中山佐知子 2011年6月26日



僕はビーバー

               ストーリー 中山佐知子
                   出演 大川泰樹

僕はビーバー、森の建築家だ。

僕の仕事はダムをつくること。
木を切り倒しては水辺に運び、その木で川を堰きとめる。

僕は特別なビーバーだから
最初に仕事をはじめるのはいつも暗い森だ。
木と木が混み合い、
枝と枝が重なってほとんど陽のささない森、
じめじめと湿った土には苔やシダが生えている森。
雨も降っていないのに上から雫がポタポタと
いつも泣いているような森。

そんな森を見つけたら
僕ははじめに木を何本か切り倒す。
すると森はそこだけ明るくなって足元に草が生える。
草の匂いをかぎつけて鹿がやってくる。
花が咲いたら新しい虫も飛んでくる。

それから僕は切り倒した木を組み立ててダムをつくる。
川が堰きとめられておだやかな池ができると
水鳥がやってきて巣をつくり雛を育てはじめる。
草を食べていた鹿は水を飲みにやってくるし
池の底には水草も育っている。
僕のダムは小さな命の楽園になる。

森も少しづつ変わっていく。
僕がダムのために木を伐りだした場所には
笑顔のような日だまりができている。
混み合った木が少し減っただけでびっくりするほど森は明るい。

ビーバーのなかには何世代もにわたって
大きなダムをつくる一族もいて
カナダには人工衛星から見えるビーバーのダムもあるけれど
でも僕は特別なビーバーだから
自分がつくった楽園には長く棲めない。
僕はまた暗い森をさがして仕事をはじめなければいけない。

さようなら、と僕は森に挨拶をする。
元気でね、僕のダム。
それから僕は新しい森をさがしに行く。

でも僕はそんな自分の仕事が嫌いじゃない。
だって、涙の川にダムをつくれるのは
僕だけだからね。

僕はビーバーだから
一緒に泣いたりなぐさめたりすることはできないけれど
涙をダムで堰きとめることならできる。
だから
泣きたくないのに涙が出そうになったら
いつでも僕を呼んでいいんだよ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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西脇淳 2011年6月19日



「命の名前」
           ストーリー 西脇淳
              出演 西尾まり

どんなときも、優しさと希望を胸に。命名、優希。(ゆうき)

夢をみることを忘れちゃいけない、夢があれば、がんばれる。
命名、夢乃。(ゆめの)

明けない夜はない。昇る太陽のようにみんなに希望を。
命名、昇太。(しょうた)

みんなが一日も早く、心穏やかな日々を過ごせますように。
命名、凪。(なぎ)

何よりも、健やかに。命名、健太。(けんた)

みんなの心に、春をつれてきてね。命名、さくら。

しっかり、みんなを支える人になるんだぞ。命名、大地。(だいち)

背筋をピンとのばして、凛々しく前を見て歩いて行ってね。命名、凛。(りん)

悠久の未来まで、思いやれる人になってほしい。命名、悠斗。(ゆうと)

お陽様のように、いつもみんなを明るく照らしてね。命名、ひより。

今こそ、日本男児の強さと優しさを。命名、大和。(やまと)

自分の気持ちも、他人の気持ちも思いやれる人になってね。命名、心。(こころ)

嘘、偽りなく、常に誠実に。命名、誠。(まこと)

いつだって、人を救えるのは、愛。愛こそ、すべて。命名、愛。(あい)

