ストーリー

公庄仁 2017年9月10日

1709kujyo

「9月の転校生」

      ストーリー 公庄仁(くじょう ひとし)
         出演 地曳豪

2学期の始まりと同時に、東京からの転校生がやってきた。
都会からきた女子というだけで、中学2年の男子たちは皆そわそわした。  
「白石すみれです。よろしくお願いします」
それは、久(ひさし)が生で耳にする初めての標準語であった。
テレビの中の芸能人と同じ話し方だった。
だいたい「白石すみれ」という名前自体、
この村にはいない洗練された名前であると思った。
しかし、何より久が驚いたのはすみれの顔である。
すみれの顔は、猫であった。猫のような、ではない。
猫そのものであった。顔中フワフワした白い毛で覆われており、
ヒゲのピンと伸びた口元は、可愛らしいふぐふぐであった。

ω

すみれは、久の隣の席に座った。
久は、すみれから目を離すことができなかった。
担任の先生が、「こら久、ジロジロ見んでねえ。
東京の女子がそんなに珍しいのがぁ?」
と冗談を言い、クラス中がどっと笑った。
すみれが猫であることに関しては、誰も関心を持っていないようだった。
まだこの学校の教科書を持っていないとのことで、
久は机をぴたりとつけ、教科書を見せてやった。
すみれは「落書きばっかりだね」と笑った。
猫が笑うのを久は初めてみた。

ω

その日以来、久はすみれのことが頭から離れなくなった。
勉強は元からできなかったが、サッカー部の練習さえ、
ろくに集中できなくなった。
家にあった分厚い百科事典をいくら眺めても、
二足歩行で学校に通う猫のことは書いていなかった。
友達にすみれのことをいくら話してみても、
芳しい答えは返ってこないどころか、
「おめ、白石のこと好きなんでねのが?」などと濡れ衣を
着せられるところであったため、話題は封印した。
久は独自に調査を開始した。
家から持参した鰹節を給食に大量に散らしては、すみれの様子を伺ったり、
通学途中のあぜ道で引っこ抜いた猫じゃらしを、
授業中、机の上でパタパタさせてみたりした。
しかし先生に叱られるばかりで、すみれは一向に反応せず、
「何バカなことやってんの」と東京弁で言い、また笑った。

ω

すみれは、顔ばかりか腕も足も猫であった。
肉球が邪魔をして持ちづらいのか、
いつも机の下に鉛筆やら消しゴムやらを落とした。
ふと、セーラー服の下はどうなっているんだろう、と久は思った。
ある日、3時間目の国語の授業中に、すみれがまた鉛筆を床に落とし、
拾おうと体を屈めたとき、胸元を見るチャンスがあった。
けれど久はなんだかいけないことであるような気がして、
咄嗟に目をそらしてしまった。
すみれは「見たでしょ」といたずらっぽく笑ったが、
久は慌ててぶんぶんと首を横に振った。

ω

久が半袖シャツから詰襟の学生服に袖を通す頃には、
もはやすみれが猫であることはどうでもよくなった。
その代わり、すみれは休日には何をしているんだろうとか、
どんなマンガが好きなんだろうとか、
そんなことばかりが気になるようになった。
両親が離婚して母の故郷であるこの村へやってきた、
というもっともらしい噂があったが、
真偽を聞くことはもちろんできなかった。
百科事典で「猫」を調べるかわりに、
いつしか「恋」という項目を調べるようになった。
外ではいつのまにか金木犀の香りがした。

ω

「白石すみれです。よろしくおねがいします」
まだ蝉の鳴く9月。転校初日のすみれは思った。
「なんでこの学校の生徒は、誰も疑問に思わないんだろう。
どう見てもこの男子は……犬だ」
すみれを見つめる久の、ふさふさの尻尾がブンブンと振れていた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

