2019年10月13日「羅生門」

芥川龍之介
    朗読 遠藤守哉

ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥はげた、
大きな円柱、蟋蟀が一匹とまっている。
羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠や
揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。
それが、この男のほかには誰もいない。
 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか饑饉とか云う
災がつづいて起った。そこで洛中のさびれ方は一通りではない。
旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、その丹にがついたり、
金銀の箔がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、
薪の料に売っていたと云う事である。
洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、
元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、
狐狸が棲すむ。盗人が棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、
この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。
そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、
この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。
 その代りまた鴉がどこからか、たくさん集って来た。昼間見ると、
その鴉が何羽となく輪を描いて、高い鴟尾のまわりを啼きながら、飛びまわっている。
ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、
それが胡麻をまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、
啄ついばみに来るのである。―もっとも今日は、刻限が遅いせいか、一羽も見えない。
ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、
鴉の糞が、点々と白くこびりついているのが見える。
下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺の襖の尻を据えて、
右の頬に出来た、大きな面皰を気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。
 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。
しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。
ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。
所がその主人からは、四五日前に暇を出された。前にも書いたように、
当時京都の町は一通りならず衰微していた。今この下人が、
永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、
実はこの衰微の小さな余波にほかならない。
だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも
「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、
適当である。その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の
Sentimentalisme に影響した。
申の刻下さがりからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。
そこで、下人は、何をおいても差当り明日あすの暮しをどうにかしようとして
――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、
とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、
聞くともなく聞いていたのである。
 雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。
夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した甍の先に、
重たくうす暗い雲を支えている。
 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑いとまはない。
選んでいれば、築土の下か、道ばたの土の上で、饑死をするばかりである。そうして、
この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。
選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊した揚句あげくに、
やっとこの局所へ逢着した。
しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。
下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、
この「すれば」のかたをつけるために、
当然、その後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、
積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。
 下人は、大きな嚔をして、それから、大儀たいぎそうに立上った。
夕冷えのする京都は、もう火桶ひおけが欲しいほどの寒さである。
風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。
丹塗の柱にとまっていた蟋蟀きりぎりすも、もうどこかへ行ってしまった。
 下人は、頸をちぢめながら、山吹の汗袗に重ねた、紺の襖の肩を高くして
門のまわりを見まわした。雨風の患のない、人目にかかる惧のない、
一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、
夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、
これも丹を塗った梯子はしごが眼についた。
上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。下人はそこで、
腰にさげた聖柄の太刀たちが鞘走らないように気をつけながら、
藁草履わらぞうりをはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。
 それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、
一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の容子を窺っていた。
楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。
短い鬚の中に、赤く膿を持った面皰のある頬である。
下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を括くくっていた。
それが、梯子を二三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、
しかもその火をそこここと動かしているらしい。これは、その濁った、
黄いろい光が、隅々に蜘蛛の巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、
すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、
火をともしているからは、どうせただの者ではない。
 下人は、守宮のように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、
一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、平にしながら、
頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を覗のぞいて見た。
 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸が、無造作に棄ててあるが、
火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。
ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とが
あるという事である。勿論、中には女も男もまじっているらしい。
そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ
疑われるほど、土を捏こねて造った人形のように、
口を開あいたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。
しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、
ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、
永久に唖おしの如く黙っていた。
 下人は、それらの死骸の腐爛した臭気に思わず、鼻を掩おおった。
しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。
ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。
 下人の眼は、その時、はじめてその死骸の中に蹲まっている人間を見た。
檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、猿のような老婆である。
その老婆は、右の手に火をともした松の木片を持って、
その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。髪の毛の長い所を見ると、
多分女の死骸であろう。
 下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、
暫時は呼吸いきをするのさえ忘れていた。
旧記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も太る」ように感じたのである。
すると老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、
それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、
丁度、猿の親が猿の子の虱をとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。
髪は手に従って抜けるらしい。
 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、
恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同時に、
この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。
――いや、この老婆に対すると云っては、語弊があるかも知れない。
むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。
この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、
饑死をするか盗人になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、
何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。
それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片のように、
勢いよく燃え上り出していたのである。
 下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。
従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。
しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、
死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。
勿論、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、
とうに忘れていたのである。
 そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。
そうして聖柄の太刀に手をかけながら、
大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が驚いたのは云うまでもない。
 老婆は、一目下人を見ると、まるで弩にでも弾はじかれたように、飛び上った。
「おのれ、どこへ行く。」
 下人は、老婆が死骸につまずきながら、
慌てふためいて逃げようとする行手を塞ふさいで、こう罵しった。
老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。下人はまた、
それを行かすまいとして、押しもどす。二人は死骸の中で、
しばらく、無言のまま、つかみ合った。
しかし勝敗は、はじめからわかっている。
下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへ扭ねじ倒した。
丁度、鶏にわとりの脚のような、骨と皮ばかりの腕である。
「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ。」
 下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘を払って、
白い鋼の色をその眼の前へつきつけた。
けれども、老婆は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、
眼を、眼球が眶の外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗く黙っている。
これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、
全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。
そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、
いつの間にか冷ましてしまった。
後に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、
安らかな得意と満足とがあるばかりである。
そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。
「己は検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。
だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。
ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、
それを己に話しさえすればいいのだ。」
 すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、
じっとその下人の顔を見守った。眶の赤くなった、肉食鳥のような、
鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、
何か物でも噛んでいるように動かした。
細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。
その時、その喉から、鴉の啼くような声が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘にしようと思うたのじゃ。」
 下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。
そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一しょに、
心の中へはいって来た。すると、その気色けしきが、先方へも通じたのであろう。
老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、
蟇のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
「成程な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。
じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、
されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、髪を抜いた女などはな、
蛇を四寸ばかりずつに切って干したのを、干魚だと云うて、
太刀帯の陣へ売りに往いんだわ。
疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。
それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、
太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。
わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。
せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。
されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。
これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。
じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、
大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」
 老婆は、大体こんな意味の事を云った。
 下人は、太刀を鞘におさめて、その太刀の柄を左の手でおさえながら、
冷然として、この話を聞いていた。
勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな面皰を気にしながら、
聞いているのである。しかし、これを聞いている中に、下人の心には、
ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、
この男には欠けていた勇気である。
そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、
全然、反対な方向に動こうとする勇気である。
下人は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。
その時のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、
ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。
「きっと、そうか。」
 老婆の話が完おわると、下人は嘲けるような声で念を押した。
そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰から離して、
老婆の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。
「では、己が引剥はぎをしようと恨むまいな。
己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。」
 下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。
それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。
梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。
下人は、剥ぎとった檜皮色の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を
夜の底へかけ下りた。
 しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、
その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。
老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、
まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。
そうして、そこから、短い白髪を倒にして、門の下を覗きこんだ。
外には、ただ、黒洞々(こくとうとう)たる夜があるばかりである。
 下人の行方ゆくえは、誰も知らない。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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直川隆久 2019年9月22日「督促」

