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門田陽 2016年9月4日

1609kadota

 「告白」
    ストーリー 門田陽
      出演 齋藤陽介

弟子入りして丸五年。落語家と言うにはまだまだヒヨッコですが、
去年の夏に二つ目に上がれて始めた勉強会という名の私の小さな独演会。
月一回のペースで公民館をお借りして木戸賃1000円。
ツ離れしないときもあって、毎回せいぜい10人前後のお客さん。
そんな中であの人は初回から一度も欠かさずに
いつも左端の同じ場所で見てくれているたぶん私の第1号のファンだと
思います。

会が終わると来られたお客さんにアンケートを書いてもらうのですが、
あの人は丁寧だけど見かけによらない濃くて力強い文字で
私の拙い噺への感想や励ましのほかに
決まってひとつ質問を投げかけてきます。
いちばん最初は「生まれかわったら人と犬のどちらがいいですか?」
というものでした。
その質問へのアンサーを次の会の噺に入る前の枕で軽い感じで
「人でも犬でもいいですがせっかくなので人なら女、
犬ならメスになってみたいです」と言ったところ
その日のアンケートにはフェミニストではないのですねと
書いてありました。
不勉強な私はフェミニストがわからずに
スマホで意味を調べましたが
調べても尚あまり意味がわからないままでした。
そして二回目の質問は
「酔ったとき、だれかに電話したくなりますか?」で
これには「そんな相手がいればいいなと思いながら飲んでいます」
と答えました。

三度目の勉強会での質問は
「タバコの煙はいったいどこへ行くのでしょうか?」という
ちょっと哲学的とも言える面白いものでしたが、
このときやっと質問の内容がその日の落語の演目と関連しているのだと
わかりました。
初回は動物の噺をしましたし、二度目はお酒の噺。
そして三回目は「長短」というタバコを吸う仕草が多く出てくる噺を
したのです。全く察しの悪い私でした。

四回目以降の質問も私にとっては興味をそそられるものばかり。
一つ目小僧の噺のときには
「ウィンクはどちらの目をつぶりますか?」というもので
実際やったら右目をつぶる私の姿に
あの人は珍しく口を開けて笑ってくれました。
夢の噺のときには
「眠るとき、羊を最高何匹まで数えたことがありますか?」、
銭湯の噺のときには「お風呂では最初にどこから洗いますか?」、
泥棒の噺のときには「命よりも大切なものを持っていますか?」、
お蕎麦の噺のときには
「定年を迎えた父がお決まりのように蕎麦打ちを始めたのですが
手伝わなくてもいいですか?」、と
この質問のおかげであの人の家族構成を少し知ることができて
うれしく思い、
さらに左甚五郎の噺のときには
「私は左利きですが、落語の登場人物にサウスポーはいますか?」
と問われ、
あの人のプライベートな情報を知ったことにニヤニヤしながら
主人公が左利きの上方落語一文笛(いちもんぶえ)を
勉強したりしました。

そして先月10回目の会のときにあの人は初めて姿を現しませんでした。
その日は区切りの10回目ということもあってか
お客さんの数は多かったのですが、
とにかくあの人がいないことだけが気になって気になって仕方ありません。
当然あの人からのアンケートもないわけで
それからのひと月は何だかぽっかり穴があいたかのようでした。
そうです。
私はすっかりあの人いやあなたのファンになっていたのです。

さて長く感じた一ヶ月が経ち昨日が今月の勉強会の日でした。
あなたは何事もなかったかのように定位置の左端に座っています。
アンケートには先月は夏風邪をひいてしまい、
会場の広さを考えると周りにうつしてはいけないので来られませんでした。と
書いてあります。
質問は花魁への一途な愛の噺にちなんで
「今までだれかに告白したことはありますか?」というものです。

さて、来月この質問へのアンサーをあなたへの告白にしようかしまいか、
眠れなくて大量の羊を数える日々が続きそうです。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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中山佐知子 2016年8月28日

