勝浦雅彦 2019年4月14日「わからない顔」

「わからない顔」

   ストーリー 勝浦雅彦
      出演 遠藤守哉

娘の顔がわからなくなる。
男にその兆候が現れたのは、
小学校の授業参観でのことだった。

三日前、妻が「あなたが行ったら?」と
洗濯物を畳みながら男に言った。
そうだな、と生返事をした結果、
男はハナミズキが咲く校門の前に立っていた。
どうしたことか、
男は一度も授業参観というものに出席したことがなかった。

授業はもうはじまっているようだった。
廊下には男が妻に持たされたスリッパの音だけが響いていた。
教室に入ったと同時に、生徒たちが侵入者に向けて一斉に振り返った。
丸い無数の目が、男を凝視している。
男は混乱した。
いない?娘が。一瞬教室を間違えたのかと思った。
しかし、父兄が寄り添い立っている壁に掲出された
「遠足の思い出」
と題された三十枚ばかりのクレヨン画には、
2年4組としるされている。
やはりここだ、なのに娘の顔が見つけられない。

やがて子どもたちはまた教師の質問に答えるべく、
その小さな顔と艶やかな黒髪を旋回させた。
それっきり一度も振り向くことはなかった。
男は授業の流れに乗ることができず、吐き気すら覚えていた。
出し抜けに終了のチャイムが鳴った、ああ、解放されたと思った。
その瞬間、娘が男の元に駆け寄り、どん、とぶつかってきた。
じっと男を見上げる娘の顔をなでながら思った。
ほんとうに昨日までこんな顔だったか。

どうしてそうした事態が起きたのか、男はまるでわからなかった。
30歳になって購入した中古のマンションには、
部屋中の壁を覆い尽くすように、家族の写真が並べられていた。
写真展を毎日しているみたいだな、
男は新婚当初そう冗談交じりに話したが、妻は無反応だった。
だから男は遅く目覚めて、妻も娘もいない無人のリビングを
まるで世界中の誰もがいなくなったような気持ちに襲われながら
歩くときにすら、娘の表情はいつもそこにあったはずなのだ。

男は娘の顔を今まで以上に注意深く観察するようになった。
まだ七歳の娘の顔は、めまぐるしく変化していた。
ある日は妻を何分の一かに縮小したとしか思えないくらい
同じ顔をしていた。
と思えば、もうすでにこの世にいない男の祖母の顔で学校に出かけていく。
ある日は、誰にも似てないと結論づけたその顔は、
早逝した遠縁の伯父だった。
自分と妻の系類の間を自由に飛び回りながら
娘は毎日生まれ変わっているように思えた。
そして、娘から目を離した瞬間、男はその顔を構成している要素を
何ひとつ思い出せなくなるのだった。

男は時々夢を見た。
大きな竜巻が起き、町中を人々が逃げ惑っていた。
小高い丘に立つとおびただしい数の子供達が一直線に丘に向かってくる。
「パパは、私のパパだから、きっと私を探し出してくれるはず」
そんな娘の声が頭の中で響く。
だが、その子供達の誰もが同じ顔に見える。
名前も呼ぼうにも声が出ない。
寝床から飛び起きると、
開かなかった喉の奥が灼けるように乾いていた。

男は洗濯物を取り込もうとしている妻に話しかけた。
「ミドリの顔が、時々わからなくなるんだ」
きっと妻は「何をバカなことを言っているの」と
笑い飛ばすはずだった。
「ああ、あなたもそうなのね」
「あなたも?」
「私の父もそうだったみたいだから」
どういうことなのだろう、妻の話が普遍的なことなのだとしたら、
世の父親はどこかで娘の顔、
あるいは顔からなるイデアのようなものを
見失うということなのだろうか。
それはたとえば男の子、息子ならば起こり得ないことなのか。
男は、義父とすぐに話したかった。だが、叶いはしない。
彼は三年前に鬼籍に入っていた。
「私はたとえ大きな災害が起こって、
世界に何百万という子供が逃げまとっている中でも、
ミドリを見つけ出せる自信があるわ、母親だから」
男は仰天した。
「君は俺の夢をのぞいたのか?」
やはり妻はそれには答えなかった。

