名雪祐平 11年9月25日放送



山と死 ジョージ・マロニー 1

なぜ、あなたはエベレストを目指すのか?

そこに山があるからだ。

この有名な言葉は、
1923年、ニューヨーク・タイム紙の記者の問いかけに、
イギリス人登山家ジョージ・マロニーが
こたえたものとされている。

そのわずか1年後、
彼はエベレストの頂上付近で消息を絶ち、
二度と帰らなかった。

果たして彼は、
頂上にたどりついたのかどうか。
登山史上最大のミステリーは、
いまも結論が出ていない。



山と死 ジョージ・マロニー 2

登山家ジョージ・マロニーが
残した言葉。

そこに山があるからだ。

この言葉には、
もうひとつ別の意味がひそんでいないだろうか。

そこに死があるからだ。

命を賭けるほどの魔力をもつ山が、
登山者を引き寄せていく。

エベレストで遭難した
ジョージ・マロニーの遺体が発見されたのは、
行方不明になってから実に75年後のことだった。

その姿は、まるで山肌に取り憑いたような
うつぶせの状態だったという。



山と死 エドモンド・ヒラリー

地球上に、3つの点がある。

北極点、南極点、
もうひとつは、標高の最高地点である
エベレスト山頂。

20世紀初頭、
北極点と南極点到達の競争に敗れた
イギリスは、国の威信を
エベレスト征服にかけようとした。

1921年に第一次エベレスト遠征隊を派遣してから、
いくつもの遭難事故や、戦争をはさみ、
とうとうその時が来るまで、32年間かかった。

1953年5月29日午前11時30分、
イギリス隊のエドモンド・ヒラリー、
そしてチベット人シェルパ、テンジン・ノルゲイが
人類初のエベレスト登頂に無事成功。

のちに、ヒラリーはこんな言葉を残している。

もし山に登っても、
下山中に命を落としたら何もならない。
登頂とは、登って
また生きて帰ってくることまでをふくむのだ。



山と死 加藤文太郎

大正・昭和期の革命的登山家、
加藤文太郎。

それまで非常識とされた単独行によって、
登攀記録を次々と打ち立て、
「不死身の加藤」として名をはせた。

しかし1936年、槍ヶ岳での猛吹雪によって
わずか30歳で、その命は燃え尽きた。

孤立することを常に不安を感じながら、
しかし、究極的にはいつも孤立することを選んだ、
と評された加藤。

その劇的な生涯は、
新田次郎著『孤高の人』のモデルとなり、
いまも読み継がれている。



山と死 トッド・スキナー

その登山家が書いたのは、
一流といえるビジネス書だった。

著者は、
26カ国で300本以上の初ルートを開拓した
伝説のフリークライマー、トッド・スキナー。

究極の山から得た教訓が並ぶ。たとえば。

 怖くないのだとしたら、
 選んだ山が楽すぎるのだろう。

 山を低くするのは無理なのだから、
 あなたは自分を高めなければならない。

 あなたの経歴など山の知ったことではない。

著書『頂上の彼方』は、
アメリカのビジネスマンに根強い人気となった。

しかし、当の本人に悲劇は起こる。

クライミング中、
身体を確保するハーネスというベルトが
劣化のため破断し、
150m以上落下してしまったのだ。

神がかった業績を持つトッド・スキナーさえ、
滑落死するとは・・・。

彼が書いた教訓のひとつひとつが、
より強い意味を帯びてくる。



山と死 杉本光作

明治生まれの登山家で、
谷川岳の登山道を開拓した杉本光作。

当時は、軽量化された化学繊維や素材もなく、
登山の装備は、非常に重いものだった。

ある日、谷川岳に向かうとき、
杉本は仲間にこう言った。

 梅干の種は抜いてきたか。

必要ないものは徹底的に削いで、削いで、
命がけで山に向かう覚悟。

装備が軽量化されたいまでも、
学ぶことが多い言葉ではないだろうか。



山と死 富山県警 山岳警備隊

3000m級の北アルプスを抱える
富山県警 山岳警備隊。

1965年結成。

延べ救助者数3000名。

殉職者数2名。

日本最高峰の救助隊のひとつである
彼らの言葉がある。

 苦しくても、苦しくない。
 
人命救助という厳しい使命と、
崇高な精神性をもつ
この言葉が胸につきささる。



山と死 ラインホルト・メスナー

世界の8000m峰14座。
そのすべてを無酸素で完全制覇した
イタリアの登山家、ラインホルト・メスナー。

偉業のあとに書き上げた本のタイトルは、
『生きた、還った』

『登った』と、業績を誇るニュアンスではなかった。

目の前で弟が雪崩にのみこまれ、死なせた過酷な経験や、
崖を墜落した時の自らの臨死体験もあり、
メスナーはこう語っている。

 人間は実は2つの違う次元を生きています。

 私は「死」こそ生を充実させる最も重要な
 要素だと考えています。

山、死、そして生きることに直面した男の
掛け値なしの言葉。

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