波間知良子 2017年9月3日

1709namima

8月32日

    ストーリー 波間知良子(ちよこ)
       出演 石橋けい

9月が消えた。突然だった。
もしかしたらもっとずっと前にいなくなっていたのかもしれないけれど
8月が終わるまで誰も気づかなかった。

実を言うと僕はときどき9月の悩みを聞いてやっていた。
8月の次という順番のせいでいかにみじめな思いをしているか
というのがそのおもな主張だった。

9月はいつも、美人でスタイルもいい同級生の隣に
引き立て役として並ばされているような居心地の悪さを感じていたようだ。

8月はあまりにも特別だ。
海。プール。花火。スイカ割り。入道雲。セミの声。
甲子園。キャンプ。盆踊り。アイスクリームにかき氷。
長い夏休みのなくなって久しい大人も
8月と聞けばときめきや解放感を感じるし、
そうでなくてもまぶしい夏の思い出のひとつくらいは
誰もが持っているだろう。

それに他の季節とは違って、夏は終わりの日が決まっている。
どんなに暑さが続いても、台風がいくつ来ても、
夏は8月31日で終わり。9月1日からは秋だ。
暦の上での立秋とは違うもっと感覚的なものとして
それは日本人の中に刷り込まれている。

冷酷に振り下ろされる夏の終わりは
むしろ人々の心をうっとりとさせる効果を持つ。
現実の日々に急に放り出された人々は
8月への郷愁を抱きながら9月をやり過ごそうとする。
9月1日を、8月32日などと呼んで。

9月はいつも、自分とデートしているのにもかかわらず
美人でスタイルのいい同級生の話ばかり聞かされているような気持ちがしていた。

近頃の異常な夏の暑さで8月の人気が下がると期待したが、
当然9月も暑くなった。
「もう9月なのに夏みたいに暑い、勘弁してくれ」などと言われ、
いよいよ自分が何者なのかわからなくなった。
人々は夏が続いていて欲しいのか。秋を求めているのか。
自分はいったい夏なのか。秋なのか。どこを目指せばいいのか。
アイデンティティの喪失。

9月はいちどゆっくりと自分を探しに行きたいと言った。
僕は9月には9月のいいところがあるじゃないか、
もっと自分に自信を持って、と励ましたが、9月の決意は固かった。

8月と9月の間について、
つまりは夏と秋の間について考えるとき、
いつも思い浮かべるものがあるの、と9月は言った。
地球が球体であると証明される前に
この世界の想像図として描かれていた円盤状の地球。
円盤の淵からは海水がこぼれ落ちている。
こぼれ落ちた先は描かれない。
もうそこは地球ではないから。
8月31日の淵からは夏がこぼれ落ちてくる。
でももうそこは夏ではないのよ。

そうして9月はどこかへ行ってしまった。
政府は応急処置として8月を1カ月延長することに決めた。
8月32日が、本当にやってきた。

石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2017年8月27日

nakayama1708

天の川

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

むかし天武天皇が壬申の乱の戦に勝利したことを感謝し、
吉野の奥の山の麓に社を建てた。
社には伊勢の荒祭宮の瀬織津姫を祀り
その社の名を天安河(あまのやすのかわ)の宮と申し上げた。
すると付近を流れる熊野川の源流は天ノ川(てんのかわ)と呼ばれ、
ここに地上の天の川が出現したのである。

天ノ川(てんのかわ)は深い谷を穿って蛇行し、
地表に湧く泉の水、崖から落ちる滝の水を集めて流れた。
人が住まない秘境であり、聖地であるゆえに
水は一度も人の手が触れたことがなく
これ以上ない清浄な水だった。
天安河の宮の瀬織津姫は水の神であり、
穢れを祓い浄める神だったのである。

吉野から熊野に至る大峰山脈の稜線を
龍の背中を渡るようにして歩く修行者たちは
この土地に来ては
夏冬変わらぬ水温10°Cの湧き水で身を浄めた。

やがて修行者のための宿ができ、村になった。
空海が籠り、道長が参詣し、西行は歌を詠み、
南朝の帝が隠れ住んだ。
たどり着くだけでも容易ではない山奥のそのまた奥の天ノ川は、
不思議とそのときどきの権力宗教と結びつく。

なぜだろうと考えたことがある。
天武天皇は再起をはかってこの地へ来た。
道長は政権争いの渦中にあった。
西行は世を捨てて生まれ変わった。
もしかして、この水はリセットの水なのか。

