水下きよし 「しあわせの味」

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しあわせの味・上(水下きよし七回忌特集 )

   ストーリー 直川隆久
   出演 水下きよし

津田は、スーツのポケットの中で鍵束をじゃらりと鳴らし、
由貴子の部屋の鍵を手探った。  
一週間ぶりにあの女と顔を合わせる瞬間、どういう態度をとったものか思案する。  
開口一番怒鳴るべきか。だが、日頃大きな声を出し慣れてもいない。
声がうわずって間抜けな調子に見えてしまっては損だという気がする。
まさか刃物まで振り回しはしまいが、逆上して大声でもだされては面倒だ。
やはり強い態度ででるのはやめておこう。  であればにんまりと笑いながら
「あのさ。家に電話かけてきちゃ、だぁめ。ね?」というあたりが
体力的にも経済である。
怒らず。どならず。そうすれば根は素直な由貴子のことだ。
こちらの人間的スケールに感動さえおぼえるかもしれない。  
一石二鳥だ。そうしよう、と津田は心を決める。

5階で停止したエレベーターを降り、右手に曲がる。
由貴子の住むコーポの廊下は宅配便の配送センターに面していて、
トラックの出入りがよく見渡せる。
最近のネット通販には注文日当日届けというサービスまであるらしい。
以前なら、日本中に翌日荷物が届くということだけでも十分に驚異だった。
それが今や「当日」である。
えらいことだ。
世の中のサービス競争がどこまですすむか、それを思うと津田は半ば呆然とする。
果てしなく競争し続けられる人間しかいわゆる勝ち組になれないとしたら、
自分はどうなのだろう?
とはいえ津田はそれ以上考えを深めることもしない。
まあ、面倒なのだ。

津田という人間は簡単に言って、人生における当事者意識というものを欠く男だった。
先週、奥山由貴子が自宅に電話をかけてきたときも、
いつになったら一緒になれるの、とすすり泣く由貴子の相手をするのが
だんだん億劫になり、だまりこんでしまった。
面倒ごとがおこったときは、とりあえず考えることを停止し、
最終的には都合のいい結果を誰かがもたらしてくれるのを待つ。
そんな姿勢で四十数年生きて来た。そしてその戦略は不思議にも
それなりの結果をおさめてきたのだった。
だから今日ここに来たのも、みずから積極的に問題を解決するつもりというよりは、
そろそろ自分の顔を見せれば由貴子も機嫌が治るのではないかという
ある種の楽観からだった。

奥から2軒目。鉄のドアの郵便受けに、水道工事屋のチラシがつっこまれている。
鍵をとりだす。
そのとき背後から
「津田さん」
と声がした。
「お。奥山くん。お」
と津田があわてるのを見て、奥山由貴子はふふ、と照れくさそうに笑う。
黒いカーデガンをはおり、サンダル履きの素足が寒々しい。やせたようにも見える。
「でかけてたの」
「うん。これ買いに行ってたんです」
と由貴子が片手はポケットにつっこんだまま、スーパーのレジ袋をがさりと掲げる。
黄色い中華麺の袋がふたつ入っているのが透けてみえた。
「…今日ぐらい、来てくれると思ってた」
そう言いながら、奥山由貴子が体を津田のほうへ押し付けて来た。

