会津磐梯山



会津磐梯山
           ストーリー 赤間文佳(東北芸術工科大学)
              出演 水下きよし

会津磐梯山。そこは空が住む山である。
磐梯という字は、元は『いわはし』と読み、
『天に掛かる岩の梯子』という意味だ。
福島県の真ん中にぽっかりと穴が空いているように見える場所がある。
その穴の正体は日本第4位の広さを誇る猪苗代湖だ。
その湖の北に位置する場所に天への梯子・磐梯山がある。

磐梯山には表と裏があり、どちらからも登ることが出来る。
だが、それは光と陰、水や火などのように表裏の表情が全く違う。
表磐梯は整った稜線で形成されているが、
裏磐梯は荒々しい姿を見せる。
これは明治21 年7 月に会津磐梯山の噴火によって裏磐梯が生まれ、
その雄々しくも見える山並みを形成したからだ。

噴火した当時、植物は死に絶え、荒れ果てた大地が広がった。
しかし、噴火から百十数年の時の中で、裏磐梯の植物は甦った。
春から夏にかけてはニッコウキスゲの花で黄色に染まり、
秋はエゾリンドウで青く、そして紅葉で赤くも染まる。
そして噴火が生んだ恵みはこれだけでは無い。
五色沼と呼ばれる十数個の湖沼群を誕生させた。
この沼たちは流入している火山性の水質の影響で
四季の彩りに加えて、
日々の時間によっても自分たちの色を変えるのだ。

その彩りの中、天への長い梯子を登ったとき、
私たちは空の世界へと導かれる。
登っていくなか、いつの間にか雲は私たちの下にある。
視界には雲の海とどこまでも続く青の世界が広がっている。

会津磐梯山。
そこは自然の彩られた世界と空の世界が繋がる山なのだ。

● 会津磐梯山ツーリズムガイドのHP
http://inawashiroko.cocolog-nifty.com/chikara/

● 会津・米沢 千の旅回廊http://1000tabi.jp/index.php

● 極上の会津http://www.aizu-furusato.com/gokujo/

● 猪苗代観光協会http://www.bandaisan.or.jp/index.php


*「東北へ行こう」は
自分のとっておきの東北を紹介し、
あなたを東北におさそいする企画です
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東北の旅館復興プロジェクト「種」http://save-ryokan.net/

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水下きよしから「ひと言」



50音ヤクザ』をやった水下です。
はじめまして。
今、青森市の浪岡という所にいます。
弘前劇場というこちらの劇団の『家には高い木があった』という
作品に出るので稽古のために。
湿気がないから気温が高くても快適です。

弘前市 デネガ 6/15~17
札幌ZOO 6/22~24
下北沢 ザ・スズナリ 7/1~3


*水下きよしさんの弘前での様子はブログでどうぞ
http://blog.livedoor.jp/mimizunwind/

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玉山貴康 2011年6月5日


50音ヤクザ

             ストーリー 玉山貴康
               出演 水下きよし瀬川亮


あ! そうだったな。ガキの頃、

イ――! ってよく癇癪を起してたっけ。
と舎弟らと昔話に花を咲かせてた丁度その時

ウ~~ とけたたましいサイレンの音がした。

えっ? まさか警察? なんで俺がここにいることを?

