田中真輝 2026年3月29日「桜と鉄パイプ」

「桜と鉄パイプ」 

   ストーリー 田中真輝
      出演 大川泰樹

桜、と聞くと、思い出す情景がある。
満開の桜の下、ひらひら舞い落ちる花びらの中に、
中学生の男の子が立っているワンカットの映像。
やたらと太いズボンに、異常に短い学ラン。
当時、ボンタンに短ラン、と呼ばれていた、いわゆる変形制服セットアップ。
浅黒い肌に、ツンツンに尖らせた短髪が天を衝いている。
どこを見ているのかわからない、眠たそうな目をいつもしていた。
男の子、と今なら言えるけど、当時は界隈で最も恐れられていた男だった。
今ではあまり聞かなくなったが、
不良品の品をとって、不良、と呼ばれるカテゴリーに属していた。

あだ名は「オクゲ」。
本名が「おくした」だったような気もするが、
とにかく「オクゲ」という名前は
彼自身が発する不吉な雰囲気と相まってわたしたちが住む盆地一体に
どんよりと広がっていた。
そのオクゲが、花散る木の下に立っている。
右手に長さ30センチぐらいの鉄パイプを持って。

オクゲは、わたしと同級生で、わたしと同じくバスケ部に所属していた。
元々はおとなしいやつだったのだが、1年の冬ごろから急速に荒れ始め、
そのうちまったく部活に来なくなった。
どうも顧問の先生とひと悶着あったらしい。
それが原因なのか、わたしたちバスケ部員は、登下校時や部活中、
なにかといちゃもんをつけて絡まれたり、追いかけられたりした。
なんでとばっちりを食わなきゃならないんだ、と、
わたしたちはそのたびに嘆いた。
そうこうしているうちに、オクゲの行状は悪化の一途をたどり、
授業中、とんでもない音を立てるスクーターで校庭を走り回ったり、
誰かの歌みたいに学校中の窓ガラスを割って回ったりするようになった。
近くの公園で他校の不良と喧嘩になり、持っていた鉄パイプで誰かを衝いて、
肺に穴が開いた、などという物騒な噂も広がっていた。
鉄パイプで衝かれて肺に穴が開く、という絶妙に怖いリアリティに、
いわれなく追いかけまわされるバスケ部の面々は深いため息をついた。

夏休みのある日、隣の中学まで練習試合に出かけたその帰り、
わたしたちは、ばったりオクゲに出会ってしまった。
今でも鮮明にその時のことを覚えているが、
草ぼうぼうの斜面の上から、
わたしたちを見下ろすそのシルエットを捉えた誰かが
「あっ」と言った瞬間、顧問の先生が「逃げろ!」と叫んだのだ。
言うに事欠いて「逃げろ」かよ、と今となっては思うが、
そのときはみんな反射的に必死で走り出していた。
そして、逃げるわたしたちを見て、オクゲは斜面を駆け下りてきた。
そのあとのことは、よく覚えていない。
ただ、順番的には「先生の逃げろ」のあとに「追うオクゲ」だったことは
間違いないと思う。

そんなことが日常になっていた中学生活も、いつかは終わる。
たいした成績も残せないまま中学を卒業するバスケ部のメンバーは、
なんとなく、まあ記念写真でも撮っておくか、という話になり、
卒業証書の入った筒を片手に、
体育館前の桜の木の下にゆるゆると移動していた。
その、桜の木の下に、オクゲがいた。
ささくれだった短ランにボンタン。ガムテープで補修されたスリッパ。
焦点を結ばない目は、どこを見ているのかわからない。
そして、その右手に、鉄パイプが握られているのを見たとき、
わたしたちはうんざりしながらも踵を返し、三々五々、逃げ出した。

