勝浦雅彦 2015年3月15日

katsuura1503

名前をつける

     ストーリー 勝浦雅彦
        出演 石橋けい

どうしてそんなことをしたのか、振り返ってもわからない。
いつもの朝のホームだった。
強い風の中を獣のように電車が入ってきた。

私は反射的にふだんと反対方向の電車に乗った。
その電車が終点に着くと、
接続されている別の列車に乗って、ふたたび終点へ。
それを繰り返しているうちに列車は単線になり、
列車が尽きるとそこからバスに乗った。

その間、耳にこびりついた女特有の金切り声や
饐えた薬の匂いやまっ白いシーツの残像が
頭の中で反芻されていた。
時折、こめかみがキリキリと痛んだ。

気がつくと、私はロープウェーの駅に立っていた。
登りの最終便に飛び乗る。
年老いた駅員が怪訝そうに私を見た。
日は陰りはじめ、暗い山肌に向けて私が乗る車両は
ガタガタと小刻みに震えながら、
か細く上昇を続けていた。

ひとりで乗っている、と思っていた。
箱型の車両を中央で区切るつなぎの部分に隠れて、
小さな男の子の姿があった。
ジャンバーを着て、リュックサックを背負い、
じっと窓の外を見ている。
まるで自分もひとりきりで乗っているのだ、と言わんばかりに。

男の子が横を向いた。
不意をつかれたように私と視線が交わる。
彼はそのまま私の向いの座席までやってきて、
リュックサックを膝に置き腰をおろした。

小学校低学年くらいだろうか。
なぜ、この子はひとり、
こんな最終便の車両にいるのか。

「ボク、怪我したの」

呟くように男の子が口を開いた。
よく見ると、膝小僧が擦りむけて、血が流れた跡がある。

「それ、どうしたの?」

つられて私は尋ねた。

「空を見てたの。ずっと上ばかり見ていたら、
つまづいて転んだの。ちょっと痛かったの」

「あら大変、消毒して、絆創膏貼らなきゃ」

男の子は遮るように続けた。

「ううん、もう必要ないの。
ねえ、お姉さんも怪我してるね」

「私?怪我なんてしてないわよ」

不思議な問いかけにまたジン、とこめかみが痛んだ。

「だって、血が出てるよ」

「何言ってるの・・・・」

私はおかしな会話を続けながら、
ますます強くなる痛みを感じて、目を伏せた。

「お姉さんは戦ったんだね。
だから血を流した。ねえ、勝ったの?負けたの?」

「そんなことしてないってば・・・」

その瞬間、私は痛みを覆い隠すように流れる自分の涙を感じた。
そして、涙といっしょに澱のように溜まっていた言葉があふれた。

「ずっと…人と深く関わることを避けてきた。
だから自分にそんなことができるなんて思いもしなかった。
どうして私が?でもしょうがないじゃない、
出会っちゃったんだから」

私はこんな小さな子に何をしゃべっているのだろう。
まるで懺悔している信徒のように。

「うまくいったはずだった。
お姉さん、勝負に勝ったけど、負けたの。
あの人はおかしくなった奥さんの元へ戻って、
それっきり。私にはもう何も無いの。」

「ねえ、お姉さん」

男の子は足をぶらん、とさせながら言った。

「ボク、怪我したけど、いいことあったよ」

「・・・え?」

「転んだとき、遠くはっきりと道の向こうが見えたの。
小さな花が咲いていて、
泥だらけのまましばらくぼうっと見ていたの。
その時、気づいたの。
せかいは上と下と真ん中でできてるの。
どちらかばかり見てちゃいけないの」

