ストーリー

岩崎俊一 2013年4月14日

オムライス

          ストーリー 岩崎俊一
             出演 大川泰樹

叔父の奥さんの環さんに連れられて、一郎は環さんの実家に向かった。
向こうに行けばご馳走が待っているのはわかっていたが、
一郎の心は少しも弾まなかった。
電車のシートに頭を凭せかけ、ぼんやりと流れ去る田園風景を見ながら
胸の中でつぶやいた。
「こんどは、いつ家に帰れるんやろ」

一郎の家の向かいの叔父宅は、
広大な田畑を有する地元でも指折りの農家で、
4人姉弟のまっし;末子で、ただ一人の男子である叔父が家を継ぐことは
既定路線であった。
ただ叔父は農業を嫌い、畑仕事に身の入らぬ日々を送っていたため、
「嫁を取らせば落ち着くやろ」という祖父の判断で、
電車で8駅離れた町の農家から、環さんがやって来た。
 
農家の娘とは思えないほど、環さんは色白で、蒲柳の質の人だった。
嫁いでから、環さんが畑仕事に出る日は数えるほどしかなかった。
初めのうちは疲れもあろうと気遣っていた叔父の両親や親戚も、
やれやれ、大変な嫁を貰ったものだという嘆きを漏らし始めたが、
ひとり叔父だけは沈黙していた。
 
ある日幼稚園から戻った一郎が叔父宅に行くと、
薄暗い土間はガランとして誰もいなかった。
いつものように居間に上がりテレビを点けようとすると、
襖のあいた隣室に人の気配がした。
そっと覗くと、叔父夫婦が寝室としている広い和室で、
畳んだ夜具に顔を埋めるように凭れかかって環さんが眠っていた。
薄暗い部屋の中で、スカートから伸びるふくらはぎが一郎の目を射た。
廊下を隔てた窓から届くわずかな光を集め、
そこだけが白く浮かびあがっていた。

叔父をさらに苦しめたのが、環さんの頻繁な里帰りだった。
父の具合が悪い、兄がケガをした、
小さい頃からかかっている医者に行きたいなどと、
さまざまな理由を見つけて実家に戻った。
農家の嫁らしからぬその行動に、叔父の周辺では当然非難の声が挙がる。
だが「房はんは環さんに惚れとるからのう」とからかわれる叔父は、
それを止められなかった。
 
ある時から、その里帰りに一郎がお伴をさせられるようになった。
それは、環さんと叔父の家にとっては世間の目をごまかすための
「小道具」であり、
叔父にとっては、環さんを実家から取り戻すための
「貸し出し証」であったのかもしれない。
 
初めは一郎も進んで行った。
何しろ環さんの実家は、環さんに子どもができないだけでなく、
きりりと男前のお兄さんも未婚で、幼い一郎はすこぶる歓待を受けた。
お菓子が山ほど用意され、食卓には一郎が家では口にできないものが並んだ。
ハンバーグも、シチューも、一郎はこの家で初めて口にした。
 
中でも一郎を虜にしたのはオムライスだった。
庭で飼うニワトリの生みたての卵を使って、
環さんのお母さんはとても上手に、ふわふわのオムライスを作った。
初めて食べた日、あまりのおいしさに一郎は飛び上がった。
 
しかし、行く度、環さんが叔父宅に戻るのが予定より遅れるようになった。
1日の約束が2日になり、2日の約束が3日4日となった。
今日は帰れる、と思って目ざめた朝に延期を告げられるのは、
家が恋しい子どもにはつらいことだった。
得体の知れない力が、小さなからだにのしかかるように感じた。
 
今回もそうだった。
朝起きて居間に出ると、環さんのお母さんが待っていた。
「もう1日泊まってお行き」とあたり前のように言われ、
恐れていただけに、やっぱりそうかと一郎は余計にガッカリした。
 
朝食のあと、お兄さんと環さんに連れられ、近くの河原に散歩に出た。
地面は、昨夜降った雨を吸いこみ黒々と濡れていた。
「もうひと雨くるかなあ」とお兄さんが言っていた空には、
重い雲があった。
一郎はとぼとぼと二人のあとを歩いた。
足もとに、ぽっかりと口をあけた穴を見つけ、
中を覗くと底のほうに何匹もの虫が動くのが見えた。
虫の名前を聞こうと顔を上げると、二人は思いのほか先まで歩いていた。
 
二人は手をつないでいた。
心なしか環さんの頭は、お兄さんの肩に凭れているように見えた。
見てはいけないものを見た気がして、
一郎は声をかけられないままじっと立ちつくしていた。

