佐藤充 2026年4月19日「シャングリラ」

シャングリラ

ストーリー 佐藤充
   出演 遠藤守哉

タイのバンコク。朝の4時。
カオサンストリートから5分ほどの
元精神病棟を改装したと噂の真っ白な部屋と
窓ひとつないところが特徴のゲストハウス。

そこで10歳以上年上の日本人に
トランプでボロ負けをしていた。

「大人気ないですよ」
「勝負に年齢は関係ないだろ」
「このままだとバンコクの思い出が嫌なまま終わります」
「トランプに勝って記憶を上書きしたらいい」
という口車に乗せられてこの日も負けを重ねようとしていた。

朝5時になると僕らが10バーツラーメンと呼んでいる屋台がはじまる。
そこのラーメンにナンプラーをたっぷり入れて食べ、
宿に戻って昼過ぎに起きるのが日課のようになっていた。

なんでこんな生活をしているのか。
2ヶ月の休みを何して過ごすのか。
何も決めずに来たのが全てだった。

当時の僕はとりあえず日本からバンコク行きのチケット買って、
そこからの予定は着いてから決めればいいと思っていた。

バンコクに行けば世界中からバックパッカーが集まっている。
そこでいろんな人におすすめの場所を聞いてまわったり、
当時はゲストハウスそれぞれに旅ノートというのが置いてあって、
それを読めばだいたいのことが書いてあった。

現地のおすすめの飲食店から
国や都市やゲストハウスの情報、
安く移動する方法、ビザを簡単に入手する方法、
合法なのか違法なのか本当なのか嘘なのか
わからないことまでいろいろ。
僕はそれを読むのが好きだった。

そこに気になる一文があった。

「シャングリラは、本当にある」

シャングリラって理想郷や空想の世界を指す言葉じゃないのか。

チャットモンチーの『シャングリラ』や、
電気グルーヴの『Shangri-LA』は知っているけど、
本当に存在する場所なのか。
いかがわしい違法すれすれなお店の名前じゃないのか。

僕にトランプで大勝ちして
機嫌をよくしている日本人に聞くと、
「中国の雲南省の方にある」と言う。

旅程が決まった。
シャングリラに行こう。
決まると早い。

例の如くお金はないけど、時間はあるので、
トランプを切り上げ、バスで向かうことにした。

ラオスを抜けて、
陸路で中国に入り、
大理や麗江などいろんな街で (ダーリー)(リージャン)
寄り道、道草、遠回りをして、
3週間くらいかけてやってきましたシャングリラ。

