川野康之 2014年6月15日

田中、明日の予定を書いとけ

     ストーリー 川野康之
     出演 地曵豪

田中がとつぜんいなくなった。

一週間前のことだった。
バンド練習が終わって、駅前のマックでコーラを飲んで、改札口で別れた。
品川方面行きの電車に乗って去っていく田中を、俺は反対側のホームから見ていた。
田中が何か言いたそうにこっちを見た。
それが最後だった。
翌日から田中は学校に来なくなった。
学校にも俺たちにも、何の連絡もなかった。
メールを送っても返信がない。
二日たっても三日たっても、田中は姿を現さなかった。
心当たりを探した。
誰も行方を知らなかった。
誰も田中を見ていない。
消えてしまったのだ。
田中はこの世の中からこつぜんと。

彼の手帳だけが見つかった。
駅のベンチに置き忘れられていたのを二年生の女の子が拾っていた。
拾ったのは、俺が最後にあいつを見た日だ。

ギターとボーカルが担当の田中は、学校のちょっとした人気者だった。
一か月後の文化祭で俺たちは演奏することになっていた。
やっと曲が決まって、練習が始まったばかりだった。

わらにもすがる思いで、Twitterで情報を求めた。
ツイートはすぐに拡散された。
何件か返信があった。
ほとんどのものがウソかイタズラだったが、一つだけ気になるのがあった。
「心当たりがあります。すぐに会いましょう。」

現れたのは、年食った大学生みたいな男だった。
俺の話を一通り聞き終わると、
男は田中の手帳を手にとってじっくりと調べた。
そしてやっぱりだといった。

「予定が、『9月16日バンド練習@部室』で終わっていますね。
手帳の予定が、ある日付までしかなくて、
その先の予定がまったく書き込まれていない場合、
まれにですが、その日付に閉じ込められることがあるのです」
俺は彼の話が理解できなかった。
「タイムトラップ。時のわなの一種です・・・。
『恋はデジャブ』という映画を見たことがありますか。
何度も何度も同じ日を繰り返し、
永遠にそこから脱出することができなくなる男の話です」
「・・・」
「最後に田中君を見たとき、彼の様子はどうでしたか?」
「何か俺に向って訴えかけているようでした」
「なるほど・・・おそらく田中君はすでに何度も何十回も
同じ日をループしていたのかもしれない。
だから君に助けを求めていたのです」
「なぜあいつは俺にそう言わなかったんだ?」
「一度その日にとった行動は変えることができないんです」

俺はあのときの田中の眼を思い出した。
助けを求める眼。-
何とかして、わなの中からやつを助けだすことはできないかと思った。
タイムマシンであの日にさかのぼって、あいつに一言言えたら・・・
「田中、明日の予定を書け!」と。

「それは無理です。時間はさかのぼることができない」
男はにべもなく言った。
田中を救い出す方法はないというのか。
永遠に田中は閉じ込められたままなのだろうか。

長い沈黙の後に、男が口を開いた。
「ひとつだけあります。確実ではありませんが・・・
誰かが彼の手帳に未来の予定を書き込むのです。
そして同じ予定を自分の手帳にも書き込み、
それをその日になったら実行するのです。
力を合わせて時をだますのです。
うまくすれば彼が現れるかもしれない」
そんな簡単なことで?と俺は思った。
「でもそれには条件があります。・・・
彼自身がその予定に十分な思い入れがあって、
自分が書いたとしてもおかしくないぐらい大切なイベントであること。
書いてなかったのが不思議なくらいで、
もしかしたら自分が書いたのかもしれないと
勘違いしてくれるようなものであること。
時をだますためには、まず田中君自身をだます必要があるのです」

俺は考えた。
俺にとっても田中にとっても大切で、
絶対に忘れてはならないイベントは何か。
田中の手帳を開き、ある予定を書き込んだ。
同じものを自分の手帳にも書いた。
そしてその日を待つことにした。
田中は来るだろうか。

