ストーリー

福里真一 2015年1月18日

1501fukusato

クロベエのサイン

     ストーリー 福里真一
        出演 大川泰樹

新年早々、ある知り合いの、葬式に行った。

故人はプライベートで、ボウリングを趣味にしていたらしく、
祭壇には、
遺影が、ボウリングの投球フォームの写真だったのをはじめ、
マイ手袋や、
マイシューズや、
マイボウルが飾られていた。

騒動がもちあがったのは、
焼き場に行ってからだ。

故人の妻が、
夫が大事にしていたマイボウルも、
一緒に焼いてほしいと言う。

主人のお気に入りのボウルなんです。
ここには、クロベエさんの直筆サインも入っているんです…。

ちなみにクロベエさんというのは、
黒部幸英さんというタレントで、
かつてテレビ東京で、「ザ•スターボウリング」という番組の司会をしていて、
ボウリング好きの間では知られた存在だ。

もちろん、故人の妻の少し唐突な願いは、
焼き場のスタッフから、丁重だが、
断固として拒否された。

それまで冷静に見えた夫人は、いきなりブチ切れ、
何か奇声を発すると、
見事なアンダースローで、
焼き場の支配人に向かって、そのボウルをぶん投げた。

支配人があわててよけると、
床にボウルが落ちる音が、

ゴンッ

と響いた。

腹に響く音だった。

その後、式次第は、平常にもどり、
最後の会食まで、無事に終わった。

新年早々、なんだか愉快な気持ちになって、
私は葬式から帰ってきた。(おわり)

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/


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直川隆久 2015年1月11日

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ライフ・プラン

          ストーリー 直川隆久
             出演 遠藤守哉

あ、はい。
たしかに、サイン、頂戴いたしました。
いや、 はは、なんだか私もほっといたしました。
お目にかかってから…半年ほどですか。
ついにこの日が来たんだなと。
感慨深いです。

それでは今日からきっかり10年後の1月10日に、
山田様のお魂、頂戴いたします。
え?
ええ、ええ、それは、もう。
当然、それまでは山田様は、無病息災、
体頑健で人生を謳歌いただけますので。
契約書にもそれは、はい、しっかり書かせていただいておりますから。

書類、はい。
こちらに頂戴いたします。

寝たきりになってお嬢様に迷惑をかけたくない…
という山田様のお話を伺いましたときは
私も家族があるものですから、何か身につまされるものがございました。
ですが、もう、そのご心配は無用です。
この10年を、存分にお過ごしください。

口幅ったいアドバイスですが…
思い切って、わがままに生きられたらどうかと思います。
今までがんばってこられたのですから。
私のお客様では、海外旅行に出かけられる方も多いですね。
恋愛というのも、よろしいのでは?

あ…年金はこの際、もうお支払いはやめられてはいかがかと思います。
長生きリスクがないわけですから、払う必要などは、もう、ええ。
年金のことは…
忘れましょ!ね!

バチはあたりませんよ。(ひそひそ声)
うっふふふ。

いやあ。
正直申しまして…
長生きがリスクなどという時代が来るとは私も考えておりませんでした。
しかし、こういう新しいスタイルの人生設計をご提案ができますのは、
われわれにとって「冥利につきる」とも申せます。

お客様は、寿命をあえて限定し、長生きリスクの悩みから解放され、
健康で楽しい人生が手に入る。
我々も、お魂を確実に頂戴できる。
少々軽薄な言い方ですが、いわゆる、ウィン・ウィン。
じつは、ここだけの話、楽しい人生を送られた方のお魂のほうが、
モノとしてはよいのでございます。
ええ。

わたくしもこのビジネスを始めたときは、
人脈もありませんし大変でございました。
家族にも…特に妻には、ずいぶん苦労をかけまして。
おかげさまで、ようやく軌道に乗りまして…
お客様の口コミのおかげです。

あ。
長話…失礼いたしました。そろそろ失礼いたします。
今後の…山田様のお魂を頂戴するまでの期間のアフターケアは
私がつとめさせていただきますので。
なにかございましたら、なんなりとこちらに。

