大江智之 2020年2月2日「クリぼっちセット」

「クリぼっちセット」

   ストーリー 大江智之
      出演 地曵豪

俺の名前は『大江智之』。
しかし、傍から見れば名などさして重要ではなく、
呼ぶ側の都合で俺は誰にでもなってしまう。

朝起きて顔を洗い、昨日の残り物を温める。
テレビから流れてくる浮かれた星占いが俺の今日最初の名前を告げた。
「今日の最下位はふたご座のみなさま!」
俺は『最下位のふたご座のみなさま』の一人になった。

時間は待ってくれない。
乾いた洗濯物を畳む間もなく、ドアを脚で開け放ち、燃えるゴミと一緒に家を出る。
2分早めてある腕時計を睨みつけながら、駅の階段を滑り降りた。
俺の努力を阻むように、改札機がパンポォーンと高らかに勝利宣言した。
「入れなかったお客様こちらで伺います!」
俺は『入れなかったお客様』になった。

この日の俺は、代わる代わる何度も別な何かになった。
『大江』『大江さん』『若手』『忘年会の幹事』『ご担当者』『みなさま』『組合員』
『Hi! Tomoyuki!』『大江くん』『みんな!』『ご提出がまだの方』…
そのたびに呼ばれた名前の人物を演じ、対応していく。

今日はクリスマスイブだった。
17時を過ぎた頃からだんだんオフィスの人も減ってきて、
特に予定の無い自分もなんとなく早めに上がったほうが良いような気がした。
ぼんやり眺めていたSNSに、ハンバーガーショップの広告が映る。
「クリぼっちセット販売中。自分らしいクリスマスを。」
ああ、ありがたい、今日くらい御飯作らなくても良いんだと思った。
暇な俺に少しでもクリスマスをくれるならと、家から少し離れた駅まで出向いた。
カウンターで「クリぼっちセット」を指差してこれくださいと注文する。
ここでは俺は、『お次にお並びのお客様』だ。

あまり来ない店だが、持ち帰りでとか、レシートは捨てといてくださいとか、
ルーチンのやり取りを上手にこなし、我ながらそつのないお客様になりきった。
脇によけて受け取り順を待っていると、
「112番のお客様ー!」
と店員が声を上げ、隣の『112番のお客様』らしき人が受け取った。
これはもしやと気がついたときにはすでに遅かった。
自分が誰か分からないのだ。
番号の名前が書かれているであろうレシートはすでにゴミ箱の中。
「113番でお待ちのお客様ー!」
自分の後ろにいた『113番でお待ちのお客様』らしき人が動く気配がした。
俺はいったいぜんたい誰なんだ?
自分の名前が分からないことにこれほどまでに恐怖したことはなかった。
「114番のお客様ー!」
周りが手元のレシートを確認している。
「114番の客さまー!!」
誰も動かない。
もしかして俺かもしれない。
しかし、俺だと断定するには証拠が足りな過ぎた。
「クリぼっちセットのお客様―――!!!」
俺だった。

クリスマスイブ。
そんな聖なる夜のラストに俺は、バーガーショップの全員が見守る中、
『クリぼっちセットのお客様』になった。
ネオンで彩られた夜の駅はとても美しかった。
メリークリスマス、俺。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2020年1月26日「神社からのお願い」

神社からのお願い

    ストーリー 中山佐知子
       出演 遠藤守哉

室町時代の将軍足利義持は
石清水八幡宮のミクジで後継者を決めた。
亡くなる間際のことだった。
その結果、すでに出家していた弟が将軍職を継いだが、
この弟は下克上で殺されてしまった。
鎌倉時代には天皇もクジで決まったことがある。

神の籤と書いてミクジ。
さらに「お」がついてオミクジ になったわけだが、
もともとは運勢を占うというより
神のお告げを聞くものだった。
武将ならば戦の日取りや戦略をクジで決め、
農民ならば田圃に水を引く順番、
子供が生まれた人は名前を、
祭りが近づく世話人をクジで選んだ。
明治という日本の元号も
実は天皇御自らのくクジ引きで決まっている。

さて、そこでだ。
いま神社やお寺でオミクジを引く人は
たいがい吉か凶かの運勢だけを見て
喜んだりチェッと舌打ちをしたりして
そこらの木の枝に結んで帰ってしまうが、
実はこれが大間違いなのである。
オミクジはそこに書かれている漢詩や歌が神さまの言葉だ。
そこらの木の枝に結んで帰ってしまっては
神さまのお告げを捨てるようなものだし、
神社の木にとってもたいへんな迷惑になる。

意外と知られていないが
オミクジをたくさん結びつけられた木は
生育が悪くなったり枯れたりする。
大事な御神木がオミクジのせいで枯れてしまった神社もある。
いまやオミクジ問題は全国の神社の悩みの種だ。