一か月後。
文化祭はクライマックスにさしかかっていた。
俺たちの出番の時間だ。
俺はステージの上で待っていた。
ギターボーカルがいつまでも現れないので、
観客の生徒たちがざわめき始めた。
そのとき、ステージの袖の幕の陰から、
ひそかに一人の男がこっちを見ているのに気がついた。
俺はそいつに手帳を投げた。
「田中、明日の予定を書いとけ」

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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ゲンジボタル

「ゲンジボタル」

        ストーリー 田村友洋(ともひろ)
           出演 地曵豪
       
ぼくは宮城県の天然記念物、ゲンジボタル。
生まれは岩手県との県境にある登米市(とめし)。
市の中心を流れる鱒渕川の浅瀬が僕らの町。

梅雨が明ける6月の終わり。
まだ蒸し暑さが残る夕暮れどきから、仕事に出かけます。
人生をかけた仕事、フィアンセ探し。
意中の相手に振り向いてもらえるよう、光で精一杯話しかけます。

実はこの光、地域によって光る周期が変わるのです。
光の方言とでもいいましょうか。
ぼくのいる東日本では4秒に1回、西日本では2秒に1回光ります。
西日本の方がおしゃべりな蛍が多いのかもしれませんね。

川辺に人が集まってきました。
天然記念物になっている僕たちにはサポーターがいて
僕たちが生きやすい環境を守ってくれています。
観光客がイタズラをしないようにパトロールをするのも
サポーターの皆さんです。
毎晩のように僕たちの数をかぞえ、全国に発信してくれます。
そして僕らにとってはプロポーズを見守ってくれる証人でもあります。

百数十匹の仲間たちが一斉に飛び始めました。
川面や茂みの上をふわりと光の曲線を描いています。
ぼくもゆっくりしていられません。
期限はおよそ1週間。
好みの蛍に出会えますように。

東北へ行こう。


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中島英太 2014年1月19日

大きな山

      ストーリー 中島英太
         出演 地曵豪

今回この原稿を書くにあたって、いただいたテーマが「山」。
山、山、うーん、なんかないかなあ、山。
ということで、
「中山さん」の話をひとつ書きたいと思います。

この東京コピーライターズストリートの主催者であり、
演出もされている中山さん。中山佐知子さん。
僕なんかが語るのがおこがましいくらいの、
ラジオの巨匠ですね。
それこそ山です。

以前、取材を兼ねて、
中山さんとウイスキーの蒸溜所へごいっしょしたことがあります。

そこでは、元ブレンダーだった方がつきっきりで、
ウイスキーづくりのいろはを教えてくださいました。
僕たちは、蒸溜所の中をまわりながら、
いろんなウイスキーを試飲させていただきました。
10年物。20年物。30年物。

それだけでも感激ものですが、
最後になんと一樽ウン千万円という貴重なお酒を
いただいたんです。
街のバーで飲んだら、えらいことになります。
たぶん一生飲むことはないですが。

ほろ酔い気分の僕は、
ああ本当にいい経験をさせてもらったなと
しみじみしていました。

そしたら。
中山さんが蒸溜所の方に言ったんです。

「やいやい、もっといいの、隠してるんだろー」って。
ニヤリと笑いながら。
私の眼はごまかされないぞーって。

僕は、この人、なんて大胆なこと言うんだろうと、
一瞬酔いも覚めました。

そしたら、言われた方、ギョッとした顔をした後に、
「いやあ、参りました!」
と笑いながら、奥のほうからラベルのないウイスキーを持ってきて。
特別ですよ、と言いながら、飲ませてくれたんです。
最高でした。

その後も、みんなでいろいろ飲みました。
蒸溜所の方もニコニコして、
裏話なんかも聞かせてもらえました。

すごく勉強になりました。
取材って、こういうことなんだと。
ふつうの、ちょっと先に、宝物は隠れている。
そこまで掴み取って、はじめて取材だと。仕事だと。
そこまでやるから、いい企画の種になる。
自分は全然ぬるかった。