その服の奥の、体の柔らかみを感じながら、津田は思い出している。
たしかに、津田と奥山由貴子の関係はラーメンからはじまったのだった。
奥山由貴子は津田の職場の派遣社員だった。
会話の流れからお互いラーメン好きと知れ、
津田が自分のブログを教えた。その翌日由貴子が
「津田さんのラーメンブログ、ステキです~ 
 ラーメンの印象をタレントにたとえるのがオリジナルですね!
 こんど津田サンの生コメントききたいです!」というメールをよこしてきた。
津田は、お、と思った。そういうことか、と。
津田の後ろでコピー機が空くのを待つ由貴子が、
いつも妙に体を近づけてくるな、とは思っていたのだ。
 奥山由貴子がそれほど美人でもないことがやや不満だったが、
逆に「この程度の女なら、それほど男への要求も高くはあるまい」
という自信を得た津田は、由貴子を食べ歩きにさそいだした。
二人は昼休みのラーメン屋探訪を重ねる。
ラーメン屋で、津田は饒舌であった。さしたる投資をせずとも、
誰でもがもっともらしいことを語れるのがラーメンのよいところだ。
津田のラーメン批評に感化されたのか、由貴子がときおり
「食べるって、つまり愛なんですよね」などと芝
居がかったセリフを言うのには鼻白んだが、
脂にぬめった唇を舐める由貴子の様子を眺めると、津田は興奮した。
外出は夜に時間を移し、さらに――と、あとはよくある話だ。
二人は男女の関係になり、二年がすぎる。

しかし――というべきか、やはり、というべきか――津田には妻子がいた。
二人の将来についての津田の考えを由貴子がおずおずと訊いてくるたび、
津田は言葉をにごして時間がすぎるのを待った。
そうしていると、きまって由貴子のほうから、
「ごめんなさい、へんなこと言って。忘れて」と謝ってきた。
由貴子は津田にとってたいへん都合のいい女だった。
由貴子のそんなところが、津田は好きだった。
だが先週、不穏な波風が立った。
由貴子がビーフストロガノフにはじめて挑戦したのだが、
料理好きの彼女のわりにはできが悪く、津田は半分残したのだった。
どうしたのと訊く由貴子に、まずいから、と正直に答えられず、
帰ってから妻のつくる料理を食べなければならないからだ、答えてしまった。
 
不用意な一言が、おさえにおさえてきた感情を決壊させたのか――
津田が自宅に戻ったころを見計らい、由貴子が半狂乱で電話をかけてきた。
 その後の顛末は先ほどの通りである。連絡をとらぬまま一週間をやり過ごし、
ほとぼりがさめた頃とふんだ津田は、今、ふたたび由貴子の家の玄関にいる。

津田がドアを開けると、何かあたたかな料理の匂いが漂って来た。玄関でかがみ、
靴ひもを解く。紐の先がほつれているのに気付く。
妻に言って買っておいてもらわないと―
「何かつくってるの?」と顔をあげて津田が訊く。
「わかります?」
「ラーメンのスープつくってるんです」
「ラーメン?家で?」
「津田さんの一番好きなものを、自分の手でつくりたいって思って、挑戦したの」 
背中をむけたままで由貴子が言う。
「味見してくれます?」
そう言って、少し顔を赤らめて由貴子は靴をぬぎ、あわてて津田の横をすりぬけた。
かわいいことを言うじゃないか。
津田は、テーブルにつき、料理ができるのを待った。
鍋の湯気でほどよくほとびた空気につつまれながら津田は考える。
たしかにおれは、勝ち組じゃない。
でも、平均よりは、ちょっとだけツイてる人生をおくってるのかもしれないな。

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

 

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しあわせの味・下 (水下きよし七回忌特集)

   ストーリー 直川隆久
   出演 水下きよし

津田の目の前に、由貴子が丼を、片手で置いた。
その動作のぞんざいさに一瞬驚く。怒っているのか。
津田は、上目遣いに由貴子の顔をみやる。
しかし、目に入ったのは、屈託のない笑顔。
「サムゲタン風のスープなんですよ」と由貴子が言う。
津田は、ほっとしながら、へえ?と大げさに声をあげてみせる。
「朝鮮人参が入ってるの。最近寒くなってきたでしょう」
「うん――あ、え?朝鮮人参?なんか、すごい、本格的」
「津田さん、先週、ちょっと鼻声だったから」
たしかに、その日は少し熱っぽく、風邪のひきはじめのような感覚がしていた。
――一週間、連絡はとらずとも心配はしてくれていたのか。
妻からは「大丈夫?」の一言もなかったというのに。
由貴子。優しい女だ。
「食べて」

