直川隆久 2016年4月17日

naokawa1604

第二の人生

      ストーリー 直川隆久
         出演 遠藤守哉

はい。
え、わたしに。
なにかききたいことが。
はあ、はあ。

女子トイレの前で突っ立って何をしているのか、と。
佐藤さんを待ってるんです。
・・佐藤さん、っていってもわからないよね、雇い主です。わたしの。

わたし、ハンカチなんです。
佐藤さんの。

ほら、わたしの着てるこの服、タオル生地でできてて、すごくよく水吸うんですよ。
佐藤さん、ハンカチ持ち歩くのめんどくさがるタイプでね。
手洗ったあと、わたしの背中で、べべっと手、拭くんです。
はい、そのために、佐藤さんについて歩いて。

一応、8時から18時までの契約で、1日1万円・・かな。
まあでも今メロンパンが一個2万円ですから、たいした稼ぎじゃないけどね。
まあ、年金の足しに、ないよりはましかなって。

ここにずらっといる連中、みんな佐藤さんに雇われてるんです。
ここの四人はアッシーですね。佐藤さんをおぶるの。交代制で。
あの人は、充電器。
ほら、ハンドルまわして電気おこす小型の発電機ってあるでしょ。
あれ持ち歩いて、1日中佐藤さんの携帯充電してるの。

高齢者が増えすぎちゃってねえ。
ロボットがいまは大概のことはやっちゃうし。
人間の値段が安くなっちゃって。
まあ、ここまで安くなるとは思ってなかったけどね。正直。

え?
つらくないか?

幸いね、わたし、そういうところプライドないの。
同年代でね、プライド捨てきれない人たちは大変ですよ。

わたしの飲み友達でね、人口知能の研究やってた先生がいましたけど、
「人工知能の研究は人工知能本人がやるのが一番じゃないの?」って
人工知能から言われちゃったらしいですよ。で、首になって。
まあ、大学の先生だからねえ、
いきなりハンカチとか爪楊枝にはなれんわけですよ。プライドが邪魔して。
で、まあ、ノイローゼなっちゃって。

わたし若い頃はアッシーとかメッシーとか呼ばれても平気なほうだったんで。
懐かしいなあ。80年代。はじけてたなあ。
いやまあそれはいいんだけど。
今ならなんていうんですかね。フッキー?
はっははは。

いやもう、あんまり深刻に考えてもしょうがないかなって。
数が多けりゃ安くなるのが、モノの道理ってもんで。
まあ、モノじゃないんだけどね。ほんとは。

ああ、佐藤さん、でてきました。
・・・。
じゃあ、行っていいですか。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/



  

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川野康之 2016年4月10日日

kawano

木綿のハンカチーフ外伝

    ストーリー 川野康之
      出演 地曵豪

『木綿のハンカチーフ』という歌が流行したのは1976年のことだ。
なぜはっきり覚えているかというと、
その年は、私が東京に出てきて一人暮らしを始めた年だからだ。
歌の内容を簡単に紹介すると。
二人は幸せな恋人同士だった。
ある日、男は故郷を捨てて一人で都会へ旅立った。
華やかな都会で暮らすうちに、男はしだいに変わっていった。
故郷を忘れ、恋人のもとへ帰る気持ちを失ってしまった。
そんな男に、女は、最後の贈り物として涙を拭く木綿のハンカチーフをねだる。
この歌を私はその頃下宿の部屋や定食屋なんかでよく聞いたものだ。
この年、東京で一人暮らしをする何万人もの男たちが、
ちょっとセンチメンタルな気持ちになったかもしれない。

この歌のアナザーストーリーをこれから書いてみようと思う。
もちろんこれは私の作り話である。
すべては私の妄想であって、
歌の作者の意図とはまったく何の関係もないことを
ことわっておきたいと思う。