やがて男は、娘の顔を正確に把握することを諦めた。
目の前にあることをただ認めていくこと。
あるがままを受け入れることで父としての役割を全うしようとした、
そうでないと何かの拍子に細い糸が切れるように、
日常のすべてが崩れ落ちてしまいそうだった。

そうして毎日、違う顔になる娘を見守りながら、
十八年の月日が流れた。
男は初老を迎え、娘が結婚する日がやってきた。

三人で過ごす最後の夜だった。
定位置のように、妻はいつもと同じ場所で洗濯物を畳み、
娘はソファで膝を立てて座っていた。
どうしてかまるで、そこに男はいないかのように
二人は男の思い出話をしていた。

「お父さんのチュー、あれ嫌だったのよね」
「中学から高校まで、お父さんのことを無視しちゃったな」
「式で泣くのかしら。泣いたところを見たことないけれど」

男はそのやりとりをぼんやり眺めていた。
まるで自分だけが取り残されたまま、このリビングを中心に
気の遠くなるような時間が過ぎ去っていった気がした。

「私って、お父さん似だもんね」

男は驚いて娘を見た。
一瞬、今までぼやけ続けていた娘の輪郭がはっきりとした像を結び、
その顔をしっかりと捉えた。

そうか、お前はそんな顔だったんだな。

だがそれは生まれたばかりの、
まだ目すらあかない頃の面影を残しているようで、
やはり血を分けた自分の何かを引き継いでいるようには
思えないのだった。

どうしていいかわからず、リビングを視線がさまよった。
鈍色のガラスに映ったのは、
かつてみた自分の父親と同じ顔をした、老いた男だった。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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直川隆久 2019年3月17日「ういろう」

ういろう

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

よく晴れた春の日。
やや明るすぎる色の着物に身を包み、
叔母の光代が訪ねてきた。
叔父の葬式からひと月たつかたたぬかの頃のことだ。

叔母は客間に通され、
座卓を挟んで父母と相対(あいたい)した…はずであった。
様子を隣の部屋からうかがってみたが、
叔母の声は小さく、聞き取りにくい。
父母の相槌は聞こえず、
叔母だけが喋る様子がきれぎれに聞こえる。
そんな時間がしばらく続いた。
なにやら不穏な雰囲気を感じて襖に耳を近づけた時。
「それはつまり、なにかいね。浜口の家と縁を切りたいということかいね」
母親の、棘を含んだ声が聞こえた。

母と叔父の幸彦は雑多な農具やら工具を商う金物屋の
二人姉弟(きょうだい)であったが、
母が役場勤めの父と所帯を持つために実家を出たので、
家業は弟である叔父が継いだ。
継いだといえば聞こえはいいが、要は身の処し方を決めないうちに、
ずるずると既成事実に流されてそうなったようだ。
叔父はどちらかといえば線の細い芸術家気どりの男で、
東京の藝術大学に進学できず田舎の金物屋を継いだ我が身を
いつまでも拗ねているところがあった。
35まで独身であった叔父と、商工会議所の会長の紹介で
5年ばかり前に祝言をあげたのが、光代叔母だった。
東京出身である叔母は会長の遠い親戚筋にあたり、
空襲で身寄りを亡くしていた。

襖の隙間からのぞくと、
ちょうど光代叔母がこちらを向いて座っているのが見えた。
その前には、茶碗と茶菓子がある。
茶碗からの湯気はとうに立たなくなっている。

東京で育った光代叔母はこの村の旧風に馴染めなかったようだ。
寄合だの集会があれば、女達は早朝から酒肴(さけさかな)を準備し、
男共の騒ぎの傍に控え従わねばならない。
そういう集まりに、光代叔母は、遅れて行くことが多かったらしい。
あんな朝寝の癖のある嫁では大変だ。
そう噂する口幅ったい女には事欠かない土地柄であった。
陰口がいつしか面とむかった皮肉へと変わっていくに従い、
光代叔母は、村の公の場に姿を現さなくなった。