由貴子に促されて津田はレンゲを手にとり、湯気のたつスープを一口すする。
やわらかであたたかいうまみが、口の内側にしみこんでいくのがわかる。
しっかりと時間をかけてとられた出汁。
この間のビーフストロガノフとは随分違うじゃないか。
「おいしい?」
「うん」
「よかった」
「しみるね」
「うれしい」
「味にトゲがない。無化調だね」
むかちょう、つまり化学調味料を使っていない、というラーメン好きのジャーゴン。
妻は知らない言葉。
「鳥のだし?でも、鳥よりこってりしてるね」
「サムゲタン『風』だから」由貴子の顔に頬笑みが広がる。
「次の課題は麺なんですよねえ」
由貴子が津田の向い側のイスに腰をおろす。
「津田さん、わたし、本当に反省しているの」
 津田は麺をずず、とすする。
うん、たしかに、スープはこれだけピントがきたいい出来なのに、この麺はないよな。
スーパーで売ってる蒸し麺じゃさ。と津田は心の中で言う。
「この間はどうかしてたの」と由貴子は続ける。
丼を持ち上げてスープをすすりながら、その話か、もういいじゃないか、
と津田は思う。
「怒ってます?」
「怒ってないよ」
「ねえ、津田さん」
津田は丼から目をあげる。意外なほど近くに由貴子の顔があった。
「津田さんのためにこれからもずっと…ラーメンつくらせてくれる?」
由貴子のしおらしい言葉に、津田はあらためて安堵する。
やっぱり、ちゃんと反省してくれたんだな。それでこそ、由貴子だ。
手軽に会え、うまい料理をつくって待っていてくれる女。
麺も、これから改善されることだろう。
これを、ひょっとすると幸せと呼ぶのかもしれない。
津田はしみじみと、そのありがたみを感じた。

由貴子が笑顔で津田の顔をのぞく。
「津田さん」
「ん?」
「わたしのほうが、奥さんより、おいしい?」
「え」
「あ…ごめんなさい。へんなこと言って」
 由貴子は笑みをくずさない。
「忘れて。もうこんなこと言わない」
「ありがと、由貴子」
津田は、由貴子の手をとろうと、右手を、向いにすわる由貴子のほうへのばす。
――女にはスキンシップが大切だ、と最近読んだ新書にも書いてあった。
だが、目に入った彼女の左腕に、津田は違和感を感じる。
カーデガンの袖の様子が、妙だ。
「由貴子。腕…どうしたの?」
「これ?」
由貴子が左腕をもちあげた。
肘から先15センチほどのところまでは、袖の中身がある。
しかし、その先は…脱がれた靴下のように力なくたれさがっている。
「見つかっちゃった」
由貴子が顔を赤らめる。
「え…?」
困惑する津田に、由貴子は微笑みを崩さず、訊く。
「ほんとに、おいしかった?」
そのとき、さっきから目にしてきたいくつかの情景が津田の頭の中でつながり、
ある予感を…悪い予感を結んだ。
片手でもちあげた、スーパーの袋。
サムゲタン「風」のスープ――
突き動かされるように津田はたちあがり、台所に走る。
背後で、由貴子の声がした。
「ねえ、津田さん、おかわりは?」
答えず、津田は鍋を覗きこむ。
鍋の中には、青ネギとともに、白くゆであがった何かがうかんでいた。

五本の骨が見え、それが…大事なものをつかむかのような形に曲げられているのが見えた。
みぞおちを締め上げられるような感覚に襲われ、津田は、後ずさりする。
その背中に、由貴子のやわらかい体がぶつかった。彼女の両腕が津田の胸に回される。
「おいしかった?」由貴子が繰り返す。
5秒ほど、沈黙があった。
津田はゆっくりと振り返り、由貴子の顔を見る。
「うん」 
津田はうめくように言った。
「手作りだもんな」

