ストーリー

中山佐知子 2012年10月28日

           ストーリー 中山佐知子
              出演 西尾まり

だいたいあんたは何をするにも愚図でのろまだから
いつもお姉ちゃんが怒られるのよ。
たまに早く支度したと思ったら
空が青いぞ〜なんてスキップしてるその足元が長靴で
お姉ちゃんはまたあんたの手を引っ張って連れて帰って
運動靴に履きかえさせて
どうして長靴なのよって怒ったら
買ってもらってから雨が降らないんで
いっぺん履きたかったなんて
もう涙声になってるし。

男の子なんだから泣くんじゃないわよっていうと
どうして男の子は泣いちゃいけないのって
実にまっとうな質問なんかしないでよね。
お姉ちゃんは世間一般に通っていることを言ってるだけなんだし
あんたみたいに世間の外でのほほんとしていられるほど
ノーテンキじゃないんだから。

そういえばあの日もそうだった。
天気予報で昼から雨だというんで私は傘を持ったけど
ふと見るとあんたは持ってない。
あちゃー、このバカモノ。
もう学校が近かったから引き返すこともできなくて
私はあんたに自分の傘を渡したんだ。

雨は5時間めくらいからポツポツ降り出して
そのうち先生の声が聞こえないくらい雷が鳴ってどしゃぶりになった。
みんな授業が終わったらきゃあきゃあ大騒ぎしながら
怖いのか楽しいのかどっちなのよって感じで帰っていったけど
私は傘がないから教室で雨がやむのを待ってたんだわ。

あんたの学年は授業が終わるの早いし
とっくに帰ったと思ってぜんぜん気にしてなかったから
窓からあんたが見えたときはびっくりしたわよ。
水のたまった運動場で傘さしてボーッと突っ立ってるし
くるぶしあたりまで水につかってるし
ズボンもだいぶ濡れてるし
も〜お。バカバカバカって思って
飛び出して駈けだして
歩いていた先生にぶつかったけどすみませんも言わずに
廊下をバタバタ走って
上履きのままザブザブ運動場に出たら
あんたはお姉ちゃーんってうれしそうに私を呼びながら
傘をさした手を高く上げたでしょ、
このどうしようもないアホタレのすっとこどっこいが。

その瞬間、
白い光とバリバリと木が裂けるような音を私は見たわよ。

それから先のことはあんまり覚えていない。
先生に抱えられて、お母さんが来るのを待っている間に
救急車のサイレンを聴いたけど
あんたが助かるわけじゃないことはもうわかっていたしね。
だって見たんだから。あたし見たんだから。
うるさいわね、音だって見えるのよ、ああいうときは。

その晩、私はわんわん泣きながら
お母さんに私のせいだと言ったら
お母さんは、そうじゃないと私の頭をなでてくれた。

あんたのことで怒られなかったのは
はじめてだった。

ところで、あんたはいまどんなとこにいるのよ。
あんたはうすのろだけど
あの雷のなかで傘のない私を待っててくれたやさしい子だから
きっと頭に輪っかをのっけた人や背中に羽根を生やした人と一緒だと思うけど
まわりに迷惑かけないようにしっかりしなさいよ。
お姉ちゃんはもう一緒にいられないんだからね。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー

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宗形英作 2012年10月21日

あなたは、グラウンドに向かいますか。

           ストーリー 宗形英作
              出演 大川泰樹

だれもいない観客席。グラウンドの半分を覆う影。
校名も得点も表示されていないスコアボード。
その時計が、7時半を指している。
いまはまだシャッターの開かない、始発電車を待つ駅のような静かな面持ち。

グラウンドの影が小さくなる頃に、
秋の高校野球県大会の決勝戦が始まる。
管理人は通路の扉を開き、
毎朝そうしているように鍵の束を揺らしながら、
ゆっくりとマウンドに歩み寄っていく。

そのマウンドに今日上るエースは、
歯を磨きながら肩の重さを感じ、
そのエースのボールを受けるキャッチャーは、
風呂場でしこを踏んでいた。

そのふたりを率いるチームの監督は、
いつもの願掛けで梅干を二つ食べ、
その梅干を売ったスーパーマーケットの会長は、
応援団を募る電話をかけていた。

その応援団の団長は、擦り切れた団旗を広げて風に当て、
その風に髪をなびかせた遊撃手の彼女は、
神社に参って柏手を打っていた。

その神社の裏手にあるラブホテルで理科の先生と歴史の先生は、
選手の将来性を語り、
その先生が担任の3年2組の生徒たちは、
グラウンド行きのバスが待つ駅に向かっていた。

