川野康之 2016年4月10日日

kawano

木綿のハンカチーフ外伝

    ストーリー 川野康之
      出演 地曵豪

『木綿のハンカチーフ』という歌が流行したのは1976年のことだ。
なぜはっきり覚えているかというと、
その年は、私が東京に出てきて一人暮らしを始めた年だからだ。
歌の内容を簡単に紹介すると。
二人は幸せな恋人同士だった。
ある日、男は故郷を捨てて一人で都会へ旅立った。
華やかな都会で暮らすうちに、男はしだいに変わっていった。
故郷を忘れ、恋人のもとへ帰る気持ちを失ってしまった。
そんな男に、女は、最後の贈り物として涙を拭く木綿のハンカチーフをねだる。
この歌を私はその頃下宿の部屋や定食屋なんかでよく聞いたものだ。
この年、東京で一人暮らしをする何万人もの男たちが、
ちょっとセンチメンタルな気持ちになったかもしれない。

この歌のアナザーストーリーをこれから書いてみようと思う。
もちろんこれは私の作り話である。
すべては私の妄想であって、
歌の作者の意図とはまったく何の関係もないことを
ことわっておきたいと思う。

男は、新宿のクラブでボーイ見習いの仕事をしていた。
皿洗いと掃除。重たい酒瓶が詰まった箱を持って非常階段を上ったり下りたり。
ときどき客のゲロの始末。それが仕事だった。
踊り場の隅で恋人の手紙を取り出して読み返した。
ビルの街の灯りがにじんだ。
都会で成功することを夢見て来たけれど、現実の生活は正反対だった。
そのうち顔見知りの客ができた。
頼まれて煙草を買いに行ってやると、
とんでもない額のチップをくれることがあった。
はじめの頃は一万円札を握る手が震えた。
客に連れられて、いっしょに飲み歩くようになった。
不動産屋だという客の小さな事務所にも顔を出すようになった。
いつしかその客を社長と呼んでいた。
スーツを着ると、自分がいっぱしの都会人になったような気がした。
社長の商売は上手く行っていた。
金に困っている奴らに高利で金を貸してやり、
返せないと土地や建物をとりあげて、高く売る。
手荒なやり方だが金はおもしろいように手に入った。
社長の後をついて歩くだけで給料がもらえた。
一万円札がただの紙切れのように感じられてきたころ、
故郷の暮らしが遠いものに思えてきた。
もうあそこに戻ることはないだろう。
木綿のハンカチーフをください、と女から手紙が来たのはこのころだ。
ある日、事務所に行くと、社長の姿が消えていた。
金庫はもちろん電話や書類やカーテンまでなくなっていた。
かわりに見知らぬ男たちがいた。
逃げようとして、簡単にねじ伏せられて、顔を床にこすりつけられた。
歯が折れて、血とよだれが床を濡らした。

男が東京の刑務所に入れられたという噂を聞いて、
女は荷物をまとめて東京に出てきた。
刑務所のある町にアパートを借りて、食堂の仕事を見つけた。
そこで皿を洗ったり、注文を聞いたり、
夜は酔っぱらいの相手をしながら、3年待った。
その間、誘惑してくる男たちもいたけれど、女は相手にしなかった。
3年たって、男が出所してきた。刑務所の門の前で男を出迎えた。
二人は並んで歩いて、駅前の女が働いている食堂に入り、うどんを食べた。
そして二人は結婚したのである。
男はこの町のクリーニング屋で働き始めた。
女は食堂の仕事を続けた。
二人は幸せに暮らしました。おしまい。
ではない。

この話にはまだ続きがある。
ある日、店に来た遊び人風の男が女を外に誘った。
ふだんは誘いに乗らない女が、なぜか素直にエプロンを脱いで、
遊び人と一緒に出て行った。
食堂の主人が口をあんぐり開けて見ていた。
その夜は食堂にもアパートにも帰ってこなかった。
翌朝。店に現れた女は別人のような厚化粧をしていた。
真っ赤な口紅が唇から大きくはみ出ていた。
黙ってエプロンをつけて、皿洗いを始めた。
報せを聞いて男がむかえに来た。
男は、ポケットから木綿のハンカチーフを取り出して、
女の顔を丁寧に拭いた。
その手を女がはらって、
「馬鹿にしないでよ」
と言った。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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息子の勧め


出演者情報:地曳豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

息子の勧め

     ストーリー 旭岡宗宣(東北芸術工科大学)
        出演 地曳豪

「スキー場が近くていいなあ。」と
山形の大学に来てから何度も親父に言われる。
僕は別に遊ぶために来た訳じゃないのだが、
確かにスキーをするには最高の立地に僕の家はある。
親父のいる栃木の実家は1番近いスキー場でも日帰りは一苦労だ。
それに比べて僕の家は30分もあれば行けるし、
山ほどスキー場はあるので
趣味の域を超えてスキーを愛する親父が羨ましがるのも無理はない。