督促

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

あ、もしもし、田中さんのお宅でしょうか。
川添市立市第2図書館の藤村と申します。

深夜に、申し訳ございません。

用件は、もう、おわかりだと思いますが、
当館よりお借りになられました「括約筋しめるだけダイエット」、
貸出期限を大幅に過ぎております。

7か月と1週間、の超過です。
これで、お電話、10回目となります。

田中さん、ひょっとして、若干、意地になっておられますか。
税金で運営している図書館ごときに、返せ返せと指図されるのは業腹だ、
と、こうお考えでしょうか。
いや、きっと、そう、お考えなのでしょう。
じつは、昨日も、そのようなご意見の方が、おられました。
“なんでリクエストした本が入らないんだ。
 眠たい仕事するな、この税金泥棒“
という貴重なご意見を頂戴しました。

ま、考え方というのは人それぞれです。
市立の図書館の仕事も、対市民のサービス業という側面は確かにございます。

ですが、田中さん。
借りたものは返す。
それは、人としての道義です。
人としての道義に、納税者も公務員も関係ありません。

事ここに至って…
私も、手立てを講じさせていただくことにいたしました。
ついては、
田中さんに「括約筋しめるだけダイエット」を返却いただけるまで、
30分ごとに、こちらにお電話をさせていただきます。

(しばらく間の後)
田中さんねえ。
わたし、もう、我慢しないことにしたんです。

あっちこっちで、堪忍袋の緒を切る音が聞こえるような世の中でしょう。
それで、相手より早く切ったもん勝ちっていう、そういう世の中でしょう。

そんな風潮に流されてはいけない。
そう思って、今日まできました。

でも、わたしは疲れてしまったんです。
だから、もう、我慢しません。

(突如大きな声で)田中!

だれが税金泥棒だ!
おまえが、泥棒、なん、だよ!
借りパクうんこ野郎!

