佐倉康彦 2018年11月11日「秋の番組改編」

秋の番組改編 

   ストーリー サクラヤスヒコ
       出演 石橋けい

わたしが、
ウルトラの母だった頃、
あの人は、3分で死んでしまう怪獣だった。
わたしにつながる銀色の巨人に、
酷くド突き回され、蹂躙され、
最後は殺されてしまうあの人。
あの人が殺される度に、
大人も子供も白い歯を見せ破顔し、
握手を交わし、
肩を組み合って、
束の間の平和に酔い痴れ、
巨人につながるわたしを崇めた。

わたしの巨人の腕から繰り出される
凶悪な光の束によって
あの人が散り散りの肉塊に成り果てたあとも
わたしは、
あの人の欠片を
宙(そら)から見下ろし楽しんだ。

でも、あの人は、殺される度に蘇った。

一週間。
それが、あの人に必要な時間だった。
生まれ変わったあの人は、
相も変わらず醜く獰猛で、
明らかに珍妙で、滑稽で、
歪(いびつ)で冷たい孤独をまといながらも、
どこか可愛い気のある怪獣に生まれ変わった。
そうして、また、
わたしの巨人と対峙し、
惨たらしく屠られた。
何度も、何度も。

毎週末の日曜、午後7時20分を過ぎたあたり。
気がつくと、
わたしはその時間を、
あの人が息絶えるそのときを、
身を捩りながら
待ち焦がれるようになっていた。

どうっと派手に土煙を上げながら
大地に、
ときにはビル群に倒れ込み、
宙(そら)を仰ぎ見るあの人の視線の先には
いつもわたしがいた。
あの人の今際の際、
その瞳から怪しい光が消えようとするその刹那、
わたしの弛緩した視線とあの人のか弱い視線が
わずかにそっと交わる。

わたしとあの人の最後の日。

あの人は死ななかった。殺されなかった。
白い歯を見せ破顔する人間は、
そこにいなかった。
顔を歪め、歯噛みし、叫び声を上げ、
自分の無力を呪いながら
あの人に踏み潰されていった。
そして、
何度もあの人を殺してきた巨人は、
それまでのあの人のように、
大地に仰臥し
両手を胸の前で組んだまま
ピクリとも動かず、宙(そら)を見上げていた。
わたしがこれまで
ずっと求め、欲しつづけた
あの妖しい光をわずかに湛えた瞳はそこになかった。

それで、すべてが終わった。
それが、最終回となった。

その秋、番組は打ち切られた。

巨大な公園の濡れた落ち葉を
踏みしめがら向かった先、
特撮の神の名を冠した
制作プロの暗い倉庫の片隅に、
あの人の累々たる屍が、
折り重なるように遺棄されている。
ここまでの来しなに
踏み躙ってきた腐りかけた落ち葉のように。

もちろん、
わたしの抜け殻も、
あの人の残骸に寄り添いながら、
今は、そこある。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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城山羊の会ふたりのミューズの競演になりました 佐倉康彦「匂い」

「匂い」 深浦加奈子

佐倉康彦さんの「匂い」という原稿は
12年前に深浦加奈子が読みました。
そのときすでに深浦は癌でしたが
「読みたい」と申し出てくれたのは深浦でした。

深浦加奈子は城山羊の会のミューズとして
何年もヒロイン役を演じてきました。
城山羊の会というよりも山内ケンジさんのミューズ
というべきかもしれません。
最後の出演が2008年の2月だったでしょうか。
その半年後、2008年の夏に深浦は亡くなりました。
深浦、よくがんばった。
こんなところでいまさら言うのもナンだけど、
あんたはえらかったよ。

深浦亡きあとの新しいミューズが石橋けいです。
ぜ〜んぜんタイプが違います。
あまりに短絡的な言いかたを許していただければ、
深浦加奈子は嘘が似合う女、石橋けいは嘘がつけない女。
石橋けいの「正直」はたいへんたくましい根を持っていて、
どんな嵐にも折れなさそうです。
そうなんです、龍が珠を抱くように
石橋けいは「健全」という至宝を抱いています。
これは強いぞと思います。

さて、その新旧ふたりのミューズが同じ原稿を読みました。
これは期せずして実現したのですが、
偶然の賜物ってこういうことを言うんだなと
神さまに感謝しています。
ぜひ聴きくらべてみてください (なかやま)