1608nakayama

遠い先祖が寒さに追われて

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

遠い先祖が寒さに追われて
カムチャツカから海を渡り
千島列島を飛び石伝いに南へ下ったらしい。
およそ2万年ほど昔、
最終氷河期のもっとも寒かった時期のことだ。

陸伝いの移動はもっと簡単だった。
当時、大陸とサハリンと北海道は陸続きだったからだ。

流れは南へ向いていた。
氷河期の空気は気持ちよく乾き
氷が真水の貯蔵庫として機能したので
地面はいつも適度な湿り気があった。
気温さえ条件を満たせば生きやすい時代だった。

そうして、日本列島で1万年ほど暮らしていたら
突然暖かくなってきた。
空気がじめじめする。
そのせいで冬になると雪まで降った。
雪は一年の半分地面を覆い、
草が食べられなくなったマンモスが死んだ。

北へ、という言葉が囁かれるようになった。
北へ帰ろう。
北のふるさとへ帰ろう。

ところがだった。
地球の緯度を100km北へ上ると0.6℃気温は下がるが
山の標高を100メートル登っても同じだけ気温は下がる。
氷河が溶けて海の面積が広がっていた。
北へ帰るのは容易ではない。
北を目指すより山を登ろうと考える連中がいたのも
当然のことだっただろう。
単純に計算すると
標高2500メートルの高山地帯は平地より15℃涼しい。

チョウノスケもチドリもベンケイも山を登った。
ワタスゲは標高の高い湿原を住処に定め
サハリンの黒百合も居場所を見つけた。
いま日本で高山植物と呼ばれる草花は
こうして生きのびた種族だ。

例えばカムチャツカへ行くと
日本の高山植物がありふれた花として咲いている。
絶滅が心配されている花々がたくましく繁殖している姿を
見ることもできる。

それらを目にして、はじめて気づくことがある。
もともと貴重な種族などは存在しなかった。
貴重なのは、彼らが生きた知恵でありその歴史だったのだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2016年8月21日

1608naokawa

おかえり

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

死んでみると、「三途の川」が本当にあった。
イメージしていたような、暗くて不吉な風景ではない。山奥のせせらぎだ。
木々の葉を揺らす風もなく、さらさらと水の音だけが心地よく耳に届く。
脱衣婆とか鬼とかいった恐ろしげなものもいない。
晴れ渡った空からあたたかな陽光がふりそそいでいる。
水は透明で、手をひたしてみると心地よくぬるんでいる。

この川に流されていったらどうなるのかとふと思った。

じゃぼんと川の水に身をまかせる。おれの体は、ゆるゆると動き始めた。
仰向けに浮かぶ。
真上を見あげるおれの前で、青空がスクロールしていく。

気持ちいいなあ。
いやあ、気持ちいい。
これは、たぶん、おれでなくても流されたくなる。

しばらく下って、川の合流地点にさしかかる。すると、
向こうの流れの水面に、
黒い大きな丸いものがぽかりと突き出ているのが見えた。
熊。熊の頭だ。
だが熊はこちら側には関心をしめさず、
平和な顔つきで水の流れに身を委ねているように見える。

川の幅がだんだんと広くなっていく。
小さな流れが集まっていくにしたがい、
そこからいろいろな生き物が流れ込んでいるのが見えた。
見渡す限り川の水になる。
流れはとてもゆるやかで、なめらかな水面は、空の青色を貼り付けたようだ。
豚。馬。鹿もいる。人もいた。
テレビで見たガンジス河を思い出す。

平泳ぎで流されている女がいて、仰向けに流れているおれと目があった。
あ、それがラクか、と思ったのだろう。女も同じ姿勢になった。

さらにさらに下っていく。
ふと自分の足を見ると、見慣れない爬虫類のような足にかわっている。
まわりで流されている動物たちも、
トカゲなのかなんなのかわからない生き物になっている
。図鑑で見たことのある、古代生物だと気づく。

そういうことか。
おれは時間をさかのぼっているのか。

水はあたたかく、
おれは自分の輪郭が溶けていくような気持ちよさに包まれている。
これは死ぬのもわるくないなと、あらためて思う。

さらにさらに下る。
何億年分戻ったのだろう。
おれの輪郭はほどけ、バラバラになって、
バクテリアみたいなものになっている。
心地よくぬるんだ水の中は、バクテリアでいっぱいの、
スープのようになっている。ラーメンを思い出す。

