波間千良子 2024年2月25日「桃」

   ストーリー 波間知良子
      出演 久世星佳

遠くの左から流れてきたわたしは
そのまま右へと流れて行きました
あのひとの手が滑ったのかもしれないし
わたしがするんとかわしたのかもしれない
ほら、ふいに手を繋がれたって事実を
ただ手が触れただけって上書きするみたいに
大事なのは流れを止めないこと
止まらない限り何も決まってしまわないから
ちびちびした産毛の感触だけ残して
わたしもうちょっと先に行きたい

上手に流れるコツは体の力を抜くことです
学校ではそう教わりました
いっしょうけんめい練習しました              
あらかじめ決められた物語に乗るために
でもわたし本当は泳ぎ方を教わりたかった
指先まで力をいれてバタバタと水しぶきをあげて
行きたい方へと勇敢に進む方法を
みんないったいいつ誰に教わったんだろう

となりをあれが追い越していきました
あれっていうのはそうそう、iPhone
iPhoneって泳げるんですよ
『「設定」をひらいて、「泳ぐ」をオンにしてください』
そういえばむかしおばあちゃんが言ってた
この先のずっと先のどこかに彼らの大群がいて
水族館のイワシショーみたいにギラギラとうねってるって
さっきのあの子はフィフティーンだから
ずいぶん早くにここへ来たのね
もしかしてもしかすると
自分で飛び込んだのかもしれないね

波がどんどん高くなってきました
真っ暗で何も見えないけれど
これまでよりもずっとずっと広い場所に来たことはわかります
お尻の傷に海の水がしみて
いま生きていることがわかります
どんぶらこ、どんぶらこ、
わたしはわたしの鬼を退治に
大事なのは流れを止めないこと
まだ何も決まってはいないから



出演者情報:久世星佳  https://seika-kuze.com/

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片野陽子 2024年2月11日「満面ニコニココンセント」

満面ニコニココンセント

ストーリー 片野陽子
   出演 平間美貴

つながれてる感じが嫌なのよ。
身動きできないような。
囚われているような。
毎日何本も紐を鞄に入れて、
自分からつかまりにいくみたいな
感覚があるでしょ。
キミがいないと成立しない世界が
あたり前ってことにも反抗したくなるの。
キミとつながって100%に満ちていく
ものを見ていると、引き換えに
吸い取られちゃう気がするんだよね。
キミはそんな私をいつも、ほうほうって眺めてるでしょ。

キミとの関係性を変えられるかもしれない良いアイデアがひらめいたのは、
アイドルがすっぴんからメイクを完成させるまでの
動画を見ていたときだった。
思ったの。キミをもっと、「顔」にしちゃえばいいんじゃないかって。
キミの顔を書くためのマジックは水性がいいか。
油性がいいか。ずいぶん悩んだ。
油性を選ぶメンタルでありたかったけど、
賃貸アパートだから水性にしておいた。
キミをどんな顔にするのがいいだろう。
まぬけな顔がいいか。戦ったら勝てそうな顔にするのがいいか 。
寝そべって肘をついてキミと向き合うと、
キミの上にうっすら埃がのっていた。
ティッシュで拭いてみたけど、まだ汚れがある。
キミの顔全体の汚れを水拭きでもして綺麗にしたいところではあるけど、
キミの怒りに触れて感電するとまずいから、やめておこう。

「私が使うのは水性サインペン黒 0.8mm。
ちょうどいい太さがポイント。まず、右眉毛から描いていきます。
まっすぐに、平行めに。眉毛は顔の印象を変える重要なポイントですから、
慎重に、慎重に。はい書けました。いい感じです。
左も同じように書いていきます。
続いては口。口は大きく口角のあがった、笑顔にしていきます」

キミをどんな表情にするか迷ったけど、笑顔にすることにした。
満面の、やりすぎくらいの、胡散臭いくらいの、笑顔に。
水性ペンで眉毛と口を書かれたキミは、不服そうだけど幸せそうだ。
部屋中のキミに顔を書いてしまえば 、
毎日毎日、パソコン スマホ 会社のスマホという
とにかくいっぱいの紐をそれぞれコンセントに挿して充電をするのが
おっくうでなくなるかもしれない。
部屋には2口タイプのコンセントが2か所。キッチンと玄関には1か所づつ。
全部、笑顔のキミにしようか。
いや、ちょっと眉毛が下がり気味の、困り顔のキミも、推せるかもしれない。
とりあえず、
いつもは面倒くさくてなかなか挿せないスマホの充電器を、
やりすぎくらい笑顔のキミにつないでから考えよう。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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安藝哲朗 2024年2月4日「流れ星」

流れ星 

   ストーリー 安藝哲朗
      出演 遠藤守哉

リビングで映画を見ていると、
ベランダから流れ星が入ってきた。
「こんばんは。流れ星です」と流れ星は言った。
「映画をお楽しみのところ申し訳ございません。
あ、小津安二郎の『秋日和』ですか。
いいですね。司葉子さん、美しいです」
僕はテレビを消して、部屋の明かりをつけた。
ビールがいいか、それともコーヒーか。流れ星に訊ねた。 
「どうぞどうぞお構いなく!そんなに長居はしません。
いかんせん流れ星なものですから。でもせっかくなのでコーヒーを」

