中山佐知子 2020年12月27日「閏月」

閏月

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

明治になるまで日本は月の運行をもとにした暦を使っていた。
毎月1日は新月で月がなく、15日は満月だった。
月の形を見れば今日が何日かわかるのが便利だった。
ひと月は29日か30日で、
一年365日にはおよそ11日足りなかった。
そこで3年に一度、閏月をもうけた。
一年が13ヶ月になるのである。

13ヶ月になるといっても
12月の次に単純に13月を挿入すると
季節があまりにもズレてしまうため、
なるたけ季節に沿う形にしようと努力していたようだ。
それでも閏月のある年は12月に立春が来たりした。

さて、そんな旧暦によると
今年2020年は閏4月があった。
5月22日が旧暦の4月30日に当たり、
翌日の5月23日がもう一度4月1日になったのだ。

明治になるまで
日本人はそんな具合に閏月と付き合ってきたのだが、
明治6年、ついに政府は西洋式の太陽暦を採用し、
明治5年12月3日が明治6年の元旦と決まった。
12月はたった2日しかなかった。
役人はこの二日分の給料をもらえなかった。
あまりに急いで決めたので、
すでに発売されていた来年の暦は紙屑になり
出版元は甚大な損害を被った。
12月は忙しい月だ。
挨拶まわり、大掃除、正月の準備。
スポーツや様々なイベント。
すでに決まっていた予定はどうなったのだろう。
2日しかなかった12月の
残り29日分の予定はどうやって辻褄を合わせたのだろう。
私はそれが知りたい。

Tokyo Copywriters’ Street
来年もよろしくお願いいたします。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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岩崎亜矢 2020年12月20日「ある男の転職について」

「ある男の転職について」 

    ストーリー 岩崎亜矢
       出演 遠藤守哉

 この仕事を辞めよう。彼は思った。
 男の仕事は、配達業だ。
しかし、“配達業”と一言で片付けられるほど、
それは簡単な業務ではない。
なんせ、世界中の子どものいる家に出向き、
一軒一軒、届け物をしなければならないのだ。
それも、たった一晩で。
そもそもが無茶な話なのだが、
彼の太っちょのボスは「不可能なんてない」が口癖。
まあ結局、毎年1軒も漏らさずに、
きっちりと配達しているわけなのだが。
 もちろん、子どもたちの喜ぶ顔は嬉しいし、やり甲斐は大きい。
配達が終わってからのひと月は、特別休暇だってもらえる。
しかしそれを省けば、1年のほとんどは、
1晩で配達するための足腰を鍛えるトレーニングに始まり、
おもちゃの手配、新しい子どもの名簿作成、
あるいは、子どもから大人になった人の卒業リストを整理など、
やることは多岐に渡る。
また、品行方正でいなければならない、というルールもある。
子どもたちの夢を壊さぬよう、酒・タバコ・賭け事の類は一切禁止。
万が一、事故を起こす危険性もあるからと車の運転も禁止。
そのほか、SNSでの発言にもチェックも入れられるし、
付き合う仲間にも口出しをされる。
また、配達では戦場を回ることもあるので、
一通りの戦闘訓練も受けなければならない。とにかく、ヘビーなのだ。

 この仕事は、子供の頃からの夢だった。
面接でボスと初めて顔を合わせた瞬間、
憧れの人に出会えた喜びと緊張から倒れそうになったことを、
男は、昨日のことのように覚えている。
なにもかもが新鮮で、ワクワクして、ドキドキして、
毎日はあっという間に過ぎていった。
気づけば、男はすっかりベテランになった。
若くてイキのいい新人は、毎年入ってくる。
いつまでこの仕事を続けるのか。いや、続けられるのか、
そんな思いが頭をもたげた。
家族との時間を優先して、新しい仕事を始めるべきかもしれない。
今年の夏が過ぎた辺りから、その思いは一層強くなっていった。 
 ボスに、なんて告げようか。きっと落胆するだろう。
感情的になるだろうか。
あんな穏やかな彼を怒らせたり悲しませたりするのは、
想像するだけで気が滅入る。
けれど、こんな思いを抱いたまま、この仕事を続けるわけにはいかない。
それは、ボスにも仲間にも子どもたちにも失礼なことだから。
 男は、今年のクリスマスを最後に引退することを決意をした。

