正樂地 咲 2019年9月15日「まみ姉ちゃん」

「まみ姉ちゃん」

    ストーリー 正樂地 咲
       出演 清水理沙

ソフトボールの部活の試合が 
雨で流れて
急にやること無くなって
家にいるのも コンビニいるのも
あっという間に 飽きちゃって
ふと閃いたのが 近所の図書館
普段は 大声出しながら
運動場で走りまわって
陽に焼けた私に
不似合いな場所に
今日はなんだか行きたくなった

本を読むのは 好きじゃないけど
本棚の間を悠々と歩くのは 嫌いじゃない

自分の背より高い その間を歩いたら
去年に死んだ じいちゃんと
ひまわり畑を歩いた楽しい記憶と重なった
大量の本の 埃っぽい匂いも 
じいちゃんと似てる

雨で汚れたビーサンを 
引っ掛けて
本棚散歩を続けていたら
目線の先に すごく綺麗な姿勢で
本を読む美女が ひとり
まみ姉ちゃんだ! 

大きな机で ポツンとひとり
長い指で 本のページをめくってる

私は だいぶ嬉しくなって
「まみ姉ちゃん!」と声をかける
すると 何人かの人が本からこちらへ
目線を向ける
まみ姉ちゃんは シーのポーズ

それで今度は
「何 読んでるの?(小声)」
小さな声で尋ねたら
倒して読んでた本を起こして
表紙をそっと見せてくれた

川端康成 眠れる美女

それきり まみ姉ちゃんは私のことなど
すっかり相手にしなかった

家が隣同士で小さい時には
面倒を見てくれた まみ姉ちゃん

私が小1の時 小6で
小学校まで手を繋いで連れてってもらってた
あんなに毎日一緒だったのに

それから1週間たって
今度は部活終わりの夕方 
私はまた図書館にいた

目的はそう 例の本

分厚くはない文庫本
その先に 広がるのは 
あられもない桃色の世界

女の人の肌って 男の人に吸い付くの?
さわれないこともまた 興奮に繋がるの?
意味わかんない

わかんないけど わかるのは
お泊まり会の時
夜中に音を消して こっそり見たアレより 
全然奥深いアレだということ
一回のぞいたら もう二度と
戻ってこれないような
底知れぬ深さ

ああそうだ
川端康成は 脱法のアール18なんだ

この本を平然と 真昼間の図書館で読んでた 
まみ姉ちゃん
そんなのもう 姉ちゃんじゃない
師匠だ 

図書館にある川端康成 全部読んだら
私もちょっとは 師匠に近づけるかな 
 


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渋谷三紀 2019年9月8日「恐竜図鑑」

「恐竜図鑑」

    ストーリー 渋谷三紀
       出演 清水理沙

4歳になる甥っ子がいる。
健やかに太くと書いて健太。
その名の通りすこぶる健康に育っている。
いわゆる男子が通りがちな道ではあるが、
去年は電車にどハマりしていた。
飯田橋の駅のホームで
総武線と中央線が行き交うところを
鼻の穴を膨らませて見つめていたのに。
そんなのどこ吹く風、今はすっかり恐竜に夢中だ。

おばさんは自分と同じ本好きな子になってほしくて
せっせと絵本を贈ったのだけど、
ページがヨレヨレになるくらい
読みこんでくれているのは恐竜図鑑だけ。
図書館に連れて行っても恐竜の棚へまっしぐらだ。

スピノサウルス、ヴェロキラプトル、リオプレウロドン。
噛んでしまいそうな長いカタカナの名前も
スラスラ読めるしそらでも言える。
天才かもしれないと思ったりもする。
おばばかと言われようが一向に構わない。

そういえば、いつの間にか
恐竜には毛が生えていたことになっているらしい。
頭や背中に鳥のような毛が生えた恐竜のイラストには、
毎度ギョッとする。
恐竜も日々進化しているのだ。

家では、じいじとばあばに買ってもらった
ビニールの恐竜人形で遊ぶ。
女の子のお人形遊びのように、
お姫様とかお家でパーティーみたいな設定や物語はない。
ブラキオサウルスが植物を食べるとか
ティラノサウルスがそれに噛み付くとか
トリケラトプスがさらに頭突きするとか
プテラノドンが空を飛んでいるとか。
ただそれだけを、よく飽きもせず延々続けられるものだ。
だいたいこちらが根をあげてこう叫ぶ。
「いんせきだ〜。ドッカーン」
恐竜たちはバタバタと倒れ「ひょうがき」がやってくる。
それでも終わらせてくれない時は最後の一手。
「ケンタロサウルスが来た〜」
立ち上がった健太が恐竜たちを蹴散らしてやっと終わるのだ。