その駅の売店で決勝戦の取材に行く若い記者は、
アンパンと牛乳を買い、
その記者の書いた記事に傷ついた県知事は、
高校野球の見所をテレビで見ていた。

そのテレビに出ていたキャスターは、
チームの大先輩として激励の言葉を述べ、
その激励の言葉にマネージャーの女子生徒は、
控えのピッチャーの背中を思い出していた。

その控えの背中は、寝たきりおばばのために
野球中継するラジオ局にチャンネルを合わせ、
そのラジオ局の番組を聴いている手は、
決勝戦の主審を務める夫のために大きなおにぎりを握っていた。

そのおにぎりよりもっと大きなおにぎりは、
四番バッターの手の中にすっぽりと収まり、
その手の大きさに魅かれたプロ球団のスカウトは、
新幹線で大きなあくびをしていた。

その新幹線の高架下で壁投げをしている小学生は、
その高校で野球をやることを目指し、
その高校を卒業した女優は、
ちょっとエッチなポーズで人気を博していた。

そのちょっとエッチなポーズは、
応援のポーズの手本としてチアガールが取り入れ、
そのチアガールたちは、
グラウンドのそばの公園で最後の練習をしていた。

その練習は、朝の散歩やジョギングをする人たちの足を止め、
足を止めた人たちは、
そのグラウンドで決勝大会があることを知らなかった。

陽はゆっくりと動き、
グラウンドの影から鮮やかな芝の緑が浮かび上がり、
大きなグラウンドが深呼吸を始めたかのように色を帯びていく。
グラウンドは、いつも人を待っている。
その日のために披露されるものを祝福するかのように
最良の状態で待っている。

管理人は、鍵の束から一つずつ丁寧にグランドに通じる扉を開けていく。
あちらこちらから、若きも老いも、男も女も、見る者も見られる者も、
泣いたり笑ったりするために、
大きな声で叫んだり静かに祈ったりするために、
褒めたり貶したりするために、戦うために讃えるために、
グラウンドに集まってくる。
グラウンドは、ばらばらのまま、ひとつのこころになる。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 


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渡辺潤平 2012年10月14日

引退ラップ 野球部篇

       ストーリー 渡辺潤平
          出演 吉川純広大川征義渡辺潤平

Yo Yo…
チェック ワンツー…
カウント ツースリー…

ここに立つ 愛すべき グランド
はるか遠く 憧れの マウンド
白いボール 土煙 バウンド
鳴り響け 俺たちの サウンド

そう俺ら 清く正しく 高校球児
でもそれって もう完全に 貧乏クジ

バイト できない
コンパ いけない
髪 伸ばせない
つまり モテない

なのに来る 毎朝 このグランド
日焼けの跡 俺たちの ブランド
冷えた汗 心地よい ウインド
麦茶キンキン のどごし Yeah! マイルド

彼女冷たい これって So 倦怠期
そんな中 迎える 最後の県大会

俺ら 三年
だけど 残念
レギュラー 二年
かなり 無念

俺のポジションは So スタンド
結局 手の届かない 背番号
かれた声 それが俺の プライド
蜃気楼 目の前の グランド

相手バッターの バントヒット 電光石火
気になるのは むしろAKBの 選挙結果

うざい 審判
あの娘 短パン
かじる アンパン
もう コテンパン

顧問
「お前たちと野球ができて、先生は幸せだった。
これからの人生も、全力で、ひたむきにプレーしてほしい。いいな!」

部員達
「はい!」

ショート森 ついにマネージャーに 告白
予想通り キモチ伝えるの 四苦八苦

割れた メガホン
曇る メガネ
落ちる 涙
やがて 笑顔

ここに立つ 今日最後の グランド
はるか遠く 憧れの マウンド
うちら多分 一生の フレンド
鳴り響け 俺たちの サウンド

「気をつけ!礼!」
「アザーーッス!!」

出演者情報:吉川純広 (02-5456-3388 ヘリンボーン
大川征義(フリーランス)

 
 

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中村直史 2012年10月8日

     ストーリー 中村直史
        出演 大川泰樹

私が生まれたのはいつのことだったかその記憶はもちろんない。
覚えている最初の記憶は、
雨がふると息苦しくなって地面から顔を出したくなるけれど、
鳥の餌食になるから絶対にダメだと言われたことだ。
それを伝えたのは親だったのか仲間だったのかそういうことは覚えてない。
私たちはほかの私たちに似た生き物のように、
土を口から取り入れ栄養を吸収し大きくなるのではなく、
体全体から塩分を吸収して大きくなるという、変わった成長の仕組みを持っていた。
土の中にいてもはるか遠くに塩の気配を感じることができ、
より塩分の多い場所を求めて地中をさまよった。

