野澤友宏 2015年10月18日

1510nozawa

『階段をおりる時』 

     ストーリー 野澤友宏
        出演 石橋けい

「アユミってさ、階段をおりるとき、
いつも、ウッウッって変な声出すよねぇー」
2階席からロビーに続く階段を降りたところで、
アツコさんが言った。
「あ、言う言う言う、私もずーっと気になってた」
眉を吊り上げながら、ユミも大げさにうなずいている。
そう…?と平然を装ってみたものの、アタシは少し動揺していた。
「ウッウッ…それ、どこから出んのって感じぃー」
アツコさんが、喉から変な声を出して笑った。
自分がそんな声を出してるなんて、完全に無意識だった。

人気劇団の2年ぶりの公演だけに、ロビーはかなり混雑していた。
休憩時間15分。女子トイレにはさっそく長い列ができていた。
アツコさんとユミは、アタシが以前働いてた文房具メーカーの同僚だ。
三人とも演劇が好きということで仲良くなり、
アタシが辞めてからも付き合いが続いていた。
「あとさぁ、アユミィ、お芝居観ている途中ぅ、
ずぅっと首揺れてるよねぇーーー」
アツコさんは、意地悪モードに入るとどんどん語尾が長くなる。
「うそうそうそうそ、まじでッ」
ユミは、いじりがいのあるおいしいネタを見つけると、
眉毛がどんどんつり上がる。
同じ言葉を繰り返じはじめたら、かなり要注意だ。
「でもでもでもでも、デスクでもそうだったかも。いっつも首揺れてたかも」
ユミが、首がクネクネ揺らす。
アツコさんが、アタシの顔をみて吹き出す。
「それにぃ、ちょーっと気まずい時とかぁ、そういう顔するよねぇーーー」
「そうかもそうかも、するかもするかも」
ユミが、鼻をぷくっと膨らませ、
右の小鼻をクイッと引きつらせた顔をした。
何よ、その顔…アタシがそんな顔しているなんて、完全に無意識だ。

「あとぉー」と言って、アツコさんがスレンダーな身を屈めて、
ユミの耳に顔を近づける。
アツコさんの小悪魔的なしぐさを見て、
直感的にケンイチロウのことが頭に浮かんだ。
ケンイチロウとは、アタシがその文房具メーカーに入社し、
新しいホッチキスの開発を一緒に担当したのをきっかけにつきあい始めた。
しかし、6年をすぎた今、男女の関係としては階段の踊り場状態。
二人とも、あがることも降りることもできずにいた。
「え、え、え?まじでまじでまじで?」
「・・・そうみたいよぉーーー」
アツコさんが、アタシの方に意地悪な視線を向ける。
今、ケンイチロウとアツコさんは同じ部署で働いている。
「アタシ、ちょっとトイレ…」
たまらず、二人から離れた。
「私もぉーー」
アツコさんが後ろからついてくる。

女子トイレの列に、アツコさんとふたりで並ぶ。
「それでぇ、どうなのぉ」
意地悪モードがマックスに達した時、アツコさんはささやき声になる。
「何よ、急に、こんなとこで」
自分の鼻がふくらんでいくのが分かる。
「何よってぇ、そりゃ、ねぇ…」
アツコさんの切れ長の目がロビーの方に向けられる。
ロビーでは、ユミが眉毛を吊り上げながらケータイいじっている。
「ボヤボヤしているととられちゃうぞぉーー」
アツコさんがアタシの耳元でささやく。
右の小鼻が引きつっていくのが、自分でも分かった。

トイレを出て、ロビーに戻る。
アツコさんもユミも先に席に向かったようだ。
2幕目の始まりを告げるブザーが響き渡る。
観客達が、一斉に席に戻り始める。
まさか、ケンイチロウがそんな男だったとは…
ロビーの柔らかな絨毯を一歩一歩踏みしめながら考える。
踊り場状態に、ある種の居心地のよさを感じていたのは自分だけだったのか…
ウッウッ…ウッウッ…
自分の喉から変な音が出ているのが聞こえる。
ウッウッ…ウッウッ…ウッウッ…
自分が、「階段」を降り始めていることに、気がついた。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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石橋けいさんの芝居がそろそろはじまる