今年の初詣のオミクジを持ち帰った人は
ときどき読み返してみよう。
悪い運勢のオミクジでも、
そこには必ず助言が書いてあるはずだ。
その助言を守っていれば
災いも転じて福となり、悪い運も良い運に変わるし、
逆に助言を無視して調子に乗ると
せっかくの良い運も災いに転じてしまう。

この一年を良い年に。
まずはその一歩として
気づかないうちに自分のオミクジで
何百年も生きてきた木を枯らすような不注意をしないように
気をつけたい。
手遅れのかたは来年からでけっこうです。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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名月赤城山(水下きよし七回忌)

*2014年1月24日に水下きよしさんが亡くなって、今年は七回忌になります。
 亡くなるひと月前に収録した「名月赤城山」を再びお届けします。

名月、赤城山
     
      ストーリー 小野田隆雄
         出演 水下きよし

20代の終り頃、古い街道を歩くことを趣味にしていた。
9月の終りに、赤城山の見える宿場町の小さな民宿に泊った。
二階の部屋だった。
妙に暑い日で、夜になっても、やけに蚊が多かった。

寝る前に冷や酒を注文して飲んでいた。
つまみはカラシ菜という、ほろ苦い葉で、
ゆでてカツオブシがかけてあった。
おぼろ月夜で、ガラス戸の外には赤城山の大きなシルエットが
青く見えた。

そのとき、民宿のおカミさんが階段を昇ってやって来た。
そして言った。
「カヤでもつろうかね」
そして白いカヤをつり始めた。
私は窓ぎわに茶ぶ台を寄せて飲んでいた。
カヤをつりながら、おカミさんが言った。
「このカヤは、バカな息子が使っていてね。
 いまは、池袋にいるんだけど、さっぱり帰ってこない。
 ヤクザなんだ。マツバ会に入ったとか、組を出たとか、
 そんな噂ばかりさ。ほら、カヤつったからカヤの中で飲みな。
 セガレも、そうやって飲んでたよ」

茶ぶ台をカヤの中に移して、また飲んでいると、
おカミさんが、もう一本トックリを持ってきてくれた。
そして言った。
「昔、国定忠治が赤城山でつかまって、藤丸かごに乗せられてさ、
 この街道を通ったのさ。
 そのとき、うちの祖先が忠治に、水を飲ませてやったんだけどね
 実は水じゃなくて酒だったんだ。
 そのせいかねえ、この頃、セガレの夢を見るのさ。
 セガレが藤丸かごに乗せられて、
 両手をしばられて家に帰ってくるんだよ。変な夢だねえ」

私はおカミさんに、一緒に飲みませんかと言ってみた。
おカミさんはアハハと笑って階段を降りていったが、
しばらくすると、トックリをもう一本と、
ヤマメを焼いたのを持って昇ってきた。

それから二人でカヤの中で、酒盛りをした。
「明りを消してさ、月明りで飲もうかね。いいもんだよ。
セガレもそうやっていた」
それで、電燈を消して、月明りで飲んだ。
ガラス戸の外に赤城山が、月の光のせいか、
ものすごく近く見えるようになった。
「ほら、いいもんだろう?」
とおカミさんが言った。
茶ぶ台をはさんで、差し向かい。
おカミさんは、かっぽう着から、
長袖の白いワンピースに着替えていた。
「さあ、飲んだ、飲んだ。おしゃくするよ」
おかみさんが言った。

そのとき、ガラス戸の外で、五位さぎという鳥が、
「ギエッ、ギエッ」と鳴いて飛んでいく声が聞えてきた。

出演者情報:水下きよし 花組芝居 http://hanagumi.ne.jp/


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福里真一 2020年1月12日「くじ運」

くじ運 

     ストーリー 福里真一
        出演 大川泰樹

2002年にサッカーのワールドカップが、
日韓で開催されたとき、
何枚かのチケットが回ってきた。

誰がどの試合を見に行くか、
友人たち数人と、
あみだくじで、
振り分けようということになった。

日本対ロシア戦とか、
ドイツやブラジルなど世界の強豪が登場する試合とか、
人気のチケットがあまたある中で、
私が引き当てたのは、
アイルランド・サウジアラビア戦。

