直川隆久 2015年7月19日

1507naokawa

ケチャップ・マン

    ストーリー 直川隆久
       出演 齋藤陽介

ケチャップ・マン。
ケチャップ・マン。
ケチャップ・マンがやってくる。

みんな、ついておいで。
ケチャップ・マンと遊ぼうよ。
スーパー・ケチャップ・タイムの始まりだ。

甘ずっぱいトマトケチャップの
かけあいっこだ。
べとべとになるんだぜ。

最初はすこしこわくても
慣れればたちまち楽しくなる。
夢中になることうけあいさ。

街中の道路が
真っ赤になるまで。

ケチャップ・ピストル。
ケチャップ・マシンガン。
遊び道具はそろってる。

楽しいだろう?
ケチャップ・マンが笑ってる。

ママはどこ?
だれかが泣き出す。
おうちに帰りたいよ。

大切な白いシャツが
ケチャップで汚れちゃった。
ぜったいきれいにならないよ。

ケチャップ・マンは笑っていう。
ここはもう、きみの住んでいる町じゃない。
忘れたのかい、海をわたってここにきたのをさ。

おうちに帰りたいよ。

どうしてそんなことをいうんだい?
こんなに楽しいのに。

ママ。ママ。

さあ、スーパー・ケチャップ・タイムをつづけよう。
ケチャップ・ライフルは、いかが?
盛大にぶっぱなすんだ。

ケチャップ・マンはげらげら笑う。
いつでも帰れるなんて、
本当に思っていたのかい?

君の目玉の穴からケチャップが
あふれでるまで、終わらないのさ
スーパー・ケチャップ・タイムはね。

ママ。ママ。ママ。

ケチャップまみれのだれかの頭が
またひとつ地面に転がった。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

 

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一倉宏 2015年7月12日

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 トマトのひびき
       ストーリー 一倉宏
          出演 一倉宏

「詩は音楽を嫉妬する」
といった 国文学の先生がいる 

「すべての芸術は音楽を嫉妬する」
といった ニーチェのことばもあった

詩は 遠いむかし 音楽と結婚していたらしいが
文字という 独身生活の便利さを手に入れて

別れてしまった その相手を
ときどき 無性に恋しがるのだろう

ことばは 文字となって 音を離れ
音楽と別れて 美しさを 失った

ことばは それ自身で 美しい
ということはない 音楽のように

そんなことはない たとえば
「さくら」ということばは 美しいじゃないか

というひとが いるかもしれない
たしかに そのひびきは 美しくも思えるけれど

それは 「さくら」の花 だからじゃないのか
「あの客 さくらじゃないか」の「さくら」でなく

「つばき」の花も 美しいけれど
「だえき」と同類の「つばき」もある 

ちょっと アクセントは違うけれど
「花」ではない 「鼻」の下に それはある

「ことばは それ自身で いいも わるいもない
ただ つづけかたによって 詩になるだけだ」

といいきった むかしのひともいる
日本の古典文学では 神様みたいな 藤原定家だ

「のぞみ」も 「めぐみ」も 美しいことば
だとしたら 「えぐみ」は どうなんだろう

太陽の「めぐみ」 「トマト」はどうか
上から読んでも 下から読んでも

「トマト は トマト」 かわいいひびき
なんて やっぱり いいそうだけど

ほんとうに そうか そのひびきは
「にんじん」や 「しいたけ」より 美しいか

「ごぼう」は どうかな 
「だいこん」は どうなんだろう

「トマト」が 大の苦手の 遠藤くんは
そのことばを聞いただけで ぞっとするという

そういうことも あるんだ
ぼくは 「芽キャベツ」が嫌いなんだ

 

