福里真一 2020年1月12日「くじ運」

くじ運 

     ストーリー 福里真一
        出演 大川泰樹

2002年にサッカーのワールドカップが、
日韓で開催されたとき、
何枚かのチケットが回ってきた。

誰がどの試合を見に行くか、
友人たち数人と、
あみだくじで、
振り分けようということになった。

日本対ロシア戦とか、
ドイツやブラジルなど世界の強豪が登場する試合とか、
人気のチケットがあまたある中で、
私が引き当てたのは、
アイルランド・サウジアラビア戦。

アイルランド・サウジアラビア戦。

アイルランド・サウジアラビア戦を、
どういう気持ちで、観戦すればよかったのか。

もちろんサッカーにくわしいなら、
技術とか戦術とか、
さまざまな楽しみ方があっただろう。

しかし私には、無理だった。

アイルランド・サウジアラビア戦。

それは私に、
どういう気持ちで観戦すればいいのか、
まったく手がかりを与えないままに、
90分間にわたって展開され、終了した。

それが私の、最初で最後の、ワールドカップ観戦だった。

…という話を、最近仕事でかかわった、
ある外国人の青年にしたところ、
彼はアイルランドの人だった。

そして、
そのアイルランド・サウジアラビア戦のことを、
はっきり覚えているという。

時差の関係で、アイルランドでその試合が中継されたのは、
朝だった。

普段は夜しか開いていないパブが、
その日は朝から特別に営業していて、
大人たちは、仕事そっちのけで、
酒を飲みながら、アイルランドを応援したという。

そして当時小学生だったその青年も、
おとうさんに頼みこみ、
朝のパブで、大人たちに混ざって、
その試合を見たという。

すばらしい試合だった、と…。

アイルランド・サウジアラビア戦。

私にとって、
自分の人生に関係ないものの象徴だったその試合が、
彼にとっては、人生の思い出の試合になっている…。

まあ、でも、この文章で私が書きたかったのは、
そのことではない。

私が書きたかったのは、
私には、くじ運がない、ということ。

当然のことながら、今のところ、
東京オリンピックのチケットは、
1枚たりとも当たっていない。
当たる気配もない。

だから、私は、初詣に行ったとしても、
決しておみくじを引かないのだ。

おみくじといっても、くじはくじ。

どうせ大吉を引き当てるくじ運を持っていないことを、
私は自分で、わかっているのだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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小野田隆雄 2019年12月15日「思い出のホワイト・クリスマス」

思い出のホワイト・クリスマス

        ストーリー 小野田隆雄
       出演 大川泰樹

キリストがゴルゴタの丘で処刑されたあと、
だいぶ時が流れてから
キリストの弟子たちが、ローマの街で
布教活動を始めた。その頃の話である。
当時のローマで、人気のある宗教があった。
ペルシャから入ってきたミトラス教である。
ミトラスは太陽の神で、
昼の時間が一年でいちばん短い冬至(とうじ)に生まれ、
いちばん日が長い夏至(げし)にいちばん元気になる。
そして次の年の冬至の前に死んで、
また冬至に生まれてくるのである。
ミトラス教では冬至の日に、
神の誕生を祝う儀式をする。
牛を殺して、その血をミトラスにささげ、
信者たちは血の代わりに赤いワインを飲む。
それから祈りをささげ、最後に牛を焼き、
その肉をみんなで食べて儀式は終る。
このミトラス教の儀式に
キリストの弟子たちが、ひそかに参加した。
彼らは一生けん命に布教していたが、
なかなか信者がふえずに困っていた。
そこで見学に来たのである。
彼らは赤ワインを飲みながら、
ひとつのアイデアを思いついた。
冬至の日をキリストの誕生日にしよう。
その日に赤いワインを飲み
パンを食べて、キリストの愛に感謝し、
幸福を祈る聖歌を歌おう。
こうしてクリスマスが始まったそうだ。
クリスマスとは古代ギリシャ語で
キリストの祭日の意味である。
けれどその日が12月25日になったのは、
4世紀のことで、それまでは何日だったのか、
いまはもう、わからない。