私の家は、叔父の金物屋と遠くないところにあった。
私は、父宛てに届く中元や歳暮の品のお裾分けを持って、
よく遣いにやらされた。
だが「お裾分け」は口実であって、
私の真の任務は、叔母が「世間体の悪い暮らしぶりをしていないか」の
偵察をすることだった。
掃除の行き届かない金物屋の奥に、叔父夫婦の暮らす住居があった。
「ご苦労様、公一さん」
叔母はいつも、学生服の私を、なにかほっとしたような顔で迎え、
茶を淹れてくれた。
叔父は、たいてい留守であった。
「忙しいらしいの」と叔母は言ったが、忙しいのは商売よりも金策であったろう。
何やら怪しい投機の話に乗せられたという噂もあった。
叔母が一人で番をする留守宅には、いつも同じ落語のレコードがかかっていた。
「あの人はこういうの嫌いでね。留守のときでなきゃ聞けやしないの」
そういいながら叔母は、文楽の「明烏」を聞きながらくつくつと笑った。
そして私の帰り際には、公一さん、少ないけど、といいながら、
百円硬貨を握らせてくれた。
洗濯物が畳の上に無造作に積み上げられている様子や、
店屋物の丼が洗わぬままに戸口に置かれている様子を
叔母に気づかれぬよう目に焼き付けながら、
私は、何か後ろめたい気持ちでその百円を受け取るのが常であった。

ほどなくして叔父が金銭がらみの心労からか倒れた際、
病室で光代叔母は母に面罵された。
普段あなたが嫁として務めを果たさないからこういうことになるのだ、と。
「うちの公一も言うとったがね。あんたが、呑気に店屋物を食い散らかしとるて。
どこのお大尽のつもりか」
病室の外の廊下のベンチで待っていた私は、その母の声を聞いて、ひやりとする。
少しして、病室から外へ出て来た叔母は私に気付いた様子だったが、
私は目を合わせることができなかった。
その三日後、叔父は息をひきとった。
光代叔母と叔父の間には、いまだ子がなかった。

「せめて四十九日待つくらいのことが、なぜできやせんの。
それでもあなた、浜口の家の人間かいね」
客間の母はいら立ちを隠そうとしない。
光代叔母は、母の語気につられる様子もなく、淡々とした調子で答える。
「ちがいます」
「何?」
「わたしは、こんな人間だから…浜口の家の人間と認められたともおもってません。
だから…」
「だから、何かいね」
「浜口家の人間として…幸彦の…
浜口の家のお墓掃除をするために生きていくつもりもない」
んま。絶句する母に、叔母は畳みかけた。
「お姉さん。私今日、お許しを乞いに伺ったんじゃないんです。
ご報告をしに伺ったんです」
そう言いながら、叔母は、眼の前の黒文字を手にとった。
菓子皿の上には、桜色のういろうがのっていた。
叔母の黒文字が、ういろうの上にあてられる。
そしてその黒文字がゆっくりと、垂直に下っていく。
重く柔らかな、ほの赤いういろうの肉を裂いていく。
二つに切り分けられた片方に、その黒文字が突き刺された。
叔母は、重みにしなるういろうを口元に運び、ひとかぶりに口に含んだ。
少し滑稽なほど頬が膨らみ、細い顎が緩慢に上下するのが見えた。
母も父も、叔母も、言葉を発しない。
無言の時間が過ぎていった。

小一時間ほどたって、玄関口で暇を告げる叔母の声が聞こえた。
父母は、客間に座ったままで、見送りをする様子もなかった。
引き戸を閉める音が聞こえてから、
私は、客間を通らずに縁側から庭に降り叔母を追った。

