中山佐知子 2021年1月24日「こよみ」

こよみ

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

古代エジプトでは、一年のはじまりが夏至の日だった。
その日は、シリウスが夜明け前の東の空に輝き
シリウスに導かれて太陽が昇った。
ひと月を30日、一年を12ヶ月と5日とするこの暦は
クレオパトラとシーザーの出会いによって
ローマに伝わり、現代の暦に発展する。

イスラムでは一年のはじまりは春分の日で
太陽が沈むときに新しい一日がはじまる。
一方、古代マヤ文明では一日の始まりは夜明けだ。
マヤには260日と365日のふたつの暦があり、
ふたつを掛け合わせると52年になった。
52年は当時の人間の一生に相当した。

ユダヤの暦は天地創造を紀元とする。
それは西暦に直すと紀元前3761年で、
今年はユダヤ暦の5782年に当たるらしい。

昔の日本の暦は太陰暦を基本にしていた。
太陰暦は月の暦なので、
毎月15日は満月、1日は必ず新月だった。
明治になるまで日本人は毎年、
月が出ない元旦を迎えていた。

暦はもっとも古い科学であり、テクノロジーだ。
暦は社会の基盤になる情報だ。
それを知りつつ、
やはりわたしはひとつの問いを抱き続けている。

人はなぜ暦をつくったのだろう。
暦がなくても季節の移ろいはわかるし、
一年の循環もわかる。
人は何のために暦をつくったのだろう。
記録か、それとも予測か。
忘れるためか、思い出すためか、未来を見出すためか。
人は暦をつくり、暦に支配されてはいないだろうか。

しかし、
カメルーン北部のサバンナで焼畑農業を営むある民族の暦は、
毎日雨が降る4月、畑の草をむしる6月、
トウモロコシ が実ったら8月、夜が寒くなったら9月。
一年を12の月に分けてはいるが、
ひと月は30日でも29日でもよく、その都度変わる。
一年が365日でなくても日々の暮らしに差し支えはない。

わたしはこんな国で暮らしたい。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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福里真一 2021年1月17日「2021年がはじまっても」

2021年がはじまっても 

   ストーリー 福里真一
       出演 遠藤守哉

7月24日は、
気が遠くなるほどの長い年月を、
ごく普通の日として生きてきた。

祝日でもなければ、
大きな歴史的事件が起きた日でもない。

ゴロがいいわけでも、
切りがいいわけでもない。

ただひたすら平凡な、7月24日。

7月24日本人は、
その日が谷崎潤一郎の誕生日であることを、
ひそかな誇りにしていたが、
いかんせん地味すぎる…。

そんな7月24日の運命が、
ある日、とつぜん、変わった。

東京で行われる、
4年に1度の世界的なスポーツ大会の、
開会式の日に選ばれたのだ。

どうしてこんな、なんの変哲もない日が選ばれたのか。

それに東京の夏は、
スポーツをするには、暑すぎるというのに。

しかし、
7月24日は、あれよあれよという間に、
特別な日になった。
ニュース番組やスポーツ番組で、
繰り返しその名が呼ばれた。
特別措置法により、
急きょ、国民の祝日になることも、決定した。

7月24日は、
その間も、ずっと冷静さを装っていたが、
内心は違った。
ふわふわと、常に3センチぐらい宙に浮いているような気持ち。
と同時に、こんなことが起きるはずがない、
きっと最後にはどんでん返しのようなことが待っているに違いない、
という予感も持っていた。
彼にはあまりにも長い間の、「普通の日根性」が、染みついていた。

そして、それは起こった。

スポーツ大会が、1年後に延期されることになったのだ。

延期された開会式は、
2021年の、
………7月23日に、決定した。

7月24日は、
気がつくと、また普通の日に、もどっていた。
あまりにもあっさりと。
彼には、なんだかもてあそばれたような気分が、
残った。

2021年がはじまっても、
いまひとつやる気がでないらしい7月24日に、
いま、1月4日が、
どんななぐさめの言葉をかけようか、迷っている。

君はもう、決して普通の日なんかじゃない。
本当は開会式が行われるはずだった日
なんて、なんだかドラマチックだよ。
一生話せるネタができたじゃないか。

あるいは、

僕も1月4日という、
1年の最初の普通の日として、
長年生きてきたけど、
普通の日こそ味わい深いものだと思うよ。
おせちは、ずっと食べているとあきるけど、
普通の日にはあきがこないからね。

