中山佐知子 2016年7月31日

1607nakayama

映画館のある島で

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

映画館のある南の島で夏休みを暮らしたことがある。
島は母の島だった。正しくは母の故郷だった。
母は僕が小さいときに死んだと聞かされていたが、
母の親戚が島のそこここにいた。

僕がお世話になった家には女の子がふたり。
姉は僕よりひとつ年上で、妹はひとつ下だった。
姉は癇性な上に年上だからと威張り
命令に従わないとすぐに癇癪を起こしたし、
怯えた妹が僕の手のなかに自分の手をそっと滑り込ませたときも
荒れ狂ってあたりのものを投げ散らかした。

飛んできたお盆や座布団を投げ返しながら
僕は不思議でたまらなかった。
女の子を相手に野生動物のようなケンカをする自分が
どうしてこんなに心地よいのだろう。
裸足で走るのも人前で泣くのもいい気持ちだった。
ケンカは最高に楽しかった。
あの夏、僕は子供時代をもう一度やりなおしていたのだと思う。

昼間、僕たちは近くの浜辺で泳ぎ
日暮れになると映画館へ行った。
同じ映画を何度も見て、同じシーンで笑い
同じシーンで泣いて怒った。
泣くときはどういうわけか三人しっかり手をつないで泣いた。

映画館を出ると、空のてっぺんには天の川が流れ
西の空には木星が光った。
町の灯りより星明かりがにぎやかな島だった。
僕は姉と妹に星の知識を教え、姉は島のことを僕に語った。
島は精霊に守られ、
精霊の声を聞く特別な人がいることを知ったのも
映画の帰り道だった。
精霊ってなんだろう。
問いかけた僕に、妹が小さな声で「おかあさん」と答えた。

島の最後の日は、昼間から映画館へ行った。
明日はもうここにいないのだと思うと
胸がつまるようだった。
出て行くのは僕なのに
仲間はずれにされたような痛みがあった。

開演のベルが鳴って灯りが消えると
じわっと涙が出てきた。
妹がそっと僕の手に触れた。
姉が僕の手をぎゅっと握った。
ああ、これだと僕は思った。これが精霊だ。
精霊は共感するチカラなのだ。
誰かの心に寄り添い、共に悩み共に悲しむ心が精霊であり
妹にとってはおかあさんだったのだ。

手をつないでいると
川が合流するように僕たちの気持ちはひとつになって
あふれはじめた。
香港のアクション映画の音楽に埋もれて
その日、僕たちはずっと泣いていた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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横澤宏一郎 2016年7月24日

1607yokosawa

「映画禁止法」

      ストーリー 横澤宏一郎
        出演 地曵豪

突如、映画禁止法なるものが出た。
正確には、「映画等私的映像作品の上映及び鑑賞を禁ずる法律」
と言うらしいが長ったらしいので、
みんな映画禁止法と呼んでいる。

じつは、いまの総理大臣が大の映画嫌いらしい。
「キューブリックはね」とか
「テレンス・マリックってさ」とかの知識の話から、
「あのシーンどう解釈する?」みたいな、
映画に詳しくない人の人権を1ミリも考慮しない排他的な会話に
ほとほと嫌気がさしたらしい。
某外国の大統領に大の映画好きがいて、
黒澤映画すら見たことのなかったいまの総理はたいそう恥をかいたそうだ。
それが最後の引き金になった。
自分の国の有名監督くらい押さえておけよ!と言いたくもなるのだけど。

まあいい。
とにかく映画館で観ることも、上映することも、
家でDVDや配信で観ることも禁止になった。
ドラマばっかりで全然映画なんて観なかったくせに、
いざ禁止ってなると観たくてしょうがない。
友人にそう話したらまったく同じことを言ってて、
それなら観に行こう!ってことになった。
こっそり上映している映画館があるらしい。
闇上映ってヤツだ。人間は禁止されるほど抜け道をつくる。
禁酒法なんかもそうだったよな。

その闇上映は横浜のある倉庫の中で行われた。
体育館までは大きくないものの、まあまあ大きい倉庫で、
パイプ椅子がところ狭しと並べられていた。
どこから聞いたのか結構観客もいて、
僕と友人は並んで座ることができなかった。
ポップコーンやコーラまで売っていて、
とても禁止令下の上映とは思えない雰囲気だった。