顔をゆっくり上げ私はその子の柔らかそうな頬や、
まだ薄くて弱い皮膚がつくりだす赤い唇を見つめた。
誰かに似ている、と思った。問いかけが口をついた。

「・・・あなた、何て名前?」

男の子はきょとんとした表情を浮かべ、次の瞬間、
今までに見たあらゆる人々の中でいちばん悪戯っぽく愛くるしい顔で、
私をまっすぐ指差した。

ふいに大きなアナウンスが流れ、
山頂に到達したことを告げた。
暗くなったホームから再び座席に視線を戻すと、
男の子はそこにはいなかった。

車両から出て暗い山あいを見まわした。
ひんやりした風が吹いていた。
どうしようもなく私はひとりだった。

下りの車両にそのまま乗り込んだ。
発車ベルとともに動き出した車内から、
眼下に広がる街区のまばゆい光が瞼に飛び込んできた。

そのとき、私にはわかったのだ。あの子が誰なのか。
その確信はまるで何十億年前から決まっていた約束のように
私の胸に辿り着いたのだった。

私はこれから何度も負けるだろう。
でも、何度でも立ち上がって見せる。
そして、この上と下と真ん中の世界で、
かならずあの子に巡り合ってみせる。

そのときあの子に、私は名前をつけるだろう。
愛おしさと憎しみと憐れみを知って、
なお歩き続けることのできる名前を。
この不安定に明滅する宇宙の中で、
傷ついてもけして滅びることのない名前を。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース


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小山佳奈 2015年3月8日

koyma1503

「ノダアカネ」

    ストーリー 小山佳奈
       出演 石橋けい

夢の中に出て来た女の子の名前は、
夢の中でもすぐに思い出した。

ノダアカネ。
転校生だったノダアカネは、
目がぎょろっとしていて背も大きくて、
ポニーテールにまとめた髪の毛もちょっとくるくるしていて、
小学校4年生にしてはあまりに大人びていた。
いわゆる転校生っぽい遠慮はどこにもなくて、
誰にでも話しかけて、関西弁が妙にまたおもしろそうに聞こえて、
彼女のまわりにはいつも人垣ができていた。
勉強も運動もそこそこできたし、
男子とも物怖じせずに戯れていた。
そして近所のスーパーには絶対売ってないような、
ひらひらとした丈の短いスカートをいつもはいていた。

たしか私はノダアカネが気に入らなかった。
下品で失礼な人だと決めつけていたし、
へんに馴れ馴れしいのも気に入らなかった。
正確には、苦手だったんだと思う。

ある時、ノダアカネがとても困った顔をして
私に話しかけてきたことがあった。
「ナプキンとか持ってないよね」
ひょろひょろして男の子みたいな体つきをした私には、
一瞬何のことだかわからなくて、びくっとした。
考えてみればノダアカネは、体も大きかったから、
そういうことが始まっていても、ちっともおかしくはなかった。
そういえば、少し前にそういう授業を保健の先生から受けた時に、
全員に一つずつ渡されていたものが
まだロッカーにしまってあったことを思い出した。
そうか、ノダアカネはまだその時いなかったんだ。
でも私はそのことをノダアカネに言わなかった。
「ごめん、持ってない」と嘘をついた。
なぜそんな嘘をついたのか、自分でもわからない。
ノダアカネは、一瞬困った顔をして、
でもすぐに「ありがと」と笑顔になって教室を出て行った。
その日一日、私はノダアカネの丈の短いスカートが、
真っ赤に染まってしまわないか、ドキドキしながら見ていた。

夢の中のノダアカネは、その時と同じ困った顔をしていた。
でも、すぐにやっぱり笑顔になって、
どこか遠くへ行ってしまった。
目が覚めるとお腹に特有のだるさが広がっていて、
トイレに行ったら案の定、生理が始まっていた。
ノダアカネは、今ごろ何をしてるんだろう。
トイレットペーパーに広がる茜色のものを見ながら、
今でも丈の短いスカートをはいてるといいな、と思った。

出演者情報:石橋けい 03-5827-0632 吉住モータース

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張間純一 2015年2月22日

harima1502

おとめ座、語る。

    ストーリー 張間純一
       出演 遠藤守哉

あーあー、聞こえます?
日本でラジオお聞きのみなさん、どうもこんばんわ。
おとめ座でございます。

ハイ。あの、星座のおとめ座です。
だいたい260光年かなたのスピカという星からみなさんに語りかけています。

え?おとめ座なのに声がおっさんじゃないかって?
そうですおっさんです。おっさんですとも。
おとめ座って名前のおっさんですよ。

だいたいね、ぼくらに言わせるとね、
星座に夢見過ぎなんですよ。地球の人たちはね。
はくちょう座もおっさん、こぎつね座もおっさん、かみのけ座もおっさん。
かと思えば、ケンタウロス座はおばさんだしね。
ふたご座もあんな名前で実際はひとりだし。
幻滅した?

