小野田隆雄 2008年6月13日



琴を教える老女が語る傘の話

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳        

 
畳叩いて、こちのひと
悋気でいうのじゃないけれど
一人でさしたる傘ならば
方袖ぬれよう筈はない
トコトットット。

このおかしな歌は、明治時代の
はやり歌で、ラッパ節と申します。
えっ、わたくしの
子供の頃の歌かって? そんな、あなた、
それでは、わたくし、
百歳をこえてしまいます。
幼少のみぎり、祖母から
聞いたのでございます。
トコトットット、このはやし言葉が、
なんとなく、兵隊さんの
ラッパの音色に
似ていますでしょう?
はぁ?歌の意味がわからない?
ああ、そうでしょうねえ。
平成の御世ですものねえ。

ここにね、好きあって一緒になった
夫婦がいると、おぼしめせ。
ところが、殿方というものは、
ときおり浮気の虫に誘われる。
ある雨の夜のこと。
ご主人がいつになく、
遅く帰ってきました。
「いやぁ、ひどい雨であった。
 吉田の家で、傘を借りてね」
などと、ぶつぶつ、いいわけをいう。
そこで、奥方、たまらずに、
悋気の炎を燃やします。
つまり、ヤキモチでございますね。
やおら、きちんと坐りなおし、
畳をポンと叩いて、問いただします。
「まあ、あたな、しらじらしいこと。
 おひとりで傘をおさしになったのなら、
 なぜ、方袖ばかり、
 こんなに濡れるのでございます?
 どなたか、粋なお方と
 相合傘だったのでございましょう?
 わたくし、おさきに、
 やすませていただきます」……
ま、こんなあんばいでございます。

 ところで、あなた、
相合傘って、ご存知?
そうそう、殿方と御婦人が
ひとつの傘に入ること。
あれは、なかなか、
乙なものでございました。
 
 例えば、雨の銀座の柳の下を
殿方の番傘に入れてもらって
歩きますとね、
傘に当る雨音が、あたたかく聞える。
ときおりは、柳の枝が
傘の上にサラサラ鳴る。
㊚「濡れませんか。
冷たくはありませんか。
さ、もっと、こっちへ」
㊛「ハァ、いいえ、どうも、
おそれいります」
 すると、私の肩が、
 殿方の肩に触れる。
 ギュッと、あたたかい感触が
こちらに伝わってくる。
㊚「香水をお使いですか。
いい香りがする」
などと、いわれると、
もう、たいへん。……

おや、まあ、ごめんあそばせ。
わたくしにも、若い頃が
あったのでございます。
あら、雀が鳴き始めました。
ようやく、雨もあがったようですよ。
今日は、雨のおかげで
昔話を聞いていただけました。
あなたは、お若いのに
お琴がお好きなんて、
ほんとうに、うれしい。
はいはい、それではまた来週。
ごきげんよう。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

*「のんちゃん」ファンのみなさま、Tokyo Copywriters’ Street ライブに
 ご来場くださってありがとうございました。

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小野田隆雄 2008年5月2日



ヒレアザミの告白

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

五月半ばを過ぎると
草も木も、緑の色が深くなります。
そのかわり、雨の日も多くなり、
やがて梅の実が大きくなり、
日本列島は梅雨に入ります。
その頃から、
紫と赤の絵具で描いたような
アザミの花が咲き始めます。

アザミは、ちょっと
かわいい花です。
けれど、この花に
なにげなく手をのばすと、
花についている鋭いトゲに
チクリと刺されます。
その痛さに、思わず指を引っ込め、
おどろいてしまうので、
アザミという名前に
なったそうです。
古い日本語に
「あざむ」という動詞があって、
びっくりする、驚きあきれる、
という意味があります。

