中島英太 2012年6月10日

アンテナショップ

         ストーリー 中島英太
            出演 大川泰樹

4月
また部長に激怒された。
なんでお前はそんなに鈍いのか。
言われたってわからない。
彼女にも同じことを言われた。

5月
お前のココはからっぽかと頭を叩かれた。
部長を殺してやりたいと思った。
でも、彼女にそう言ったら、頭を叩かれた。
悲しい。

6月
会社の帰り道、見知らぬ店ができていた。
アンテナショップと書いてある。
中をのぞいたら、たくさんのアンテナが売っていた。
へんなの。

7月
部長のやつ、ほんとに許せない。
いくら僕がぼんやりしてるからって、
人前であんなに罵倒しやがって。
落ち込んでいたら、
アンテナショップの店員に声をかけられた。
「アンテナ、無料でサービス中です」
要りません。

8月
彼女にふられた。
鈍い男は嫌いとのこと。
死のうかな。

9月
まだ生きてる。
例の店の店員がしつこいので、
アンテナをもらうことにした。
頭にいきなりアンテナ刺された。
ちょっと痛かったけど、血は出ない。
なんだか、シャッキリした。

10月
最近、仕事がすごくはかどる。
上司や同僚、クライアントの考えてることが、
手に取るようにわかるのだ。
ビビビと頭に飛び込んでくる感じ。
このアンテナのせいだろうか。

11月
仕事、絶好調。
社内の評価うなぎ昇り。
でも、まだ上がいる。
負けないぞ。

12月
部長の嫌がらせはなくなったが、
僕を認めようとしないのがムカつく。
もっと圧倒的な数字を残して、蹴落とすことにした。
アンテナショップに行って、
さらに大きなアンテナに代えてもらう。
天井に届きそうなやつ。

1月
新型アンテナの性能はすごい。
相場の動きまでよくわかる。
部長は降格。僕が新部長になった。
ざまあみろ。

2月
別れた彼女が、部長と付き合ってるのが発覚。
発覚というか、アンテナのおかげで感ずいた。
もうあんなのいいや。僕はビッグになるんだ。
もっと高性能のアンテナがほしい。

3月
アンテナショップで、高さ3mのアンテナをつけてもらう。
つむじのところにギリギリギリとねじ込まれて、
僕の身長は4m70cmになった。
感度は抜群。政治経済の流れまでわかるようになってきた。
政財界の大物や黒幕たちが、頭を下げて僕に話を聞きに来る。
愉快でたまらない。

4月
ライバル出現。
あり得ない高さのアンテナを頭に付けている。
チヤホヤされていい気になりやがって。
こうなったら、いちばんデカいアンテナをつけてもらおう。
アンテナショップの店員が、
ほんとにいいんですね?と、しつこく聞いてくる。
麻酔を打たれた。

5月
目が覚めると、真っ暗な場所にいた。
身動きがとれない。
でも世の中のほとんどのことがわかる。
このアンテナ最強。
みんなが僕めがけてやってくる。
一応、最寄駅をお知らせしとく。
東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー」駅。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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大川泰樹くんとモリタ(収録記2012.04.28-6)

大川泰樹くんは鼻歌を歌う。
本人は無意識らしいが、歌う。
仕事のとき、たまに一緒にブースに入っていた共演者に
「歌ってましたね」と言われてあせっているのを目撃する。
どうして気づかないのか不思議だ。

私がモリタと呼び捨てにしている森田仁人くんは
仕事中に貧乏ゆすりをする。
これはもしかしたら自覚しているかもしれない。
貧乏ゆすりはモリタが若い頃にいたスタジオの風土病だ。
モリタの先輩ミキサーはモリタより激しく貧乏ゆすりをしていた。

大川泰樹くんは「f分の1ゆらぎ」を持つ繊細な声だが
本人はまわりをあまり気にかけない。
– あなたはこれができるのだから自分から申し出てくれると
ほんっと〜〜〜に助かるんだけどな〜〜-と
一生懸命念じていても、まったく気づいてくれない。