門を出たところで、ほんの3~4歩先を歩く叔母の背中が目に飛び込んだ。
「光代叔母さん」
と私は声をかける。叔母は振り返り、何も言わずこちらを見た。
少しあって、叔母が口を開いた。
「公一さん。ういろうって、この辺りの名物なの?」
虚をつかれた思いで私は、ただ、はい、とだけ答えた。
「そうか…今日の今日まで知らなかったな。初めて食べたの」
と叔母は言って、日傘を開いた。そしてこう付け加えた。
「おいしくなかったわ」
そう言って叔母は、あははは、と、今までに見たことのない晴れやかな顔で笑った。
彼女の心の中の明るい広がりが見えるようだった。
その明るい広がりの中に、私が占める場所はおそらくなさそうだった。
だが私は、それでいいと思った。
叔母は踵を返し、歩き出した。
そして、振り返ることなく私の視界から消えていった。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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中山佐知子 2019年2月10日「欲望という名の電車に乗って(2019)」

欲望という名の電車に乗って

   ストーリー 中山佐知子
      出演 遠藤守哉

「欲望という名の電車に乗って墓場に乗り換え…」
というセリフから始まるテネシー・ウイリアムズの戯曲は
ニューオリンズを舞台にしている。
「欲望ストリート」という道路が本当にあって
そこを走る電車の表示板に「欲望」と記されていた。
テネシー・ウイリアムズがこの戯曲を書いた頃は電車だったが
蒸気で走ったりロバが牽いた時代もあったそうだ。

ニューオリンズはその土地の70%が海抜0メートル地帯で
まわりを湿地に囲まれている。
だいたいがジメジメと暑い気候で嫌な臭いもする。
3センチ足らずの雨が降ると水害が起きる。
台風が来ようものならえらいことになる。
昔は夏が来ると疫病が流行り、湿った墓場と呼ばれた。
過去1年以内に移住したアメリカ人の3分の1が死んだ年があった。
ヨーロッパから来た人々がほとんど死んだ夏もあった。

あまりに死が身近にあったので
ニューオリンズでは、死ぬことは生きることからの解放と
考えるようになった。
低賃金の生活苦から解放され、疫病の心配からも解放され
死んでめでたしめでたしというわけだ。

葬式はだんだん盛大になった。
ジャズを演奏しながらパレードをする。
まるでカーニバルだ。
その一方で、死人を埋葬しても洪水になるとプカプカ浮かんで
どこかへ流されてしまったりもした。
まあ、仕方がない。そういう町なのだ。

「欲望という名の電車」には
メキシコ人の花売りが登場する。
Flores. Flores. Flores para los muertos
フロレス パラ ロス モエタス
死者に手向けるお花はいかが。

そのスペイン語を聞くと、
ニューオリンズはメキシコ人が母国語で商売ができるくらい
移民が多いのだなと思う。

ところで、
メキシコの死者に捧げる花はマリーゴールドで
死者を導く花といわれる。
コスモスと同じキク科の花で、コスモスと共にメキシコ原産だが、
ニューオリンズの花売りが売るのはけばけばしい造花だ。

Flores para los muertos
Flores para los muertos

低所得者が住むこの区画では
本物の花を買う余裕のある人がいないのかもしれない。
ニューオリンズの狂気のような暑さが
花を枯らしてしまうのかもしれない。

Flores para los muertos

欲望という電車に乗って墓場に乗り換え天国通りに行くと
テネシー・ウイリアムズが戯曲を執筆した家があるそうだ。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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直川隆久 2019年1月20日「流れでたもの」

流れでたもの

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

その昔、北の方にある国の片隅にある村での話である。
両親と一人娘が暮らしていた。
ある朝、寝床から来た出てきた幼い娘を見て、両親はおどろいた。
娘の眼から青い液体が滴り落ちていたからである。
枕がわりに使っている丸めた麻布も、真っ青に染まっていた。
昨日変わったことがなかったかと尋ねる両親に、
娘は、森の奥の湖で草の舟を浮かべて遊んでいたときに、
ふいに水面がまぶしく点滅するのを見た、と答えた。
光が消えるまでの間なぜか目が離せず、じっと見つめてしまった、と。
そのせいで眼が傷ついたのかもしれない。
そう思って両親は娘を村医者にもとへ連れていった。
しかし、耄碌しはじめの村医者は、なんの異状も発見できなかった
。麻布にしみこんだ青い液体についても、明解な言葉はなにひとつ。

