直川隆久 2017年5月21日

1705naokawa
田 崎

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉


土曜日の昼。
客のいないうどん屋の「丸八」に、2人の男が入ってくる。
どちらも年格好は50前後に見える。
片方の男は、トレーナーにデニム。
片方は、グレイのスーツ。
2人はカウンターに座る。
「なんか食うか」とスーツの男がトレーナーの男に声をかける。
トレーナーは、答えず、メニューの書かれたシートを
表、裏、表、裏とただ眺める。
「冷やし肉うどん」とスーツの男が、店主にいう。
「すいません。冷やしは夏だけなんですわ」と店主がこたえる。
「ふうん」とスーツは手元のメニューを眺め「ほな、冷やしてんぷら」
「そやから、冷やしは夏だけなんですわ」
店主が、さっきよりやや大きな声で答える。
「おい。冷やしは夏だけらしいぞ」とスーツがトレーナーに言う。
「メニューには書いてあるのに」
「ほな、なにが食えんねん」とトレーナーが店主のほうに目をむけて、
口を開いた。
「おい」
「冷やし、」店主がこたえる。「以外、でしたら」
「田崎はいつも、なに頼むねん」
「はい?」
「田崎はよう来るねやろ」
「おたくさんら、田崎さんのお知り合いでっか」
スーツの男はそれには答えず、言葉を繰り返す。
「田崎はよう来るねやろ」
「そうですな」
「どれくらい来よんねん。毎日か」
「…いや、そこまででも」
「来たら、なに頼む」
「まあ…」店主はちらとガラスの引き戸越しに店の外を見て言う。
「きつねが多いですな」
「ほな、きつねや」とスーツが言い、トレーナーの男に声をかける。
「おまえもそれでええか」
トレーナーはうなずく。
「きつね」とスーツが言う。
「へえ。きつねお2つで」
「いや。20や」
「はい?」
「きつね、20人前」
「…なんぞご冗談ですか」
「冗談やないがな。きつねうどんを20杯つくってくれ、と言うとんねや」
「ぜんぶ、食べなはるんで」
「そや」
店主がスーツを見る。スーツが正面から見返す。
数秒の間のあと、店主はなにもいわずうどんの準備を始める。
スーツは、スマホを取り出して、ゲームをし始める。
トレーナーはズボンのポケットをまさぐり、
めのう柄の丸いボタンを一つ取り出すと、それを口の中に入れた。
かろ、かろ。
と、口の中でボタンを転がす音がうどん屋に響く。
スーツは、ちらとそちらを見るだけでまたスマホの画面に視線を落とす。
「おっさん、この店は長いんかいな」とトレーナーが、口をひらく。
「はい?」
「何年やっとんねん。この店は」
 店主は、うどん玉を茹でる釜から視線を上げずに答える。「32年ですわ」
「20人前もいっぺんに注文がでたことあるか?この店は」
「なんですか」
「20人前もいっぺんに注文がでたことなんて、32年で初めてやろ」
トレーナーが、店内を見渡し、にやりと口元をゆがめる。
店主は、なにも答えず、湯の中のうどんを箸で泳がせる。
かろ、かろ。
とトレーナーが口の中でボタンを転がす。
「田崎は、何時ころ来んねん」スーツが尋ねる。
「なんです」
「田崎や。毎日ここに来よるんやろ」
店主は釜から箸を上げて、答える。「まあ、いつもは1時頃ですな」
「いまが12時42分」スーツが腕時計を見ながら言う。
「ほな、あと18分か」
「ただの目安ですがな」店主が言う。
「それに、いつも来るからいうて、今日も来るとは限りまへんがな」
「ほう」スーツが、驚いたという顔をする。
「おい、聞いたか。ここのおっさんは、なかなか論理的やで」
トレーナーははうなずき、スーツが続ける。
「きっと大学出やな。学がある」
「論理的やな」トレーナーがつぶやく。
「むかつくくらい論理的や」
「…堪忍しとくんなはれ」
湯気にまかれながらつぶやく店主の額に汗が光る。
「出してもよろしいんですか」と店主が訊く。
「なに?」スーツが訊き返す。
「うどんでっけど」
「ああ、だしてくれ。だしてくれ。ここに並べてくれ」
カウンターの上に、まず5つ、きつねうどんの丼がならんだ。
つづいてもう5つ。
10個ならべたところで、店主はじっと立ちつくす。
「おい」とスーツの男が声を出す。「だいぶ足らんで」
「いっぺんには出来へんのだす」と店主が答える。「釜の大きさが、
10が限界なんですわ」
「やっぱりな」トレーナーの男が、にやにやと笑って言う。
「20人も客が来たことないねや」かろ。かろ。「しょぼい店やからな」
口の中で弄んでいたボタンを、ぷ、とトレーナーが吐き出す。
ボタンは、空中でくるくると回り、
一杯のきつねうどんの中にぽしゃりと落ちる。
「あと、10や」スーツが店主の目を見ながら言う。
「つくってる間に田崎も来よるやろ」
「おたくさんら…田崎はんに何の用事ですねん」
「用事?」スーツが答える。「一緒にうどん食おう思てるだけや」
「面倒は困りまんねん」店主の声が少し震える。
「揉め事は他所でしとくはなれ」
「面倒なんか起こさんがな」
トレーナーが、ズボンのポケットから、今度は黒いボタンを取り出し、
また口に含んだ。
「きつねうどん、仲良う食べるだけや」
「あいすまんけど、帰っとくなはれ」店主が声を上げる。
「お代はよろしいでっさかい」
店主は背をむける。
「きつね、あと、10」
スーツの声に、店主は答えない。
数十秒が過ぎる。
スーツの男が右手をカウンターの上にのせ、横に払う。
丼の一つがカウンターから滑り落ち、派手な音を立てて床の上で砕け散る。
店主の肩がびくりと動き、カウンターの方を振り向く。
「きつね、あと」スーツが店主の方へ乗り出して言う。「11」
店主はなにも言わず、うどんの玉を冷蔵庫から取り出す。
床に飛び散ったうどんからあがる湯気が、すっかり小さくなる。
トレーナーの男が、ぷ、と再びボタンを吐き出す。
そのボタンが、さっきとは別のうどんの丼に落ちる。
しぶきが、カウンターを濡らす。

