロス』にまつわる持論だった。
しかし、伊藤の反応はすこぶる薄かった。

江藤と伊藤は、後藤を待ちながら
二人の間にぽっかり浮かんだ空気を眺めている。

「メロス、ラストは裸でしたよね」

唐突に伊藤が言う。
メロスの話は終わっていなかったのだ。
伊藤はメロスを知っている。伊藤はメロスを語りたい。
江藤は、ここぞとばかり、
裸体のメロスについての考察を並べる。

裸体、つまり、衣服がボロボロであることは、
三日間の行程の壮絶さを効果的に表現する小道具である。
と同時に、ヒーローがヒーローでありすぎることへの照れとして
太宰自身が自嘲の意味でメロスを裸にしたのではないかと。

「ところで、素っ裸と真っ裸って、
どっちがより裸だと思いますか」

伊藤からの無遠慮な問い。
伊藤の興味はメロスではなく、裸のほうだった。
素っ裸と真っ裸、どっちがより裸か…。
AIに訊けばなんらかの答えは出てくるかもしれない。
しかし、江藤はその問いを正面から受け止めた。
これは時間を潰すにうってつけの議題。
江藤はじっと黙る。伊藤もじっと黙る。
さっきまでの沈黙とはちょっと違う。
今や二人とも共通の問いを抱えた哲学仲間だ。
「まっぱ」とは言うけど、「すっぱ」とは言わないし。
「ま」はア音で開放的なのに対し、
「す」はウ音で口を窄めて秘匿的な感じ。
「素っ裸」は表面的な裸にとどまるが、
「真っ裸」は内面さえも曝け出しているニュアンスか。

江藤が裸についての考えを煮詰める最中、
伊藤が先に口を開く。

「それはともかく、後藤はまだですかね」
伊藤は何も考えていなかった。

江藤は静かに目を閉じ、二本の平行線を瞼の裏に描いた。
決して交わることなく、走り続ける平行線。
二本の線は、平行を保ちながら少しずつ近づき
ついに重なり合い、一本の地平線となった。
その地平線に大きな太陽が沈もうとしている。
地平線の向こうから、夕陽を背負って誰か駆けてくるが、
顔が影になっていて誰かはわからない。
長く伸びた影はやがて闇に飲み込まれてしまう。
そうなるとキミが誰だかわからないままだ。
キミは現れるのか、現れないのか。
一切が消え、完全な闇が訪れる。

「日没まで後藤を待ちましょうか。なんせ今日は夏至ですし」
伊藤の提案に江藤は目を覚ます。

江藤は、伊藤をぼんやり見つめる。
西陽で顔半分に影が落ちている。
日没まであとせいぜい1時間ちょっとだろうか。
そのくらいあっという間だ。
なんといったって、弥勒菩薩がやってくるのは
56億7千万年後なのだから。
江藤は、ドリンクバーに立った。

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出演:遠藤守哉




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安藝哲朗 2026年4月5日「満たされない水瓶」

「満たされない水瓶」

ストーリー 安藝哲朗
   出演 遠藤守哉

水瓶は今日も満たされない。

デザイン会社で働く水瓶は、
クライアントへの提案帰りに
四谷の小料理屋で仲間と打ち上げ。
ビール、ちくわの磯辺揚げ、苺と蕪の赤酢漬け、
ピーマンの塩炒め、富山の日本酒、
うどとこごみの天ぷら、安納芋のバターのせ、
青森の日本酒、鯨の竜田揚げ、柚子おむすびと赤だし。
水瓶は「おいしすぎてやばい」とか言っているが
実はインフルエンザ明けで嗅覚を失っており
味がよくわかっていない。みんなの盛り上がりに
水を差すのもアレだから、なんとなく調子を合わせてしまう。
満たされたのは、胃袋だけ。

水瓶は今日も満たされない。

水瓶は、ひと月半に一度、
鎌倉の美容室で髪を整えてもらう。
「春も近いし、思い切って
ジーン・セバーグみたいなショートにしようかしら」と、
ここ2年ほど言い出せなかった自分的には思い切った提案を
あたかも今思いついたかのように美容師に告白した。だが、
「この髪質だとモンチッチっぽくなるかもです
やめておいたほうがいいかもです」と真顔で返される。
人が月へ住もうとする時代に、自分には
こんな小さな冒険も許されないのか。水瓶は空しい。
一方、鎌倉の大仏はかなり冒険した頭だな。さすがです。
帰りの電車の窓に映る水瓶は、
ひと月半前と何の変わり映えもない。