 クリスマスプレゼントの配達は、キリバスから始まる。
ここは、太平洋に浮かぶ島々から構成された国で、
世界でいちばん早く朝を迎える国であり、
また、クリスマス島のある国としても知られる。
ここから世界中をぐるっと回りながら、
的確に、そしてスピーディーに配達を進め、最後はアメリカ領サモアへ。
そして、旅は終わる。
とはいえ、配達が終わってもすぐには家に戻らず、
1年の苦労を分かち合うために皆で祝いの酒を酌み交わすのだ。
年に一度、この仕事に関わる関係者すべてが、唯一酒を飲める日。
彼は、この日にボスに打ち明けようと決めた。
酒が入り、ややほぐれた状態であれば、きっとうまく伝えられるはずだ。

「ボス、話があるんです。」
打ち上げがひと段落した頃を見計らいボスに声をかけると、
ボスはたっぷりとした髭を触りながら、「今年もお疲れ様」と
男のグラスに酒を注いだ。
「あんなことが起きて今年はどうなってしまうのかと思ったが、
どの子どもたちも元気そうで何よりだったな。」
「そうですね。世界で同時に起きた危機でしたからね。大変な年でした。」
「こういう時こそ、我々の仕事の真価が発揮されるんだ。
僕らが届けるのはおもちゃだけれども、
本当に届けているのは笑顔や心からの安心なのだから。」
「だからこそ、戦場へも回るんですよね。」
「当たり前だ。戦争が日常という子どもにこそ、
僕らのプレゼントを届けなくちゃいけないんだ。
そもそも戦争というのは大人たちのエゴで……」
 ボスの話に、どんどんと力が込められる。
自分の話題にどう持って行こうかと男が思いあぐねていると、
そろそろスピーチの時間です、と仲間がボスを呼び出し、
そのままパーティーは最高潮の盛り上がりを見せ、
そして、お開きとなった。

 男は、飲みつぶれてしまった仲間たちの身体を慎重に避けながら、
散らかった会場をあとにし、とぼとぼとロッカールームへと向かった。
休暇が明けたら、真っ先にボスを呼び出そう。
そして自分の思いを、率直に話すんだ。
彼のことだ、きっと分かってくれる。まあ、時間はかかるかもしれないけれど。

 くたびれたロッカーの前に立ち、いつものようにダイヤルを回し、
扉を開けた瞬間、思わず声が出た。
「なんだ?」そこには、見慣れない簡素な箱。
おそるおそる取り出すと、さほど重くはない。
このご時世、正体不明の届け物には用心するに越したことはないが、
ここは職場のロッカー。
このクリスマスオフィスのセキュリティは、かなり強固だ。
大丈夫、酔った誰かのほんのいたずらだろう。
思い切って、その箱を開けてみたところ、
そこには手紙が入っていた。差出人はなし。
男は、ビリビリと封を破いた。

やあ。52年と156日間、これまで本当にありがとう。
君のおかげで、真っ暗な夜道も、深い霧も、吹雪でさえも、安心して先を急ぐことができた。
その真っ赤に光る鼻とタフな足腰のおかげで、たくさんの子どもたちを笑顔にできたんだ。
長いこと縛りつけてしまい、本当にすまなかった。
楽しい時間をありがとう。君の新しい門出を祝して。僕の最高の相棒、ルドルフへ。