その翌朝。娘は、あざやかな橙色の液体で眼を濡らしながら目覚めた。
寝ている間に痛んだりしなかったのか、両親は娘に尋ねる。
なにもいたくない。娘は答える。ただ…
ただ?と両親が問い返すと、娘は、
きのうは夕焼けの夢を見ていた気もする、
と答えた。
そう言われればたしかに、娘の眼から流れた液体は、
夕焼け空を水に溶かせばかくもという色をしていた。
見た夢をよくおぼえておくように両親は娘に言いつけた。
その夜娘は、森の中を歩く夢を見、
娘の眼からはコケのように鮮やかな緑色の液体が流れ出た。
別の日には、娘は雪だるまをつくる夢を見、
その眼からは山羊の乳のように白い液体が流れ出た。

つまりは、夢が漏れているのだ、眼から。
村医者は、最初からわかっておった、といわんばかりの訳知り顔で解説した。
おそらく、幼いからだろう。幼ければ、夢もよくみる。
苦しくないのであれば、ほっておくがよかろう。
成長すれば、おのずと夢も見なくなる。

ある日、両親と娘の家を、隣村の大地主が訪ねてきた。
高齢のその男の顔の肌は乾燥のあまり粉をふき、
足腰も衰えているとみえ、使用人に脇を抱えられながら親子の家に入ってきた。
地主は、貧しい家の中を眺めまわしてからこう言った。
――あんたの娘の流した「夢」をゆずってほしい。
男は小指の先ほどの大きさの薬瓶を父親に手渡しながら続けた。
これに一杯ためてくれれば、金貨、1枚出そう。

両親は、娘を説き伏せ、夜中、娘の枕元を交代で番をした。
そして、娘の眼から何かが流れはじめると、
すかさず小瓶を娘の眼もとに押し当て、その液体を集めた。
流れ出るものの色は、日によって違う。
濃い紫色のこともあれば、ごく浅い黄色なこともある。
一晩にひとしずく、三晩で三滴、という具合にたまっていく液体は
不思議なことにたがいに混ざらず、
ガラス瓶の中で、虹のような層をつくった。
ひと月の後、地主が再びやってきて、約束どおり金貨を一枚置き、
小瓶をもって帰った。
一体それで何をするのか、という両親の問いかけには、
地主は最後まで答えなかった。

何日か後、娘の母親は、村の井戸の近くで、
介添え人の助けもなく背筋を伸ばして歩く地主の姿を見た。
髪はこころなしか豊かになり、肌艶も別人のよう。
父親が、地主の家の使用人に酒をおごって話を聞きだした。
――旦那は飲んだと見えるね。あんたの娘の眼から流れ出たあれをさ。

ほどなくして、両親の元には、
金貨を握りしめた老人達がひきもきらず訪ねて来るようになった。
そして、皆が娘の流す「夢」を買いたがった。
値は瞬く間に吊り上がる。両親の手元には、大金が転がり込んだ。
それでも、注文は増える一方。
両親は交代で娘の枕元で夜通し番をし、
眠る娘の眼からで流れでる液体をひとしずくも漏らさず集めた。
が、それでも追いつかない。
ある日父親が言った。そうか、起きている間にも夢を見ればいいのだ。
どうやって?母親が訪ねる。
起きている間に見る夢といえば、良い暮らしをする夢じゃないか。
と父親が言った。
父親は、手元の金貨を、娘の眼の前に積み上げた。
――ほら、思ってごらん。一生金貨にこまらない暮らしを。
――どんないいことがあるの。
毎日、うまい肉が食える。牛の乳でつくったクリームで風呂を満たして、
そこで泳ぐことだってできる。
指にずっしりと食い込むようなでかい宝石の指輪だってはめられる。
縫い糸の一本一本まで絹でできていて、
着ていることすら忘れるような、軽い軽いドレスだって。
そして一番大事なことは…
金を持っている人間は、必ず一目おかれるんだ。
気を使われる。人の道具にならずに済む。
そんな暮らしが、3人でできるんだ。そして、父親は付け加えた。
起きて見る値打ちのある夢は、金の夢だけさ。
――わたしにどうしてほしいの?
――夢を見るのさ、いい暮らしの夢を。
これよりもっともっとたくさんの金貨の夢を。

