アーカイブ

小山佳奈 2011年9月18日


photo by toureiff1219

pH7の女の子
            ストーリー 小山佳奈
               出演 三坂知絵子

「金魚は中性の水を好みます」

水槽をひゅるんと泳ぐ金魚を見ながら
昔好きだった魚の図鑑に書かれていたその言葉を
私は声に出して唱えてみる。

「金魚は中性の水を好みます」

酸性でもなくてアルカリ性でもなくて中性。
青色のリトマス試験紙は青色のままで
赤色のリトマス試験紙は赤色のまま。

ユカちゃんと私は同じ女子高に通っている。
中学から一緒だからもう5年目。
ユカちゃんと私は親友だ。

朝、駅で待ち合わせして学校に行って
昼、お弁当を一緒に食べて
帰りに、マックに寄っておしゃべりして
夜、電話でおしゃべりする。

髪が長くて唇のあつぼったいユカちゃんは
じゃがりこと声の高いアイドルが好きで
数学が苦手で水泳が得意。

ユカちゃんと私はただの親友だ。

そんなユカちゃんがあるとき
興奮しながら電話をかけてきた。

「わたしショウタとしちゃった」

照れながらでもうれしそうにユカちゃんは言った。
うるんだ空気がもれてきた気がして
私は思わずケータイの耳の部分をふさぐ。

ショウタっていうのは
こないだカラオケでナンパしてきた高校生のうちの一人で
あの人かっこいいねってユカちゃんは言ってたけど
私にはできそこないのアイドルにしか見えなかった。

好きなのって聞いたら好きかもって言ってた。
つきあうのって聞いたらつきあうかもって言ってた。

それから私は
レモンを毎日10個食べた。
家にあるアジシオを一瓶飲んだ。
雨の日も傘をささなかったし
おしっこを飲んでみたりもした。

でも私は男の子にも女の子にもなれなかった。
酸性でもなくアルカリ性でもなく中性だった。

ユカちゃんを守らなくちゃ。
ユカちゃんを顔だけのバカでつまらない男から守らなくちゃ。
そうだ。
ユカちゃんを金魚にしてしまおう。
水泳の得意なユカちゃんだからきっと大丈夫。

そして私は学校から帰る途中
河原でユカちゃんを突き落とした。

いま私の目の前で
水槽をひゅるんと泳ぐ金魚は
じゃがりこをあげると勢いよく食べる。

「金魚は中性の水を好みます」

出演者情報:三坂知絵子 http://www.studio-2-neo.com/

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

小松洋支 2011年9月11日


スノーホワイト

          ストーリー  小松洋支
             出演 大川泰樹

容疑者が入ってきた。
ひどく小柄な男で、耳までかくれる帽子をかぶり、
季節はずれのマントにブーツをはいている。
革製の大きな袋を肩にかついでいる。
よじ登るように椅子にすわると、上目遣いに刑事を見た。

「まず住所、氏名、年齢を聞こうか」
男は黙っている。

「黙秘かね。まあいい、続けよう。
きみの容疑は、こうだ。
家出少女をマンションの一室に誘いこみ、数週間にわたって監禁した」
男は黙っている。

「しかるのち、ブラックアップルと呼ばれる薬物を大量に服用させ、
少女を昏睡状態に陥らせた。
眠った状態のままバイヤーに売り渡される少年少女はあとを絶たない。
バイヤーは闇ルートで彼らの体を金に替える。
おそらくは臓器を抜き取って外国の薬品会社にでも売るんだろう。
その金目当てできみは少女を眠らせた」

「・・・違う」
ひとりごとのように男がつぶやいた。

「ほう。口をきいたな。
どこがどう違うというんだ?」
刑事は数センチの距離まで顔を近づけて、男の目をのぞきこんだ。

「たしかにオレは、スノーホワイトにブラックアップルを飲ませた。」
喉から絞り出すような低い声で男は話し始めた。
「女友達を使ってダイエットに効く薬だと信じ込ませたんだ。
だが、金のためなんかじゃない。
やつらから彼女を守って、オレだけのものにするためだ」

「やつらとは誰のことだ?」
刑事は苛立たしげに眉をひそめた。

男は真っ青な顔で立ち上がると、革袋の紐をほどき、
手をつっこんで首をひとつ取り出した。
「こいつは卑怯なやつだった」
床に転がし、次の首を取り出す。
「こいつは冷酷なやつだった」
「こいつは嘘つき」 「こいつは金の亡者」
「こいつは淫乱」 「こいつはサディスト」
首は全部で6つあった。

「オレは、こいつらからスノーホワイトを守って、
このオレだけのものにするために、彼女を眠りの中に封印した」

壁際まで後ずさりした刑事は、怯えた表情で男を見ていた。
男はゆっくり刑事に歩み寄ると、足元からその目を睨みあげた。
「いいか。スノーホワイトはオレだけのものだ」

ゴトンと音がしてその手から革の袋が床に落ち、
袋の口から血のついた金髪の王子の首がのぞいた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

