中山佐知子 2016年5月22日

1605nakayama

遺言

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

遺言
私の全財産は、使用人に遺す一部をのぞいて
これから遺言
設立する世界ベンチプロジェクトとその活動に
残すことをここに記す。
世界ベンチプロジェクトは世界中の景勝地、
つまり眺めのいい絶景ポイントに
ベンチを設置するプロジェクトとして活動する。

このプロジェクトが発足すれば
人々はデスバレーを見下ろす断崖の上に、
地中海の樹齢千年のオリーブの木の下に、
カトマンズの桜並木に
楼蘭のさまよえる湖の岸辺に
ベンチを見出すようになる。

パタゴニアでは
1日2メートルの速度で湖に流れ込む氷河の上に
ベンチが置かれる。
ホワイトサンズの白い砂漠では
人々は砂に埋もれかけたベンチをさがすことになる。
北欧のフィヨルドの海にせり出した絶壁でも
ギアナ高地の979メートルを落下する滝の下でも
ベンチははるばるやってきた人々を迎える。

やがて、みんなは誰でもわかる簡単なことに気づくはずだ。
絶景だからベンチがあるのではない。
私のベンチがあるからそこが絶景なのだ。
ベンチが風景に評価を下しているのだと。

人々は風景を見に旅をするのではなく
ベンチを見つけに旅をするようになる。
見つけたベンチの数を自慢し、
ベンチがなかった旅は誰も羨ましがらない。

そして10年もすると
ベンチのない場所には誰も行かなくなるだろう。
そのときが来たら
私の愛するあの土地に私の遺骨を埋葬するよう
ここに遺言するものである。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中村直史 2016年5月8日

nakamura1604

「第103代宇宙人司令官による地球侵略作戦」

     ストーリー 中村直史
        出演 大川泰樹

宇宙人による地球侵略計画が進んでいることは、
一部の人間の間では、長い間常識だった。
ただ、宇宙人が地球を侵略している、なんてことを言う人間は、
ほとんどの場合変人扱いされてしまうのと、
それ以上に、宇宙人たちの地球侵略計画が伝統的に「ゆるい」ために、
いまだほとんどの人間は宇宙人を空想的な存在としか考えていなかった。
しかし宇宙人はいたるところにいて、地球の侵略を進めていた。
問題は「伝統的なゆるさ」だ。
宇宙人が最初に地球侵略を始めたのは、およそ10万年前にさかのぼる。
初代の地球侵略担当司令官は、地球征服に必要な時間を
およそ3日とみつもった。最初の見通しから、ゆるかった。
それから、はや10万年である。
宇宙人の侵略作戦の「ゆるさ」は、宇宙人たちの性格によるところが大きい。すぐにワイワイ盛り上がって「それおもしろいじゃーん」で作戦を決めるのだ。たとえば「火の作戦」というものがあった。
無知な人間に「火」というものを与える。
その暖かさに人類は狂喜乱舞して火を使うだろう。
そのうち、人間の住むところだけ火事が多発。
人類は滅び、ほかの地球の資源は保たれたまま、宇宙人の物になる。
「サイコーじゃーん」宇宙人たちは言った。
が、言うほど火事は起こらなかった。
むしろ、人間はうまいこと火を使いこなし、活動領域を広げ進化した。
その後も「気候を変えてみる」やら「隕石をぶつけてみる」という
本格的なものから、「酒を覚えさせる」「不倫を流行らせる」という、
いかにも宇宙人ノリな作戦までいろんな作戦が遂行された。
98代目の宇宙人司令官は、史上初の「ゆるくない」司令官だった。
おかげで宇宙人の間では人気がなかったが、作戦はとっておきだった。
戦争を人類に覚えさせたのだ。
ただの戦争ではない。大量殺戮兵器による世界戦争だ。
これはやばかった。いよいよ人類は滅びそうになった。
が、それも結果的には失敗に終わった。
なんとか人間たちは切り抜けたのだ。宇宙人たちは会議をひらいた。
なぜこんなにも地球侵略を失敗するのか。ゆるい会議だった。
活発なゆるい議論の中で生まれた、ゆるめの結論としては、
「地球の人間っていうのは、宇宙人みたいにゆるくないよねえ」
ということだった。いざというとき、ゆるくない。
なんかこうまじめにがんばっちゃう。それがしぶとい。
宇宙人たちは口々に言った。「かもねえ〜」。
現在、地球侵略計画は第103代地球侵略司令官のもとに進行中である。
これまでの教訓から、宇宙人たちは、
人間たちにゆるくなってもらおうという作戦を立てた。
まじめにがんばっちゃう人間を滅びやすくするためには、
ちょっと「ゆるく」させたほうがいい。
作戦名は「ベンチ作戦」。お気づきの人もいるだろう。
この20年で世界中の街にベンチが増えたことを。
あくせくがんばって困難を乗り切ろうとする人間に、
すぐ座って、すぐ休んで「まあ、てきとうでいいや」という精神を
植え付けるための作戦だ。宇宙人たちは手応えを感じている。
「てきとうでいいや」がいずれ「滅んじゃってもいいかな」という
気分に変わる手応えを。まあそれも、ゆるい手応えなのだが。