出演者情報:大川泰樹(フリー)http://yasuki.seesaa.net/

 

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上田浩和 2013年4月7日

バイオリン弾きと剣道家とれんこん

       ストーリー 上田浩和
          出演 地曵豪

ある街の、古びたアパートの一室で、
バイオリン弾きと剣道家とれんこんの三人が共同生活をおくっていました。
バイオリン弾きは、ゆでたまごのようにつるりとした顔の物静かな男。
剣道家は、寝る時も含め常に面と胴と小手をつけている風変わりな男。
れんこんは、穴のあいたあのれんこんです。たぶん男です。
三人はバンドを組んでいました。
といっても、ボーカルやギターがいたりするバンドではなく、
彼らなりのちょっと変わったバンドです。
たまにはライブハウスで演奏したりもします。
まずバイオリン弾きがバイオリンを弾きます。
そこから生み出された音符の群れは、豊かな曲をつくり、
観客をうっとりさせたあと、れんこんに引き取られます。
れんこんは、その音符たちを力いっぱい吸い込み、
自分の穴にたくさん詰め込むと、いっきに吹き鳴らします。
トランペットよりもいっそうにぎやかな音色に、観客は熱狂します。
そして仕上げとして、再び空中に舞い上がった音符を、
今度は剣道家がステージ上を所狭しと駆け回りながら
竹刀でひとつひとつ叩いていくのです。
叩かれた音符は、竹刀と共鳴し、新しい響きをともない、
観客の心を震わせました。
ライブ会場は、
いつも割れんばかりの拍手と歓声で埋め尽くされました。
レコードだって一枚だけですが出したことがあります。
でも、三人は、プロではないのでふだんはアルバイトをしています。
アルバイトとは言っても、
バイオリン弾きはバイオリンより重いものを持ったことがないし、
剣道家は防具を取ろうとしないし、れんこんはれんこんだから、
たいした仕事ができるわけでもなく、
バイト代は三人分足してもわずかな金額にしかなりません。
だから常に金欠状態。それでも三人は楽しそうでした。
お金がなくても、そろって音楽さえできればそれでよかったのです。
こんな毎日が一生続けばいいな、三人はそう思っていました。

そんなある日、れんこんの元に黄色い葉書が届きました。
そこには「あなたが辛子蓮根に選ばれました」とありました。
れんこんは目を輝かせました。
れんこんが辛子蓮根になるということは、
野球選手がメジャーリーグに行くくらい難しいことで、
名誉なことなのです。
でも、れんこんのうれしそうな顔は、すぐに悩める表情に変わりました。
れんこんが辛子蓮根になるということは、
れんこんにとっては夢のような人生ですが、三人にとっては、
夢の終わりを意味しているからです。
自分の夢を追うか、三人の夢を守るか。
そんなれんこんの葛藤を、
バイオリン弾きも剣道家も十分に分かっていたので、
笑顔で送り出してやりました。
れんこんも、そんな二人のやさしさを無駄にしたくなかったので、
笑顔で旅立っていきました。

れんこんがいなくなってから、
部屋のなかはとても静かになりました。
しゃべって盛り上げるのはれんこんの役目だったので仕方ありません。
それに二人だけでは音楽をする気も起こりません。
二人は仕事を減らし、部屋にこもるようになりました。
もともと必要な物などないからお金は最小限あればいいのです。

小包が届いたのは、それからしばらくたったある日のことです。
黄色い包装紙を見ただけで二人にはぴんと来ました。
でも、それをすぐ開ける勇気がありませんでした。
二人にようやく箱を開ける決心がついたのは、同じの日の深夜。
れんこんが叶えた夢を見届けてあげようと、バイオリン弾きが言い、
剣道家が頷きました。
中にはやはり辛子蓮根が入っていました。
久しぶりの再会にもかかわらず、二人に笑顔はありません。
これが昔はれんこんだったなんてとても信じられませんでした。
それでも、バイオリン弾きは、じっくり時間をかけて気持ちを固めると、
ゆっくりと手をのばしました。
剣道家はお面を取りました。そして小手を外すとそっと両手を合わせ、
震える声でいただきますと言いました。
口に入れると二人の頬を水滴が流れ落ちていきました。
その涙は、辛さのせいなのかなんなのか分かりません。
シャキシャキ、シャキシャキ。
シャキシャキ、シャキシャキ。
二人が口を動かすうちに、
いつのまにか部屋は軽快な音で満たされていました。
まるで二人の口元から音符が溢れ出してくるようです。
れんこんがそこにいて音楽を奏でているようです。
剣道家は竹刀を手に取ると、
部屋中に舞い上がる音符をひとつずつ叩いていきました。
懐かしい響きが聞こえました。
それに合わせて、バイオリン弾きがバイオリンを弾きました。
三人の音楽がそこにありました。
その夜、三人は、三人の部屋で、三人のためだけのライブを開きました。
それは一晩中つづきました。

