ストーリー

岩崎亜矢 2012年2月11日

「家出」

             ストーリー 岩崎亜矢
                出演 瀬川亮

母さんとケンカして、僕は家を出た。
勉強したくないとか、そういう子供っぽい理由ではない。
信念と名誉のために僕は家出したのだ。
ポケットの中には望遠鏡を買うために貯めていたお金が
たっぷりと入っているし、僕に迷いはない。

遠足の弁当、それがすべての原因だ。
あの日、熱を出し寝込んでいた母さんに変わって、
姉ちゃんと父さんが弁当を作ってくれた。
確かに、ヒドい弁当だった。
メインのおかずは紅生姜入りの炒り卵。
その隣には半分に切られたゆで卵。
そして、白いご飯の上には巨大な目玉焼き。
蓋を開けて僕は一瞬止まった。
その時、よりによって高橋が弁当をのぞき、
「岡田の弁当、卵だらけだぜー」とからかってきたのだ。
二人をけなされたような気分がして、
僕は気づいたら高橋の胸を両手で突いていた。
怒った高橋は、僕に強く体当たりした。
そのケンカはあっけなく先生に止められ、たっぷりしぼられた。
互いに謝れと言われたけど、
僕は二人の名誉のために戦ったんだからと、ずっと口を閉じていた。
しかし学校から電話をもらった母さんは、
僕が家に帰るとすぐに頭ごなしに怒りだし、
高橋の家に行って謝ってこいと言いだしのだ。

そういうわけで僕は現在、家出中なのである。
しかし家出って、正直退屈だ。
その名の通り「家を出る」ということがゴールなので、
始めた途端にその目的が達成されてしまうからだろう。
最初はナベっちの家で遊んでたけれど、
「そろそろ夕飯だから」と帰されてからは、
こうやって公園でDSをしながら時間を潰している。
そうだ、僕も夕飯にしよう。
スーパー吉得に行って、コロッケを持ってレジに並び、
ポケットを探った。その瞬間、全身がヒヤッとした。
「ない…!」そこにあるはずのお金がないのだ。
レジのおばさんがじろじろと見てくる。
僕は慌てて吉得を出て、改めてポケットの中を探った。
やっぱり、大事なお金が消えている。
そういえば、商店街を歩いているときに
おじさんが強くぶつかってきたけれど、
あれはもしやスリだったのではないか。
望遠鏡代、いや、僕の大事な生活費が…。

あてもなく歩きながら、僕はグウグウと鳴るお腹をおさえていた。
すると突然、おいしいカレーの匂いが漂ってきた。
よだれを垂らしそうになりながらその家に近づくと、
窓の向こうの黄色い灯りの下でうっすらと人影が動いている。
人影はぜんぶで4つ。僕んちと一緒だ。
暗闇の中、その窓の周りだけが暖かいような気がして、
僕はそこを動けないでいた。
その時、自分の名前が呼ばれたような気がして顔を上げた。
道路の奥のほうで、細い灯りがゆらゆらと揺れている。
しばらくすると真っ暗闇の中から、「ぬっ」と母さんが現れた。
手には懐中電灯を持っている。ゆらゆら、ゆらゆら。
僕は信念も名誉も闇の中に放り出し、
その灯りへと猛ダッシュしていた。

出演者情報:瀬川亮 03-5456-9888 クリオネ所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