モリタは1年365日のうち350日くらいは機嫌が悪い。
しかし私が最強 & 最怖ミキサーと呼ぶくらい腕はいい。

なんなんだろう、このふたり….
しかも、「f分の1ゆらぎ」の大川泰樹のミスト声は
モリタが録るのがいちばんよく録れる(なかやま)

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藤本宗将 2012年5月13日

「運命の青い糸」

         ストーリー 藤本宗将
            出演 大川泰樹

迷う余地なんてない…はずだった。
おれとしては、青いほうを選ぶことに何のためらいもない。
好きな色といえば子供の頃から青だった。

ヒーローものでも、主役扱いの熱血レッドより
いつもクールなブルーのほうがかっこいいと思っていた。
大人になってもそういうところは案外変わらないもんだ。

もう5年乗っている愛車も青。エーゲブルーという名前の青だ。
だからエーゲ海を見たことはなくても、その海の色は知っている。

ネクタイやシャツも、いちばん多く持っているのは青だ。
人から似合わないと言われたこともないし、
おれと青の相性はそんなに悪くない、と思う。

それから通勤のときだって、
同じタイミングで山手線と京浜東北線がやってきたら
なんとなく青い京浜東北線のほうに乗る。
まあ、先に緑の電車が来たらそっちに乗るけど。

とにかく、青にするつもりだったのだ。

もうひとつだけ付け加えるなら、
今朝のテレビ番組で、能天気な声の女子アナが、
牡羊座のラッキーカラーは青だと言ってたし。
べつに占いの類いは信じちゃいないが、
もともと好きな色なんだから従ってもいいだろう?
そうだ、青でいいはずだ。
あいつも、さっきからずっと青にしろと言っている。
念のため、もういちどだけ確認しよう。

「いま、青って言ったよな?」

その問いかけに、無線の向こうの同僚は
少しうわずった声でさっきと同じ内容を繰り返した。
気持ちを落ち着かせながら、指示を頭の中で復唱する。

「起爆装置のカバーをはずして、
 基盤の中央にあるソケットから出ている
 2本のコードのうち、青いほうを切れ」

やっぱり、青を切ればいいんだよな。
あいつはうちの爆発物処理班の中じゃ優秀なやつだが、
ちょっと落ち着きがないのがいただけない。
そう、せかすなよ。余計に焦るじゃないか。
こういうときこそ冷静でいなきゃいけないんだよ、この仕事は。

さて。青いコードを切る。
やるべきことはきわめてシンプルだ。
おれはプロとして、仕事を淡々とこなすだけ。
いつもと同じように、ニッパーでコードを切ればいい。パチン!それで終了。
デスクに戻ってきょうの報告書を書き終えたら、京浜東北線で家に帰るんだ。
コンビニに寄って、缶ビールを買おう。それと晩メシも。

特別なことはなにもない。はずだったのに。なぜだ。なぜなんだ。

なんで2本とも青いコードなんだよ。

ひとつ訂正する。おれは、青が嫌いだ。大嫌いだ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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古川裕也 2012年4月22日

遺言

       ストーリー 古川裕也
          出演 大川泰樹

最愛の妻ジュスティーヌ。きみのおかげで幸せな人生だった。
「ありがとう」という言葉を君には数え切れないほど言ってきたけれど、
この「ありがとう」が最後の「ありがとう」になると思う。
おそらく、私は、1週間もしないうちに神に召される。
その前に最後の気力と体力を振り絞って、
君に言っておかなくてはならないことがある。
言うべきなのか、言わざるべきなのか。ずいぶん迷った。
そもそも、このことを君は知っているのだろうか。知らないのだろうか。
世の中の人は、まったく知らない。
その証拠に、私はかつて一度たりとも、
スキャンダルに見舞われたこともなければ、
それを公然の秘密として、周りに囁かれたこともない。
ごく一部の男の友人たち、ジャン・ピエール、パトリック、
ジャン・リュイ、フランソワ、ジャン・クロードだけしかしらない。