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/

 

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直川隆久 2020年2月16日「名前返上」

名前返上

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

いや、やっぱり、どう考えてもしたほうがいいよね。
名前の返上。
今さかんにテレビでやってるでしょ。
名前をさ、国に返上すれば、50万円もらえるってやつ。
来月いっぱいまでに手続きすれば、
さらにAmazonプライムが3年間無料になるって。

なんで国がそんなに躍起になってんのかわかんねえけどね。
ま、名前っていうもんで人間を管理するのがいろいろ非効率ってことらしいね。
同じ名前の人間もいるしね。
漢字とフリガナ、両方要るし。
国民ナンバーで管理したほうが簡単ってのは、ま、そうかな、と思うよね。
だったらもう、名前とかやめちゃおう、ってことなんじゃねえの。

でもおれ思うんだけどさあ、別に、なんの支障もないわけよ。
名前返上したって。
だから、みんなやっちゃえばいいと思うんだ。

今はさ、ネットで買い物するときとか、役所に届とか出すときに、
国民ナンバーと名前、両方を入れるでしょ。
あれ、めんどくさいじゃん。
みんなが名前を返上してさ…
もう、個人の特定のために名前ってものをつかわない、ってきめたらさ…
ネットショッピングで、名前とフリガナを入れる手間がなくなるんだよ。
大きいよ!あれ、ほんとめんどくさいもん。
全角カタカナでフリガナ入れたあとでさ、
半角で入れなきゃダメってのがわかったときのあの徒労感。すごいもん。

要するにさ、番号さえありゃ、事は足りるんだから。

え?日常生活はどうするのか?
いや、ふだんの生活は、
勝手に自分で自分にニックネームつけりゃいいわけだから。
明日から俺のことはタピオカって呼んでください!って
言やあいいんだから。言わねえけど(笑)。

でも、別にそれって新しいことでもないしさ。
オフ会で、ハンドルネームで呼び合うとか、あったでしょ。
本名知らないまま付き合うって、今はよくあるじゃん。
アメリカ行って、急にジミーとかむこうの名前で名乗るやつとかもいるでしょ。
まったくジミーって顔してないのに。
でも、ま、本人がジミーっていうんならジミーなんだろ、って、
そういうことになるわけだよな。むこうでは。
意外と、今までだって適当なんだからさ。
そうやって、みんな好き勝手な名前で生きてったらいいと思うよ。

子どもが生まれたときも、名前であれこれ悩まなくていいんだから、ラクだよ。
プリンでもポチでも適当な名前で赤ん坊のときは呼んでさ。
こどもが大きくなったら自分でニックネーム考えりゃいいんだから。
合理的だよ。

アイデンティティ?
…難しいこと言うね。
自分の名前は、自分そのもの?…ふうん、そんなもんかねえ。
自分そのものなら、自分の好きなようにすればいいんじゃないのかね。
よくわかんねえや。

まあ、そういうわけでさ、やっぱり俺、
来週あたり名前返上してこようと思うんだ。
そうなったら、50万円で何しようかな。
すげえでかい表札買って、そこに、番号彫るか。
意味ねえな(笑)。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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直川隆久2019年10月6日「猫の恩返し(リバイバル)」