最近、福井の大学に恐竜学部ができたらしい。
末は恐竜博士かなんておばさんは無責任に夢を見る。
どこかの大学の先生も言っていたけど
恐竜は科学への興味の入り口だから、
そこから違うことに興味を持って研究したって
いいじゃないかと思ったりもする。
お気に入りの恐竜Tシャツに
恐竜柄の水筒を下げて歩く健太にたずねてみた。

「健ちゃん、大きくなったら何になりたい?」
「恐竜!」

そうかそうか。
ただただ健やかに大きくなってくれたらいい。



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直川隆久 2019年4月21日「夕方の匂い」

夕方の匂い

   ストーリー 直川隆久
      出演 清水理沙

お向かいの徳永さんは、空き家になったままだ。
道路から中をうかがうと、
新たな家主である雑草たちは野放図にのびさかり、
鮮やかな緑色で庭を覆いつくしつつある。
ふと気づく。今日は豚の角煮を煮る匂いがしない。

この家に引っ越してきた頃、
徳永家は、ご夫婦と幼いお嬢さんの3人暮らしだった。
けれど、お嬢さんが高校生の頃、
一人で北海道旅行に行ったまま、
行方不明になってしまったのだという。
わたしが物心つく前の出来事だ。
徳永の奥さんは、それから毎日、豚の角煮を作り続けた。
角煮が娘さんの大好物だったから。
いつあの子がもどってきても、角煮をたべさせてやれるように。
徳永さんのご主人は、何年かして、出て行ってしまった。
それでも、角煮の匂いはおさまらなかった。
砂糖と、醤油と、豚の脂と、八角の混ざりあった、
粘り気の強い匂い。
塾の帰り、部活の帰り、バイト先からの帰り…
わたしは、毎日、お向かいから漂ってくるその匂いを
嗅ぎながら生きてきた。
それは去年の暮れ、徳永の奥さんが入院するまで続き――
年を越すことなく、奥さんは亡くなった。

我が家と徳永さんの家とは付き合いがなく、
ときどき、家の前の道路を掃除する奥さんと挨拶をかわすくらいで、
そのお宅に上がったこともない。
それでも、生垣の切れ目からのぞくその庭が、
徐々に荒れていく様子を見るのは、悲しかった。
わたしは、門の前に進んだ。
門の扉を押してみる。すると、抵抗なく開いた。
入って…みようか?
周囲に誰もいないことを確認して、庭に入ってみる。
足元から、バッタが何匹か跳ねて逃げた。
庭の方を見ると、レンガで区切ったごく小さな花壇がある。
ふだん道路から覗くときは生垣に隠されて見えなかった。
草しかはえていない花壇に、
色あせたプラスチックのショベルが落ちていた。
昔、娘さんが使っていたものだろうか。
庭に面した側は雨戸で塞がれていて、中の様子はわからない。
道路側を振り返ると、生垣越しに自分の家が見える。
こんな角度と距離で自分の家を見たことがない。
すぐそこにあるのに、なぜかとても遠いところに感じる。
わたしは、玄関に戻り、ドアの取っ手に手をかけた。
ドアを引く。
鍵がかかっていてほしい、と思う自分もいた。
だが、ドアは、そのままこちら側に開いた。
中の空気が流れだす。
それは、あたたかく、今まさに料理をしている人と、
火の気配をふくんだ空気だった。
そして…わたしは、嗅いだのだ。
角煮の匂いを。
いま、まさに、くつくつとお鍋の中で煮込まれている。
その匂いの密度で、
もう、出来上がりの近いことがわかる。

「りかちゃん?」と女性の声が奥からする。
「りかちゃん、帰ったの?」
そして、ぱたぱたと軽やかな足音がこちらへ向かってきた。
わたしは、扉を閉め、玄関から道路に走り出る。
ごめんなさい。
ごめんなさい、徳永さん、わたしは、りかさんじゃないんです。
道路でわたしは、うずくまる。

何秒後か何分後かわからないが、
わたしは車のクラクションで我に返った。
振り返ると、見慣れた徳永さんの家が見える。
角煮の匂いは、もうしなかった。
庭の雑草が、傾きかけた太陽の光にまぶしく照らされている。



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薄景子 2019年4月7日「春のみどり」

春のみどり

   ストーリー 薄景子
     出演 清水理沙

春というのはほろ苦い。
飽きるほど長く一緒にいたあの人が
それじゃ、と片手をあげて旅立っていく。
あたりまえすぎた愛しい日々が
一瞬で、容赦なく、終わる。
閉店を告げる、居酒屋みたいに。

春は、やさしい顔して、残酷だ。
苦い想いや切なさやらが
前頭葉をかけめぐり、
行き場のない言葉たちが
春の野にさまよいだす。

なんで勝手に?
なんで突然?

