小野田隆雄 2008年7月11日



その駅をおりて

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

 
その駅をおりて、
恋びとたちは、
夏の日の午後、
遠い森に出かけていく。
ふたりの愛のために。
生垣(いけがき)には
キョウチクトウが白く咲き、
公園では
ブランコがひっそりと
昼寝をしている。
暑さと暑さのあいだの、
ぬるま湯のような空気を
かきわけるようにして
ときおり、自動車が、
とおりすぎる。
どこかで、カナリヤが鳴いている。
少女が、ピアノをひいている。
モーツアルトの、
ひとつの、かわいい小夜曲(さよきょく)。
ふたりの影は
アスファルトの上に
抱きあうように
かげろうにゆれて。

その駅をおりて、
少年が走る。
いちょう並木がゆれ、
空は夕風(ゆうかぜ)の青さのなかを。
少年のひとみにある、
うすくれないの涙の色を、
おとなたちは
忘れてしまった。
記憶の波が
少年に手をのばし
さけばないその心は、
石だたみを数えている。

その駅をおりて、
さいはての国にゆく。
そして、さいはての星をみる。
海にあるのは波ばかり。
空にあるのは風ばかり。
・・・・・・
さようなら、あなた。
片道切符をにぎりしめて
ここまでひとり
やってきました。
楽しかった、多くの時(とき)を
やさしかった、多くの場面を、
ほんとうにありがとう。
でも、わたしは
すこしおとなになりました。
もう、これ以上、
わたしのために、
ピエロになってくださらなくても
いいのです。
この頃(ごろ)、ずっと、
感じていました。
あなたのピエロのまなざしが、
どこか遠い、
私の知らない世界を
見つめているのを。
ですから、これからは、
ふたりで同じ列車に
乗ることはないと思う。
そして、同じ駅で
おりることも。
このちいさな駅に
片道切符でおりました。
あんまりさみしいので
フローラルブーケの
オーデコロンを、
ほんのすこし、つけました。
今夜は、この港の民宿で
子供のように眠ります。
もしも、出来ることなら、
うまれた町の夢でも
みられたら、いいな……

その駅をおりて
夢の浮橋(うきはし)をわたれば、
そこは、ふるさと。

ふるさとは、今日も
麦秋のなかにねむっている。
誰かが、そっと
白い涙を流している。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2008年7月4日



  
この駅で君と待ち合わせて

                    
ストーリー 一倉宏                      
出演  坂東工

  
携帯電話が発明されて メールが発明されて 人間たちは 
携帯電話の鳴らない メールの着信しない さみしさ を 
発明してしまったんだね すこしまえ 留守番電話が発明
されて 用件のない日の さみしさ が発明されたように
郵便さえ 手紙の届かない さみしさ の発明だったかも
しれない だから むかしがよかった というのではなく
こうして この駅で君と待ち合わせて いることが 僕は 
好きだ それはきっと 変わらない 誰だって こうして
現れるひとを待つことは 現れるひとのいることは ただ 
むかしなら 10分でも20分でもへいきだった いまは 
携帯電話のつながらない 心配 も 発明されてしまった 
から どうしたのかな まだ電車のなか なのだろう と
思いつつ 待っている 変わらない たとえ何が発明され
たって もうすぐ 現れる君を待っている この人ごみに 
君を探す リアルな時間が 僕は好きだ ちょっと遅れて 
ちょっと心配して でも現れる きっとすぐに駆けてくる 
その確かさが 手をのばせば さわれる君の 手をとって 
あるきだす あれこれ迷う 君の買いもの 君の気にいる 
そのシャツの そのてざわりや えりのかたち そういう 
ことの ひとつひとつが かけがえのない 消去されない 
まいにちになる 目の前にある てざわりのある 時間の
ひとこまひとこまが 誰だって 欲しいんだ ほんとうは
だから こうして この駅で(…それにしても 遅いな)

出演者情報:坂東工

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2008年6月27日



僕の言葉が雨になったら
                 
                
ストーリー 中山佐知子                   
出演 大川泰樹

僕の言葉が雨になったら
蝶はジグザグに飛んで森へ隠れる。
僕の言葉は捕虫網ではないのに
蝶はどうしても雨が嫌いだ。

僕の言葉が大粒の雨になったら
秒速9メートルの早さであなたを襲う。
ドアをたたくような大きな音を立て
傘の骨をひしぐほど強い力で打ちかかる。
泥水をはね返しサンダルの足に食らいつく。

僕の言葉は拳ではないのに
誰もが身構えようとする。

僕の言葉が雨になったら
僕の言葉が霧のような雨になったら
風にのって空に漂い
隠れた蝶を見つけることができる。
その羽根を湿らせることもできる。
濡れて体温を奪われた蝶は
太陽に温まるまで飛ぶことができない。

