中山佐知子 2017年4月23日

nakayama1704

菜の花

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

彼の故郷は菜の花の産地だった。
油をとるための菜の花はアブラナという別名があり
春になると菜の花畑は一面の黄色になった。

彼は故郷を出るときにその思い出を封じた。
そして、自分の未来に向かって着々と準備をはじめた。

彼は僧侶だった。
浄土宗の末端に籍があった。
故郷を捨てたときに出家したという説がある。
また、子供の頃から寺に預けられたという口伝もある。
父は裕福な農家の主だったが、母はその家の奉公人で、
彼は必要とされない子供だった。
しかし、寺にいたからこそ
読み書き学問を習うこともできたし、
旅に出れば各地の寺が便宜をはかってくれることもあった。
彼はそれを十分に利用した。

それから彼は画家でもあった。
誰に学んだということもなかったようだが
彼の描く絵は金になった。
彼は絵を生活の糧を得るための手段と考えていた。

彼の志はわずか十七文字の言葉と音にあった。
五七五の俳句の世界である。
そのために彼は若くして江戸に出てある人の弟子になった。

ところが七年ほど修行をしたところで師匠が亡くなった。
これはいまでいうならば、
やっと仕事ができるようになったところで社長が死に、
会社が消滅したようなものである。
彼は考えた挙句、江戸を捨て旅の僧になった。
自分の拠り所をいったんリセットしたのである。
わずか十七文字に森羅万象を詠み込む俳句の修行は
己の欲望を制し、目と耳を研ぎ澄ますことからはじまる。
彼は芭蕉の足跡をたどり東北を旅しながら自分を鍛えた。

27歳から10年、彼は旅を続けた。
最後に木曽路を通って京へ上り、
何年もかけて寺をめぐり歩いた。
京都の寺には、屏風の絵、襖の絵、そして壁画が数多くあり
彼はそれを見て歩いたのだ。
やがて彼は池大雅と並ぶ絵の大家になるが
そのための修行も怠りはしなかったのである。

それから彼は丹後へ行った。
丹後は風光明媚な明るい土地で、亡き母の故郷でもあった。
彼はそこで友人の寺に滞在し、
三年半の滞在中に30点を超える絵を描いている。
京都で学んだことを自分の筆で試してみたかったのだろう。

さて、そうこうしているうちに彼は42歳になっていた。
表舞台に出ようと思った。
彼はその創作活動の本拠地を京都に定め、
与謝蕪村と名乗って、俳諧師としてデビューを果たした。
関西の文化人ネットワークにもうまく食い込み、
俳句の人脈を使って
裕福な商人や地方の素封家に絵を売ることもできた。
金持ちにはならなかったが、食うに困ることもなかったし、
何よりも彼の名声は万人の知るところとなった。

50歳も半ばを過ぎて、蕪村は菜の花の句を作るようになった。
一度も帰ったことのない、
また人にも語ったことのない彼の故郷は大阪の淀川のそばで、
春になると一面に咲く菜の花が故郷の景色だった。

菜の花や 月は東に 日は西に

太陽と月と菜の花しかない、
それを見ている自分さえ消滅しているようなこの句ができたとき
蕪村は故郷を許していたのだろうか。
菜の花の故郷を出て、菜の花の句を詠むまでに
30年近い月日が流れていた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2017年4月16日

naokawa1704

お義母さんといっしょ

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

いやあ、すみません。お義母さん。
わざわざ出向いていただいて、
こんな、ご飯まで、つくっていただいちゃって。
もう、ほんと、申し訳ないです。

やっぱりお義母さんの手料理は…すごい。立派ですよね。
菜の花の…これは、辛子和えですか。あ、いいなあ。
これは…筍の、煮物ですね。
うわー、木の芽、うれしいなあ!
春!