シャングリラとは
チベットの言葉で
「心のなかの太陽と月」を意味する。

標高3300メートルに位置する
チベット文化を色濃く残すこの街は、
経文が印刷された青白赤緑黄色の旗が
あちこちに掲げられて風に揺れていた。

風が旗をはためかせることで、
風に乗った経文が周囲の環境や人々を浄化し、
幸運や平和が広がると信じられている。

宿で自転車を借りて、
ナパ海の方まで行くことにした。

ナパ海。
こんな山奥なのに海という名前。

山に囲まれたこのあたりは、
雨季になると、水が満ちて、
空色をした湖ができるらしい。

その様子は
天空に浮かぶ湖と呼ばれ、
空と水の境界線が消えて幻想的な景色が広がる。

今は乾季で、
赤やピンク、紫の花が広がっていた。

立派なツノを持つ野生のヤクが
野放しになって、草を喰んでいる。

もしも自分が陸上選手なら、
ここで高地トレーニングしたいと思う。

でも陸上選手じゃないので
今はここでビールを飲んだらうまいだろうなと思っている。

自転車を止めて、
草の上に腰をおろす。
手が届きそうなほど空が近い。

気持ちのいい風が吹いている。
青白赤緑黄色の旗が揺れている。

水が満ちたこの場所を想像する。
山と空とカラフルな旗が反射した湖が広がっている。
それを青島ビール飲みながら眺めている。

「シャングリラは、本当にありました」

バンコクのカオサンにあるゲストハウス。
次の誰かにバトンを繋げるような気持ちで、
僕は旅ノートに書いている。

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佐藤充 2026年3月8日「ダイヤモンドダストサクラ」

ダイヤモンドダストサクラ

   ストーリー 佐藤充
      出演 地曵豪

ダイヤモンドダストの舞うなか、
サクラちゃんが立っていた。

地元旭川では、
氷点下10℃以下の晴れた日に、
ダイヤモンドダストが現れる。

大気中の水蒸気が昇華してできた氷の結晶が
太陽の光をキラキラと反射させながら、
空を舞っている。

氷点下の宝石などと言われているが、
それは何も知らない人が言っていることだと
中学生の僕は思っていた。

ダイヤモンドダストには、
憂鬱な気分にさせる力がある。

美しいものには毒があるというが
そういう類のもの。

鼻からおもいきり空気を吸い込むと、
鼻のなかに瞬間接着剤をつけたのかと疑うくらいに
鼻がくっつく。

瞬きをすると、
まつ毛同士がくっついて、
目が開けられなくなる。

寝癖をなおした髪の毛を乾かさずに
家を出たら髪もカッチカチに凍る。

細かく砕いたガラスの破片が空気に混じっている
と思うくらい肌に触れる空気も痛い。

おまけに僕は寒さでお腹が痛くなるうえに、
寒暖差アレルギーなので鼻水も止まらなくなる。

そんな朝、
鼻水をすすりながら学校へ向かっていると
同じクラスのイシモリと会ったので
いっしょに行くことにした。

イシモリとはその後お互いに大学生になり、
東京の中野でいっしょにシェアハウスをすることになるのだが、
当時はそんなことを知るよしもなく他愛もない会話をしていた。

イシモリは、
プレステ1のゲームも遊べる互換性のあるプレステ2を買ったけど、
結局はFF10ばかりやっていて、
とにかくユウナが可愛いという話と、
ティーダの最強武器アルテマウエポンが手に入らない
という話をしていた。

ジャンヌダルクの新曲『月光花』の話から、
『霞ゆく空背にして』もいいけど『DOLLS』の歌詞がエロいという話。
安田美沙子の京都弁が最高だという話から、
時東ぁみの「ぁ」がなぜ小文字なのか
という話をした。

他にもイシモリは近所のお坊さんに
家の中に霊道が通っているので、
いますぐにでも引っ越したほうがいいと言われて、
土地を買わされそうになっているから、
転校することになるかもと話していた。

そして、
話題は僕ら4組のクラスメイトの野球部ホリベが
1組の柔道部の男子たちに襲われたことに移行した。

当時の僕らのなかでは、
全ての学年行事でいつも4組はビリなので、
勉強も運動もできない余りものたちが集められたのが
4組だという認識だった。

劣等感は結束を生むのか、
4組の男子たちは仲がよかった。
休み時間も昼休みも放課後もトイレに行くときも
土日にラウンドワンへ行ったり、ずっと一緒にいた。

それが気に食わなかったのか、
理由なんてなんでもよかったのか、
昼休みにホリベは1組の男子たちに、
トイレへ引っ張られて襲われたのだった。

ホリベはそのときのことを
「詫びだかワサビだかしらねぇけど、
急に詫び入れろとか言われて殴られた」
と言っていた。

「詫びだかワサビだかしらねぇけど」を気に入ったのか、
そのあともホリベは何度もそこだけリピートして言っていた。

僕とイシモリはというと、
そんなホリベを心配することもなく、
もしも自分たちが襲われたらどうするかシミュレーションをしていた。

柔道部に真正面から挑んでも勝てるはずもない。
走って逃げるか、バッドとかが落ちていたらそれで威嚇しながら
やっぱり逃げようという話をしていた。

そんなときだった。

キラキラしたダイヤモンドダストが舞うなか、
イシモリの妹のサクラちゃんが立っていた。

しかも、
ガリガリくんを食べながらコートも羽織らず薄着で立っていた。
その姿は同じ道民から見ても異質だった。

「何してんのよ」とイシモリが聞くと
「ダイヤモンドダスト見てる」と答えるサクラちゃん。
「いや、なんでガリガリくん食べてるのよ」と聞くと、
「食べたいから」と答えるサクラちゃん。

その異質さを表すだけの言葉を持っていなかった僕たちは
「そっか」とだけ言って学校へ向かった。

薄着でガリガリくんを食べながら、
ダイヤモンドダストを眺めていたら、
襲いにきた柔道部も逃げてくれるかもしれない。
もしかしたらコートを貸してくれて仲良くなれるかもしれない。

サクラちゃんからは、
そんなことを思わされるだけの不思議な力を感じたけれど、
お腹を壊しそうなので、やっぱりやめることにした。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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佐藤充 2026年1月18日「寝台バスは昆明へ向かう」