猫の恩返し

            ストーリー 直川隆久
               出演 清水理沙

「卒業制作、すすんでますか」
中央食堂前のベンチでコーヒーを飲みながらぼんやりしていると、
見知らぬおやじが話しかけてきた。
いまどきベレー帽にマフラー。油絵科の教授か?にしては、服がぼろい。
いいかげんな返事をしていると、わたしの隣に腰掛けてきた。
「見覚えありませんか」
おやじが帽子をぬぐと、頭に大きなやけどのあと。
そこだけ髪の毛が生えていない。
「…ない。です。見覚え」
「若い頃、あなたに助けていただいたものです。
 ここの学生にいじめられているところを――」
そう言われて、あ、と思った。
3年ほど前、野良猫のひたいをタバコで焼いている映画学科の学生がいて、 
そいつらとものすごく喧嘩したおぼえがある。 
「現代版世界残酷物語を撮るんだ」とかわけのわからないことを言うバカ達だった。
「はい。その猫です」
ええー。なんだ、ずいぶんふけているな。
「すみませんね、猫は歳とるのがはやくて」
「いえ」
「長年このキャンパス内でうろうろさせてもらいましたが、
 残飯の味が悪くなったんで、河岸を変えようかと思いましてね。
 でもその前に一言あなたにお礼が言いたくて」
 
おどろきはしたが、感激はしなかった。
近頃、恋愛も卒業制作も行き詰っているせいで、
心の余裕がなくなってきたんだろうか。
「最後の機会ですから、何かお願いとか、ないですか」
「お願い?」
「ええ、お礼として…ひとつぐらいならなんとかなるかもしれません」
「今月の家賃とか、なんとかなりますか」
「…う~ん…」
猫おやじはかなり長いあいだ考えていたけれど
「…猫なもんで…」と言った。
「いや、まあ、そりゃそうですよね」
「すみません――ヌードモデルとかは不要ですか。デッサンの」
「特に…」
ああ、とおやじは肩を落とした。
「お役にたてること、なさそうですね」
「いいですよ。気つかわなくて」
「あ、そうだ。せめてちょっとした卒業制作のアドバイスをさしあげましょう」
「なんです」
「――あなたの指導担当の岡崎先生はね、4回生の清本さんとできていますからね。
 彼女とテーマがかぶらないほうがいいですよ。
 このあいだ、3号棟の実習室で二人が乳くりあってるのを窓から見てしまいました」
「へえ」
「かぶると、どうしても自分の女のほうをひいきしますから…なんて、
 すみませんね。こんなことしかもうしあげられなくて。さようなら」
「さよなら」
おやじは礼をして、歩き去った。
たしかに、猫背だった。
さて、わたしも恩返しをしなければならない――岡崎先生にだ。
清本と二股かけてくれてて、ありがとう。
これから、彫刻刀を研いで、岡崎の研究室に向かうことにする。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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直川隆久 2019年9月22日「督促」

督促

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

あ、もしもし、田中さんのお宅でしょうか。
川添市立市第2図書館の藤村と申します。

深夜に、申し訳ございません。

用件は、もう、おわかりだと思いますが、
当館よりお借りになられました「括約筋しめるだけダイエット」、
貸出期限を大幅に過ぎております。

7か月と1週間、の超過です。
これで、お電話、10回目となります。

田中さん、ひょっとして、若干、意地になっておられますか。
税金で運営している図書館ごときに、返せ返せと指図されるのは業腹だ、
と、こうお考えでしょうか。
いや、きっと、そう、お考えなのでしょう。
じつは、昨日も、そのようなご意見の方が、おられました。
“なんでリクエストした本が入らないんだ。
 眠たい仕事するな、この税金泥棒“
という貴重なご意見を頂戴しました。

ま、考え方というのは人それぞれです。
市立の図書館の仕事も、対市民のサービス業という側面は確かにございます。

ですが、田中さん。
借りたものは返す。
それは、人としての道義です。
人としての道義に、納税者も公務員も関係ありません。

事ここに至って…
私も、手立てを講じさせていただくことにいたしました。
ついては、
田中さんに「括約筋しめるだけダイエット」を返却いただけるまで、
30分ごとに、こちらにお電話をさせていただきます。

(しばらく間の後)
田中さんねえ。
わたし、もう、我慢しないことにしたんです。

あっちこっちで、堪忍袋の緒を切る音が聞こえるような世の中でしょう。
それで、相手より早く切ったもん勝ちっていう、そういう世の中でしょう。

そんな風潮に流されてはいけない。
そう思って、今日まできました。

でも、わたしは疲れてしまったんです。
だから、もう、我慢しません。

(突如大きな声で)田中!