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石橋けいさん出演の芝居がそろそろはじまります。
5月29日(金)から6月7日(日)までです。
上のチラシの写真をクリックすると詳細ページに飛びますから
ぜひクリックしてみてくださいね。
山内ケンジさんの岸田戯曲賞受賞後第一作めでもあります。

先週だったかな、
石橋さんの事務所の社長に様子をうかがったのですが
当然のことながら稽古も追い込みでお忙しいようでした。
受賞後第一作ですから、みなさん緊張しますよね。
石橋さん、がんばってくださいね〜。

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勝浦雅彦 2015年3月15日

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名前をつける

     ストーリー 勝浦雅彦
        出演 石橋けい

どうしてそんなことをしたのか、振り返ってもわからない。
いつもの朝のホームだった。
強い風の中を獣のように電車が入ってきた。

私は反射的にふだんと反対方向の電車に乗った。
その電車が終点に着くと、
接続されている別の列車に乗って、ふたたび終点へ。
それを繰り返しているうちに列車は単線になり、
列車が尽きるとそこからバスに乗った。

その間、耳にこびりついた女特有の金切り声や
饐えた薬の匂いやまっ白いシーツの残像が
頭の中で反芻されていた。
時折、こめかみがキリキリと痛んだ。

気がつくと、私はロープウェーの駅に立っていた。
登りの最終便に飛び乗る。
年老いた駅員が怪訝そうに私を見た。
日は陰りはじめ、暗い山肌に向けて私が乗る車両は
ガタガタと小刻みに震えながら、
か細く上昇を続けていた。

ひとりで乗っている、と思っていた。
箱型の車両を中央で区切るつなぎの部分に隠れて、
小さな男の子の姿があった。
ジャンバーを着て、リュックサックを背負い、
じっと窓の外を見ている。
まるで自分もひとりきりで乗っているのだ、と言わんばかりに。

男の子が横を向いた。
不意をつかれたように私と視線が交わる。
彼はそのまま私の向いの座席までやってきて、
リュックサックを膝に置き腰をおろした。

小学校低学年くらいだろうか。
なぜ、この子はひとり、
こんな最終便の車両にいるのか。

「ボク、怪我したの」

呟くように男の子が口を開いた。
よく見ると、膝小僧が擦りむけて、血が流れた跡がある。

「それ、どうしたの?」

つられて私は尋ねた。

「空を見てたの。ずっと上ばかり見ていたら、
つまづいて転んだの。ちょっと痛かったの」

「あら大変、消毒して、絆創膏貼らなきゃ」

男の子は遮るように続けた。

「ううん、もう必要ないの。
ねえ、お姉さんも怪我してるね」

「私?怪我なんてしてないわよ」

不思議な問いかけにまたジン、とこめかみが痛んだ。

「だって、血が出てるよ」

「何言ってるの・・・・」

私はおかしな会話を続けながら、
ますます強くなる痛みを感じて、目を伏せた。

「お姉さんは戦ったんだね。
だから血を流した。ねえ、勝ったの?負けたの?」

「そんなことしてないってば・・・」

その瞬間、私は痛みを覆い隠すように流れる自分の涙を感じた。
そして、涙といっしょに澱のように溜まっていた言葉があふれた。

「ずっと…人と深く関わることを避けてきた。
だから自分にそんなことができるなんて思いもしなかった。
どうして私が?でもしょうがないじゃない、
出会っちゃったんだから」

私はこんな小さな子に何をしゃべっているのだろう。
まるで懺悔している信徒のように。

「うまくいったはずだった。
お姉さん、勝負に勝ったけど、負けたの。
あの人はおかしくなった奥さんの元へ戻って、
それっきり。私にはもう何も無いの。」

「ねえ、お姉さん」

男の子は足をぶらん、とさせながら言った。

「ボク、怪我したけど、いいことあったよ」

「・・・え?」

「転んだとき、遠くはっきりと道の向こうが見えたの。
小さな花が咲いていて、
泥だらけのまましばらくぼうっと見ていたの。
その時、気づいたの。
せかいは上と下と真ん中でできてるの。
どちらかばかり見てちゃいけないの」

