小山佳奈 2014年3月9日

「だから言ったじゃん。」

        ストーリー 小山佳奈
           出演 石橋けい

スミレさぁ、
だから言ったじゃん。
いい年して、パンケーキ食べてるだけのブログ、
いいかげんにやめなって。
あと一緒に載せてるスムージーって、
たぶんアサイーボウルだし。
DEAN&DELUCAのかばんも自慢気に載せてたけど、
別にいま街中のOLみんな持ってるからね。
つけまつげも、真っ赤な口紅も、なんか微妙だし、
だいたいアヒル口ってのも、ちょっともう、つらいし。
ドラマとかCMの仕事してるって言ってたけど、
全部スタンドインって奴でしょ?
そこからスカウトされるんだって言ってたけど
そんな子ほぼいないらしいじゃん。
っていうか10年もやってたら、気づくよね、ふつう。
あとその芸人目指してるとか言ってた彼氏?
いやそいつが本気で目指してるかどうかも怪しいけど、
そいつが合コン行きまくってるって知ってた?
友だちが行った合コンに来てたらしいんだけど、
「オレにバカみたいに貢いでくる女がいるんだよね」
って言ってたらしいよ。 
だいたいそいつのネタ、全部ニコ動のパクリだって、
気づいてた?
お金ないのに、よくわかんないとこで整形なんてするから、
よくわかんない顔になっちゃって、
あんたのお母さん、自分の娘か確認しろって言われても、
しばらくは全然わかんなかったんだよ。
っていうか、あんたスミレなんて名前じゃなかったじゃん。
松川スミ子って、名前見てみんなぎょっとしてるよ。
そういう、うすっぺらなところが大っきらいだった。
そういう、バカで、単純で、流されやすいところが大っきらいだった。
なんで最後まで笑ってる顔しか見せてくれなかったの。
なんで怒ったり泣いたり恨んだりしてくれなかったの。
なんでほんとのこと言ってくれなかったの。
ねぇ、何で死んじゃったの。
何か言ってよ。スミレ。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース


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中山佐知子 2014年2月23日

山の野いちごは6月に実る

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

山の野いちごは6月に実る。
雪も消えて新緑の時期だ。
土の下からはネマガリタケが顔を出しているから
まだ食べ物の不自由はない。

母熊は手のひらで野いちごを潰しては
太陽にかざして乾かしている。
これは半年も先の冬眠の非常食のようなもので
冬眠中の熊は野いちごと蜂蜜がこびりついた手を
ときどき舐めながら冬を過ごすのだという。
熊にとって野いちごは命の糧であり
野いちごの季節は、命をつなぐ祭りのようなものだ。
食べものの乏しくなる夏を前に
山は、こんなに赤く美しく養分に富んだ果実を熊に与える。
2歳になった小熊も親にならって
夢中で野いちごを食べている。

熊は冬眠中に雄と雌一頭づつの子供を生む。
いつ生むのかたずねてみると
秋山郷のマタギは、おおかた節分の頃だろうと答えた。

いまは禁止されているが、
昔は冬眠中の熊を撃つ猟がさかんだった。
穴にこもる熊を撃つので穴熊猟と呼ばれた。
ところが、何十年も熊を撃ってきたマタギでも
腹に子が入っている熊を撃ったことがない。
話にも聞いたことがない。
死んだ熊の解体は何百と見て、
熊のカラダを知り尽くしているマタギでも
腹の子を見たことがないという。

マタギにとって山は神であり、熊は山の王である。
山の王の子供を身ごもった母熊は
撃たれて死ぬとき、
子供の姿を見せないようにするのだろうか。
妊娠中の熊は人の気配を察知すると
みずから流産して腹の子を食べると信じるマタギもいる。

山の6月、野いちごが実ると
母熊は子供を野いちごが実る谷へ連れて来る。
ころころと幼い小熊でも山の作法は知っており
野いちごの木の枝を折ったり踏み荒らしたりすることはない。
人間のように、根ごと引き抜いて持ち去ることもしない。
丁寧に実だけを取って食べている。

野いちごの実は赤くて甘い。
その野いちごの祭りのさなかに、2歳の子を連れた母親は
夢中で食べる子供を残してその場を立ち去る。
熊がこうして子供を自立させることを
マタギの言葉で「いちご落とし」というそうだ。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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三井明子 2014年2月16日

「いちご娘」 

          ストーリー 三井明子
             出演 宮下今日子

冬が嫌いだった。
いちご狩りシーズンだから。

いちご農家に生まれた私は、冬の休日は“いちご娘”になった。
“いちご娘”というのは、いちご狩りの客寄せをする役のこと。
いちご畑のビニールハウスの前で、通りすぎる自動車に向かって、
「どうぞ」とか「ようこそ」とか言いながら、
いちごの形のボールをぐるぐる回す。