夜空を横切る天の川を盥の水に映して眺めれば
盥の大きさの宇宙ができる。
地上の天の川、天ノ川(てんのかわ)は盥に映した宇宙、
縮小された宇宙。
だから人はその川の水で禊ぎをおこないリセットをしたのか。

それを思うとき、1000年の昔の科学の暗がりの
美しさと心地よさに触れた気がする。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

玉山貴康 2017年8月20日

tamayama1708

「天の川に平和を願って」

       ストーリー 玉山貴康
          出演 遠藤守哉

 ケチャへロイ、
キビビンナレキョンタロ、
イイタンカチョコチョンサエ、
ホクソモクスミダ、

ボージャナチレンゼリー、
トーナプンチョン、
ピンナルンリョクチャタレカ、
マチワレピーサガビカゴワ、
ヨリチョチンサーイル、
ニッポンダイスキ、
ケントリーシイテチュゲソー、
ニソーシキスミダ、
 
チョソンゲンイオンソンバランチョンセー、
チョサンガンイーサランドンケンデン、
チェグンスンダラミダ、
ハットキーミンテーキンシミダー、
ソワジデケビンソッコイナー、
スシダイスキー、
トーハルハヨ、
チョンセゲーチッコリヌルン
ハンセンジゲーイルンスミダ、

チナンパグルサイリ、
オンジョンセジョーキナンサグルパジョー、
ラーメンダイスキ、
イルンカッダルキ、
チョットーバルンハンギリミダ
イービルグリンイワンチョッカダワヨー、
マンガダイスキー、
マウンチリンサングリョー、
ケーコクチンジアゴ、
アニメ、ゲームダイスキ、
チャンダミヤンモンキムサンダルン、
カラオケダイスキー、
トゥチエーホカングルドッビルミン
ハナミダイスキ、
イービンキミー、
(OLしていきながら)
オンセンダイスキ、
ニホンシュダイスキー
フジサンダイスキー、
テンプラダイスキー

Na 人類に必要なのは、
   ミサイルよりも、スマイルだ。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

Tagged: , ,   |  2 Comments ページトップへ

ポンヌフ関 2017年8月13日

amanogawa

天の川  

     ストーリー ポンヌフ関
        出演 原金太郎

頬杖をついてソファーに座っていると、女は
「天の川って七夕の夜だけに見えるの?」と聞いてきた。
「流星群ではないから空気が澄んでいれば年中見える」と教えてやると
「織姫と彦星って、年に一度しか会えなかったら、その夜は凄そう」
などと云う。
「その年が雨だったらキャリーオーバーね、
 我慢できなくて浮気とかしちゃうよね」
と続けてきた。

私は、その手の話は嫌いだが
ぺちゃくちゃとしゃべりながら、ちょっと首をかしげて人を見る癖は、
昔飼っていた文鳥を思い出し愛らしい。

「おまえは文鳥のようにかわいいところがあるのう」と云うと

「アタシ、文鳥より猫が好き」と云う。

「猫なら私も飼っておる。しゃべるんじゃ」

「わかった!おかえり、とかいうんでしょ」「ンニャエリ」「オニャエリ」
と声色(こわいろ)を使って繰り返す。

「いや、吾輩は猫である、なんて云うんじゃ」
「やだ、夏目漱石でしょ、それくらいアタシだって知ってる」
「おや、なぜ私の名前を知っておる?」
「もー、あ、おじさん夏目漱石を意識してるんだぁ、その髭似合ってるよ」
と、私の髭に触ってきた。

「おっと、いかんいかん、こんなことをしてる場合ではない」
「私は今日大量の血を吐いて死ぬかもしれんところなんじゃ」
「えー、なんで来たの?帰った方がいいよ」と急に私を出口へといざなう。