「匂い」 石橋けい

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佐倉康彦 2018年9月30日「匂い(2018)」

匂い
               
   ストーリー 佐倉康彦
       出演 石橋けい

二度寝をしてしまった遅い朝、
ベッドの中は、私の匂いで満たされている。
正確に言えば、
昨日の夜に落とさなかった化粧とアルコールと、
少しだけ後悔が入り交じった匂い。
ずっと点け放しになっているテレビからは、
気象予報士と呼ばれる中年男の
鼻にかかった甘ったるい声が洩れている。
上空に強い寒気が入り冬型の気圧配置が一層強まって
今夜は雪になる見込みです。
自分の声に酔ったような調子で喋ったあとに、一拍おいて、
ステキな聖夜になりそうですね、と、
余計なことを口走る。
そんなテレビの中の男に毒づきながら、
私は、まだベッドから抜け出せないでいる。
いまどき流行らないメントールの煙草に火を点ける。
私の鼻腔をゆっくりと抜けてゆく紫煙の、
その醒めた匂いに、一瞬、たじろぐ。
ベッドの傍らに脱ぎ捨てられたコートや
パンティストッキングや下着から、
昨日の夜の執着が見え隠れしているようで、
慌てて目をそらす。
そんな昨日の残骸の中に、それはあった。
おそるおそる手を伸ばす。
誰が見ているわけでもないのに
用心深く手繰り寄せる。
ベッドから起きあがった私は、
少しだけ逡巡したあと
自分の胸元に、それをそっと引き寄せる。
ベッドの中の私の匂いが、
わずかだけれど薄まったように感じた。
真っ直ぐに立ち昇っていた吸いさしのメントールの煙が
灰皿の上でかすかに揺れた。
ケータイが羽虫のような音を立てて震え出す。
私はそれに顔を埋めながら、震える羽虫の音を聞き続ける。
それには、
マフラーには、あいつの匂いがした、
ような気がした。
 
今夜、知らない誰かのために雪が降る。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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勝浦雅彦 2018年3月4日

さよならエメラルド

    ストーリー 勝浦雅彦
       出演 石橋けい

市場でのパートを終え、帰路を急いでいた。
冬の西陽を受け、停泊する漁船のレーダーマストの影が長くなる。
まるで自分に向かって突き立てられたようなその輪郭から逃れ、
加工所で働く仲間と別れ、舫い杭に沿って進むと、
ぼうぼうと防風林に向かって吹き付ける海風にとらわれた。
暫くの間歩みを止め、風に混じって頭に響いてくる誰かの声に耳を傾けた。
尤もそれは傍目から見れば、
消え入りそうな自身のか細い声で独白をしているに過ぎなかったのだが。

「真瀬恭子さんと付き合っていたのは高一の時です。
はい、正直、地味だし、好みのタイプじゃなかったんですけど、
強引に告白されたもので。
同じ演劇部で、僕は演出の真似事を。
演技ですか?彼女の?ああ、評判でしたよ、
学園祭の「オズの魔法使い」のドロシー役。
堂々としてたな。いえ、もう僕は演劇はとっくに。
あの、何かしたんですか?彼女」

「彼女の事はもちろん覚えています。
私は新任で、部活の顧問も初めての年でした。
面白い子がいるなって。
正直、器量がいいわけでも、演技が上手いわけでもないんです。
ただ、舞台の上では奇妙なくらい度胸がありました。
そして全く周囲の空気を読まない子でしたわね。
どんな脚本でも主役をやりたがるんです。
そうそう、私のお母さんは舞台女優だ、とよく言ってました。
でも彼女は確か父子家庭だったはずなのですが」

「恭子の話を聞かせてくれ、なんて言うから焦っちゃいましたよ。
あの子、何をしたのかと。はい、恭子とは親友だったと私は思ってます。
でも今は全然。番号も変わって音信不通で。
四年前ぐらいから急にパッタリと。
ほら、あの子いろいろあったから。
はい、写真?いや、知らないです。誰ですか、この人?」