(しばし間の後)

はっはっはっは…

こんなことをしたら、来年の定年を待たずして、クビになるかもしれませんな。
はっはっは…

それでは、次回は30分後の午前1時10分に、お電話いたします。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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直川隆久 2019年8月18日「撃つ」

撃つ

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

ええ。
いや、電話かけてこられた理由は、わかってますよ。
次の出稿、どうするかってんでしょ。
いや、まさにねえ、どうしようかなあ、
と思ってるんですよね。
こないだは、ちょっと…注目率がね。
不満だったよね。
あんまり、戦略的に重要な局面じゃなかったし。
しかもさ、けっこう高度の高いとこで、迎撃されちゃったでしょ。
うちの社名ロゴ、しっかり見えなかったよね。
撃ち損だったよね。あれは。
そんなこともあってさ、
次はもっとデジタルに予算割けっていう突き上げがさ、
きつくなっちゃって。
社内説得の材料が、もちょっとないとさあ。

え?なに?
次は、初めての…なに?
陸地?
え、マジ?
初の、陸地?
国境、超えちゃうんだ?
あらー…、それは…。
マジですか。
テレビ中継は?
ある?生?
特番?
えー、マジか。
それは、注目度高いよね。
え、なに?
もう、手、挙がってるとこがある?
一社提供で?
どこよ。
どこ。
教えてよ。
…え。
またまたー。
カマかけてんじゃないの?
いや、だって、おかしいもの。
あそこ、いま、キャンペーンやるような新商品、ないはずだよ?
え。
マジで?
うーん。
…。
そうか。
(独り言)うちも、「オカカちゃん」で、
秋のおにぎりキャンペーンやるんだよな…
あ、ごめん、ごめん、ちょっと考えちゃって。
うん、なに?
もうひとつ初めて?
ほう。何。
あ、一社提供だと、ネーミングライツも、ついてくるんだ。
あ、うちが好きな名前つけていいんだ。
うーん、いや、それ聞くとちょっと…ぐらついちゃうなあ。
でもさ、でもさ。
…あの。
着弾地って、もう決まってるの?どの辺かって。
…。
え、マジ?
なんか、それ、聞いたことあるよ。
イッテQか、ふしぎ発見かで見たと思うけど。
そこは、人、いないわけ?
「統計上は、人口ゼロ地帯」…?
そうなんだ。
あの、それさ、信じていいのね?
だって、後になってさ、人住んでました、っていうことになったら、
炎上ですまないからね。
爆発だからね。
(笑)ほんとですね、じゃないよ。
(笑)お願いしますよ。

昔はうちもさ、花火のスポンサーとかやってたけど、
ま、あれは、その場で見てる人だけのためのものだもんね、基本。
ミサイルはさ、やっぱり日本人みんなの心をひとつにするもんね。
おれもね、それは理解してるんだよ。
いや、マジで(笑)
おたくに、さんざん洗脳されてきたから(笑)
え、そりゃ想像しちゃいますよ。
わが大東亜食品の「オカカちゃん」のロゴをね、
あしらったミサイルが飛んでいく姿。
たまらないねえ。
1社提供なら、ミサイルのどてっぱらに、単独でどーん、でしょ?
「日本の夢を乗せて飛んでいく、オカカちゃん1号!
さあ、感動はもう目の前だ!
たのんだぞ、オカカちゃん1号!
がんばれ、オカカちゃん1号!
オカカちゃん1号、今!
みごとに!
着弾!
着だーーーーん!!
どーーーーーーーーーん!!
秋の行楽のおにぎりに、
ごはんにまぜるだけ『オカカちゃん」をどうぞーーーー!」
…(荒い息遣い)
あー…ごめん、ごめん。
興奮しちゃってつい(笑)。

あー、でもなー。
あんたも知ってるように、新しい部長は、アナログ懐疑派だから。
あんたの顔を立ててあげたいのは、やまやまなんだけどさ。
…うん。
え、なに?
今日、銀座で?
いやあ、今日はちょっとなあ、忙しくて…
いや、うん。
いや、うん。
うん。うん。
うん。
…まあ、そこまで言われちゃあなあ。
7時?に、じゃあ、いつもの寿司兵衛でね。
あ、いい、いい。
私、予約とっときますから。
じゃあ、7時に。
あ、でもね、こういう接待で発注決めるほど、俺、甘くないからね。
「わかってます」って…もう、あんたがしつこいからだよ、ほんと(笑)
はい、じゃ、失礼しまーす。
…あ、ごめん、でさ、帰り、タク券は大丈夫?
あ、はい、了解でーす。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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直川隆久 2019年7月21日 「水を売る」

水を売る

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

水って、基本じゃん?
人間の体は90%水でできてるわけだからさ。
飲む水が悪いと、悪い体になるし、
いい水を飲めば、いい体になるんだよね。
っていうと、ほら、あるでしょ?
水素水っていうのが。
水素が入った水。
すごい、はやったじゃん。
でも、じつは、もっとすごいものがあるの。
水素よりもっとすごいもの。
わかる?