あの…
すみません。

志穂がご厄介になってもう…3週間ですもんね。
え?「実家で、ご厄介ってのはヘン」
そりゃそうだ、そりゃそうです!
あははは。

え?
志穂から?
伝言…?
ええ。
なんでしょう。
いやあ。ちょっと想像つ…きませんけど。
志穂は、なんて。

あ、わかりました。
ご飯の後、ですね。

あ。はい!え、お義母さんは…

あ、そうですか…
じゃ…いただきまーす。
じゃ、あ、この菜の花から…
(食べる)
ぐふ。
げほっ。
げほげほっ。

こ…この菜の花の辛子和え…すごく、辛子が…
げほーっ、ごほごほ。

あ、そうですね、僕には結構…
うあ、は、は、はあっくしょーん。

え?
ええと、(鼻をかむ)あは、「どういうお考えなの」っとおっしゃいますと…

あ、今回の件ですよね。
そりゃ、そうですよね。

あのお…お義母さん、今回のことはですね。
ま、あの、確かに、僕に責任のあることではあるんですが…

いや、あの、僕に責任があります。
僕に責任があります。
その上で、その上でですよ。

ま、正直、志穂の態度もですね、どうかっていうところも…

はい。
はい。「女」って、ま、そういう…
はい。
そうです。
はい。
もちろんです。
……。

あ、はい。筍…
いただきます。
へ〜、ご親戚から、掘りたてを?
す…ごいなあ。
さすが、違いますね。はは。

う。
これは…
なんというか、舌が…
舌の中できゅわ〜っとこう…
なんでしょう?これ…
え?

アク抜くのを忘れた?

あ、アクをぬくんですね、筍って…

あ、菜の花。
ええ。
いただきます。
あの、もうちょっと後…

わかりました…今。

げほーっ。
げへっ、げへっ。
あー…

あの、お義母さん…
これは、あれですよね、いやがらせですよね?
ね(笑)いやがらせですよね。

はは。
ははは。
…親子だなあ。

いや、親子だなあって、思って。
志穂とお義母さんは、ほんと、親子だなあと。

うん。
いや、言葉どおりの意味です。
いやな親のもとでは、いやな娘が育つんだなあって。

あは。
あははは。
あははは。

あ〜。
言っちゃった。
言っちゃいました。
すみません。

いや、そんな、他意はないんです。
って、ないわけないか!あはははは!
はははは!

あー…

さあ、食べますか。
あ、お義母さんは召し上がらないんでしたね。
じゃ、いただきますね。
僕だけ。すみません。

げほーっ。
ごっほごっほごっほ。
うーん、まずい。
くっくくく。

いや、いただきます。
お義母さんのまずい手料理。
残しちゃ、もったいないですもんね。

うふふふふ。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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田中真輝 2017年4月9日

tanaka1704

「丘の向こう」

   ストーリー 田中真輝
      出演 清水理沙

菜の花や月は東に日は西に

夕暮れ時。一面の菜の花の中を、
二人の子供が駆けている。

母親から、この場所に入っては
いけないと固く言い付けられている。

ついてきてはいけないと、
あんなに何度も言ったのに
弟はついてきてしまった。

あれだけ何度も言ったのだもの。
弟がついてきたのは、
わたしのせいではない。

夕日に染められて二人の姿は
どこまでも続く菜の花の中に
とけていく。

一面、菜の花が咲き乱れる
丘の向こうに何があるのか、
わたしはどうしても知りたかった。

なぜ、大人たちはそれを禁じるのか。
わたしはどうしても知りたかった。

日が暮れてしまう前に、
あの丘の上に辿り着かなければ。

半べそで、それでもついてくる
弟がうとましい。

わたしは何も知らなかった。
あの丘の向こうに何があるのか。
どうして村の人たちは皆、
悲しそうにわたしを見るのか。
父親はどこに行ったのか。
母親は夜、なぜ一人で泣いているのか。

きっと丘の向こうにその答えがある。
わたしはそのことだけは知っている。

すべては丘の向こうからやってきた。
丘の向こうからやってきたものが、
父親をさらい、村に悲しみをもたらした。
そして、人々は菜の花を植え始めた。

揺れる菜の花の間から、ときおり
朽ち果てた住居が見え隠れする。
ここはかつて人々の住む土地だった。

二人は駆けることに夢中で、
菜の花の下に埋まっているものには
気づかない。

ほうしゃのう、と誰かがつぶやいた。
誰かが咎めるように彼を見たので、
それで、その話は終わりになった。

わたしは、ほうしゃのうが何なのか知らない。
でもそれがあの丘の向こうからやってきたことを知っている。

弟の足音が聞こえなくなったことに
ふと気がつく。

振り向くと、どこまでも続く菜の花が風に揺れている。
白い月がぽっかりと浮かんでいる。

わたしはそこに立ち尽くす。
もうすぐ日が暮れる。

菜の花や月は東に日は西に

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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川野康之 2017年4月2日