あれからオクゲには会っていないし、部活の仲間と会うことも
ほとんどなくなってしまった。
でも、桜を見ると、桜の下にいたオクゲを思い出すことがある。
そして、最近、ふと思うのだ。
もしかしたら、あいつが右手に持っていたのは、鉄パイプじゃなくて
卒業証書だったんじゃないか、と。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

いわたじゅんぺい 2026年3月22日「かんな 2026春」

かんな 2026春

ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

かんなは小学4年生である。
好きなもんじゃはめんたいもちチーズ。
好きなおでんの具はきくらげ。
どこにでもいる小学4年生だ。

最近は
ミラノ・コルティナオリンピックを
熱心に見ている。

スキーのジャンプで
二階堂選手が銀メダルに終わり
「悔しい〜」
と言っているのを見て、
「こういう名言なんかあったよね。なんも見えねえ?みたいな」
と言っていた。

「なんも言えねえ、だよ」
と妻や長男から
総ツッコミにあっていたが、
北島康介選手が
「なんも言えねえ」
と言ったのは
2008年なので
知らなくて当然である。

かんなはまだ影も形もない。
なんなら長男も影も形もない。

いずれにしても、
冬のオリンピックを楽しそうに見ている。
スケルトンとフィギュアスケートが
お気に入りのようだ。

この前、
料理を手伝ってくれて、
「シングルオイラー」
と言いながら
ごま油をひと回し入れてくれた。
オイルとオイラーがかかっていたけど
多分本人は気づいていない。

油で思い出したが、
この前、
唇が妙に赤かったので指摘したら
「油がついてるんだよ。
油の乗った餃子を食べたからね」
と言っていた。
油の乗った餃子、
という響きが新鮮だった。

この一年のトピックといえば
塾に行きはじめたことだ。

特に中学受験をするという
感じでもないし、
勉強が好きという
感じでもないのだが、
通いはじめた。

塾を見学しに行った時、
自分の知っている知識を
なんでもひけらかす
うるさい男子がいたので、
帰り道に
「うるさい男子がいたね」
と言ったら
「男の子はそういう子もいるよ」
とたしなめられた。
かんなは人の悪口を言わない。

塾は電車を乗り継いで
30分くらいのところにある。
終わるのは夜なので、
会社帰りに迎えに行って
一緒に帰る。

帰り道にいろいろ話してくれる。

社会があった日は、

「防災の問題で
『公民館に避難する』を
『古民家に避難する』って書いちゃったの」

とか

「排他的経済水域って言おうとして
はえたたき経済水域って言っちゃったの」

とか

算数があった日は

「樹形図の問題は我に帰ったらできた」

とか。

結局その日に
何を習ったのかは
よくわからないのだが、
何かしらを学んだらしい形跡は
伝わってくる。

いつもは迎えに行くと
眠そうな感じで出てくるのだが、
とてもシャキッとしていた日に、
「今日はシャキッとしてるね」
とほめたら、
「今日はねむくならなかった。
じゅくに行く前にひるねというか
目をとじて失神してたからね」
と言っていた。
いつも眠くなるのは心配だが、
目を閉じて失神していた、
という表現は、
リアリティがあって良い。

問題を出し合いながら帰る日もある。

「リンカンは何をした人でしょう?」
「けいざいを変えた人?」
「おしい。アメリカの大統領で奴隷を解放した人」
「だれかにころされたんだよね」
「う、うん」
「わたし人の死に方だけはおぼえてるんだよね」
「そうなんだ」
「マリアントワネットはゼラチン?
で首をちょんぎられたんだよね」
「ギロチンだね」

と、スプラッタなことを
平然と言い出したりもする。

唐突に
「さいばんかんってカンカンってする人?」
と聞いてきたり
「べんごしってはんにんの味方する人?」
と聞いてきたり。
弁護士は犯人の味方をする人、
という説明は正しすぎて、
大人にはなかなかできない。