このような話を、私の友人が話してくれた。
彼はローマ・カトリック教会の信者である。
なんだか照れくさそうな声だった。
私たちは軽井沢のホテルのバーの
カウンターで飲んでいた。
彼はカメラマンである。
葉を落としたカラマツの林を撮るために、
12月の20日(はつか)過ぎ、軽井沢に来たのである。
けれど着いた日から静かに雪が降り続き、
その日も仕事にならず、
夜はゆっくりと、2人でお酒を飲んでいた。
このホテルのバーは別館にあって、
本館から廊下でつながっている。
バーにくるとき、廊下の窓から、
本館の玄関の前の、
大きなクリスマス・ツリーが見えた。
雪で白くおおわれたモミノキに
赤や黄色や青の豆電球の光が
天使のまばたきみたいに、キラキラしていた。
その光景が、頭に浮かんできて
私は彼に聞いてみた。
「ベツレヘムでも雪はふるのかい?」
「さあ、どうなんだろう」と彼は言った。
柱時計が10時を打った。
バーのカウンターにいるのは、
私と彼だけになった。
私たちがクリスマスの話を
していたからだろうか。
バーのマスターがクリスマスソングの
レコードをかけてくれた。
「ホワイト・クリスマス」が聴こえてきた。
私の田舎はカラッ風が吹く北関東だった。
幼い頃のクリスマス・イヴには
町役場につとめていた父が
小さなクリスマスケーキを買ってきた。
母は煮込みうどんを作ってくれた。
変な組み合せだったが、おいしかった。
雨戸をカラッ風がコトコト鳴らす。
誰かがたたくように。
その音をサンタクロースが来たのかなと、
小さな妹が言ったこともあった。
そんな思い出を、私は彼に話した。
彼が、思いついたように言った。
「赤ワインとパンを注文しないか?」
もちろん私も賛成した。
赤ワインのグラスと黒パンをひと切れ。
それを前にして、ふたりはしばらく眼を閉じた。
彼が小さくアーメンとつぶやいた。
その声を、いまでもときおり思い出す。
昭和時代が終る頃のことだった。
彼はもういない。イエスに呼ばれてしまった。

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中山佐知子 2019年11月24日「ポセイドンの馬」

ポセイドンの馬

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

ポセイドンの馬をさがせ、という指令を
受け取った…ような気がしていた。
さがすつもりはまったくなかった。
正直、ポセイドンの馬がどんな馬か知らないし
さがす意味もわからない。

記憶にない場所にいた。居心地がよかった。
夜もなく昼もなく、太陽も月もない。
うっすらと明るく、うっすらと暗い。
暑くもないし寒くもない。腹も減らない。
あらゆるストレスから解放されていた。
まるで母の胎内のように平安な場所だった。
そして僕は自分が何者かを知らず、
思い出すたびに心が痛む記憶もなかった。

やがて想像もしなかったことが起こった。
ストレスがないことが「退屈」というストレスを生んだのだ。
僕は退屈し、退屈をもてあそび、楽しもうとしたが
とうとう飽きてしまって
ポセイドンの馬を探すことにした。

ポセイドンはギリシャ神話の海の神で、
その馬は海の馬だ。
海の馬、海の馬、海の馬……
何度も頭のなかに文字を描いた。

馬は海でもなく陸でもないところにいた。
絶えず波に洗われ、乾く暇のない浜辺だ。
見つけるのに苦労はなかったが
何頭もいることが問題だった。
どれが海の馬か、
どの馬が僕の海の馬かさっぱりわからない。
なかには大きく自信にあふれた馬が何頭もいて
僕はその馬が自分のものであればと願った。
なのに、どうしても違和感があった。

そのとき、少しくたびれた様子の馬が近づいてきた。
迷いのない足取りだった。
なんだか懐かしい目をしていた。

やめておけ、と心の声が叫んだ。
向こうに立派な馬がたくさんいるのに
なぜこの馬を選ぶのか。後悔するぞ。
しかし、すでに馬は僕の腕に首を預け
僕は馬の背を撫で、馬の体温に溺れていた。

それはあたたかかった。
それは僕のかつて流した汗や血や涙の温度だった。
それは僕の体液の温度だった。
それと同時に、かつて味わった幸福感や
叫びたくなるほど痛い思い出が流れ込んできた。
そうか、これがポセイドンの馬、海の馬、
人の脳の中で記憶をつかさどる僕の海馬だ。

僕はやがて記憶を取り戻し
どこかの病院のベッドで目覚めるのかもしれない…
と思った。

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中山佐知子 2019年10月27日「麦畑」(リバイバル)

麦畑

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

あたり一面の麦畑だったな。
ところどころに背の低い柳の木があった。

その細い一本道を
馬と一緒に行軍しているときだったな。
耳元でバリバリと音がしたかと思ったら
馬とおまえが血を流して倒れていたんだよ。

麦畑なんて
隠れるところもないもんだから
何十頭の馬はみんな撃たれて死んで
兵隊もずいぶん死んで
威張ってた連隊長も死んだけど、おまえも死んだ。

それから
知らない間に戦争が終わって
知らない国に置き去りにされて
それでもなんとか船に乗って帰って来たら
村の麦畑は石ころだらけで土もボロボロになっていた。

これはきっと
知らない国の麦畑で鉄砲を撃ち合って
死んだ馬とおまえを置き去りにした報いだと思ったんだ。

それから
石をどけ、麦をつくり、麦わらを鋤きこんで土を肥やして
三年たったら、麦の穂は重く実り
麦わらはお日さまにつやつやと輝くいい色になった。

その麦わらを水につけると柔らかくなる。
やわらかくなったら帽子が編める。

かぶるとだぶだぶの麦わら帽子。
大きくて、風が吹くとすぐに飛ばされて
狭いところでは邪魔になって
帽子のなかでいちばん戦争に向いていない麦わら帽子。

どこにもいかず
ずっと麦わら帽子をかぶって働いていればよかったな。
戦争になんか行かなきゃよかったな。

麦わら帽子を編んでいると
おまえが死んだ麦畑を思い出す。
踏み荒らされた麦畑、
機関銃の弾や人や馬の死体でいっぱいだった
あの麦畑はいまも麦畑なんだろうか。
誰かが世話をして、いい麦がとれて
残った麦わらで麦わら帽子を編んでいるだろうか。