 それは、ボスからの手紙だった。なぜ何も言ってないのに、
僕が辞めようと考えていたと分かったんだ?
……いや、あのボスのこと。それくらいわけないだろう。
それは、この僕が一番わかってることじゃないか。
世界のヒーローであり、不思議な魔法使いであり、人生の憧れの人。
サンタクロースに、不可能なんてひとつもないのだから。
 ボス・サンタクロースとのこれまでの日々を振り返り、
流れ落ちる涙を拭こうとしたそのとき、もう一通の存在に気づいた。
先ほどよりもやや丁寧に、男は封を破った。

 君のことだから、まだこれからの進路は未定なんじゃないだろうか。
余計なお世話だとは思ったが、僕が手伝えることはないかと、いちおう目星はつけておいた。
もちろん、引き受けるも断るも、自由だ。東京のことは、覚えてるかい?
あの場所に、東京タワーという建物があってね。
そこで街を照らす手伝いをしてほしい、という話が出ているんだ。
世界的な運動の祭典が中止になるかどうかの瀬戸際だったり、
まあ、最近元気がなくなってきているようでね。
君の力がきっと役に立つだろう。
もちろん、ソリを引くよりは体力は必要ないと思うよ(笑)。めいっぱい、照らしてきておくれ。
サンタクロースより

 「あの、赤鼻のトナカイがやってくるらしい」という噂で、
いま、東京の街は騒がしくなっているという。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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公庄仁 2020年12月13日「娘の手帳」

娘の手帳

ストーリー 公庄仁
     出演 地曳豪

12月になると、つい手帳を見返してしまう。
どの月も、打ち合わせやプレゼンの予定ばかり並ぶ、
特におもしろくもない手帳だが、
数年前から、僕の知らぬ間に、
娘が書いた落書きが残っており、
それを発見するのが楽しい。

ある年の手帳は、ちょうど娘が
文字を覚え出した頃のようで、
まさに釘が折れ曲がったような文字で、
「パパ」
と書いてあるのが読めて、
なんとも愛らしかった。

「パパだいすき」
とでも書いてくれたのだろうかと思い、
じーんとしながら、一文字一文字ゆっくり解読すると、
「パ パ お な ら く さ い」
と書いてあることが判明し、
声を出して笑ってしまった。

いま僕は、家庭の事情で
子どもと離れて暮らしている。
僕は東京、娘は北近畿の小さな山間(やまあい)の町。
新幹線をつかっても、片道5時間。
距離にして500キロ以上はあるだろうか。
子どもにとっては途方もなく遠い距離だ。

あるとき、僕は有給を取り、
娘の小学校へのお迎えに、
サプライズで登場した。
さぞ喜ぶだろうと思ったら、
「なんでパパが来たん?」と、
もう一丁前に覚えた関西弁で、
さらりと答えた。
ずいぶん大人になったものだ。
そういえば、少し背が伸びたように感じた。
友達や先生にバイバイをして、
二人で歩き出すと、
娘は「なんでパパが来たん?」と
もう一度言い、
今度は顔をくしゃくしゃにして、
喜ぶどころか泣き出してしまった。

季節が何度か変わり、
久しぶりに奥さんと娘が東京にやってきた。
楽しく過ごしたが、やはり時間はあっという間に過ぎ、
またすぐに離れる時間がやってくる。

東京駅までタクシーで向かう間、
後部座席では娘が、「ひひひ」と笑いながら、
手帳に何かを書いていた。
見ようとすると、
「ぜったい見たらあかんで!」と
また関西弁で言った。
どうせまた「おなら」だのなんだのと
書いてあるに決まっている。

駅のホームから、西へ向かう新幹線を見送った。
窓越しに、娘は見えなくなるまで、
ずーっと手を振っていた。
とっくに新幹線がいなくなった線路を、
僕はぼんやり見ていた。
また一人になってしまった、と思った。
アラフォーおじさんとはいえ、
久しぶりの一人はやっぱり寂しい。