阿部光史 2012年2月5日

トンネルの話

            ストーリー 阿部光史
               出演 水下きよし

「ちょっとした肝試しのつもりだったんです」
でもそれは、大きな間違いだった。

ある新月の夜、わたしは
自分が勤める会社の研修施設を目指して、
住宅が立ち並ぶ山沿いの道を歩いていた。

夕刻までに施設に入るように。
そう言われていたのだが、本社での急な残業が入り
ずいぶんと遅い時間になってしまった。

この先にある短いトンネルを抜ければ
いつもの道よりも、ずいぶんと近道になるらしい。

携帯の地図アプリがそう教えてくれたので
わたしは初めての道を、少し急ぎながら歩いていた。

そろそろトンネルが見えてくるはずだ。
そう思った時、ふっ、と街の灯りが、消えた。
停電だ。いまどき、珍しい。

そのうち復旧するだろう。そう思いながら、
星明りに照らされた住宅街を進むわたしの前に、
真っ黒な口をぽかんと開けたような
トンネルの入口が現れた。

車一台がようやく通れるような小さな入口である。
中は真っ暗闇で、携帯の光で照らしてみても、
壁も、床も、向こうの出口も全く見えない。

なぁに、距離は100メートルもないはずだ。
ちょっとした肝試しのつもりで、楽しめば良い。

そう思ったわたしは、意を決して、
真っ暗なトンネルの中に足を踏み入れた。

ひんやりとした空気の中、足音が嫌な感じで周りに反響し、
携帯の光も先には届かない。
電波も、圏外に変わった。

早く通り抜けてしまいたい。
わたしは早足で歩き続けた。

しかし妙な事に、歩いても歩いても、出口の近づく気配がない。
ふと研修施設の掲示板の小さな張り紙を思い出した。
「注意:停電の夜はトンネルを通らないこと」
停電って、今夜じゃないか!

「もしもし」男の声がした。

うあ!わたしはあまりの驚きに声を上げ、携帯を落としてしまった。
バッテリーがはじけ飛ぶ音が聞こえ、あたりは完全な闇となった。

「もしもし」
ひっ!

「すいません、脅かすつもりはありません。
 人と久しく話しておらず、失礼があれば申し訳ない」

暗闇で男の顔が全く見えないのだが、悪い人ではなさそうだ。
しかし、こんな所で突然話しかけてくるとは気持ちが悪い。

どうはじけ飛んだのか、携帯をいくら探しても見つからない。
困っているわたしにかまわず、男は話を続けた。

「ありがとうございます。これでやっと、家に帰れる。
 やっとトンネルを、出られるんです。ありがとう、ありがとう」

男が何を言っているのかさっぱり理解できない。
あの、それはどういうことでしょうか。
説明を求めるわたしに、男が答えた。

曰く、停電の夜にこのトンネルを通る人は、かならずトンネルに
囚われてしまい、出られなくなってしまう。そこから逃れる方法は
ただひとつ、次の停電の夜に、別の誰かがトンネルを通ること。
それまでずっと、囚われた人はトンネルにとどまり続けなくてはならない。

ふざけているんですか、私は答えた。馬鹿馬鹿しい。
じゃぁなぜあなたはそれを知っていて、トンネルに入ったんですか。

「ちょっとした肝試しのつもりだったんです」

ひんやりとした汗が、わたしの首筋を流れ落ちた。
わたしは携帯を探すのをやめ、再び歩き始めた。
今すぐ、ここを出なくてはならない。

男は後ろから追いかけながら、暗闇の中、こう続けた。

「そう決まっているんですよ。じたばたしてもムダなんです。
 きっとすぐ、次の人が通りますよ。たいしたことはありません。
 それまで待つだけじゃありませんか。」

わたしは男の声を振り払うように歩き続けたが、
いくら歩いても、出口は一向に近づかない。
むしろ遠ざかっているようにも感じてきた。

これは、男の言うとおりなのかも、知れぬ。

「ここでね、暗い中で、自分の人生をゆっくり
 振り返ったりするのも、オツなものですよ。」

とうとうわたしは観念し、次の人間が通るのを待つ事にした。

「それで良いんです。だってもう、決まってる事ですから。
 では、わたくしはこのへんで。」

男の声が次第に遠ざかって行く。
やがて最後に男は、わたしにこう尋ねた。

「そうそう、今年は昭和何年ですか?」

今年は、と答えかけた瞬間、
トンネルの奥でぽっと灯りが点った。
停電が終わったのだ。

こうして、わたしはトンネルの暗闇に囚われたまま、
停電の夜に誰かが通るのを、今夜も待ち続けている。

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2012年1月29日

木簡が語る日本古代史

           ストーリー 中山佐知子
              出演 毬谷友子

では、木簡の講義をはじめます。
木簡とは、木で作られた札、或いはカードです。
七世紀から八世紀にかけてさかんに使われたこのカードには
看板、メモ用紙、荷札、そして葉書など、多種多様な用途がありました。
では、そのほんの一部を読み上げてみましょう。

