2017 年 3 月 のアーカイブ

森由里佳 17年3月19日放送

170319-08

出会いと別れ 人生と川

 瀬をはやみ
 岩にせかるる滝川の
 われてもすゑに
 逢はむとぞ思ふ

川の瀬の流れが岩にせきとめられて割かれてしまうように、
わたしとあなたも離れ離れになってしまった。
それでも再びあなたに逢えることを信じています。

詠み手は、崇徳院。
別れざるを得なかった恋人との再会を願う歌だと言われている。

崇徳院の、愛する女性への想い。
それはまるで、川の流れのように激しく、
透き通っていたに違いない。

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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-01
yamada*
春の妖精 二輪草

春の妖精と呼ばれる草花がある。
英語ではspring ephemeral、春の短い命。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

その仲間の一つ、二輪草は背丈20センチ。
ひとつの株から2本の茎を伸ばして
小さな白い花を二つ咲かせるから二輪草。

この花には一輪草という仲間もいて
北原白秋はこんな詩を書いている。

 真実さびしき花ゆえに
 一輪草とは申すなり
 一輪咲いたが一輪草、二輪咲くのが二輪草

とはいえ、早春の落葉樹の森へ行くと
一輪草も二輪草も
命の短さを知るかのように
何本も何十本も、ときには何百本も寄り添って
いたわり合って咲いている。

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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-02
Oryzias
春の妖精 カタクリ

春の妖精と呼ばれる草花がある。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

その仲間で一番知られているのは
カタクリかもしれない。
日本の各地に群落があり
季節になると花の便りがニュースになる。

江戸時代の探検家松浦武四郎は
北海道の食用植物として
「山慈姑」という名前を挙げ
カタクリとルビを振っている。

花が咲くまでに8年もかかるカタクリは
その貴重なデンプンで人々を養っていた。

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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-03
biscorogus
春の妖精 エゾエンゴサク

春の妖精と呼ばれる草花がある。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

エゾエンゴサクもその仲間で、
森に背の高い草が生える前に
10センチかそこらの小さな茎の先端に
2センチほどの花をつける。
その花がお天気によって
赤紫に見えたり青紫に見えたりする

エンゴサクは花も葉も根も食べられるが
環境を保護する人たちから
せめて根っこは残しておいて、というお願いを
ときどき見かける。

確かに、妖精たちが消えた春はあまりにも寂しい。

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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-04
bastus917
春の妖精 アズマイチゲ

春の妖精と呼ばれる草花がある。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

 にんじんは 明日蒔けばよし 帰らむよ
 アズマイチゲの花も閉ざしぬ

アララギ派の歌人土屋文明(つちやぶんめい)の歌は
アズマイチゲの特徴を歌っている。
アズマイチゲが花を開くのは天気のいい昼間だけ。
曇りの日も雨の日も、つぼんでいるし、
日暮れにはさっさと花を閉じてしまう。

春の晴天の日しか咲かないアズマイチゲ。
そのせいか、地方によっては
花を摘むと雨が降る雨降り花と呼んで
子供が摘まないように呼びかけているそうだ。

春のはかない命に人もやさしい。

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厚焼玉子 17年3月18日放送

170318-05
titanium22
春の妖精 バイモ

春の妖精と呼ばれる草花がある。
その名の通り、春まだ浅い野山に咲き、
初夏の日差しを浴びる前に姿を消す。

母の貝と書いてバイモ。
ほっそりした茎に百合に似たうつむきかげんの花が咲く。

中国原産で、日本には江戸時代に渡来したと言われているが
平安時代の辞書「和名抄」にすでに名前が出ているから
実はもっと古いのかもしれない。

万葉集の防人の歌にも「母という花」が出てくる。

 時々の花は咲けども何すれそ 母とふ花の咲き出来ずけむ
 (ときどきの 花はさけども 何すれぞ 母とふ花の 咲きでこずけむ)

母という名の花が咲いていたら一緒に連れて行きたい。
そんな気持ちが込められた、ちょっと切ない歌。

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澁江俊一 17年3月12日放送

170312-01

路上の行方

今日は小説家、
ジャック・ケルアックの誕生日。

彼の小説「On the road」が描いたのは
サル・パラダイスとディーン・モリアーティ、
二人の若者のアメリカ放浪の旅。

様々な風景を持つ
広大なアメリカでクルマを走らせ、
ここではないどこかを目指す旅の途中で、
多種多様な価値観や恋と出会う。
その路上にこそ、人生の輝きがある。

その旅に全米の若者が熱狂し
ジム・モリソンやボブ・ディランなど
数多くの表現者たちに大きな影響を与えた。

主人公たちが最後に目指したパラダイスは、
メキシコだった。
その国境に壁をつくろうとする
アメリカという国は
これから、どこを目指そうとしているのか?

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澁江俊一 17年3月12日放送

170312-02
mdalmuld
助手席のケルアック

今日は小説家、
ジャック・ケルアックの誕生日。

小説「On the road」では
ドライブやヒッチハイクで
アメリカ中を放浪した
主人公のサルとディーン。

クルマがもたらす移動のスピードが
疾走感ある文体にも強く影響している。

しかしケルアック自身は、
死ぬまで運転免許を持とうとしなかった。

助手席から眺めるアメリカの自然や
移り変わる街並みに想いを馳せるほうが
運転よりもはるかに
好きだったのかもしれない。

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澁江俊一 17年3月12日放送

170312-03

ケルアックの夢

今日は小説家、
ジャック・ケルアックの誕生日。

アメリカ中の若者が熱狂した
彼の小説「On the road」を実は
ケルアック自身が映画化しようとしていた。
彼が出演を依頼したのは
当時人気絶頂だったマーロン・ブランド。

ケルアックは手紙を送ったが
ブランドは断り、映画化は実現しなかった。

その後落ち目になったブランドを
ゴッド・ファーザーで帰り咲かせた
フランシス・フォード・コッポラが
「On the road」の映画化に挑んだ。

1979年に映画化権を獲得した
コッポラだが、なんども企画を重ねて
ようやく公開できたのは
出版から50年以上経った2012年のこと。

その間にアメリカは大きく変わり
若者の価値観も変わった。

もしも、ブランドの主演で
当時のアメリカで映画化されていたら。
原作を超える名作が、生まれていただろうか。

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澁江俊一 17年3月12日放送

170312-04

ケルアックと仲間たち

今日は小説家、
ジャック・ケルアックの誕生日。

1957年に出版された
「On the road」の大成功で
時の人となったケルアックのまわりには
「裸のランチ」の作家バロウズや
詩人のギンズバーグなど
切っても切れない仲間がいた。

ときに驚き、ときに笑い、ときに憤る。
友と語り合いながら
あてもない旅を繰り返す。
彼らは自らを
ビート・ジェネレーションと名乗った。

一人ではできないことも、
仲間とならできる。

友情を超えた魂のつながりこそ、
当時の若者たちを動かしたビート世代の
いちばんのメッセージかもしれない。

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