そんな中山さんのお話でした。
中山さんは、やっぱり、大きな山です。

ところが。

以上のような原稿を中山さんに送ったところ、
僕のまったくの勘違いだったことが判明。

どんなモルトを飲んでみたいですか、
という蒸溜所の方の問いかけに、中山さんは、
「あなたがいちばん好きなモルトを飲みたい」
とお答えになったのでした。
そして出てきたのが、先ほどの超絶ウイスキーだったわけです。

ものすごく失礼な勘違いをしてしまいました。
普通なら激怒されても仕方ない間違いです。

でも、中山さんは、やさしく指摘された後に、
ほらほら、これ見て思いだして、と
その時の写真を何枚か送ってくださいました。
そして、
素晴らしいウイスキーでした、まだ味を覚えてますもんね、
とおっしゃるのでした。

中山さんは、やっぱり、大きな山です。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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名雪祐平 2013年11月10日

あけみさんのTシャツ

      ストーリー  名雪祐平
         出演 地曵豪

俺は画家になる。
あの1977年の夏。そう思っていた。

学校の美術部なんか、しょうがない。
絵を描くのに、先輩後輩とかなんにも関係ない。

高校1年から、地元の画家のアトリエに通った。
画家っていうのは変人が多いけれど、
その先生は鮫に狂っていた。
絵のモチーフは、釣り上げられて、のた打ちまわる鮫ばかり。
でも、血しぶきが飛び、生臭そうな絵はあまり人気がなかった。
生活のために先生は、女性のヌードを描いて売ったり、
俺のような生徒から月謝をとっていた。

アトリエは自由なのが気に入っていた。
先生は放任主義で、
放課後や日曜に、行きたいだけ行って、好きなだけ描いた。

夏休みになって、東京から大学生のあけみさんがアトリエに来た。
ヌードモデルのアルバイトをするためだった。

あけみさんは体にぴったりの派手なTシャツをよく着ていた。
サイケデリックな
レインボウの柄が複雑に入り組んで、
まるで七色の液体が流れているように、
ぬるぬる動いて見えた。

あけみさんの内蔵も、
こんなふうに動いているのだろうか。
あけみさんを描きたい、描きたい、描きたい。

けれど、あけみさんは先生が雇ったモデルだった。

夏休みの終わりが近づいていた。
ある日、いつもより早くアトリエに行くと、
グレーのガウンを羽織って休憩中のあけみさんが、
ナイフで梨をむいていた。

俺は本心をぶつけてみた。

「あけみさん」

「ん?」

「あけみさんをすごく描きたい。お願いします」

あけみさんはナイフを止め、
まっすぐ俺を見て言った。

「お金はあるの? モデル料」

「あまり、ないです」

「お金がいるの。わたし」

いくらだろう、と俺は考えていた。

結局、あけみさんは後払いの2万円で許してくれた。

それから5日間ほど、
先生のためのモデルの時間が終わってから、
あけみさんは、ぼくにじっと見つめられることになった。
夕方になると、西日が射して
すこしオレンジがかるあけみさん。

うまく描けたかどうかはわからない。
でも、描きたくて描きたくてしかたないものを描けている、
という全能感を生まれて初めて知った。
無我夢中で、すごくきれいな時間に感じた。

「ここのバイトが終わったらね、成田に行くんだ」

あけみさんの言葉の意味は、
16歳の俺でもすぐわかった。

あけみさんは、成田空港建設の反対運動に行った。
警察や機動隊との激しい闘争の中に行った。

あけみさんはいなくなり、
俺はただの野次馬になった。

テレビニュースが映す、
反対派学生のデモ、集会、逮捕連行される映像。
そのテレビ画面の中に、あのサイケデリックな
レインボウ柄のTシャツが映らないか、
目を凝らしているだけだった。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

 

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地曵豪から「ひと言」

皆様、お久しぶりです。地曵です。
 
久しぶりなのにいきなり告知ですいません…。
9/13より、出演させて頂いた映画「許されざる者」が
公開になります。
 
映画に関わったスタッフ・俳優部全員が
魂を込めて作り上げた映画になっております。
是非、お時間がありましたら
是非劇場まで足をお運び下さい!!
 