縁の下の仔猫の毛も冷えきって
餌を稼げないツバメは巣に帰れずに震えている。

僕の言葉で血を流す人はいないのに
誰もが青ざめた顔になる。

僕の言葉が雨になったら
もし僕の言葉が雨になったら
ピッタリ閉ざした窓も
固く閉まったドアもやすやすと通り抜け
どんなに厚い壁もじわじわと湿らせながら
あなたが逃げ込む小さな家で
きっとあなたをつかまえる。

僕の言葉が雨になったら
耳を塞ぐその指を冷やし、閉じた目の睫毛を震わせ
髪から雫のしたたるまで
きっとあなたを濡らしつづける。

あなたにはもう乾いた明るい場所はどこにもなく
あなたを守る傘もない。
僕の言葉はきっとそんな雨になる。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  1 Comment ページトップへ

神谷幸之助 2008年6月



老人と雨

                     
ストーリー 神谷幸之助
出演 竹下明子

「あなた、いい天気ですねえ。
わたしたちの結婚式の日みたいですねえ。
わたしは雨が好きだから、雨が降ったってよろこんでいたら
みんな変な顔してましたよね。

ふたりで傘をさして庭で結婚写真を撮りたいって言ったとき
みんなびっくりしていたけれど、
撮ってよかった。
白無垢と紋付袴の相合い傘の結婚写真って、いまでも大好き。
こんな結婚写真、誰も持ってないもの」

「いい雨。
どしゃぶりは気持ちいい。
一番好きな曲は「雨の日と月曜日は」
そう、カーペンターズ。
「雨に唄えば」は、能天気すぎて好きじゃなかった

子どもが生まれたときも幸せな日だったけれど
おもえば、結婚式の日が一番うれしい日だったなあ。

いろんな反対があった。
何度もいろんな人にアタマを下げて
嫌な思いも山のようにして、
やっと結婚できたからね。
あれから50年。あっという間だったわね。

あなた、あなた・・・
もう、
すっかり物忘れが進行しているのね。

あなた聞いてるの?
え、
『きょうの晩ごはんは、鮎が食べたい』ですって?」

    アナウンサー:
    「ここからふたつのエンディングをお楽しみください。
     まず、エンディング/タイプAをどうぞ」

「『きょうの晩ごはんは、鮎が食べたい』ですって?

ふー。(ため息)
しっかりしてください・・

わたしは、この世にはもういないのよ。
2年前にお陀仏したの。忘れたの?

わたしもあなたと
夕ご飯もう一回一緒に食べたいけれど、
もう叶わないのよ。

私が死んだ事も、忘れちゃったのね。
ああ、もうそろそろ行かなくっちゃ。
あの世からこの世には、一度しか来れないんです。

『生まれ変わったら、もう一回あなたと結婚したい』
って、最期にいいそびれたから・・
それを言いに来たの。

雨が降ったら、わたしのこと思い出してね。
それじゃあ、元気でね。ばいばい」

    男性:次のエンディング/タイプBをお楽しみください。

「『きょうの晩ごはんは、鮎が食べたい』ですって?

ふー。(ため息)
馬鹿も休み休み言いなさい・・ははは

わたしは、この世にはもういないのよ。
あなたが殺したんじゃない!
あなたが保険金欲しさに、手をかけたんじゃない!

私を殺したことも、忘れちゃったのね。
今日は、あなたが死刑になる日と聞いて
そのもがき苦しんで死ぬ姿を
よーく見物しようとあの世から来たのよ。
裁判の日から今日まで待った、待った。

ほらほら、始まったよ。
そうそうそのわっかに首を入れるのよ・・・。

この世で死刑になったら、
あの世でもう一度殺してあげる。

生まれ変わったらもう一回結婚して
もう一回殺してあげる。

むこうで待ってるからね。
それじゃあ、元気でね。ばいばい」

出演者情報:竹下明子 03-5481-5801 アクトレインクラブ

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

小野田隆雄 2008年6月13日



琴を教える老女が語る傘の話

            
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳        

 
畳叩いて、こちのひと
悋気でいうのじゃないけれど
一人でさしたる傘ならば
方袖ぬれよう筈はない
トコトットット。

このおかしな歌は、明治時代の
はやり歌で、ラッパ節と申します。
えっ、わたくしの
子供の頃の歌かって? そんな、あなた、
それでは、わたくし、
百歳をこえてしまいます。
幼少のみぎり、祖母から
聞いたのでございます。
トコトットット、このはやし言葉が、
なんとなく、兵隊さんの
ラッパの音色に
似ていますでしょう?
はぁ?歌の意味がわからない?
ああ、そうでしょうねえ。
平成の御世ですものねえ。