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中山佐知子 2016年4月24日

1604nakayama

ウイーンの春は木に咲く花

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

ウイーンの春は木に咲く花からはじまる。
桜が咲き、レンギョウの枝が黄色の花でいっぱいになると
もう4月だ。
木蓮の大きな蕾も膨らむ。

マリー・アントワネットの結婚式も4月だった。
1770年の4月、
花嫁は14歳と6ヶ月、
花婿は婚約者のフランス皇太子ではなく
皇太子と同い年の兄、フェルディナンドが
代理をつとめていた。
王宮の庭ではリラの花が咲いていた。

こうしてフランス王妃になったアントワネットは
迎えの馬車に乗り、フランスに向かった。

57台の馬車と367頭の馬が
まだ少女だったフランス王妃につき従った。
3日目に国境に来た。
国境はライン川の真ん中だった。
その見えない国境を越えて向こう岸に渡ると
フランス領ストラスブールの街だった。

ストラスブールの大学に学んでいたゲーテは
マリー・アントワネットの婚礼の行列が街を行くのを目撃し
馬車の窓越しにアントワネットの姿もかいま見ることができた。
真っ直ぐ前を向いて姿勢正しく座る14歳の少女の姿は
ゲーテの心をとらえ、一生忘れることがなかった。

揺れる馬車の中で
身を固くして座っていた14歳の少女は
こうしてフランス王妃になった。

誰よりも先にフリルとリボンのドレスをやめて
簡素なスリップドレスを着たアントワネット。
濃厚な香りを嫌って
ナチュラルな香水をつけたアントワネット。
コーヒーとクロワッサンを好んだアントワネット。
やがて彼女の好みはヨーロッパ中の貴族が
真似をするようになる。

その中にハンカチーフがあった。
当時のハンカチは形が決まっておらず
四角や三角や、中には丸い形のものもあったが、
このハンカチを正方形の規格に統一したのが
アントワネットだった。

フランスで、ハンカチーフは正方形にすべしという法令が
布告されたのは1785年。
アントワネットがフランスに嫁いで15年めであり、
偶然だが、彼女の愛人と噂されるスウェーデンの貴族、
フェルゼン伯爵がパリに戻ってきた年でもあった。

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中山佐知子 2016年3月27日

nakayama1603

ゴルゴダの丘で

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

ゴルゴダの丘でイエスが処刑された。
エジプトでは世界初の海のガイドブックが執筆された。
ローマ帝国はゲルマンと戦って敗れていた。

ローマでは暴君ネロが皇帝になり
中国では眉の美しい青年が現れ
乱世を平定して英雄になった。

日本から貢ぎ物を持って中国に渡った使者は
「倭奴国王」と刻まれた金印を授けられた。
カトマンズでは秋になると桜が咲いた。

ユダヤ戦争でエルサレムが陥落し
ヴェスヴィオス火山の噴火でポンペイは滅亡した。
ローマでは完成したばかりのコロッセウムに
早くも落書きをした奴がいた。

中国に仏教が伝わり、
ペルーではナスカ文明がおこった。
メキシコでは太陽と月のピラミッドが建設された。
日本では倭国の大乱と記される大規模な戦争の後
卑弥呼が王になった。
シルクロードの絹は同じ重さの金と取引されていた。

さて、そんな頃だった。
日本の八ヶ岳の南の麓に一本の桜が芽を出した。
ふるさとのヒマラヤを出て
長い長い旅をする間に
桜は秋ではなく春に花を咲かせる智恵を身につけていた。
おかげで桜は種をまく時期を教える木だと言われた。
桜が切り倒されずに生き延びたのは
農業の守り神という信仰のおかげだったかもしれない。

100年がたち、1000年が過ぎた。
そしてまた1000年。
気がつくと、桜は神代桜と呼ばれ
日本でいちばん古い桜になっていた。

桜の季節に楽しい花見を。
樹齢2000年、日本でいちばん古い神代桜は
今年も花をつけています。

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中山佐知子 2016年2月28日

1602nakayama5

フキノトウを食べたい

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

暦が春になると
川べりに積もった雪に小さな穴ができる。
その穴に手を入れてそっと雪を掻き分けると
フキノトウが見つかった。
芽を出したばかりの固い蕾のフキノトウ。
母はそれを台所に持っていき
茹でて刻んで味噌と突き混ぜて食膳にのぼせた。
そうだ、あのフキノトウを食べたい。