湿っぽくなるのが嫌で、
さて仕事でもするか、と手帳を開く。
ページをめくると、
「おなら」ではなく、
「パパだいすき」でもなく、
「パパがんばれ」と書いてあった。

寂しさにくしゃくしゃ泣いていた子が、
相手の寂しさを心配できるように
なったのだなあと、感心した。

いつの間にか、文字はすっかり
上手になっていた。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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波間知良子 2020年12月6日「12月の思い出」

12月の思い出

   ストーリー 波間知良子
      出演 西尾まり

ヨーロッパで過ごすクリスマス。
ロマンチックな響き、と思ったでしょう。
でも実際、12月25日のイタリアのその街は、世界の終わりって感じでした。
人はいないし、車もないし、店はどこも開いていない。
誰もいない路上に枯れ葉やゴミが転がっていく。

もちろん噂には聞いてましたよ。
むこうの人たちにとってクリスマスはとにかく家族で過ごすものだからって。
でも、足りない食材を買いに走る人や、
犬の散歩する人くらい、いてもいいじゃないですか。

知らない間に核戦争が始まって、みんなとっくに地下シェルターに避難した。
そんな映画みたいなことを言われても、信じちゃったかもしれません。

同じ宿に泊まっていた男の子は強盗にあいました。
ふだんは賑やかな大通りの真ん中で、リュックとカメラをとりあげられた。
犯人グループ以外、目撃者は誰もいない。
こんなこと言ったら不謹慎だけど、やっぱり何かのショーみたいじゃない?

さしあたっての問題は、食べるものが何もないことでした。
そうはいってもクリスマス、スナックやらシリアルやらで済ませたくはない。
そこで、宿でたまたま出会った日本人4人で街に出ることにしました。
まるで狩りに出かけるような気分です。

チェーン店のひとつくらいやってるだろう。
お腹をすかせた観光客狙いで店を開ける店主のひとりくらいいるだろう。
そう信じてしばらく街をさまよい、やっと一軒、開いている店を見つけました。

それは、インド料理のレストランでした。
考えてみれば当然のことです。
彼らにとって今日はなんでもない普通の日ですから。

白を基調にインド風に装飾された店内は
特別なディナーにふさわしい高級な雰囲気で、
ファーストフードにでもありつければいいと思っていた私たちは
なんだかちょっと気恥ずかしい気持ちになりながら
いくつかの種類のカレー、黄色いライス、焼きたてのナンを食べました。

すっからかんに見えるこの街の、すべての家の扉のむこうでは、
きっと今、何世代もの家族が集まって、ご馳走を取り分け、
ワインを飲み、ツリーを囲んで語り合っています。
暖かい部屋。オレンジ色の光。にぎやかな話し声。
とても信じられないけれど、それは多分本当のことです。
少なくとも核戦争が起きている可能性よりは高い。

いっぽうで私は、インドカレーを食べています。
今さっき出会い、きっとこの先もう会わないであろう人たちと、
クリスマスの日に、遠い異国の地で、また別の遠く国の料理を囲んでいます。
どうしてだろう。どうしてだと思いますか?

ナンをちぎりながら私は、暗闇にぽつんと浮かぶ宇宙船を想像しました。
誰からの交信もなく、どこにもつながっていない。
私たちを気にかける人なんて、この宇宙にはひとりもいない。
今ここに、こうしている必然性が、私にはひとつもない。
でも、とにかく私はここにいます。それだけが本当のことです。
いいえ、寂しいとか、悲しいとか、虚しいとかじゃないんです。
これってなかなか素敵なことだな、と思ったんです。

翌日の街は何事もなかったかのような賑わいで、
混み合う食堂で焼きたてのピザを食べていると、
昨日の出来事はすべて夢だったのかもしれないと思えてきました。
でも、たとえそうだとしても、何も変わることはないと思いました。

これが、私の12月の思い出です。
いちばん奇妙で忘れられない、クリスマスの思い出です。

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

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