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直川隆久 2017年7月16日

1707naokawa

セミマン

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

最近の暑さときたら、もう、どうしようもないねえ。
とくに、この周辺はさ、緑も少ないし。
あなたのとこもそうでしょ?
このアパートも、昼間は蒸し風呂だよ。
窓?だめだよ。開けたって。
向かいのマンションが、もう、手で触れられるくらいのとこに、
でーんと建ってるからね。
昼間さんざん太陽に灼かれて、コンクリートがほっかほかだから。
輻射熱っていうんですか、それがもう、手、かざすと感じるもん。

暑い、っていうのがもう生ぬるいよ。
熱いんだ。
熱い。
なにもかも。空気も、壁も。畳も。
目あけてると、目が熱いもんな。
「温暖化」って言葉にだまされてた。
温暖なんて、そんななまやさしいもんじゃないよこれは。

1年中夏でしょ、今や。12月だっていうのにミンミンゼミが鳴いてるんだから。
寝苦しいでしょ。ねえ。毎晩毎晩。

いや、俺もね、もう寝られなくて困ってたの。
夜中に何度も起きて水浴びてさ。でも、じきに体が火照ってきちゃって。
でもね、最近ちょっとしたことがあって、少し希望がでてきたんだよね。
っていうのもさ。
こないだなんだけど、夜中に目が覚めちゃったの。背中がやけに痒くて。
ダニかな畜生、と思いながら腕ねじってがりがり掻いてたわけ。
そしたらさ、なんだか、ゴツっとしたものが指先にあたるんだよ。
なんだこりゃ、虫のさされあとかな、と思ってまさぐったらさ、
そのゴツゴツがずーっと、背中から腰まで線路みたいに続いてるわけですよ。
お尻の割れ目のあたりまで続いてる。
なにこれ、って思ってると、その一番下のとこに、
小さくてかたいものがぶらさがってる。
なんか、覚えのある手触りだなとおもってさわると、あれだよ。
ファスナーですよ。
ファスナーのツマミ。
そいつを、ちょっと、引っ張り上げると、じじっ、と音がして、
どうも背中の肉がだんだん開いていくみたいなんだな。
皮、っていうか、皮と筋肉が一緒になったくらいの厚さ。

え?
いや、それが痛くないんだよ、全然。
それどころか、ファスナーの開いたとこは外気にふれるでしょう、
すごい涼しくて気持ちがいいの。とまんなくなっちゃってさ。
背中の真ん中くらいまで上げて、腕がどうにもそれ以上曲がらないから、
ひもの端っこに洗濯バサミつけたのでツマミをはさんで、引っ張ったんだ。
そしたら、じじじじーってファスナーが開いて、
後頭部の真ん中あたりまで、ぱっくり。

で、体をぶるぶるっと揺するとさ、
肉とその下の間に隙間ができて空気が入って、
がぼぼ、なんて音がしてさ。もーう、涼しい!
体揺すってるあいだに、頭の肉も、がぽがぽいいだしてさ、
これ、ひょっとしたら、頭、脱げんじゃないのと思って、
頭の先っちょを、前にこう、ぐーっとゆっくり押してやると、
最後にずるっと脱げちゃった。
頭がでたら、あとは楽だったね。ウェットスーツ脱ぐみたいな感じで、
全身の肉が足元に落ちたよ。
けっこうな音がしたね。どべちゃっ、て。
ためしに持ってみると、けっこう、重いんだよ。肉って、分厚いし。
そんで、ほかほかしてるしね。
こんな分厚くて、あったかいもの着てりゃあ、そりゃ暑いわけだよ。

で、そのまま、風呂場に行ってさ、水のシャワー浴びたらさ。
いや!
その気持ちいいのなんの・・!
おもわず声がでちゃったね。
クーラーなんて目じゃないよ。
ああ、気持ちがいい。
気持ちいい〜〜〜〜!
あうおおおおお!