それって、元素なんだよね。
元素。
元素だよ。
きいたことあるでしょ?
元素は大事なの。
元素はいいんだよ、体に。

元素って、みんな言葉としては知ってるんだけど、
その本当の力を知らないんだよね。
元素ってのは、元気の素って、書くじゃん?
つまりさ、元素が足りなくなると、元気が足りなくなるの。
だから、じつは、イオンなんかより、ずっと元素のほうが重要なんだよね。

むかしの人はね、体の中に元素をいっぱいもってたんだよね。
それがね、現代人は、体の中の元素が少なくなってるんだって。
それって、なんでかわかる?
これ、おれもすごいびっくりしたんだけど…「感謝」なんだよね。
昔の人はね、いろんなことに感謝してたんだ。
太陽、ありがたいなあ。
雨、ありがたいなあ。
ごはんが食べられる、ありがたいなあ。
で、じつは、感謝をすると、人間の脳内である変化がおきんのね。
脳内ホルモンのセロトニンていうのが出るの。
これが、体の中の元素を活性化させるんだよね。
ところが、おれを含めて現代人って、
昔の人とくらべて、感謝をしなくなってるじゃん?いろんなことに。
今は、みんなさ、「わたしがわたしが」「権利が権利が」でしょう。
つまり、自分のことばっかりで、感謝がないんだよね。

そうするとどうなるかっていうと、
脳内ホルモンのセロトニン、これの分泌が減るのね。
で、セロトニンが減ったことによって何がおきるかっていうと、
体の中の元素がね、一酸化元素、っていうのに変化するのね。
この一酸化元素が、じつは、すっごい悪さをするのね。

一酸化元素は、おたがいに、ひきよせあっちゃう性質があるんだ。
アメリカのカリフォルニア大学の研究で明らかになったことなんだけど、
癌細胞の中には、通常の細胞の100倍の一酸化元素があるんだって。
つまり、癌細胞の中の一酸化元素が、ほかの癌細胞を呼んで、
どんどん癌が大きくなっちゃう。
それだけじゃなくて、これは、カーネギーメロン大学の研究で
明らかになったんだけど、
社会的に成功しなかった人の血液の中には一酸化元素が多いんだって。
これは、貧乏の人の一産化元素が、
ほかの貧乏な人をよびやすいせいだろうと言われてるの。
だからこのことによって得られる結論は、一酸化元素が多い人は、
癌にもなりやすいし、貧乏にもなりやすいっていうことなんだよね。

で、開発されたのが、この元素水なの。
元素を、水の中に閉じ込める技術ってのがアメリカで3年くらい前に開発されて。
この元素水っていうのはね、
すっごい、新鮮な元素が入ってるんだって。
いや、もう、すごいらしいんだ。
とにかく、もう、AIでも数えられないくらい元素が入ってるんだって。
これは、飲む価値あると思うんだよね。
毎日この元素水を3リットル飲むと、体の中に、元素が凄く増えるんだって。
おれ、これを飲み始めて、すっごい変わった、と思う。
うん、まず、肝臓の数値が下がったのと、
あと、水虫がきれいになった。不思議なんだけど。
あとね、宝くじに2回当たった。
それも、結構大きな金額。
これも、元素水のせいかなあ、って思ってるんだよね。

で、話きいてみてどう?
なんか怪しいなって思う?