だれが税金泥棒だ!
おまえが、泥棒、なん、だよ!
借りパクうんこ野郎!

(しばし間の後)

はっはっはっは…

こんなことをしたら、来年の定年を待たずして、クビになるかもしれませんな。
はっはっは…

それでは、次回は30分後の午前1時10分に、お電話いたします。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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直川隆久 2019年8月18日「撃つ」

撃つ

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

ええ。
いや、電話かけてこられた理由は、わかってますよ。
次の出稿、どうするかってんでしょ。
いや、まさにねえ、どうしようかなあ、
と思ってるんですよね。
こないだは、ちょっと…注目率がね。
不満だったよね。
あんまり、戦略的に重要な局面じゃなかったし。
しかもさ、けっこう高度の高いとこで、迎撃されちゃったでしょ。
うちの社名ロゴ、しっかり見えなかったよね。
撃ち損だったよね。あれは。
そんなこともあってさ、
次はもっとデジタルに予算割けっていう突き上げがさ、
きつくなっちゃって。
社内説得の材料が、もちょっとないとさあ。

え?なに?
次は、初めての…なに?
陸地?
え、マジ?
初の、陸地?
国境、超えちゃうんだ?
あらー…、それは…。
マジですか。
テレビ中継は?
ある?生?
特番?
えー、マジか。
それは、注目度高いよね。
え、なに?
もう、手、挙がってるとこがある?
一社提供で?
どこよ。
どこ。
教えてよ。
…え。
またまたー。
カマかけてんじゃないの?
いや、だって、おかしいもの。
あそこ、いま、キャンペーンやるような新商品、ないはずだよ?
え。
マジで?
うーん。
…。
そうか。
(独り言)うちも、「オカカちゃん」で、
秋のおにぎりキャンペーンやるんだよな…
あ、ごめん、ごめん、ちょっと考えちゃって。
うん、なに?
もうひとつ初めて?
ほう。何。
あ、一社提供だと、ネーミングライツも、ついてくるんだ。
あ、うちが好きな名前つけていいんだ。
うーん、いや、それ聞くとちょっと…ぐらついちゃうなあ。
でもさ、でもさ。
…あの。
着弾地って、もう決まってるの?どの辺かって。
…。
え、マジ?
なんか、それ、聞いたことあるよ。
イッテQか、ふしぎ発見かで見たと思うけど。
そこは、人、いないわけ?
「統計上は、人口ゼロ地帯」…?
そうなんだ。
あの、それさ、信じていいのね?
だって、後になってさ、人住んでました、っていうことになったら、
炎上ですまないからね。
爆発だからね。
(笑)ほんとですね、じゃないよ。
(笑)お願いしますよ。

昔はうちもさ、花火のスポンサーとかやってたけど、
ま、あれは、その場で見てる人だけのためのものだもんね、基本。
ミサイルはさ、やっぱり日本人みんなの心をひとつにするもんね。
おれもね、それは理解してるんだよ。
いや、マジで(笑)
おたくに、さんざん洗脳されてきたから(笑)
え、そりゃ想像しちゃいますよ。
わが大東亜食品の「オカカちゃん」のロゴをね、
あしらったミサイルが飛んでいく姿。
たまらないねえ。
1社提供なら、ミサイルのどてっぱらに、単独でどーん、でしょ?
「日本の夢を乗せて飛んでいく、オカカちゃん1号!
さあ、感動はもう目の前だ!
たのんだぞ、オカカちゃん1号!
がんばれ、オカカちゃん1号!
オカカちゃん1号、今!
みごとに!
着弾!
着だーーーーん!!
どーーーーーーーーーん!!
秋の行楽のおにぎりに、
ごはんにまぜるだけ『オカカちゃん」をどうぞーーーー!」
…(荒い息遣い)
あー…ごめん、ごめん。
興奮しちゃってつい(笑)。