7月24日には、
どちらのなぐさめの言葉が効果的なのか。
1月4日は、まだ迷いつづけている。(おわり)



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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田中真輝 2021年1月10日「先端」

「先端」

   ストーリー 田中真輝
      出演 清水理沙

(全編小さな声でマイク近くで話すイメージ)
しーっ。静かに。声を出さないで。音を立てないで。耳を澄まして。
いま、生まれようとしている。始まろうとしている。
耳が痛くなるほどの静寂の中に、みなぎる始まりの気配。

老いた芸術家が真っ白なキャンバスに今、初めのひとふでをおろす。
そのひとふでの前には、これまで重ねられてきた、
数えきれない筆あとが連なっている。
その先端で、おろされる、新しいひとふで。

若い宇宙飛行士が、真空の月面に今、初めの一歩を踏み出す。
その一歩の前には、太古の昔から続く、
空への思いと技術のたゆまぬ進歩が連なっている。
その先端で、踏み出される、新しい一歩。

母親の子宮から生まれ落ちた赤子が今、初めの一息を吸う。
その一息の前には、星の起源から、連綿と続く命の営みが連なっている。
その先端で、吸い込まれ、吐き出される、新しい一息。

はじまりは、ただぽつんと突然、はじまりはしない。
海面を漂う氷山が、水面下に巨大な体積を隠しているように、
小さな芽吹きが、地下に細かな根を張り巡らしているように、
はじまりのその背後には、そこ至るまでの膨大な時間と無限の営みが
連なっている。

しーっ。静かに。耳を澄ませて。あなたの中にみなぎる気配に。
いま、あなたの中で、何かが始まろうとしている、そのかすかな予感は
ただ、どこからともなく、ふわりと舞い降りた花びらの一片ではなく、
永遠に積み重ねられてきた膨大な力が、鋭く研ぎ澄まされ、
この世に突き出ようとする、その円錐の、小さな先端なのだ。

ためらうことなく、その力に身をゆだねて、
押し出されるように踏み出せばいい。
その一歩は、必然なのだから。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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一倉宏 2021年1月3日「あいうえおくりもの」

あいうえおくりもの

  ストーリー 一倉宏
    出演 西尾まり 

  1
あほらしいものですが
あやしいものではありません

いそがしいあなたに
いとおしいあなたに

うっとうしいかもしれないけれど

おいしくもない
おこがましい
おくりもの

2
かたくるしいことはぬきにして
きはずかしいものではありますが

くもゆきがあやしくなるまえに
けったいなことになるまえに

こっぱずかしいおくりもの

3
さもしいきもちはございません
しらじらしいことはもうしません

すばらしいことなど すらすらいえず
せせこましいはなしになったとしても せめて
そらぞらしくならないように
4
ただただ ただしいとおもうこと
ちゃんちゃらおかしいとはねつけられても

つつましいことばを つなげ
てきびしくかえされようとも 

とぼしいことばをふりしぼって
とぼとぼと

   5
なまやさしいことではありませんが

にがにがしくおもわれようとも
ぬすっとたけだけしいといわれようとも

ねぐるしいよるをいくつもかさね
のぞましい ことばをさがす

  6
はずかしいのはしょうちのうえで
ひとこいしいのはだれでもおなじで

ふてぶてしいことをいうようですが
ヘルシーなんてかんたんなこと

ほほえましいのがいいんです

ほら かんたん     なのに

  7
まずしいこころ 
みすぼらしいくらし

むずかしいことばかり
めずらしくもなく

もどかしく

  8
やさしい とか 
ゆかしい とか 
よろこばしい とか 

ことばがあって
いろいろあって
そのなかに ぴったりの

  9
らしい ことばを 
みつけるまでは

リズムにまかせて
る もなく
れ もなく
ろ も 
とびこして

  10
わたしからおくることば


はじめから (またくりかえす)  




出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

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中山佐知子 2020年12月27日「閏月」

閏月

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

明治になるまで日本は月の運行をもとにした暦を使っていた。
毎月1日は新月で月がなく、15日は満月だった。
月の形を見れば今日が何日かわかるのが便利だった。
ひと月は29日か30日で、
一年365日にはおよそ11日足りなかった。
そこで3年に一度、閏月をもうけた。
一年が13ヶ月になるのである。