多くの仲間は海辺の近くの土の中に住み着くことになった。
海辺の近くは塩分を手に入れやすいが
ひとたび高潮になるとすぐ溺れてしまうリスクの高い場所だった。
私は私の仲間たちよりも体が大きくなった。
私が住みついたのは学校のグラウンドだった。
その場所はとりわけよい環境をしていた。
人間の中でも若い個体はよく体液を出すものだが、
このグラウンドの上で活動をする若い人間たちはとくに多くの体液を分泌した。
ただグラウンドをぐるぐるまわりつづけたり、
小さなボールを追いまわすことでとめどなく汗をながしつづけた。
先生と呼ばれる大人の個体に大きな声で罵倒され涙を流す者もあった。
そのようにしてこぼれ落ちた塩分の多い液体すべてが私の体にしみこみつづけた。
もちろん私の仲間が遠くからこの塩の香りをかぎつけないわけもなく、
つぎつぎと集まってきたが、
すでに私の体はグラウンドの半分を超える大きさになっていたため、
新参者の体に塩分がたどりつくまえに、すべて私の体がすいとってしまった。
しかも巨大化した私の体はどん欲であり、さらなる塩分を求め、
集まった仲間たちの体にたまった塩分を体液とともに吸いつくした。
集まってくる仲間たちは、このグラウンドから逃げ出すすべもなく、
すべてひからびていくのだった。

なにも私の望んだことではなく、巨大化する体も私の意思ではなく、
とはいえ、その状況を変えたいという意思もなかった。
年に1度はそのグラウンドに町中の人間があつまり、
大声をだしあって、走り、綱を引き合ったりした。
このときもまた私の体の巨大化は進んだ。

季節は巡り、私は若い人間からこぼれ落ちる塩分を吸収し続け、
とうとう私の体はグラウンドからその姿をのぞかせることになった。
どんなことがあっても地面から頭を出してはいけない、鳥の餌食になるから、
という言葉が遠い記憶の中から思い起こされたが、
巨大化し、土まみれの私の体をもはや好物の生き物だと気づく鳥はいなかった。
人間たちもグラウンドに小高い山ができているといって、
私の上で遊ぶだけだった。

土の中にしみこんだ塩分を取り込むのと違い、
垂れ落ちてくる体液を直接自分自身の体で受け止めるのには、
これまで一度も体験したことのない快感があった。
さらなる快楽を求め、いつしか私の体はグラウンドの表面全体に露出した。
グラウンドに突如増えた奇妙な凹凸に学校関係者たちは首をかしげたが、
それが巨大なひとつの生き物と気づくものはなく、
私は日々ひたすら若い人間の個体からしたたり落ちる塩分の
濃い体液をむさぼり続けた。
人間が何の疑いもなくより多くの体液を流せるよう、
地面に露出した自分の体を真っ平らにすることも、
グラウンドの土と全く同じように見せかけることも、
いつしかできるようになっていた。
初めてこの学校のグラウンドにやってきてからどれほど月日が流れたのか、
気がつけば、私の体はこの広いグラウンドそのものと化していた。
 

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 


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直川隆久 2012年10月7日

風のないグラウンドは

 
         ストーリー 直川隆久
            出演 地曵豪

 風のないグラウンドは、ちょうどあの日みたいに暑い。
 暑すぎる。10月だというのに。
西陽が、じりじりと頬を焼く。
 フェンス脇にはえたセイタカアワダチソウの花が、黄色く光っている。
ほんとに、ちょうどあの日みたいだ。
このグラウンドに来るのは、何年ぶりだろう。15年…20年?
ずっと、来るのが怖かった。
 
彼女が遠い町に転校していくというしらせを、僕は教室できいた。
 担任の佐山先生は、おとうさんのお仕事の関係だそうです、とだけ言った。
 違う。
彼女の転校は、僕のせいだった。
僕のせいなのだ。

あの日、僕の足元にあの石さえなかったら――
そんな身勝手な後悔をどれだけ繰り返したことだろう。
彼女の連絡先を探そうとしたこともあったが、むなしい望みだった。

わたしの左目をつぶしたのは、あいつです。
いつ彼女が周囲にそう告げるか。僕はおびえ続けた。
小学校を卒業し、中学、高校と進んでも、恐怖は薄れなかった。
でも。
僕を捕まえに来る大人はいなかった。

大学受験を期に僕は町を出、それ以来、戻ることはなかった。

 大学を卒業し、就職し、家族もできた。
 変哲もない人生だが、平凡な幸せを味わってもきた。
 
だが――いや、それだからこそ、
罪悪感は治らない傷口から浸みだす体液のように僕を濡らし続けた。
 そして――

僕はたえられなくなった。
出張だ、と妻に嘘をつき、両親もとうに家を引き払い、
親類縁者とてないこの町へむかう列車に乗り込んでしまったのだ。

 暑い。
 風がないグラウンドは、ほんとうに暑い。
あの日のままだ。
 
僕は考える。
いっそ、彼女が僕を断罪してくれたら、どれだけ楽だったろう。
 なぜそうしなかった?
なぜ、誰にも言わなかった?