雪の穴が少し大きくなると、耳を近づけてみる。
囁くような水音が聞こえた。
ああ、雪が溶けている。
雪解けは雪の底から始まるのだ。
フキノトウの呼吸が雪を溶かすのだ。
それは景色であり、音楽であり、詩でもあった。
思えば、あのフキノトウをもう一度食べたい。

17歳で船に乗り、大陸に渡って長安の都に来た。
試験に受かって官僚になり、皇帝に仕えた。
長安の都には遥か西からも南からも人と文化が集まってくる。
そこは世界最大の国際都市だった。
まるで竜宮城にいるような数年が過ぎた。
詩人の李白くんと友だちになった。
それにしても、あのフキノトウを食べたい。

ある日、皇帝から帰国のお許しが出た。
しかし日本へ向かう船は嵐に遭って遭難し、
遥かベトナムまで流されてしまった。
詩人の李白くんは私が死んだと思って七言絶句の詩を詠んだ。
3年かかって再び長安の都に帰りついたとき、
皇帝は私の身を案じて
二度と日本に帰ろうとするなとお命じになった。
しかし、あのフキノトウを本当に食べたい。

長安の都に骨を埋めることになっても
あのフキノトウをもう一度食べたい。

皇帝の宴会料理はときとして100に及ぶ。
世界から集まってくる山海の珍味。
そしてエキゾチックなスパイスの数々。
この国の文化は壮大で豪華だ。
この国の人々は春の盛りを愛し、花ならば満開を愛し
満足の上に満足を重ねる。
それでも私はあのフキノトウを食べたい。

凍てつく寒さがほんの少し緩んだ頃に
雪をかき分けて探す、
あの親指の先ほどのちっぽけな春の芽生えを
もう一度手にしてみたい。

天の原、ふりさけ見れば 春日なる…
フキノトウを食べたい。

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中山佐知子 2016年1月31日

1601nakayama

暗殺者は思った

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

美しい少年だ、と暗殺者は思った。
邪気というものがまったく感じられなかった。
誰かを疑ったり悪く思ったことは一度もなさそうだった。
おそらく一点の濁りもない湖のような心をお持ちなのだろう。

例えば誰かを殺すとき
暗殺者は相手の濁りを狙って刃を振り下ろす。
濁りとは相手に生じた恐怖であり憎しみであった。
相手に自分を憎む気持ちがあれば仕事はやりやすかった。
しかし、濁りのない湖に向かってどんな刃を向ければいいというのか。

暗殺の理由は政治にあった。
少年は南朝の帝だった。
1336年に後醍醐天皇が吉野に逃れて開いた南朝は
100年余りを経たいま、
山の民に守られて吉野の奥に潜んでおられる年若い帝と
その弟の宮がおいでになるだけだったが、
それでも正しいお血筋は南朝にあり
三種の神器のひとつもこちらにあった。
南朝の帝を殺して神器を奪うことは室町幕府の宿願だったのだ。

暗殺者は南朝に味方すると見せかけて一年ほど様子を探った。
木樵しか歩けないような絶壁の杣道を辿り、
急斜面を四つん這いで這い登ると
川が滝となり、渓流には無数の温泉が湧き出る処がある。
そこからさらに登り下りを繰り返すと見えてくる
隠し平という狭い谷に仮の御所を建て
帝はお住まいになっていた。

おそばに仕える人数は少なかった。
険しい山の守りは固く、
万一敵の軍勢が攻め寄せてきても
あたり一帯の村々が砦となって戦うのだ。
狭い谷に大勢がひしめく必要はなかった。
吉野の民は決して裏切らないだろうと暗殺者は思った。
しかし、自分は吉野の民ではない。

そしてあの12月の大雪の日が来た。
暗殺者は仲間とともに雪に紛れて御所を襲った。
帝は急を知って寝巻きのまま刀を手にされた。
美しい少年だ、と暗殺者はふたたび思った。
このときでさえ、湖に濁りはなかった。
しかし不運にも帝の刀が鴨居に突き刺さり
はじめて暗殺者は湖に波が立つのを見た。
それは濁りではなく焦りのようなものだったが、
暗殺者はそのわずかにざわめく波に、静かに刀を差し入れ、
南朝最後の帝の十八歳の生涯を終わらせた。

さて、この暗殺の物語には続きがある。
雪のなかを逃げる暗殺者の一行は三日めに追っ手と遭遇し、
激しい戦いになった。
その戦いのさなか、暗殺者が雪に埋めておいた帝の首は
おびただしい血を噴き上げ、
みずからの居場所をお示しになったという。

南朝の帝のご最期は吉野の伝説となっていまに伝えられるが
その一方で詳細な記録も残されている。
暗殺隊の生き残りが当時の手帳に書き残しているからだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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