2013 年 5 月 のアーカイブ

茂木彩海 13年5月19日放送


Roger McLassus
緑のはなし 関野吉晴が見た緑

探検家、医師、美術大学教授。
3つの顔を持つ男、関野吉晴。

アフリカで生まれた700万年前の人類が
どのように世界へ広がっていったのか、
その道すじをたどる旅「グレート・ジャーニー」を
約10年もの歳月をかけて達成した。

その旅の途中、関野はある光景と出会う。

アラスカを先住民と犬ぞりで移動していた時、
真っ白な雪景色の中に、一点の緑が見えた。

近づいていくとどうやら1本の木であるらしい。

その木の目の前まで来たとき、先住民たちがみな
おもむろに犬ぞりから降り、その木に向かって拝みはじめた。

薪にすれば体を暖めてくれること。
食べるためのトナカイたちを育てくれること。
過酷な雪から身を守るための家が建つこと、
生きるためのすべての源がこの緑であることを感謝していたのだった。

関野は言う。

 今、地球上に存在するすべての生命が奇跡なんです。
 そして、それを感じることができるのは人間だけなんです。

緑を全身で感じる。
それだって立派な奇跡のような出来ごと。

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小野麻利江 13年5月19日放送


m-louis
緑のはなし マーシャ・ブラウンが見た緑

 さわやかな みどりのはっぱのうえの
 ちいさなみどりの いもむし
 つめたいみどりのあしで
 はっぱのはじに ぶらさがる

アメリカの絵本作家 マーシャ・ブラウン。
道ばたに生える、なんでもない草の葉っぱですら。
彼女の目を通して見れば、
かけがえのない存在をいつくしむ
ひとかけらの、詩に変わる。

彼女は語る。

 みることのレンズは
 ちいさいものを おおきくみせる・・・

5月の新緑に、目をやる時。
あなたなら、そこに何を見つけるでしょうか。

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薄景子 13年5月19日放送


4510waza
緑のはなし 新川和江

言の葉と書いて言葉。
新緑の季節、木々の葉たちは
みずみずしい言葉を舞い落とす。

詩人、新川和江は
そんな一枚の葉を
自分にたとえてこう詠う。

 誰のまねでもない
 葉脈の走らせ方を 刻みのいれ方を
 せいいっぱい緑をかがやかせて
 うつくしく散る法を
 名づけられた葉なのだから 考えなければならない

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薄景子 13年5月19日放送


山の旅人
緑のはなし 光野桃

女性の人生哲学を描くエッセイスト、光野桃。
かつての座右の銘は「努力」。
1ヵ月に30本もの締め切りを抱える日々に、
心も体も疲れ果て、
すべての仕事を捨て、何の計画もないまま
夫のいるバーレーンへ旅立った。

そんな光野の再出発は、帰国後、
母親の介護をのりこえた後のこと。

介護疲れのリハビリを兼ねて行った山で、
木々の緑や空のありのままの美しさに気づかされる。
もう成長しなくてもいい。自分は自分のままでいいのだと。

以来、著書やイベントで
読者を森へといざなうようになった光野は言う。

 人生の目的は 誰かに認められることでも
 何かを生みだすことでもなく
 今この時を愛し慈しむということ。

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三島邦彦 13年5月18日放送



薔薇の季節 青いバラの研究者

英語のblue roseは「不可能」を意味する。
薔薇は青の色素を持たないので、
青い花を咲かせることはない。
ギリシア・ローマの時代から知られるこの常識を破ったのは、
日本の科学の力だった。
たずさわった研究者はこう語っていたという。

幸せを象徴する青い花を作って世の中を明るくしたい

努力が生んだ、青いバラ。
その花言葉は、「夢、かなう」。

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三島邦彦 13年5月18日放送



薔薇の季節 ウィリアム・モリス

モダンデザインの父、ウィリアム・モリス。
19世紀のイギリスで
書籍やカーテンなど日用品のデザインを洗練させ、
人々の生活における美意識を高めようとしたその活動は
アーツ・アンド・クラフツ運動と呼ばれ、
デザインの世界に革命的な影響を与えた。

モリスにとっての重要なモチーフ。
それは、植物。
草木の葉やツルをパターン化した彼のデザインは今も、
壁紙やテーブルクロスとして世界中の家のリビングを飾っている。

数ある植物の中で彼が特に愛した花、それは薔薇。
ある日、モリスの庭で育ててもらおうと
最新の品種改良をされた薔薇がモリスへ送られた時のこと。
薔薇を見るなりモリスはこう言った。

 全体の形でも細部でも、道端の茂みにある薔薇より美しい薔薇はない。
 どんな香りも、その芳香よりも甘くなく純粋ではない。

モリスのデザインが追い求めたもの。
それは、野に咲く薔薇のように自然なものだけが持つ
完璧な純粋さだった。

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三島邦彦 13年5月18日放送


Ako
薔薇の季節 北原白秋

日本文学の歴史において、花と言えば、桜と梅。
その歴史の中で薔薇は、ほとんど描かれることはなかった。

明治時代。
文明開化の世の中で、
歌人、北原白秋はこんな歌を詠んだ。

 目を開けて つくづく見れば 薔薇の木に 薔薇が真紅に 咲いてけるかも 

歌人が薔薇の花に美しさを感じた時、
世の中に、文学に、
新しい風が確かに吹き始めていた。

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三島邦彦 13年5月18日放送



薔薇の季節 シレジウス

17世紀のドイツ。
詩人のシレジウスは、
こんな一節を残した。

 薔薇はなぜという理由もなく咲いている。

 薔薇はただ咲くべく咲いている。

 薔薇は自分自身を気にしない。

 人が見ているかどうかも問題にしない。

数百年の時を経て、今年も薔薇が咲き誇る。
シレジウスの胸を打った時と変わらず、
あくまで自然に美しく。

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三國菜恵 13年5月18日放送



薔薇の季節 ベルギー・ヘックス城

ベルギー東南部にあるヘックス城。
そのお城の庭には、
「ヤクシマイバラ」という屋久島の固有種のバラが咲く。

大のバラ好きの主が取り寄せたらしいのだが、
誰によって運ばれたのかは謎のまま。

海の向こうで咲く屋久島のバラは、
この5・6月が見頃。
歴史の教科書には載らない国家交流の証が、今年も咲く。

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三國菜恵 13年5月18日放送



薔薇の季節 アントニウス

恋多き女性といわれたクレオパトラと
その恋人、アントニウス。
2人の恋物語にはバラの花が関係していた。

彼がクレオパトラの屋敷に行くと、
彼女はひざ上まで埋まるほどの
バラの花びらを敷きつめてお出迎え。

その幻想的かつ情熱的な演出に、
アントニウスはメロメロになる。
その効果はおそるべきもので、
彼のクレオパトラに対する想いは
最後の最期まで消えることがなかった。

アクティスの海戦で追い詰められ、自害するとき、
彼はこんな言葉を残して散る。

 私の墓をバラで覆ってください

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