アイルランド・サウジアラビア戦。

アイルランド・サウジアラビア戦を、
どういう気持ちで、観戦すればよかったのか。

もちろんサッカーにくわしいなら、
技術とか戦術とか、
さまざまな楽しみ方があっただろう。

しかし私には、無理だった。

アイルランド・サウジアラビア戦。

それは私に、
どういう気持ちで観戦すればいいのか、
まったく手がかりを与えないままに、
90分間にわたって展開され、終了した。

それが私の、最初で最後の、ワールドカップ観戦だった。

…という話を、最近仕事でかかわった、
ある外国人の青年にしたところ、
彼はアイルランドの人だった。

そして、
そのアイルランド・サウジアラビア戦のことを、
はっきり覚えているという。

時差の関係で、アイルランドでその試合が中継されたのは、
朝だった。

普段は夜しか開いていないパブが、
その日は朝から特別に営業していて、
大人たちは、仕事そっちのけで、
酒を飲みながら、アイルランドを応援したという。

そして当時小学生だったその青年も、
おとうさんに頼みこみ、
朝のパブで、大人たちに混ざって、
その試合を見たという。

すばらしい試合だった、と…。

アイルランド・サウジアラビア戦。

私にとって、
自分の人生に関係ないものの象徴だったその試合が、
彼にとっては、人生の思い出の試合になっている…。

まあ、でも、この文章で私が書きたかったのは、
そのことではない。

私が書きたかったのは、
私には、くじ運がない、ということ。

当然のことながら、今のところ、
東京オリンピックのチケットは、
1枚たりとも当たっていない。
当たる気配もない。

だから、私は、初詣に行ったとしても、
決しておみくじを引かないのだ。

おみくじといっても、くじはくじ。

どうせ大吉を引き当てるくじ運を持っていないことを、
私は自分で、わかっているのだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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一倉宏 2020年1月5日「僕はおみくじ」

僕はおみくじ

    ストーリー 一倉宏
       出演 地曵豪

ためらいがちに 手を伸ばし
君は僕を 引き寄せる
それは 偶然が必然になる瞬間
君は すこし驚く 
あっと ちいさな声をあげて

君が望んでいたのは
どんな 僕だっただろう 
ほんとうは
世界でいちばんの 大きな幸運
でなくても
中くらいの幸運 人並みでいいから
あるいは 
ささやかな幸運を 神に祈って
君は 両手を合わせたのだったか

けれども いうまでもないことに

ひとは 思いもよらぬ不運を
引き当ててしまう こともある
それもまた この世の習い
悲しみに出会うことのない人生は
この世には ないから

君を喜ばせる 僕もいれば
心配させ 不安にさせる僕もいる 
それでも わかってほしい
ただ喜ばせるために 僕はいない
そして ただ不安にさせるためだけの
僕もいない ということも

旅行には 行くといい
くれぐれも 盗難には気をつけて

転居も 考えていいだろう
そうすべき理由が あるとすれば

商売は そこそこ 欲を出さずに
相場は リスクを忘れずに

方角は 気分の明るくなる方へ
縁談は 焦らずに待って

ひとつひとつは 君への想い
せいいっぱいの メッセージ

僕は君の 勇気になりたい
僕は君の おみくじだから

そして 待ち人は まだ来ない
それが誰のことかもわからないまま
ずっと待ち続ける 君のために

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2019年12月29日「カレンダー」

カレンダー 

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

1980年、天文学者カール・セーガンは
宇宙の始まりから現在までを
1年に置き換えたカレンダーを発表した。
それによると1日が4000万年、1秒が500年にあたり、
人間の文明の歴史は大晦日の最後の10秒でしかない。

1月1日にビッグバンが起こり、宇宙が誕生する。
9月9日にはガスやチリの渦から太陽系が生まれ、
9月14日に地球と月ができた。

9月25日、地球に最初の生命が生まれ、
12月15日にはカンブリア爆発が起きた。
12月18日には三葉虫が栄え、
12月19日に最初の魚が生まれた。

12月22日、羽根を持つ昆虫が登場し、
最初の両生類が生まれた。

12月23日、最初の木と最初の爬虫類が生まれた。
12月24日、最初の恐竜が生まれた。
           
12月26日、最初の哺乳類が生まれた。
12月27日、最初の鳥が生まれた。
12月28日、最初の花が生まれた。
12月29日、最初の霊長類が生まれた。
12月31日22時30分、最初の人間が誕生した。
12月31日23時46分。人間は火を使うことを覚えた。
12月31日23時56分、最初の氷河期がはじまった。
23時59分20秒、人間は植物を育て、家畜を飼育していた。
12月31日23時59分56秒、ナザレのイエスが生まれた。

ところでお気づきだろうか。
爆発的な生命の進化が起こっている12月の24日に
最初の恐竜が生まれ
26日に最初の哺乳類が生まれるまでに
まる一日の空白があったことを。

その日は12月25日、
我々のカレンダアーではクリスマスだが
宇宙カレンダーでは
地球の歴史最大規模の絶滅があった日だ。
その日、古生代に生きた生物のおよそ90%が絶滅し
生き残ったものたちが新しい時代をつくった。
我々はいま、そのカレンダーの最後の10秒の
そのまた最後を生きている。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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