古田彰一 2010年1月21日



気持を塗り重ねてみる
                    
ストーリー 古田彰一
出演 水下きよし

日本人は悲しい時に悲しい歌を聴くという。
悲しい気分に悲しい歌を重ねれば、
もっと悲しくなるだけではないのか。
ところが意外にそうではないらしい。

より大きな悲しみに抱かれることで、
人は気持ちを癒すことが出来るのだという。

悲しい色に、悲しい絵の具を塗り重ねることで、
ひとりの悲しみは人間の普遍的な悲しみのパレットに、
混ざり、薄まり、溶けてゆくのだ。

喜怒哀楽とは言うけれど。
赤、青、白、黒といった、原色のような
気持ちで過ごしている時間は、ほとんど無い。

私たちのいまの気持ちは、さまざまな気持ちの
足し算でできあがっている。

想像してみよう。
宝くじで十万円当たったとしよう。とても嬉しい。
さらに十万円当たったとしよう。めちゃくちゃ嬉しい。
さらに十万円当たったとしよう。嬉しさはこの世の頂点に達する。

しかし、その瞬間から、嬉しさは物たりなさにとって変わる。
次も当たるべきだ。もっともっと当たるべきだ、と。

嬉しい気持ちに嬉しい気持ちを塗り重ねると、
意外にもその色は濁り、汚れ、澱んでいく。

「嬉しい」という色の絵の具は、
チューブからしぼり出しすぎると、
貪欲で下品な絵に仕上がるようだ。

では、嬉しい気持ちと悲しい気持ち、
反対の気持ちを混ぜ合わせるとどうなるのだろう。

想像してみよう。
庭の梅の木が美しく咲きほころんだ後に、
家の金魚鉢の金魚が死んでいるのを発見したとしたら。

紅梅白梅の華やかさとかぐわしい芳香の喜びは忽ちのうちに消え失せ、
水面に浮かび出た白い腹が、妙に切なくぷかぷかと漂うことだろう。
萎えた気分がその日一日、自らにまとわり付くのみである。

では逆に、金魚鉢の中の哀れな死骸を見つけたあとに、
庭で咲き誇る梅の花を目にしたとしたら、どうだろう。

赤々と鮮やかな金魚を失った悲しみこそ変わることはないが、
そのあとに眺める梅の花には、少し複雑な感情が生まれる。

まるで失われた小さな命が、花々の芽吹きに乗り移ったかのような、
美しい錯覚。魚と梅の木という、何の関係もないものに
命のつながりがあるかのような、森羅万象への想い。

私たちは、ただ美しいものよりも、哀しげに美しいものに
より澄み切った美しさを感じてしまう民族だ。
「美しいものを見たかったら、目をつむれ」という言葉を思い出す。

黒に白を混ぜた灰色と、白に黒を混ぜた灰色は違うのだと画家は言う。
気持ちの足し算も、またしかり。
嬉しい気持ちのあとに訪れる悲しい気持ちと、
悲しい気持ちのあとに訪れる嬉しい気持ちは、確かに違う。

しかし、私たちはその順序を支配することは出来ない。
うれしくて、腹立たしくて、やがてかなしかったら、どんな気分になるのか。
希望のあとの絶望のあとの希望は、どんな希望なのか。