流れは、ついに終結点にたどりつく。
この世界で死んだ生命たち、そのすべてをとかしこんだスープが、
深い深い淵へと注ぐ。

40億ぶりに戻る生命の始原の時間。
その淵に、おれたちは流れ落ちていった。

ああ、ただいま。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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田中真輝 2016年8月14日

1608tanaka

「流れにまつわる追想」

      ストーリー 田中真輝
        出演 石橋けい
  
夏。昼下がり。蝉の声がやんでいる。先ほどまであれだけやかましかったのに。
曽祖父の代からうちにある大きな振り子時計。その振り子が揺れるたびにカチ
カチという音だけが聞こえている。縁側から差し込む日差しを避けるようにし
て畳の部屋にできた日陰の中に体を横たえていると、冷たい畳の肌触りが心地
よくてついまた眠ってしまいそうになるけど、さあっと吹き込んできた風に、
雨の匂いを嗅ぎ取ってもう眠れない。あのときも今と同じように、夏の日差し
を避けて薄暗い畳の上で気だるく横たわっている私の目を覚まさせたのは、ど
こか少し生臭いような雨の匂いだったのだけれど、それは外からの風に乗って
運ばれてきた夕立の気配などではなく、いつの間にか目の前に立っている女の
濡れそぼった体から水滴がしたたり落ちて畳の目地に沿って流れていくしずく
のその流れによって運ばれてくる水の匂いが、わたしの鼻先をかすめて、水そ
のものの流れよりも先に部屋の外へ、庭土の上を小さな流れとなって、降り始
めた雨といっしょくたになって、やがて冷たく暗い穴の中へ滑り落ちていくと、
そこはもう海の匂いがする、と思うわたしは、いつの間にかまた少し眠ってい
たようで、目を上げると、もうそこには先ほどの濡れそぼった女はおらず、水
を吸い込んで足の形に黒く沈み込んだ畳が見え、そこから立ち上る水の気配の
ようなものだけがゆらゆらと、カチカチと聞こえてくる振り子の音をくぐり抜
けるように、ゆらゆらと揺らぎながら暗い部屋の天井の方へとのぼっていくと
そこには、同じようにのぼって行った水の気配が逆さまに溜まってゆらゆらと
揺れる水面があり、畳の上にだらしなく横たわるわたしのシルエットが逆さま
に映ってゆらゆらとゆれている。そのとき。ざっと。庭の木々を打つ。雨の音。
かきけされる。振り子時計の。カチカチ。いう音。一瞬の、闇。
闇の中に戻ってくる。濡れそぼった女から打ち寄せる、波のように打ち寄せる
息遣いがわたしの前髪をさらさらと揺らし、さらさら揺れる前髪をすり抜けて
届くその湿った息遣いがわたしのまつげに触れ、わたしのまぶたを覆うように
して閉じていくと思う間に、天井にとどこおっていた水面のさざめきがひとと
き収まって、鏡のようにわたしの姿を映すとその姿を抱えたまま、縁側に向か
って開かれた空間へと一気に溢れ出し、流れ出す先にあるのは先ほどまでの激
しい雨の気配だけを残して垂れ込め渦巻く質量をともなった雲の塊へとあまあ
いをついて空へと落ちていく落ちていくわたしはどこまでも空へと流れ落ち運
び去られていってもう取り返しがつかない。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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岡部将彦 2016年8月7日

