中山佐知子 2013年7月28日

湖はいつも風が

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

湖はいつも風が吹いていた。
風はトウモロコシや豆を揺らし、
ときには畑全体を揺すった。
畑は湖に浮かんでいた。
この国の人々はアシの筏に泥を積み上げて畑をつくると
それを湖に浮かべた。
湖に浮かぶ畑は灌漑の必要がなく、
一年の半分雨の降らないこの国にありあまる収穫をもたらしていた。

この国にはもうひとつ自慢できる宝があった。
それは黒曜石の鉱脈だった。
黒曜石からは切れ味鋭いナイフができた。
ナイフは外科手術のように
犠牲者の胸を生きたまま切り開き、
動いている心臓を太陽の供物として差し出した。

それは世界を終末から救うための儀式であり
この国の人々は自分らを犠牲にしながら
太陽の命を養い、世界を終末から救っていたのだ。

国の歴史によると
最初の太陽は生まれて676年後にジャガーに食べられてしまった。
二番めの太陽は風に滅ぼされ三番めは火に滅ぼされた。
四番めの太陽は676年続いたが、
これも水によって滅ぼされてしまった。
そして、いまは五番めの太陽が戦っていた。
太陽が滅びると宇宙が滅びる。
虚無の暗黒と戦う太陽にチカラを与えるには
星の数ほどの生け贄が必要だった。

儀式の日、選ばれた犠牲者は太陽の神殿に並んで
自分の心臓が取り出される順番を待った。
儀式を受けることは死ではなく
太陽と一体になれる永遠の幸せであり、
庶民はもとより貴族や王族にとっても名誉なことと考えられていた。

この国の戦争は領土の拡大が目的ではなく
生け贄のための捕虜を確保することが目的だったが
その捕虜でさえ、命を助けようという申し出を
拒否するものが多かったという。

まるで地球を支えるアトラスのようだった。
この国の社会も、文明も、太陽の命を養い、
その戦いを支えることだけに目標を置いていた。
自分の命と未来を犠牲にすることで
この宇宙を守る責任を果たしていたのだ。

誰もそのことに気づかなかった。
この国の使命を理解することもなかった。

やがて征服者がやってきて、湖を埋め、神殿を埋め
その上に都市をつくった。

国が滅び、祈りも消えたいま
病院の外科室で心臓の手術に使われる黒曜石のナイフを見ても
かつての儀式を思い出す人はいない。

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中山佐知子 2013年6月30日

不老不死

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

帝は不老不死の薬を何度も手に取ったが
それを使おうとはなさらなかった。

帝は一天万乗の君であり
女人に関しては望めばかなうお立場であったので
恋というものをしたことがなかったし
またそんな煩わしいことをする必要もなかった。
したがって、これは初めての恋であり
初めての失恋だと思われた。

三年前、たったひと目見ただけの姫君に魂を奪われ
それから文のやりとりだけを生き甲斐になさって
他の女人を近づけることもなく孤独に過ごして来られたのだったが
いまその恋しい人は月という途方もなく遠いところへ去ってしまい
文をお届けするすべさえもはやない。

かの姫君が去り際に残した不老不死の薬を飲めば
再びめぐり会うときまで生きられるのか、と帝はお思いになる。
いや、それは望むべくもない。
不老不死になればこの悲しみが永遠につづくだけのことだ。

そうしてしばらくは食もすすまず
病みついたようになっておられたが
ある日、大臣をはじめとする臣下を召しておたずねがあった。

この国でもっとも天に近い山はどれか。

ある人が駿河の国にある山のことを奏した。
帝はお使いに不老不死の薬を持たせ
また恋しい歌をしたためた文を持たせ
その山の頂で燃やすようにお命じになった。

やがてものものしい武具に身をかためた一団が山を登り
頂上に達すると
帝がお命じになった通り不老不死の薬に火をつけて燃やした。
山は冨士の山と呼ばれ、長く煙を天に昇らせていた。