女の子らしく
服にも興味があるのだが、
いつも散々迷って結局
同じ服のローテーションに
なっているので
「いつもそのTシャツ着てるね」
と言ったら
「この黒とグレーの間の色がいいんだよ。
ゾウさんがぬれた時の色」
と言っていた。
「ゾウさんがぬれた時の色」
という表現もとてもよい。

ある時は、

「おもしろいゆめを見たよ」
「どんな夢?」
「ほかほかのごはんをそのまま手にくばるの。
それをはふはふって食べるの。
しかもお店はダイソーだった」

と、父が喜びそうな話を
教えてくれたり。

ある時は、
塾から駅までの
長い地下道を
目をつぶりながら
手をつないで
点字ブロックの上を歩き、
そのままパスモで改札も通ったあとで

「目の見えない人は
かいさつでパスモをピッてやった時
ざんだかがいくらかわからないんだね」

と言っていて、
その気づきにハッと
させられたこともあった。

宿題が多くて大変そうだが、
文句も言わずに通っている。
それなりに楽しんでいるようだ。

その分、
前からやっていたそろばんは
わかりやすく伸びなくなっていて、
毎回迎えに行くと
「今日は10点だったー」
「今日ななんと0点」
と教えてくれる。

あまり器用なタイプでは
ないのだろう。

でも手先はまあまあ器用なようで
秋刀魚を箸で上手に食べられる。

食欲も旺盛だが、
物欲も旺盛で、
いまはとにかくシールが欲しいらしい。

クリスマスの
サンタクロースへの手紙には
「Amazonで〇〇を検索して、
そこに出てくる上から3つ目のを
クリックしてください。
そうしたら・・」
というようなAmazonでの
欲しいシールの買い方が
詳細に書かれていた。

物欲は旺盛がすぎて、
来年の誕生日プレゼント代まで
前借りするような状態に
なってきたので、
最近妻に割とちゃんと怒られた。
それを真摯に受け止めたのか
「芸能人が活動休止するみたいに
かんなも前借りするのを休止するの。
コールドスリープ」
と言っていた。
活動が再開されないことを
父は祈っている。

あっという間に季節は巡る。
何かのブームが終わり、
次のブームがやってくる。
気を抜くと子どもは成長している。

今年も桜は早そうだ。

.
出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属




かんな2025春:https://www.01-radio.com/tcs/archives/33628
かんな 2024夏:https://www.01-radio.com/tcs/archives/33031
かんな 2023冬:https://www.01-radio.com/tcs/archives/32901
かんな 2023春:https://www.01-radio.com/tcs/archives/32349
かんな 2022夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/32004
かんな 2022冬:http://www.01-radio.com/tcs/archives/32004
かんな 2021春:http://www.01-radio.com/tcs/archives/31820
かんな 2020夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/31699
かんな 2019冬:http://www.01-radio.com/tcs/archives/31528
かんな 2019夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/31025
かんな 2018秋 http://www.01-radio.com/tcs/archives/30559
かんな 2018春:http://www.01-radio.com/tcs/archives/30242
かんな 2017夏:http://www.01-radio.com/tcs/archives/29355
かんな:http://www.01-radio.com/tcs/archives/28077

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

蛭田瑞穂 2026年3月15日「夜桜」

夜桜

ストーリー 蛭田瑞穂
   出演 遠藤守哉

四月だというのに、妙に肌寒い夜であった。

鎌倉雪ノ下の、人影の絶えた裏路地を、
川端康成と少女が連れ立って歩いていた。

突き当たりの角を曲がると、一木(いちぼく)の桜が、
まばゆいばかりに咲き誇っていた。

「見て先生、こんなに綺麗な桜が」

少女は小走りに近寄り、仰ぎ見た。
枝という枝に、隙間もなく白い花弁が重なり合っている。

そこに、一陣の春疾風(はるはやて)が吹いた。
枝を大きく揺らすと、無数の白片が雪のように舞った。

「あら、もったいないこと。
 こんなに急いで散らなくてもよいのに」

少女は花びらに手を伸ばした。
その透き通るように白い指先を見つめながら、
川端は語りかけた。

「古来、日本人は儚さの中に、
 真の美しさを見出してきたものです。
 形あるものが消えたあとに、余韻が宿る。
 そう考えれば、散る桜もまた、鮮やかに見えましょう」