13ヶ月になるといっても
12月の次に単純に13月を挿入すると
季節があまりにもズレてしまうため、
なるたけ季節に沿う形にしようと努力していたようだ。
それでも閏月のある年は12月に立春が来たりした。

さて、そんな旧暦によると
今年2020年は閏4月があった。
5月22日が旧暦の4月30日に当たり、
翌日の5月23日がもう一度4月1日になったのだ。

明治になるまで
日本人はそんな具合に閏月と付き合ってきたのだが、
明治6年、ついに政府は西洋式の太陽暦を採用し、
明治5年12月3日が明治6年の元旦と決まった。
12月はたった2日しかなかった。
役人はこの二日分の給料をもらえなかった。
あまりに急いで決めたので、
すでに発売されていた来年の暦は紙屑になり
出版元は甚大な損害を被った。
12月は忙しい月だ。
挨拶まわり、大掃除、正月の準備。
スポーツや様々なイベント。
すでに決まっていた予定はどうなったのだろう。
2日しかなかった12月の
残り29日分の予定はどうやって辻褄を合わせたのだろう。
私はそれが知りたい。

Tokyo Copywriters’ Street
来年もよろしくお願いいたします。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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岩崎亜矢 2020年12月20日「ある男の転職について」

「ある男の転職について」 

    ストーリー 岩崎亜矢
       出演 遠藤守哉

 この仕事を辞めよう。彼は思った。
 男の仕事は、配達業だ。
しかし、“配達業”と一言で片付けられるほど、
それは簡単な業務ではない。
なんせ、世界中の子どものいる家に出向き、
一軒一軒、届け物をしなければならないのだ。
それも、たった一晩で。
そもそもが無茶な話なのだが、
彼の太っちょのボスは「不可能なんてない」が口癖。
まあ結局、毎年1軒も漏らさずに、
きっちりと配達しているわけなのだが。
 もちろん、子どもたちの喜ぶ顔は嬉しいし、やり甲斐は大きい。
配達が終わってからのひと月は、特別休暇だってもらえる。
しかしそれを省けば、1年のほとんどは、
1晩で配達するための足腰を鍛えるトレーニングに始まり、
おもちゃの手配、新しい子どもの名簿作成、
あるいは、子どもから大人になった人の卒業リストを整理など、
やることは多岐に渡る。
また、品行方正でいなければならない、というルールもある。
子どもたちの夢を壊さぬよう、酒・タバコ・賭け事の類は一切禁止。
万が一、事故を起こす危険性もあるからと車の運転も禁止。
そのほか、SNSでの発言にもチェックも入れられるし、
付き合う仲間にも口出しをされる。
また、配達では戦場を回ることもあるので、
一通りの戦闘訓練も受けなければならない。とにかく、ヘビーなのだ。

 この仕事は、子供の頃からの夢だった。
面接でボスと初めて顔を合わせた瞬間、
憧れの人に出会えた喜びと緊張から倒れそうになったことを、
男は、昨日のことのように覚えている。
なにもかもが新鮮で、ワクワクして、ドキドキして、
毎日はあっという間に過ぎていった。
気づけば、男はすっかりベテランになった。
若くてイキのいい新人は、毎年入ってくる。
いつまでこの仕事を続けるのか。いや、続けられるのか、
そんな思いが頭をもたげた。
家族との時間を優先して、新しい仕事を始めるべきかもしれない。
今年の夏が過ぎた辺りから、その思いは一層強くなっていった。 
 ボスに、なんて告げようか。きっと落胆するだろう。
感情的になるだろうか。
あんな穏やかな彼を怒らせたり悲しませたりするのは、
想像するだけで気が滅入る。
けれど、こんな思いを抱いたまま、この仕事を続けるわけにはいかない。
それは、ボスにも仲間にも子どもたちにも失礼なことだから。
 男は、今年のクリスマスを最後に引退することを決意をした。

 クリスマスプレゼントの配達は、キリバスから始まる。
ここは、太平洋に浮かぶ島々から構成された国で、
世界でいちばん早く朝を迎える国であり、
また、クリスマス島のある国としても知られる。
ここから世界中をぐるっと回りながら、
的確に、そしてスピーディーに配達を進め、最後はアメリカ領サモアへ。
そして、旅は終わる。
とはいえ、配達が終わってもすぐには家に戻らず、
1年の苦労を分かち合うために皆で祝いの酒を酌み交わすのだ。
年に一度、この仕事に関わる関係者すべてが、唯一酒を飲める日。
彼は、この日にボスに打ち明けようと決めた。
酒が入り、ややほぐれた状態であれば、きっとうまく伝えられるはずだ。