「お金?もう財布から抜いてあるから大丈夫」

「さようなら、先生」

「さようなら、もう会うことも無かろうが楽しかった」と告げると

女は目尻と口元に笑みをたたえて
「また会えるよ」と云う
「また来年織姫と彦星みたいに会えばいいじゃない、・・・待ってるよ」と
殊勝なことを云う。

思いがけず私の頬に涙が一筋流れるのを認めた。
会ったばかりのろくでもない女にこんな感情が湧くとは。

「じゃあ、また来年」と云って指切りをした。

「ところでここは何処なんじゃ?」
「バカねえ、キャバクラに決まってるじゃない」
「おー、鎌倉か!修善寺までは遠いのう」

女と別れて歩き出すと満天の星空に気づく。

別るるは 夢一筋の 天の川

こんな句が口をついて出た。

と同時に、目が覚めた。
私は死の淵から生き返ったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

別るるは 夢一筋の 天の川
夏目漱石四十三の年、修善寺の大患で生死の境をさまよった時に
詠まれた句と云われている。

出演者情報:原金太郎 03-3460-5858 ダックスープ所属
動画の絵:ポンヌフ関

 

Tagged: , , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

直川隆久 2017年8月6日

naokawa1708

星の下で寝ること

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

野宿ってしたこと、あります?
おれ、一度やってみたことがありましてね。

大学時代に、東北に旅行に行ったんですよ。
え?いや。一人で。
8月頃。
遠野とか、いろいろ、いくつかまわって。
だいぶ記憶がおぼろげなんだけど…
でも、その野宿のことは妙にはっきり覚えてるんですよ。

あれは何日めだったかな…秋田駅…だと思うんだけど、着いたのが夜で。
駅でると、ちょうどいい感じに涼しくて、星もきれいに見えてね。
ふと、天の川の下で寝るのもオツだなあと思ったんですよ。
よし、じゃあ、きょうはもうこのまま野宿といくかと。
え?いや、なんかね、その時期、学生でしたからね、
旅行は貧乏旅行じゃなきゃいけない!っていう、
ま、へんな思い込みがあったんですよ。
だから「どっかでいっぺん野宿するぞ」ってあらかじめ決めてた…のかな。
今思うと、よくわからない決意なんだけど。
で、ウィスキーの小さいボトル買って…
いや、ほら、貧乏でも、体はあっためたいからね。
ま、あと、入眠剤替わりに。
そうそう、一番安いの買って、駅の外のベンチに横になったわけです。
で、まあ、ちびちび飲んで…12時くらいかな、いい具合に眠気、来て。
目つぶったんだけど…

こわいんだよね。
こわいんですよ。
やっぱり、寝るって…寝て、目つぶっちゃうって、
究極の無防備じゃないですか。
あ、こんなにこわいもんか…と目閉じて初めてわかったな、あの感じは。
足音がむこうのほうでするでしょ?
とさ、いちいちどきっとするんですよ。
こっちに向かってくるんじゃないかな、とか。
警察かな、とか。
強盗かな、とか。
昼間、電車の中で寝るのは、それは、抵抗ないんだけどね。
夜、自分だけが路上で寝てるってのは、感覚が別次元だなと。
というか、まあ、自分の神経の細さにびっくりした。

できそうでできない、ってことですよ。

それ考えると、ホームレスの人たちって、
やっぱり、あんまり夜よく寝られないんだろうね。
うん、乱暴な連中に襲われるとか、実際あるでしょ。ねえ。
いくら慣れたって、やっぱり、安眠はできないですよ。

それと…一番自分でも意外だったのが、
星が目の前にあるっていうのは、意外と落ち着かないんだよね。
なんていうか…空って、底なしでしょ。
いや、こっちが空の底にいるとも言えるんだけど、
まあ、宇宙には別に上も下もないから。ね?
むこうが底ともいえるわけですよ。
ていうか、むしろ、底がないわけだよね。
果てしなく、ずっと、空間が続いてるのって、
やっぱりこれも、ちょっとこわいんだよな。

昔の人間は、みんな星の下で寝てたわけでしょ。図太いよねえ。
でも、もう、おれたちにはできないですよね。
え?わたしはできます?
さあ。どうかな…どうですかね?

星の下で寝る、ってのは言葉としてはさ、ロマンチックだけどね。
そういうロマンチックをやるには、
もう神経が過敏になりすぎてるんですよ。ワレワレは。
これは、人類という種にとっては大きな退化なのではないか…
ていうと、大げさですか。

出演者情報:遠藤守哉(フリー)

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