不思議だね。
ほら、ママも、パパも。おじいちゃんも、おばあちゃんも。
うれしいのに、泣いている。
泣いているのに、笑ってる。

生まれたばかりの、小さな、小さな、命が、
大きな、大きな、勇気をくれる。

君たちのためなら、がんばれる。
君たちのためなら、前を向ける。

今、この国に、生まれてきてくれてありがとう。

君たちこそが、希望の光。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

  
動画制作:庄司輝秋

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照井晶博 2011年6月12日


猪苗代湖ズについて   
            ストーリー 照井晶博
               出演 地曵豪

ふくしまに ふくしまに ふくしまに

置いてきたんだ 僕は 本当の自分を



ふくしまで ふくしまで ふくしまで

愛したいんだ 僕は 本当の君を

明日から 何かがはじまるよ ステキな事だよ

明日から 何かがはじまるよ 君のことだよ

I love you baby ふくしま I need you baby ふくしま

I want you baby 僕らは ふくしまが好き 

I love you baby ふくしま I need you baby ふくしま

I want you baby 僕らは ふくしまが好き

いま読み上げたのは、
猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」の前半の歌詞だ。
福島出身の4人が、故郷を思い、歌う、応援歌。
収益の全額を福島県に寄付するそのしくみもさることながら、
地方出身者のひとりとして、冒頭の歌詞、
「置いてきたんだ 僕は 本当の自分を

」の部分に、
まず心のどこかをさわられる感覚がある。

ぼくにも間違いなく、故郷に残しているものがある。
まず、両親。そして、いまより確実にダメで無力だった頃の自分。
だからだろうか。
帰省するといまだに、妙な居心地の悪さを感じてしまうことがある。
置いてきたはずの自分と向きあうからなのか。
それが本当の自分かどうかはよくわからないけれど。

あの日以来、いいことを言おうとする広告や、
必要以上に人を励まそうとする広告が増えた気がする。
それだけのことがおきたのだ。
当然のことだ。
そう思う一方で、誰かを広告で励まそうという気持ちが、
送り手側の自己満足や一方的な押し付けで終わってしまう
可能性すらあることに、やはり自覚的でありたい、と思う。

「I love you & I need you ふくしま」
この歌には「ふくしま」という言葉が36回も出てくる。

人が、誰かに言われていちばんうれしい言葉。
それはきっと、自分の名前だ。
誰かに、愛とか好意を伝える最も強くてまっすぐなコミュニケーションは、
その人の名前を呼ぶことからはじまるし、
ひょっとすると、本当はそれだけでじゅうぶんなのかもしれない。

「I love you & I need you ふくしま」
この歌は、とてつもない決意と覚悟の歌だ。
「ふくしまが好き」と歌うその「好き」という言葉に、
ぼくは、その全存在をまるごと一生引き受けていくんだという
強烈で壮絶でひたすらに重い、決意と覚悟を感じる。

そして考える。
自分にとっての「love you & I need you」を。

猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」
まだ聞いたことない人がいたら、
YouTubeにアクセスして聴いてみてください。
博報堂時代の同期、前田康二くんがつくったPVもとてもいいです。
そして、曲がいいな、とか、いい試みだな、と思ったら、
ぜひダウンロードするか、CDを買ってください。お願いします。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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玉山貴康 2011年6月5日


50音ヤクザ

             ストーリー 玉山貴康
               出演 水下きよし瀬川亮


あ! そうだったな。ガキの頃、

イ――! ってよく癇癪を起してたっけ。
と舎弟らと昔話に花を咲かせてた丁度その時

ウ~~ とけたたましいサイレンの音がした。

えっ? まさか警察? なんで俺がここにいることを?