「真瀬さんがうちの劇団に在籍していたのは二年くらいだったでしょうか。
なんせ綺麗でパッと目を引くでしょう。
うまく育ててうちの看板に、なんて最初はね。
でも、演技がいただけなかった。
なんというか、基本はできているんですけど、
役を演じながら、その役自体を拒絶しているのが伝わってくるんです。
結局、自分しか好きじゃない、認めていない。
だから全部同じ演技に見えてくる。
ある時、彼女を主役のオーディションで落としたんです。
その時から、主役に選ばれた同僚に執拗に嫌がらせを。
それを止めようとした私に今度は、乱暴された、なんて言い出しましてね。
仕方なく辞めてもらいました」

「恭子に関しては、本当になんと申し上げていいか。
私もどこにいるのかすら把握できておりませんで。
中学の時にあれの母親と離婚しましてね。
正確に言えば、男と逃げたのです。
もちろん本人もショックだったようですが、
私も思春期の娘と二人で不安な日々を生きてきたのです。
恭子は私似で、母親に全く似ていない。
それが随分不満のようでした。あれの母親は派手な顔立ちでしたから。
妻が舞台女優?いや、私からすれば遊びのようなものでしたよ。
ただ、恭子が演劇にのめり込んでいったのはその影響は否めないと思います。
ある時、ひどく真剣な表情で私に言ったのです。
名前が売れて、人目を集めるようになれば、
どこかで母親が見ていてくれるかな、と。
今でも後悔しているのです。あの時、戯言だと曖昧に頷いてしまったことを」

「恭子?ああ、カリンちゃんのことね。覚えてる。美人さんだったもの。
うちの店には三ヶ月もいなかったかな。うん、お金、困ってたみたい。
騙されたって言ってた。ある日何も言わずに出勤しなくなって。
そんな子多いんだけどね。
あの、失礼ですけど?ファン?一度彼女の舞台をみて?
へえ、あの子お芝居なんてやってたの。初耳。
でも、もう誰も覚えていなくても、たった一人でも
お客さんみたいな人がいたら、やってきた甲斐はあったのかもね」

古いモルタル造の自宅に着くと周囲をくまなく確認して白いマスクを外し、
ゆっくり引き戸を開けた。
この島に辿り着いて四年になるが、この習慣は変わらない。
日の落ちた廊下の窓に映った自分の顔を見つめる。
あんなに望んだ私の顔。
だが、海辺の日差しに晒され、シミが色濃くなっているのがわかる。
物音に気づいた三歳の娘が飛び出してくる。
まるで自分に似ていない。
俺に似たんだろう、すまないな、と笑う夫を、
この先好きになれる自信がいまだになかった。

夕食後、洗濯物を畳んでいると、テレビから聞き慣れた懐かしい旋律が流れた。
「オズの魔法使い」。ブロードウェィの劇団が来日するらしい。
可愛らしい女の子の歌が耳に入ってくる。
しばらくぼんやり眺めていたが、
壁の時計を見やり、慌ててスイッチを切ると、
夢と冒険の世界は呆気なく消えた。
娘の服を脱がし風呂に入れる。一緒に湯船につかった。
体が熱くなるよりも先に、頬にあたたかいものが流れた。
娘がじっと不思議そうに覗き込んでくる。
あなたはよくやった。ただ、そう言って欲しかった。
おどけたふりをして、湯に浮かんだ水鉄砲のおもちゃで自分の涙を撃った。



出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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小山佳奈 2018年2月11日

メッセージとマッサージ

    ストーリー 小山佳奈
       出演 石橋けい

「メッセージとマッサージって似てるよね」
わたしはいつも以上に力をこめて
彼氏の肩甲骨のこりをほぐしながら言った。

自分がこっている人はマッサージが上手というのは本当で
マッサージが得意だったわたしは
彼氏のこりをほぐすのが日課になっていた。
首の右側の付け根がこっている時は
重たい書類を持ってクライアントを回ってたんだろうなと思うし
肩甲骨がガチガチな時には
一日中パソコンに向かって大変だったんだろうなと思う。
マッサージは、メッセージ。
マッサージをすると彼氏のたいていのことはわかると
わたしは勝手に自信を持っていた。