「スキー場行き放題じゃん。いいなあ。」なんて言われた。
実際そんなに行かないし、雪が降ると登下校が大変で
ついには雪に飽きてくると言っても、
連絡を取るたび「いいなあ」と言ってくる。

もうそんなに羨ましいのなら冬の間だけ山形で家を借りて
近くのスキー場でインストラクターのバイトでもしたらどうだろうか。
親父はもう退職しているのだし、自分の好きな土地で暮らせる。

来週の天気予報は雪マークだと親父にラインをしたら
またしても「いいなあ」と言われた。
今シーズンは試しに山形に来てみるというのはどうだろうか。
僕は勧めることにした。

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東北のお婆ちゃん


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東北のお婆ちゃん                 

     ストーリー 狩野航生(東北芸術工科大学)
        出演 地曳豪

「いただきます!」
「もっとけらっしゃい。」

お婆ちゃんはごはんをおかわりさせようとする。

「葉っぱも食えな。」

お婆ちゃんは野菜を食べろとうるさい。
だけど、おばあちゃんのごはんはおいしい。
お婆ちゃんがが炊いたお米はおいしい。
お婆ちゃんが焼いた魚はおいしい。

なんでだろう。ただ普通にごはんを炊いて、普通に魚を焼いてるだけなのに。

東北のお米や魚が美味しいからだろうか。
もしかしたら、お婆ちゃんに手には不思議な力があるのかもしれない。

東北の雪国で生きるお婆ちゃんの手はしわしわだ。
何十年も毎日洗濯をして、ごはんをつくって、お皿を洗って。
そうやって手はボロボロに、だけど強くなっていった。
だからお婆ちゃんの手には不思議な力が本当にあるのかもしれない。

東北の自然の食材と、東北のお婆ちゃんの手。
そこからできあがる料理は格別だ。

お婆ちゃんは偉大だ。東北は偉大だ。

東北へ行こう


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ばあちゃんと見た景色


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    ストーリー 佐藤裕太(東北芸術工科大学)
       出演 地曳豪

空なんて、どこも一緒だと思っていた。
でも、ばあちゃんは、ここがほんとうの空だと言った。
空気が美味しいという言葉が理解できなかった。
でも、ばあちゃんは、ここの空気が一番美味しいと言った。
川も山もどれも同じに見えた。
でも、ばあちゃんは、あれが安達太良山で、あの光ってるのが
阿武隈川だと言った。
ばあちゃんはいつも、小さかった僕を散歩に連れて、お話をした。
いつも同じ散歩道で、同じお話をした。
でも、子供だった僕にはあんまり理解できなかった。

あれから何年経っただろう。
不意にばあちゃんの言葉を思い出した。

散歩道はあの時と何も変わっていなかった。
僕は一人で散歩道を歩いた。
ばあちゃんの言葉を一つ一つ思い出して歩いた。
すべてがあの時と違って見えた。
あれが安達太良山で、
あの光ってるのが阿武隈川だった。
思わず深呼吸をした。空を見上げた。
こんなにもきらきらした世界がそこには広がっていた。
なんで気づかなかったんだろう。
なんだか涙が出てきた。
でも、涙の理由はあんまり理解できなかった。

東北へ行こう。


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小松洋 2015年9月6日

1509komatsu

野分
          
      ストーリー 小松洋
         出演 地曵豪

トラック島の港を出たところで
サイレンがけたたましく鳴り始めた。
基地上空に米軍機多数襲来。
あっという間に兵舎が炎上する。
滑走路にいた輸送機も爆破された。
まもなく敵機はこの船団を追ってくるだろう。
巡洋艦「香取」、「赤城丸」、
駆逐艦「舞風」、
そして自分の乗った駆逐艦「野分」。
一刻の猶予もない。
北の水道を目指して急ぐ。

と、双眼鏡にアメリカ国旗を掲げた船影が映る。
戦艦2隻、巡洋艦2隻。
勝ち目はない。
トラック島上空からは、戦闘機が追いすがってくる。

砲撃!
右舷に高い水柱が上がる。
船体が傾き、床になぎ倒される。
双眼鏡が音を立てて割れる。
さらに砲撃。
甲板を転がりながら必死でロープにしがみつく。
船は急角度で舵を切り、速度をあげる。
水柱が何本も上がり、しぶきが顔にかかる。

後方で機銃掃射の音と爆発音。
見ると太い黒煙が立ちのぼっている。
味方がやられたのか。
起き上がって船縁につかまり、目を凝らす。
風圧で海に振り落とされそうだ。

不意に故郷の山形を思い出す。
秋になると、猛烈な風が吹いた。
吹き飛ばされないように前のめりになって歩く。
馬見ヶ崎川(まみがさきがわ)で魚を突くためだ。
同級生の醤油問屋の息子と一緒に、親には内緒で出てきた。
こんな荒れた日に、大物が獲れるのだ。
風の中で、互いに好きな子の名前を、大声で言いあう。
「へえ、あいつか」
同じ子でないことに二人とも安心し、
「あいつのどこがええんかのう」
などと言っては笑う。
自分は海軍、醤油問屋の息子は陸軍。
いまはどこで、どうしていることか。