受領書
「出産した母犬のための栄養食を受け取りました。長麻呂」

キーホルダー
「東門の鍵」

下っ端役人高屋連家麻呂(たかやのむらじやかまろ)50歳の勤務評定 
「評価はまあまあ」

勝手に欠勤した役人への呼び出し状 1
「正当な理由がないなら出勤するように」

欠勤届
「お腹が痛くて休んでしまいました。治りません。
 治ったら残業もいといません。今回はお許しください」

休暇延長の申請
「どうか休暇の延長を願い上げます」

無断欠勤している役人への呼び出し状 2
「制服まで支給したのだから早々に出勤しなさい」

上司への連絡
「こんど宴会を開きます。先日の失敗はなかったことにしてね」

落書き 
「人の顔」

落書き
「馬の顔」

かけ算の九九表
「三九、二十七。二九、十八。」

万葉仮名の国語ノート1
「浪速津に咲くやこの花」

万葉仮名の国語ノート2
「春草のはじめの年」

平城京ニュース
「天皇がお亡くなりになりました」

税金の納付書 1
「三河の国篠島の海部より鮫の干物を6斤納めます」

税金の納付書 2
「若狭の国遠敷(おにゅう)郡 中臣部平麻呂が塩を三斗納めます」

大伴家持が書いたと見られるラブレター
「春なれば 今しく悲し…云々」

契約書
「運送を請け負った魚は責任を持って運びます」

呪いの札
「原さんは鬼に食われてしまえ」

看板
「役人詰所」

命令書
「妻に餅米を届けるように」

送り状 1
「耳成山の農園から 芹二束、チシャ二把ほか、送ります」

送り状 2
「粕漬けの瓜と茄子、醤油漬けの瓜と茗荷を送ります」

冷蔵庫設計図
「深さ3メートルの穴を掘り、断熱材として500束の草を使用し
 冬に池の氷を取って保存する」

表札
「長屋王の宮殿」

捜索願
「馬が逃げました。黒毛、片目と額の毛が白い牡馬。
 逃げた日時は9月6日午後4時、場所は猿沢の池あたり。
 見かけたらお知らせください」

日本国内の1000に余る遺跡から出土した木簡は341335枚。
日本の古代史はカードが語ります。

では今日の講義はここまで。
出席をとりますよ。
出席番号1番、大伴さん…

出演者情報:毬谷友子 03-3552-1616 ジェイ・クリップ所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

三井明子 2011年1月22日

会員カード   

           ストーリー 三井明子
              出演 皆戸麻衣

「ひどい肩こりですね。重たいカバンを持ち歩いていませんか」

新年通い始めたマッサージ店で、いきなり言われた。

たしかに私のバッグはバッグ自体が重たい。
でも、年末のボーナスでやっと手に入れた、ブランドバッグ。
しばらくはこれを外せない。

バッグの中身で一番重たかったのは、化粧ポーチ。
でもこの中身は減らせない。
一日中、綺麗なメイクを保つために、化粧道具一式を持ち歩く必要があるから。

そして、バッグの中身で二番目に重たかったのは、財布だった。

財布の中身を全部出してみた。
すると、43枚のカードが目の前に現れた。
クレジットカード、キャッシュカード、診察券といった、
なくてはならないカードを外すと、
37枚のカードが残った。
そのほとんどがポイントカードや会員カードだった。

「当店のポイントカードはお持ちですか? お作りしましょうか?」
と言われて、断れない性格が生んだこのカードたち。
ひとつひとつ見ていくと、
一度だけ買い物をしたブティック、
年に数回買い物をするデパート、
旅先で食事をしたレストラン、もうつぶれてしまったコーヒーショップ…
こんなカードを毎日持ち歩いていたことを知り、
自分のズボラさに嫌気がさした。
カードの束のずっしりとした重みを確かめると、
肩こりが、よりいっそうツラく感じられた。

そして、驚くべきは、その会員カードのなかで
いちばん重たかったのが、マッサージ店のカードだったことだ。
分厚く、硬い素材でメタリックな加工がされている。
高級感あふれるカードといえば聞こえがいいが、
その厚みや重みは、客の肩こりを完治させないための
マッサージ店の商売上の陰謀にも感じられてきた。

「もしもし? おたくの会員カード、不自然に分厚くて重たくないですか?」
マッサージ店に文句の電話を入れてやろう、と思ったが
クレーマーになってしまうと気づき、直前で思いとどまった。

イライラしたら、また肩がこってきた。
そして、マッサージ店のカードを手に、
私はマッサージの予約の電話を入れていた。

出演者情報:皆戸麻衣 フリー

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

福里真一 2012年1月15日

「人類、やる気をなくす」

           ストーリー 福里真一
              出演 大川泰樹

2012年になるやいなや、
人類はやる気をなくした。

すべての人類が、ひとりの例外もなく、
完全にやる気をなくした。

いったんやる気をなくしてみると、
いままで何百万年にもわたって、
どうしてあんなにがんばってきたのか不思議だったが、
その理由を深く考えるほどのやる気は、
もはや人類には残っていなかった。