娘は、じっと父親の指し示す金貨を見つめた。
しばらくののち、娘の目の縁が光り、
そこを濡らしたものが、あふれ出た。
両親はあわてて瓶に集める。
だが、それは、何の色もない液体――つまり、涙であった。

その日一日、娘は言葉を発しなかった。
夜、無言のまま寝床に行き、そのまま眠りに落ちた。
そして、翌朝になっても眼をさまさなかった。
三日たち、ひと月たち、1年たっても、娘は眼を開くことはなく、
両親が口に含ませる砂糖水だけで、生き続けた。
さらに長い年月が過ぎ、両親が老衰で死んだ後になっても、
ついに娘は眼をさますことはなかった。
そしてその間、娘の眼から色鮮やかな液体が流れでることは、
ただの一度もなかったということである。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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中山佐知子 2018年12月23日「松茸が生えない」

松茸が生えない

    ストーリー 中山佐知子
       出演 遠藤守哉

えっ、赤松の林があるのに松茸が生えない?
そりゃあねえ、赤松があれば生えるってもんでもないからねえ。
松茸はむづかしいんだよ。
何かほかの相談はないの?
あ、そう。どうしても松茸を生やしたい。
わがままな人だねえ、あんたも。

まず松茸がはえる赤松の年齢というのがあってね。
ハタチからぼちぼち生えはじめてね、
30代40代がいちばんよく生えるのよ。働き盛りだね。
70歳や80歳になるともうダメ、おしまい。
ああ、なんか人間に似てるなあ。
生えない事情ってもんを大事にしてあげようよ。
ダメ?
どうしても松茸を生やしたい?

なら言うけどね、みんな勘違いしてるんだけど、
まさか肥料とかやってないよね。
松茸は養分のない貧弱な土が好きなのよ。
なぜかというとね、松茸って弱い子だからね、
養分のあるいい土だと
他のキノコがどっと生えちゃってね、
松茸は追い払われてしまうんだよね。
ははあ、うなづいてるね。
思い当たるフシがあるんだね。
あっそう、アミタケとかシメジが生えている。
よかったじゃない。おいしいじゃない。
え、ヒラタケも?酒の肴には十分でしょ。
それで一杯やって、松茸のことは忘れなさい。じゃあね。

えええええ、しつこい人だね、あんたも。
どうしても松茸を生やしたい?
めんどくさいよ、いいの?
じゃあまずね、他のキノコが生えている養分豊かな土をね、
ごそっと取ってしまう。
え、無理?無理だよね、そうだよね〜。
じゃあ、せめてね、
昔話のおじいさんみたいに柴刈りをしましょう。
桃太郎とか、こぶ取りり爺さんとか読むと
おじいさんが柴刈りに行くでしょう。
あれが大事なの。
うん、地面の落ち葉とか枯れ枝をキレイに集めて持ち帰る。
落ちた葉っぱや枝が栄養になるんだから、
それを取り除くわけだよね。
あああ、面倒だってその場で燃やしちゃいけないよ。
灰も肥料になっちゃうからね。
毎日毎日柴刈りをして、赤松林に落ち葉や枯れ枝がない状態にする。
箒で掃いたみたいに地面をキレイにしておくの。
それをまあ、5~6年も続ければね、
運が良ければ松茸が生えてくるかもしれないなあ。

どう、できる?



