丸原孝紀 2012年12月23日

路地への旅路

    ストーリー 丸原孝紀
       出演 大川泰樹

日常を忘れるには、旅がいちばん。
でも、本当に忘れたい日常に追われていると、
旅に行く余裕などない。

そんなとき、私は歩く。
行き先は決めない。とにかく歩く。

目的があるとすれば、迷子になることだ。

道から道へ。
できれば道は、
大きな通りよりも小さな路地のほうがいい。

この坂を登れば何が見えるんだろう。
あの角を曲がればどこに行きつくんだろう。
好奇心をそそられるままに、足を進める。

やがて好奇心もなくなり、
ただひたすら、歩くだけになる。
路地に導かれるままに、足に運ばれるままに。
ただただ、歩く。

路地は、曲がるたびに表情を変える。
小さな植物園のように並べられた植木。
細かい部品をつくっているような工場。
哲学者のような顔でこちらを見つめる猫。
どこかで見たような風景に、
忘れていた記憶がよみがえる。

目に映るのは、
いま歩いている路地ではなく、
心の片隅に残っている面影だ。

道に迷い、記憶に迷うときが始まる。
母と手をつないで歩いた昼下がり。
はじめてのおつかい。
好きな子に手紙を届けた夏休み。

もちろん、いい記憶ばかりではない。
友だちとケンカして泣きながらの帰り道。
家を追い出された寒い日。
壊れた自転車をひきずって歩いた夜。

道に迷えば迷うほど、いろいろな感情に出会う。

あのときみたいな気持ちを取り戻したいなぁ。
あのときああすればよかったなぁ。
あの人にもう一度会いたいなぁ。
あの人に、心から謝りたいなぁ。

逃げたいばかりだった日常には、
やりたいことがいっぱいだったんだ。

ここはどこだろう。もう帰ろうかな。
思い出すように疲れを感じはじめる頃、
どこからともなく、甘いような、
しょっぱいような匂いがしてくる。

ああ、お腹空いた。
ほんの少しの生きる勇気を取り戻して、
少し、力強く、再び歩き出す。

さあ、いつものあの顔に会いに行こう。
いつものあれで、いつもの一杯をやろう。

足取りが早くなる。
路地から大通りに出る。
今日という日に戻ってきた。
さあ、歩こう。行き先は、明日だ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 

 

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中山佐知子 2012年11月25日

僕はあなたを愛していると言った

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

僕はあなたを愛していると言った。
あなたは僕を愛していないと言った。
次に僕はあなたをいつでも殺すことができると言った。
あなたも僕を殺せると言った。

こうして僕たちは
お互いのスイッチを持っていることを知ったのだった。

もともと生物兵器として開発された僕たちは
命令に違反したときや任務から離脱したときのために
自滅プログラムがDNAに組み込まれている。
そのプログラムはスイッチで作動する。
自分のスイッチは誰かのカラダに埋め込まれており
僕たちはキラーを命じられたとき
はじめてそれを使って相手を消去することになっていた。

しかしもう、どこからもそんな命令が届くことはない。
僕たちがかつて存在した記録さえ抹消されて以来、
僕たちは生物兵器ではなく、生物として静かに生きていた。
僕は僕のスイッチを持つ人にいつか会いたいと願いながら。
あなたはあなたのスイッチを持つ存在を憎みながら。

そして結局、僕たちの間には何も起こらなかった。
あなたは自分の荷物を僕の家に運び、僕たちは一緒に暮らすことになった。
あなたは自分のスイッチを持っている僕に
たとえ恐れを抱いたとしても受入れるしかなかったし
それは僕にとっても同じことだったが
どんな理由であれ注意深く相手を尊重しながらの暮らしは
不思議なほどおだやかで理想的といえた。

僕はときどきおいしいピザを焼く。
あなたは上手に本棚を整理して
床に散らばる僕の本を片付けてくれる。
朝、僕が自分の紅茶を淹れるとき
あなたのコーヒーメーカーのボタンを押すのは何でもないことだった。
そしてあなたは儀式のように僕にもコーヒーをすすめ
僕は礼儀正しくそれをことわる。