翌朝。バイオリン弾きと剣道家は以前のように
アルバイトに出かけていきました。
二人は、二人だけでもう一度バンドをやろうと決めたのです。
そのためにはどうしてもお金が必要です。
誰もいなくなった三人の部屋を、
棚の上から一枚のレコードが見守っていました。
三人のデビューレコードです。
そのジャケットの写真のなかでは、バイオリン弾きと剣道家とれんこんが、
やや緊張した面持ちで笑っていました。

出演者情報:地曵豪(フリー)http://www.gojibiki.jp/

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中山佐知子 2013年3月31日

ハナは怒りっぽい

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

ハナは怒りっぽい。
ハナは燃える鉄のような怒りかたをする。

ハナの父は族長の槍になった。
ハナはそれを誇りに思った。
でも小さな妹が鍬になったとき
ハナは怒って族長に食ってかかった。
どうして鍬なのか。鍬は田を耕すものではないか。
妹はどうして剣にならなかったのだ。

族長は答えた。
おまえの妹は山の崖を切り崩す鍬になったのだ。
花崗岩の崖をくずして砂鉄を取るための
強い道具になったのだ。

ハナの一族は金属の民、鉄をつくる一族だ。
山の斜面に穴を掘って炉をつくり、
炭と砂鉄を投げ入れて火をつける。
土器を焼く温度が600℃から800℃。
鉄を沸かすにはもっと高い温度が必要だったが
山の下から吹き上げる風がいつも炎の温度を上げてくれるのだった。

夜でも燃え続ける鉄の火を見た麓の人々は
ハナの一族をオロチと呼んだ。
夜でも赤く光る目を閉じないオロチ。
オロチの噂は優れた鉄と結びつけて語られた。

鉄は火がつくる。山の木がつくる。森林がつくる。
これだけ森に恵まれたイズモの山で
どれだけ炭をくべても鉄が沸かない日があった。
火の温度が上がらないときがあった。
そんなとき、ハナの一族には秘密の儀式があった。
どうしても沸かない鉄には死体を投げ込むのだ。
骨に含まれるカルシウムのために、鉄は低い温度で溶けはじめる。
低い温度で沸いた鉄は粘りのある純度の高い鉄になった。
純度の高い鉄は清浄で美しいばかりでなく
石を割るほどの強い暫鉄剣を鍛えることができた。
オロチの鉄の評判は高まり
近ごろでは見知らぬ顔が
毎日のようにたずねて来るようになっていた。

あれは何ものだ。ハナはまた怒った。
鉄は渡さない。招かれてもどこへも行かない。
炭を焼く木と砂鉄を求めて
山から山へ渡っていくのがオロチの一族だ。
山を下りたオロチは鉄も誇りも失ってしまう。

それからハナは一振の剣をもらった。
族長はハナに剣を渡すときに言った。
この剣は俺の妹だ。そしておまえの母でもある。
この剣はおまえの怒りに従い、おまえの誇りを守るだろう。

本当に族長の言う通りになった。
襲撃を受けた夜、逃げる女たちの群れから
ハナはひとりで母の剣を持って飛び出し、敵に斬り込んでいった。
背中と脇腹が一瞬熱くなったが
ハナの血管を流れる血は燃える炉の鉄よりも沸き立っていたので
傷の痛みは感じなかった。
ただ怒りにまかせてまっしぐらに敵の指揮官と思われる男に打ち込み
二度三度と切り結ぶと、相手の剣が折れて飛んだのがわかった。
一瞬戦いが止み、敵も味方もハナとハナの剣を見ていた。
ハナも惚れ惚れと自分の武器を眺めた。
ハナはもう怒っていなかった。
やすらかにゆっくりと自分が流した血のなかに倒れていった。

ハナは敵に看取られ、朝まで生きていた。
剣を折られた敵の指揮官が名前をたずねたとき
ハナは自分の名前を答えたか、
ハハという剣の名前を答えたか定かではない。

ただ、後世になっても炭と砂鉄で操業されていたタタラ製鉄において
炉の温度が上がって最初に溶け出す成分をハナと呼ぶ。
そしてハハはオロチ、つまり蛇を意味する言葉になっている。