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

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直川隆久 2018年11月18日「落ち葉長者」

落ち葉長者

         ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

冬至に近い頃あいのよく晴れた日、
おれはX山の展望台からの下山ルートをたどっていた。
木立のせいで見晴らしもない上に角度が急な斜面を嫌って、
ほとんどのハイキング客はケーブルカーを利用する。のだが、
俺は人気のない登山道を一人で歩くのが好きで、
よくこの道を使うのだ。
山道のとおる斜面はやわらかな光につつまれて、
歩いていて気分が和む。なべて世は事もなし、という気分。
道の両側にはクヌギやコナラが自生し、
茶色いじゅうたんのような落ち葉を斜面にしきつめていた。
調子よく歩いていたときに、
右側の視界の端に妙なものが映った気がした。
振り返って確認すると、
地面の色合いが…
半径3メートルほどの範囲で変わっているところがある。
なに?なんだろう、と近づいてよく見ると、
それは…大量の一万円札だった。
何千万円、いや、何億円分あるだろうか。
まるで廃棄物のように無造作に散乱している。
ぎょっとして足がすくみ、思わず周囲を見渡す。
映画かなにかを撮影していて、そのセットだろうか?
だが、周囲にはスタッフらしき人間も見えない。
一枚を拾い上げて見てみる。
そこには映画の小道具然としたちゃちさは微塵もなく、
どこからどう見ても本物だ。
犯罪?
不安になって耳をそばだて、周囲をうかがう。
そのとき、顔の前をはらりとかすめるものがあって、
思わず、ひゃおうと大きな声がでてしまった。
かさ、と音をたてて地面に落ちたそれを見ると、一万円札。
それが降ってきた方向を見上げて、再度たまげた。
俺の頭上にひろがった樹の枝には、
一万円札がわっさわっさと茂っている。
そして、風がふくたびに、
万札がはらりはらりと冬の陽光に照らされながら散り、
降り積もるのだった。

ガコ、と音がして、頭上をケーブルカーが通り過ぎた。
ケーブルカーは樹高よりは相当高いところを通っており、
地面の万札に気づく乗客はいなさそうだ。
が、あまり同じところにとどまっていれば怪しまれる可能性もでてくる。
俺は慌てて足元の一万円札をかき集め、
ウィンドブレーカーのポケットに詰め込めるだけ詰め込むと、
残りの山道を急ぎ下った。

アパートに戻り、持ち帰った一万円札の一枚を手にとり、
ためつすがめつ眺める。
本物の万札と比べても、寸分違うところはない。
ご丁寧にすかしまで入っている。
しかし…これは、実際に使える金なのかどうか。
実地で確かめるよりない。
ポケットに天然の万札を1枚入れて、街に出た。

コンビニで使うと店員の目にとまるので、
駅の自動券売機にそれを入れてみる。
一番安い切符のボタンを押すと、切符とつり銭がでてきた。
いきなり券売機がピービ―鳴りだし、駆け付けた係員にとっつかまる…
ということもなく、9,870円の現金がおれの手元に残った。
ほっとする、と同時に、しみじみと嬉しさがこみあげてきた。
その金で回転ずしに行き、つい大トロばかり12皿も食ってしまい、
気分が悪くなった。
アパートの帰ったおれは、拾った一万円札を、中国のまじないよろしく、
上下逆さまにして壁にセロハンテープで貼り付けた。金運招来。

持前の用心深い性格が幸いしてか、金は意外に長くもった。
車も乗らないし、ブランドものにも興味がないので、
一息に使う理由がない。
毎日、スーパーで刺身を買って食うようになったくらいだ。
また、使えない事情もあった。
足がつくのを避けるために、使う場所をあちこち変えたのだ。
あちらの駅の券売機で一枚、
そのあとで電車に一時間乗ってパチンコ屋に入り、
一枚を玉に替え、そのまま景品所で現金に再び戻す、というように。
これはなかなか厄介で、そうか、マネーロンダリングというのは、
こういうところにニーズがあるのだなあ、と妙な納得をする。

しかし、あの樹はいったいなんなのか。
突然変異でそんな新種が誕生したのか。
いや、それはいくらなんでも…バイオテクノロジーというやつか。
そうなると、誰かが、目立たないようにあの樹を育てたということなのか。
…答えはでない。面倒くさくなってやめた。