おぉー! 元気だったか!その声は。やっぱりアイツ…。
俺をパクッたサツだ。
シャバに出た初日にまたこの顔を拝めるなんて、…ったく。

カ――ッ と俺はわざと痰をからませ、道路に吐き

キッ と下から睨みを利かす。

ククク… とアイツは押し殺した笑い方をし、
おいおい随分なご挨拶だなと言った。

ケッ 面白くねぇ。何の用だ。

コ――ッ と空手の型の真似をする。
空手をやってた俺をこうやっていつもおちゃくりやがる。

サッサ と用件を済ませてくださいよ、刑事さん。
俺もヒマじゃないんでね。

し―― んとあたりは静まり返っていた。そして俺は

スッ と

背 中を

そっ とアイツに向け、両手を挙げた。その時

タタタ――ッ と数人のサツが物陰から出てきた。
大袈裟な。思わず俺は

チッ と舌打ちをした。夏の夜の新宿。

ツ―― とこめかみから首筋、それに

手 の平にも嫌な汗が滲んでいるのがわかる。

ト―ッ! とこういう時にヒーローは登場してくれるんじゃなかったのかい。


なに かぁ、隠してるよねぇ。アイツはそう言いながら俺の背後に立ち、
ポケットの中をまさぐってきた。

ヌー は、どこだぁ?やはり、そいつを探していたのか。
ヌーとは、数グラムでも高値で取引される上物のハッパ。
コカインよりキク。

ねぇ よ。ないって。それでもしつこく体中を調べてくる。
俺は振り向いて

NO~! と叫んだ。なんで英語がでてきたのか分からない。
するとアイツは

はぁ… と深い溜息を漏らし、急に眼光が鋭くなった。

ひ、ひひひ… と俺は卑屈に笑ってやりすごす。

ふぅ。 お遊びはここまでだ。

へぇ~ と俺はおどけてみせる。

ほぅ と二度三度、俺に顔面を近づけ頷いた。くさい息がかかる。
アイツはブチ切れ寸前。お~コワ。

まぁまぁ… なだめても… やっぱ無理か…。

ミーンミーン と不穏な空気を抗うように蝉が鳴きだした。

むっ とした暑さが充満していく。
その時、アイツはおもむろに背広の内ポケットから何かを出してきた。


メモ? 黄門様の印籠よろしく、
これが証拠だと言わんばかりに掲げてきた。
読もうとしたら、すぐに引っこめやがった。ハッタリか?

やー さんも、大変な稼業だな。
やってもいない殺しで親分の代わりにブタ箱入り。
長く奉公して外に出てくりゃ、多少の出世はするものの、
今度はシノギ、シノギの毎日だ。そう言って、
アイツは寂しそうにゆっくり俯いた。

ゆう ちゃん、もう、足洗いなよ、なぁ。
涙声だった。
ゆうちゃん…。“勇次”という俺の名前を、
そんなふうに呼ばれるのは久しぶりだった。
そう、コイツは…、コイツは…、俺にとってたった一人の兄。
ガキの頃、親父は女つくってすぐに家を出て、
残された母親も次々に男を連れてきては、
そいつとグルになって殴る蹴るの毎日。
そんな時、いつもそばにいて泣きじゃくる俺を助けてくれたのは、
この兄だった。
まさしく俺のヒーローだった。そんな兄の肩が震えていた。
 
よぅ。 俺はハンカチを差し出した。泣いている兄を、その時初めてみた。

わ かったよ、にいちゃん。…ごめんな。…ありがとな

どうです?編集長
 悪くない。
でしょー!じゃあ、今度の新年会の余興は、
この“ハードボイルドかるた”でいきますね。
でも、なんでこんな大変なこと毎年やってんすか?
 あ、これか?
 編集者たるもの、少しでも作家さんの産みの苦しみを知ることで
 いい本が出来上がる!
 というのが社長の持論でな。
 それで、言葉の素である「50音」という制約の中で
 物語を創ってみろとなったわけ。
 それが始まり。

なるほどね~。しかし、とんだムチャぶりですね。
 まぁな。しかしこれさぁ、
 “なにぬねの”のあたりはちょっと無理っぽかったな。
 NO~!はないだろ、NO~!は。急に英語だし。

ははは…。やっぱ、そう思いました?
 あと“らりるれろ”がない。
さすが!編集長!よく分かりましたね!
 ばかやろう。ちゃんと足しとけよ。
 …そうそう、でさ、あの兄のメモには何て書いてあったんだ?

あー、それはあれですよ。
 どれ?

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/
      瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

  
動画制作:庄司輝秋

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直川隆久 2010年12月12日-(上)

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しあわせの味(上)

ストーリー 直川隆久
出演 水下きよし

津田は、スーツのポケットの中で鍵束をじゃらりと鳴らし、
由貴子の部屋の鍵を手探った。  
一週間ぶりにあの女と顔を合わせる瞬間、どういう態度をとったものか思案する。  
開口一番怒鳴るべきか。だが、日頃大きな声を出し慣れてもいない。
声がうわずって間抜けな調子に見えてしまっては損だという気がする。
まさか刃物まで振り回しはしまいが、逆上して大声でもだされては面倒だ。
やはり強い態度ででるのはやめておこう。  であればにんまりと笑いながら
「あのさ。家に電話かけてきちゃ、だぁめ。ね?」というあたりが
体力的にも経済である。
怒らず。どならず。そうすれば根は素直な由貴子のことだ。
こちらの人間的スケールに感動さえおぼえるかもしれない。  
一石二鳥だ。そうしよう、と津田は心を決める。