少女は花びらを追う手を止め、
はにかみを隠すように笑みを浮かべた。

「儚さ、ですか。
 でも私はやっぱり、満開のほうが好きですわ。
 こうして元気に咲いているほうが」

川端はふと、少女の、そのいたいけな感情を
弄(もてあそ)んでみたい誘惑に駆られた。

「しかし、生気(せいき)に満ちた姿というのは、
 時に品性を欠くものです。
 満開の賑やかさは、どこか生(せい)の奢りも感じさせて、
 私には少し、目に余ります」

「奢りだなんて……。私はただ、
 一生懸命に咲いている桜を愛でたいだけです」

「だがそれでは、桜を見ながら、見ていないことになりますよ」

川端はなおも執拗に言葉を重ねた。

「真実というものは、
 余計なものを削ぎ落とした果ての、無にあるのです。
 形も色も捨て、虚空へ溶けてゆく。
 その潔さこそが、何よりも充足した美なのです。
 目に見える美しさなど、仮初の像に過ぎません。
 君はまだ、お若い。
 いつか、その奥に潜む深淵に触れる時がくるでしょう」

気がつくと、少女は黙り込んでいた。
手のひらにこぼれたひとひらを
うつむいたままじっと見つめている。

「でも先生、それなら……」

少女は不意に、射抜くような視線を彼に投げた。
その瞳の中で、夜桜が怪しく揺れている。

「それなら、私が死んで、いなくなってしまったら、
 先生は嬉しいのですか。
 この花びらのように、儚く散ってしまったら。
 それでも先生は私を愛でてくださるの?」