このペースなら当分金はもちそうだったが、ふと不安になった。
季節が春になって、周囲が新緑になったころになると、
あの樹はどうなるだろう。
一本だけ茶色い万札がわっさわっさと茂っていれば、否応なく目立つ。
そうなれば…
俺は、急なあせりをおぼえ、次の日、夜もまだ明けきらぬうち、
リュックを背負ってX山の登山口に向かった。
今日は逆ルートで登り始める。
小雨がぱらついており、ほかのハイキング客も見当たらない。
30分ばかり、ひたすら進む。
確かこのあたり…というところにさしかかって、ぎょっとした。
相当に広い面積…テニスコート一枚分ほどの広さで、
周囲の赤茶けた土がむき出しになっている。
巨大なショベルでこそげとられたかのように樹木の根すら残されておらず、
無残な有様だ。
もちろん、あの「金のなる樹」は跡形もない。
何者かが、土木工事をおこなったのだ。
土の表面はまだ湿っていて、
「伐採」からそう時間はたっていないように見えた。
…それにしても、これだけの規模の伐採と土砂の運搬をしようと思えば、
相当な重機が必要なはずで、
そんなものをどうやってこのせまい登山道しかない山に運び上げたのか。
だれが?
おれは、恐ろしくなってそのまま後ろも振り返らず山道を駆け下りた。
帰りのスーパーで、ハマチの刺身を買った。

同じようなペースの数か月が過ぎ、五月の連休も過ぎた時分。
手元の一万円札は確実に数を減らしていき、残るは最後の一枚となった。
壁に貼った一枚だ。
そうか、これで最後か。この一枚がなくなったら、
もう毎日刺身を食うのは無理なのか。
はたしておれは、一度知った刺身の味を忘れられるだろうか。
などと思いながら重苦しい気分で逆さまの一万円札を見つめていたその時。
きゅー、という聞き慣れない音がして
万札の端っこがまぶしい光を発したかと思うと、
どかんと音がして、煙があがった。
一万円札があった場所からしゅうしゅうと音をたてて炎があがる。
わ。
わ。
わ。
おれは仰天して、コップの水をかける。ぼふ、と音がして、
猛烈な湯気が立ち上る。
だが、しゅうしゅうという炎は一向に収まる気配がない。
鍋に水をくみ、1杯、2杯、3杯、と壁にぶちまけ、ようやく収まった。
焦げ臭い煙でいっぱいになった部屋の中で、おれはがたがた震えていた。
確かに見た。
万札が、火を噴いた。
これが、おれのポケットの中にあったら…?火傷くらいではすまなかったろう。

幸いに火災報知器は発動せず大ごとにはならなかったが、
隣家の住人には怒鳴り込まれた。
壁に貼った一万円札が爆発したんです、とはいえず、しどろもどろに答える。
いやな動悸がおさまらないまま布団に潜り込む。
寝床で、もしや、とおれは考えた。
これは、現金の形をした兵器なのかもしれない。
あんな目につきやすいところに樹が植わっていたのは、
やはり意図があったのではないか。
わざと、人間に、拾わせる、という意思が。
まずは、人間に、金を拾わせ、気分よく使わせる。
万札は、人から人へ、どこまでも渡っていく。
細分化され、人間社会の網の目の中へ、とめどなく浸透していく。
そして、十分に、時間をおいたある日、
いたるところで突然火を噴き上げる…。
遺伝子操作か何かで、誰かが、そんな兵器をつくったんだろうか。
そして、人知れない山で、栽培した。
だが、何かの事情で証拠隠滅をする必要がでてきた。
それで、山肌をごっそりと削り…
そんなことが地球の科学でできるんだろうか?だとしたら…?
いや、原因はもうどうしたってわからない。問題は、
これから起こることだ。
おれは、金のつもりで時限爆弾をばらまいたのかもしれない。
冷や汗が首筋を流れ、がば、と寝床から飛び出す。
テレビをつける。
通販番組が、ヒザ関節によいサメの軟骨を大盤振る舞いしている。
画面の上に、不審な出火や爆発事故を伝えるニュース速報が
現れるのを待ちながら、おれは動くことができない。

えらいことになった。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)

 

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