寝台バスは昆明へ向かう

   ストーリー 佐藤充
      出演 地曵豪

時間はある。お金はない。
ラオスのルアンパバーンから中国の昆明へ、
25時間かけて寝台バスで行くことにした。

飛行機の半分の金額で移動ができて、
寝ることもできるから宿泊費も浮く。

Wi-Fiはない。
不便に思えるが、デジタルデトックスだと思えばいい。
読みかけのバルザックの『ゴリオ爺さん』に集中できる。

こんなことなら何度も挫折してきたドストエフスキーの
『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』を持ってきたらよかった。
いつも登場人物の名前が覚えられないのだ。

疲れたら流れる景色を
ぼーっと眺めて過ごせばいい。

窓の外を流れる街並み。
一軒一軒に生活がある。

もしもここで生まれたらと考える。
高校生だったら放課後にあそこに見える屋台で
友達と買い食いしたら楽しそうだなとか考える。
そんな想像をして過ごすのも悪くない。

心配なのはトイレくらいか。
トイレのない寝台バスらしい。
それも水やビールの飲み過ぎに
気をつけていたら調整できる。

考えれば考えるほど、
快適で有意義な時間が待っている気がして、
寝台バスは魅力的に見えてきた。

そう思って乗車した。
考えが甘かった。

バスは真ん中に通路があり、
通路を挟む形で両端に2段ベッドが並んでいた。

2段ベッドの上だとバスの揺れで落ちたりするかもと思い、
僕はバスの1番奥の2段ベッドの下に陣取ることにした。

靴を脱いでベッドの上に座る。
ここから全乗客の様子を見ることができる。
乗客はほぼ中国人しかいない。

ふと鼻腔を突き刺すにおいで、
高校時代の剣道部の部室を思い出す。

もしかして自分の足からだろうかと思ったけど、ちがった。
バスのなかが、剣道部の部室と同じにおいだった。

たぶんシーツなど洗っていないうえに換気もしていないのだろう。
小樽商科大学へ行った剣道部のシノハラは元気だろうか。

上のベッドからナッツの殻が落ちてくる。
嫌がらせだろうかと思ったら、ちがった。
みんな床にゴミや食べカスを落としている。

中国はバスのなかであろうと関係ないらしい。
まだまだ知らない文化だらけだなと思っていたら、
カーーーーーーッ!ペッ!と空気を切り裂くような音とともに
おじさんが床にツバを吐いた。

嘘だろ?と思っていたら、
他の中国人の方がそれには注意をしていた。

通路に脱いでいた靴を念のため
移動しようとベッドの下を覗いたときだった。

ガサガサと動く黒い生き物がいた。

もしかしてと思い、
ベッドシーツをめくってみる。
いた。やっぱりいた。けっこういる。
ゴキブリだった。

見なければよかった。

これは快適な寝台バス旅ではなく、
悪夢のゴキブリ寝台バス旅だった。

こうなっては本を読む気にもなれない。
内容が入ってこない。

出してくれ。
ここからはやく出してくれ。

窓の外の流れる景色を
助けを求めるような気持ちで眺めてしまう。

25時間、
悪夢だった。
数時間に1度のトイレ休憩や、
食事休憩だけが唯一の気持ちの休まる時間だった。

沢木耕太郎はこう言っていた。

旅は人を変える。
人が変わる機会というのは人生のうちにそう何度もあるわけではない。
だからやはり、旅に出て行ったほうがいい。
危険はいっぱいあるけれど、困難はいっぱいあるけれど、
やはり出て行ったほうがいい。
いろいろなところへ行き、いろいろなことを経験したほうがいい。

そう言っていた。
だけど、ここに注釈を付け加えたい。
ゴキブリ寝台バスで行くのだけはやめたほうがいいと。

25時間後、
僕は悪夢を消し去るように昆明で青島ビールを浴びるように飲み、
人生ではじめて海外でお酒を飲みすぎて記憶をなくしたのだった。

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出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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佐藤充 2025年12月14日「イスタンブールの孤独」

イスタンブールの孤独

   ストーリー 佐藤充
      出演 地曵豪

トルコのイスタンブールにいる。
時刻は25時。
場所はブルーモスクと呼ばれているスルタンアフメトモスク前の広場。
さっきまで観光客で賑わっていたのが嘘みたいに誰もいない。

18歳。1人旅。
なにも怖いものがなかった。
好奇心しかなかった。

それがいけなかった。
東京からイスタンブールに到着して、
5時間で10万円を失った。

イスタンブールをスタート地点に
1ヶ月かけて中東をまわる予定だった。

残り9万円。
ギリいけるのか。いけないのか。
クレジットカードは持っていない。
スマホも持っていない。日本へ連絡手段もない。
手持ちのお金だけで生き抜かなければならない。