こんなの効果ないじゃん、と私は不満タラタラでやっていた。
ただ、となりのビニールハウスの前に、
美人のお姉さんが“いちご娘”になって立つたび、お客がぐんと増えるのだ。
一方、私のおかげで客が増えたという経験は、ほとんどなかった。

そんな、ささやかな挫折と絶望を味わいながら、
休日の日中をまるまるつぶし、
寒空の下、客寄せをするのは辛かった。
時々、同級生が通り過ぎて、冷やかされるのも嫌だった。
大学進学のために実家を離れ、
「いちご娘」から解放された時のよろこびは忘れない。

年月はあっと言う間に過ぎ、
今では、いちご農家は弟が継いでいる。
この間、実家に帰ったときに、
「久しぶりに“いちご娘”やってみようかな…」と何気なくつぶやいてみたら、
皆にゲラゲラ笑われた。

今になって気づいた。
“いちご娘”をやらされるのも花だったのだと。
あの時、もっと楽しんでおけばよかったのかな、“いちご娘”。

出演者情報:宮下今日子 03-5827-0632 吉住モータース所属

  

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坂本和加 2014年2月9日

某日日記

       ストーリー 坂本和加
          出演 西尾まり

2月某日
ひさしぶりに、本棚の整理をしようと思いたつ。
我が家の本棚は、誰にも言ったことはないが、
本のタイトルでジャンル分けされている。
右から、むしゃくしゃした気分のとき、
くじけそうになったとき、気を引き締めたいとき、などなど。
こないだ買った本「皇帝ペンギンの憂鬱」は、
少し悩んで、そっとエロスのところにしまう。

2月某日
ほっとしたくなる。
たとえば、春を探しに散歩にでるとか?
すてきな提案をしたような気分になり、外へ出る。
外は曇天で北風強く、すぐさまカフェに入る。
ふと、春の気持ちになる。
待たれているだけならまだしも、
こちらはしびれを切らして、春を探し出そうとさえしている。
春はひとつも気が休まらないことだろう。
春よ、すまなかった。そんな気分でコーヒーをすする。

2月某日
小学校からの大親友、キタッパマンが
イチゴ(とちおとめ)をもって家に遊びに来た。
しかしイチゴを持ってやってきたひとというのは、
なぜこうも誇らしげな顔をしているのだろう。
まさかイチゴを持ってくるとは思わなかったでしょう、的な。
すごく、くやしい。わたしもあんな誇らしげな顔をしたい。

2月某日
ここ数日、イチゴのことを引きずっている。
いまわたしは、負のオーラにつつまれている。
はい、そのとおりです。
そんな風には誰もいってくれない。自分でもわからない。
本棚の「気分をかえたいとき」のコーナーへ行く。
しばらくタイトルをながめて、満足する。

2月某日
そろそろ娘のひな人形を用意しなければ。
義母に、節句はどうしますか?
というメールを出そうとして、「せっ」と打ったら
かってに変換されて、セックスはどうしますか?

2月某日
娘が舌打ちをはじめた。
タン! タン! と軽快に打っている。
なんとも楽しそうな舌打ちに機嫌を良くし、
出かける当てもなく買っておいたイチゴ(とよのか)を与えてみる。
もくもくとイチゴを食べはじめた娘に、
これはあなたがはじめて食べる、イチゴという名前の果物で、
みんなが種だと思ってるそのツブツブが、
本当は実の部分なのよ! という気持ちで
「イーチーゴ!」と言う。10ヶ月の娘である。

出演者情報:西尾まり 30-5423-5904 シスカンパニー


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井田万樹子2014年2月2日

奥さんが、
このホットドックだと、しますよね?

        ストーリー 井田万樹子
           出演 池田成志

え?
いえいえ、たとえばの話ですよ。
私は医者として、できる限りわかりやすく、
患者さんや御家族に説明しようと心がけていましてね。
あ、ご主人、こちらが手術同意書ですので、サインをお願いします。
いやいや、それほど心配されなくても大丈夫です。
奥さんの手術は、本当に簡単な手術ですから。

えーっと、どこまでいったっけ?あ、そうそう、
奥さんが…このホットドックだと、しますよね?
うん、ここが奥さんの顔です、このパンの、
この、ちょっと潰れてますけどね。
で、このソーセージをはさんでるパンの、こっちが…右の腎臓、
で、こっちが、左の腎臓です、おっとっと…ケチャップかけすぎた…
あ、しまった、ムシャムシャ、食べちゃった、
いや、すみません、これね、駅前のパン屋なんですよ。
古い潰れかかったような店なんですけどね、
老夫婦が2人でやってましてね、
なかなかどうして、ムシャムシャ、うまいんですよ、
あ〜もう…じゃあ全部、食べちゃいますね。
おい!ちょっと!(口いっぱいに、ほおばりながら)
そこの袋、もってきなさい。おい、それ、それ、うん、その袋!