あー、でもなー。
あんたも知ってるように、新しい部長は、アナログ懐疑派だから。
あんたの顔を立ててあげたいのは、やまやまなんだけどさ。
…うん。
え、なに?
今日、銀座で?
いやあ、今日はちょっとなあ、忙しくて…
いや、うん。
いや、うん。
うん。うん。
うん。
…まあ、そこまで言われちゃあなあ。
7時?に、じゃあ、いつもの寿司兵衛でね。
あ、いい、いい。
私、予約とっときますから。
じゃあ、7時に。
あ、でもね、こういう接待で発注決めるほど、俺、甘くないからね。
「わかってます」って…もう、あんたがしつこいからだよ、ほんと(笑)
はい、じゃ、失礼しまーす。
…あ、ごめん、でさ、帰り、タク券は大丈夫?
あ、はい、了解でーす。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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直川隆久 2019年7月21日 「水を売る」

水を売る

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

水って、基本じゃん?
人間の体は90%水でできてるわけだからさ。
飲む水が悪いと、悪い体になるし、
いい水を飲めば、いい体になるんだよね。
っていうと、ほら、あるでしょ?
水素水っていうのが。
水素が入った水。
すごい、はやったじゃん。
でも、じつは、もっとすごいものがあるの。
水素よりもっとすごいもの。
わかる?

それって、元素なんだよね。
元素。
元素だよ。
きいたことあるでしょ?
元素は大事なの。
元素はいいんだよ、体に。

元素って、みんな言葉としては知ってるんだけど、
その本当の力を知らないんだよね。
元素ってのは、元気の素って、書くじゃん?
つまりさ、元素が足りなくなると、元気が足りなくなるの。
だから、じつは、イオンなんかより、ずっと元素のほうが重要なんだよね。

むかしの人はね、体の中に元素をいっぱいもってたんだよね。
それがね、現代人は、体の中の元素が少なくなってるんだって。
それって、なんでかわかる?
これ、おれもすごいびっくりしたんだけど…「感謝」なんだよね。
昔の人はね、いろんなことに感謝してたんだ。
太陽、ありがたいなあ。
雨、ありがたいなあ。
ごはんが食べられる、ありがたいなあ。
で、じつは、感謝をすると、人間の脳内である変化がおきんのね。
脳内ホルモンのセロトニンていうのが出るの。
これが、体の中の元素を活性化させるんだよね。
ところが、おれを含めて現代人って、
昔の人とくらべて、感謝をしなくなってるじゃん?いろんなことに。
今は、みんなさ、「わたしがわたしが」「権利が権利が」でしょう。
つまり、自分のことばっかりで、感謝がないんだよね。

そうするとどうなるかっていうと、
脳内ホルモンのセロトニン、これの分泌が減るのね。
で、セロトニンが減ったことによって何がおきるかっていうと、
体の中の元素がね、一酸化元素、っていうのに変化するのね。
この一酸化元素が、じつは、すっごい悪さをするのね。

一酸化元素は、おたがいに、ひきよせあっちゃう性質があるんだ。
アメリカのカリフォルニア大学の研究で明らかになったことなんだけど、
癌細胞の中には、通常の細胞の100倍の一酸化元素があるんだって。
つまり、癌細胞の中の一酸化元素が、ほかの癌細胞を呼んで、
どんどん癌が大きくなっちゃう。
それだけじゃなくて、これは、カーネギーメロン大学の研究で
明らかになったんだけど、
社会的に成功しなかった人の血液の中には一酸化元素が多いんだって。
これは、貧乏の人の一産化元素が、
ほかの貧乏な人をよびやすいせいだろうと言われてるの。
だからこのことによって得られる結論は、一酸化元素が多い人は、
癌にもなりやすいし、貧乏にもなりやすいっていうことなんだよね。