上映作品は「華氏451」という1966年のイギリス映画だった。
それは本の所持や読書を禁じる架空の社会を描いたもので、
まさにいまの映画禁止令の世の中と同じだった。
ああ、そうそう俺たちも禁じられたものを見てるんだな、
なんて思っていたら、エンドロールのときに後方がざわざわしてきた。
警察が踏み込んできたのだ。この闇上映の情報が漏れていたわけだ。

だけど、なぜか僕らは全員逮捕されずに帰してもらえた。なぜか?
その闇上映に総理大臣がこっそり来ていたらしい。
それも例の映画好きの大統領に連れられて。
それを見つけた警察がみんなを捕まえないことで
総理と大統領を守ったというわけ。
命拾いして助かったんだけど、
同時に法律ってなんなんだろうなって思ってしまった。

という映画のシナリオを僕はいま執筆中だけど、この番組をお聞きの皆さん、
観たいと思いますかね。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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直川隆久 2016年7月17日

1607naokawa

ある助監督 

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

 冬の日。
 大岩和道は、通い慣れた本屋の映画関連書コーナーで、真新しい「シネマ芸
術」増刊号を手にとる。表紙にはタバコをくわえた精悍な男の顔と、「野口征太
郎・没後10年記念特集」の文字。
 校了前にゲラを送ると編集者は言っていたが、そういえば連絡がなかったこ
とを大岩は思い出す。
 口絵部分に、大岩が提供した写真が使用されている。大岩が初めて野口の現
場に助監督としてついた作品、そのクランクアップ時の記念写真だった。画面中央、
髭面の野口がディレクターズチェアに身を沈めている。端っこに、ぎこちなくたたず
む若い大岩の姿があった。髪は、まだ豊かで黒い。
 ページを手繰り、自分のインタビュー記事を探す。だが、数日かけておこなわれ
たその内容は随分と簡略化され、1ページにまとめられていた。そのかわり、野口
の遺作の主演女優のインタビューが8ページにわたり掲載されている。大岩が編集
者に語った「いまだ評論家が指摘しない野口作品に通底するテーマ」が、寸分たが
わずその女優の言葉として収録されていた。
 大岩は、並んでいるだけの「シネマ芸術」を買い込み、本屋を後にした。冷たい風
にさらされた手は、紙袋の重みで、なお痺れた。

 大岩は助監督として、野口征太郎のキャリア後期の代表作をささえ続けた。撮影
の段取り、気難しい俳優のケア、撮影部・照明部・美術部との折衝…そのすべて。野
口が好んだ無許可のゲリラ撮影のあと、警察にしょっぴかれるのはいつも大岩の役
目だった。ブタ箱を喰らいこんだ翌日撮影現場に戻っても、野口からは一度も労い
の言葉はなかった。「そういうものだ」と大岩も思っていた。
 仕事は、映画の現場に止まらなかった。ある時期は、野口の愛人を車で迎えにい
くのが、大岩の役目だった。撮影用の車両を一台借り出し、渋谷のマンション前で女
を拾い、野口が投宿している新宿のホテルまで運ぶ。「なんでもするのねえ、助監督
さんって」窓の外を見ながら女がつぶやいたことを、大岩は今でも思い出す。

 大岩が野口のもとでの5度目の現場を終えた年、野口が肺ガンの診断を受けた。
ソメイヨシノの花びらが風に舞う時季、野口は身を隠すように療養生活に入った。そ
のときも世話を名乗り出たのは大岩だった。病状は急速に進んだ。大岩は病院に泊
まりこみ、介護を行った。監督にはご家族がいませんから、と、撮影所の人間が見舞
いに訪れるたび大岩は繰り返した。床ずれができないように野口の体をさすり、排便
の処理をした。まるで、ほかの誰かに触らせまいとするかのように。
 夏の終わり、最後の作品の公開を待たず、野口は息をひきとった。
葬儀の日は、折しも接近する台風のせいで雨であった。大岩は傘もささず、葬儀会場
入り口から動こうとしなかった。次々に乗り付けるハイヤーから姿を現す大物俳優に、
報道陣が群がる。それをよそに、大岩は弔問客に頭を下げ続けた。
 ほどなくして、撮影所は人員整理を行い、大岩は現場から総務セクションへと異動
になったのだった。

