目をあけるとそこには夏が



目をあけるとそこには夏が

         ストーリー 加藤晶(東北芸術工科大学)
            出演 大川泰樹

目をあけると、そこには夏がありました。
私はそれを電車の窓から見つけました。

太陽は田んぼに張られた水や山々の木々、
そこにある様々なものを輝かせています。
緑も白も黄色もすべて、
平等にきらきらとしています。
吹く風には明るい色がついているようです。

まだ小さい私はうとうとと眠ってしまったようでした。
隣には父と母がいて、ふたりは小さな声で会話をしています。
懐かしさなんてまだ覚えるはずのない私でも
懐かしいと感じてしまうような、
暖かくて良いにおいのするふたりの姿です。

私は電車でこれから運ばれてゆく場所を、想像します。
私が生まれるずっと前からある美しい風景や自然、
季節、動物たちが浮かびます。
それは、たくさんの人が生活を営みながら、
ずっと守ってきたものです。ゆるやかにつづいてきたものたち。
そこは今日のように夏はからりと暑く、
冬は雪がたっぷりと積もるのでしょう。
春は新しい生きものたちがざわめき、
秋にはたっぷりとした実りがあるのでしょう。

尊いということがどういうものなのか、
私にはまだよくわかりません。
でも美しいものがそこにあり、
生きつづけているというのは
きっと尊いことなのでしょう。
そこをこれから私がたずねるのも、
きっと一つの奇跡のかたちなのです。

まだ少し眠く、私は目を閉じます。
電車のゆっくりとした心地よい揺れを感じながら、
私はこれから見る景色を想い、夢に見ます。

東北に行こう。

● 日本の車窓から・東北
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● 車窓で旅する日本列島
 陸羽東線:http://www.toretabi.jp/travel/vol01/01.html
 只見線:http://www.toretabi.jp/travel/vol13/01.html
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中山佐知子 2011年6月26日



僕はビーバー

               ストーリー 中山佐知子
                   出演 大川泰樹

僕はビーバー、森の建築家だ。

僕の仕事はダムをつくること。
木を切り倒しては水辺に運び、その木で川を堰きとめる。

僕は特別なビーバーだから
最初に仕事をはじめるのはいつも暗い森だ。
木と木が混み合い、
枝と枝が重なってほとんど陽のささない森、
じめじめと湿った土には苔やシダが生えている森。
雨も降っていないのに上から雫がポタポタと
いつも泣いているような森。

そんな森を見つけたら
僕ははじめに木を何本か切り倒す。
すると森はそこだけ明るくなって足元に草が生える。
草の匂いをかぎつけて鹿がやってくる。
花が咲いたら新しい虫も飛んでくる。

それから僕は切り倒した木を組み立ててダムをつくる。
川が堰きとめられておだやかな池ができると
水鳥がやってきて巣をつくり雛を育てはじめる。
草を食べていた鹿は水を飲みにやってくるし
池の底には水草も育っている。
僕のダムは小さな命の楽園になる。

森も少しづつ変わっていく。
僕がダムのために木を伐りだした場所には
笑顔のような日だまりができている。
混み合った木が少し減っただけでびっくりするほど森は明るい。

ビーバーのなかには何世代もにわたって
大きなダムをつくる一族もいて
カナダには人工衛星から見えるビーバーのダムもあるけれど
でも僕は特別なビーバーだから
自分がつくった楽園には長く棲めない。
僕はまた暗い森をさがして仕事をはじめなければいけない。

さようなら、と僕は森に挨拶をする。
元気でね、僕のダム。
それから僕は新しい森をさがしに行く。

でも僕はそんな自分の仕事が嫌いじゃない。
だって、涙の川にダムをつくれるのは
僕だけだからね。

僕はビーバーだから
一緒に泣いたりなぐさめたりすることはできないけれど
涙をダムで堰きとめることならできる。
だから
泣きたくないのに涙が出そうになったら
いつでも僕を呼んでいいんだよ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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大川泰樹から「ひと言」