だいたい星座って何歳だと思います?
10歳とか15歳なわけないでしょ。

そりゃまあ、
ぼくも昔は若かったですよ。
日本で言うと、あの、僧?なんでしたっけ?
最近物忘れ激しくて。
あ、そうそう、そうそう、僧正遍照。
なんつって。
彼が古今集に書いてくれたんですよ。
「天津風雲の通ひ路吹き閉ぢよ」ってね。
「をとめの姿しばしとどめむ」
「をとめの姿しばしとどめむ」ですよ。
書き文字にすると「め・む」ですからね。

あのときは、胸がときめきましたよ。
あーそういう風に見てくれてる人もいるんだーってね。
ほんと若かったし。
若かったっていっても、男ですけどね。
「おとめ」「おとこ」
ひと文字ちがいなだけですね。
今さら気がつきましたけど。
あれが「をとこの姿しばしとどめむ」だと似てるけどかなり意味変わりますね。

しかし、ほんと地球の人たちってほんと自分中心ですよね。
ぼくら星座に夢見過ぎなとことか含めてね。
他にこんなに広い宇宙があるってのに。
ぼくらについてる名前、ぜんぶ地球にあるものか想像つくものですよ。
もっと視野を広げた方がいいんじゃないかなあ。
空間的にも。時間的にも。次元的にもね。
この世は3次元だと思ってます?

なんつって。
ほんとのおっさんならここからぐぐっと矛先変わって
政治の話題とか始めちゃうんでしょうけどね。
しませんよ。
心はおとめですから。

しかも、どうせ今こっちで言ってることも地球に届くの何百年後ですからね。
光の早さでも260年。
ラジオの電波は光とほぼ同じ速度だから2015年くらいには届くんですかね、これ。
そんときって地球ってまだあるんですかね?
地球の姿しばしとどめむ。
なんつって。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/


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中山佐知子 2015年2月15日

nakayama1502

春の大三角関係

     ストーリー 中山佐知子
        出演 大川泰樹

冬の星座オリオンが西の地平線に沈むと
おとめ座が牛飼い座と獅子座を従えて空高く登ってきます。

おとめ座のスピカは青白い一等星で
夜空の真珠にもたとえられる美しい星です。
獅子座のデネボラは平凡な二等星のくせに
まわりに明るい星がいないので何となく目立っている小癪な奴。
そして赤銅色に日焼けしたたくましい男性にたとえられる
牛飼い座のアルクツゥルスは赤い星の一等星で、
つまりこれが私です。
まあ、実際はそんなに日焼けしているわけではありませんが。

春の夜空で北斗七星の柄杓の柄のカーブをそのままのばすと
春の大曲線と呼ばれるラインができます。
それは私とスピカが仲良く手を繋いだ姿でもありました。
アルクツゥルスとスピカは、昔から珊瑚星と真珠星
または男星女星とも呼ばれ、カップルの星だったのです。

ところがです。
ある日、春の大三角形という言葉が地上から聞こえてきました。
春の夜空の大三角形…
春の大曲線では飽き足りない人間どもが
獅子座のデネボラを加えて三角形を繋いだのです。
それはスピカを頂点にして
私とデネボラが競い合っている姿でした。
大三角形というより大三角関係じゃないか。

スピカ、あんなパッとしない二等星を相手にするんじゃない。
でもスピカはおとめ座ですから、
ご存じのように、どんな相手でもロマンチックな妄想を抱きます。
スピカにとってのデネボラは
魔法使いに輝きを奪われた不幸せな王子なのかもしれません。
そして私は、おとめ座に遊びに行くたびに
星座図鑑にお茶のシミをつけたり
トイレのスリッパを履いたまま廊下を歩く不注意な奴と
思われているに違いありません。
でもそれって
大三角関係を夜空に描かれるほど悪いことでしょうか。

思えばおとめ座ってめんどくさい。
春の大三角関係を解消したい。

ちょっと離れているけど
こんど琴座のベガのところへ遊びに行ってみようかしら。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2015年2月8日

naokawa1502

同じ星の下で

      ストーリー 直川隆久
         出演 奥田達士

商店街を、双子のホームレスがうろうろしている。
どちらも背が180近くあって、いかつい。
隣の蕎麦屋のおやじいわく、二人はそれぞれ、たっつぁん、もとやん、と
仲間から呼ばれているそうだ。本名かどうかははっきりしない。
一卵性らしく同じ細い目をしていて、
ぼさぼさ頭に脂が回った感じも同じなんだが、
もとやんは、鼻の横に大きなホクロがあるので区別がつく。
同業者からときどき力づくで酒を巻き上げたりして、煙たがられているらしい。
いつも二人並んで町内を歩き回っていて、
おれが店番をしている古本屋の前を通りかかるのが、
だいたい毎日昼前の11時頃。