で…
一点。
山田様にくれぐれもお願いしたいことが、一点、ございます。

お魂を頂戴する期日が迫りますと、ナーバスになって、
やや、なんといいますか…過激な行動に出られる方がですね…
いらっしゃるとか、いらっしゃらないとか、
そんな話をきいたことがございます。

くれぐれも、自暴自棄になって、他人をお巻き込みにならないよう…
お願い申し上げます。

もし。
もしも、ですが。

残された時間が少なくなり、
いかに生きるか、という悩みにどうしてもとらわれれてしまった際は…
その方面の専門の業者、紹介させていただきます。
お気軽にご相談ください。
ええ、弊社と取引がありますのはクリスチャン・コーポレーションと
ブッダ・エンタープライズでございます。

はい、こちらパンフレットになっております。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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一倉宏 2015年1月4日

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最後のシリウス

         ストーリー 一倉宏
            出演 大川泰樹

星空とは呼べない
東京の夜空にも
まだ オリオンはいる
シリウスはある

ときに こいぬも姿を現し
おおいぬも 
おうしも
ふたごも手をつないで
かすかに
その姿を 見せることも
まだ ないわけではない
この 東京の夜空は

これから
どうなってゆくのだろう

いまは まだ見える
ぎょしゃの カペラも
おうしの アルデバランも
いつか 姿を消して

ふたごの宝石 ポルックスも
こいぬの瞳 プロキオンも
そして あのシリウスも
この夜空から 消えて
いなくなるとき

この 地球という
ちっぽけな星は
どうなってゆくのだろう

4年前の
あの日から
ネオンサインが消え
街灯が消え
東京の夜空に

ふたたび
姿を現した
あの星座は
あの星たちは

どうなるのだろう

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2014年12月28日

1412nakayama

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

わずか40kmの距離に七つの駅がある。
そのうち3つは盆地にあり
残る4つは吾妻連峰の山中にあった。
山の4つの駅は峠を隔ててふた駅づつに分かれ
それぞれがスイッチバックの駅だった。
列車はその区間を
冬は豪雪と戦いながら
息を切らせてジグザグに登った。

赤岩、板谷、峠、大沢。
大沢、峠、板谷、赤岩。

赤岩には集落があった。
板谷と大沢には宿場があった。
峠には何もない。
峠という駅は、息を切らせた機関車に
石炭と水を補給するだけの駅だった。
近くに人の住む家もなく
列車が止まっても、乗る人も降りる人もいない。
駅の名前すら、単なる「峠」としかつけてもらえなかった。

峠を越える列車はよく止まった。
線路にちょっと雪や落葉がかぶると
車輪が空まわりして動かなくなってしまうのだ。
そのたびに落葉を掃き、砂をまいた。
日本の鉄道最大の難所に、時刻表はないも同然だった。

列車が「峠」の駅に着く。
駅のそばには茶屋ができて、
乗客は茶屋が売る餅を食べ、
ホームの水飲み場で顔を洗った。
その茶屋の女将さんは、線路に雪が積もると
スコップを持って除雪に駆けつけた。
雪はソリに乗せて何度も何度も運び出した。

そんな雪の季節に列車で峠を通過する人は
線路に燃える小さな炎を見ることがあっただろう。
それは、凍った雪で列車が脱線しないように
ブリキの弁当箱で石油を燃やす火だった。
駅員は24時間交代でその火を守った。
駅員の家族も、峠に住むようになり
雪で動けなくなった列車の乗客に炊き出しをした。

峠の駅はいまも存在する。
この駅に止まる列車よりも
通過する新幹線の方が多い無人駅になり
駅員も駅員の家族もいなくなってしまったが
あれだけ苦労して列車を走らせたスイッチバックが
鉄道遺産になって
峠の茶屋も営業をつづけている。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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宗像英作 2014年12月21日