岡野草平 2011年9月4日



7番アイアン

              ストーリー 岡野草平
                 出演 瀬川亮

こないだオレ、死んじゃって。
で、閻魔様のところで、来世は何になりたいかときかれて、
ゴルフが三度の飯より好きだったから、
迷わず「タイガーウッズ」と答えたら
まだ生きてるし無理だと。
まあ、そうだよなと。

ちょっと考えて、しょうもない人間に生まれ変わるぐらいなら
いっそと「タイガーウッズの9番アイアン」
って言ったら
意外とあっさりオーケーが出て、
そんなわけで、新しい人生、というかアイアン生がはじまった。

これが想像以上に楽しくて、
まず、アイアンなんで四六時中ゴルフなわけ。
で、打つのはタイガーなもんで、曲がらないわ飛ぶわで、
自分でゴルフやるより、全然いいなと。
むしろ、打ってるのはタイガーだけど、
球に当たってるのは、オレなんだから、
オレ凄くない?って思えちゃう。

あこがれだったオーガスタにもセントアンドリュースにも
毎年のように行けるし、こりゃ最高だ。
ずっとこのままでいられればな、
って思ってたんだ。

そんなある日、事件は起こった。
みなさんご存知の例のアレ。
タイガーの浮気だよ。
ブチ切れた奥さんは、オレを振り回して
タイガーを何度も殴って、
タイガーは前歯が2本折れたけど、オレも折れてしまった。

で、気がついたときには、また閻魔様の前にいて、
来世は何になりたいかときかれたから、
ちょっと迷って答えた。
「タイガーウッズの7番アイアン」

出演者情報:瀬川亮 http://www.weblio.jp/content/瀬川亮

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2011年8月28日



トラキアの東の風の国

           ストーリー 中山佐知子
              出演 瀬川亮

トラキアの東の風の国から
久しぶりに西を旅したとき
かわいい人間の女の子に出会った。

僕はひと目で恋に落ちた。
彼女はアテネの王女だったが
僕だって星空を支配する巨人族の父と
暁の女神の母から生まれた神の一族なんだから
彼女は喜んで結婚してくれると思っていた。

ところが、なのだった。
彼女は、いやアテネの王女は
僕の背中に羽根が生えているのが気に食わないとか
若いのに髭なんか生やして年寄りじみているのが嫌いだとか
年寄りじみた格好をしているくせに
口のききかたがアタマ悪そうとか
いろいろ難癖をつけては首を縦に振らない。

おまけに、むかし僕が馬に化けて遊びまくっていたときに
美人の雌馬に片っ端から子供を産ませたことまで調べ上げている。
しかもその子供というのが神でも人でもなく
12頭の子馬だったことまで知っていて
結婚する気もないくせにやたらと怒りまくった。

プツン
僕のなかでなにかがぶち切れた。
下手に出ればどこまでもいい気になって…

僕は彼女がケチをつけた黄金の羽根でトラキアの山の頂から舞い降りて
川のほとりでノーテンキに踊っていた彼女をさらった。

彼女はあんなに泣き叫んでいたくせに
トラキアの東の風の国で僕の子供をころころと4人も産んだ。
子供のうち男の子ふたりには羽根が生えていたけれど
僕の羽根にはあんなにケチをつけたくせに
子供の羽根はむしろ誇りに思っているそぶりを見せた。

やれやれ…と、僕は思った。
やっと落ち着いて暮らせるぞ。
もともと僕は北の風を支配する武闘派の神さまなんだけど
手下の雪や霜や霰に大人しくしてろと言い聞かせ
しばらくは子育てに専念することにした。

確か紀元前492年だったと思う。
アテネから一通の手紙が舞い込んできた。
手紙はおごそかにはじまっていた。

アテネの義理の息子よ
ペルシャから我らを守りたまえ

なんだこれは…
俺はおまえらの息子じゃねえよ!
彼女と結婚するときはあれほど冷たかったアテネの連中に
いまさら用はない。

そう思ったけれど
願いを聞き届けたら神殿を建ててくれると書いてあるのを
彼女が見つけてしまった。
僕は結局ペルシャ戦争に荷担し、
ギリシャに攻め入ったペルシャの船を400隻ほど吹き飛ばして沈めた。
アテネの市民は、約束を守って
彼女がよく遊んでいた川のほとりに神殿を建ててくれたので
僕たちは風の国を出てほとんどそこで暮らすようになった。

トラキアの東の風の国はもうない。
たぶん自分の土地を捨てて人が用意した神殿に住み、
人に手なづけられ
人に都合のいい願いを受け入れるようになって
神々は滅びの道をたどっているのだと思う。

そして神がいなくなったとき
山はただの山になり、水もただの水になり
風も木も星々も
存在する喜びのようなものが消えるんじゃないかなと
僕はぼんやり考えている。

出演者情報:瀬川亮 http://www.weblio.jp/content/瀬川亮

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

吉岡虎太郎 2011年8月21日



「風オンナの思い出」

          ストーリー 吉岡虎太郎
             出演 地曵豪

昔、風オンナとつきあっていたことがある。

風オンナと出会ったのは、ある夕暮れ。
青山通りの歩道橋を上っていたら、
突然ぴゅうっと突風が吹き、
スカートを押さえた女子高生が小走りに逃げ去ったあと、
気づいたら隣で風オンナが笑っていた。