あの日以来、
僕たちはお互いのスイッチを作動させない配慮をしながら暮らしている。
泣いたり怒ったりして感情を高ぶらせることもなくなったし
強い意思を持つこともやめてしまった。
僕たちの心はいま静かに乾いており
僕があなたを愛していると言った
記念日というより墓標のようなあの日は
花で飾られることもワインの祝杯を浴びることもない。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 

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宗形英作 2012年10月21日

あなたは、グラウンドに向かいますか。

           ストーリー 宗形英作
              出演 大川泰樹

だれもいない観客席。グラウンドの半分を覆う影。
校名も得点も表示されていないスコアボード。
その時計が、7時半を指している。
いまはまだシャッターの開かない、始発電車を待つ駅のような静かな面持ち。

グラウンドの影が小さくなる頃に、
秋の高校野球県大会の決勝戦が始まる。
管理人は通路の扉を開き、
毎朝そうしているように鍵の束を揺らしながら、
ゆっくりとマウンドに歩み寄っていく。

そのマウンドに今日上るエースは、
歯を磨きながら肩の重さを感じ、
そのエースのボールを受けるキャッチャーは、
風呂場でしこを踏んでいた。

そのふたりを率いるチームの監督は、
いつもの願掛けで梅干を二つ食べ、
その梅干を売ったスーパーマーケットの会長は、
応援団を募る電話をかけていた。

その応援団の団長は、擦り切れた団旗を広げて風に当て、
その風に髪をなびかせた遊撃手の彼女は、
神社に参って柏手を打っていた。

その神社の裏手にあるラブホテルで理科の先生と歴史の先生は、
選手の将来性を語り、
その先生が担任の3年2組の生徒たちは、
グラウンド行きのバスが待つ駅に向かっていた。

その駅の売店で決勝戦の取材に行く若い記者は、
アンパンと牛乳を買い、
その記者の書いた記事に傷ついた県知事は、
高校野球の見所をテレビで見ていた。

そのテレビに出ていたキャスターは、
チームの大先輩として激励の言葉を述べ、
その激励の言葉にマネージャーの女子生徒は、
控えのピッチャーの背中を思い出していた。

その控えの背中は、寝たきりおばばのために
野球中継するラジオ局にチャンネルを合わせ、
そのラジオ局の番組を聴いている手は、
決勝戦の主審を務める夫のために大きなおにぎりを握っていた。

そのおにぎりよりもっと大きなおにぎりは、
四番バッターの手の中にすっぽりと収まり、
その手の大きさに魅かれたプロ球団のスカウトは、
新幹線で大きなあくびをしていた。

その新幹線の高架下で壁投げをしている小学生は、
その高校で野球をやることを目指し、
その高校を卒業した女優は、
ちょっとエッチなポーズで人気を博していた。

そのちょっとエッチなポーズは、
応援のポーズの手本としてチアガールが取り入れ、
そのチアガールたちは、
グラウンドのそばの公園で最後の練習をしていた。

その練習は、朝の散歩やジョギングをする人たちの足を止め、
足を止めた人たちは、
そのグラウンドで決勝大会があることを知らなかった。

陽はゆっくりと動き、
グラウンドの影から鮮やかな芝の緑が浮かび上がり、
大きなグラウンドが深呼吸を始めたかのように色を帯びていく。
グラウンドは、いつも人を待っている。
その日のために披露されるものを祝福するかのように
最良の状態で待っている。

管理人は、鍵の束から一つずつ丁寧にグランドに通じる扉を開けていく。
あちらこちらから、若きも老いも、男も女も、見る者も見られる者も、
泣いたり笑ったりするために、
大きな声で叫んだり静かに祈ったりするために、
褒めたり貶したりするために、戦うために讃えるために、
グラウンドに集まってくる。
グラウンドは、ばらばらのまま、ひとつのこころになる。