1412munakata

峠の先にあるもの
         
        ストーリー 宗形英作
           出演 地曵豪

峠に通じる山道は、暗闇林道と呼ばれていた。
遠い古代より鬱蒼と樹木は茂り、日中でも差し込む光はわずかだった。
道は起伏が連なり、小さく登っては下り、下りてはまた登る。
その道幅は、すれ違う時に人の肩が触れあうほど狭く、
足元は日が当たらずにいつもぬかるんでいた。

その道を往くものは、男女を問わず大概ひとりだったが、
時折老いたものを背負う者、あるいは幼子の手をひく者に出会うことがあった。
誰もがゆっくりとした足取りで、地盤の確かさを確かめるように歩いた。

彼らは一様に念仏のようなリズムで言葉を唱えていた。
ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。
心の中にあるものが沸騰して言葉になる、そんな気配があった。
耳を澄ませば、それらの言葉は不平であり、不満であり、不幸であった。
怒りであり、嘆きであり、さみしさであり、悲しみであった。
愛する人を失った人や職を失った人、あるいは心か体かに傷を負った人たちだった。
心の中に溜めおいてしまうと気分がいつまでも重い雲の中にある、
その雲を追い払うかのように、彼らはぶつぶつと言葉を連ねた。

すれ違う人、つまり下山してくる者たちは、そのぶつぶつに応えるように、
立ち止まって「ご苦労様」と声をかけ、軽い会釈をして見送った。
誰がその習わしを作ったのか、いつから始まったのか、
そのいきさつを知るものはいなかった。

いくつもの起伏を登り下りしているうちに、次第に息が切れ、
一歩一歩意識的に踏み出さないと前に進まない、そんな疲労を感じ始める。
ぬかるんだ道に足をとらわれないようにと視線は足元の少し先を見つめ、
やや腰を折った形で峠を目指した。
彼らは一様に無口になり、滴る汗を拭うことも忘れて峠を目指した。
もはやぶつぶつは聞こえなかった。ただただ荒い息だけが聞こえてきた。

そして、最後の登りとなった。立ち止まって見上げれば、
その暗闇となった樹々の先にぽっかりと穴が開き、
そこには陽光に輝く青空があった。それを見て、誰もが安堵し、
すがすがしい微笑みを浮かべ、そして大きめの深呼吸をした。

登りつめた峠の先は、大きく視界が広がって森と湖とが眼下に見えた。
ただただそこに広がる風景に魅了され、いつしかぶつぶつと唱えてきたことを忘れた。
一歩一歩が生きていることであり、その先には開かれたものがある、
登ったり下りたり、その小さな峠を繰り返し越えることで、大きな峠に辿り着く。
暗闇林道は、信仰の場として長いこと人々の心に光を差し込んできた。

今そこには若い声が溢れ、山ガールと言われる人たちが列をなし、
ハイキングの家族連れや吟行の老人たち、
そして平日には遠足の子供たちで溢れている。
人々はそこをパワースポットと呼び、麓には大きな駐車場が出来た。
道には砂利が入れられ、急坂には階段が出来、森は間伐され、
暗闇林道は明るい森林浴道となった。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/


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直川隆久 2014年12月14日

1412naokawa

峠の女

          ストーリー 直川隆久
             出演 遠藤守哉

 峠の茶店。
おはなが二皿目の団子を平らげても、若旦那は姿を見せない。
昼にはここで落ち会い、山を降り、
汽車での駆け落ちの旅に出るはずであった。
が、陽はすでに西に傾き、樹々の影が長くのびる時刻である。
おはなが腹をさすると、もう一皿、といわんばかりに
小さな足が内から蹴った。
「おはな」
 と男の声がした。見上げると、そこには番頭の利吉(りきち)の姿。
「若旦那を待っているのだろう」
「言えねえす」おはなはかぶりを振った。
「若旦那さぁ(わかだんさぁ)との約束ですけえ」
「若旦那は急な病で床に伏せられておって、
今日はおまえと落ち会うことができん。
そのことを伝えておくれと、たってのお頼みでな」
 おはなが心配そうな顔をすると番頭はにこりと頬笑み
「心配するな。店の者は、ほかに誰も知らない」と言った。
お前のために若旦那が家を借りてくれている、
身の回りの世話をしてくれる婆さんもいる、
若旦那の体が元の通りになるまでそこで休んでおればよい、と
利吉はおはなを諭し、
峠をくだったところにある炭焼きの老夫婦の家にまでおはなを連れて行った。