※        ※        ※

 大岩は、撮影所に戻り、デスクに雑誌の入った紙袋をどさりと置く。
「大岩」
 背後で声がした。同期の島田だった。
「話しておきたいことが、あって」
「なに。役員じきじきに」と笑いながら大岩は、隣のデスクの椅子を勧めた。
「野口監督の没後10年てことで、ちょいとした企画があってね。野口監督の伝記映画
を撮ろうっていう…公開先は劇場じゃなくて、衛星テレビなんだけど」
「ふうん」
「で、それの監督を…誰にやってもらおうか、という話になって」
 大岩は、島田のほうを見ず、タバコをくわえた。火がうまくつかない。
「おれは、君を推したんだ。君は監督作こそないけれど、なんといっても、野口監督をい
ちばん知ってるのは君だし…」
 島田は、次の言葉が固形物でもあるかのように口をもぐもぐとさせてから、ようやくそ
れを吐き出した。「でも、取締役連中は、森山に、やらせたほうが…と…」
「だれって?」大岩ははじめて島田の目を覗き込んだ。
「…森山。森山順」
「ああ。森山くん」
 と大岩は大きくうなずき、まばらになった髪をかきあげた。頼りなげな感触が指を伝う。
「適任だ。去年のホラーものは30億いったんだろ?構成力も確かで…なにより若い」
「いやあ、おれは反対だ。彼は経験が少ないし」
 と言う島田の顔に安堵の色が広がるのを大岩は見逃さなかった。
「森山くんが、適任だ」
 大岩はそう言って、椅子を回しパソコンに向かった。
「すまない」と頭を下げる島田に大岩が「こちらこそすまなかったな」と付け加えた。
「失笑買ったろう。助監督経験しかない、おれの名前なぞだして」
 一瞬の間の後、そんなことはないさ、と言いながら島田は席を立った。

大岩の脳裏に、ある夏の日の光景が浮かんだ。野口のガンが発見されるよりも何
年も前のことだ。冷房の壊れた会議室で大汗をかきながらロケハン資料を整理し
ているところへ、野口がいきなりドアを開けた。
「こんどやる原作ものの監督を、さがしてるらしい。やらんか」
 そういいながら、刷りたての台本を投げてよこした。
 大岩は、あやうく落としそうになりながらそれを受け取る。
「監督…ですか」
「うん」
「…公開はいつですか」
「…?」野口は意外だという表情を見せ「スケジュールによって変わるのか?返事が」
「今準備してるシャシンと、ぶつからないかなと思いまして」
「正月」
「来年の?」
「ああ」
「それじゃあ…」
 大岩は一呼吸おいて続ける。
「完全に、重なるじゃないですか」
「だから?」
「監督の現場は…だれが助監やるんですか」
 その質問に野口はこたえず
「おまえ何歳になった」
 と訊いた。
「34です」
「やれるときにやっておけよ監督は」
「…」
 何秒かの沈黙ののち、大岩が口を開く。
「いえ、俺…まだ演出のほう力不足なんで…監督の現場でもうすこし勉強させ
てください」
「やりたくないのか」と野口がさらに訊いた。
 大岩は驚いた。野口が、ここまで大岩と言葉のやりとりを重ねることは珍し
かったからだ。
「そんな。やりたくないなんてことは…」
「こわいのか」
 図星ではあった。ただ、大岩が恐れたのは、「野口監督の優秀な右腕」とい
う自分の地位を失うことだった。さらにいうなら、ほかの誰かがその地位に滑り
こんでくることだった。
 「…」
 野口はやや脱力したように、そうか、とだけ言って踵を返し部屋を出た。それ
以来、この映画の話題が二人の間にのぼることはなかった。
 後年、大岩に監督をさせようと発案したのはほかならぬ野口であり、プロデュ
ーサーを強引に説き伏せた上で台本を持ってきたことを、大岩は知った。

※        ※        ※

 大岩は、積み上がった「シネマ芸術」の一冊を手にとり、デスクの上に広げると、
野口の顔のアップが載った表紙以外、すべてのページをカッターで切り裂いていっ
た。一冊、また一冊。ゆっくりとその作業は続き、2時間ほどたったころ、大岩のデス
クの上には、紙片のうず高い山ができた。
 感情の炎が大岩を焼いていた。
 島田が監督候補として自分の名をあげるのではと一瞬期待したことへの羞恥。
森山への嫉妬。そして何より、定年を間近に控えたこの年になって、いまだこのよう
な自意識を捨てきれぬ情けなさ。