柱にぶらさがった時計が、もうすこしで1時を指す。


出演者情報:遠藤守哉(フリー)


 

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直川隆久 2017年4月16日

naokawa1704
お義母さんといっしょ

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉

いやあ、すみません。お義母さん。
わざわざ出向いていただいて、
こんな、ご飯まで、つくっていただいちゃって。
もう、ほんと、申し訳ないです。

やっぱりお義母さんの手料理は…すごい。立派ですよね。
菜の花の…これは、辛子和えですか。あ、いいなあ。
これは…筍の、煮物ですね。
うわー、木の芽、うれしいなあ!
春!

あの…
すみません。

志穂がご厄介になってもう…3週間ですもんね。
え?「実家で、ご厄介ってのはヘン」
そりゃそうだ、そりゃそうです!
あははは。

え?
志穂から?
伝言…?
ええ。
なんでしょう。
いやあ。ちょっと想像つ…きませんけど。
志穂は、なんて。

あ、わかりました。
ご飯の後、ですね。

あ。はい!え、お義母さんは…

あ、そうですか…
じゃ…いただきまーす。
じゃ、あ、この菜の花から…
(食べる)
ぐふ。
げほっ。
げほげほっ。

こ…この菜の花の辛子和え…すごく、辛子が…
げほーっ、ごほごほ。

あ、そうですね、僕には結構…
うあ、は、は、はあっくしょーん。

え?
ええと、(鼻をかむ)あは、「どういうお考えなの」っとおっしゃいますと…

あ、今回の件ですよね。
そりゃ、そうですよね。

あのお…お義母さん、今回のことはですね。
ま、あの、確かに、僕に責任のあることではあるんですが…

いや、あの、僕に責任があります。
僕に責任があります。
その上で、その上でですよ。

ま、正直、志穂の態度もですね、どうかっていうところも…

はい。
はい。「女」って、ま、そういう…
はい。
そうです。
はい。
もちろんです。
……。

あ、はい。筍…
いただきます。
へ〜、ご親戚から、掘りたてを?
す…ごいなあ。
さすが、違いますね。はは。

う。
これは…
なんというか、舌が…
舌の中できゅわ〜っとこう…
なんでしょう?これ…
え?