水瓶は今日も満たされない。

水瓶は、日頃の満たされなさを
AIに相談してみた。プロットはこんな感じ。
「近頃なんだか満たされない気持ちなんだけど、
どういうこと?」そしてこんな感じの答え。
「満ち足りていると、人は次へ進もうとしなくなる。
満ち足りていないのは、幸せへののびしろが
あるというしるしなのです」つまらない。
励ましてくれているけど、つまらない。
ありがちな一般論。どこか安い占いのような。
キミの優しさはありがたい。けどごめん。
AIは悪くない。悪いのは私。

水瓶は今日も満たされない。

水瓶には微妙な関係の海亀がいる。
海亀にも満たされなさについて問うてみた。
「満たされないということはさ、」海亀は語る。
「幸せになる一歩手前なんじゃないかな」
お前もそんなこと言うか。びっくりした。
あなたAI?そんなに退屈な亀だったっけ。
一万年生きていてそんなもんか。
水瓶は鏡に映る自分を覗き込む。
一滴の水もない。完璧な空っぽだった。
私もうダメかもしれない。
ダメかもしれない。
かもしれない。

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出演者:遠藤守哉

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安藝哲朗 2024年2月4日「流れ星」

流れ星 

   ストーリー 安藝哲朗
      出演 遠藤守哉

リビングで映画を見ていると、
ベランダから流れ星が入ってきた。
「こんばんは。流れ星です」と流れ星は言った。
「映画をお楽しみのところ申し訳ございません。
あ、小津安二郎の『秋日和』ですか。
いいですね。司葉子さん、美しいです」
僕はテレビを消して、部屋の明かりをつけた。
ビールがいいか、それともコーヒーか。流れ星に訊ねた。 
「どうぞどうぞお構いなく!そんなに長居はしません。
いかんせん流れ星なものですから。でもせっかくなのでコーヒーを」

我々はダイニングテーブルで向かい合った。
僕は流れ星の話の続きを待った。
「突然のご訪問で驚かれたでしょう。
いやね、私あなたの願いを叶えにやってきたもので。
と言いますのも、ミエコさん、ご存知ですね?
あなたの姪っ子さん。私が双子座の界隈を
ヒューンと走っている時に
ミエコさんからお願いされたんですよ。
あなたの願いを叶えてやってくれ!って。
ミエコさんまだ小学3年生なのに、
自分の欲しいものとか差し置いて
あなたの幸福を願ったのですよ。
それでね、私は、よしわかった!と
その足で今、こちらにお邪魔しているというわけです」
流れ星はそこまで話し終えると、
コーヒーを音を立てて啜った。
ミエコから見て僕は不幸に見えるのだろうか?
独身だから?それとも先日会った時に
着ていたセーターが毛玉だらけでみすぼらしかったから?
僕を心配するミエコの気持ちはありがたいけれど、
姪っ子の願い事をひとつ奪ったようで
なんだか申し訳ない気持ちになった。
ミエコは僕の姉に似て自己犠牲の傾向が強い。
ちょっと心配になるぐらいだ。

流れ星は本題に入る。
「それで、あなた様のお願いごとというのは
どういうものでしょうかね。いやね、突然
願い事は?って訊かれても困る!という人多いんですよ。
とてもよくわかります。私だって同じです。
流れ星さん、あなたのお願い事は?って訊かれても、ねぇ」

僕はちょっと考えて、
シャトレーゼのロールケーキをワンホール、
ミエコにあげてくれと流れ星に伝えた。それが僕の願いだ、と。
彼女はシャトレーゼのロールケーキに目がないのだ。
今の季節だと、中にイチゴが入っているかもしれない。
ラッピングはいかがいたしましょう?と流れ星が訊いた。
何もしなくていい、と僕は言った。
別に誕生日でもなんでもないしね。



出演者情報:遠藤守哉

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