おぉー! 元気だったか!その声は。やっぱりアイツ…。
俺をパクッたサツだ。
シャバに出た初日にまたこの顔を拝めるなんて、…ったく。

カ――ッ と俺はわざと痰をからませ、道路に吐き

キッ と下から睨みを利かす。

ククク… とアイツは押し殺した笑い方をし、
おいおい随分なご挨拶だなと言った。

ケッ 面白くねぇ。何の用だ。

コ――ッ と空手の型の真似をする。
空手をやってた俺をこうやっていつもおちゃくりやがる。

サッサ と用件を済ませてくださいよ、刑事さん。
俺もヒマじゃないんでね。

し―― んとあたりは静まり返っていた。そして俺は

スッ と

背 中を

そっ とアイツに向け、両手を挙げた。その時

タタタ――ッ と数人のサツが物陰から出てきた。
大袈裟な。思わず俺は

チッ と舌打ちをした。夏の夜の新宿。

ツ―― とこめかみから首筋、それに

手 の平にも嫌な汗が滲んでいるのがわかる。

ト―ッ! とこういう時にヒーローは登場してくれるんじゃなかったのかい。


なに かぁ、隠してるよねぇ。アイツはそう言いながら俺の背後に立ち、
ポケットの中をまさぐってきた。

ヌー は、どこだぁ?やはり、そいつを探していたのか。
ヌーとは、数グラムでも高値で取引される上物のハッパ。
コカインよりキク。

ねぇ よ。ないって。それでもしつこく体中を調べてくる。
俺は振り向いて

NO~! と叫んだ。なんで英語がでてきたのか分からない。
するとアイツは

はぁ… と深い溜息を漏らし、急に眼光が鋭くなった。

ひ、ひひひ… と俺は卑屈に笑ってやりすごす。

ふぅ。 お遊びはここまでだ。

へぇ~ と俺はおどけてみせる。

ほぅ と二度三度、俺に顔面を近づけ頷いた。くさい息がかかる。
アイツはブチ切れ寸前。お~コワ。

まぁまぁ… なだめても… やっぱ無理か…。

ミーンミーン と不穏な空気を抗うように蝉が鳴きだした。

むっ とした暑さが充満していく。
その時、アイツはおもむろに背広の内ポケットから何かを出してきた。


メモ? 黄門様の印籠よろしく、
これが証拠だと言わんばかりに掲げてきた。
読もうとしたら、すぐに引っこめやがった。ハッタリか?

やー さんも、大変な稼業だな。
やってもいない殺しで親分の代わりにブタ箱入り。
長く奉公して外に出てくりゃ、多少の出世はするものの、
今度はシノギ、シノギの毎日だ。そう言って、
アイツは寂しそうにゆっくり俯いた。

ゆう ちゃん、もう、足洗いなよ、なぁ。
涙声だった。
ゆうちゃん…。“勇次”という俺の名前を、
そんなふうに呼ばれるのは久しぶりだった。
そう、コイツは…、コイツは…、俺にとってたった一人の兄。
ガキの頃、親父は女つくってすぐに家を出て、
残された母親も次々に男を連れてきては、
そいつとグルになって殴る蹴るの毎日。
そんな時、いつもそばにいて泣きじゃくる俺を助けてくれたのは、
この兄だった。
まさしく俺のヒーローだった。そんな兄の肩が震えていた。
 
よぅ。 俺はハンカチを差し出した。泣いている兄を、その時初めてみた。

わ かったよ、にいちゃん。…ごめんな。…ありがとな

どうです?編集長
 悪くない。
でしょー!じゃあ、今度の新年会の余興は、
この“ハードボイルドかるた”でいきますね。
でも、なんでこんな大変なこと毎年やってんすか?
 あ、これか?
 編集者たるもの、少しでも作家さんの産みの苦しみを知ることで
 いい本が出来上がる!
 というのが社長の持論でな。
 それで、言葉の素である「50音」という制約の中で
 物語を創ってみろとなったわけ。
 それが始まり。

なるほどね~。しかし、とんだムチャぶりですね。
 まぁな。しかしこれさぁ、
 “なにぬねの”のあたりはちょっと無理っぽかったな。
 NO~!はないだろ、NO~!は。急に英語だし。

ははは…。やっぱ、そう思いました?
 あと“らりるれろ”がない。
さすが!編集長!よく分かりましたね!
 ばかやろう。ちゃんと足しとけよ。
 …そうそう、でさ、あの兄のメモには何て書いてあったんだ?

あー、それはあれですよ。
 どれ?

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/
      瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

  
動画制作:庄司輝秋

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