アク抜くのを忘れた?

あ、アクをぬくんですね、筍って…

あ、菜の花。
ええ。
いただきます。
あの、もうちょっと後…

わかりました…今。

げほーっ。
げへっ、げへっ。
あー…

あの、お義母さん…
これは、あれですよね、いやがらせですよね?
ね(笑)いやがらせですよね。

はは。
ははは。
…親子だなあ。

いや、親子だなあって、思って。
志穂とお義母さんは、ほんと、親子だなあと。

うん。
いや、言葉どおりの意味です。
いやな親のもとでは、いやな娘が育つんだなあって。

あは。
あははは。
あははは。

あ〜。
言っちゃった。
言っちゃいました。
すみません。

いや、そんな、他意はないんです。
って、ないわけないか!あはははは!
はははは!

あー…

さあ、食べますか。
あ、お義母さんは召し上がらないんでしたね。
じゃ、いただきますね。
僕だけ。すみません。

げほーっ。
ごっほごっほごっほ。
うーん、まずい。
くっくくく。

いや、いただきます。
お義母さんのまずい手料理。
残しちゃ、もったいないですもんね。

うふふふふ。


出演者情報:遠藤守哉(フリー)


 

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直川隆久 2017年3月19日

1703naokawa
かげろう 

          ストーリー 直川隆久
            出演 遠藤守哉


なぜ、家があるんだ。

俺は動転していた。
俺の実家。
三ヶ月前、取り壊した。
もうもうと埃が舞う中、建物がばりばりと崩されるのを見た。
だが、いま、俺の目の前に、その家が、建っている。

もう二度と来るまいと思っていたこの場所に来たのは、
売却を頼んだ不動産仲介業者から、
隣家との境界にあるブロック塀の処置を相談したいという連絡が
あったからだった。一応現地を見て判断いただきたい、
と業者は固執し、渋る俺をゆるさなかった。
そして週末、重い腰をあげ、車に乗り込み、実家に・・
実家のあった土地に、向かったのだ。
こんな光景を目のあたりにするなどとは微塵も思わず。

じりじりと陽が照り、空には雲ひとつない。
住宅地は静まりかえっている。
俺は、おもいつく。
そうか、きっと俺は車でここへくる途中、事故にあったのだ。
その昏睡状態で見ている夢なのだ。
事故の瞬間を覚えていないのは・・記憶の混乱だろう。
厄介なことになった。
目覚めたとき、後遺症が残った状態になるのだろうか?
絶望的な気分になるが、
今この瞬間の肉体があまりに実感を伴っていて、
負傷した自分のイメージがわかない。
・・それにしても。
俺の家。
このリアリティはどうだ。
とても夢とは思えない。
やはり、取り壊した記憶のほうが、間違いではないのか?
門に手をかけ、開く。
聞きなれた・・何千回も聞いた、あのきしみが聞こえた。
4歩歩き、ドアの前に立つ。
ドアノブに手をかける。
鍵はかかっていない。
開けると・・中の、いくぶんひんやりとした空気が流れ出した。
暗い室内に澱んだ食べ物と埃のにおい。
靴を脱ぎ、中に進む。
廊下の右側が洗面所と風呂。左側が、俺の部屋にしていた六畳間だ。
扉を開ける。
三ヶ月前、処分したはずの荷物がすべて元どおりにあった。
小学生時代から使っていた学習机。
ビデオテープやカセットテープが入った段ボール。
退色した、スターウォーズのポスター。

背後でがたり、と音がした。
みぞおちのあたりが跳ね上がった。
振り返る。
そこに、大男が立っていた。
ものすごい筋骨隆々ぶり。革ジャンと、肩パッド。
髪はきわめて不自然な形・・・
なにか子供が描く炎のような形にカットされている。
ひ。と声があがる。
「ひさしぶりだ」
と大男が口をひらいた。声優のような、太くてよく響く声だ。 
「コウだよ」と大男は、自分の胸を親指で指した。
「おぼえてないのかい」
・・・そうだ。思い出した。
目の前にいるのは・・無敵の「アンドロメダ真拳」を操る戦士、
「アンドロメダのコウ」なのだ。