ふと、ある考えが浮かぶ。
咎めも、しかし赦しもしないことで、
僕をあの日に宙吊りにし続けること。
このグラウンドにしばりつけること。
それこそが彼女の意図だったのではないかと――

そのとき。びゅ、と風がふいた気がした。

ああ…それにしても、あつい。
 はやくかえってつめたいむぎ茶がのみたい。
 
きょうは、宇宙刑事ギャバンの再放送があるから、
それまでにはかえりたいんだ。

 グランドでまってる、なんて手紙を、
 まつながゆきはそうじの時間にぼくに手わたした。
 いやなんだ。まつなががそういうことしてくるの。
そういうの、クラスのみんなに見られると、すごくひやかされるし。
 すぐいっしょにかえろうとかいうし。

 ああ、なんかへんなかんじだな。
 ずっとまえにもこのけしきをみたことがあるような気がする。
 そういうことってよくあるのよ。ってかあさんが言ってた。
 なんていうんだっけ…

あ、やっぱり。
まつながが立ってる。

 きょう、もしなんか言ってきたら、きもいんだよ、って
 石でもなげておどかしてやろう。
 あたらないようになげるさ。コントロールにはじしんがある。
 
 「きてくれたんだね」
 
 うれしそうなこえがした。
 むこうをむいて立ってたのに、ぼくにきづいたみたいだ。
 まつながが、いま、こっちをふりむく――

(終)

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2012年9月30日

女人禁制について

              ストーリー 中山佐知子
                 出演 地曵豪

中禅寺湖の女人禁制が解かれたのは明治5年、
西暦にすると1872年になる。
日光を開いた勝道上人という修験者が
男体山の頂上からはじめて中禅寺湖を見下ろしたのが782年。
以来、およそ1100年も女人を拒否してきたのだ。

男体山の頂上から見る1000年前の景色を想像する。
世界の果てが自分を取り巻くような360度の視界。
日が昇ると真っ先に明るくなり
月が沈む最後の光まで眺めていられる。
吐く息も清められ、命が磨かれる心地がしただろう。
1000年の昔、高い山の頂は神々と精霊の聖域だった。
そこへ足を踏み入れたとき、人は人でないものになるのかもしれない。
そして眼下に見下ろす中禅寺湖は、当時は魚も棲まず
冷たい水に自然の色彩を映す一枚の鏡であり
それもまた聖なる姿に思えたのだ。

やがてその孤独なまでに清浄な湖のほとりに寺を建て
修行の場に定めたとき
禁じたのは女人だけでなく、牛と馬も一緒に禁じた。
これは生物として清浄か不浄かの議論以前に
労働力と考えればわかりやすい。
中禅寺湖は標高1200メートルの寒冷地帯で
米も麦もできず、人が住みつくのに適していなかった。
けれどもここに寺を建て修行する人々が集まるならば
その食べものを運ばねばならない。
牛も馬も禁じているのにどうやって?

修験者たちの修行というのは
命のギリギリの芯だけを残して
余分な部分をどんどん削っていくことだったのだ。
牛や馬を禁じることは大量に荷物を運ぶ手段を封印することであり
女人禁制は
お粥を煮る手も、機を織り衣を繕ってくれる手も
ことごとく拒否することを意味している。
あまり知られていないが
魚の棲まない中禅寺湖に魚を放流して食料を確保することも
禁じられていたのだ。

湖の西にブナやニレの林がある。
そこにナデシコの白い小さな花が咲く。
ナデシコには子供の意味がある。
撫でてかわいがりたい子供の意味がある。
女人禁制の湖のほとりにそんな花が咲いてはいけないのだろう。
その白い花にはセンジュガンピというむづかしい名前がついている。

1872年、女人禁制が解かれたと同時に
中禅寺湖には鯉やヒメマスが放流された。
それから人が住みつくようになり
女人禁制が解けて12年後
中禅寺湖畔ではじめての子供が生まれた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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