小野田隆雄 2007年2月2日



チョコレートの香り

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳     

帰りこぬ 昔を今と 思い寝の
夢の枕に におうたちばな

もう帰ってくることのない
あなたと過した楽しかった日々を
思い出しながら眠ったら、
初夏(はつなつ)の短い夜の夢に
あなたが戻ってきてくれました。
けれど、うれしさに目覚めて気がつくと、
枕元になんとなく
たちばなの香りが
ただよっていたのです。

帰りこぬ 昔を今と 思い寝の
夢の枕に におうたちばな

この歌は、平安時代の
神さまにつかえていた女性の歌です。
ですから恋をしたとしても、
きっと秘められた恋だったのでしょう。
神さまにつかえる女性は、
人間の男に恋をしては
いけなかったのです。

この歌をミルクチョコレートに添えて
あなたに贈ります。
あなたは、もう忘れているでしょうね。
三十年も昔のことですもの。
中学一年生の私を
高校一年生のあなたが、
伊豆のみかん山に連れていってくれた日。
学生服のポケットから
ミルクチョコレートを出して
歩きつかれた私に、半分くれた。
それは、どきどきするほど甘かった。
隣の家の生意気なお兄さんが、
初恋のひとになりそうだったのに、
あなたの家は鹿児島に引っ越してしまって、
二、三度、桜島の絵ハガキが届いたきり。
そして、今年のお正月、
おどろいたなあ。
あなたが高校のサッカー部の監督になって、
全国大会の決勝に出てくるなんて。
だから、なつかしさをいっぱい、
ミルクチョコレートをいっぱい、
高校の住所に贈ります。
サッカー少年たちにあげてください。
そして歌だけは、あなたに贈ります。
私のこと?
広告代理店につとめています。
そうですねえ、
ギリチョコ贈る相手なら、
たくさん、いますけどね。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

小野田隆雄 2007年1月19日



雪の絵日記

                 
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳        

絵日記の白いページに、
黄色い色が、あちらこちら、
こちょこちょと塗ってあるのは、
雪をかぶって咲き残る菊の花。

絵日記の白いページに、
緑色の、ほそ長い雲みたいな形が
互いちがいに書いてあるのは
雪の山のヒマラヤ杉。

絵日記の白いページに、
うすい灰色の足跡が、
消えそうに書いてあるのは、
出ていったまま、帰ってこない
忘れっぽい男の、長靴のあと。

この絵日記を、船に乗って南の島へ
行ったあなたに、船便で送ります。
もしも、受け取って返送しても、
絵日記は、私の所へは戻らない。
あなたは、わからないでしょうけど、
番地がちょっと違っているのです。
受け取って、読んでくださったら、
細かく切って、海にバラバラと
まいてください。
南の魚たちが、たわむれに
つまんで食べて、北国の風邪でも
ひいてくれないかな、と思っています。

絵日記の白いページに
ふんわりと水色の煙が書いてあるのは、
ふたりで飲んだ、マツリカ茶の湯気。
あの時は、
カップの中に、ふたりとも
マツリカの花がひらいたのにね。

絵日記の白いページのまんなかに、
赤い丸が書いてあるのは、
わたしの心。
ずいぶん恋もしてきたし、
だまされたり、だましたり、
もう慣れっこになっているから、
センチメンタル・ジャーニーなんて
ワインに酔った、そのときだけの、
つかのまの気まぐれ、それだけのこと。
私は、しっかり、生きていきます。
では、あなた、さようなら。
外では、雪もやみました。
凍りつくような、星空になりました。
さようなら。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

小野田隆雄 2006年12月15日



年上の女と黒いマフラー

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳    

男と女がいたの、昔、昔のお話よ。

冬の始まる頃の寒い夜、ふたりは、
彼女の、板ぶき屋根の小さな家で逢った。
その家は、信州の片田舎の、
宿場町のはずれにあって、
大きな欅(けやき)の木が何本も何本も
街道沿いに続いていた。
それでね、ふたりの夜が更けてきた頃、
急に男が立ちあがり、旅仕度をして、
わらじをはき始めたの。

「今夜のうちに峠を越えないと、
明日のたびが辛くなるんだ、
わかっておくれ」
男はそういった。彼は行商人で、
明日は北の国へ遠出をする。
そのことは女もわかっていたわ。
でもね、その夜は、どうにも寒くて
寂しくて、かなうことなら、朝まで
一緒にいて欲しかったの。

外では風まで吹き始めて、女は、まだ
十七歳になったばかりだったのね。
「また、七日もすれば戻ってくるから、
もう、遠い行商には出ないから。
それじゃあ、な」
そういって男が、戸をあけて外に
出ようとする時、板ぶきの屋根に
なにかが当たる音がした。
「おや、雨かな」と、男が言った。
「いいえ」と、女が言った。
「雨ではありません。あれは、
枯れ葉が屋根に当たる音です。
こんなに木枯しも吹くのですもの。
木の葉だって、飛びますわ。
でも、今夜は、十六夜(いざよい)。
きっと、夜道は明るいでしょう。
どうか、あなた、お気を・・・・・」
お気をつけて、と言おうとしたけれど、
急に涙が出て来て、女はうつむいた。
その言葉を聞くと、戸口にかけていた
手をはずして、男は言った。
「外は寒そうだ。明日、日の出に出かけよう」

・・・・・ねえ、洋(ひろし)、こういう男も
昔はいたのよ・・・・・
でも、洋は帰っていっちゃった。
しかも、私があげたカシミヤの
黒いマフラーまで忘れてさ。
突然だとママが心配するからだって。
一人前の男なのに、しょうがないね、
あいつは。でも、こんな寒い夜に、
風でも引かなきゃ、いいけれど・・・
なんだか、年上の女って、気苦労ばっかり・・・

(ケータイのコール音)
はい。なんだ、洋か。
えっ?終電に乗り遅れた?
それと、なんだか首筋が寒い?
あたりまえでしょう。ひとがあげた
マフラー忘れていくんだもの。
帰ってらっしゃい、すぐに。
なーに?よく聞こえないよー。
タクシーのお金、足りそうもない?
もうっ!
運転手さんを連れて、帰ってらっしゃい!

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