スイカに少量の塩を振ると甘みが増すように。

しんどい経験も積まなければ、人生の味わいは深くならない。
私たちが知っているのは、せいぜいその程度のことだ。

いつの日か、気持ちの絵の具を自由自在に
混ぜ合わせることができるようになったとき。

混ぜ合わせの黄金比を発見して、
まだ人類の誰も経験していない、
まったく新しい幸せな気持ちが生まれる日を夢見る。

*出演者情報:水下きよし 03-3709-9430 花組芝居所属

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小野田隆雄 2010年1月14日



夢を、いつまでも
            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

古今和歌集の、恋の歌には

夢と恋について歌った作品が

数多くあるようです。

小野小町は、次のように歌いました。
いとせめて 恋しきときは

むばたまの 夜(よる)の衣(ころも)を

反(かえ)してぞ着(き)る
「あのひとのことが、恋しくて、

恋しくてならない夜は
せめて夢でもいいから
 
会いたいと思って、
 
夜の着物を裏返(うらがえ)しに着て
 
寝るのです。」
平安時代の頃、京の都の女たちは

寝(ね)間着(まき)を裏表(うらおもて)にして着て寝ると

夢の中で、恋人に会えると、

信じていたのだそうです。

なんだか、いじらしいような……

自分の望む夢を見たい。

そういう願いは誰にでもあって、

それが初夢、という習慣を

作ったのでしょうか。

新しい年の仕事始めは、

昔は一月二日でした。

それで、二日の夜に見る夢を、

今年の運を占う、という気持ちから

初夢と呼んだのでしょう。

けれど、どうせ見るのなら、

縁起の良(よ)い夢を見たい。

誰でも、そう思います。

それで、寝るまえに枕の下に

縁起の良い絵を敷いて

寝るようになったそうです。例えば、

一(いち) 富士(ふじ)、二(に) 鷹(たか)、三(さん) 茄子(なすび)。この三つを

初夢に見ると、縁起が良いそうです。

それで、この絵を枕の下に敷く。

でも、なぜ、この三つが縁起が良いのか、

いまでは、もう、わかりません。

それから、宝船の絵。金銀サンゴなど、

お宝をいっぱい積んだ船の絵です。

これは、いかにも縁起が良い。

もっとおめでたくて、もっと景気よく、

この宝船に七福神が、にぎやかに

乗り込んでいる絵もありました。

これは、日本のお話ではなくて、

アラビア半島の昔話だった

と思います。すこし記憶が、

あいまいなのですが。

さみしくて、恋がしたくて

たまらない男は、夜寝るときに

ベッドの下に、自分の好きな

花束を置いて寝ろ、というのです。

貧しくて正直なパン屋の青年は

匂いスミレの花束を、

ベッドの下に置いて寝ました。

すると、夢に、それはそれは

美しい少女が現われたのです。

青年は、なんだか、本当はいない妹に

めぐりあえたような気持になりました。

アラビアタバコを作る家の、

五人兄弟の長男は、ケシの花束を

ベッドの下に置いて寝ました。

とても、大人びて、セクシーな

美しい女性が夢に現われました。

でも、タバコ作りの長男は、

とても純情なので困ってしまいました。

シルクロードを旅する商人の男は、

ダマスクバラの花束を置いて寝ました。

やさしくて、あでやかな、

すばらしい女性が夢に現われました。

ああ、私は、あなたのような女性を

シルクロードで、きっと捜し出します。

男は、夢の中で、それこそ夢中で

彼女を抱きしめ、キスしようとしました。

あっ、痛い、と男は叫んで眼がさめました。

そう、ご想像のとおり、

ダマスクバラは美しいけれど、

それは、それは、たくさんのトゲを

持っているのでした。

美しい花を無事に咲かせるために、

そのトゲはあるのですね。

それでは、みなさま、
良い夢のある年を。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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一倉宏 2010年1月7日



夢を話せば
             
ストーリー 一倉宏
出演 坂東工 & 西尾まり 

<男>
君だって 夢みていただろう いつもいっていた
夢のない男はいやだ 夢をもてない男に興味はない
<女>
その夢から 何年が経ったと思う?
あなたは いまも夢の話ばかり いいえ 夢のような話ばかり
<男>
夢なんて 食べられないっていうんだろ
そのとおり 夢を食べられるのはバクだけだよな
飲みにいこうよ 「夢の扉」という あのBARへ
僕の夢をグラスに おかわり自由の夢を いくらでも
<女>
そうやってまた 夢の話をするんだ
私は あなたの夢に 酔いすぎていた
それ以上に あなたはあなたの夢に 酔いすぎてしまう
<男>
あの日 君に出会えたことは 夢のようだった
それでもいい足りない 夢の中でみる 夢のようだった
<女>
だとすれば この私は 夢の中の夢の女
あなたが話すことは いつも 夢のまた夢
<男>
夢から覚めても それでもまだ 夢があるから
そしてずっと 君は夢の女だ 僕にとって 
<女>
私の夢は あなたがもう 夢から覚めること
そうしてもういちど ふたりの夢をみること 
<男>
僕はみるべきだろうか 君のみる その夢を
夢を捨てる僕を 僕の夢を捨てて叶える 君の夢を
<女>
私は決して 夢のような日々を 夢みてはいない
夢ではない夢をみたい ただそれだけ
それでも夢だというの こんなにもささやかな夢を
<男>
僕の夢は 僕のみる夢を 君とみることだ
君のみる夢を 僕もみることだ
それが 僕らの夢だったじゃないか
<女>
あなたが夢をみているあいだに なんども朝がやってきた
あなたの夢を覚まさないよう いつもそっと出ていった
夢をみているあなたの寝顔が 私の幸せだったとしても
<男>
君の横顔は 夢のように美しい いまも
<女>
涙がでてきた 
涙で曇って もうみえない 夢は
<男>
今夜は帰ろう 僕の夢の中へ
<女>
夢なら覚めて おねがい この夢は長すぎる
<男>
帰ろう 夢の中へ
<女>
こうして いつまでも私は 夢みつづけていくのか
この長すぎる夢から 覚める朝を
<男>
信じないのか 僕らの夢を
<女>
信じてる 夢ではない あなたなら

 
出演者情報: 坂東工  西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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2010年1月(夢)

1月7日 一倉宏 & 坂東工・西尾まり
1月14日 小野田隆雄 & 久世星佳
1月21日 古田彰一 & 水下きよし
1月28日 中山佐知子 & 大川泰樹

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