あ、ごめんごめん、でっかい声だして。

脱皮しておっきな声だすのって、なんだか、あれだよね、
セミみたいだよな。
連中も、ひょっとしたらさ、皮脱いで
「あー、涼しい!せいせいした!」つって鳴いてんじゃないのかね。

いや、そうやって水浴びてね、身も心もひんやりとして床につき、
ようやく朝まで安眠できましたってわけなんだけど・・・。
ねえ。
ははは。
そういうファスナーがね・・・そういうファスナーが、
俺の背中にないもんかな?
ほら、どうだろう。
ちょっと見てくれやしないかい。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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渋谷三紀 2017年7月9日

170709sibuya

「息子の観察」

   ストーリー 渋谷三紀
      出演 藤谷みき

これは、
小学一年生の息子を観察する母の、
日々の記録である。

○月×日
「いってきまーす。」と言って、
元気に家を飛び出したはずの息子が、
玄関に立っていた。
「忘れ物した。」
「なに忘れたの?」
「ランドセル。」
「・・・。」
もうこれくらいでは動じない。
息子は毎日、母を成長させる。

○月×日
洗いおわった洗濯物をとり出そうと
洗濯機のふたを開けた。
「ん?」
なにかが、にゅ~っと、顔を出した。
「ぎゃーーーーー!!!」
「あ、ポケットに入れたの忘れてた。」
息子が飼っているカメだった。
「甲羅があって無事でよかったね」とのんきに笑う。
先週は引き出しからカエル。
一昨日は筆箱からダンゴムシ。
寿命が縮むようなサプライズを、
息子はよく私にくれる。

○月×日
いつになく、息子が真剣な顔をしている。
うちに遊びに来た
同じクラスの田口くんとにらみあっている。
その瞬間、
両者は鼻に指を突っ込み、
ぐりんぐりんとほじり出し、
相手に突きつけた。
鼻くそ相撲。
特大の鼻くそで勝利した息子は
その指を天につき上げ、
声にならない雄叫びをあげた。

○月×日
今日は私の誕生日だ。
息子がバースデイカードをくれた。
『おたんじょうびおめでとう。
犬すきなお母さんへ。』
犬?
ああ。おそらく「大すき」と書きたかったのだろう。
ありがとう。
あと、漢字ドリルがんばろう。

○月×日
二階で掃除機をかけていたら、
ベランダに息子が見えた。
柵から身を乗り出していた。
どうやってかけよって、
ひきずりおろしたのか、記憶にない。
私の腕の中で泣く息子が、
「飛べるよ。」なんてばかなこと言うから、
息子より大きな声をあげて、私は泣いた。
息子の肩越しには青い空。
一本の飛行機雲が伸びていた。

○月×日
まるでセミの抜け殻のように、
床に脱ぎすてられた息子のTシャツ。
先月買ってやったばかりなのに、
もうきつくなったらしい。
まだ体温がのこる息子の抜け殻に、
私は顔をうずめた。
そうして息子の匂いを嗅いでいたら、
鼻の奥がツンとしてきた。
私は気づいている。
母と息子の季節は、思ったよりも、ずっと短い。

出演者情報:藤谷みき http://ameblo.jp/knockonwood/

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伊藤健一郎 2017年7月2日

ito170702

「羽化」

    ストーリー 伊藤健一郎
       出演 地曳豪

もう寝るところ。遅い時間だったと思います。

「おもてで一服してたら、見つけてさ」
ふいに祖父が拾ってきたのは、
生きているのか、死んでいるのか、よくわからない塊でした。

祖父は、その塊を、居間のカーテンに引っ掛けて、
「見ていてごらん」私にやさしく微笑むのでした。

大きさは4、5センチ。薄茶色だったと思います。
おそるおそる近づくと、昆虫なのだとわかりました。

でも、何か変です。
その体は、すでに体としての役目を終えているようで、
かわりに、体内で何かが動く気配がありました。

当時の私は、虫が苦手でしたが、不思議と気持ち悪さはなく、
これから神聖な瞬間を目撃する、その予感だけがありました。

5分、10分、30分…、息をころして見守り、
「何かが来る」と思った矢先、
その背中が割れたのを覚えています。

青白い光を放つ物体が、
かつて体だったものを突き破ってあらわれました。
暗くしていたわけでもないのに、
部屋がパッと照らされた気がしました。

「羽化だよ」祖父は静かに言いました。
私は、生まれたばかりのそれから目をそらすことができず、
ただ黙って頷きました。
触ったら壊れてしまいそうな、繊細でやわらかな、白い生き物。
羽化したセミは、あたらしい体に慣れないようで、
小さく小さくたたんだ羽を、長い時間をかけて広げました。
ひとつも皺が残らぬよう丁寧に。

祖父の手に抱かれ眠っていた塊が、生まれ変わるまで、1時間。
気づけば私は、1日中遊びまわっていたかのように、
大量の汗をかき、パジャマをぐっしょり濡らしていました。