川端は、言葉に詰まった。
己(おのれ)が弄ぼうとした純真が、
逃れようのない刃(やいば)となって、
彼の高慢な自尊を切り裂こうとしていた。

風が、再び吹き荒れた。
闇を背景に、狂おしいほどの花びらが舞い、
二人の間を分かつように通り過ぎていく。

風が凪ぐと、傍らから少女の姿は消えていた。
あとには、冷えびえとした夜の気配が沈んでいる。

川端は、知らぬ間(ま)に固く結んでいた右手を
ゆっくりと開いた。

そこには、ひとひらの桜が、
まるで行き場を失った遺品のように貼りついていた。

.
出演者:遠藤守哉




Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

佐藤充 2026年3月8日「ダイヤモンドダストサクラ」

ダイヤモンドダストサクラ

   ストーリー 佐藤充
      出演 地曵豪

ダイヤモンドダストの舞うなか、
サクラちゃんが立っていた。

地元旭川では、
氷点下10℃以下の晴れた日に、
ダイヤモンドダストが現れる。

大気中の水蒸気が昇華してできた氷の結晶が
太陽の光をキラキラと反射させながら、
空を舞っている。

氷点下の宝石などと言われているが、
それは何も知らない人が言っていることだと
中学生の僕は思っていた。

ダイヤモンドダストには、
憂鬱な気分にさせる力がある。

美しいものには毒があるというが
そういう類のもの。

鼻からおもいきり空気を吸い込むと、
鼻のなかに瞬間接着剤をつけたのかと疑うくらいに
鼻がくっつく。

瞬きをすると、
まつ毛同士がくっついて、
目が開けられなくなる。

寝癖をなおした髪の毛を乾かさずに
家を出たら髪もカッチカチに凍る。

細かく砕いたガラスの破片が空気に混じっている
と思うくらい肌に触れる空気も痛い。

おまけに僕は寒さでお腹が痛くなるうえに、
寒暖差アレルギーなので鼻水も止まらなくなる。

そんな朝、
鼻水をすすりながら学校へ向かっていると
同じクラスのイシモリと会ったので
いっしょに行くことにした。

イシモリとはその後お互いに大学生になり、
東京の中野でいっしょにシェアハウスをすることになるのだが、
当時はそんなことを知るよしもなく他愛もない会話をしていた。

イシモリは、
プレステ1のゲームも遊べる互換性のあるプレステ2を買ったけど、
結局はFF10ばかりやっていて、
とにかくユウナが可愛いという話と、
ティーダの最強武器アルテマウエポンが手に入らない
という話をしていた。

ジャンヌダルクの新曲『月光花』の話から、
『霞ゆく空背にして』もいいけど『DOLLS』の歌詞がエロいという話。
安田美沙子の京都弁が最高だという話から、
時東ぁみの「ぁ」がなぜ小文字なのか
という話をした。

他にもイシモリは近所のお坊さんに
家の中に霊道が通っているので、
いますぐにでも引っ越したほうがいいと言われて、
土地を買わされそうになっているから、
転校することになるかもと話していた。

そして、
話題は僕ら4組のクラスメイトの野球部ホリベが
1組の柔道部の男子たちに襲われたことに移行した。

当時の僕らのなかでは、
全ての学年行事でいつも4組はビリなので、
勉強も運動もできない余りものたちが集められたのが
4組だという認識だった。

劣等感は結束を生むのか、
4組の男子たちは仲がよかった。
休み時間も昼休みも放課後もトイレに行くときも
土日にラウンドワンへ行ったり、ずっと一緒にいた。

それが気に食わなかったのか、
理由なんてなんでもよかったのか、
昼休みにホリベは1組の男子たちに、
トイレへ引っ張られて襲われたのだった。

ホリベはそのときのことを
「詫びだかワサビだかしらねぇけど、
急に詫び入れろとか言われて殴られた」
と言っていた。

「詫びだかワサビだかしらねぇけど」を気に入ったのか、
そのあともホリベは何度もそこだけリピートして言っていた。

僕とイシモリはというと、
そんなホリベを心配することもなく、
もしも自分たちが襲われたらどうするかシミュレーションをしていた。

柔道部に真正面から挑んでも勝てるはずもない。
走って逃げるか、バッドとかが落ちていたらそれで威嚇しながら
やっぱり逃げようという話をしていた。

そんなときだった。

キラキラしたダイヤモンドダストが舞うなか、
イシモリの妹のサクラちゃんが立っていた。

しかも、
ガリガリくんを食べながらコートも羽織らず薄着で立っていた。
その姿は同じ道民から見ても異質だった。

「何してんのよ」とイシモリが聞くと
「ダイヤモンドダスト見てる」と答えるサクラちゃん。
「いや、なんでガリガリくん食べてるのよ」と聞くと、
「食べたいから」と答えるサクラちゃん。

その異質さを表すだけの言葉を持っていなかった僕たちは
「そっか」とだけ言って学校へ向かった。

薄着でガリガリくんを食べながら、
ダイヤモンドダストを眺めていたら、
襲いにきた柔道部も逃げてくれるかもしれない。
もしかしたらコートを貸してくれて仲良くなれるかもしれない。

サクラちゃんからは、
そんなことを思わされるだけの不思議な力を感じたけれど、
お腹を壊しそうなので、やっぱりやめることにした。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

佐藤充 2023年3月26日「アラブの春」

アラブの春

ストーリー 佐藤充
出演 地曳豪

帰国3時間前。
タクシーはハイウェイでいきなり止まった。
2011年3月、
アラブの春と呼ばれる革命が起きているエジプトだった。

中東を1ヶ月ほど1人で見てまわり
ヨルダンからフェリーで入国してやってきた。
日本への帰国便をカイロから取っていたのだ。
街では車が燃え、催涙ガスの煙が舞っている。
できるだけ外に出ることなく過ごし帰国日を迎えた。