いちど、二人で何か古いエロ本を持ち込んできたことがある。
公園かどこかに捨ててあったのを、拾ったのだろう。
カウンターに大量の古雑誌を積み上げ、
無言で肩を小刻みに揺らしながらこちらの出方を伺っている。
殺気を感じて、500円渡して帰ってもらった。

話し声はきいたことがない。
歩きながら、二人だけに聞こえる声でぼそぼそと喋りながら、
ときおり同じタイミングでくつくつ笑う。

こんなことを言うと世の双子の中年男性には怒られるだろうが、
同じ顔をしたおっさんが二人ならんで歩いていると、
何か、見てはいけないものを見てしまったような、
落ち着かない気分になる。

ある日の朝。おれが店のシャッターを開けているところに、
例の兄弟のかたわれがのそりと近づいてきた。
ほくろがない…ところを見ると「たっつぁん」。
その右手が血まみれになっている。
ぎょっとして、何も言えずかたまっていると、たっつぁんが
「せいざ…」
と言った。
「え?」
「せいざの本…あるか」
「星座…ですか。蟹座とか、蠍座とかの」
 たっつぁんがうなずく。
 おれは、「占星術入門」というのを奥の棚から引っ張り出して、
「たっつぁん」に渡す。
本が血で汚れるのが気にはなったが。
彼はその本をぱらぱらとめくると
「9月13日生まれは…双子座やないんけ」
 とおれに言った。
「乙女座…じゃないですか」と答えた。
妹の誕生日がそのあたりだったからだ。
「双子座やないんけ」
おれは本を受け取り、確認してから
「乙女座ですね」
と再び答えた。
「なんや…モトが正しかったんか」
「え?」
「わしなあ…わしら二人は双子座やとばっかりおもとってな」
「はあ」
「双子やねんから、双子座やて思うやろ。ふつう。なあ?
それをモトのやつが『乙女座やがな。アホやな兄貴』て言うて笑いよるから、
せつななってな。ほんで、ついこれが出てもた」
と言って「たっつぁん」は、血まみれのこぶしをおれの目の前に突き出した。
「モトの前歯、3本折ってもうた。アホやろ、わし」
と言ってたっつぁんがニカリと笑うと、
たっつぁんの前歯も、ほとんどなかった。

仲よさそうに見えたが、意外と喧嘩の絶えない兄弟のようだ。

出演者情報:奥田達士 03-5456-9888 クリオネ

 

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井田万樹子 2015年2月1日

ida1501

「初恋ストラップ」

      ストーリー 井田万樹子
         出演 松本勝

おい、さっきピザ買うたもんやけどな。
…乙女のときめき初恋ピザMサイズ。
…そうや、それ、注文したもんや。

おまえ、おとめ座の方には、初恋ストラップがついてきます、
言うてたよな?
乙女のときめき初恋ピザをご購入いただくと
今なら初恋ストラップついてきます言うてたやろが!!!!!
ついてへんやないか!ええ?

…オレはな、わざわざな、配達の男に、
「オレ、おとめ座やけど」って、言うたんや、自分から!
そしたら、そいつ、それがどうかしましたか?みたいな顔して
「あ、そうですか」なんて、ぬかしやがって、
どないなっとんねん!おまえとこの会社?
ちゃんと社員教育しとけよ!
こっちは、キャンペーンやってるゆうから、
「おとめ座や」って言うとんのじゃ!
そうでもせんかったら、わざわざ知らんヤツに、オレおとめ座やけど、
なんて言うかボケぇ!

仕方ないから、もう一回「オレは、おとめ座や」って言うたんや。
そしたら、そいつ、なんや、けったいな顔して、
「ボクは、天秤座です」やて。
おまえの星座なんか聞いてどないすんねん!あほんだら!!!
オレは星座好きの、変なオッサンか!
ええかげんにせぇよ、もぉ!

あんな、おい、
お詫びするんやったらな、聞いとるか?
初恋ストラップ、ピーチと、ローズ!
ピーチ色とローズ色の2個や!ペアで持ってこんかい!

出演者情報:松本勝 03-3316-3377 五社プロダクション

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