父と浮気相手を乗せた観光バスが箱根の谷底に落ちたのは、
俺が小学3年生の頃だった。
遺体確認の際、母はハンドバックで何度も父の顔を打ち付けて、
係員に制止された。
結婚以来、ひたすらつくしてきたのに。恩知らず。けだもの。
葬式なんぞしてやるものか。母は半狂乱になってそう繰り返した。
精神に失調をきたした母が療養施設に入ることになったため、
祖母が俺の家で世話をしてくれることになった。
母のいない家で、おれは「北斗の拳」を繰り返し、読んでいた。
当時連載されていたその漫画にノックアウトされた小学生は、
全国で何十万人いただろうか。
主人公の圧倒的強さ。必殺技の斬新さ。
単行本の最後のページまで読んでは1ページ目に戻る。
それを幾度繰り返したかしれない。
子どもの不安定な精神が、
強いキャラクターに自己投影することでバランスを保とうとした・・・
ということになるのだろう。
俺はその頃、「北斗の拳」を酸素のように必要としていた。
そして、その猿まねのような漫画をノートに描きはじめたのだった。 
核戦争後の、荒廃した地球。
弱肉強食だけが唯一のルールとなったその世界をサバイブする主人公!
宇宙のエネルギーを拳に集中することで相手を爆裂する
「アンドロメダ真拳」がその武器だ。
皮ジャンと肩パッドに身を包み、髪型は、炎のように逆立っている。
主人公の名前「コウ」は俺の名前、孝太郎からとった。

「どうしてだい」
コウが、一歩こちらへ近づいた。
ぎしりと床が鳴る。
「え」
「どうしておれのことをかいたノート、
いえをこわすときにひきあげなかったんだい」
そうだ。
「自由帳」という白の無地のノートに、
鉛筆で「アンドロメダのコウ」を描いていたのだ。
「・・忘れてたんだよ・・昔のことだから」
「うそだ」
コウが、どんと壁をたたいた。合板に黒い穴が、あいた。
「いえをこわすまえ、にもつをかたづけにきたろう。
そのとき、おまえはノートをみつけたじゃないか。
でも、それをおしいれのなかに、もどしたろう」
「それは」
「なんでそんなことをした」
「忘れたかった・・んだと思う。もう、あの頃のことは」
コウが、怪訝な顔をしてこちらを見る。
「思い出したくないんだ」
と俺は続ける。
どん、とまた大きな音がした。
「かってなことをいうな」
俺は、びくりと体を縮こまらせた。
「おれとおまえはいっしんどうたいだったじゃないか。
なぜおれだけがすてられるんだ」

学校から帰ると、ひとりで部屋にこもり、漫画を描く日々。
小学校の同級生達が、
それぞれの親から俺の家庭のことについて噂を聞いたのだろう、
「子どもらしい」残虐な言葉を投げつけてくるようになった。
俺は、ただ無言でやり過ごし、
家に帰ってからそいつらの名前をつけたキャラクターを、
コウにぶち殺してもらう。それが習慣となった。
だがその習慣は、祖母がノートを発見したことで断たれた。
こんなもの二度と描くんじゃない。
祖母の目に激しい嫌悪の色を見た俺は、
それきり漫画を描くこともなくなった。
祖母の心までが俺から離れることは耐え難かったのだ。

「許してくれ、コウ」
俺の言葉を無視し、コウは、ポーズをとった。
両腕を高くかかげ、大きな円を描くように動かす。
「わかるだろう?」とコウはつぶやいた。
これは・・そうか。アンドロメダ真拳の「究極超新星突き」のポーズだ。
これを見舞われた相手は、ひとたまりもなく木っ端微塵になり、
宇宙の塵になることが運命づけられている。
「そうだ、おまえがかんがえたひっさつわざなんだ。
おまえがかんがえた」
コウの拳が前につきでた。ごお、という空気を切る音がする。
俺の胸が真正面から、それを受け止めた。