「こいつは、長いこと土の中で暮らしていてね、
いま初めて地上の世界に出会うんだ」
祖父は、飽きずに見入る私の頭をなでながら言いました。
「外にかえしてあげよう」

ようやく羽らしくなった羽を傷つけないように、
カーテンから引きはがそうとすると、
セミは、思ったよりも素直に手の中におさまりました。
鳴き声ひとつあげませんでした。

夜風にあたると、さみしさがこみあげましたが、
私の手をはなれ、桜の幹にしがみついた彼は、なんだかうれしそうで。

羽を大きく広げると、一瞬からだを震わせて、夜空に飛び去りました。
呆然と立ち尽くす私を置き去りにして、
さっきまで手の中にいた彼は、闇に紛れて消えました。

家に戻ると、カーテンには、抜け殻が残っていて、
かつて命を包んでいたそれは、まだすこし温かかった気がします。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2017年6月25日

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ホビットカレンダー

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

ホビットのカレンダーは毎年同じだ。
360日を12で割ってひと月を30日とする。
そして、6月と7月の間にライズという曜日のない日を3日加え、
12月と1月の間にユールの日を2日加える。
すると1年は365日になる。
閏年も心配はいらない。
ライズの日を1日増やすだけでいい。
すると、一年は毎年同じ曜日ではじまり、
同じ曜日で終わる。
ホビットの村では、たぶん
毎年カレンダーを買い替えたりしないのだろう。
もしかしたら先祖伝来のお値打ちカレンダーがあるかもしれない。

ホビットは曜日も古くから伝わる名前を使う。
週のはじめは「星の日」
これは我々のカレンダーの土曜日に当たる。
それから太陽の日、月の日、木の日、
天の日、海の日、高き日。
週の終わりの金曜日は午後から休みになり、
夜には宴が開かれたらしい。
ちなみにホビットは一日6回食事をする。

さて、このカレンダーに基づいた記録によると
ホビットの村のフロド・バギンズと庭師のサムワイズ・ギャムジーは
第三紀の3018年の9月23日村を出発した。
彼らはエルフの谷の領主エルロンドの助言を受け、
仲間を集めて指輪を火の山に投じるために再び旅に出るが
その出発は第三紀の3018年12月25日だった。
ホビットにクリスマスはなく、
年末年始にかけてユールの祭が行われていた。

なお、苦難の旅をつづけたフロドとサムによって
指輪が火の山の火口に投じられたのは
それから3か月後、
第三紀の3019年3月25日のことだった。

なお、同じ年のライズの中日に
指輪戦争の指揮官であり
再統一されたふたつの国の初代の王となったアラゴルンは
エルロンドの娘アルウェンと結婚したことが記録されている。

やがてアラゴルンはフロド・バギンズの誕生日である
ホビットカレンダーの9月25日を指輪の日として祝日に定めた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

*ホビットカレンダーの正解
 1年を365日とする。1ヶ月を30日とする。
 30日×12ヶ月=360日にどの月にも属さないユールの2日とライズの3日を加える。
 365日のうち364日を曜日のある日とする。1年を52週+1日とし
 +1日を曜日のない日とする。
 曜日のない日はライズの中日、つまり夏至の日である。

 

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直川隆久 2017年6月18日

1706naokawa

新年にあたり

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

ファイルNo. QZ1029-あ-H13081, 文書形式:ブログ

あと数週で、新しい元号に変わって7年目の春となる。
ということで今年もカレンダーを新調した。
この6月には、あの世紀のイベントが控えている。
印をつけておくのを忘れてはなるまい。

女性宮様と、フィギュアスケート金メダリストとの
夢のロイヤルウェデイングだ。
身のひきしまる思いである。
すでにウェディングドレスのデザインは発表され、
レプリカが飛ぶように売れているそうだ。
記念金貨、記念スマートフォンも同様。

この国には、夢が必要である。
その夢を、神々しい光とともに実現するイベントは、
当面、これ以外にはない。
景気浮揚および国民意識高揚を一気に可能にする
この国民的カップリング成立の陰には、
政府による少なからざる尽力があったとされる。
官邸のある方角にむかい、国民一同、
感謝を胸に今一度最敬礼をすべきであろう。