私は、ヒレアザミです。
すこし、私のことを話します。
サクラという名前の木はなくて、
ヤマザクラとかソメイヨシノとか
固有名詞があるように、
ほんとうは、アザミという名前の
草はありません。
オニアザミとか、ノアザミという
名前を、それぞれ持っているのです。
理屈っぽく申し上げますと、
キク科アザミ属のナントカアザミ、
それが正しい自己紹介になります。
ところで私は、
ヒレアザミと名乗っていますが、
ほんとうはアザミ属ではないのです。
キク科ヒレアザミ属という、
ちょっと変わり者です。
そのかわり、トゲだけは、
葉にも茎にもいっぱいあります。
ヒレと名づけられたのは、
ちょうど、魚のヒレのように、
トゲがついているからです。
なんだか、恐ろしげな感じが
しますか。すみませんねぇ。
でも、花の色は、
アザミ一族よりも、
きれいなのですよ。
かわいいねぇと、
ずいぶん、昔から
見つめられた。
見つめてくれても、誰も
手をのばしてくれなかった。

でもねぇ、トゲくらいあったって、
いいじゃないの。
なんて、ときどき思うのですよ。
スズランという花は、
ご存知ですね。
君影草、谷間の百合、小さな鐘、
妖精の杯。これはみんな、
スズランお嬢さまのニックネーム。
うらやましいったら、ありゃしない。
そしてさらに、
清純な香りまであるのだから、
愛されるのは、あたりまえ、
なのかも知れません。
だけど、私は知っています。
スズランには毒がある。
だから、北海道の牧場で、
馬たちは、決して、この花を
食べないのです。

五月になりました。
そろそろ、私も
咲き始めようかな
と、思っています。
そして、ほんとうに
心のやさしいひとが、
私のトゲを、
無くしてくれるのを
待っています。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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小野田隆雄 2008年4月18日



深い山で歌を歌った男の話

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳        

相撲という格闘技は、
神にささげる儀式として誕生しました。
平安時代、現代の暦で言えば八月の終りに、
帝の御前で、力士が東西に分かれて
相撲をとり、「今年は東の国と西の国と
どちらが豊作になるか」、それをうらなう
大切なまつりごとがあったのです。
ところで、その当時、
まだ、専門の力士はいませんでした。
そのために、四月の下旬になると、
宮廷から全国に使者が派遣され、
力自慢を捜し出し、京に連れてきて
力士にしたのでした。

ある年の四月の終り、
たちばなのよしとみという男が
使者をおおせつかり、
はるか東国にまで、出かけていきました。
彼は陸奥国、現代の福島県で、
力自慢を捜しましたが見つからず、
南隣(みなみどなり)の常陸国、
いまの茨城県に,
いってみようと思いました。

陸奥国から常陸国へと抜ける道に
焼山という名前の
山深い峠がありました。
よしとみは馬に乗り、
四人の部下は歩きながら、
峠道を進みました。
その道はしたたるように
若葉がおおいかぶさり、
はるか見あげると
雲ひとつない青空です。
ときおり、カモシカが
姿をみせるほか、何も動くものはありません。
風もまったく吹きません。
静かです。さびしいほどの静けさに、
よしとみは、歌をうたいたくなりました。
彼は京では評判の、のど自慢だったのです。
常陸歌という、この国の神々を
ことほぐ歌を、彼はうたいました。
筑波嶺の このもかのもに
陰はあれど 君がみかげに
ますかげはなし
筑波山のあちらこちらに、ここちよい
木陰はあるけれど、あなたの尊い御影に
よりそっているのが、最高でございます……
よしとみの声は、透きとおるように
高くひびき、青空に消えてゆきます。
すっかりよい気分になって、
彼は、くり返し くり返し歌いました。
そのときです。
「あな、おもしろ」
明るい大きな声が、山にこだまし、
谷底に、ころげ落ちるように、消えました。
そして、ポーンと手を打つ音。
よしとみは馬をとめ、
部下をふりかえり、尋ねました。
「誰そ?」
けれど、部下たちには、その声そのものが
聞えなかったのです。
よしとみは、急に髪の毛一本一本が太くなる
ような感じがしました。
冷たさが全身を走りました。
彼は、馬をいそがせ、いちもくさんに
峠をくだりました。