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中村直史 2012年10月8日

     ストーリー 中村直史
        出演 大川泰樹

私が生まれたのはいつのことだったかその記憶はもちろんない。
覚えている最初の記憶は、
雨がふると息苦しくなって地面から顔を出したくなるけれど、
鳥の餌食になるから絶対にダメだと言われたことだ。
それを伝えたのは親だったのか仲間だったのかそういうことは覚えてない。
私たちはほかの私たちに似た生き物のように、
土を口から取り入れ栄養を吸収し大きくなるのではなく、
体全体から塩分を吸収して大きくなるという、変わった成長の仕組みを持っていた。
土の中にいてもはるか遠くに塩の気配を感じることができ、
より塩分の多い場所を求めて地中をさまよった。

多くの仲間は海辺の近くの土の中に住み着くことになった。
海辺の近くは塩分を手に入れやすいが
ひとたび高潮になるとすぐ溺れてしまうリスクの高い場所だった。
私は私の仲間たちよりも体が大きくなった。
私が住みついたのは学校のグラウンドだった。
その場所はとりわけよい環境をしていた。
人間の中でも若い個体はよく体液を出すものだが、
このグラウンドの上で活動をする若い人間たちはとくに多くの体液を分泌した。
ただグラウンドをぐるぐるまわりつづけたり、
小さなボールを追いまわすことでとめどなく汗をながしつづけた。
先生と呼ばれる大人の個体に大きな声で罵倒され涙を流す者もあった。
そのようにしてこぼれ落ちた塩分の多い液体すべてが私の体にしみこみつづけた。
もちろん私の仲間が遠くからこの塩の香りをかぎつけないわけもなく、
つぎつぎと集まってきたが、
すでに私の体はグラウンドの半分を超える大きさになっていたため、
新参者の体に塩分がたどりつくまえに、すべて私の体がすいとってしまった。
しかも巨大化した私の体はどん欲であり、さらなる塩分を求め、
集まった仲間たちの体にたまった塩分を体液とともに吸いつくした。
集まってくる仲間たちは、このグラウンドから逃げ出すすべもなく、
すべてひからびていくのだった。

なにも私の望んだことではなく、巨大化する体も私の意思ではなく、
とはいえ、その状況を変えたいという意思もなかった。
年に1度はそのグラウンドに町中の人間があつまり、
大声をだしあって、走り、綱を引き合ったりした。
このときもまた私の体の巨大化は進んだ。

季節は巡り、私は若い人間からこぼれ落ちる塩分を吸収し続け、
とうとう私の体はグラウンドからその姿をのぞかせることになった。
どんなことがあっても地面から頭を出してはいけない、鳥の餌食になるから、
という言葉が遠い記憶の中から思い起こされたが、
巨大化し、土まみれの私の体をもはや好物の生き物だと気づく鳥はいなかった。
人間たちもグラウンドに小高い山ができているといって、
私の上で遊ぶだけだった。

土の中にしみこんだ塩分を取り込むのと違い、
垂れ落ちてくる体液を直接自分自身の体で受け止めるのには、
これまで一度も体験したことのない快感があった。
さらなる快楽を求め、いつしか私の体はグラウンドの表面全体に露出した。
グラウンドに突如増えた奇妙な凹凸に学校関係者たちは首をかしげたが、
それが巨大なひとつの生き物と気づくものはなく、
私は日々ひたすら若い人間の個体からしたたり落ちる塩分の
濃い体液をむさぼり続けた。
人間が何の疑いもなくより多くの体液を流せるよう、
地面に露出した自分の体を真っ平らにすることも、
グラウンドの土と全く同じように見せかけることも、
いつしかできるようになっていた。
初めてこの学校のグラウンドにやってきてからどれほど月日が流れたのか、
気がつけば、私の体はこの広いグラウンドそのものと化していた。
 

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 


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にゃんごろ

「にゃんごろ」

             ストーリー 荒木唯(東北芸術工科大学)
                出演 大川泰樹

宮城県には、生きた神さまの住む島がある。
神さまは「にゃんごろ」と鳴く。

島へは一日3本の船便がある。
島の名は、田代島という。

神様の存在で、世界中に知られることとなったこの島は、
通称ìねこの島îと呼ばれ、島の外から多くの参拝客が集まっている。
島民の数およそ100人、猫の数はその数倍。
つまり、人よりも神さまが多いありがたい島なのだ。