あばらが軋み、肺の空気が押し出され、ひゅ、と乾いた音をたてた。
よろめき、目尻には涙が滲んだ。
だが、俺のからだは、爆発しなかった。
それは、せいぜい・・・少し体力のある子どものパンチ、程度だった。
コウは、うつろな顔をしてその拳をみつめていた。
見かけだけの屈強な拳。拙い想像力が生んだ、所詮は粗悪なイミテーション。
「許してくれ」と俺はもう一度いった。
おれは、もう、前だけ見ていたい。
自分の家も、家族ももったのだ。
こんなところで、引きずり戻されるわけにはいかないんだ。
コウは、目を見開いて俺を見た。
そしてその顔がぐしゃりと歪んだかと思うと、
「うえええん」
子どものように泣き始めた。
「うええええええん」
コウは崩れ落ち、頭をかかえ、泣き続ける。
俺は、コウにどんな言葉もかけることができない。

「すみません」
という背後からの声がきこえ、俺は振り返る。
するとそこは、更地だった。俺の家があった土地。
平にならされた、ただの四角い地面がそこにあった。
「お待たせしましたか」不動産仲介業者だった。
「ああ、いえ」と俺は答える。「さっき来たばかりです」

目の前の地面の上に、一瞬かげろうがたったような気がした。



出演者情報:遠藤守哉(フリー)


 

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遠藤守哉は鶏鍋が好きだ(2017年3月の収録記3)

moriya
飽きたでしょ? って言っても
「鶏鍋おいしいですねえ」 としか言わない遠藤守哉。
「おいしいですねえ」 の意味は、
「もっと食べたいです」 だと思うけど、
本当に飽きないのかしら??
11月くらいから毎月のように鶏鍋を食べている気がする。

Tokyo Copywriters’ Street冬の収録の打ち上げは
鶏鍋が定着しそうな感じだ。
今回はせめて野菜に変化を持たせようと思って
レタスやセロリを用意してみたら、これがうまかった。
そうか、やっぱり鶏鍋はうまいのか…

そうそう、鶏鍋のことを書いていたら
うかうかと忘れるところだったけど、
今回の遠藤守哉が読んだのは、おなじみ直川隆久さんの「かげろう
http://www.01-radio.com/tcs/archives/29118

これがまた「これでもかっ!!」というくらい長くて
おそろしく体力を使いそうな原稿だったけど、
守哉はカラダを鍛えているので疲れた様子もなかったのがすごいし、
あの量を書いた直川さんもすごいなあ (なかやま)


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川野康之 2017年2月19日

kawano1702
ピスタチオ男

   ストーリー 川野康之
      出演 遠藤守哉

ピスタチオ男のことを聞いたことがありますか。
ピスタチオ男は、いつもポケットにピスタチオを入れていて、
ぽりぽりと齧っている。
彼の名前は誰も知らない。どこに住んでいるのか、
どんな職業をしているのか、誰も知らない。
彼はとつぜんふらりと現れる。

ある時、ピスタチオ男はLAの郊外にあるゴルフ場のクラブハウスに現れた。
その日プレーを終えたデレク・ブラックモア氏は、
バーのカウンターに寄りかかって虚ろな表情をしていた。
「もう二度とゴルフはやらない」
という誓いを彼はさっき18番ホールの池のそばで
生涯三度目に立てたところだった。
友人たちは彼をそっとしておいてやることにして、
先に帰ってしまった。
バーテンダーもクラブの支配人もみんな声がかけづらい様子だった。
そのカウンターにつかつかと歩み寄る男がいた。
男はためらうことなくブラックモア氏の隣に座ると、ビールを注文した。
つまみは頼まない。
なぜなら彼のポケットの中にはピスタチオがたくさん詰まっていたからである。
「ゴルフがうまくなりたいかね」
男は単刀直入に声をかけた。
傷ついた心というのはそっと触られると返って痛みが増すものである。
ぐさりとナイフを入れられたときは、不思議なことに痛みを感じない。
ブラックモア氏が声を出せないでいると、
男は、ポケットからピスタチオを握りこぶしいっぱい取り出して、
目の前のカウンターにざっとぶちまけた。
「練習場に行ったらボールの代わりにこれを打つといい。
 初めのうちはまったく飛ばないだろうが、
 うまく当たるとこんな小さな豆が100ヤードも飛ぶ。
 ほんとうだよ。ボールペンがあるかね」
バーテンダーがくれたボールペンを持って、
ピスタチオ男はブラックモア氏の右手に小さな点をマークした。
「この手がクラブヘッドだとすると、この小さな点がエンジェルスポットだ。
 どんなクラブにもじつはエンジェルスポットと呼ばれる
 特別な一点があるんだよ。ボールペンの先っぽぐらいの小さな点だけど。
 正確にここに当てることができると、
 小さなピスタチオが100ヤード先まで飛んでいく。
 まるで羽根が生えたように。まるで命を与えられたみたいに。
 1ミリでも外れると1ヤードも飛ばない。粉々に割れてしまうこともある」
ピスタチオ男は話を続けた。
「エンジェルスポットで打つことさえできたら
 ゴルフボールのコントロールなんて自由自在さ。
 そしてエンジェルスポットで打てるようになるために一番いい方法が
 ピスタチオを打つことなんだよ」
ここまで一気に言ってしまうと、ピスタチオ男はおいしそうにビールを飲んだ。
ブラックモア氏はあっけにとられて黙っていたが、
虚ろな目が鋭くまたたいて、
その奥でさまざまな考えが巡り始めたのがわかった。
「どこにあるんだね?その、私のクラブのエンジェルスポットの位置だが・・・」
「打ちながら探るしかない。それもゴルフボールじゃだめだ。
 もっと小さくてもっと軽いものを」
男は自分のビール代をカウンターに置いて立ち上がった。
「1年間、ピスタチオだけを打つこと。絶対にボールを打ってはならない。
 それができるかね」
そう言ってピスタチオ男は去った。
あとに残されたブラックモア氏は、じっと自分の右手を見つめていた。