ここにね、好きあって一緒になった
夫婦がいると、おぼしめせ。
ところが、殿方というものは、
ときおり浮気の虫に誘われる。
ある雨の夜のこと。
ご主人がいつになく、
遅く帰ってきました。
「いやぁ、ひどい雨であった。
 吉田の家で、傘を借りてね」
などと、ぶつぶつ、いいわけをいう。
そこで、奥方、たまらずに、
悋気の炎を燃やします。
つまり、ヤキモチでございますね。
やおら、きちんと坐りなおし、
畳をポンと叩いて、問いただします。
「まあ、あたな、しらじらしいこと。
 おひとりで傘をおさしになったのなら、
 なぜ、方袖ばかり、
 こんなに濡れるのでございます?
 どなたか、粋なお方と
 相合傘だったのでございましょう?
 わたくし、おさきに、
 やすませていただきます」……
ま、こんなあんばいでございます。

 ところで、あなた、
相合傘って、ご存知?
そうそう、殿方と御婦人が
ひとつの傘に入ること。
あれは、なかなか、
乙なものでございました。
 
 例えば、雨の銀座の柳の下を
殿方の番傘に入れてもらって
歩きますとね、
傘に当る雨音が、あたたかく聞える。
ときおりは、柳の枝が
傘の上にサラサラ鳴る。
㊚「濡れませんか。
冷たくはありませんか。
さ、もっと、こっちへ」
㊛「ハァ、いいえ、どうも、
おそれいります」
 すると、私の肩が、
 殿方の肩に触れる。
 ギュッと、あたたかい感触が
こちらに伝わってくる。
㊚「香水をお使いですか。
いい香りがする」
などと、いわれると、
もう、たいへん。……

おや、まあ、ごめんあそばせ。
わたくしにも、若い頃が
あったのでございます。
あら、雀が鳴き始めました。
ようやく、雨もあがったようですよ。
今日は、雨のおかげで
昔話を聞いていただけました。
あなたは、お若いのに
お琴がお好きなんて、
ほんとうに、うれしい。
はいはい、それではまた来週。
ごきげんよう。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

*「のんちゃん」ファンのみなさま、Tokyo Copywriters’ Street ライブに
 ご来場くださってありがとうございました。

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2008年6月6日



できることのなかでいちばんよいことをする
               
ストーリー 一倉宏
出演 水下きよし

 
あれは 雨の降る日曜日だった
私は 妻とスーパーマーケットから帰ってクルマを降り
傘を開き 荷物を下ろしたその直後…
彼女が威勢よく閉めたドアに 指をはさまれ
悲鳴をあげた

その夜 私の右手中指は 一晩中泣いていた
私もまた 怒りながら笑いながら 泣いていた

翌朝 病院に駆け込み事情を話すと
医者も 同情と微笑みを浮かべながら 私に訊いた
「それで 昨夜は どうされましたか?」
「とにかく とりあえず グラスに詰めた氷で冷やしました」
と答えると 医者は うなづきながらカルテを書きながら
「そうですか それは… 
できることのなかでいちばんいいこと を 
されましたね」と 言ったのだった

そうか… 
痛みに耐えられず ほかにどうしようもなく
ロックグラスに氷をいっぱいに詰めて 泣く指を冷やした
あれは できることのなかでいちばんいいこと だったのか

できることのなかでいちばんよいことをする

それから私はときどき この経験を思い出すのだ
しんみりと 雨の降る日と
こころの 泣きたい夜には…

上司が ただ
威厳を示したかったのか 機嫌がわるかったのか
誰も幸せにしない 思いつきを口にしたとき

あるいは
取引先の担当課長が 週末を費やしたプレゼンテーションに
「こんなところですか 検討しますよ…」と
資料を流し見て 立ち上がったとき

「ごくろうさま」のひとこともない 上司に
「ありがとう」のひとことも言えない 取引相手に
 
情けなくて 悔しくて 
こころの 泣きたい夜と
しんみりと 雨の降る日には…

左手にカバンを持ち 右手に傘を差して
あのときの痛みを思い出してみる

そうだ それでも
できることのなかでいちばんよいことをしよう  

左手に情けなさを持ち 右手に悔しさを握りしめて
繰り返し 思い出してみる

だけど それでも
できることのなかでいちばんよいことをするんだ
絶対に 私は

どんなに こころが泣いても…
おたんこなす

出演者情報:水下きよし 花組芝居

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