5階で停止したエレベーターを降り、右手に曲がる。
由貴子の住むコーポの廊下は宅配便の配送センターに面していて、
トラックの出入りがよく見渡せる。
最近のネット通販には注文日当日届けというサービスまであるらしい。
以前なら、日本中に翌日荷物が届くということだけでも十分に驚異だった。
それが今や「当日」である。
えらいことだ。
世の中のサービス競争がどこまですすむか、それを思うと津田は半ば呆然とする。
果てしなく競争し続けられる人間しかいわゆる勝ち組になれないとしたら、
自分はどうなのだろう?
とはいえ津田はそれ以上考えを深めることもしない。
まあ、面倒なのだ。

津田という人間は簡単に言って、人生における当事者意識というものを欠く男だった。
先週、奥山由貴子が自宅に電話をかけてきたときも、
いつになったら一緒になれるの、とすすり泣く由貴子の相手をするのが
だんだん億劫になり、だまりこんでしまった。
面倒ごとがおこったときは、とりあえず考えることを停止し、
最終的には都合のいい結果を誰かがもたらしてくれるのを待つ。
そんな姿勢で四十数年生きて来た。そしてその戦略は不思議にも
それなりの結果をおさめてきたのだった。
だから今日ここに来たのも、みずから積極的に問題を解決するつもりというよりは、
そろそろ自分の顔を見せれば由貴子も機嫌が治るのではないかという
ある種の楽観からだった。

奥から2軒目。鉄のドアの郵便受けに、水道工事屋のチラシがつっこまれている。
鍵をとりだす。
そのとき背後から
「津田さん」
と声がした。
「お。奥山くん。お」
と津田があわてるのを見て、奥山由貴子はふふ、と照れくさそうに笑う。
黒いカーデガンをはおり、サンダル履きの素足が寒々しい。やせたようにも見える。
「でかけてたの」
「うん。これ買いに行ってたんです」
と由貴子が片手はポケットにつっこんだまま、スーパーのレジ袋をがさりと掲げる。
黄色い中華麺の袋がふたつ入っているのが透けてみえた。
「…今日ぐらい、来てくれると思ってた」
そう言いながら、奥山由貴子が体を津田のほうへ押し付けて来た。

その服の奥の、体の柔らかみを感じながら、津田は思い出している。
たしかに、津田と奥山由貴子の関係はラーメンからはじまったのだった。
奥山由貴子は津田の職場の派遣社員だった。
会話の流れからお互いラーメン好きと知れ、
津田が自分のブログを教えた。その翌日由貴子が
「津田さんのラーメンブログ、ステキです~ 
 ラーメンの印象をタレントにたとえるのがオリジナルですね!
 こんど津田サンの生コメントききたいです!」というメールをよこしてきた。
津田は、お、と思った。そういうことか、と。
津田の後ろでコピー機が空くのを待つ由貴子が、
いつも妙に体を近づけてくるな、とは思っていたのだ。
 奥山由貴子がそれほど美人でもないことがやや不満だったが、
逆に「この程度の女なら、それほど男への要求も高くはあるまい」
という自信を得た津田は、由貴子を食べ歩きにさそいだした。
二人は昼休みのラーメン屋探訪を重ねる。
ラーメン屋で、津田は饒舌であった。さしたる投資をせずとも、
誰でもがもっともらしいことを語れるのがラーメンのよいところだ。
津田のラーメン批評に感化されたのか、由貴子がときおり
「食べるって、つまり愛なんですよね」などと芝
居がかったセリフを言うのには鼻白んだが、
脂にぬめった唇を舐める由貴子の様子を眺めると、津田は興奮した。
外出は夜に時間を移し、さらに――と、あとはよくある話だ。
二人は男女の関係になり、二年がすぎる。

しかし――というべきか、やはり、というべきか――津田には妻子がいた。
二人の将来についての津田の考えを由貴子がおずおずと訊いてくるたび、
津田は言葉をにごして時間がすぎるのを待った。
そうしていると、きまって由貴子のほうから、
「ごめんなさい、へんなこと言って。忘れて」と謝ってきた。
由貴子は津田にとってたいへん都合のいい女だった。
由貴子のそんなところが、津田は好きだった。
だが先週、不穏な波風が立った。
由貴子がビーフストロガノフにはじめて挑戦したのだが、
料理好きの彼女のわりにはできが悪く、津田は半分残したのだった。
どうしたのと訊く由貴子に、まずいから、と正直に答えられず、
帰ってから妻のつくる料理を食べなければならないからだ、答えてしまった。
 
