「雨音がそうさせる」 久世星佳

『雨音がそうさせる』

   久世星佳

雨が降りしきる朝

外から
ミャーウ ミャーウと
愛らしい声が聞こえる。

「今日は雨だよ。
 お家の中にいるの?
 それとも外?」

付近のお宅の猫かもしれない。
それともお腹が空いて
外猫が鳴いているのか・・
外に出て確かめようと思うが
もし、びしょ濡れで佇む猫を見たら・・
余計にいろんな思いが駆け巡る。

「もし困っているならここまでおいで。
 本当にここに辿り着いたら・・」

そんな事を思っている間に
鳴き声は消えていた。

「そうか、良かった。」

安堵と共に
ほんの少しの憂いが残った。

作・出演:久世星佳  ARTScompany https://earts.jp/artist/seika-kuze/

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「さくら」久世星佳

「さくら」

久世星佳

この時期特有の荒天が明けて
桜の花はどうなったかな・・
との思いに耽る晴天の午後。

今年の東京は
日の光を存分に浴びた
柔らかな桜色を愛でる時が
殊の外短かかったような気がする。

寒さで震え、貧血でも起こしてるんじゃ?

そんな気さえしてしまう
儚さに輪をかけた色白の桜。

それでも
目に入れば見上げていた。
道行く人々も
同じように見上げていた。

こんなに見上げられる花は
そうそう無いだろう。

がんばれ

そんな声が
あちらこちらから
聞こえる気がした。

出演者情報:久世星佳

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Tomorrow is tomorrow

Tomorrow is tomorrow

久世星佳

あなたの中には
一本の木が生えてるのを知ってる?

日々の出来事に思いを巡らせ
思わずため息をついた時。
ぼんやりと ただ地面を見つめてる時。
自分に向かって話されてるはずの言葉が
嘘のように右から左に抜けていく時。
ああ、なんて自分はダメなんだ・・
と思った時。

けれどいつか
明日こそは・・
と思えた時。

あなたの中に生えてる木が
嬉しそうに枝葉を伸ばし出す。

明日なろう
明日なろう

明日こそは・・。
.
出演者情報:久世星佳

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ただ踏みしめた

☆ただ踏みしめた

   文・声:久世星佳

天気の良い日。

ひたすら歩きたくなって
スニーカーを履いて街に繰り出した。

こういう日は
大きく両腕も振って歩きたい。
だから、お供は控えめな斜めがけバッグ。
うん。いいね。

両手が塞がってないというだけで
こんなに自由な気がするんだ。

時折吹く風を受け止めたり、軽く押されたりしながら
普段通らない道を進む。

へー、こんなところに公園があったんだ。

ちょっとした緑道を抜け、
日の光をいっぱいに受けた広場に出た。
いいねー。ブランコもある、乗っちゃおうかな・・
そう思い一歩を踏み出した。

あ・・。

踏み出した先に広がるのは
舗装された地面ではなく、むき身の地面。
ああ、今 大地の上に立っている。

やけに嬉しくなり、
ニンマリしながら佇んだ。
.
出演者情報:久世星佳

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波間千良子 2024年2月25日「桃」

   ストーリー 波間知良子
      出演 久世星佳

遠くの左から流れてきたわたしは
そのまま右へと流れて行きました
あのひとの手が滑ったのかもしれないし
わたしがするんとかわしたのかもしれない
ほら、ふいに手を繋がれたって事実を
ただ手が触れただけって上書きするみたいに
大事なのは流れを止めないこと
止まらない限り何も決まってしまわないから
ちびちびした産毛の感触だけ残して
わたしもうちょっと先に行きたい

上手に流れるコツは体の力を抜くことです
学校ではそう教わりました
いっしょうけんめい練習しました              
あらかじめ決められた物語に乗るために
でもわたし本当は泳ぎ方を教わりたかった
指先まで力をいれてバタバタと水しぶきをあげて
行きたい方へと勇敢に進む方法を
みんないったいいつ誰に教わったんだろう

となりをあれが追い越していきました
あれっていうのはそうそう、iPhone
iPhoneって泳げるんですよ
『「設定」をひらいて、「泳ぐ」をオンにしてください』
そういえばむかしおばあちゃんが言ってた
この先のずっと先のどこかに彼らの大群がいて
水族館のイワシショーみたいにギラギラとうねってるって
さっきのあの子はフィフティーンだから
ずいぶん早くにここへ来たのね
もしかしてもしかすると
自分で飛び込んだのかもしれないね

波がどんどん高くなってきました
真っ暗で何も見えないけれど
これまでよりもずっとずっと広い場所に来たことはわかります
お尻の傷に海の水がしみて
いま生きていることがわかります
どんぶらこ、どんぶらこ、
わたしはわたしの鬼を退治に
大事なのは流れを止めないこと
まだ何も決まってはいないから



出演者情報:久世星佳  https://seika-kuze.com/

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久世星佳「憂いなる左手」

憂いなる左手

     作・出演:久世星佳

友人たちとの食事中
私はお箸の扱いが下手だという話になった。
「そうそう、この間書き物をしてる時にも
 不思議なペンの持ち方するなーって思って見てたんだよね。」
友人の一人に言われる。

そうなのだ。
祖母や母から
「お箸の持ち方が下手だと恥ずかしい思いをする」
と幼い頃から結構厳しく言われてきた。

が、なんとも右手が不器用で
どんなに頑張っても俗に綺麗と言われる扱いができない。
平たいお皿に乗った春雨の最後の数本や
ぺたんと張り付いた薄切りの野菜など
手で摘んだ方が早いんじゃないか
と思う程 もたつく。
きちんとした和食屋さんのカウンターに座る時など
予めお店の人に
「私、お箸の持ち方が下手なんです。ごめんなさい。」
と白旗を振っておく。
ペンや鉛筆も然り
ものすごい垂直持ちで文字を連ねる。
どうかすると垂直の向こう側にペンが倒れる勢いだ。

そんなことを思いながら
「そうなんだよねー、昔左手で試しに書いたりお箸使ったりしたんだけど
 そっちの方がなんだか上手だったんだよね。
 本当は左利きだったのかも。靴履くのも左、荷物持つのも左だし・・」
それを聞いたもう一人が
「それってもしや、天才型ってこと?
 最近言われてるよ、左利きに天才が多いって。」
そうなのか、天才なのか私は・・。
なんとも心くすぐられる天才という響き。
いや、ちょっと待て。

以前、母に
「ごめんね、私、やっぱりお箸ちゃんと持てずに大きくなっちゃった」
と詫びたら
「あら、私も本当はちゃんと持ててないわよ。実はパパも持ててないの。
 上手い事、誤魔化してるのよー」
きちんとお箸を操っているように見えた姉まで
「私もちゃんと持ててないよ」
たった四人家族でこれなのだ。
この勢いで行くと
世の中天才で溢れ返ってしまう。

そんなことを思いながら
右手に比べ
おとなしそうにしている
左手を
マジマジと見つめるのであった。
.
出演者情報:久世星佳

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