クルマも、バスも、電車も、飛行機も、
止まった。

田んぼも、畑も、家畜たちも、
放置された。

でも、その状況をきちんと把握しようとするほどの、
やる気のある人間は、もはやひとりもいなかった。

何かを食べる気力もなかったので、
家でなんとなくゴロゴロしているうちに、
静かにひとりずつ、
衰弱して死んでいった。

日本の各地の郵便局には、
結局一枚も配達されることなく終わった、
2012年の到来を祝う大量の年賀状が、
集められたまま残されていた。

それらが風化し、
すっかりなくなってしまうまでには、
最後の人類が死に、
その彼か彼女かが白骨化し、
やがて風にとばされてしまうよりも、
さらに長い時間がかかった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  1 Comment ページトップへ

岡部将彦 2012年1月9日

「外交カード」

          ストーリー 岡部将彦
             出演 地曵豪

やれやれ、いつの間にこんな劣勢になってしまったんだろう。
俺は持っていた手持ちのカードを放り投げてしまいたくなった。

今、俺が仲間たちと延々やっているのが『外交カード』。
それぞれが「国」になり、
あの手この手で他国より成長するというカードゲームだ。
あの「モノポリー」も世界恐慌時にヒットしたと言うが、
閉塞感のある世の中のせいか、巷じゃ密かなブームになっている。

簡単にルールの説明をしよう。

カードは大きく3種類に分けられる。

まず各プレイヤーに配られるのが【国力カード】。
このカードの奪い合いがゲームの目的だ。0枚になった時点でゲームオーバー。
これには「資源」「経済力」「技術力」「軍事力」「領土」の5種類がある。
国力カードは各プレイヤーのパラメーターも兼ね、
常にオープンにした状態でゲームを進める。

次に【イベントカード】。
これは、自分の番が回ってくる度に引く。
自国にとってプラスなときもあれば、もちろんマイナスなときもある。
「世界同時不況」なんていうプレイヤー全員に影響を与えるカードもある。

そして最後がゲーム名にもなっている【外交カード】。
このカードの使い方が勝敗を分ける。
ここに、このゲームの知的な面白さがある。
いくつか外交カードを紹介しよう。

○「諜報」…相手の手持ちの外交カードをオープンにすることができる。
○「貿易」…手持ちの国力カード1枚と他プレイヤーの国力カード1枚を強制的に交換。
○「関税」…他プレイヤーによる「貿易」の使用を防ぐ。

【イベントカード】や【外交カード】の効果は、
手持ちの【国力カード】の枚数と密接に関わってくる。
たとえば、「不平等貿易」という外交カードは、
こちらの軍事力が相手の軍事力よりも3枚以上多いときのみにしか
使用できない、と言った具合に。

つまりゲームも中盤にさしかかると、
強い者は、より有利にゲームをすすめることができ、
逆に一旦劣勢になると、なかなか抜け出すことができない。

妙に現実的というか、まあ夢のないゲームとも言える。
だからこそ、こうしてハマっているわけだが…。

しかし今日はどういうことだ。
序盤こそ調子が良かったものの、じわじわと攻め込まれ続けている。
もはや、ラッキーなイベントカードによる
一発逆転に賭けるしかないところまで追い込まれているじゃないか。

俺は、祈るような気持ちでイベントカードを引いた。
ゆっくりとめくるカードに書かれた3文字。

「大災害」

ああ…終わった。
手持ちの国力カードの半分を捨てなきゃならない。
最悪のイベントカードだ…。

だが、顔が曇ってるのは、俺だけじゃなかった。
「ハウスルールを読めよ」
プレイヤーのひとりが言った。

そうだ、このゲームのもうひとつの特色の説明を忘れていた。
それがハウスルール。
すべてのカードには独自のルールを書き込む欄がある。
この欄に、時勢に合わせたルールを自由に書き込むことで、
よりリアリティのあるゲームが楽しむことができるというわけだ。

そこには、おそらくあの日以降、
誰かが書いたであろうハウスルールが書き込まれていた。

○「大災害」…手持ちの国力カードの半分を破棄しなければならない。
(ハウスルール)ただし、大きな災害を前に国民は一致団結。
今後、すべてのカードの効力は2倍となる。

出演者情報:地曵豪 フリー http://www.gojibiki.jp/

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