不用意な一言が、おさえにおさえてきた感情を決壊させたのか――
津田が自宅に戻ったころを見計らい、由貴子が半狂乱で電話をかけてきた。
 その後の顛末は先ほどの通りである。連絡をとらぬまま一週間をやり過ごし、
ほとぼりがさめた頃とふんだ津田は、今、ふたたび由貴子の家の玄関にいる。

津田がドアを開けると、何かあたたかな料理の匂いが漂って来た。玄関でかがみ、
靴ひもを解く。紐の先がほつれているのに気付く。
妻に言って買っておいてもらわないと―
「何かつくってるの?」と顔をあげて津田が訊く。
「わかります?」
「ラーメンのスープつくってるんです」
「ラーメン?家で?」
「津田さんの一番好きなものを、自分の手でつくりたいって思って、挑戦したの」 
背中をむけたままで由貴子が言う。
「味見してくれます?」
そう言って、少し顔を赤らめて由貴子は靴をぬぎ、あわてて津田の横をすりぬけた。
かわいいことを言うじゃないか。
津田は、テーブルにつき、料理ができるのを待った。
鍋の湯気でほどよくほとびた空気につつまれながら津田は考える。
たしかにおれは、勝ち組じゃない。
でも、平均よりは、ちょっとだけツイてる人生をおくってるのかもしれないな。

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

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動画制作:庄司輝秋

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直川隆久 2010年12月12日-(下)

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しあわせの味(下)

ストーリー 直川隆久
出演 水下きよし

津田の目の前に、由貴子が丼を、片手で置いた。
その動作のぞんざいさに一瞬驚く。怒っているのか。
津田は、上目遣いに由貴子の顔をみやる。
しかし、目に入ったのは、屈託のない笑顔。
「サムゲタン風のスープなんですよ」と由貴子が言う。
津田は、ほっとしながら、へえ?と大げさに声をあげてみせる。
「朝鮮人参が入ってるの。最近寒くなってきたでしょう」
「うん――あ、え?朝鮮人参?なんか、すごい、本格的」
「津田さん、先週、ちょっと鼻声だったから」
たしかに、その日は少し熱っぽく、風邪のひきはじめのような感覚がしていた。
――一週間、連絡はとらずとも心配はしてくれていたのか。
妻からは「大丈夫?」の一言もなかったというのに。
由貴子。優しい女だ。
「食べて」

由貴子に促されて津田はレンゲを手にとり、湯気のたつスープを一口すする。
やわらかであたたかいうまみが、口の内側にしみこんでいくのがわかる。
しっかりと時間をかけてとられた出汁。
この間のビーフストロガノフとは随分違うじゃないか。
「おいしい?」
「うん」
「よかった」
「しみるね」
「うれしい」
「味にトゲがない。無化調だね」
むかちょう、つまり化学調味料を使っていない、というラーメン好きのジャーゴン。
妻は知らない言葉。
「鳥のだし?でも、鳥よりこってりしてるね」
「サムゲタン『風』だから」由貴子の顔に頬笑みが広がる。
「次の課題は麺なんですよねえ」
由貴子が津田の向い側のイスに腰をおろす。
「津田さん、わたし、本当に反省しているの」
 津田は麺をずず、とすする。
うん、たしかに、スープはこれだけピントがきたいい出来なのに、この麺はないよな。
スーパーで売ってる蒸し麺じゃさ。と津田は心の中で言う。
「この間はどうかしてたの」と由貴子は続ける。
丼を持ち上げてスープをすすりながら、その話か、もういいじゃないか、
と津田は思う。
「怒ってます?」
「怒ってないよ」
「ねえ、津田さん」
津田は丼から目をあげる。意外なほど近くに由貴子の顔があった。
「津田さんのためにこれからもずっと…ラーメンつくらせてくれる?」
由貴子のしおらしい言葉に、津田はあらためて安堵する。
やっぱり、ちゃんと反省してくれたんだな。それでこそ、由貴子だ。
手軽に会え、うまい料理をつくって待っていてくれる女。
麺も、これから改善されることだろう。
これを、ひょっとすると幸せと呼ぶのかもしれない。
津田はしみじみと、そのありがたみを感じた。