彼らは私の恋人たちだ。

子供の頃から、自分が女性を愛せないということは気がついていた。
ただ、わたしは必死に隠した。
君も知っての通り、私の家は厳格で
1ミリたりともスキャンダルを許さない家柄だった。
本当の自分を封じこめて暮らしているうちに、
私の中の、どうしても男性を愛したいと言う気持ちが
薄まってきたような気がした。
もしかすると、女性とも生きていけるのではないかという
希望のようなものが生まれた。
その頃、リシャール伯爵が紹介してくれたのが、
ジュスティーヌ、君だった。
わたしは、あの出会いを一目惚れだと思った。けれど、それは、
クラナッハが描く女性像を美しいと思うのと同じことだった。
君は、女性として、人間として素晴らしかった。
君との暮らしは楽しく充実していた。
プッチーニやドニゼッティのオペラへ行き、
タイユヴァンで、牛の腎臓、血のソースや、子羊の脳みそのフライを食べ、
気持ちよく晴れた昼下がり、君はヴァージニア・ウルフを読み、
僕は、フラン・オブライエンを読んだ。
ふたりともセックスには淡白なことを、神に感謝した。

ある日。
橋の上で、コンドームをもらった。

くれたのは、ジャン・ピエールだった。
私の最初の恋人であり、本当の私を呼び起こしてしまった男だ。
もはや隠してもしょうがないので、言っておくと、
私は、男という字を書いただけで、ジャン・ピエールという名前を書くだけで、
性的興奮を覚えてしまう。
ジュスティーヌ、申し訳ない。それが私の本性なのだ。

ジャン・ピエールは、正確に私のことを見抜いていた。
彼の告白とも誘惑ともつかぬ、
“橋の上でいきなりコンドームを渡す”という行為が、
ポピュラーなものなのかどうかはわからない。
ただ、ストレートすぎて、逆にユーモアがあり、
なぜか、ボードレールの“人工楽園”を私に思い出させた。
その後の4人、パトリック、ジャン・ルイ、フランソワ、
ジャン・クロードとの出会いでは、
私が、橋の上でコンドームを渡す側にまわった。
それから、病を得るまで、
私たちは、極くふつうの恋人同士としてつきあってきた。
誰にも知られてはならないという以外、極くふつうの。

楽しかったばかりではない。夜遅く帰って君の寝顔を見るとき、
大好きな“ドン・ジョヴァンニ”のツエルリーナの
アリアを聴いている君の横顔を見るとき、
自ら命を絶つべきではないか、その前に5人の恋人たちを殺してから。
と思ったこともあった。
それにしても、“密室の恋”と“未必の故意”はよく似ている。

やはり、こうして真実を最後に君に伝えてよかったと思う。
ずっと、言えなかった。
ほんとうに、申し訳ない。そして、ほんとうに、ありがとう。

ところで、先週、橋の上で話していた相手はジュリエットだね。
君の新しい恋人だね。
それまでの君の恋人は、時系列で
デルフィーヌ、フランソワーズ、イヴォンヌ、ステファーヌ、
そして、今のジュリエット。
この5人でまちがいないよね。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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古川裕也少年と大川泰樹くん((収録記2012.3.24-5)

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大川泰樹くんが古川裕也少年(この場合の少年は敬称です)の原稿を読むのは
これで3回めになります。
一度めは2010年のライブのときでした。
二度めは去年2011年の4月でした。
そして今回が三度めです。

古川裕也少年の原稿には三重苦があります。
まず長いこと、そして変態であること、
最後に知識がないとわけがわからない名前が登場すること。

古川裕也少年の原稿を読む人がまず気になるのは
まずそこに登場する意味深な名前です。
たとえば去年の4月の原稿に登場する名前はこんなのがありました。
ジョナサン・スウィフト病院(風刺作家)
ミッシェル・フーコー先生(哲学者)
ロラン・バルト先生(批評家)
フェリックス・ガタリ医師(思想家)

今回はこれです。まずは男性の名前から。
ジャン・ピエール
パトリック
ジャン・リュイ
フランソワ
ジャン・クロード
次に女性の名前です。
デルフィーヌ
フランソワーズ
イヴォンヌ
ステファーヌ
ジュリエット

難問ですが、男性の名前は演出家、監督あたりではないかと思います。
女性の名前は女優と解釈できます。
デルフィーヌ・セイリグ(女優)去年マリエンバードで
フランソワーズ・アルヌール(女優)フレンチ・カンカン
またはフランソワーズ・ドルレアック(女優・ドヌーブの姉)
イヴォンヌ・フルノー(女優)哀愁のモンテカルロ
ステファーヌ・オードラン(女優)女鹿
ジュリエット・ピノシュ(女優)ちょっと安易か?