顔をゆっくり上げ私はその子の柔らかそうな頬や、
まだ薄くて弱い皮膚がつくりだす赤い唇を見つめた。
誰かに似ている、と思った。問いかけが口をついた。

「・・・あなた、何て名前?」

男の子はきょとんとした表情を浮かべ、次の瞬間、
今までに見たあらゆる人々の中でいちばん悪戯っぽく愛くるしい顔で、
私をまっすぐ指差した。

ふいに大きなアナウンスが流れ、
山頂に到達したことを告げた。
暗くなったホームから再び座席に視線を戻すと、
男の子はそこにはいなかった。

車両から出て暗い山あいを見まわした。
ひんやりした風が吹いていた。
どうしようもなく私はひとりだった。

下りの車両にそのまま乗り込んだ。
発車ベルとともに動き出した車内から、
眼下に広がる街区のまばゆい光が瞼に飛び込んできた。

そのとき、私にはわかったのだ。あの子が誰なのか。
その確信はまるで何十億年前から決まっていた約束のように
私の胸に辿り着いたのだった。

私はこれから何度も負けるだろう。
でも、何度でも立ち上がって見せる。
そして、この上と下と真ん中の世界で、
かならずあの子に巡り合ってみせる。

そのときあの子に、私は名前をつけるだろう。
愛おしさと憎しみと憐れみを知って、
なお歩き続けることのできる名前を。
この不安定に明滅する宇宙の中で、
傷ついてもけして滅びることのない名前を。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース


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小山佳奈 2015年3月8日

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「ノダアカネ」

    ストーリー 小山佳奈
       出演 石橋けい

夢の中に出て来た女の子の名前は、
夢の中でもすぐに思い出した。

ノダアカネ。
転校生だったノダアカネは、
目がぎょろっとしていて背も大きくて、
ポニーテールにまとめた髪の毛もちょっとくるくるしていて、
小学校4年生にしてはあまりに大人びていた。
いわゆる転校生っぽい遠慮はどこにもなくて、
誰にでも話しかけて、関西弁が妙にまたおもしろそうに聞こえて、
彼女のまわりにはいつも人垣ができていた。
勉強も運動もそこそこできたし、
男子とも物怖じせずに戯れていた。
そして近所のスーパーには絶対売ってないような、
ひらひらとした丈の短いスカートをいつもはいていた。

たしか私はノダアカネが気に入らなかった。
下品で失礼な人だと決めつけていたし、
へんに馴れ馴れしいのも気に入らなかった。
正確には、苦手だったんだと思う。

ある時、ノダアカネがとても困った顔をして
私に話しかけてきたことがあった。
「ナプキンとか持ってないよね」
ひょろひょろして男の子みたいな体つきをした私には、
一瞬何のことだかわからなくて、びくっとした。
考えてみればノダアカネは、体も大きかったから、
そういうことが始まっていても、ちっともおかしくはなかった。
そういえば、少し前にそういう授業を保健の先生から受けた時に、
全員に一つずつ渡されていたものが
まだロッカーにしまってあったことを思い出した。
そうか、ノダアカネはまだその時いなかったんだ。
でも私はそのことをノダアカネに言わなかった。
「ごめん、持ってない」と嘘をついた。
なぜそんな嘘をついたのか、自分でもわからない。
ノダアカネは、一瞬困った顔をして、
でもすぐに「ありがと」と笑顔になって教室を出て行った。
その日一日、私はノダアカネの丈の短いスカートが、
真っ赤に染まってしまわないか、ドキドキしながら見ていた。

夢の中のノダアカネは、その時と同じ困った顔をしていた。
でも、すぐにやっぱり笑顔になって、
どこか遠くへ行ってしまった。
目が覚めるとお腹に特有のだるさが広がっていて、
トイレに行ったら案の定、生理が始まっていた。
ノダアカネは、今ごろ何をしてるんだろう。
トイレットペーパーに広がる茜色のものを見ながら、
今でも丈の短いスカートをはいてるといいな、と思った。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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佐倉康彦 2014年11月16日

1411sakura

すべての亀は、台風を待っている

           ストーリー 佐倉康彦
         出演 石橋けい

キミは、
逃げました。
キミは、流れていってしまいました。

いつもなら
アタシとキミとの間には、
互いの力学の中でミシミシと拮抗し、
ぐいぐいと圧を掛け合って
身動きすることさえできない
「コリオリのちから」が働いているはずでした。
だから大きな渦なんて
激烈な波風なんて立つはずもなかったのでした。
なのにキミはやすやすとそれに乗って
流れていってしまいました。
アタシの前から、
キミは、矢庭に消えました。