 シャープペンシル

 TCS収録の為 新富町へと向かう有楽町線に乗った
ドア横のコーナーに立っていたら
後ろの席の女性が長い髪をまとめ始めた
暑い日だったのでロングヘアーの女性は大変だなと横目で伺っていた

 まずは後ろの髪を一つに束ね それをぐるぐるとねじり上げて注連縄状にした
そしてその注連縄に後頭部でとぐろを巻かせた
後は仕上げにピンか何かで留めるのであろうと思っていたら
何とその女性はバッグからおもむろにシャープペンシルを取り出し
とぐろに突き刺したのであった

 凄いなシャープペンシル いや この女性が凄いのか
いやいや両方とも凄いのかな
シャープペンシルもまさかこんな風に利用されるとは
文具店に並んでいた時には思いもよらなかったであろうな
う~~ん それにしても あのシャープペンシルの頭をカチカチしたいぞ

 と言う強烈な欲望に負けてしまう前に
電車は無事新富町に到着したのでありました。

大川泰樹:http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2011年5月29日



朝食はベーコンエッグ
          
               ストーリー 中山佐知子
                   出演 大川泰樹

朝食はベーコンエッグ。
カリッと焼いたベーコンと目玉焼きのカプセルを口に含む。
それから薄切りのトーストにバター。
トースト味のカプセルを取り出して
待てよ、今朝はクロワッサンにしようかと考えてみたが
結局どうでもよくなってトースト味にした。
コーヒーはお湯で溶かせばコーヒーという名の液体になる。
この発明は前世紀のものだが
この国が竈で米を炊き、七輪でサンマを焼いていた時代に
未来の食文化を決定する発明がなされたことに
僕は驚嘆を禁じ得ない。
しかもコーヒーはもともと粉とお湯でつくるものなのに
その本物の粉をわざわざ安直な粉に工夫したあたりが
実にいまの時代の先駆けといえる。

エネルギー配分の不平等をなくすため、という大義名分で
個人が自由に使えるエネルギーは最小限となり
残りはすべて生産に向けられた。
ベーコンを焼く炎は消え、
カロリーと栄養素が濃縮されたカプセルが配給されるようになった。
生産地は工場と直結し、100%安全基準に基づいて加工される。
つまりカプセルにされてしまう。
おかげで食品に起因する感染病は皆無になったが
土地土地の味の楽しみは消え
みずみずしいレタスの緑もカプセルの箱の写真で見るだけになった。

部屋の温度も蛇口から出る水の水質も均一になり
肺に取り込む空気さえコントロールされるようになってからは
僕たちは風邪ひとつひかないほど安全で
死にたくなるほど退屈だ。

僕は朝から夕食に思いを馳せる。
あれこれ考えをめぐらしてみる。
鴨のオレンジ煮、ワインはシャンベルタン。
それとも若竹煮にナズナの辛子和え、とび魚のすり身、
ジュンサイの味噌汁。
モヤシを縦に割いてその一本一本に挽肉を詰めた中国の…
と、そこまで考えて馬鹿馬鹿しくなった。
モヤシに挽肉を詰めるという奇天烈さを目で見ることがなければ
単なる挽肉モヤシ炒めだと気づいたのだ。

カプセルのメニューは世界のファーストフードから
高級料理までを網羅する。
ただそこには娯楽や遊びがないだけだ。

一年を通じて、計画的に雨が降り計画的に日が当たり
培養液から同じ味の稲が育ち、養殖場で魚が生産される。
手帳には「月曜日AM4時から6時まで雨」と
お天気まで当然のように印刷されている。
にわか雨の心配さえなくなった毎日は
大げさにいうと危険を共有することもなくなったわけで
死にたくなるほど安全で孤独で退屈なのだ。