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安藤隆 2015年7月5日

1507ando

甘いトマトはよけい嫌

     ストーリー 安藤隆
        出演 内田慈

 ミナさんは、川のこちら側の町に住んでいます。坂と
並木の多い町です。町中のこぎれいなマーケットには、
外国の食べ物や果物が並んでいます。
 町のどの坂も、くだると、川に突きあたります。おお
きな橋を渡ると、川向こうの町です。このごろは、毎日
川向こうの町を訪れます。きょうも、じぶんの黄色い軽
自動車で、橋を渡って川向こうへ来ています。いつもお
昼まえです。
 こちらは坂のない、平べったい町です。橋を渡ると、
じきに、広く明るい住宅展示場があります。世界各国の
小旗を、ひもに吊ったのが、空を飾っています。熊の人
形が、旗を持った機械仕掛けの腕を上下に動かして、
人々を呼びこんでいます。
 住宅展示場の先に、パチンコ屋「百歳の孤独」があり
ます。黄色い壁にパチンコ、スロット、ジャックポット
と英語で書いてあります。駐車場に、開店したときのの
ぼりが、色あせたままはためいているのが、通りからみ
えます。以前はこうした風景を、恐ろしく感じていまし
たが、このごろはむしろ惹かれています。駐車場に入っ
て、ちょっとだけいて、店には入らず出ていったら、
怒られるのかなと思って、どきどきします。
 パチンコ屋をすぎると、平べったい大きなスーパーが
あります。ミナさんはスーパーの駐車場へ入ってゆきま
す‥。わたしってあまりにも平凡かなと、ときどき、た
まに思います。
 スーパーでは晩ごはんのおかずとお昼の弁当と、ワイ
ンと日本酒と焼酎を買って帰ります。買い物の最後に、
トマトの売り場にやってきます。
 ミナさんは、母親が人見知りで、たぶんそのせいで、
小さいときトマトを食べたことがありませんでした。初
めて食べたのは、お兄ちゃんに連れられて、トマトの畑
へ盗みに行ったときです。お兄ちゃんは、友達といっし
ょに、盗み食いをよくしていたようです。
 畑にふたりでしゃがんで隠れて‥お兄ちゃんが、トマ
トを、大人みたいにもいだのでびっくりしました。一口
かじって食べやすくしてくれたのを、どきどきして口に
入れました。厚い皮の中の、どろっとした実を食べて‥
ぎょっとして、吐きだしました。想像とは違う、ただた
だ気味の悪い味がしました。お兄ちゃんは怒って、ミナ
さんの口をこじあけました‥。
 ミナさんは、いまもトマトは嫌いですが、いまではた
いしたことではありません。食べることもできます。生
のトマトも、料理したトマトも、ミナさんには同じ味が
します。つまり、あの畑の味がします。嫌いですが、食
べられます。ただフルーツトマトは、普通のトマトより、
もうちょっと嫌いです。甘いとか、小さいとか、フルー
ツとかいう噓をついているからです。
 ミナさんは夫のことも、ちょっと嫌いです。夫はトマ
トが好きで、トマトのおいしさを説きます。夫とセック
スしたとき、ふとトマトの生臭さがしたので、それ以来
しません。
 ミナさんは売り場のトマトに、内緒の儀式をします。
ほんとにどっちでもいいようなことです。トマトのヘタ
って、ありますね‥ヒトデか、大きな蜘蛛みたいに、頭
にへばりついているあれ。トマトの気味悪さのあらわれ
です。そのヘタを、ほんの先っぽだけちぎるのです。1
ミリか、5ミリくらい。ちいさなことだけど、とてもど
きどきします。破裂しそうです。ミナさんは見つからな
いように、体で隠して、親指と人差し指をのばします。
 片手だけの作業なので、かなり難儀します。二本の爪
の先でキキキッとこすって、切りにかかります。視線は
あらぬ方へ向けて。でも心はヘタにあるので、目にはな
にも映りません。するうち、やっと先端のちぎれた手応
えがあります。盗みみると、たしかにちぎれています。
皮に傷がついて、汁が滲んでいます。
 ミナさんは、その場をすばやく離れます。
「婆さん、なにしたんだよ」と言うような声が、近くで
したような気がします。でもわかりません。ミナさんは、
聞こえない振りをして急ぎます。
「婆ぁ、待てよ」の声が、こんどはたしかに、後ろから
追いかけてきます。

出演者情報:内田慈 03-5827-0632 吉住モータース

youtubeが表示されにくい場合は下のリンクからどうぞ ↓
https://www.youtube.com/watch?v=UsiGvmemEas

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中山佐知子 2015年6月28日

1506nakayama

シチリア島は一年365日

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

シチリア島は一年365日のうち360日が晴天の島だが
オリーブの木はこんな乾いた気候と仲良しで
ところによっては千年も長生きをする。
千年も昔といえば、島はイスラムの領土だった。
当時のイスラムは世界の先進国で
新しい農業技術が持ち込まれ、ヨーロッパにない果物が実った。
政治はシンプルで、税金は公平だった。
いい時代に生まれたとオリーブの木は思っただろう。

それからバイキングの末裔がやってきてシチリア王国を築いた。
彼らは少なくとも文化や言語、宗教に関しては寛容だった。
彼らはフランス語をしゃべっていたが
ギリシャ語もアラビア語も国の言葉と認めた。
しかし100年もするとお家騒動が起こり
ドイツの皇帝がシチリア王になった。