時節を外した
反時計回りの大きな渦のせいで。

アタシとキミの時間は、
とても強い偏西風に煽られ
あっという間に
ふたつに引き剥がされ、毟り取られ、
キミだけが、
上へ上へと、
北へ北へともってゆかれたようでした。
ようやくふたりで、
下って堕ちて辿り着いたこの大きな街から
また、キミだけが、
あの小さな小さな芥子粒のような集落へと
逆行してゆくのでした。
北上してゆくのでした。

最大風速120ノット。
カテゴリー4の強い風が
アタシのキミを
スッカラカンに攫って(さらって)いきました。
300ミリぽっち
ペットボトル一本分にも満たない
一時間の降水量が、
アタシの黄ばんだ思いを
あらかた漂白していました。
!
キミが逃げていった、
こんなひどい朝なのに
空気はとても澄んでいて
透明な朝陽が差し込むベランダからは、
いつもよりも華奢に遠くを
見通すことができました。
ベランダで竦む(すく)
アタシの足元に蹲(うずくま)っている
蝦蛄葉(じゃこば)サボテンは、
きのうの強い雨と風のせいで
赤く染まりながら小さくうなだれていました。
アタシもうなだれたまま、
キミのいた場所を見つめました。
キミが眼を閉じ
太陽と向かい合っていたそこを。
今夜からアタシは、
何を見つめればよいのかと
軽く途方に暮れているところでした。
下を向いた蝦蛄葉サボテンも、
いずれ朽ちるだろうと思いました。

キミは、もう、
あそこに流れ着いた頃だと思いました。
逃げ帰ったキミを
アタシは責めはしないだろうと予感しました。
ただ、
そろそろ、身体も、その内側も痺れるような
季節がはじまるころだから
小さく心配しました。
けれども、
キミにとって冬は、
キミ自身なのだという思いに至りました。

キミは、北のものでした。
キミに巻き付いたアタシがここに居残り、
キミから離れていなくなっても
キミは、
北のものなのだと信じました。
北は、
その宙(そら)は、明るい星がなく黒い星ばかりでした。
黒服のキミは、
そこにしかいることができないキミでした。

アタシは、
蝦蛄葉サボテンといっしょに
キミが守護する北のほうを見通しながら
にょろりにょろりと
這いずり回ることしかできませんでした。
じきに玄冬(げんとう)でした。
ベランダには、
水場と陸場をつくったそれには、
もうなにもいませんでした。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

 

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石橋けいから「ひと言」

ishs

石橋けいからひと言

佐倉康彦さん作
「すべての亀は台風を待っている」を読ませて頂きました。

じつは私、亀を飼っています。
一度その亀(カメ吉)は脱走した事がありまして、、
探したあげく‥自宅の目の前の道の、
反対側に渡った場所で見つかりました。

つまり、車が通る中、カメ吉は横断したんですね…。
不思議な事に、見つけた時、カメ吉と目が合いました‥‥
というか、視線を感じたんです。ここだよお~って。

うちのカメ吉も、台風を待っていたのでしょうね。

でも、台風に置いていかれました…。

ちなみにカメ吉は、うちの親戚の子供が、
女の子なのに可哀想だからと、
最近になって「カメリー」という名前に改名されました。

15歳になったカメリーちゃん、大きくなりすぎたから、
もう台風が来ても飛ばされないかもしれませんね…。

「すべての亀は台風を待っている」

とても奥が深い、素敵な作品を読ませて頂けた事に、感謝致します。

ありがとうございました。

☆お知らせが2つあります☆

11月4日(火)深夜1時11分~放送のドラマ「深夜食堂3」
第3話・里いもとイカの煮物(山下敦弘監督)
に出演致します。
是非見て頂きたいです。宜しくお願い致します!
http://www.meshiya.tv/

そしていよいよ舞台稽古が始まりました、
「城山羊の会」トロワグロ

11月29日より下北沢スズナリにて公演致します。
1年ぶりです。是非お越し下さい!お待ちしております!
shiroyaginokai.com

石橋けい http://www.y-motors.net/actor/ishibashi.html

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