で、開発されたのが、この元素水なの。
元素を、水の中に閉じ込める技術ってのがアメリカで3年くらい前に開発されて。
この元素水っていうのはね、
すっごい、新鮮な元素が入ってるんだって。
いや、もう、すごいらしいんだ。
とにかく、もう、AIでも数えられないくらい元素が入ってるんだって。
これは、飲む価値あると思うんだよね。
毎日この元素水を3リットル飲むと、体の中に、元素が凄く増えるんだって。
おれ、これを飲み始めて、すっごい変わった、と思う。
うん、まず、肝臓の数値が下がったのと、
あと、水虫がきれいになった。不思議なんだけど。
あとね、宝くじに2回当たった。
それも、結構大きな金額。
これも、元素水のせいかなあ、って思ってるんだよね。

で、話きいてみてどう?
なんか怪しいなって思う?

そう。
いや、そうなんだよ。
実際信じられないのは、無理ないと思う。
おれもそうだったもの。
ネット調べても、一酸化元素なんてでてこないしさ。
だから、最初この元素水を先輩から勧められたときも、かなり疑ってたのね。
でもさ、ふと思ったんだよね。
疑うだけじゃ、何も変わらないし、成長もないよね?
だから、おれは、自分で飲んでから判断しようと思ったのね。
それで、一か月飲んでみたの。実際に。

そしたら…飲んでるあいだに、あれ、けっこう、いいこと…あるじゃん?みたいな。
悪いこと、ないじゃん?みたいな。
で、ふと思ったわけ。
飲んで悪いことあるんなら、やめたらいいんだけど、
今のとこないし、それで続ける理由としては十分じゃないのかな。
で、今まで飲み続けてる。
そんな感じ?
だからお前も、自分で判断してほしいんだ。
やっぱり、自分の納得っていうのが、一番だもん。

あ、そう、飲んでみたい?
…うん。ぜひ、飲んで飲んで。きょう、持ってきたんだよね。

どう?
なんか、すごい…やわらかいでしょ。
ね?
なんか、すーっと…すーっと、こう、入ってこない?
浸透圧的なあれが、けっこうあるみたいなんだよね。
うん。
おれはね、いろいろ言ったけど、単純に、おいしいから飲んでる?そんな感じ。

で、この元素水って、まだ日本の代理店がなくて、
アメリカから直で買うしかないんだけど、
1リットル入りのペットボトルで一本1,000円とかすんのね。
でも、それってむずかしいよね?
一日3リットル飲まないといけないわけだからさ。毎日、3,000円だもん。
で、そこでちょっとこのパンフレット見てほしいんだけど、
元素水サーバーっていうのを使えば、水道の水を元素水に変えることができんのね。
これが、今、80万円で販売中…

なんだけど、
なんだけどね。
おれ、実はここのサーバーを製造してるアメリカの会社の
エグゼクティブ・アンバセダー資格っての持ってんのね。
だから、日本の一般の会社には卸せないこのサーバーを、
特別に会員価格で支給してもらえるの。
1台、32万5,000円。
どうかな。
高い?
うん。だけど、でも、これは一生使えんのね。
ていうのは、このサーバーは空気から元素をつくるから。
だから、必要なのは、水道水だけなの。
かかるのは、電気代と水道代くらい。
うん。
もちろんもちろん。
破格の割引とはいえ、やっぱり、金額的には大きいからさ。
ゆっくり考えて。
いやあ、でも、おまえと今日話せてよかったよ。
10年ぶり?
これって、ひょっとしたら元素水がひきよせてくれたのかもしれないよな。

で、話をきいてくれたお礼にさ。元素水の、20ケース、プレゼントさせて。
届けるから。宅配で。
いいのいいの。
こうやって今日、おまえと話せたことへの感謝のしるしだから。
それを飲んだ上で、おまえの答え、きかせてほしいんだよね。
うん。
じゃ、ここに住所書いて?
たぶんね、3日以内には着くと思う。
うん。
いや、今日はほんとどうもありがとう。
これから、また、長い付き合いしていこうぜ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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