「伏せろ!」と誰かが叫ぶ。
目の前で巨大な水柱が天まで持ちあがり、体が宙を飛ぶ。
のどの奥からひとつの言葉がほとばしる。

午後五時二十五分。
うす暗い軍需工場の隅でねじを磨いていた少女は、
自分の名前を激しく呼ぶ声を聞いた。
ふりむくと、南向きのまだ明るい窓に、薄い月が出ている。
月の前を、船のような形の雲がゆっくりとよぎる。
「そこ、よそ見するな」
監督の将校が少女に杖の先を向けた。

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岩崎亜矢 2015年8月2日

1508iwasaki

「パーフェクトなサラダからはじき出されて」

        ストーリー 岩崎亜矢
           出演 地曵豪

1977年11月。男は今日も、人だかりのできた扉の前に立つ。
けれどその奥に広がる光景を、彼は知らない。
だって男は決して“パーフェクトなサラダ”にはなれない存在だから。
扉の前では、ドアマンのマークが「またあいつか」という顔を
してちらりと彼を見る。
毎晩“パーフェクトなサラダ”、つまりはゴージャスでノリのいい人間で
ダンスフロアを埋め尽くすようにと言いつかったドアマンにとって、
たとえ一張羅のスーツに身を包んだところで、男は意味のない人間なのだ。
この店の“ヴァイブ”に相応しくないと、
マークやオーナーのルベルに判断されたら最後、
あのドアの向こうに足を踏み入れることは許されない。
54丁目254番地にそびえる、スタジオ54。
リッチなだけでもダメ。ホットなだけでもダメ。
特別ななにかを持っている人間だけが、あの狂騒の住人となれるのだ。

しかし男には、作戦があるらしい。
勤務先のバーで耳をそばだてて仕入れた情報が本当ならば、
この建物にはガードマンの死角となった裏口があるという。
中にいる人間のほとんどは酒かドラッグで意識なんてないも同然だから、
外のガードマンたちをかわしさえすれば、
そこから中に入るのはそう難しくないというのだ。
裏口へと回り込む算段を男が立てていると、
ショートカットの見知らぬ女が近づいてきた。
そして彼の手を取ると、すいすいと裏口へたどり着き、扉を開ける。
あっけにとられている男を引っ張り、
女はそのまま慣れた様子で暗い廊下を進んでゆく。
もう一つの扉を女が開く。
その途端、ありえないほどの歓声と爆音の
ディスコ・ミュージックが飛び込んできた。
音楽とドラッグとセックスが充満するフロア。
トップレスの女の子たちが、Chicの「Le freak」に合わせて腰をくねらせる。
夢にまでみた光景が、男の目の前に広がっている。
奥のソファでは、アンディ・ウォーホルがジェリー・ホールに
シャンパンを注いでいる。
念願のサラダボウルの中身に、男はようやくなることができたのだ。

ダンスフロアで踊る、男と女。
さて、この女は誰だったろう? 男は考える。
勤務先のバーの常連だろうか。しかし、こんな美人を俺が忘れるわけはない。
男は女に答えを求めようとするも、
彼女は人差し指を口に当て、ニッと笑みを返すばかり。
まあいいじゃないか。名前なんかここでは必要ない。
ファンキーなリフに合わせれば、いつしか体は浮き上がる。
そうして、最高潮の興奮を彼らは手に入れるのだ。
男と女は、キスを繰り返す。レコードは回り続ける。
どうせいつか人生が終わるならば、こんな夜で終わってほしい。
男は心から願う。

朝のざわめきと太陽の眩しさで、男は目を覚ます。
何があったのか、なんとか脳みそを働かせようとする。
しかしわかることはと言えば、
自分がゴミ捨て場に倒れこんでいるということ。
右頬や脇腹がやたら痛むということ。
一張羅のスーツはひどい悪臭を放っているということ。
裏口からの侵入がばれて追い出された、というところか。
では彼女は? 彼女も一緒に追い出されたのだろうか。
男は辺りを見回しながら、ぼんやりと、キスをした女の顔を思い出す。
その口元、鼻、目…。
そしてはたと気づき、呆然とする。
あれはウォーホルのミューズ、イーディ・セジウィック以外の
何者でもないじゃないか。
1971年に薬物の過剰摂取で亡くなった、あのショートカットの妖精。
彼女の死にメディアは大騒ぎをしたけれど、それももう古い話だ。
ひとたび夜の帳が下りてしまえば、
人間と亡霊との間の線引きなんてあやふやなものかもしれない。
男は妙に納得して、家へと歩き出す。

そして今夜も、一夜限りの栄光を手にしようと、
その扉の前には人だかりが生まれる。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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