何がいけなかったのか。
足りない頭で考える。
いくつか分岐点があった気がする。

20時。ブルーモスク前の広場で
1人イスタンブール名物のサバサンドを食べていた。

そこにキプロス人の2人組がやってきた。
「一緒にケバブを食わないか?」

焼いたサバだけだと味気がないと思っていたので、
一緒にケバブを食べにいくことにした。

まずここが1つ目の分岐点だった。
知らないキプロス人2人組についていってはいけない。

北海道の母にも上京するときに、
知らない人についていってはいけないと言われていた。
きっと僕の性格を理解したうえで言ってくれていたのだ。
忘れていた。

イスタンブール市街の飲食店でケバブを食べ終わったときだった。
またキプロス人の2人組は言う。
「ケバブも食べたし、一緒に踊らないか?」

食後の運動がダンス。
オシャレだなと思った。
悪くない。一緒に踊ることにした。

たぶんここが2つ目の分岐点だった。
まだ引き返すことができた。

「ダンスフロアが近くにある」と、
キプロス人2人組がいうのでついていく。

路地をどんどん薄暗いほうへ進んでいく。
街灯などない。キプロス人は笑う。
暗闇のなか白い歯だけがやけに目につく。

「ここだ」と連れてこられたお店のなかに入る。
お客さんはいない。代わりにボブサップのような男が5人くらいいる。

もしかしたらこれが最後の分岐点だったかもしれない。
走って逃げればよかった。
入店してしまった。

「ここに座れ」と言われ、席につく。
テーブルにはシャンパンやビールの空いた瓶やグラスが置いてある。
「これはお前が飲んだ」と言われる。

いやいやいや、飲んでいないのだけど、と答える。
というか帰らせてもらいます、と立ち上がる。

そんなかたいこと言わずに踊ろうぜ、と
キプロス人2人組とボブサップ5人に囲まれる。

身体をまさぐられる。
身ぐるみをはがされる。
財布を奪われる。
そこには1ヶ月の全予算19万円が入っている。

キプロス人がその19万円を掴む。
これがなくなったら全てが終わる。
僕もつかみかかる。

19万円が空中に舞う。
スローモーションに見える。

ダンスフロアに舞い散る19万円。
それに群がるキプロス人2人とボブサップ5人。
そして自分。

どうにか拾い集めた9万円を握りしめ、店を飛び出す。
深夜のイスタンブールの街を駆け抜ける。

どうやって帰ったかもわからない。

入国してからここまで数時間。
スタート地点のブルーモスクに戻ってきた。

そういう競技があればオリンピックに出られるくらいの
スピードでお金を失った。

ケバブを経て、
ダンスを経たという芸術点も加点対象になるかもしれない。

モスクから点数の書かれたフリップを持った審査員たちが出てくる。
10点、10点、10点、10点。ワールドレコードです。
ブルーモスクから特大の花火が打ち上がる。

なんてことは、もちろんない。逃避するのをやめた。
気づくとまばらだが人が歩き始めている。

街中に礼拝時間の呼びかけであるアザーンが大きな音で流れ、
モスクで礼拝がはじまった。

夜明け前のやわらかい光に包まれたブルーモスクと
礼拝をする人を眺めていたら、
もう少し旅をしていたい気持ちにもなってきた。

あれだけ痛い目にあったのにすぐに忘れる。
たぶんこんなんだから何度も痛い目を見るのだろう。

1ヶ月後、エジプトのカイロでアラブの春という革命に巻き込まれて、
パスポートも全て盗まれて帰国できなくなることを
僕はまだ知らない。

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出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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佐藤充 2025年10月19日「夕暮れ」

夕暮れ

  ストーリー 佐藤充
     出演 大川泰樹

晴れでもなく、曇りでもなく、
暑くもなく、寒くもなく、
昼でもなく、夜でもない。

人がいるわけでもいないわけでもない。
住宅街を歩いている。

目的があるわけでも、ないわけでもない。
ただなんとなく歩いている。

なに食べる?と聞かれる。

魚でもいいし、お肉でもいい。
洋食でもいいし、中華でもいい。

はっきりしない男だね、と怒られる。

はっきりしない男の好きな季節は、
北海道の8月お盆明けから、10月の初雪が降るまでの季節。
あと東京の5月が好き。

それって結局どの季節が好きなの?と聞かれる。
さっきも言ったけど、と同じ話をする。
馬鹿を見るような目で見つめられる。

向こうから30代にも60代にも見える男が歩いてくる。
男はタンクトップを着ているわけでも着ていないわけでもない。
タンクトップは生地が伸びきっていて
左右の乳首が丸見えになっている。