さて、前置きが長くなりましたが
我々にとって重要なのは得体の知れない意味深な名前ですが
読み手にとって重要なのは「長さ」と「変態」です。
長い上にゆっくり読まねばならない原稿です。
ゆっくり読むことで変態性が顕れてくるからです。
腹筋力と体力がいります。実は知性も必要です。
古川少年の原稿はなかなか読める人がいないのです。

古川裕也少年少年と大川泰樹くんの「遺言」は22日に掲載されます。
お楽しみにね(なかやま)

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門田陽 2012年4月1日

最後の選択

            ストーリー 門田陽
               出演 大川泰樹

人生は選択の連続である。誰の言葉かは知らないが真理である。
もちろん、選択とはクリーニングのことではなく
セレクトであることは言うまでもない。
あなたも例外なく日々選択をしつづけてここまで来た。
数分前もあなたは
冷蔵庫の中のプリンを食べてからダイエットを始めるべきか
それとも食べないこと自体がダイエットではないのかと悩み、
食べるほうを選択したのである。

昨日あなたはパテシエの佐々木孝治と
青年実業家の加藤学を同時に呼び出し加藤を選択した。
あなたは二股をかけていたのである。
半年前、あなたは交際中の佐々木から友人を紹介された。
それが加藤である。その日は三人で食事をした。
あなたはワインを赤か白かで迷いロゼを選択した。
一年前、あなたは佐々木からプロポーズを受けた。
イエスかはいで答えてくれと迫られたあなたは困りながらイエスを選択した。
しかし、その日は運よくエイプリルフールであった。
二年前,あなたは佐々木から旅行に行こうと誘われた。
イエスかノーかこの場で答えてほしいと言われたあなたは
即座にイエスと答えたが行ったのは日帰り旅行だった。

旅の途中で佐々木は本当はあなたとデートするたびに
ホテルに行こうと誘いたかったが勤め先がホテルなので
その言葉の意味がわからないだろうと思い躊躇しているのだと正直な話をした。
あなたは都合よく助かったと思った。
三年前,あなたは佐々木と出会った。佐々木は同じホテルに勤める同僚。
会ったその日にあなたは交際を申し込まれた。
特にタイプではなかったが
スイーツ好きのあなたにパテシエという職業は魅力的であり、
とりあえずキープという選択を行った。人生は選択の連続である。

そしていまあなたは、人生最後の選択をしようとしている。
目の前にはどこかで見たことがあるような
それでいて初めて見るような景色があった。
静かで大きな川が広がっている。
その中央には長い一本の橋がかかっている。
あなたはもう随分とたっぷりな時間、その橋の前でたたずんでいる。
渡るべきか渡らぬべきかを考えている。
その間にこれまでのあなたの生き様が走馬灯のように蘇ったのである。
佐々木と会う前のこともたくさんよぎっていった。
就職の際の会社の選択。進学の際の学校の選択。
ファーストキスの際のシチュエーションにこだわるという選択。
親といつまでお風呂に入るかの選択。
サンタクロースの存在に気付かないふりをするという選択。
選択を行うたびにあなたは少しづつ汚れていった。

さて数分前。
あなたが食べたプリンにはパテシエの佐々木が毒を仕込んでいた。
佐々木はあなたと違い迷うことのない男だった。
そしてあなたのことに詳しかった。
別れの記念のデザートにと佐々木は手作りのプリンをあなたに渡した。
ダイエットするから困るとか言いながらもあなたは間違いなく食べることを
佐々木はわかっていた。案の定であった。
たったいまあなたはその橋に足を一歩かけた。
欄干には三途という川の名が刻まれていた。
これが最後の選択になることをあなたは知っているのだろうか。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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