出演者情報:大川泰樹(フリー)http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2013年3月24日

ある記者会見

           ストーリー 直川隆久
              出演 上杉祥三

え?
今、なんて言った?
「禁花見法」?
あのねえ。大向こう受けを狙いたいんだろうけどね、
そういう矮小な呼び方は迷惑なんだなあ。国民の誤解を招くんですよ。
今日成立したのは「青少年の健全育成の前提としての公共秩序に関する法律」ですよ。
あぁたがたもごぞんじとは思うけどもだね、
花見を禁止することが目的の法律じゃないんですよ。
核心はあくまで、子どもの健全なる精神の涵養にあるんであってだね。
そこの論点をずらしてもらうと困るんだな。

国や地方公共団体が管理する土地でだね、薬物やアルコールを摂取したりだな、
さらには摂取してる人間を見るということまで含めて、
青少年の影響されやすい脳には非常に有害だと。
公(おおやけ)の空間てのは、そもそも誰のものなんだと。
まあ、こういう議論は今さら繰り返すまでもないでしょうが。
ま、おかげさまを持ってね、無事成立ということで。
施行(せこう)はこの春からですけども。
何?
憲法上の集会の自由との関係?
もう、そういう話はいいでしょ。すでに議論はつくしてるわけだから。
あきあきしてんだ。
憲法にそんなことが書いてあるの?花見の権利とか、
そんなことが。
書いてないだろ?

はい、次。
…ああ。ああ。
 
…はい。
君、ちょっときくけどもね。源氏物語、呼んだことある?
源氏だよ。
げんじ。
知らんはずはないよな。
なに?“源氏物語が今関係あるんですか”?
質問に質問で返すなよ。答えなさいよ。
読んだことあるの?ないの?どっち?
ないんだろ。
そんな、源氏も読んだことのない精神レベルの記者にだね、質問する資格はありません。勉強してから来たまえよ。何のために会社は君らに高い給料払ってるの。
はい、次。
 
なに?きこえないんだよ、声が小さい。
あのさあ、何度も同じことを言わせなさんなよ。
国家がこの国難に陥っているときにですよ、
大の大人が桜の木の下で浮かれておる場合じゃないでしょうってことだよ。
 
え?なに?
デモ規制?
デモってなに。
ま、この法律でデモを規制するかどうかは、現場の判断でしょうね。
 
いや、だから、それは現場の判断ですよ。
そんなことはいちいち総理大臣である私が口をつっこむことじゃないよ。

じゃあ君の会社の社長は、君だちが書く記事を、全部支持して書かせてるか?
そうじゃないだろう。社長にきいたら、
明日の紙面の記事の一言一句が分かるのか?
 
え? 
声を荒げるのは、痛いところをつかれた証拠?

私がいつ声を荒げたんです。
いつ声を荒げたんです。何時。何分、何秒。
答えろよ。
こっちが訊いてるんだ。答えろよ。
答えられないのか。
自分が言ったことに責任をもてないのか。それでマスメディアかね。
私を侮辱するってことはねえ、国民を、
私を選んだ有権者を侮辱するってことですよ。
あんた、その覚悟があるんですか。
おい、あなた、どこの新聞社?
ああ、毎朝か。
顔おぼえとくよ。

ま、もういいでしょ。これ以上続けるのも、不毛ですし。
はい、ごくろうさん。はい。
 
 
…カメラ止まったかね。
 

え?
いや、なに今日はねえ、これから議員会館で幹事長と会わなきゃいけないんだ。

イヤなんだけどね。議員会館の食堂は。まずくてさ。
このあいだプリンを頼んだら、カラメルがやたらに甘ったるいプリンを出してきてさ。
こんなもの、食えるか、子どものエサだ。って私がどなってやったらね、
ちゃんと次から、ほろ苦いカラメルのプリンに変えて出してきましたよ。
連中は人を見てやがるんだ。
はっはっは。
  
ま、食うのはやっぱり銀座だな。
公園で酒なんて飲むもんじゃないよ。あんたらもね。
はっはっはっは。
じゃ、ま、そういうことで。

出演者情報:上杉祥三 オフィスPSC:03-3359-2561

 