ただ、死ぬと大嫌いなカプセルに詰め込まれ
埋葬用ロケットで打ち上げられることがわかっており
もしかして、生きていることを意味する「生」の反対語は
「死」ではなく「カプセル」ではないかと考えたりしながら
たぶん僕は明日もベーコンエッグを食べるのだろう。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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山本高史 2011年5月22日



カプセルの記憶。

             ストーリー 山本高史
                出演 大川泰樹瀬川亮

A「カプセルの中、入ったことある?」
  B「どんなカプセル?」
A「薬」
 B「あるわけないでしょう」
A「オレ、この間入ってたんだ、夢かも知れないけど」
 B「夢でしょう」
A「身動きとれなくってさ、カプセルの中にぎゅうぎゅうに詰まってたから」
 B「何が?」
A「オレが、て言うか、粉が。粉なわけ、オレ、当然薬のカプセルの中だから
 パンとかじゃないわけ、パンとかじゃないわけ」
 B「はい、オマエはパンじゃない」
A「そう、パンじゃないわけ、粉なわけ。でもオレがオレだっていう意識はあるの、
  意識体としての粉」
 B「意識体としての粉」
A「さらに視覚もあるわけ、でも粉だから目なんかないわけで、
  たぶん意識体が視覚を持ったんだと思うね、これすごくない?
  世界初、視覚を持った意識体。
  ただその視界も固定されてるから、ぎゅうぎゅうだから、
  身動きとれない満員電車って乗ったことあるでしょ?
  あれをイメージしてくれればいい」
B「つぎからそうする」
A「そしてオレは固定された視界の片隅でカプセルの内壁は動くのを見た!
  恐怖よ、誰かがカプセルを開けようとしているのよ。
  オマエ、もしかしたら薬のカプセルを開けようとしたことある?」
B「あったかもね」
A「それ絶対やめたほうがいいよ」
B「ああ、二度としない」
A「そのチカラに抗うように、オレは必死でカプセルの内側から
  動きを押さえようとしているんだ。
  でもしょせんは粉対人間、結局カプセルの封印は解かれて、
  オレは外へ飛び散った。そこまでしか覚えていない」
B「ついでにそこまでも忘れてくれ」
A「ただ最後にオレの視覚が捉えたものは、あわれにも2つに分断されたカプセル、
  その色は半分が白で半分が水色、そうオマエがいつも飲んでるヤツだ!」

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP
      瀬川亮 03-6416-9903 吉住モータース

  
動画制作:庄司輝秋

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渡辺潤平 2011年5月15日



FM696
               ストーリー 渡辺潤平
                  出演 大川泰樹

そんなワケで俺は今、新小岩のカプセルホテルにいる。

さかのぼること5時間前、俺は武道館のステージに立っていた。
さんざめく光と声援を一身に浴びながら、
俺はギターをかき鳴らし、そして歌った。

ライブの出来は最高だった。
そもそも俺のステージに、失敗する理由など見当たらない。
オーディエンスのボルテージは、一曲目から最高潮。
バンドのコンビネーションも上々。
俺のノドもコンディションは最高。
持病のヘルニアも、騒ぎ出す気配はない。
命と命がぶつかり合う、魂の120分。
俺のヴォイスと会場のヴァイブスがひとつになる。
その瞬間、俺は祈りにも似た感情を覚えた。

その夜の打ち上げは最高だった。
浴びるようにシャンパンを飲み、誰彼かまわずハグを交わした。
みんな笑顔…だったような気がする。どうやら俺は飲み過ぎたようだ。
いつしか俺は記憶をなくし、買ったばかりのスマートフォンをなくし、
右の肩パットとスカルのリングをなくし、
気づいたときはタクシーの後部座席でカエルのようにぶっ潰れていた。