それにしても、カレンダーを改めるたびに新鮮な思いがする元号である。
ふた文字の漢字に、いかに豊かな意味を込められるものか、
その見本とでもいうべき元号だ。

輝かしい「昭和」のような時代が再び到来することを願いつつ、
国際社会からの「恩恵」がもたらされることを祈念し、
「昭和」「恩恵」それぞれの言葉から一文字ずつをとり、新元号とした。
それが日本政府の発表による由来であった。

「特定の個人名を想像させる」として
宮内省および前時代的発想の学者連中は猛反対したという。
なんという狭量!が、幸いにして、官邸の果断なる一言で、
当該の元号に決まったということのようだ。

たしかに、結果として、この元号は、
さる個人の名前を歴史に残す結果となった。
が、仮にそれが官邸の隠れた意図であるとすれば・・
いやはや逆になんという深謀遠慮!
まさに「女性活躍の時代」にふさわしい象徴としての元号といえないだろうか!
愚昧な一般人の発想のおよぶところではない。
この政府が続く限り日本は安泰であるという思いをあらたにするのだ。

(以下、公共福祉調整局第85検閲課よりのコメント)
市民生活調査課各位:下線部の表現、いわゆる「政府方針への過剰な忖度」に
あたるかと思われます。「個人ブログらしい表現の自由」が感じられる体裁の
表現になるよう、執筆者へのご指導よろしくお願い申しあげます。 

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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いわたじゅんぺい 2017年6月4日「かんな 2017夏」

1706iwata

かんな 2017夏

     ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

娘のかんなは
もうすぐ2歳になる。
カレンダーには
盛大な誕生日の印が付いている。

もう喋る。よく喋る。
何を言っているか
わからないことは多いが、
ずっと一人で喋っている。
ひとしきり喋ったあと、
「ね、ぱーぱ」
と同意を求めてくる。
女子なのだ。

最近覚えた言葉は「待ってて」。
「まーてーて」と発音する。
今までおおむね何でも
素直に言うことを
聞いてくれていたのに、
「まーてーて」を覚えたことで、
何を提案しても「まーてーて」と
返されるのでらちがあかない。

「これ食べようね」
「まーてーて」
「靴履こうね」
「まーてーて」
「うんち替えようね」
「まーてーて」

うんちをすると、
「んちでた」と
教えてくれる。
最近は出す前に「んち」と
うんちをすることを教えてくれる。
トイレに連れて行くと、
トイレの便座に手を置き、
反省する猿のような体勢で
「んち」をする。
幼児用便座に座ってはくれない。
きばっている姿を見ていると、
「みないで」と言って怒る。
女子なのだ。

さらに最近は
「んちでた」と言いながら
自分でズボンを脱ぐようになった。
一度そのままオムツまで
脱がれてしまい、
ころころした「んち」が
トイレや廊下に転がった。
かんなはうれしそうに
うんちを指差して
「んーち、んーち」と教えてくれた。

「ぱぱ、まま」を除けば、
かんなが最初に覚えた言葉は
「ばいばい」だった。
長男は「ぶーぶ」だった。
女子はやっぱり
コミュニケーションの
生き物なんだなあ、
と思ったものだ。
「はいどーぞ」
という言葉を覚えるのも早かった。
何かをあげる時、
「はいどーぞ」
と言って渡していたから
自然と覚えたのだろう。

抱っこして欲しい時も、
「だっこ」とは言わず、
両手を差し出しながら
上目遣いでこちらを見て
「はいどーぞ」と言う。

そんなこと言われたら、
どんなに疲れていても、
たとえかんながうんちまみれでも、
「はいどーも」と言って
喜んで抱っこしてしまう。

将来かんなに好きな人ができて、
彼にはその気が無かったとしても、
上目遣いで「はいどーぞ」
とか言われたら
誰だって抱いてしまうだろう。
危険な技を
生まれながらにして
身につけている。
それが女子なのだ。

どうでもいいことだが、
パソコンでこの原稿を書いている時、
「うんち」と入力すると、
「うんち」の下に赤い波線が引かれる。
うんちとか書いちゃってるけど
あんた大丈夫?と言わんばかりに。
パソコンにたしなめられながら、
パパはこの原稿を書き上げたのだよ。

かんな。
いつかきっとパパの名前を検索して
この原稿を読むことになるだろう。

しめきりが今日だったんだ。
ごめん。
かんなのうんちの話で
パパは何とか今日を乗り切ったよ。

かんな。
ありがとう。

かんな。
愛してるよ。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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