そうだといいなあ。

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中山佐知子 2019年9月29日「コロンブスの手紙」

コロンブスの手紙

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

2010年のことだった。
ある稀覯本の専門家がバチカン図書館収蔵の
コロンブスの手紙を見て首をかしげた。
「これは本物だろうか?」

ここで言うコロンブスの手紙とは
1493年に新大陸から帰ったコロンブスが
スペインの国王と女王に出したものだ。
手紙はもともとスペイン語で書かれていたが、
次の航海の資金集めに役立てるために
ラテン語に翻訳し、15部の印刷物をつくって
ヨーロッパ各国の宮廷に送ったその一通を
バチカン図書館が所蔵していたのである。

複製とはいえ500年以上も昔の貴重な資料で
誰でも自由に手に取れるものではなかった。
誰が、いつ、すり替えたのだろう。
そして巧妙な偽物をこしらえたのは誰だろう。
何年にもわたる調査が続いた。

2018年、アメリカのコレクターの遺産の中から
それは発見された。
コレクターは2004年にコロンブスの手紙を
87万5千ドルで買い取っていたそうだ。
コロンブスの手紙はバチカンに返還されたが、
盗難品を返すのは当然のこととはいえ、
亡くなった夫の形見であり、
しかも100万ドル以上の価値に跳ね上がっている手紙の返却は
未亡人にとってつらいものであったろうと思われた。

さて、この事件が解決を見る前の2016年、
アメリカ合衆国の議会図書館からコロンブスの手紙が
フィレンツェのリッカルディアーナ図書館に返還された。
またコロンブスか?またコロンブスだった。
バチカンと同じ2010年に偽物説が浮上して
これもまた数年にわたる調査の結果、
本物はニューヨークの書店が入手し、
オークションにかけられ、
最終的にアメリカ合衆国議会図書館に寄付されていたことが
判明したのだ。

さらにあまり大きなニュースにはならなかったが、
バチカンと同じ2018年、アメリカ合衆国政府は
バルセロナのカタルーニャ図書館に
コロンブスの手紙を返還している。

コロンブスの手紙はなぜ盗まれるのだろう。
なぜコロンブスなのだろう。

完全なオリジナル、つまりコロンブス直筆のスペイン語の手紙は
現在ニューヨーク公共図書館にあるらしい。
我々が手に取ることもできない貴重な文献には謎が多く、
「ある」とは言い切れないので「あるらしい」と言っておく。

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中山佐知子 2019年8月25日「18時20分に出た火は」

18時20分に出た火は

    ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

18時20分に出た火は屋根に広がり
19時53分には高さ96メートルの塔の先端が
炎に呑み込まれて崩れ落ちた。
リラの花咲く春のパリでの出来事だ。
火が出たのは800年の歴史を持つ
ノートルダム大聖堂だった。

20時8分、屋根が焼け落ちた。
20時42分、太陽が沈むと
骨格だけになった屋根が炎にライトアップされ
その全貌をさらした。

消火活動は火事の拡大を阻止することと
文化財の保護に限らざるを得なかった。
たとえば空中消火の手段を使って空から何トンもの水を落とすと
建物全体が崩落しかねないからだ。
消防車の他に消防船も出動し、
建物の強さと水圧を計算しながらセーヌ川の水をかけていた。

火事の火は赤く、ときにはオレンジに輝き
またピンクや紫になった。
炎のありとあらゆる色が集まったかのようだった。
それは爆撃のようでもあり、花火のようにも見えた。

集まって火事を見守る市民の中から最初の歌声が聞こえた。
ボーイソプラノだった。
歌詞からアヴェマリアという言葉が聞き取れた。
そうだ、この大聖堂の名前はノートル・ダム。
その意味は我らが貴婦人という
聖母マリアをあらわす言葉だと気づいた。
歌はやがて大勢のコーラスになった。
指揮をする人とともに歌うコーラス隊もあらわれた。
祈っていた人も泣いていた人も
いっとき歌に加わった。
パリはこうして燃え上がる聖母マリアを見守っていた。

火災発生からおよそ9時間経った午前3時半、
火事はほぼおさまったと発表があった。

中心部の屋根は燃えてしまったが
正面の部分と北の塔は残り
文化財のほとんどが無事と報道された。
燃えた屋根の30メートル下で飼育されていた
18万匹のミツバチも
火事のときはうまく退避したらしく
無事に巣箱に戻った。

あのとき市民がうたった歌のなかで
ひとつだけ聞き覚えがある歌があった。
フランスの修道士が作曲した教会音楽で
聖母マリアを祝福する歌だった。
その歌の最後は
「アーメンアーメン、ハレルヤ」と
いつも通り締めくくられている。

火事が消えた朝、夜明け前から鳥が賑やかに鳴いた。
やがてバラ色の夜明けが来ても
放水はまだ続いていた。
             

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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