ようやくたどりついたその夜の宿で、
たちばなのよしとみは、
ふるえが止まらぬまま眠りましたが、
そのまま目覚めることなく、
死んでしまいました。

されば、と、古い物語の言葉は
続きます。
そのようなひとざと離れた
深い山で、
むやみに美しく歌うものではない。
山の神が、その声をめでて、
自分の世界へ、招きよせてしまうのだと。
はてさて、まことやら、いつわりやら、
今は昔の、遠いおはなしでございます。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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小野田隆雄 2008年3月14日



花盗人 
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

 
ひな菊と呼ばれる花があります。
ひなは、おひなさまのひなで
花の姿が、かわいらしいので
こう呼ばれるのだそうです。
春になると、菊の花の形をした
小さな花を咲かせます。
この花を
英語では、デージーと呼びます。

さて、テレビがモノクロだった頃の
お話です。

北関東の赤城山が見える小さな町の、
麦畑や竹やぶが続く
町はずれに
「お花病院」と呼ばれる病院がありました。
このお医者さまの庭には、
いつも季節の花が
こぼれるように咲いているのです。
周囲は白いペンキ塗りの板べいに囲まれ、
西洋ふうの二階建てで、
赤レンガの屋根には
かわいい風見鶏がついていました。

四月の、ある日曜日の午後、
男の子がひとり、
白いペンキ塗りの、板べいの
ふし穴から、じっと、
病院の庭をのぞいていました。
視線の先には、ピンクや白い
ひな菊の花が、
おしゃべりするように
咲いています。
彼は、じっと花をみつめています。
小学校三年生の彼は
花が大好きでした。
チャンバラごっこや竹馬よりも、
花を植えたり育てたりするほうが、
ずっと好きでした。
彼は、よく、この板べいのふし穴から
庭をのぞいていたのです。
でも、今日、ひな菊を
みつめているうち、
「あの花が欲しい」と
急に、思ってしまいました。

白いペンキ塗りの板べいの一ヵ所に
門がついていて、
「本日休診」の札がかかっています。
でも、鍵はかかっていません。
建物の中は、ひっそりしていて
ひとの気配もないようです。
屋根の上で、風見鶏が、風を受けて、
カラカラ、カラカラ、鳴っています。
少年は、息をころして
その門からしのびこみました。
はうようにして、ひな菊に近づき、
むしり取るように、盗みました。
それから、後もふりかえらずに
竹やぶの陰に向かって走りました。
竹やぶの中に入り、少年は、
ほっと息をつきました。
両手でつつむように、持っていた
ちいさなひと株のひな菊は、
まるで小鳥のように
息づいているようでした。
少年の爪のあいだには、
黒い土が、びっしりつまっていました。

少年は、ひな菊を、
自分の家のせまい花壇のすみに
ひっそりと植えました。
でも、ひな菊は、根づきませんでした。
一週間もすると、しおれていき、
五月になる頃には、枯れました。
ごめんよ、と少年はつぶやきました。
花を盗んだということは、
あまり、悪いとは思いませんでした。
枯らしてしまったことが、
とても、かわいそうに思えたのです。
その日から、少年は、
「お花病院」のお花畑を
覗き見ることを
やめてしまったのでした。
そして、いつのまにか花を見ることより、
野球が好きな少年に
なったのでした。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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小野田隆雄 2008年2月15日



ひなげし公園にて
          

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

 
それは、五月のことでした。

公園の日曜日は
ひなげしの中に
うづまっていました。
ときおり、
花びらが散りましたが、
高く舞いあがっていく、
すこし小さい花びらは、
それは、やはり、蝶々でした。
見あげると、あちらこちらに
けやきの木があって、
風が、その若葉の茂みに、
勝手に自分の通り道をつくり、
その中を、サラサラと走って、
青く晴れた空に
帰っていくのでした。

時が水のように流れていきます。
子供たちは、アイスクリームを食べて、
なかには、ノースリーブの
ワンピースの少女もいました。
風車(かざぐるま)を売るおじさんの自転車は、
いつものように、公園のすみに。
編物をするおばあさんは、
中央のベンチに。
そして、若者がひとり
花壇の前のベンチに、
ぼんやりと、もう
二時間もすわっています。