しかし昨晩、神妙な顔つきで彼氏が
「他に好きな子がいる」と言い出したことによって
その自信は、見事に砕けた。
聞けば会社の同じチームの新入社員だという。
こっちは仕事のことをあれこれ心配しながらマッサージしていたけど
実はずいぶんと楽しんでたんじゃないか。
マッサージは、メッセージなんかじゃなかった。
けれどもわたしは泣かなかった。
その代わり、へらへらと笑いつづけた。
彼氏はただひたすら謝りつづけた。

そうしてほとんど寝ないで迎えた翌朝、
出て行こうとする彼氏に
最後にマッサージをさせてと懇願した。
「その子、マッサージ得意?」
「全然」
「そうだよね、若いと肩とかこらないもんね」
そんなどうでもいいことを言いながら
わたしはへらへらとした笑顔で駅まで彼氏を見送り
その足で近所のマッサージやさんに行った。
人にもんでもらうのは久しぶりだった。

おでこのきれいな女性の店員さんがやってきて
首、肩、背骨、腰、ひととおりやさしく手で触れて言った。
「お客さん、何かありました?」
そう言われた瞬間、
わたしの中で何かがぶわりと崩壊した。
怒りが、悔しさが、嫉妬が、絶望が、
わたしの体からあふれでる。

どうしてその子がよかったんだろう。
なぜわたしじゃダメだったんだろう。

「それじゃ始めますね」
肩甲骨に指をぐりぐりと入れられながら
わたしは顔を枕に押しつけて泣きつづけた。



出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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波間知良子 2017年9月3日

1709namima

8月32日

    ストーリー 波間知良子(ちよこ)
       出演 石橋けい

9月が消えた。突然だった。
もしかしたらもっとずっと前にいなくなっていたのかもしれないけれど
8月が終わるまで誰も気づかなかった。

実を言うと僕はときどき9月の悩みを聞いてやっていた。
8月の次という順番のせいでいかにみじめな思いをしているか
というのがそのおもな主張だった。

9月はいつも、美人でスタイルもいい同級生の隣に
引き立て役として並ばされているような居心地の悪さを感じていたようだ。

8月はあまりにも特別だ。
海。プール。花火。スイカ割り。入道雲。セミの声。
甲子園。キャンプ。盆踊り。アイスクリームにかき氷。
長い夏休みのなくなって久しい大人も
8月と聞けばときめきや解放感を感じるし、
そうでなくてもまぶしい夏の思い出のひとつくらいは
誰もが持っているだろう。

それに他の季節とは違って、夏は終わりの日が決まっている。
どんなに暑さが続いても、台風がいくつ来ても、
夏は8月31日で終わり。9月1日からは秋だ。
暦の上での立秋とは違うもっと感覚的なものとして
それは日本人の中に刷り込まれている。

冷酷に振り下ろされる夏の終わりは
むしろ人々の心をうっとりとさせる効果を持つ。
現実の日々に急に放り出された人々は
8月への郷愁を抱きながら9月をやり過ごそうとする。
9月1日を、8月32日などと呼んで。

9月はいつも、自分とデートしているのにもかかわらず
美人でスタイルのいい同級生の話ばかり聞かされているような気持ちがしていた。

近頃の異常な夏の暑さで8月の人気が下がると期待したが、
当然9月も暑くなった。
「もう9月なのに夏みたいに暑い、勘弁してくれ」などと言われ、
いよいよ自分が何者なのかわからなくなった。
人々は夏が続いていて欲しいのか。秋を求めているのか。
自分はいったい夏なのか。秋なのか。どこを目指せばいいのか。
アイデンティティの喪失。

9月はいちどゆっくりと自分を探しに行きたいと言った。
僕は9月には9月のいいところがあるじゃないか、
もっと自分に自信を持って、と励ましたが、9月の決意は固かった。

8月と9月の間について、
つまりは夏と秋の間について考えるとき、
いつも思い浮かべるものがあるの、と9月は言った。
地球が球体であると証明される前に
この世界の想像図として描かれていた円盤状の地球。
円盤の淵からは海水がこぼれ落ちている。
こぼれ落ちた先は描かれない。
もうそこは地球ではないから。
8月31日の淵からは夏がこぼれ落ちてくる。
でももうそこは夏ではないのよ。

そうして9月はどこかへ行ってしまった。
政府は応急処置として8月を1カ月延長することに決めた。
8月32日が、本当にやってきた。

石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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