 一日たち、三日たち、一月たった。利吉は毎日きまった時刻に姿を現した。
「番頭さぁ。わかだんさぁはいつになったらおいでになりますけの」
「もう少しの辛抱だよ」
 というやりとりが繰り返された。
そうこうするうち年も暮れ、雪が山を覆う時季に、
おはなは子を産んだ。男の子であった。
夜泣きがひどく、おはなは毎夜、朝まで赤子をかかえて
あやさねばならなかった。

 山桜の花が白く開く頃、利吉が若旦那、そして大旦那と共に三人で現れた。
おはなには目もくれず、縁台で昼寝する赤子にちらと目をやった大旦那は
若旦那に向かって
「おまえに似とるな」と忌々しげに言い、軒先に腰を下ろした。
「まったく、どうにもならなくなってから…」
 ただうつむくだけで言葉を発しない若旦那に代わり、利吉が口を開いた。
「おはな。大旦那からの申し出だ。
 お前のその子どもはお店(たな)で引き取りたい」
「へえ」
「充分なことはさせてもらうよ、と旦那様も仰っておいでだ」
「わしはどうなりますんで」
「お前さんには、よそのくにに移ってもらいたいのだよ」
事情がうまくのみこめないという顔をしているおはなに、利吉は続けた。
「おはな。赤ん坊はお店(たな)の跡取りとして、不自由なく育てられるんだ。
そのかわりおまえは今後うちと関わり合いにならんようにしてもらいたい」
「わかだんさぁ」
 おはなにそう呼ばれた男は、ただ地面を見つめるだけである。
「わかだんさぁ、わしとの約束はどうなりますんで」
「約束?」と、大旦那が口をはさんだ。
「この子は、うちが育てる。おまえは、今までのことを忘れる。
それがすべてだ。それ以外の約束はないのだよ」
「そんなこと、わし、合点が」
「勘違いしてはいかんよ、おはな。おまえは何かを考える立場にはないのだ」
 そう言って、大旦那は利吉に顎をしゃくって指図した。
 利吉が縁台で眠る赤子を抱き上げたとき――

 「そうけぇ」と、おはなが声をあげたかと思うと、
その顔からざわざわと毛が生え始めた。
「人の暮らしに気がひかれるままに居ついてはみたが、潮時じゃろう」
そう言ったおはなの尻のあたりがぐぐ、と盛りあがったかと思うと、
体をつつんでいた着物がはじけ飛んだ。
 呆気にとられる三人の前に、
丈が五尺はあろうかという巨大な一頭の猪(しし)が姿を現した。
人の言葉をあやつる猪。その口の中で舌が動くたび湯気が上がる。
「旦那さぁ(だんさぁ)。わかだんなさぁ。
この子は、猪(しし)と人のあいだの子じゃ。それでもひきとりなさるけの」
 ざり、と猪が前足で土をにじった。
「さあ」
二人はただ、赤子と猪をかわるがわる見るだけである。
なおも詰め寄る猪。
何も言えない二人の男を見て、利吉は赤子をそっと地面におろした。
「そこまでか。人の男は」
そう言って猪は、赤子の寝巻の首後ろをくわえると、
そのまま踵を返し、
木立の中へと進んで行った。
 猪の姿が見えなくなった後は、
ただ落ち葉を踏むばさりばさりという音が聞こえていたが、
それもやがて小さくなり、ついには何も聞こえなくなった。
「おはな。おはな」
と若旦那が声をかけた。
だが返って来たのは、風が木の葉をさらさらと揺らす音のみ。

 人の住む地とその外との境界が、未だ曖昧であった頃の話である。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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