国の頂点に立つ権力者は言うまでもなく
科学者から哲学者、詩人に至るまで
洋の東西を問わず不老不死をさがし、研究をした記録は
枚挙にいとまがない。
けれども、日本の竹取物語には不老不死を望まない帝の姿が
描かれている。
いったん不老不死の薬を手にしながらそれを手放し
悲しみを心に沈ませて限りある生を選ぶ帝のおわす国を
しみじみ美しいと思う。

秦の始皇帝は不老不死の願いにとりつかれ、
不老不死の薬をつくらせていたが
皇帝の命を受けた研究者たちがつくりだしたものは水銀だった。
始皇帝はそれを飲み、命を縮めている。

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張間純一 2013年6月23日

「狼煙の上げ方」

      ストーリー 張間純一
         出演 大川泰樹

狼煙は、とりあえずなんでも物を焼き不完全燃焼を起こして
煙を空へと立ち上らせれば上げることができます。

ただし、より緊急度が高い場合は狼煙の漢字のとおり、
狼のフンを焼きましょう。より黒く濃い煙を風がある日でも
まっすぐに立ち上らせることができます。

一方、反対に極端に緊急度の低い「ひまだわ〜」とかの
合図の狼煙を上げたい場合は、パンダのフンを焼きましょう。
白と黒との混じった煙が風のない日でも
にょろにょろうだうだ立ち上り、
見るからにヒマそうな狼煙を上げることができます。

金魚のフンは、しつこくずっとお願いをするような狼煙を
上げたい時に向いています。
長—くしつこい感じの煙が出ます。
ただし金魚のフンは一度に取れる量が限られているため、
集めるときからしつこい粘着質の気質が要求されます。

機械式時計などに使われている歯車も、まれにフンをします。
そのフンを焼いて狼煙を上げるとかなり相手は驚きます。
驚くどころか、歯車のフンだけに、ギヤ、フン、ぎゃふんと
言うでしょう。

うちわのもめ事を知らせる際の狼煙には、
なにもないところに火をつけ焼くのが適しています。
ないもの燃やしても実際なにも煙は立ち上らないのではないかと
思うでしょうが、なにしろナイフンですから。

ダジャレはちょっと飽きてきたぞ、ということを知らせる狼煙には、
水洗式トイレを流したところから取ったフンを焼きましょう。
水洗式は詰まらないので「つまらない」というメッセージが伝わります。
問題は、これすらもダジャレというところにあります。

バフンウニは焼くのもいいですが、刺身で食べる方が個人的に好きです。
というようなことは狼煙で知らせるのもいいですが、
面倒なのとできるだけ美味しいものを独り占めした方がいいので、
狼煙は上げない、ということをオススメします。

なに?狼煙の上げ方とか言っておいて、
テキトーなことばっかり言うなって?
強い憤りを感じたら、
もう手当たりしだい何のでも良いですからフンを
焼きましょう。 クソッ。 です。

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古川裕也 2013年5月19日

彼らは成長した

       ストーリー 古川裕也
          出演 大川泰樹

出張から帰った木下が、まず気づいたのは、
空気が少し黄色いことだった。
次に、自分に3本目の足が生えていることに気がついた。
場所は、へそのすぐ下。長さは、膝より少し下くらいまである。
おそらく生えたばかりだろう。少し青い。
歩いてみると、当然、股間の前でちょっとした棒が
ぶらぶらすることになるのだが、
歩行のリズムに合わせてぶらぶらするので、別段不都合なこともない。
両手両足の2次元のリズムより今回の3次元のリズムの方が心地よいくらいだ。
モノレールを降りて久しぶりに日本の街を歩いた木下は、
3本目の足をぶらぶらさせて、むしろとても気分がよかった。