男は、新宿のクラブでボーイ見習いの仕事をしていた。
皿洗いと掃除。重たい酒瓶が詰まった箱を持って非常階段を上ったり下りたり。
ときどき客のゲロの始末。それが仕事だった。
踊り場の隅で恋人の手紙を取り出して読み返した。
ビルの街の灯りがにじんだ。
都会で成功することを夢見て来たけれど、現実の生活は正反対だった。
そのうち顔見知りの客ができた。
頼まれて煙草を買いに行ってやると、
とんでもない額のチップをくれることがあった。
はじめの頃は一万円札を握る手が震えた。
客に連れられて、いっしょに飲み歩くようになった。
不動産屋だという客の小さな事務所にも顔を出すようになった。
いつしかその客を社長と呼んでいた。
スーツを着ると、自分がいっぱしの都会人になったような気がした。
社長の商売は上手く行っていた。
金に困っている奴らに高利で金を貸してやり、
返せないと土地や建物をとりあげて、高く売る。
手荒なやり方だが金はおもしろいように手に入った。
社長の後をついて歩くだけで給料がもらえた。
一万円札がただの紙切れのように感じられてきたころ、
故郷の暮らしが遠いものに思えてきた。
もうあそこに戻ることはないだろう。
木綿のハンカチーフをください、と女から手紙が来たのはこのころだ。
ある日、事務所に行くと、社長の姿が消えていた。
金庫はもちろん電話や書類やカーテンまでなくなっていた。
かわりに見知らぬ男たちがいた。
逃げようとして、簡単にねじ伏せられて、顔を床にこすりつけられた。
歯が折れて、血とよだれが床を濡らした。

男が東京の刑務所に入れられたという噂を聞いて、
女は荷物をまとめて東京に出てきた。
刑務所のある町にアパートを借りて、食堂の仕事を見つけた。
そこで皿を洗ったり、注文を聞いたり、
夜は酔っぱらいの相手をしながら、3年待った。
その間、誘惑してくる男たちもいたけれど、女は相手にしなかった。
3年たって、男が出所してきた。刑務所の門の前で男を出迎えた。
二人は並んで歩いて、駅前の女が働いている食堂に入り、うどんを食べた。
そして二人は結婚したのである。
男はこの町のクリーニング屋で働き始めた。
女は食堂の仕事を続けた。
二人は幸せに暮らしました。おしまい。
ではない。

この話にはまだ続きがある。
ある日、店に来た遊び人風の男が女を外に誘った。
ふだんは誘いに乗らない女が、なぜか素直にエプロンを脱いで、
遊び人と一緒に出て行った。
食堂の主人が口をあんぐり開けて見ていた。
その夜は食堂にもアパートにも帰ってこなかった。
翌朝。店に現れた女は別人のような厚化粧をしていた。
真っ赤な口紅が唇から大きくはみ出ていた。
黙ってエプロンをつけて、皿洗いを始めた。
報せを聞いて男がむかえに来た。
男は、ポケットから木綿のハンカチーフを取り出して、
女の顔を丁寧に拭いた。
その手を女がはらって、
「馬鹿にしないでよ」
と言った。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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いわたじゅんぺい 2016年4月3日「かんな」

かんな

    ストーリー いわたじゅんぺい
       出演 齋藤陽介

かんな、という名前は息子がつけた。

4歳の息子は妹がまだ
妻のおなかの中にいる頃から、
「あんなちゃん」と呼びはじめた。

なぜ「あんな」なのかはわからない。

妻は
「あんなは梅宮アンナを想起するからやだな」
と却下した。
が、息子は少し考えて
「じゃあ、かんなにする」と言った。
妻も少し考えて
「かんなならいいか」と了承した。
その日から娘の名前はかんなになった。

かんなは生まれた時から女子だ。
その生態はOLとさほど変わらない。

常に周りの空気を読み、
兄がぐずっている時には決してぐずらず、
おとなしくすごす。
ベッドから落ちても、
泣きわめくことなく、静かにしている。
ガーゼのハンカチをくわえながら、
もじもじしている。
昭和の歌謡曲に出てきそうな女である。

赤ん坊なのに、ものすごい冷え症で、
手を握るとその冷たさに驚く。
赤ん坊ってもっとあったかいものなんじゃ・・、
と不安になるくらい冷たい。

そして、ひどい便秘だ。
うんちはたいてい二日に一回。
三日に一回、四日に一回という時もある。
出す時は顔を真っ赤にしていきむ。
「あ゛~~~~~~」
と、すごい声でいきむ。
ベビーラックでいきむ姿は、
分娩台で出産するようである。

趣味は食べることで、
かぼちゃ粥が一番好き。
ヨーグルトも好き。
お通じがよくなるものが好き。

あたまをぽんぽんと叩くと
とても喜ぶ。
将来そんな感じで
口説かれてしまうのだろう。

僕が帰ると笑顔で出迎えてくれる。
でも3日会わないと
「誰だっけ?」という顔になる。
終わった恋に執着しないタイプなのだろう。

かんなはいま7カ月。
寝返りができるようになり、
ずっとうつぶせですごす。

いつもうつぶせだから、
うんちは前の方までべったりついている。
おむつを変える時も、
すぐうつぶせになってしまうので、
けっこう難儀だ。
僕が困っているのが楽しいのか、
かんなはいたずらっぽい顔で笑っている。

