名雪祐平 2013年11月10日

あけみさんのTシャツ

      ストーリー  名雪祐平
         出演 地曵豪

俺は画家になる。
あの1977年の夏。そう思っていた。

学校の美術部なんか、しょうがない。
絵を描くのに、先輩後輩とかなんにも関係ない。

高校1年から、地元の画家のアトリエに通った。
画家っていうのは変人が多いけれど、
その先生は鮫に狂っていた。
絵のモチーフは、釣り上げられて、のた打ちまわる鮫ばかり。
でも、血しぶきが飛び、生臭そうな絵はあまり人気がなかった。
生活のために先生は、女性のヌードを描いて売ったり、
俺のような生徒から月謝をとっていた。

アトリエは自由なのが気に入っていた。
先生は放任主義で、
放課後や日曜に、行きたいだけ行って、好きなだけ描いた。

夏休みになって、東京から大学生のあけみさんがアトリエに来た。
ヌードモデルのアルバイトをするためだった。

あけみさんは体にぴったりの派手なTシャツをよく着ていた。
サイケデリックな
レインボウの柄が複雑に入り組んで、
まるで七色の液体が流れているように、
ぬるぬる動いて見えた。

あけみさんの内蔵も、
こんなふうに動いているのだろうか。
あけみさんを描きたい、描きたい、描きたい。

けれど、あけみさんは先生が雇ったモデルだった。

夏休みの終わりが近づいていた。
ある日、いつもより早くアトリエに行くと、
グレーのガウンを羽織って休憩中のあけみさんが、
ナイフで梨をむいていた。

俺は本心をぶつけてみた。

「あけみさん」

「ん?」

「あけみさんをすごく描きたい。お願いします」

あけみさんはナイフを止め、
まっすぐ俺を見て言った。

「お金はあるの? モデル料」

「あまり、ないです」

「お金がいるの。わたし」

いくらだろう、と俺は考えていた。

結局、あけみさんは後払いの2万円で許してくれた。

それから5日間ほど、
先生のためのモデルの時間が終わってから、
あけみさんは、ぼくにじっと見つめられることになった。
夕方になると、西日が射して
すこしオレンジがかるあけみさん。

うまく描けたかどうかはわからない。
でも、描きたくて描きたくてしかたないものを描けている、
という全能感を生まれて初めて知った。
無我夢中で、すごくきれいな時間に感じた。

「ここのバイトが終わったらね、成田に行くんだ」

あけみさんの言葉の意味は、
16歳の俺でもすぐわかった。

あけみさんは、成田空港建設の反対運動に行った。
警察や機動隊との激しい闘争の中に行った。

あけみさんはいなくなり、
俺はただの野次馬になった。

テレビニュースが映す、
反対派学生のデモ、集会、逮捕連行される映像。
そのテレビ画面の中に、あのサイケデリックな
レインボウ柄のTシャツが映らないか、
目を凝らしているだけだった。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

 

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地曵豪から「ひと言」

皆様、お久しぶりです。地曵です。
 
久しぶりなのにいきなり告知ですいません…。
9/13より、出演させて頂いた映画「許されざる者」が
公開になります。
 
映画に関わったスタッフ・俳優部全員が
魂を込めて作り上げた映画になっております。
是非、お時間がありましたら
是非劇場まで足をお運び下さい!!
 
ちなみに写真は
ホテルから歩いて15分ぐらいのところにあった看板です…
 
映画「許されざる者」HP:
http://wwws.warnerbros.co.jp/yurusarezaru/index.html

 
 地曳豪:http://www.gojibiki.jp/

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佐藤理人 2013年9月8日

「桜の引退宣言」

    ストーリー 佐藤理人
       出演 地曵豪

桜が突然、

「春に飽きた」

と言いだした。

やれ咲いた散ったと大騒ぎするくせに、
いざ咲いてみれば花そっちのけで
酒や団子に興じるニンゲンたちに、
つくづく愛想が尽きたというのだ。

これからはどこか人里離れた場所で、
ひっそりと自分のためにだけ咲こうと思う。
そう言って桜は、花びらをハラハラと散らした。

桜の、この突然の引退宣言に植物界は騒然となった。

映画やドラマの使用料、CMの契約料、
歌詞の印税、お菓子をはじめとする
名物へのグッズ展開…。
春を代表する花になれば
莫大な富が転がり込んでくる。
このチャンスを逃す手はなかった。