おもしろいやつだと思って
部屋に連れ帰ってビールをご馳走すると、
風オンナはひどくご機嫌になり、
僕の靴下やトランクスを風に舞わせ、
壊れた扇風機のハネをくるくると回転させてみせた。
うちの天井の高いのがずいぶん気に入ったようで、
彼女はそのまま居ついてしまった。

風オンナは乾きにくい部屋干しの洗濯物を
あっという間に乾かしてくれたり、
寝苦しい夜に一晩中そよそよと優しい風で
僕の頬を撫でてくれたりした。
東京ドームに野球を観に連れて行った時は、
カープの前田が打ったレフトスタンドへのファウルボールを
追い風でホームランにしてくれたりもした。

ときどき、風が騒がしい夜にかぎって、
気まぐれにいなくなってしまうことがあったけど、
寝室の窓を少しだけ開けておくと、
朝までにはその隙間から戻ってきて、
僕の隣ですやすやと寝息を立てていた。

僕たちの関係は、爽やかな風のようなものだったけど、
色っぽいことがまったくなかったわけでもない。
そんな時彼女は熱帯夜のような、
湿ったなまあたたかい風を僕によこして、
僕をうっとりとした気分にさせてくれた。

そうこうするうちに、
季節外れの大型台風13号がやってきて、
首都圏の交通網が壊滅したというニュースを見ていたら、
風人間の中にはずいぶん荒っぽい男たちがいて、
こうやってときどき暴れて
ストレスを発散しているんだと教えてくれた。

「もしも突然、私がいなくなったら、どうする?」
風オンナが僕に聞いた。
「びっくりする」と、僕は答えた。
彼女はいかにも風らしい乾いた声で
「あはははは」と笑ったけど、
僕はちょっと嫌な胸騒ぎがして、
「結婚とかしたいと思う?」と彼女に聞き返した。
「したい。したい。したい。」
風オンナは、部屋の中に小さな竜巻を起こして、
チリンチリンと風鈴を鳴らした。

次の日、台風13号といっしょに、
風オンナは僕のもとから去って行ってしまった。
今度は何日待っても、何ヶ月待っても、
窓の隙間から戻ってくることはなかった。
本当は僕みたいな煮え切らない男より、
もっと男らしい男の方が好きだったんだろう。
胸にぽっかりと穴があいて、
風が通り抜けたような気がした。

風オンナの名前は、カトリーヌ。
海外のニュースで彼女の消息を知ることになるのは、
それから何年もあとのことだ。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html


動画制作:庄司輝秋

Tagged: , ,   |  1 Comment ページトップへ

小野田隆雄 2011年8月14日



風の祭

             ストーリー 小野田隆雄
                出演 長野里美

立春の日から数えて二百十日めは
ちょうど九月の初めに当る。
この季節になると、南の海から日本列島に
雨をともなう強い風が襲ってくる。
昔は野分と呼ばれ、現代では台風と呼ばれる。
おりしも農村では、
田んぼの稲が花をつけ始める頃である。
その白い小さな花が強い風で散ってしまうと
稲は実らず、収穫できなくなる。
そんなことがないように、
「どうぞ、強い風がやってきませんように」
農民たちの切実な祈りをこめたお祭りが
二百十日の前後に、この国では行われてきた。
その祭を、風祭(かざまつり)と呼ぶ。

地方によっては、この祭りの日には
竹竿(たけざお)の先に草を刈る鎌をつけ
その刃を風上に向けて、高々と屋根の上に立てる。
「この鎌で悪しき風を切ってしまえ」
そのような、おまじないである。

小田原から箱根山に向かって
昔の東海道は続いていた。
現在の国道一号線である。
この道路にそって箱根登山鉄道が走っている。
その電車で小田原からふたつめの駅が
風祭という名前である。

そのあたりは小田原市の郊外で、人家も多い。
そこから南へちょっと行けば、相模湾の海、
北へすこし登れば、もう山である。
けれども、この細長くひらけた平野も
ずっと古い時代には、田畑が広がり農家が並び
海沿いは漁村だったのだろう。
そして二百十日が近づく頃には
海からの強い風が吹き、ちぎれ雲が空を飛び、
田んぼの稲は波のようにゆれ動き、
家々の屋根には、草刈り鎌が並び立てられ、
夏の終りの光に、ギラギラひかったのだろう。

箱根登山鉄道に乗り、この駅を通るたびに、
私は昔の風祭のようすを空想するのだった。
それは、ちいさな楽しみだった。
ところが、つい最近、ほんとうのことを言えば
この話を書くにあたって、
次のことを知った。

鎌倉時代、この地域の地頭であった一族が、
風祭氏といった。その名前が地名として残り、
駅名になったのであると。
この事実を知った時、私は思った。
きっとこの一族は、心をこめて
風の祭をおこなってきたのだろう、
そして、よい人たちであったのだろうと。

出演者情報:長野里美 03-3794-1784 株式会社融合事務所所属


動画制作:庄司輝秋

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