若者は、今年、大学生になりました。
昨夜、友人のちいさな部屋に
五人で雑魚寝をしました。
男子、さんにん、女子、ふたり。
安いお酒を飲み、歌をうたい、
楽しく騒いだあとでした。

それは今朝の
明け方に近い時刻でした。
窓の外で雀が鳴き、
彼が眼をあけたとき、
彼を見つめている視線がありました。
彼女の視線は、何かを
耐えているように、動かずに
彼をみつめていました。
ほかのひとびとは、
軽い寝息をたてています。
せまいアパートの畳の上、
彼が手をのばすと
同じように彼女の手ものびて、
ふたりの、のばしきった指が、
二、三本、触れることが出来ました。
畳のひんやりする感触の上で、
ふたりの指は熱く、
部屋のすみで、コチコチ鳴る
目覚まし時計の音が、
触れあっている指と指の、
ふたりのドキドキする脈搏と
重なっていく。けれど、
けれど、声を出すことも、
体を動かす余地も、
ふたりの置かれた関係では、
なすすべは、ありません。

その時、誰かが、
あっ、いま何時だろ、と言いました。
ふたりは、もういちど見つめあい、
指をからませたあと、
視線も指も離れていきました。
ゆっくりと、
行きすぎる舟のように。
もう、出会うこともないように。
たった、それだけのことでした。

でも、指が離れていくとき、
「今日の午後、
 ひなげし公園で…」
彼女のささやきを、
彼は聞いたかと思いました。
いいえ、聞きたかっただけ、
だったのかも知れません。

公園のチャイムが
五時をつげました。
今朝(けさ)のことを、
僕はいつまで、おぼえているだろうか。
と、若者は思いました。
五月が終れば、
木々の若葉は、重い緑になるのでしょう。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

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小野田隆雄 2008年1月11日



 
紙飛行機
            

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

 
北の国へ飛ぶ飛行機は、
南の国のおみやげを積んでいる。
声を出す鯨のおもちゃ。
ウインクするフラダンス人形。
南の国へ飛ぶ飛行機は、
北の国のおみやげを積んでいる。
雪ダルマの風船。
ゼンマイで走る、トナカイのそり。

伊豆半島のまんなかあたりに、
みかん山にかこまれた
温泉の出る小さな町がありました。
いまでも、きっとあることでしょう。
この町の小学校は、
みかん山の中腹にありました。

この小学校の、せまい校庭に立つと、
海もよく見えましたが、
大きなプロペラ飛行機が飛んでいくのが、
まい日、見えるのでした。
きっと、小学校の空の上に、
飛行機の通る道があったのでしょう。

ああ、飛行機に乗りたいなあ。
お父さんの国へ行きたいなあ。
少女は空を見あげながら
いつも、そう思うのでした。
彼女のお父さんは、
遠い東の国にいるのです。
十年ほど前に、西の国の半島で、
戦争がありました。
彼女のお父さんは、そこで戦い、
日本に来て、彼女のお母さんに
会いました。そして、
少女が生まれたのです。

けれど、きっと悲しいことが
あったのでしょう。
お父さんはひとり、東の国へ帰り、
お母さんは少女をつれて、
自分の生れた伊豆の町に
ひっそり、帰ってきたのでした。

茶色のひとみをしたその少女は、
紙飛行機をつくるようになりました。
作り方は、いとこの中学生が
教えてくれました。
少女は、紙飛行機に夢中になりました。
そこには自分が乗っているのです。
春にはヒナゲシの花の上を、
秋にはコスモスの花の上を、
夏には入道雲を追いかけ、
冬には西風に乗って、
遠く遠く、海を渡り
東の国のお父さんの所まで。

時が流れていきました。
そして、大きな飛行機が、ほとんど、
ジェットエンジンに変る頃、
少女とお母さんは神奈川県の
横須賀に引っ越して行きました。
やがて、町のひとびとは、
ふたりのことを、だんだん、
忘れていきました。

夜になると、外国の軍人さんが
よく訪れる横須賀の繁華街に、
つい、このあいだまで、
「白い紙飛行機」という名前の
カクテルのおいしいお店が
ありましたが、さて、
いまでも、あるのでしょうか。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

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