由貴子が笑顔で津田の顔をのぞく。
「津田さん」
「ん?」
「わたしのほうが、奥さんより、おいしい?」
「え」
「あ…ごめんなさい。へんなこと言って」
 由貴子は笑みをくずさない。
「忘れて。もうこんなこと言わない」
「ありがと、由貴子」
津田は、由貴子の手をとろうと、右手を、向いにすわる由貴子のほうへのばす。
――女にはスキンシップが大切だ、と最近読んだ新書にも書いてあった。
だが、目に入った彼女の左腕に、津田は違和感を感じる。
カーデガンの袖の様子が、妙だ。
「由貴子。腕…どうしたの?」
「これ?」
由貴子が左腕をもちあげた。
肘から先15センチほどのところまでは、袖の中身がある。
しかし、その先は…脱がれた靴下のように力なくたれさがっている。
「見つかっちゃった」
由貴子が顔を赤らめる。
「え…?」
困惑する津田に、由貴子は微笑みを崩さず、訊く。
「ほんとに、おいしかった?」
そのとき、さっきから目にしてきたいくつかの情景が津田の頭の中でつながり、
ある予感を…悪い予感を結んだ。
片手でもちあげた、スーパーの袋。
サムゲタン「風」のスープ――
突き動かされるように津田はたちあがり、台所に走る。
背後で、由貴子の声がした。
「ねえ、津田さん、おかわりは?」
答えず、津田は鍋を覗きこむ。
鍋の中には、青ネギとともに、白くゆであがった何かがうかんでいた。

五本の骨が見え、それが…大事なものをつかむかのような形に曲げられているのが見えた。
みぞおちを締め上げられるような感覚に襲われ、津田は、後ずさりする。
その背中に、由貴子のやわらかい体がぶつかった。彼女の両腕が津田の胸に回される。
「おいしかった?」由貴子が繰り返す。
5秒ほど、沈黙があった。
津田はゆっくりと振り返り、由貴子の顔を見る。
「うん」 
津田はうめくように言った。
「手作りだもんな」

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

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動画制作:庄司輝秋

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一倉宏 2010年11月7日

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街で拾ったことばたち

                
ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし

   
もう ずいぶん昔の話になるけれど
街にコンビニが コンビニエンスストアというものが
あらわれはじめた頃のこと
家の近所の いつもおばあちゃんが店番をしている
雑貨屋さん 洗剤やティッシュやお菓子を商ってる店の
自動ドアじゃない 木でできたガラス戸の そのガラスに 
ある日とつぜん マジックで

「コンビエスストア」

と書かれた文字を 見たことがある
残念なことに あの店はもう なくなった

それから
地下鉄の改札口に まだ 伝言板というものがあった頃
終電車に近い混み合った車両を降りて 改札を出ると

「さようなら おとうさん」
と チョークで書かれたメッセージに

それはもちろん 私と無関係なものではあるけれど 
みんなはそれを見て 笑いながら去っていったけれど
なぜか ドキリとして 涙がでそうになった こともある

そうだ
あれはどうなったのだろうか
区の公会堂が まだ建て直される前のこと
あるとき 大きな看板が出ていて

「植木等即売会」

と 堂々と書いてあったのだ
これは どう考えたって ある年齢より上の世代の
少なくとも 3人に1人は

「うえきひとしそくばいかい」

と読むはずだ 

思い出した
地下鉄千代田線が乗り入れる 常磐線松戸駅の
たしか隣の 小さな駅の ホームから

「マツド外科」

と書かれた看板が見えて カタカナの「マツド」の
その「ツ」が どう見ても小さくて
「マッド外科」としか 読めなかったこと

「うえきひとしそくばいかい」も「マッド外科」も
たくさんのひとが気づいてた だろうに
あれは 確信犯だったのか
だとしたら 日本人のユーモアも なかなかのものだ

冬のロンドンを訪ねたとき
路上の白い 白いはずのポルシェが
水垢やほこりで ほとんど灰色のポルシェになっていて
そのボディに 指で 
「 WASH ME 」
と 落書きされてるのを 見たことがある
それは ほんとにポルシェが そういってるみたいで
感心したことを 憶えている

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

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