大岩は考えた。
映画人なら、こんなときには映画から答えを導くべきだ。映画の登場人物、あるいは
映画作者−−−本当に映画を愛しているなら、ほかならぬその映画が、大岩を答えへ
と導いてくれるはずだ。そう思い、大岩はこれまでの人生で見てきた膨大な映画達
を、次々と頭の中で再生してみた。だが、野口と現場を共にした映画達以外は、どれ
も、大岩の心を素通りした。なんらの切迫感ももたらさない、スクリーンの表面を漂う
光の明滅だった。
 結局、確認したにすぎなかった。大岩が愛していたのは、映画などではなく、野口
いう男だけだったことを。
 
 すると…なぜか、笑いめいたものが大岩の顔の表面を伝った。
灰皿の向こうからこちらを見る野口と、目が合った。

 大岩は、携帯で島田の番号を表示した。
 −−−−さっきの映画の助監、もう決まってるのか。
 口の中でこれから言う言葉を反芻し、携帯の発信ボタンを押した。
                         
     (終)

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

 

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国井美果 2016年7月10日

1607kunii

「欲望の法則」                        

     ストーリー 国井美果
       出演 清水理沙

ものすごくお腹が空いていた。
胃袋が「ワンタン麺」と言って聞かないので、
昔ながらのワンタン麺が食べられる、老舗ラーメン店めがけて猛然と歩いた。
醤油のスープのいい香りと、ツルツルふわふわのワンタン。

しかし。近づくと様子がおかしい。
いやな予感がする。シャッターが降りて張り紙がある。
「店舗改修工事の為、来年の11月まで休業いたします」

ショック・・・なんてことだ。

こうなると、ワンタン麺以外のものをお腹に入れることが許されなくなってくる。
胃袋はますますキュッと縮まる。お腹よ、待っていろ。

気づくと、電車で20分ほど離れた駅のそばにいた。
え、なんで?
と誰もが思うほど、わざわざ訪れるような店にはとても見えない、
初老の夫婦が切り盛りしている、ザ・普通のラーメン店。
でも、もう私にはここのワンタン麺しかないのである。
むろん定休日は調べた。大丈夫。今日じゃない。
醤油のスープのいい香りと、ツルツルふわふわのワンタン。

なのに・・・・
またもや様子がおかしいんだ、これが。
のれんが引っ込んでいる。
近づくと張り紙。
「家庭の事情で、しばらくの間、おやすみさせていただきます」

・・・ああ、そっか。
じゃない、納得いかない!お腹も気持ちも引っ込みがつかない!
「家庭の事情ってなんだ?」と思いを馳せる余裕もなく
次の瞬間、私の足は、
そこからほど近くにある、かなりどうでもいい中華料理店に向かっていた。
どんなものが出てくるかわからないが、
こうなったらワンタンと麺が入っていれば許す。
こだわってばかりいるのは愚か者だ。

・ ・・で、
ウソみたいに臨時定休日。
何なの、この法則! 泥沼の法則!
高校生の時どうでもいい男子から告白されて、
どうでもいいのに魔がさしてOKしたとたんに
「ごめんね、実はキミより好きな人がいる」って言われた時に似てる?
まさか、おまえにフラれるなんて!!

脳と身体がバラバラになっていく、夕方の街角で。
もはや一歩も歩きたくないけれど、近くにはコンビニと、準備中の居酒屋と、
やる気なさそうな立ち食い蕎麦屋があるだけ。
もう限界・・・。よくわかんない店で、うどんみたいな蕎麦でも食べよう・・・。

ところが。意外にも、最後のチカラを振り絞って私が入ったのは
立ち食い蕎麦ではなく、さらに100メートル先にある小さな映画館だった。

「え?ごはん屋じゃないの!?」と、胃袋は半泣きして抗議しているが、
もうひとつの欲望が私を動かした。
「ここまでねばってダメなら、せめて
ポップコーンでもかじって好きなことをする自分であれ」。という、
なんかよくわかんない欲望が。

劇場でかかっていたのは「勝手にしやがれ」。
これって今の気分にピッタリじゃないか。

満たされた。私は、勝った。

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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