古来より漁業を生活の糧としてきたこの島の漁師たちは、
猫の仕草でお天気を見極め、漁不漁を予測してきたが
そんなある日、
崩れた岩の下敷きになって死んだ猫を手厚く葬ったところ
その日から大漁が続き、海難事故もなくなったという。

以来、島では猫が神さまだ。
にゃんごろにゃんごろ、昼寝をしているように見えても
神さまはちゃんと島を守っておいでになる。

その証拠に、震災で港も船も流されたけれど
被害総額と同じだけの寄付が全国から集まった。
神さまたちの安否をたずねる声もたくさん届いた。

にゃんごろ、にゃんごろ。
津波のとき、神さまたちはこぞって山へ逃げていた。
海の近くにいた神さまは帰って来ないけど
きっと津波に乗って空にのぼり、島を見守っている。

にゃんごろの神さまは今日も元気です。

東北へ行こう

田代島にゃんこ・ザ・プロジェクトhttp://nyanpro.com/

ひょっこりひょうたん田代島http://www.npo-tashirojima.jp/

石巻市田代島Twitterhttp://twitter.com/nekogamisama311


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名雪祐平 2012年9月16日

天子のキスマーク

      ストーリー  名雪祐平
          出演 大川泰樹

俺は、ダムで暮らしている。
正しくは、ダムに泊まりこみで働いている。独りで。

4WDのジープで狭い林道を
小枝をかき分けるように走り、どんづまりで駐め、
そこから歩きで急な傾斜を注意して下ると、ダムに着く。
水をせき止めているコンクリートの堤の幅は215m。
そのちょうど中央にある管理棟で俺は働き、
三畳の小部屋に寝泊まりしている。

よく電力会社の人間と間違えられるが、金属メーカーの社員だ。
下流にあるでかい工場で使う電気をまかなうために、
戦後すぐ、会社がこの水力発電用のダムを自前で造った。

会社はダムに社員1名を配属する。
ダムの水位を1時間おきに測る地味な仕事を
愚直に続けられるやつ。
出世競争に興味がないやつ。
家族がいないやつ。
山奥で、終わりがわからない孤独にも、たぶん発狂しないやつ。
つまり、俺。

目の前は、ダムでできた湖の絶景だ。
水面は、春に微笑み、夏を反射し、秋に化粧し、冬に緊張する。
湖の名前は、天子湖。
天の子どもと書いて、天子。王様という意味だ。

湖をたたえるコンクリートのダムの城。
そこに君臨する天子。
つまり、俺。

そうなのだ。ここにいるとやっぱり、
すこしずつ、すこしずつ、印刷の版がずれるように狂っていく。

昼、あやしい女がダムに来た。
ガーゼのような、麻のような、あいまいなノースリーブ。
ダムで休憩をとる登山者のような格好ではなかった。

ゆるんだ胸元から何かを取り出して、殻を割って食べている。
ピスタチオだった。
ポリポリ食べては殻をコンクリートに、俺の城に、ばらまいた。
ずいぶん酒に酔っているようだった。
「ねぇ、赤ワイン、ない?」
ない。と俺が返すと、女が続けた。

「ねぇ、わたし、死んでるの?」

死んでない、と思う。そうこたえるしかなかった。

「どうしたら、生きてるって、わかるの?」

その問いかけに答えられる哲学も詩も
もちあわせていない手ぶらの俺は、女の二の腕をとり、くちびるで強く吸った。
もし肌が白いままだったら、女は化け物。
内出血すれば、生きている証拠。

白い肌に、ぽーっと、赤紫色のマークが浮かび上がった。ほら。
でも、女が言うのだ。

「どこ? 見えないよ」

わからない。わかろうとすることさえ無意味なのか。

天子である俺は、タトゥーを彫るように何度も強く吸った。
女の肌にいくつも、いくつものマークが
信濃撫子の花のように咲いた。

「見えないよ。見えないよ」

なぜか女は明るく笑いながら、おもりするように
俺の頭を撫でていた。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 


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