こうやって女は小悪魔になっていくのだな、
と僕はしみじみ思いつつ、
「観念しろ」
とか言いながら、
股間を拭いてあげるのであった。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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中山佐知子 2016年3月27日

nakayama1603

ゴルゴダの丘で

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

ゴルゴダの丘でイエスが処刑された。
エジプトでは世界初の海のガイドブックが執筆された。
ローマ帝国はゲルマンと戦って敗れていた。

ローマでは暴君ネロが皇帝になり
中国では眉の美しい青年が現れ
乱世を平定して英雄になった。

日本から貢ぎ物を持って中国に渡った使者は
「倭奴国王」と刻まれた金印を授けられた。
カトマンズでは秋になると桜が咲いた。

ユダヤ戦争でエルサレムが陥落し
ヴェスヴィオス火山の噴火でポンペイは滅亡した。
ローマでは完成したばかりのコロッセウムに
早くも落書きをした奴がいた。

中国に仏教が伝わり、
ペルーではナスカ文明がおこった。
メキシコでは太陽と月のピラミッドが建設された。
日本では倭国の大乱と記される大規模な戦争の後
卑弥呼が王になった。
シルクロードの絹は同じ重さの金と取引されていた。

さて、そんな頃だった。
日本の八ヶ岳の南の麓に一本の桜が芽を出した。
ふるさとのヒマラヤを出て
長い長い旅をする間に
桜は秋ではなく春に花を咲かせる智恵を身につけていた。
おかげで桜は種をまく時期を教える木だと言われた。
桜が切り倒されずに生き延びたのは
農業の守り神という信仰のおかげだったかもしれない。

100年がたち、1000年が過ぎた。
そしてまた1000年。
気がつくと、桜は神代桜と呼ばれ
日本でいちばん古い桜になっていた。

桜の季節に楽しい花見を。
樹齢2000年、日本でいちばん古い神代桜は
今年も花をつけています。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2016年3月20日

naokawa

卯吉と春

      ストーリー 直川隆久
         出演 遠藤守哉

大工の卯吉が二十歳の度胸試しやというて、
辰兄さん、背中に鯉と桜吹雪を彫ってくんなはれと頼みにきた。
長くかかるぞと念おしてから幾十日かけて筋彫、
色入れ済ませ、ぼかしの終わった日から
三四日がところ床に臥せったままうんうんいうておったようやが、
五日目にはけろりとして、
兄さん、ちょいとでかけまひょいなと誘うてきた。
おなごに見したりまんね、とにたにた笑う。
この卯吉の情婦は川沿いの一膳飯屋の女将。
四十越えた年増で、名はお春という。
いや、卯吉っつぁん、立派にならはったやないの。
男にならはったやないの。と、
もろ肌脱いだ卯吉の背中をぺちゃぺちゃたたく。
桜は、春の花やからな、と卯吉が言えば、
いやんそれひょっとしてうちのことかいな嬉しい、と
お春が総身を舌のようにして卯吉の背中にしなだれかかる。
辰兄さんは日の本一の彫り師やで、と大きな声をだす卯吉に、
彫られる人の我慢なければ、彫り師の商売も上がったりやんか、
ほんまにえらい我慢しなはった、男の鑑、とお春も言うて卯吉、上機嫌。
青二才の扱いは芋の煮炊きより容易いものとみえ、
一月ばかりすると、のれんが新しうなって
「おはる」の名の入った提灯が軒に下がった。
実を申せばこの儂もお春に男にしてもろうた口で、
若気の至りで随分と執着もした。
とはいえその手の男は、界隈に片手できかぬ数。
このまま、若いながら腕の評判は確かな卯吉と所帯を持ってくれれば、
なんとやらこちらも負い目なくお春の店に行ける。
さて、どれだけの男が知っておるかは知らんが、
お春の体にも彫物がある。儂が彫った。
お春のところに通うていた頃に、
たっての望みというので内腿に彫ったのが「辰 命」という文字。
あの二文字を見ては、卯吉も心おだやかならじというもので、
お春の店に一人で行ったおり、
あの彫物は卯吉に見せんほうがよかろうと儂が言うと、
はて、なんのことですかいな。とお春はいう。
なんのことて、あの彫物のことよ、と儂がいうと、
へえ、どこにそんなものがありますかいな、五十銭、おおきに、と
こちらに背をむけて台所に引っ込みよったので、儂も店を追い出された形。
その晩お春が儂の家を訪ねてきた。
内腿のあの「辰」の字を黒い兎で隠してくれとの頼み。
花嫁衣装がわりの「卯」命という符牒、
よほど卯吉に入れあげておるのであろうと得心して、
あいわかったと請け合うた。
店を閉もうてからの真夜中に幾晩も通うてきて、
蝋燭の下、お春に墨を入れてゆく。
なんべんやっても痛いもんやなとお春は、額に汗を光らせておったが、
よう耐えた。
とうとう辰の字を黒兎で覆い隠した。
今日が最後という日、代はいらんぞ、祝いがわりやというたら、
へえ、そらまたおおきに、とだけいうてお春は出て行きよった。
端午の節供の少し後に卯吉とお春は祝言を挙げた。
お春の店の屋号は「うさぎ屋」に変わった。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/