翌日、木下と共に出張していた浅尾が帰国した。
出社した彼は顔のまんなかをエレベーターの上枠にぶつけ、
鼻血を出していた。背が伸びたのだ。
本人の申告によれば、6センチほど。彼は47歳である。
帰国する飛行機に乗るときは、気づかなかった。
3時間半ほどのフライトの間に6センチ伸びたことになる。
かっこよくなったかと言えば、残念ながらそうでもない。
伸びたうち、5センチは顔の部分なのだ。
少なくとも日本において、あまり見かけるプロポーションではない。
すれ違う人々は、3秒くらい浅尾の顔を見つめ、
そのあと2秒で全身をさっと見渡した。

その翌日、島田が帰国した。木下、浅尾と同じ出張先だった。
島田は、腰の少し下くらいまで、髪の毛が伸びていた。
とてもきれいに。レゲエ的ではなく、シャンプーのCM的に。
彼は、久しぶりの出社を気持ちいいものにするために、
とっておきの濃紺のアルマーニのスーツを着ていた。
頭部が急激に重くなり、少しだけ歩きにくそうだったけれど。

島田は営業である。当然すぐ床屋に行った。
だが、無駄だった。翌朝目覚めると、
彼の髪は、帰国直後とほぼ同じ長さになっていた。
営業として、島田には試練の日々が続くだろう。

彼ら3人は、出張中、ほぼ同じものを食べていた。
いちばんおいしくて、いちばん印象に残ったのは、
北京ダックだったと、3人とも言う。
日本で食べるのとは全然ちがって、本格的な味だったと口を揃える。

残念ながら、その味の違いは、
高級な材料だったからでも料理の仕方によるのでもなかった。
3人が食べた鶏には、成長ホルモンが注入されていたのだ。
とてもとても強力で、すごくすごく大量のそれが。

彼ら3人は、今、会社のなかの秘密の部署にいる。
半透明の扉の向こうにデスクを与えられ、
人目に触れずにすむ仕事を黙々とこなしている。

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中山佐知子 2013年4月29日

たまご

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

女はたまごを残して死んだ。
女のたまごを机に置いた。
たまごはそのままじっとしていた。

たまごを手に取った。
思いのほか軽かった。
軽いというよりほとんど重さというものがなかった。
水をやらなかった植木鉢の土のようだった。
カラカラに乾いた土は
どうしてあんなに重さを失うのだろう。
それは女に似ていた。
女は何も与えられずに枯れていった。
たまごと乾いた植木鉢は女に似ていた。

たまごをなでてみた。
たまごはもろい感触があった。
指に力を入れると潰れそうだった。
潰れても中身のないモミガラのようだった。
それは女に似ていた。
女は抜け殻のようだった。
たまごと中身のないモミガラは女に似ていた。

たまごを眺めてみた。
たまごは静かだった。
流れない水のように何の音も立てなかった。
流れない水は退屈だった。
それは女に似ていた。
女には表情というものがなかった。
たまごと流れない水は女に似ていた。

女はたまごを残して死んだ。
たまごは空っぽだった。
空っぽのたまごは満たされない象徴のようだった。
女が残したたまごを見ると
もう一度、不幸を知らない女を不幸にしてみたいと思う。

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岩崎俊一 2013年4月14日

オムライス

          ストーリー 岩崎俊一
             出演 大川泰樹

叔父の奥さんの環さんに連れられて、一郎は環さんの実家に向かった。
向こうに行けばご馳走が待っているのはわかっていたが、
一郎の心は少しも弾まなかった。
電車のシートに頭を凭せかけ、ぼんやりと流れ去る田園風景を見ながら
胸の中でつぶやいた。
「こんどは、いつ家に帰れるんやろ」

一郎の家の向かいの叔父宅は、
広大な田畑を有する地元でも指折りの農家で、
4人姉弟のまっし;末子で、ただ一人の男子である叔父が家を継ぐことは
既定路線であった。
ただ叔父は農業を嫌い、畑仕事に身の入らぬ日々を送っていたため、
「嫁を取らせば落ち着くやろ」という祖父の判断で、
電車で8駅離れた町の農家から、環さんがやって来た。
 