失礼、…えーっと、…もう一回やりますね。
あった、あった、これならわかりやすい。

ほら、
…すごいでしょう?
いまどき、こんな大きな豚肉が入ってるやきそばパンはないですよ。

これ、駅前のパン屋なんですけどね、
老夫婦が2人でやってましてね、
あ、さっき言いました?…失礼、失礼。
このパンが、奥さんの腎臓だとしますよね?
こっちが右の腎臓、こっちが左の腎臓、
で、この、やきそばが…奥さんの尿管だとする。
この、やきそばのここ、ここらへんにね、
これくらいの大きさの、豚肉が…
いや、違った、
石だ、石があるんですよ、
ちょっと大きすぎるな…
あー、もう1回、やり直すか。

あれ?なんですか?
…そんな怖い顔して。
…え?なぜ、やきそばで?
説明するのか?
あ、やっぱり?
…キャベツのほうがいいですか?
え、ちがう?
キャベツも嫌?
だったら、あとは…紅ショウガか、青のり…
ちょっと、ちょっと、そんな!
病院で大きな声を出さないでくださいよ。
わかりました、わかりました!わかりましたよ!

イチゴにしましょう。

イチゴならいいでしょ?
奥さんが、イチゴだとする。
ね?
おーい!
いちごクリームサンド、持ってきなさい!

出演者情報:池田成志 03-5827-0632 吉住モータース

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中山佐知子 2014年1月26日

秋山郷のマタギは

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

秋山郷のマタギは秋田に端を発する。
秋田の北にあるマタギの集落から山また山を越え
1000km近い旅をするマタギのひとりが
秋山郷のある家に婿入りをした。
200年近い昔のことだった。

すると秋田から
婿入りしたマタギをたずねてきた男があった。
男はマタギの息子だと名乗った。
息子も秋山郷の家に婿入りをし
これによって秋山郷にマタギの血脈が生まれ、
同時にマタギの道具、マタギの言葉、
マタギのしきたりも伝わったのだった。

秋山郷は山また山に囲まれ、熊やウサギ
昔はカモシカなどの獲物が多かったが
村の人々は山の斜面を耕しては
粟や稗をつくって暮らしていた。
山の獣を殺すことがあっても
それは畑を荒らす害獣として罠を仕掛けた結果だったので
狩猟のプロであるマタギが村に住み着くのは
大いに歓迎されたに違いなかった。

さて、秋田のマタギの息子から数えて三代めに
山田文五郎という人があった。
生まれついてのマタギと誰もが言う人で
熊を撃つ名人だったが
大正三年の大雨のとき山から鉄砲水がきて家を流され
新しい家を建てるための借金をすることになった。

借金を頼まれた人は文五郎にたずねた。
「貸してもいいが、どうやって返す」
文五郎は、猟で返すと答え、
その冬から雪を押し分けて毎日山へ入った。
そうして1年もしない間に
借りた金の倍も稼いでしまったのである。

粟や稗で食うや食わずの暮らしをしている人々は
驚きの目でそれを眺め、
やがて文五郎の弟子になる人があらわれはじめた。

マタギは本来山を神と崇め、
山の王である熊に尊敬と愛情を抱いている。
だから自分が暮らせるだけの獲物を獲ったら銃を置く。
しかし、その冬
文五郎は借金を返すためにいつもの何倍も獲物を撃った。
山の神さまはマタギの天才にそれを許したのだろうか。
秋山郷の人々がマタギの文化を習うようになったのは
この事件がきっかけといえるからだ。

秋山郷では猟のために山に入ることを
「山をさわぐ」という。
山の神さまのお膝元を荒らしているという考えだ。
山さわぎをして熊を仕留めるとこれを村まで曳いてきて、
一片の肉も無駄にすることなく解体する。
村人が集まり、熊まつりが行われる。
人々は祝いを述べ、熊の内臓の汁をふるまわれる。
山の神さまには餅をまつって祈りを捧げる。

マタギは獲物を苦しませて殺してはいけない。
それが山の神さまへの礼儀なのだという。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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