薄景子 2010年11月23日

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落書き美容
           

ストーリー 薄景子
出演 大川泰樹

こんにちは。落書き美容チャンネルにようこそ。
ご案内はワタクシ、「いい顔つくろう落書き美容」でおなじみの、
飯顔つくろうです。

みなさん、ご自分のお顔は好きですか。
どこか不満はございませんか。
全くないわ、私は満足してるわ、そんなお客さまには
ワタクシ、この道30年一度たりとも
お会いしたことがございません。

しじみのような瞳、大福もちのようにたるんだ頬。
自分がこんな顔じゃなければ、人生ちがっていたんだろうな
と思い続けることはまさにストレス。
精神にも肉体にも相当な負担をかけてしまいます。

そこで、ワタクシと飯顔大学のコラボレイションで
共同開発いたしましたのが、こちらのミラクルマジックペン。
まさにお顔のどんな願いでもかなえてしまう
魔法の落書きペンでございます。

使い方はカンタン。
お鏡を見てご自身の顔面に
こうなりたいわ、という願望を
そのまま描きこむだけでございます。

目をぱっちり大きくしたい方は、
こうして目のまわりにぐるっと大きな瞳を描くだけ。
お顔を小さくしたいは、理想の輪郭を顔面に描いて
いらないところは塗りつぶせばいいんです。
絵心がないという方は、お鼻の上に「高く!」と
言葉で書いてもOKでございます。

人間の脳は単純でしてね。
願望を描きこんだお顔で過ごされますと
そのうち脳細胞が、「あら?私の顔はそうなったのね」
と勘ちがいして、実際のお顔そのものが変化してしまうんですね。
毎日、落書き美容を続ければ、形状記憶効果で
理想のお顔が貼りついたように定着いたします。

このミラクルマジックペンの一番のおすすめは、
おやすみ前に描くこと。
いいですか、みなさん。成長ホルモンの約70%は、
睡眠中に分泌されると言われています。
その間、お顔の細胞も修復されるので
修復の方向性をこのミラクルマジックペンで
しっかり教えてあげるんですね。

眠っている間にご主人や奥さまのお顔に
落書き美容してあげる、という裏ワザもございます。
お好きな韓流スターやハリウッドスターの名前を描き続ければ、
夫婦生活も映画のようにドラマチックになること間違いなし。

発売以来大ヒットのこのミラクルマジックペン、
街に出ますと、若いOLさんから年配のお偉いさんまで、
お顔に落書き美容しまくりです。

こちらのお嬢さんは、欲張って描きすぎて顔グロ状態。
こちらの男性は、まさにピョンさま生き写し、お上手ですね。
みなさん、ご自身の夢をお顔いっぱいに描いて、
自信に満ちあふれています。

本日は、この大ヒットのミラクルマジックペン100本セットに
収納用の桐ダンスをつけて、お値段は据え置き。
あなたも今すぐ、落書き美容で
人生の逆転ミラクルマジックをかなえてくださいね。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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動画制作:庄司輝秋

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中山佐知子 2010年10月31日

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熊野はもともと根の国であり

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

熊野はもともと根の国であり
天地(あめつち)がはじまって以来の大いなる力を封じていた。
幾重にもかさなる山々と太古の深い森に隔てられ
都からわざわざ近づこうとするものは難渋を極めたし
熊野から出ようとするものはさらに難儀な道が待ち構えていた。
ここに行って帰ることは
いったん死んで生き返ることを意味しており
それ以外のものにとって熊野への道は閉ざされたままだった。

しかし、平安中期の帝、宇多(うだ)天皇は
譲位の後に熊野御幸(ごこう)を決行され
この尊いかたの御幸(みゆき)によって
ここに都と熊野を結ぶ道が開けてしまったのである。

熊野に封じられた力は原始の力であり
善悪の判断をせずに暴れるものであった。
道が通じたことによってこれが都に及ぶようなことになれば
高度に管理された都の神々はひとたまりもなかった。

さて、都から熊野へいたる道は熊野古道と呼ばれ
淀川の河口近くに端を発する。
摂津から和泉の国の湧き水に沿って南へ下り
紀の国で中央構造線を越えていくつもの川を渡る。
距離にしておよそ300kmの道のところどころには
多くの神社が守りについていた。

その神社のひとつ、阿倍野の安倍王子神社は
淀川から数えて5番めの神社であり
熊野神社の使いである三本足の烏を祀っていた。
境内に八体の穀物の神と三体の水の神がおわし
そびえ立つ何本ものご神木にはそれぞれに木霊の神が宿っていた。

これら阿倍野の神々は
ある日、夢うつつに野山をさまよう若い陰陽師を見て
穀物の神の使いである白狐を妻に与えた。
狐の妻はほどなく身籠り、神々の膝元で男子を出産する。

その子は水の神から天と地を読み解く知恵を授かり
木霊の神からはこの世のものならぬものを見る視力を与えられた。
それから、子供は母を見た。
母はもう人の姿をしていなかった。
母は一匹の狐だった。
狐はそれを知って行方をくらましてしまった。