農家の娘とは思えないほど、環さんは色白で、蒲柳の質の人だった。
嫁いでから、環さんが畑仕事に出る日は数えるほどしかなかった。
初めのうちは疲れもあろうと気遣っていた叔父の両親や親戚も、
やれやれ、大変な嫁を貰ったものだという嘆きを漏らし始めたが、
ひとり叔父だけは沈黙していた。
 
ある日幼稚園から戻った一郎が叔父宅に行くと、
薄暗い土間はガランとして誰もいなかった。
いつものように居間に上がりテレビを点けようとすると、
襖のあいた隣室に人の気配がした。
そっと覗くと、叔父夫婦が寝室としている広い和室で、
畳んだ夜具に顔を埋めるように凭れかかって環さんが眠っていた。
薄暗い部屋の中で、スカートから伸びるふくらはぎが一郎の目を射た。
廊下を隔てた窓から届くわずかな光を集め、
そこだけが白く浮かびあがっていた。

叔父をさらに苦しめたのが、環さんの頻繁な里帰りだった。
父の具合が悪い、兄がケガをした、
小さい頃からかかっている医者に行きたいなどと、
さまざまな理由を見つけて実家に戻った。
農家の嫁らしからぬその行動に、叔父の周辺では当然非難の声が挙がる。
だが「房はんは環さんに惚れとるからのう」とからかわれる叔父は、
それを止められなかった。
 
ある時から、その里帰りに一郎がお伴をさせられるようになった。
それは、環さんと叔父の家にとっては世間の目をごまかすための
「小道具」であり、
叔父にとっては、環さんを実家から取り戻すための
「貸し出し証」であったのかもしれない。
 
初めは一郎も進んで行った。
何しろ環さんの実家は、環さんに子どもができないだけでなく、
きりりと男前のお兄さんも未婚で、幼い一郎はすこぶる歓待を受けた。
お菓子が山ほど用意され、食卓には一郎が家では口にできないものが並んだ。
ハンバーグも、シチューも、一郎はこの家で初めて口にした。
 
中でも一郎を虜にしたのはオムライスだった。
庭で飼うニワトリの生みたての卵を使って、
環さんのお母さんはとても上手に、ふわふわのオムライスを作った。
初めて食べた日、あまりのおいしさに一郎は飛び上がった。
 
しかし、行く度、環さんが叔父宅に戻るのが予定より遅れるようになった。
1日の約束が2日になり、2日の約束が3日4日となった。
今日は帰れる、と思って目ざめた朝に延期を告げられるのは、
家が恋しい子どもにはつらいことだった。
得体の知れない力が、小さなからだにのしかかるように感じた。
 
今回もそうだった。
朝起きて居間に出ると、環さんのお母さんが待っていた。
「もう1日泊まってお行き」とあたり前のように言われ、
恐れていただけに、やっぱりそうかと一郎は余計にガッカリした。
 
朝食のあと、お兄さんと環さんに連れられ、近くの河原に散歩に出た。
地面は、昨夜降った雨を吸いこみ黒々と濡れていた。
「もうひと雨くるかなあ」とお兄さんが言っていた空には、
重い雲があった。
一郎はとぼとぼと二人のあとを歩いた。
足もとに、ぽっかりと口をあけた穴を見つけ、
中を覗くと底のほうに何匹もの虫が動くのが見えた。
虫の名前を聞こうと顔を上げると、二人は思いのほか先まで歩いていた。
 
二人は手をつないでいた。
心なしか環さんの頭は、お兄さんの肩に凭れているように見えた。
見てはいけないものを見た気がして、
一郎は声をかけられないままじっと立ちつくしていた。

出演者情報:大川泰樹(フリー)http://yasuki.seesaa.net/

 

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