帰国3時間前。
空港へ向かうタクシーがハイウェイで止まる。
ルームミラー越しにドライバーの男と目が合う。
「エンジントラブル」と男は英語で言う。
続けてジェスチャーとアラビア語で「車を後ろから押してくれ」と言うので
一緒に押すことにした。

車は2人で押すと少し動いた。
男は「そのまま押し続けてくれ」と言い、
急いで運転席に戻りエンジンを掛けに行く。
ブルルンとエンジンが掛かる音がする。
タクシーはそのまま僕をハイウェイに置き去りにして
猛スピードで走り出した。

Uターンするだろうと見ていたら、
タクシーのテールランプは遠ざかるばかりで
ついに闇に消え見えなくなった。

もしかしてまだ戻ってくる可能性も
あるかもしれないとも思ったが、
あの走り方は戻ってくる感じのスピードではなかったなと思い、
ここで待つのは危ないので
いったんハイウェイの中央分離帯に移動する。

タクシーのトランクにパスポートに財布、
着ている服以外の全ての荷物を乗せていた。
残り3時間でパスポートだけでも取り戻して帰国することはできるだろうか。
たぶん無理だ。帰国できない。
無一文でカイロのハイウェイの中央分離帯で考える。

ちょうど去年の今頃、大学へ入学するために北海道から上京してきた。
厳密には埼玉の新所沢に住み始めるので
上京と言っていいのかわからないけれど。

上京1日目に西友で12800円の自転車と9800円の自転車で迷って
9800円の方を買った。
明日はこの自転車に乗って近所を散策しようと思ったら、
次の日アパートの1階の駐輪場に止めていた自転車はパンクしていた。
目線を上げた先には都合よく「パンク直します」と手書きの張り紙があって、
その横には「張り紙禁止」という旨のアパートの管理会社の張り紙もあったが、
気にせず電話をした。

「もしもし、自転車パンクしちゃって」
「あ、そうなの」
「はい、直してもらいたくチラシ見て電話しました」
「いま、昼飯食べてるんだわ」
「はい」
「そのあと出勤の準備あるんだわ」
「はい」
「家どこなの?」
住所を伝えると「あ、近いから30分後に行くわ」と男は言った。

男は少し遅れてやってきた。
「どれ自転車」と言うと男は慣れた手つきでホイールからタイヤを外し、
水に浮かばせてどこに穴が空いているのかを確認しはじめた。

「俺さ、本職は流しなんだわ」
「ナガシ?」
「新宿のゴールデン街で夜ギター持って歌ってるんだわ」
「ああ、流し!」
流しという職業の人に初めて出会って感動した。

「俺、CDデビューもしてんだわ」と
男はもともと黒色だったのだろうけど、
日焼けして紫色になった使い古したアディダスのカバンから
CDを出した。

「1500円」
「え?」
「CD込みでパンク代1500円」
「あ、CDも、、、」
「ほんとはCDだけで1500円だから」
CDはいらないから安くしてくれとは言えずに1500円を払った。

「新宿にも聞きにきてよ!」と言われ
いつか行こう行こうと思って、
まさか1年後に革命中のエジプトカイロのハイウェイの中央分離帯で
帰国できずに途方に暮れているなんて思ってなかったので
まだ新宿にも聞きに行かず、CDも聞かずに引き出しに入れっぱなしだ。

帰国できたら聞きに行くだろうか。
いや、行かない気がする。

東京はきっともう桜が咲いている。

花見でこれを笑い話にできるように
ひとまずなんとかなるだろうと歩きだす。
 
 .
出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

田中真輝 2023年3月19日「桜会議」

「桜会議」 

ストーリー 田中真輝
   出演 遠藤守哉

新町スカイハイツ管理組合 第43回通常総会議事録より一部抜粋。

司会:
それでは本会最後の議案に移らせて頂きます。
議案は、敷地内自転車置き場横の桜の木についてになります。
現在、この桜の木について、住人から伐採してほしいとの要望が出ており、
本会議にてその決議を取らせて頂きたいと考えております。