そう。
いや、そうなんだよ。
実際信じられないのは、無理ないと思う。
おれもそうだったもの。
ネット調べても、一酸化元素なんてでてこないしさ。
だから、最初この元素水を先輩から勧められたときも、かなり疑ってたのね。
でもさ、ふと思ったんだよね。
疑うだけじゃ、何も変わらないし、成長もないよね?
だから、おれは、自分で飲んでから判断しようと思ったのね。
それで、一か月飲んでみたの。実際に。

そしたら…飲んでるあいだに、あれ、けっこう、いいこと…あるじゃん?みたいな。
悪いこと、ないじゃん?みたいな。
で、ふと思ったわけ。
飲んで悪いことあるんなら、やめたらいいんだけど、
今のとこないし、それで続ける理由としては十分じゃないのかな。
で、今まで飲み続けてる。
そんな感じ?
だからお前も、自分で判断してほしいんだ。
やっぱり、自分の納得っていうのが、一番だもん。

あ、そう、飲んでみたい?
…うん。ぜひ、飲んで飲んで。きょう、持ってきたんだよね。

どう?
なんか、すごい…やわらかいでしょ。
ね?
なんか、すーっと…すーっと、こう、入ってこない?
浸透圧的なあれが、けっこうあるみたいなんだよね。
うん。
おれはね、いろいろ言ったけど、単純に、おいしいから飲んでる?そんな感じ。

で、この元素水って、まだ日本の代理店がなくて、
アメリカから直で買うしかないんだけど、
1リットル入りのペットボトルで一本1,000円とかすんのね。
でも、それってむずかしいよね?
一日3リットル飲まないといけないわけだからさ。毎日、3,000円だもん。
で、そこでちょっとこのパンフレット見てほしいんだけど、
元素水サーバーっていうのを使えば、水道の水を元素水に変えることができんのね。
これが、今、80万円で販売中…

なんだけど、
なんだけどね。
おれ、実はここのサーバーを製造してるアメリカの会社の
エグゼクティブ・アンバセダー資格っての持ってんのね。
だから、日本の一般の会社には卸せないこのサーバーを、
特別に会員価格で支給してもらえるの。
1台、32万5,000円。
どうかな。
高い?
うん。だけど、でも、これは一生使えんのね。
ていうのは、このサーバーは空気から元素をつくるから。
だから、必要なのは、水道水だけなの。
かかるのは、電気代と水道代くらい。
うん。
もちろんもちろん。
破格の割引とはいえ、やっぱり、金額的には大きいからさ。
ゆっくり考えて。
いやあ、でも、おまえと今日話せてよかったよ。
10年ぶり?
これって、ひょっとしたら元素水がひきよせてくれたのかもしれないよな。

で、話をきいてくれたお礼にさ。元素水の、20ケース、プレゼントさせて。
届けるから。宅配で。
いいのいいの。
こうやって今日、おまえと話せたことへの感謝のしるしだから。
それを飲んだ上で、おまえの答え、きかせてほしいんだよね。
うん。
じゃ、ここに住所書いて?
たぶんね、3日以内には着くと思う。
うん。
いや、今日はほんとどうもありがとう。
これから、また、長い付き合いしていこうぜ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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井田万樹子 2019年7月7日 「生ゴミを放置すると実際に起こる現象を教えてください」

「生ゴミを放置すると実際に起こる現象を教えてください」

     ストーリー 井田万樹子
        出演 大川泰樹(回答)・遠藤守哉(質問)

【質問です】
台所の生ゴミは、最大何日そのままにしておけますか?
先週から帰省しているのですが、台所のシンクに
生ゴミを放置したまま家を出て来てしまいました。
私は虫が大嫌いなのですが、どうすればいいでしょうか?
    M〜442-15 愛についての二重奏
【お答えします】 
今頃あなたの台所のシンクでは雑菌が繁殖し、
シンクに溜まった水の中で有機化合物が生まれています。
原始的生命の誕生です。
微生物たちは朝も夜も細胞分裂を繰り返し、
中には光合成を始めるものもいるでしょう。
もし貴方の台所の日当たりが良ければ、
台所は緑でいっぱいになっているかもしれません。
帰宅したら、まず葉っぱをちぎってマヨネーズをかけて、
サラダにして食べてみてはいかがですか?

【ご回答ありがとうございます】
お礼の返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。
実は、ますます怖くなってしまい、まだ家に帰ることができません。
あれから7ケ月が経とうとしています。
言い忘れましたが、生ゴミの中身は
クリスマスケーキ、ローストチキンの残りなどです。
もうすぐ本格的な夏がやって来ます。
私はこの先、どうすればいいでしょうか?
    M〜442-15 愛についての二重奏
【お答えします】
それでは、家に帰るのをもう少し待たれてはいかがでしょう?
もう少しすれば、魚類が出現するはずです。
シンクから水しぶきを上げて魚が飛び跳ねる音が聞こえてきたら、
玄関のドアを開けましょう。
新鮮な魚ですので、やはりお刺身でいただくのがいいかと思いますが、
さばくのが苦手ということであれば、
両生類の誕生まで待ってもいいかもしれません。
両生類なら、自分からお鍋に入ってくれるかもしれませんから。
トカゲの味噌焼き、カエルのムニエルなんてのもいいですね。