後継者の発表は一週間後。
春を担うのに最もふさわしい植物を
季節に関係なく、桜自らが指名することになった。

もしかしたら自分が
日本で最も愛される植物になれるかもしれない。
我こそはと多くの草木や花が色めきだった。

次の春のトップ季語は誰かを巡り、
喧々諤々の議論が繰り広げられた。

バラはその美しさとトゲに一層の磨きをかけ、
早くも女王気取り。その横では、
温暖化で春はもう夏の一部だと主張するヒマワリと、
皇室に採用されし我こそが国花なりと言い張る菊が、
取っ組み合いの喧嘩を始めた。

そうかと思えばツバキは、
日本の女性を美しくしているのは自分だ!
とヒステリックに喚き、
タンポポはこの下流時代、
野に咲く美しさにこそ目を向けるべきだ!
と寂しくなりかけた綿毛を
振り乱しながら説いてまわった。

運命の一週間が過ぎた。

桜が指名するのは果たしてどの植物か。
その第一声を誰もが固唾を飲んで待った。

カサリと葉の触れあう音さえしない。
あまりの静けさに、
地面に落ちる夜露の音まで耳障りに思えた。

しかし、桜が後継者を発表することはなかった。
ワシントンに斧で切り倒されてしまったのだ。

「僕がやりました」

悪びれた様子もなく
正直に話すその顔いっぱいに、
少年法で守られている者の
したたかな自信があふれていた。

右手に握られた鋭い斧の刃が、
照りつける日差しを浴びてギラリと笑った。
少年を責める勇気ある者は、もはや誰もいなかった。

やり場のない失望と虚しさの入り交じった
深いため息が広がった。

気孔から吸い込まれたため息は、
葉緑素と結びついて光合成を起こし、
激しい怒りとなって再び空気中に排出された。
一触即発の不穏な沈黙が大地を満たした。

きっかけは嫌われ者の杉だった。

こんなときでも平気で花粉をまき散らす無神経さに、
周りの草花たちがついにキレた。

「ハクション!ハークション!」

幾重にも重なるくしゃみが
けたたましく響きわたる中、
杉の大木は無残になぎ倒され、
木っ端みじんに引き裂かれた。

それを皮切りに植物たちの大乱闘が始まった。
何万本もの枝や茎が折られ、
何リットルもの樹液や草汁、花の蜜が流された。

すべてが終わった後に残ったのは、
一面のススキの原だけだった。

どれだけ踏まれても立ちあがるその強靭な生命力を、
誰も根絶やしにすることはできなかった。

夕日に照らされたススキの原に、
突然ビュウと一陣の風が吹いた。

ススキたちは気持ち良さそうに、
いつまでもサラサラと揺れ続けていた。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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磯島拓矢 2013年8月4日

「花火」

         ストーリー 磯島拓也
            出演 地曵豪

ドーンという花火の音で、生後7カ月の子どもが目を覚ました。
僕の腕の中で激しくむずかる。
花火を見せたくてやってきたのに、
寝ていてくれた方がラクだな、と思ったり。
明らかに矛盾している。
大人は実に勝手だ。

起きてしまった彼は泣くというより、いつものように唸りはじめる。
ドーン!と花火が上がって「うう~」。
バーン!と花火が散って「ああ~」。
このような声を「喃語(なんご)」と呼ぶことを最近知った。
乳児たちの、言葉になる前の言葉だ。

妻は彼が唸るたび「そうね~キレイだね~」と応えているが、
彼が「キレイだ~」と話しているとは限らない。
こちらは日本語、彼は喃語、通じないのだ。
実にもどかしい。

たとえ喃語であっても、ただの唸り声であっても、
彼が僕に話しかけてくれるのはうれしいものだ。
何か伝えたいことがあるというのは、素敵なことだと思う。

花火が上がる。
首が座りはじめた彼が大きくのけぞって空を見上げる。
「うえ~」と唸る。
妻が「そうね~すごいね~」と応えている。
しかし彼が「すごい」と言っているかどうかわからない。
僕らに喃語は難しすぎる。

もうしばらくして彼が日本語を話し始めた時、
きっと喃語は忘れているだろう。
僕たち大人が、そうであったように。
喃語は、書きとめられもせず、ただただ消えてゆく言語だ。
そう考えると、ちょっと切なくなる。

花火が上がる。
彼は僕に抱きつき「あが~」と唸る。
「ハイハイ大丈夫」妻が彼の背中をたたく。
彼女は同時に、子どもの様子をケータイ電話の動画におさめる。
これが唯一の喃語の残し方だ。

しかし数年後、彼にこの動画を見せても、
喃語を翻訳してくれないだろう。
この時何を言っていたのか、覚えていないだろう。
喃語たちは、その意味を明らかにすることなく、
ただただ思い出の中に存在する言語だ。