そんな空気を吸い込むからか、
春のみどりはほろ苦い。
菜の花、たらの芽、ふきのとう。
ほんのり甘くてやさしい苦味は、
人がためこんだものたちを
浄化するちからがあるという。

こころの澱も、からだの澱も。
やわらかな春の苦みが
ほろりはらりと、からだ中をめぐるとき、
それは私の深いところで
私にそっとささやく。

わかります。
わかりますとも。
だって私ら、
ほろ苦いもん同士じゃないですか。

春のみどりはほろ苦い。
なのに、余韻は爽やかだ。
浄化を終えた、からだの中のからっぽに
新しい風がめぐりだす。

菜の花、たらの芽、ふきのとう。
今日の天ぷらは
春のみどりの三点盛り。

ごちそうさまのその後に
私に春風、吹くかしら。

私に春は、くるかしら。



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川野康之 2019年3月3日「チェリー」

チェリー

      ストーリー 川野康之
         出演 清水理沙

私の初恋の話をします。

その人は背の高い新任の先生だった。
入学式の最後にクラス分けの発表があり、
私のクラスの担任がその先生だとわかったときは、うれしかった。
教室に入ると、先生は黒板に、
Spring has come.
と書いた。
その下に、「桜木慎太郎」と名前を書き、
「桜」の字の下にアンダーラインを引いて、英語で「cherry」と書いた。
先生のあだ名はチェリーになった。

先生は授業の途中でよく脱線した。
映画が好きで、女優だとオードリー・ヘップバーンが好きだと言っていた。
日曜洋画劇場で「マイフェアレディ」や「ローマの休日」をやったときには、
翌週の授業で、吹き替えになっていたセリフの英語を黒板に書いてくれた。
私はそのすべてをノートに取り、何度も読み返した。
言葉というのは不思議である。
外国の言葉なのに、声に出してみると、
セリフの奥の、言葉に出来なかった気持ちが
胸の中にあふれてくるのである。

先生は、英語の勉強のために
イギリス人のペンフレンドと文通しているのだと言って、
時々手紙の中の一節を紹介してくれることがあった。
「私の家の近所の公園で桜がきれいに咲いています」
「日本の桜はきれいでしょうね」
「春になったら遊びに来てください」
ねえねえねえ、と私たちは授業の後で噂したものだった。
チェリーのペンフレンドさあ、日本に来たのかな。

いつの間にか私は先生の授業を心待ちにするようになった。
脱線して映画の話をしてくれるのが心から楽しみだったし、
ペンフレンドとの友情がどう進展するのか、
ちょっと気になっていたからだ。

2年目の学年が終わり、終業式の日に、突然、先生は学校をやめるといった。
留学生試験に受かって、イギリスに行くことになったのだという。
春休み、私たちは一大決心をして、新幹線に乗った。
東京の実家で留学準備をしている先生に会おうと思ったのである。
チェリー、驚くかなあ。
ところが先生は、何と一日前に出発したばかりだという。
うなだれている私たちをお母様が気の毒がって、ケーキを出してくれた。

先生の家のそばに井の頭公園という大きな公園があった。
見たことのないほどたくさんの桜が、
映画の過剰なエンディングのように咲いていた。
白い花びらが降る道を歩きながら、
私は、先生に会ったら言おうと思っていた言葉をそっと口に出してみた。
それは「ローマの休日」の中のアン王女のセリフだ。

I don’t know how to say goodbye. I can’t think of any words.
お別れにどう言ったらいいのか、一言も思いつかない。



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中山佐知子 2019年2月3日「できれば土に(2019)」

できれば土に
               
    ストーリー 中山佐知子
       出演 清水理沙

できれば土に埋もれたいと思っている。
壁になりたいと思っている。
できれば息もしたくないけれど
小さな女の子だからどうしてもため息はでてしまう。

なれるものなら透明人間になりたいと思っている。
でも、小さな女の子だから
もとにもどる方法がわからない。

本当は何もしゃべりたくない。
石だから、壁だから、土なのだから。
しゃべろうとすると泣いてしまうから。

心が重くなって固くなって
びしょ濡れになって寒くなって
笑えなくなって、しゃべれなくなって
臆病になって
自分がここにいてもいいのかいけないのか。

みんなの視線と言葉がきっと針のように痛いけど
泣きそうな自分を隠しておくために
凍りついた目を大きく開いている。

どうしてそうなってしまったのか
どうして自分がいまそうなのか
きっかけは5分前でも、
原因は100億光年も彼方にあるから。
どうしてもわからない、わかりたくない。

泣かない小さな女の子はいつもそうして震えている。

年を取った大人はそれを見て
拗ねているとひと言で片付けてしまうけれど
そういう自分の心のなかにも
きっと泣かない小さな女の子がいて
誰にも気づいてもらえないまま凍っている。

誰の心のなかにも泣かない小さな女の子はきっといる。

僕は、そんな小さな女の子の手を取って
あたたかい場所へ連れ出すことのできる
小さな男の子になりたいと思う。



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