「はるあきら」と名付けられたその子供は
自分の持てる力のせいで母を失ったことを忘れなかった。
力は制御すべきものであり
制御しない力が災いをもたらすことをはじめから学んでいた。

はるあきらは父のあとを継いで陰陽師になった。
それは日本史上最強の魔術師、安倍晴明の誕生だった。
陰陽師阿倍晴明はやがて熊野におもむき
帝を悩ますさわがしいものを岩屋に封じ込めたと伝えられている。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2010年9月26日

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右手と左手

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

右手と左手はなかなか顔を合わせることがない。
右手が包丁を持つとき、左手は玉葱を押さえている。
右手が鉛筆を持つときは、左手はノートの上にある。

顔を洗うときは横並び。
電車の中ではどちらかがつり革を握り
もう一方が本を開く。

キーボードを叩くときは
お互いにずっと下を向いたままだ。
そういえば今日は一度も顔を見ていない、と
左手は思う。

「Very Annie Mary」という映画のタイトルの
Annieという綴りが左手は好きだ。
左手が耳を澄ますと
自分が打つキーボードのAとeの音にはさまって
右手のnとiの音が聞こえる。
それが好きだ。

ピアノならバッハのインベンション1番
あるいは8番。
左手は右手が弾いたばかりのメロディを追いかけて走り
いつの間にか追いついてしまう。
それがとても好きだ。

右手と左手はなかなか顔を合わせるときがない。
腕組みのときは互い違い。
重なり合うときもどちらかが背中を向けている。
でも、右手は左手とぴったりくっついて
左手に背中をあたためてもらうのが好きだ。

右手と左手はなかなか顔を合わせることがない。
だから、右手と左手は
お互いに言うべき言葉を忘れている。

けれど、やがてその瞬間がやってくる。
右手と左手が
何も持たず、何の役目も負わずに
祈りの形に向き合って
双子のように同じ体温を確かめ合う、そのときに
右手と左手は、沈黙のなかから
たったひとつの言葉を見つけ出す。

ありがとう

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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磯島拓矢 10年8月15日



金魚

ストーリー 磯島拓矢
出演 大川泰樹

サラリーマンとは何かと言われたら、毎朝同じ電車に乗る人、と答えたい。
別に自虐的になっているわけではない。
本当に、そういうものだと思うのだ。

彼女の存在に気付いたのは、汗ばみ始めた5月の終わりだ。
いつもの電車に乗った瞬間、真っ白な二の腕が目に飛び込んできた。
ショートカットで細面。なのに、意外なほどたくましい二の腕。
「恐るべき 君らの乳房 夏来る」
そんな句を詠んだのは誰だったろうか。

笑いたければ、笑って欲しい。
45歳2人の子持ちの私にだって、二の腕を愛でる権利はある。

サラリーマンを、毎朝同じ電車に乗る人と定義するならば、
彼女も明らかにサラリーマンだった。
真っ白な二の腕は、毎朝規則正しく輝き続けた。
私は視界の隅で確認し、あとは新聞に没頭した。
45歳2人の子持ちに、その白さはまぶしすぎた。

転機は2週間前の夜だった。
帰宅のラッシュにもまれる私の横で、白い二の腕が光った。
あ、と思った。夜に合うのは初めてだ。
彼女の腕の先には、1匹の金魚が入ったビニール袋が握られていた。
あまりに意外だったため、私はつい、しげしげと見つめてしまった。
金魚も私を見つめている。
その時、彼女の声を初めて聞いた。
「会社近くの縁日で、金魚すくいがあって」
顔を上げる。目があった。
「水、かからないよう気をつけます」
私はうなずいた。
微笑んだつもりだが、たぶんうまくいかなかっただろう。

次の日の朝、いつもの電車に乗ると、白い二の腕が光っていた。
目があった。
彼女は軽く頭を下げる。私も下げる。
いい子だな、と思った。
私に挨拶など、する必要はないのに。

その日以来、私と彼女は目が合えば頭を下げた。
合わなければ何もない。

サラリーマンとは何かと言われたら、毎朝同じ電車に乗る人のことである。
そしてそれを楽しめる人が、サラリーマンに向いているのだろう。
私は、サラリーマンに向いていた。
それほど、誇れることではないかもしれないが。

私は今日も同じ電車に乗る。彼女も乗っている。
彼女の声を、再び聞く日はあるのだろうか。
聞きたいと願うのであれば、
たぶん私が声をかけるのだろう。
そういうものだろう。

私は思う。
彼女がコットンのカーディガンを羽織る季節がきたら、
真っ白な二の腕が隠れる季節がきたら、
言える気がする。
たぶん言える。

目があって、頭を下げた後、私はゆっくりと口を開く。
「金魚は、元気ですか」
45歳2人の子持ちにも、そんな妄想をする権利はある。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2010年7月25日