13世紀にはフランスとスペイン、イタリアが
シチリアをめぐって争った。
問題は、たぶんここから先だ。
シチリアは、ピンボールのように争いのなかで転がりつづけ、
搾取された。

オリーブの木にとってご領主さまが誰でも関係なかったが
それはオリーブの世話をする村人にとっても同じことだった。
どのご領主さまも年貢には厳しかったし、
過酷な取り立て人がやってきては
払えないと木を伐られたり家畜を殺されたりもした。
しかし、その取り立て人が年貢のピンハネで財を蓄え、
村のボスにのし上がると、
こんどはご領主さまに逆らって実質的な権力を握った。
これがシチリアのマフィアのはじまりだそうだ。

19世紀の終わり頃、
シチリアはイタリアに併合されたが
貧しくて学校へ行けない子供らは
イタリア語をしゃべれず、読み書きもできず、
手っ取り早い出世を夢見てマフィアに身を投じた。

ゴッドファーザーⅡには
主人公が両親と兄を殺したシチリアのマフィアに
復讐をするシーンがあるが、
そのとき主人公の表向きの商売はオリーブオイルの輸入業者だった。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2015年6月21日

1506naokawa

アレハンドロ

          ストーリー 直川隆久
             出演 遠藤守哉

なあ、エミリオ。
聞いたかよ。
アレハンドロのことさ。
アレハンドロの、オリーブオイルのことよ。
知らないか?

アレハンドロは毎日、きっかり40度にしたオリーブオイルで
バスタブを一杯にして、そこに浸かるんだとよ。
しかも、イタリアから直輸入のエキストラバージンだ。
一回使った油は、捨てちまうそうだ。

毎日、風呂桶いっぱいだぜ?
べらぼうなこった。

あ?
俺も最初に聞いたときは、冗談だと思ったさ。
イワシの缶詰か、ってよ。
はっは。
けど本当らしい。
だからだよ。
だからアレハンドロの肌はあんなにピカピカなんだ。

まったく、出世する奴は、考えることが違うもんだ。
なあ?
アレハンドロは親分のおぼえがめでたいから、
ずいぶんおいしい餌場を幾つも預かってる。
たいした野郎だよ。
チンピラ時分は、俺おまえの仲だったが。
今そんな呼び方したら、どえらいことになるな。
はっは。

いやあ、でも正直、オリーブオイルの件は、
ちっとばかしやりすぎかなとも
思うね。
俺やおまえたちが体張って守ってる商売のあがりを、
そんなことに使っていいもんかってね。
エミリオ。
このあいだ、ホセの店を襲ったとき、
アレハンドロはおまえにいくらよこしたよ。

…なんと。
少ねえな。
そりゃあ少ねえ。
おまえのあの働きにしちゃあ。
分かってねえよ、アレハンドロも。
おまえがいなけりゃあの仕事、
あそこまで上手く運んだはずがねえのに。

おっと。
俺みてえな三下が偉そうなこと言う資格はねえんだが。
おまえといると、ついついな。

何?
おまえもそう思う?
おい。
滅多なことを言うなよ。
アレハンドロは耳ざといんだ。
ガキの頃から、悪口には敏感でな。
…思い出すねえ。
ガキの頃、奴さんに、
“おまえのおふくろの歯茎はなんであんなに黒いんだ、
 靴墨でもパンに塗って食ってるのか”って言ってやったらよ、
泣いてこっちに殴りかかってきたことがあった。
はっは。

なあ、でも、そいつが今オリーブオイルの風呂に入ってるんだ。

おまえたちが命がけで稼いだ金でだ。
なんだか、やりきれねえよ。

ところでおふくろさんの病気はどうだい。
そうか。
まだしばらく物入りだな。

何?
ああ。
確かにアレハンドロは、礼を言わねえ男だな。
あのときもそうだった。

労いの言葉、一言でいいんだが。
それが分からねえんだ。

俺がなんだって?
馬鹿野郎、俺は子分なんて持てるガラじゃねえ。
買いかぶるなよ。

まあ、飲め。

おっと、どこへ行くんだ。
アレハンドロの所?
馬鹿野郎。
待て。

…待つんだよ!