「ボス、話があるんです。」
打ち上げがひと段落した頃を見計らいボスに声をかけると、
ボスはたっぷりとした髭を触りながら、「今年もお疲れ様」と
男のグラスに酒を注いだ。
「あんなことが起きて今年はどうなってしまうのかと思ったが、
どの子どもたちも元気そうで何よりだったな。」
「そうですね。世界で同時に起きた危機でしたからね。大変な年でした。」
「こういう時こそ、我々の仕事の真価が発揮されるんだ。
僕らが届けるのはおもちゃだけれども、
本当に届けているのは笑顔や心からの安心なのだから。」
「だからこそ、戦場へも回るんですよね。」
「当たり前だ。戦争が日常という子どもにこそ、
僕らのプレゼントを届けなくちゃいけないんだ。
そもそも戦争というのは大人たちのエゴで……」
 ボスの話に、どんどんと力が込められる。
自分の話題にどう持って行こうかと男が思いあぐねていると、
そろそろスピーチの時間です、と仲間がボスを呼び出し、
そのままパーティーは最高潮の盛り上がりを見せ、
そして、お開きとなった。

 男は、飲みつぶれてしまった仲間たちの身体を慎重に避けながら、
散らかった会場をあとにし、とぼとぼとロッカールームへと向かった。
休暇が明けたら、真っ先にボスを呼び出そう。
そして自分の思いを、率直に話すんだ。
彼のことだ、きっと分かってくれる。まあ、時間はかかるかもしれないけれど。

 くたびれたロッカーの前に立ち、いつものようにダイヤルを回し、
扉を開けた瞬間、思わず声が出た。
「なんだ?」そこには、見慣れない簡素な箱。
おそるおそる取り出すと、さほど重くはない。
このご時世、正体不明の届け物には用心するに越したことはないが、
ここは職場のロッカー。
このクリスマスオフィスのセキュリティは、かなり強固だ。
大丈夫、酔った誰かのほんのいたずらだろう。
思い切って、その箱を開けてみたところ、
そこには手紙が入っていた。差出人はなし。
男は、ビリビリと封を破いた。

やあ。52年と156日間、これまで本当にありがとう。
君のおかげで、真っ暗な夜道も、深い霧も、吹雪でさえも、安心して先を急ぐことができた。
その真っ赤に光る鼻とタフな足腰のおかげで、たくさんの子どもたちを笑顔にできたんだ。
長いこと縛りつけてしまい、本当にすまなかった。
楽しい時間をありがとう。君の新しい門出を祝して。僕の最高の相棒、ルドルフへ。

 それは、ボスからの手紙だった。なぜ何も言ってないのに、
僕が辞めようと考えていたと分かったんだ?
……いや、あのボスのこと。それくらいわけないだろう。
それは、この僕が一番わかってることじゃないか。
世界のヒーローであり、不思議な魔法使いであり、人生の憧れの人。
サンタクロースに、不可能なんてひとつもないのだから。
 ボス・サンタクロースとのこれまでの日々を振り返り、
流れ落ちる涙を拭こうとしたそのとき、もう一通の存在に気づいた。
先ほどよりもやや丁寧に、男は封を破った。

 君のことだから、まだこれからの進路は未定なんじゃないだろうか。
余計なお世話だとは思ったが、僕が手伝えることはないかと、いちおう目星はつけておいた。
もちろん、引き受けるも断るも、自由だ。東京のことは、覚えてるかい?
あの場所に、東京タワーという建物があってね。
そこで街を照らす手伝いをしてほしい、という話が出ているんだ。
世界的な運動の祭典が中止になるかどうかの瀬戸際だったり、
まあ、最近元気がなくなってきているようでね。
君の力がきっと役に立つだろう。
もちろん、ソリを引くよりは体力は必要ないと思うよ(笑)。めいっぱい、照らしてきておくれ。
サンタクロースより

 「あの、赤鼻のトナカイがやってくるらしい」という噂で、
いま、東京の街は騒がしくなっているという。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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