夜鴉

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

夜鴉はゴイサギだということを僕は図鑑で知った。
祖母のいる田舎の家で蛍を追っていると
暗闇の向こうで奇妙な声が聞こえることがあった。
祖母はそれを夜鴉という鳥だと僕に教え
僕はその不吉な名前におびえた。

夜鴉はゴイサギだ。
知ってしまえば怖がる理由もないと父は言って
僕に鳥の図鑑をくれた。

僕はその年の夏休みのほとんどを祖母の家で暮らしていた。
父は仕事で忙しかったし
母はなめらかな皮膚と黒い髪を持っていたけれど
この星の人ではなく
あきらかに去年より凶暴だった。

小学校の学年が上がるに連れて母は僕を攻撃するようになっていた。
学校で国語や理科の時間を終えて
放課後に鉄棒を3回ほどまわって家に帰ると
水を一杯飲まないうちに母の手が僕をつかんだ。
頭を撫でるかわりに髪をひっぱり
抱き寄せるかわりに突き飛ばし、平手で打った。
理不尽な言葉を吐き出しては投げつけてきた。

僕は母に打たれる原因がどうしてもわからなかった。
どんな僕になったら母の攻撃が止むのかがわからなかった。
母の暴力は日課になり、僕を痛めつけた。
母は僕の敵だった。
敵だと思うことで、僕は自分を強くしていられた。

それでももしかしたら、と僕は考えたことがある。
母の生まれた星ではこうして子供をかわいがるのかもしれない。
それから、あわててそんな考えをやめた。
敵の事情を知ることは自分を弱くすることになる。
宇宙人の図鑑がどこにもなくてよかった。

僕が小学生だったその年の夏
さらさらと流れる川の音を伴奏に
朝は鳥が鳴き、昼間は虫の声が聞こえ
夜は蛍が飛ぶ単純な時間の区切りのなかで
僕は久しぶりに子供らしい日々を過ごしていた。
電話さえ滅多に鳴ることがなかった。

そこに父が来た。
父は、母が星に帰ることになったと僕に言った。
数日後、母が来た。
母は僕の知らない人たちと一緒に来て
僕を見るなり飛びかかろうとした。
それからむりやりクルマに乗せられて
おおんおおんという奇妙な鳴き声をあげながら去って行った。

その晩、僕が蛍を見に行くと田圃に夜鴉がいた。
図鑑によると夜鴉はゴイサギで、
ゴイサギは灰色の翼をたたんで田圃の杭に止まっていた。
近づいても逃げようとせず、片方の目で僕を長い間にらみ
それから、勝ち誇った声で一度だけ鳴くと
バサバサと大きな羽音を残して暗い空に飛んだ。

ゴイサギはやっぱり夜鴉だと僕は思った。
図鑑でどれだけ知識を得ても
どんな名前で呼んでも夜鴉はやっぱり夜鴉で
夜鴉の目は最後に母を見た僕の目に似ている気がした。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2010年6月27日

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ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

それは馬であり、竜でなければならなかった。
なぜなら馬は湧き出す泉から生まれたものであり
その水は竜が治めるものだったから。

またそれは白い馬でなくてはならなかった。
ケルトの白馬は夏至のシンボルであり、
月の女神リーアノンは白い馬で死者を運ぶから。

ブリテン島の南西に位置する砦には
族長と同じほど重要な役目を負った人間がふたりいた。
ひとりは神に仕え、神の言葉を聴いた。
もうひとりは歌い手で
一族の歴史や系図を記憶し竪琴の調べにのせて歌った。
文字の記録を残さない人々にとって
歌い手の存在は重要だった。

戦いがはじまると
ひとりは勝利を祈るために戦士たちと行動を共にした。
もうひとりは勝利の様子を語りつぎ、歌うために
やはり馬に乗って砦を出て行くのだった。

この土地の6月は野原も森もいい香りがする。
キンポウゲやクローバーの香りに誘われるのか
ツバメがときどき地上すれすれに飛ぶ。
空高くひばりの声も聞こえる。
ひばりは誰に向って歌うのだろう。
そして、戦いに敗れ見捨てられた砦で
ひとり生残った歌い手は何をすればいいのだろう。
ここにはもう、歌を聴く人もなく
一族の歴史は途絶え、新しい歌が生まれることもない。

けれども
ここにはケルトの一族が住み一族の歌があった。
何世代も語り継いだ歌をこの土地に記さねばならない。
土地を開き、種を撒き、刈り取り
優れた馬と勇敢な戦士を育ててきた一族は
たとえ滅亡しても魂はこの土地を訪れるだろう。
そのときのために歌をしるさねばならない。
そしてその歌は千年も二千年も残るものでなくてはならない。

こうして、文字を持たない歌い手がつくった最後の歌は
緑の丘に描いた大きな絵として残された。
それは南へ向って飛ぶ白い馬であり、竜でもあった。

3000年のときを隔て、
イギリスのアフィントンの丘でこれを見る人々は首をかしげる。
全長100メートルを超えるその巨大な絵は
竜でない証拠に4本の長い足を持ち
馬でない証拠にその足を空に向けている。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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