1704kawano

菜の花ピクニック

    ストーリー 川野康之
       出演 石橋けい

同僚のふじこさんと一緒にピクニックに行った。
ピクニックなんて何年ぶりかだ。
去年の暮に父が死ぬまではそれどころではなかったのだ。
「さちえさんはお父さまのお世話で大変だったわね」
「ええ、でもやっと死んでくれたから。これからは人生を楽しむわ」
海の見える駅で特急を降りて、私たちはバスに乗った。
春である。
民家の庭の梅が美しく咲いている。
「ねえねえ、あそこ」
とふじこさんが梅の咲いている家を指差す。
「ええ、梅の花きれいね」
「じゃなくてあの看板。房総名物アジフライ定食って書いてある」
「ああ」
ふじこさんは天然だ。
「帰りにあれ食べていきましょうね」
私はフライがあんまり好きではない。
天然でKYのふじこさんのこともそんなに好きではない。
「ねえねえ、あそこ」
今度は何の看板だろうと外を見ると、
「梅の花、きれいね」
「ああ」
「どうして花は毎年新しく咲くか知ってる?」
ふじこさんは語りだした。
知るもんか。
「花は死んだ人間の生まれ変わりなのよ。
地球上のすべての花が実はそう。
前の年に死んだ人が花になって咲くの」

ふじこさんの話を整理すると次のようになる。
人は死んだら、神さまからどんな花に咲きたいかと訊ねられる。
アサガオでもアザミでもヒマワリでもシクラメンでもなんでもオーケー。
神さまは願いを聞いてくれる。
ちなみに日本人の希望でいちばん多いのは桜だそうだ。
でも、どんな花がいいかと聞かれても、すぐに答えられない人もいる。
そういう人にはおまかせコースというのが用意されているそうな。
神さまの助手の天使たちが、帳簿をつけながら、
必要な花の数を満たせるように割り当てていく。
一番多く割りふられるのが菜の花なのだそうだ。
そこら中にいっぱい咲いている菜の花は、多すぎても困らないので、
数合わせとして使われるのだという。

「でも咲いてみると、案外菜の花って悪くないのよ。
ぽかぽかと陽のあたる丘の上にいて、春風は気持ちがいいし、
それになによりあの色。
あの黄色を身にまとうだけで愉快な気持ちになって
つい笑ってしまうらしいのね」

丘の上のバス停で降りると、あたりは一面の菜の花だった。
白いワンピースをひらひらさせて歩くふじこさんの後を歩きながら、
そういえば何年も花のことなんか考えたことなかったな、と思った。
サラリーマンだった父は、ある日突然会社をやめて帰ってきた。
仕事もしないで昼から酒を飲んで家族にやつあたりをするようになった。
家の中は真っ暗。弟が家出をし、母が離婚して、私だけが残った。
脳梗塞で倒れて半年寝たきりになった後、父はやっと死んでくれた。
そのときはしんそこうれしかった。
父の死後、あちこちから借金が出てきた。
私はそのお金を払うために、自分の積立貯金をぜんぶ下して、
退職金まで前借しなければならなかった。
もう一度父に会ったら、一発殴りたい。

ふと思った。
父は花の名前なんか一つも知らなかっただろうな。
神さまに聞かれたときに何か気の利いた答えをしたとはとても考えられない。

そのとき足もとの菜の花の中から誰かが見つめている気配がした。
私が振りむくと、それは目をそらした。

私はしゃがんで、1本の菜の花を指でつまんだ。
「ここにいやがったか」
ぶん殴ってやろうと思ったとき、
その花が気弱そうに笑っているのに気がついた。
父が笑っている。
私もつい笑ってしまった。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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