見るわけでも見ないわけでもなく、
ただ視界に入れながらすれ違う。

あれって露出狂なのかな?と聞かれる。
見る人によるね、と答える。

ゼロか100か。
白か黒か。
子供か大人か。
男か女か。
敵か味方か。
生きるか死ぬか。

はっきりしないものは存在しないことにされる。
わかりやすいことが必要とされる。
イエスかノーかで答えることが求められる。
主張の強い人間たちだけが生き残る。

季節は春や秋がなくなり、
夏と冬だけになっていく。

気づくと昼と夜だけになり、
夕暮れもないものになっていく。

晴れでもなく、曇りでもなく、
暑くもなく、寒くもなく、
昼でもなく、夜でもない。

そんななかを歩いていく。



出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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佐藤充 2025年8月10日「ダウ船」

ダウ船

      ストーリー 佐藤充
         出演 地曵豪

金曜の夜に営業からteamsで連絡がくる。

先日提案した企画の戻しがクライアントから来ました。
月曜日に再提案できますか?

土日は千葉県の山で撮影している。
スタジオ撮影ならどうにか作業する時間はあるけれど、
どうしようかとなかなか返事をできずにいると今度は電話がくる。
それにも折り返さずにいると次はショートメッセージがくる。

そんなとき、ザンジバル島へ想いを馳せる。

アフリカ東海岸のインド洋上にある島。
国でいうとタンザニアに属している。

10年前、ザンジバル島にいた。
成田から乗り換え3回、
24時間を超える搭乗時間の末に到着した。

空港からはダラダラと呼ばれる乗り合いバスで、
ザンジバルで最も栄えた街ストーンタウンへ向かう。
そこからさらに乗り合いバスを乗り継いで、
海岸沿いの街パジェへ。

移動に次ぐ移動で疲労困憊だった。
ようやくゲストハウスに到着する。

そこでゲストハウスのスタッフの
ボブマーリーそっくりなお兄さんに
「ワッツアップメーン」と陽気に話しかけられる。

「あ、グッドです」と陰気くさく答える。

バイブスが合わないと思われたのか、
そこから1週間の滞在でボブマーリーお兄さんに
話しかけられることはほぼなかった。

前にインドで会った日本人に聞いた、
長くバックパッカーをやっている人に
関西出身者が多いという話を思い出す。

関西出身者は海外のコミュニケーションのノリに
怖気付くことがないのだという。
確かにテレビ番組で現地の人と関西弁だけでやりとりする
千原せいじさんみたいな
バックパッカーの人を今まで何人か見たことがある。

県民性ってあるんだなぁ、
不思議だなぁ、などと翌朝パジェの浜辺を歩きながら考える。

暑くなってきたので涼しそうな場所を探す。
目の前に自分と不釣り合いな高級リゾートホテルが現れる。
ロビーが新宿御苑の温室植物園のようだった。
カラフルな植物に溢れるロビーを抜けると
インド洋を眺望できるプールがあった。

プールデッキにはいくつも日よけのパラソルがあり、
その下にはテーブルとチェアが置いてある。

そのひとつに腰をおろす。
インド洋がキラキラと輝いている。
気持ちのいい風が吹いている。

もうこの時点で100点だった。

僕が旅する理由。
それは風が気持ちいい、眺めのいい場所を探すこと。
そしてそこで朝はコーヒーを、昼以降はビールを飲む。
そのために旅をしているのではないかと錯覚させるほど完璧だった。

スタッフがメニューを持ってくる。
一応ここの宿泊者じゃないことを伝えるが問題ないと言う。

メニューを見る。
コーヒーが2ドル。
ビールが4ドル。

見つけた。ここだ。と思った。
それから毎日通った。

朝はコーヒーを飲みながら文庫本を読み、
昼はビールを飲みながら
三角帆のダウ船がインド洋を進むのをボーッと眺める。
ああ、これがしたかったんだ。

ピンポーン。

家のチャイムの音で現実に戻される。

営業からの月曜再提案のメールも電話も
ショートメッセージも反応せず放置していたのを思い出す。

目を閉じる。
もう一度、ザンジバル島へ想いを馳せる。
三角帆が風に膨らむ。ダウ船が見えなくなっていく。

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出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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