【質問です】
度々のご回答ありがとうございます。
待っていても不安が増すばかりなので、
意を決して帰宅することにしました。
今、玄関のドアまで来ています。
ですが、どうも妙な音が聞こえてきます。
魚が飛び跳ねる音ではないようです。もっと大きな音です。
私の台所は、一体どんなことになっているのでしょう?
    M〜442-15 愛についての二重奏
【お答えします】
まずいことになりました。
恐竜の出現です。
おそらく冷蔵庫や家具を破壊しているのでしょう。
こうなったら、彼らが絶滅するまで待つしかありません。
でも、落胆しないでください。
もう少し待てば、人類が誕生します。
ある日突然、玄関の扉が開いて、「こんにちは」なんて
素敵なご夫婦が貴方にお茶を入れてくれるかもしれませんよ。
その日が来るまで気長に待ちましょう。

出演者情報:大川泰樹(フリー) ・遠藤守哉(フリー)

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川野康之 2019年6月「酒をおくる」

酒をおくる

       ストーリー 川野康之
          出演 遠藤守哉 

ぼくたち人類は10数万年前にアフリカで生まれたと言われている。
5万年前にはアフリカを離れて、世界中に旅を始めた。
食料を求めて、生きぬくためだった。
氷河期の終わりには、世界のあちこちで、
狩猟生活をやめて農耕生活を始めるようになった。
農耕を始めると、土地がいるし、水を引かなければならない。
その結果、隣人との間で争いが起きるようになった。
隣人、聞きなれない言葉だ。
獲物を追って旅をしていた頃は隣人なんていなかった。
自分の好きな場所を寝床にすれば良かったのだから。
農耕生活が始まるとともに、ぼくたちは土地を持ち、
隣人を持たなければならなかった。
狩猟時代の自由気ままな生き方と引き換えに手に入れたものが、
隣近所との絶えざる喧嘩だったというわけだ。

人間がお互いに憎み合うようになったのはこのときからだ。
猜疑心という悲しい心が生まれ、恐怖と嫉妬という感情が芽生えた。
きみにはその意味すらわからないだろうね。
汝の隣人を愛せよ、とぼくたちのふるさとアフリカの近くで誰かが言ったらしいが、
それはそうすることがいかにむずかしいことであるかを語っているようだ。

もちろん狩猟時代にも争いはあった。
女をめぐる争い。獲物をめぐる争い。
だがそれらはすぐに片がついた。
強い方が勝ちだ。
負けたやつはしっぽを巻いて去る。
あとくされなし。
おおらかなものだったね。

人々はお互いに傷つけあうようになった。
水のために、隣の村を襲って一人残らず殺してしまったこともあった。
そうしないとこっちがやられる。
疑心暗鬼、復讐、裏切りがあたりまえになった。

人類はいったいどうなってしまうのだろう。
これからずっとこんな世の中が続くのか。
もう一度狩猟生活に戻ったほうがいいのではないか、とぼくは思うことがある。
きみがそれを続けることを選んだように。

そうだった。
あたたかい、海に囲まれたヤマトの地を見つけたとき、
ぼくはそこに残ることを決めた。きみは狩猟生活を続けるために、
再び北に向かって旅立ち、ぼくたちは別れたのだった。
今ごろきみはどのあたりを歩いているのだろうか。

ビッグニュースがある。
米を入れた甕に水を入れて、数日置いておくと、
おいしい飲み物ができることをぼくは発見した。
それを飲むと、愉快な気持ちになるのだ。
自然に歌が出て、踊りたくなるのだ。
ぼくは隣人たちにこれをふるまった。
彼らは、家の奥にしまいこんでいた米を持ってきて、ぼくに預けるようになった。
この不思議な飲み物をぼくたちは「酒」と呼んだ。
今では収穫のあとにはみんなで集まって、
酒を飲んで、歌ったり踊ったりする。

酒は、もしかしたら人類を救うかもしれない。

今年も収穫が終わり、素晴らしい酒ができた。
この酒をきみにおくろうと思う。
ヤマトの海の水は太陽が昇る方向に向かって流れている。
酒を入れた甕を船に乗せて、この海に流そう。
この海の彼方にもきっと大きな陸があるだろう。
もしかしたらきみはそこにいるかもしれない。
そんな気がするのだ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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