ちなみに写真は
ホテルから歩いて15分ぐらいのところにあった看板です…
 
映画「許されざる者」HP:
http://wwws.warnerbros.co.jp/yurusarezaru/index.html

 
 地曳豪:http://www.gojibiki.jp/

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佐藤理人 2013年9月8日

「桜の引退宣言」

    ストーリー 佐藤理人
       出演 地曵豪

桜が突然、

「春に飽きた」

と言いだした。

やれ咲いた散ったと大騒ぎするくせに、
いざ咲いてみれば花そっちのけで
酒や団子に興じるニンゲンたちに、
つくづく愛想が尽きたというのだ。

これからはどこか人里離れた場所で、
ひっそりと自分のためにだけ咲こうと思う。
そう言って桜は、花びらをハラハラと散らした。

桜の、この突然の引退宣言に植物界は騒然となった。

映画やドラマの使用料、CMの契約料、
歌詞の印税、お菓子をはじめとする
名物へのグッズ展開…。
春を代表する花になれば
莫大な富が転がり込んでくる。
このチャンスを逃す手はなかった。

後継者の発表は一週間後。
春を担うのに最もふさわしい植物を
季節に関係なく、桜自らが指名することになった。

もしかしたら自分が
日本で最も愛される植物になれるかもしれない。
我こそはと多くの草木や花が色めきだった。

次の春のトップ季語は誰かを巡り、
喧々諤々の議論が繰り広げられた。

バラはその美しさとトゲに一層の磨きをかけ、
早くも女王気取り。その横では、
温暖化で春はもう夏の一部だと主張するヒマワリと、
皇室に採用されし我こそが国花なりと言い張る菊が、
取っ組み合いの喧嘩を始めた。

そうかと思えばツバキは、
日本の女性を美しくしているのは自分だ!
とヒステリックに喚き、
タンポポはこの下流時代、
野に咲く美しさにこそ目を向けるべきだ!
と寂しくなりかけた綿毛を
振り乱しながら説いてまわった。

運命の一週間が過ぎた。

桜が指名するのは果たしてどの植物か。
その第一声を誰もが固唾を飲んで待った。

カサリと葉の触れあう音さえしない。
あまりの静けさに、
地面に落ちる夜露の音まで耳障りに思えた。

しかし、桜が後継者を発表することはなかった。
ワシントンに斧で切り倒されてしまったのだ。

「僕がやりました」

悪びれた様子もなく
正直に話すその顔いっぱいに、
少年法で守られている者の
したたかな自信があふれていた。

右手に握られた鋭い斧の刃が、
照りつける日差しを浴びてギラリと笑った。
少年を責める勇気ある者は、もはや誰もいなかった。

やり場のない失望と虚しさの入り交じった
深いため息が広がった。

気孔から吸い込まれたため息は、
葉緑素と結びついて光合成を起こし、
激しい怒りとなって再び空気中に排出された。
一触即発の不穏な沈黙が大地を満たした。

きっかけは嫌われ者の杉だった。

こんなときでも平気で花粉をまき散らす無神経さに、
周りの草花たちがついにキレた。

「ハクション!ハークション!」

幾重にも重なるくしゃみが
けたたましく響きわたる中、
杉の大木は無残になぎ倒され、
木っ端みじんに引き裂かれた。

それを皮切りに植物たちの大乱闘が始まった。
何万本もの枝や茎が折られ、
何リットルもの樹液や草汁、花の蜜が流された。

すべてが終わった後に残ったのは、
一面のススキの原だけだった。

どれだけ踏まれても立ちあがるその強靭な生命力を、
誰も根絶やしにすることはできなかった。

夕日に照らされたススキの原に、
突然ビュウと一陣の風が吹いた。

ススキたちは気持ち良さそうに、
いつまでもサラサラと揺れ続けていた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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