そんな、血走った目で行ってみろ。
返り討ちにしてくれと頼んでるようなもんだぜ。
おふくろさんの顔を思い出すんだ。

わかった。
こうしないか。
今度の件のおまえの取り分、もう少し増やせねえか、
アレハンドロのところに一緒に行って掛け合おうじゃないか。

おふくろさんには、今まで世話になったんだ。
それぐらいのことはさせてくれよ。

善は急げだ。
明日の朝11時にしないか。
よし。
忘れずにな。
くれぐれもはやまるなよ。

ああ。
先に帰るぜ。
カミさんにどやされる。
はっは。
おやすみ。

………

もしもし。
もしもし?
アレハンドロかい。

おれだよ。

エミリオを知ってるだろ?
そうだ。アマランタ婆さんの下の倅さ。

あいつは、ちと危ないな。

いや、ほんとの話さ。
おまえさんのこと、いろいろと言っていたよ。
ああ、面(つら)には出さないが、大分くすぶってる。
早いほうがいいな。

そう思ったんで、
明日、11時におまえさんとこに行くように話しておいたよ。
あとは任せる。
礼には及ばんぜ。
ま、おまえさんが礼を言うとも思えんがね。
へっへ。

あ、いや…待てよ。
貰いたいものがあるんだ。
え?
たいしたもんじゃない。

オリーブオイルを一本くれよ。
そう、オリーブオイルさ。
一本でいい。

…ヘンかね?
そんなことないだろう。

なに、うちのカミさん、最近肌の調子が悪くてな。
へっへへへ。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

 

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佐倉康彦 2015年6月14日

1506sakura

林を抜けて

       ストーリー 佐倉康彦
          出演 清水理沙

    橋の架かっていないところがいいと思いました。
    もちろんトンネルでつながってもいない。
    そんな島にすると決めていました。
    今のわたしには、
    本土から切り離された場所が必要でした。
    それほど気安く行き来のできない島。
    クルマでも自転車でも徒歩でも行けない、
    船でしか渡ることができない、ということが
    わたしの気持ちと立場を
    すこしだけ助けてくれるのではないかと
    勝手に思い込みながら。
    そして、
    そんな場所に向かうじぶんに軽く酔っていました。

    フェリーから見える瀬戸内の海は、
    少しも悲壮感がなくて
    穏やかで温かくて。
    擦り切れささくれ立ったわたしのなかのなにかを
    静かに撫でてくれているような、
    そっと手当をしてくれているような感じで…
    期待していた結界となるような強さも、拒絶もなく、
    どちらかと言えば
    曖昧に甘くひらけたやさしさばかりでした。

    同じフェリーに乗り込んだ観光客たちも
    一様に目を細め
    僅かに笑みを湛えながら、
    閉じた海を遠い目で眺めては、
    スマホの電子的なシャッター音を響かせ
    ときおり満足げに空などを
    見上げたりしていました。
    そんな風景の中にわたしも溶け込んでいるのかと思うと
    それも存外、悪くはないのかもしれないと考えました。

    乗船する前から、
    わたしの左手をギュッと強く握りしめたままの
    小さな右手は、
    少し汗ばみながら
    石塊のように硬く閉じられたままでした。
    その小さな手と同じように、
    かたくなに結ばれた口元は、
    唇が白くなるほど真一文字に閉ざされ
    一切の言葉も発することはありませんでした。
    そして、
    その小さなふたつの瞳は、
    海面が照り返すいくつもの光の粒を
    怒ったように凝視したまま
    けっしてわたしを見つめることは
    ありませんでした。
    もう一方の腕で抱きかかえられた
    手足の長い薄汚れたゴム人形の瞳だけが
    キラキラとわたしを見上げ、
    その口元は小さく微笑みを投げ掛けてくるのでした。

    わたしの手を
    痺れるほど強く握りしめ、
    怒気を孕んだ瞳で光の海を凝視する

    柔らかくて甘い匂いのする
    もうひとりの小さなわたし。
    この子は、
    今のじぶんの境遇を
    どう思っているのかということは、
    わたしの左手が痛いほど感じていました。

    あと数分で島に接岸するというときのことでした。
    フェリー乗り場の少し先に、
    山というよりは小高い丘のようなものが
    見えてきたときのことでした。
    固くにぎられた小さな掌から力がふっと抜けました。
    わたしは、
    そっとちいさな横顔をのぞき込みました。
    その丘の緑のせいなのか、
    ちいさなふたつの瞳にあった刺々しさが
    ほろほろと抜け落ちて行くようでした。
    わたしの瞳からも
    なにかが流れて落ちてゆきました。

    わたしは、
    あの丘の近くに部屋を借りようと思いました。
    丘に至るまでのあの林の道を抜けて
    この子と手をつないで
    ずっといっしょに昇っていこうと決めていました。

    その淡い淡いみどりいろのオリーブの林の先にある
    なにかを探しに。
                       了

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

 

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