我々はダイニングテーブルで向かい合った。
僕は流れ星の話の続きを待った。
「突然のご訪問で驚かれたでしょう。
いやね、私あなたの願いを叶えにやってきたもので。
と言いますのも、ミエコさん、ご存知ですね?
あなたの姪っ子さん。私が双子座の界隈を
ヒューンと走っている時に
ミエコさんからお願いされたんですよ。
あなたの願いを叶えてやってくれ!って。
ミエコさんまだ小学3年生なのに、
自分の欲しいものとか差し置いて
あなたの幸福を願ったのですよ。
それでね、私は、よしわかった!と
その足で今、こちらにお邪魔しているというわけです」
流れ星はそこまで話し終えると、
コーヒーを音を立てて啜った。
ミエコから見て僕は不幸に見えるのだろうか?
独身だから?それとも先日会った時に
着ていたセーターが毛玉だらけでみすぼらしかったから?
僕を心配するミエコの気持ちはありがたいけれど、
姪っ子の願い事をひとつ奪ったようで
なんだか申し訳ない気持ちになった。
ミエコは僕の姉に似て自己犠牲の傾向が強い。
ちょっと心配になるぐらいだ。

流れ星は本題に入る。
「それで、あなた様のお願いごとというのは
どういうものでしょうかね。いやね、突然
願い事は?って訊かれても困る!という人多いんですよ。
とてもよくわかります。私だって同じです。
流れ星さん、あなたのお願い事は?って訊かれても、ねぇ」

僕はちょっと考えて、
シャトレーゼのロールケーキをワンホール、
ミエコにあげてくれと流れ星に伝えた。それが僕の願いだ、と。
彼女はシャトレーゼのロールケーキに目がないのだ。
今の季節だと、中にイチゴが入っているかもしれない。
ラッピングはいかがいたしましょう?と流れ星が訊いた。
何もしなくていい、と僕は言った。
別に誕生日でもなんでもないしね。



出演者情報:遠藤守哉

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中山佐知子 2016年8月28日

1608nakayama

遠い先祖が寒さに追われて

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

遠い先祖が寒さに追われて
カムチャツカから海を渡り
千島列島を飛び石伝いに南へ下ったらしい。
およそ2万年ほど昔、
最終氷河期のもっとも寒かった時期のことだ。

陸伝いの移動はもっと簡単だった。
当時、大陸とサハリンと北海道は陸続きだったからだ。

流れは南へ向いていた。
氷河期の空気は気持ちよく乾き
氷が真水の貯蔵庫として機能したので
地面はいつも適度な湿り気があった。
気温さえ条件を満たせば生きやすい時代だった。

そうして、日本列島で1万年ほど暮らしていたら
突然暖かくなってきた。
空気がじめじめする。
そのせいで冬になると雪まで降った。
雪は一年の半分地面を覆い、
草が食べられなくなったマンモスが死んだ。

北へ、という言葉が囁かれるようになった。
北へ帰ろう。
北のふるさとへ帰ろう。

ところがだった。
地球の緯度を100km北へ上ると0.6℃気温は下がるが
山の標高を100メートル登っても同じだけ気温は下がる。
氷河が溶けて海の面積が広がっていた。
北へ帰るのは容易ではない。
北を目指すより山を登ろうと考える連中がいたのも
当然のことだっただろう。
単純に計算すると
標高2500メートルの高山地帯は平地より15℃涼しい。

チョウノスケもチドリもベンケイも山を登った。
ワタスゲは標高の高い湿原を住処に定め
サハリンの黒百合も居場所を見つけた。
いま日本で高山植物と呼ばれる草花は
こうして生きのびた種族だ。

例えばカムチャツカへ行くと
日本の高山植物がありふれた花として咲いている。
絶滅が心配されている花々がたくましく繁殖している姿を
見ることもできる。

それらを目にして、はじめて気づくことがある。
もともと貴重な種族などは存在しなかった。
貴重なのは、彼らが生きた知恵でありその歴史だったのだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2016年8月21日

1608naokawa

おかえり

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

死んでみると、「三途の川」が本当にあった。
イメージしていたような、暗くて不吉な風景ではない。山奥のせせらぎだ。
木々の葉を揺らす風もなく、さらさらと水の音だけが心地よく耳に届く。
脱衣婆とか鬼とかいった恐ろしげなものもいない。
晴れ渡った空からあたたかな陽光がふりそそいでいる。
水は透明で、手をひたしてみると心地よくぬるんでいる。