1608okabe

「アキレスと亀」

      ストーリー 岡部将彦
        出演 地曵豪

男は、今、まさに死の淵にいた。
観光地の崖からの転落。
その落下の途中であった。

まさか、こんなカタチで自分が死ぬなんて。

景色がゆっくりとスローモーションになっていくって、
本当なんだな。

あまりの事態に、現実感がなく、男はどこか冷静だった。
人生で1度しかない死の瞬間を観察しはじめていた。

人が死に直面したとき。
脳は極限まで集中力を高め、
少しでも生き残る可能性がないかを探しはじめる。

その際、
不必要と判断された五感はひとつずつシャットダウンされていくという。

まず味覚がシャットダウンされた。
続いて触覚と嗅覚が、そしてほどなくして聴覚がシャットダウンされた。

男に静寂が訪れた。

いまや脳は五感に割いていた力を、視覚だけに注いでいた。
単純計算で5倍。
その極限の動体視力で景色がスローモーションで見えてくるのだ。

昔、映画で見たことがあるぞ。
「ここぞ」という大事な場面を迎えたスポーツ選手。
歓声が消え、すべてがスローモーションになり…
あれか。

状況は極めて悪い。
そう判断した脳が、
視覚からさらに色彩を消した。

男にモノクロの世界が訪れた。
まわりの景色は、より一層スローになった。

それでもゆっくりと地面は近づいて来る。
そのタイミングで脳はさらなる稼働をはじめた。

この瞬間にすべてをかけた、
なりふり構わないフル稼働。

この死を逃れる方法がないか、
日常生活を送るうえで、普段は使っていない部分も含めて
すべての脳細胞が一斉に情報処理をはじめた。

0.1秒が、何倍にも膨れ上がった。
さらに次の瞬間、何万倍にも膨れ上がった。

あくまで男から見た世界ではあるが、
すべての時間が止まったようであった。

男が数mm落下するその刹那を、
脳は持てる力の限りを使って、
何万倍、何百万倍もの時間にひき延ばしはじめた。

男は、すべてを理解した。
俺はこのまま死ねないかもしれない。
死の瞬間を、こうして脳は永遠に延ばし続けていくのだな。

外から見ると、たった一瞬の出来事だった。
だが、男は、永遠に地面に激突する刹那の中にいる。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2016年7月31日

1607nakayama

映画館のある島で

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

映画館のある南の島で夏休みを暮らしたことがある。
島は母の島だった。正しくは母の故郷だった。
母は僕が小さいときに死んだと聞かされていたが、
母の親戚が島のそこここにいた。

僕がお世話になった家には女の子がふたり。
姉は僕よりひとつ年上で、妹はひとつ下だった。
姉は癇性な上に年上だからと威張り
命令に従わないとすぐに癇癪を起こしたし、
怯えた妹が僕の手のなかに自分の手をそっと滑り込ませたときも
荒れ狂ってあたりのものを投げ散らかした。

飛んできたお盆や座布団を投げ返しながら
僕は不思議でたまらなかった。
女の子を相手に野生動物のようなケンカをする自分が
どうしてこんなに心地よいのだろう。
裸足で走るのも人前で泣くのもいい気持ちだった。
ケンカは最高に楽しかった。
あの夏、僕は子供時代をもう一度やりなおしていたのだと思う。

昼間、僕たちは近くの浜辺で泳ぎ
日暮れになると映画館へ行った。
同じ映画を何度も見て、同じシーンで笑い
同じシーンで泣いて怒った。
泣くときはどういうわけか三人しっかり手をつないで泣いた。

映画館を出ると、空のてっぺんには天の川が流れ
西の空には木星が光った。
町の灯りより星明かりがにぎやかな島だった。
僕は姉と妹に星の知識を教え、姉は島のことを僕に語った。
島は精霊に守られ、
精霊の声を聞く特別な人がいることを知ったのも
映画の帰り道だった。
精霊ってなんだろう。
問いかけた僕に、妹が小さな声で「おかあさん」と答えた。

島の最後の日は、昼間から映画館へ行った。
明日はもうここにいないのだと思うと
胸がつまるようだった。
出て行くのは僕なのに
仲間はずれにされたような痛みがあった。

開演のベルが鳴って灯りが消えると
じわっと涙が出てきた。
妹がそっと僕の手に触れた。
姉が僕の手をぎゅっと握った。
ああ、これだと僕は思った。これが精霊だ。
精霊は共感するチカラなのだ。
誰かの心に寄り添い、共に悩み共に悲しむ心が精霊であり
妹にとってはおかあさんだったのだ。

手をつないでいると
川が合流するように僕たちの気持ちはひとつになって
あふれはじめた。
香港のアクション映画の音楽に埋もれて
その日、僕たちはずっと泣いていた。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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