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小山佳奈 2013年3月17日

「シベリアの花」

        ストーリー 小山佳奈
           出演 植野葉子

シベリアで3万年前の花が咲いたという
ニュースをテレビで見たのは、
父の3回忌の日だった。

母と私をあっさり捨てて若い愛人のもとに走った父は
半狂乱になって死んだ母の葬式にも連絡一つ寄越さず
それから10年くらいたった頃に流行り風邪をこじらせて死んだ。
ご親切な役所から紙切れが送られて来たことで父が
愛人にはとうに捨てられていたことがその時わかったわけだが
そんな父の命日なんかよりもいまの私には
会社に休みますっていう電話をどうするかの方が重要で
案の定こんな決算の大事な時期に休むなんてとぶつぶつ言われ
私はすんませんと適当に電話を切ってベッドに寝転がり
鈍く痛むお腹をさすりながらニュースを見ていた。
シベリアの永久凍土から発見された種子を
最新の科学の力で咲かせたというその花は
3万年という年月から目覚めたわりには
バカみたいに平凡な顔つきをしていた。

そっか。

私のお腹の中にあった種も
永久凍土に埋めてあげれば
よかったかな。

そうすれば3万年後の人類が
その種を育ててくれたかもしれないな。

いやいっそ私とナカタニさん二人で
永久凍土に埋まればよかったのか。
でもそうするとどっちがどっちを先に埋めるのだろう。

たぶんナカタニさんは
後から絶対いくからと言って私を先に埋めて
でも怖くなって逃げちゃったりするかもな。
それでシベリア鉄道のキーホルダーを子どものお土産に買って帰り
「いくらビジネスチャンスだからってシベリア出張はきついよね」
なんて奥さんに脱いだ背広を渡しながら言うんだろうな。

結局私も父と同じだった。
不倫みたいな、低能で、低俗なこと、死んでもするかと思ってたのに。
血は争えないって、こういうこと。
シベリアの花は3万年たっても、シベリアの花であるように。
DNAの二本の鎖が私を絡めとるのだ。

ひょっとすると私のお腹の中にあった種も
3万年後に見つけられたら同じことをするのかもな。

いまとなってはどうでもいい。
もう私のお腹の中には何もない。

洗濯物ごしに見える外は
ウソみたいにいい天気だった。
私はせんべいをぽりぽり食べながら
明日、父の墓参りにいこうと思った。

出演者情報:植野葉子

 

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大石雄士 2013年3月10日

「エノモトくん」

       ストーリー 大石雄士
          出演 齋藤陽介

高校時代のクラスメイト、
エノモトくんのことを思い出すと、今でもうっとおしい。
彼の口癖は「これCGじゃねぇ?」だった。
クラスの女の子がアメリカ旅行のおみやげに
自由の女神のポストカードを買ってきてくれたときも、
世界史の授業で、
教科書にパルテノン神殿の写真が出てきたときも、
周りの友達に「これCGじゃねえ?」と聞いていた。

ある日、そんなエノモト君と学校から帰る
タイミングがたまたま一緒になり、
どういう流れでそうなったのか、
彼がうちの家に寄っていくことになった。
やることもないので、適当にマンガを読んだり、
何を見るでもなく、テレビをつけて一緒に見ていると
クルマや、特撮ヒーローのロボットが出てくるたびに
「これCGじゃねえ?」「これCGじゃねえ?」と聞いてくる。
ボクはそのとき「どうだろうね」と答えることしかできなかったのだけれど、
動物とか、洋服とか、どうみてもCGじゃないモノが
テレビに映ったときも「これCGじゃねぇ?」「これCGじゃねぇ??」
と聞いてくるエノモトくんが、かなりうっとおしかった。

「これCGじゃねぇ?」「これCGじゃねぇ!?」
もう二度と、エノモトくんとテレビは見ないと思った。
そのあと、あれは何の番組だったのか、コマーシャルだったのか、
白やピンクのコスモスのような花が草原一面に広がる風景が
テレビ画面いっぱいに映ったとき、「これもCGかもしれないね」と
エノモトくんに言ってあげたら、
「いや、これはどう見ても花でしょ・・・。」
と真顔で返され、さらに腹がたったのを覚えている。

そのあとは、またエノモトくんはテレビに映るあらゆるものに
「これCGじゃねぇ?これCGじゃねえ!?」と
興奮気味で聞いてきたが、
ボクはそれを、すべて無視した。
あのエノモトくんが、いまどんな大人になったのか知らないけれど、
あれだけ全てのものにCGと疑いをかけていたエノモトくんが
あのとき、あの花たちだけなぜ「CGじゃない」と断言してきたのか
いま考えると・・・、やっぱり腹がたつ。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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