301号室住人発言(以下301):
該当する樹木(桜)については、マンション住民だけではなく、
多くの地域住民から古くから愛されており、
一部住民からのクレームで伐採してしまうというのは、いかがなものかと思う。

205号室住人発言(以下205):
一部住人とはおっしゃるが、そうした小さな声を圧殺するのが、
このマンションの自治のいつもの在り方であり、
わたしとしては今の発言は全く容認することができない。

301:
別に圧殺しようとしているわけではない。
わたしは一個人としての思いを述べたまでである。
というか、伐採の要望を入れたのはあなたなのではないか。

205:
わたしではない。わたしではないが、要望については賛同する。
地面から張り出した根が自転車の通行の妨げになっているし、
落ち葉がベランダに大量に落ちるのにも辟易している。
何よりも毎春、花が咲くと多くの人が木の下に集まって
朝から晩まで大騒ぎするのが迷惑極まりない。
年をとると大声や騒音が一番堪える。
それでなくても最近は体調を崩しがちで毎日高い漢方を飲んでいる。

301:
花見はみんな楽しみにしている。やはり要望を入れたのはあなたではないのか。
そして漢方の話はいま関係ない。

204号室住人発言(以下204):
一言申し上げておきたいのだが、
205は前々から些細なことを取り上げて大きな問題にするので困る。
桜の件についてもそうだ。
以前は電気料金のメーターが自分のところだけ速く回っているという議案を提出され、
たいへん長引いて大変だった。
みんな忙しいところわざわざ集まっているのに、
どうでもいい議案で時間を取られるのはどうかと思う。

708号室住人発言(以下708):
ちょっとよろしいでしょうか。

205:
メーターの件は、目下弁護士に相談中である。そのうち目にものみせてくれる。

204:
あと、毎朝謎のお経を唱えるのもやめてほしい。あれこそ公共の迷惑である。

205:
この(不適切な表現なので割愛)

204:
なんだと(不適切な表現なので割愛)

301:
話を戻すが、桜の木はこのマンションの住人にとって心のよりどころになっている。
なにかと疎遠になりがちな昨今において、
みんなで集まって花見ができる機会があるのはとてもいいことだと思う。

参加者一同:拍手

708:
そのことで少し申し上げたいのだが。

205:
そんな優等生のような発言をしているが、わたしはこの人(301号室住人のこと)の
ほんとうの姿を知っている。

司会:
議案に関係のない発言は控えてください。

301:
そうだそうだ。

204:
それはわたしも聞きたい。

205:
この人(301号室住人のこと)が前にこのマンションの管理組合理事長を務めていたときの、大規模修繕工事のことだ。

301:
いま関係ない。

205:
あのとき工事を依頼した業者が実は、

301:
わーわーわー(など意味不明な発言)

司会:
最後の議案、桜の木について話を戻したい。

708:
その件についてなのだが。

204:
誰か何か言っている気がする。

301:
たぶんこの人が何か言おうとしている。

司会:
708、意見があるなら大きな声でお願いします。

708:
わたしは43年前にこのマンションが建設されたときからここに住んでいるが、
あの桜が植わっている場所は、このマンションの敷地内ではなく、
市の管理地になっている。よって、市の所有物だということができる。

参加者一同:静まり返る

司会:
続けてください。

708:
今までも何度かいまと同じような議論になったことがあるが、
結局は市の所有物だから伐採できないという結論に至っている。
今回も結論としてはそうなるのではないかと考える。

参加者一同:そういうことは早く言え。

司会:
以上をもって本日の管理組合定例会を終了とする。
7時間にわたる議論、誠にありがとうございました。やれやれ。



出演者情報:遠藤守哉

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