花火が終わり、駐車場までぞろぞろと歩く。
興奮しているのか「ああ~」「うう~」「おお~」と、
彼は話しかけてくる。
「楽しかったか?」「ちょっとくさいだろう。これ火薬っていうんだ」
「日本の花火は世界一らしいぞ」
僕は応える。
通じてはいないだろう。
ただ、お互いに伝えたいことがあることだけは
伝わっているといいなと思う。

数年後、彼の喃語を
かけがえのないものとして思い出すのかなあ、
なんてことを、柄にもなく考える。
だからもっと話せ、今しか話せない言葉を話せ、と言いたいのだが
帰りのクルマの中では、寝ていてくれた方がラクだな、と思う。
明らかに矛盾している。
というか、大人は勝手だ。
ゴメンな。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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本当の東北を忘れたあなたへ

「本当の東北を忘れたあなたへ」

          文 菊池雄一
          声 地曵豪

あの有名旅館も被災地の旅館になった
あの油がのった魚も被災地の魚になった。
あの甘い野菜も被災地の野菜になった。

あれから…
気がつくとあたりまえのように
東北を被災地と呼ぶようになっている。
そんな私に息子が言う。
「被災地ってどこにあるの?」

東北は被災地という名前ではない。
日本のどこにも被災地という場所は存在しない。

本当の東北を思い出してください。

東北へいこう。


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旅*東北:http://www.tohokukanko.jp/







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藤本宗将 2013年6月29日

殺生石異聞

         ストーリー 藤本宗将
            出演 地曵豪

下野国那須郡の寒村に、源翁(げんのう)という名の僧がいた。
法力に優れ修行のために諸国を巡っていたが、
ここ一年ばかりはこの地にとどまっていたのだった。

春も終わりに近づいたある日、
いつものように山で修行に励んでいた源翁は
異様な光景を目にして思わず立ちすくんだ。
こんな山奥には不似合いの若い女が、
山ツツジの繁みにもたれるように座っていたのである。
肌は透き通るように白く、髪は日差しを浴びてきらきらと金色に輝いている。
そしてその顔立ちは、この世のものとは思えぬほど美しかった。
さらにただごとでないのは、女が矢傷を負っていたことだった。
衣は血に染まり、ツツジの花よりも鮮やかな赤が
妖艶さをいっそう際立たせている。

邪気こそ感じなかったが、ただならぬ気配に源翁も言葉が出ない。
これは、いったい何者か。いぶかしんでいると、
女はまるで心が読めるかのように口をひらいた。

「そのむかし唐の国におりましたころ、私は皇帝の妃でございました」

突拍子もない言葉に源翁は大いに混乱したが、
女は取り乱しているのでもなければ、騙そうとしているようでもない。
黙ってこの女の身の上話を聞くことにした。

「皇帝は私を寵愛しましたが、たいそうひどい暴君でした。
狩りで鳥や獣を殺し、豪奢な宮殿のために樹を伐り、戦で野原を焼きました。
食べるためではなく、快楽のために多くのいのちを奪う。
私にはそれがどうしても許せませんでした。
だから皇帝を操り、人間同士で殺し合うよう仕向け、国を傾かせてやったのです。

そのつぎは天竺、さらには海を渡りこの国へ来ましたが、
どこへ行っても人間は自らのことしか考えぬ
恐ろしい生きものでございました。
都では宮中に入り、院のおそばに仕えながら
人の世を滅ぼす機会を伺っておりましたが、
阿倍なにがしという陰陽師にわが正体を見破られてしまい、
命を狙われてここまで逃げてきたというわけです」

そう語り終えたとき、女はいつの間にか狐の姿に変わっていた。
金色の毛並み。九つに割れた尾。
それがさきごろ都を騒がせたという
白面金毛九尾の狐(はくめんこんもうきゅうびのきつね)であると、
ようやく源翁は理解した。

「私はただ、生きものたちの暮らす場所を守りたかった。
けれど、その願いはもはや果たせそうにありません。
国じゅうの山も野原も、いずれ人間どもの戦で荒れ果てるのでしょう。
ただ、せめてここに咲く美しいツツジは、人に踏みにじらせたくないものです」

そう言うと狐はよろよろと立ち上がり、
源翁を残して山を下りていった。
そして麓近くで力尽きた狐は、巨大な石へと姿を変えた。

石からは毒気をはらんだ煙がもうもうと立ち上り、
あたりには草木も生えなくなった。
気味悪がった村人たちは石を捨てようとしたが
煙を吸った者はばたばたと倒れてしまう。
いつしか石は「殺生石(せっしょうせき)」と呼ばれ、
山には誰も近寄らなくなった。

ただひとり源翁だけは近くに小さな庵をむすび、狐の魂を弔った。
狐と人と、どちらがひどい殺生をしたのか。
ずっと考えてみたが、とうとうわからなかった。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

 

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