この川に流されていったらどうなるのかとふと思った。

じゃぼんと川の水に身をまかせる。おれの体は、ゆるゆると動き始めた。
仰向けに浮かぶ。
真上を見あげるおれの前で、青空がスクロールしていく。

気持ちいいなあ。
いやあ、気持ちいい。
これは、たぶん、おれでなくても流されたくなる。

しばらく下って、川の合流地点にさしかかる。すると、
向こうの流れの水面に、
黒い大きな丸いものがぽかりと突き出ているのが見えた。
熊。熊の頭だ。
だが熊はこちら側には関心をしめさず、
平和な顔つきで水の流れに身を委ねているように見える。

川の幅がだんだんと広くなっていく。
小さな流れが集まっていくにしたがい、
そこからいろいろな生き物が流れ込んでいるのが見えた。
見渡す限り川の水になる。
流れはとてもゆるやかで、なめらかな水面は、空の青色を貼り付けたようだ。
豚。馬。鹿もいる。人もいた。
テレビで見たガンジス河を思い出す。

平泳ぎで流されている女がいて、仰向けに流れているおれと目があった。
あ、それがラクか、と思ったのだろう。女も同じ姿勢になった。

さらにさらに下っていく。
ふと自分の足を見ると、見慣れない爬虫類のような足にかわっている。
まわりで流されている動物たちも、
トカゲなのかなんなのかわからない生き物になっている
。図鑑で見たことのある、古代生物だと気づく。

そういうことか。
おれは時間をさかのぼっているのか。

水はあたたかく、
おれは自分の輪郭が溶けていくような気持ちよさに包まれている。
これは死ぬのもわるくないなと、あらためて思う。

さらにさらに下る。
何億年分戻ったのだろう。
おれの輪郭はほどけ、バラバラになって、
バクテリアみたいなものになっている。
心地よくぬるんだ水の中は、バクテリアでいっぱいの、
スープのようになっている。ラーメンを思い出す。

流れは、ついに終結点にたどりつく。
この世界で死んだ生命たち、そのすべてをとかしこんだスープが、
深い深い淵へと注ぐ。

40億ぶりに戻る生命の始原の時間。
その淵に、おれたちは流れ落ちていった。

ああ、ただいま。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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田中真輝 2016年8月14日

1608tanaka

「流れにまつわる追想」

      ストーリー 田中真輝
        出演 石橋けい
  
夏。昼下がり。蝉の声がやんでいる。先ほどまであれだけやかましかったのに。
曽祖父の代からうちにある大きな振り子時計。その振り子が揺れるたびにカチ
カチという音だけが聞こえている。縁側から差し込む日差しを避けるようにし
て畳の部屋にできた日陰の中に体を横たえていると、冷たい畳の肌触りが心地
よくてついまた眠ってしまいそうになるけど、さあっと吹き込んできた風に、
雨の匂いを嗅ぎ取ってもう眠れない。あのときも今と同じように、夏の日差し
を避けて薄暗い畳の上で気だるく横たわっている私の目を覚まさせたのは、ど
こか少し生臭いような雨の匂いだったのだけれど、それは外からの風に乗って
運ばれてきた夕立の気配などではなく、いつの間にか目の前に立っている女の
濡れそぼった体から水滴がしたたり落ちて畳の目地に沿って流れていくしずく
のその流れによって運ばれてくる水の匂いが、わたしの鼻先をかすめて、水そ
のものの流れよりも先に部屋の外へ、庭土の上を小さな流れとなって、降り始
めた雨といっしょくたになって、やがて冷たく暗い穴の中へ滑り落ちていくと、
そこはもう海の匂いがする、と思うわたしは、いつの間にかまた少し眠ってい
たようで、目を上げると、もうそこには先ほどの濡れそぼった女はおらず、水
を吸い込んで足の形に黒く沈み込んだ畳が見え、そこから立ち上る水の気配の
ようなものだけがゆらゆらと、カチカチと聞こえてくる振り子の音をくぐり抜
けるように、ゆらゆらと揺らぎながら暗い部屋の天井の方へとのぼっていくと
そこには、同じようにのぼって行った水の気配が逆さまに溜まってゆらゆらと
揺れる水面があり、畳の上にだらしなく横たわるわたしのシルエットが逆さま
に映ってゆらゆらとゆれている。そのとき。ざっと。庭の木々を打つ。雨の音。
かきけされる。振り子時計の。カチカチ。いう音。一瞬の、闇。
闇の中に戻ってくる。濡れそぼった女から打ち寄せる、波のように打ち寄せる
息遣いがわたしの前髪をさらさらと揺らし、さらさら揺れる前髪をすり抜けて
届くその湿った息遣いがわたしのまつげに触れ、わたしのまぶたを覆うように
して閉じていくと思う間に、天井にとどこおっていた水面のさざめきがひとと
き収まって、鏡のようにわたしの姿を映すとその姿を抱えたまま、縁側に向か
って開かれた空間へと一気に溢れ出し、流れ出す先にあるのは先ほどまでの激
しい雨の気配だけを残して垂れ込め渦巻く質量をともなった雲の塊へとあまあ
いをついて空へと落ちていく落ちていくわたしはどこまでも空へと流れ落ち運
び去られていってもう取り返しがつかない。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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