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田中真輝 2016年3月13日

tanaka

「葉桜」

        ストーリー 田中真輝
           出演 清水理沙

あなたは、桜が好きな人でした。
それも満開の桜ではなくて、花もあらかた散ってしまって、
若葉が出始めたような中途半端な桜。

ほら花が咲いた、ほら散ったと、かしましい人々を見下ろしながら、
桜は淡々と、しかし力強く命のサイクルを進めていく。
そんな桜の命の営みが見えるような、若葉の頃が好きなんだと、
あなたは言いましたね。
そんなあなたがいなくなって、もう何度目の春でしょう。
数えることも、もうやめてしまいました。

あの狂乱の日々のしばらくあと、あなたが行ってしまう前に、
最後に二人で見上げた葉桜を、わたしは今、一人で見上げています。
あなたのことを想いながら。

あれが起きたのはもう大昔のこと。
日本語では「技術的特異点」というのだと、あなたはわたしに教えてくれました。
「シンギュラリティ」。それは有史以来の人間の日々の延長線上に、
突如としてやってきました。まるで桜が満開になるように。
その日、コンピューターの知性は、ついに私たちの限界を越え、
そして一気に抜き去りました。
そこからは一気呵成。気がつけば、それはもう私達には理解の及ばない、
謎めいた存在になっていました。
神という人もいました。悪魔と言う人もいました。
人々の熱狂と混乱を見下ろしながら、それはやがて人間に静かに告げました。
あなたたちに永遠の命をあげましょう。
あとは好きなように生きればいい。
かつてコンピューターだったものは、今や人間のすべての情報を電子化し、
電子の世界で生かすことができるようになったと語りました。
そこには病気も死も別れも苦しみもないのだと。
究極の自由がそこにあるのだと、はがねの口で語りました。
はじめ、人々は懐疑的でしたが、死を直前に迎えた人々が
そちらの世界に移住し、そこにある自由と解放を語るに至って、
多くの人々が雪崩を打って電子の世界へと旅立っていきました。
こちらの世界に残った人々は、変人とみなされるようになりました。

あの春の日、家族とともに旅立つことに決めたわたしに、
あなたは言いましたね、
永遠に生きるなんてまっぴらだ。
僕は命の営みを手放したくない、たとえそれが死の苦しみに
彩られているとしても、と。
あなたは頑なでした。

そしてわたしは今、この箱庭のような世界で永遠に生き続けています。
いつ、どこ、といった概念を失って、
人々は、生きることの意味も失ってしまったようにもみえます。
皮肉なものですね。どれだけ生きてもいいと言われて、
生きる意味を失ってしまうなんて。
最近では、長い長い眠りに旅立つ人が増えていると聞きました。
それはもはや死と何が違うのでしょう。
死から解放されたはずなのに、死を望む。人間はほんとうに
ままならない生き物ですね。

近頃ずっと、わたしは、あなたと別れた17歳の姿で、
ここで散り続ける桜を眺めています。もうどのくらいここに
いるのかもわからなくなりました。

あなた。今、あなたがいるところにも桜は咲きますか。
あなたが好きだった、中途半端な葉桜がありますか。
あなたのいる場所と、わたしがいる場所は、
似ているような気がします。
そう、すぐそばに、あなたを感じることがあるんですよ。
そんな瞬間が恋しくて、わたしはここで、散り続ける桜を
眺め続けています。いつまでも、いつまでも。

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/


  

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