俺を乗せたタクシーは、新小岩というシラケた駅で止まった。
何でも俺は車内で「新小岩」とさかんに口走ったらしい。
「しんどいわ…」 そうつぶやいたのを運転手が聞き間違えたのではないか。
そんなことを勘ぐってみても、もはや、あとのフェスティバルだ。
とにかく俺は、俺という存在におよそ似つかわしくない街で路頭に迷うことになった。
ケータイがないからマネージャーに連絡も取れない。
事務所に連絡を入れたいが、電話番号など知ったこっちゃない。
いつもは歩いて3分の距離でさえ、黒塗りの大げさなクルマで送り迎えだ。
事務所がどこにあるのかさえ、正直なところ、よく分かっちゃいない。
まあ、新小岩じゃないことは確かだが。

しかし、何だろう。この解放感は。
いつもならサングラスとマスクなしでは街を歩くなんて到底できやしないが、
ここじゃ俺のことなど誰も気に留めていない。
ハエのようにたかるマネージャーも、
メンバーの連れのいとこの友達だとか言いながら
スタッフ面して楽屋に居座るカラッポな連中も、
俺が何か言うと、条件反射みたいにバカな笑い声を立てる
レコード会社のオッサン達もいない。
隙を見せりゃトイレの中までついて来ようとするグルーピーの気配もない。
ドラムスのデブが放つワキガに目眩を起こす必要もなきゃ、
ベーシストの8ビートの貧乏ゆすりに殺意を抱く必要もない。
FREEDOM!!
俺は、今、自由だ。これこそロックだ。俺が長年、探し求めていたものだ。
俺を縛りつけるものは、今、何もない。
しかし、金もない。部屋の鍵も見当たらない。
さっき気づいたが靴も履いてない。
仕方ない…。俺は冷えきった足の裏の痛みに耐えきれず、
駅前のすすけたカプセルホテルにチェックインした。

安っぽいシャンデリアと、生乾きのタオルのような臭い。
ブラウン管のテレビから流れる通販番組では、
数年前、俺につきまとっていたアイドルが、疲れた顔をしてはしゃいでいる。
俺が生活している六本木のホテルとは月とスッポン。
いや、ミドリガメの赤ん坊レベルだ。
だが、悪くない。むしろ、懐かしさすら覚える。
金などなく、時間と不確かな自信だけを持て余していた20代。
あの頃の、心細さと大胆さをシャッフルしたような感覚が俺のハートを駆け巡り、
鼻の奥がツンとなる。最近、どうもセンチメンタルでいけない。

往年のジャニス・ジョップリンを彷彿とさせる二の腕を震わせて、
フロントのおばちゃんが俺に手渡したキーのナンバーを見て驚いた。
696番。ロックンロール。
もしかしたら今夜、俺はロックの神に導かれしまま、
この場所へ辿り着いたのかもしれない。
そんなことを考えながら、カプセルの中へ身体をねじ込む。
おぞましいほど狭い。そして微妙に臭い。
最低だって?とんでもない。最高だ。
母の胎内に居たときの記憶だろうか…遺伝子たちが騒ぎ始めたのが分かる。
下のカプセルから聞こえてくるイビキと歯ぎしりが、
心地よいビートとなって俺の右脳を打ち鳴らす。
ナパバレーのスタジオでさえ、俺をここまでリラックスさせてくれることはなかった。
俺の内部から、言葉が、そしてメロディーが次々にあふれ出して止まらない。

俺はハッキリと確信した。ついに見つけたんだ。
俺だけのサンクチュアリを、ここ新小岩に…。

その日以来、俺はこのカプセルから出ていない。
事務所の連中やバンドのメンバーは、躍起になって探していることだろう。
いや、もうあきらめている頃かもしれない。
だが、俺はもうここを出るつもりはない。出る必要がないのだ。
なぜって、ここが俺の探し求めていた場所なのだから。

これから俺は、
こうして偶然ラジオを聴いている幸運なファンのためだけに、
俺の歌を届けていこうと思う。

それじゃあ聞いてくれ。できたての新曲、「カプセル」

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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