支配人の話。
「うちのクラブハウスのバーには近所の住人も飲みに来るんですが、
 あの男を見たのは初めてでした。 
 ベーカーズフィールドあたりのピスタチオ農家から来たのかもしれません。
 あの時はそのうちピスタチオを1年分売りつけようとするのではないかと
 ハラハラして見ていたのですが、そんなことはありませんでした」

バーテンダーの話。
「ブラックモアさんは気の毒でした。
 お友達たちに話したところ、
 おまえはピスタチオ男にからかわれたんだよとさんざん笑われてしまい、
 腹を立ててほんとにゴルフをやめてしまったそうです。
 あんなにゴルフが好きだったのに。
 ピスタチオ男を見つけたら私がぶん殴ってやりたいですよ」


ピスタチオ男については次のような目撃話も報告されている。

アナハイムのエンジェルスタジアムでのこと。
試合前にエンジェルスが練習しているのを
スタンドからじっと見ている男がいた。
男はポケットのピスタチオをひっきりなしに食べていた。
グランドでは強打者マイク・トラウトが打撃練習をしていたが、
その日は調子が乗らず、球が思うように飛ばないようだった。
ピスタチオ男がベンチのそばに降りてきて声をかけた。
トラウトは練習を中断し、2人はフェンスをはさんで
しばらく言葉を交わしていた。
やがて打席に戻って練習を再開すると、
トラウトのバットがそれまでにない快音を立てはじめた。
打球はまるで羽根がはえたように優雅な放物線を描いて
外野席に飛びこんで行った。

またある時はベーカーズフィールドの牧草地でのこと。
1台の軽飛行機が不時着した。飛行中に機体の不調を感じたパイロットが、
念のために緊急着陸したのである。
エンジン、プロペラ、翼と点検したが、原因は分からないようだった。
そこへ一人の男が近づいてきた。
男はピスタチオを食べながらパイロットに話しかけ、
そのまま二人はのんびりと世間話を始めた。
しばらくして修理を終えたパイロットが飛行機に乗り込み、
エンジンをかけた。
飛行機は軽快な音を立てて、元気よく青空に飛び立って行った。
ピスタチオ男がそれを見守っていた。
プロペラが巻き起こした風で、
男の手からピスタチオの殻が舞っていたという。

ところで、その後ブラックモア氏がどうなったのか、
気になる人も多いのではないだろうか。
最近聞いたところによると、
ブラックモア氏はかのゴルフ場に再び姿を現したらしい。
実に一年ぶりだということだ。
プレーの終わりに、18番ホールの池にクラブセットをすべて投げ込んで、
「ゴルフはもう二度とやらない」と生涯四度目に宣言したという。


出演者情報:遠藤守哉(フリー)


 

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サインをする遠藤守哉(2017年2月の収録記1)

moriya_2
2017年2月掲載分の収録は1月28日でした。
上の写真はサインをする遠藤守哉です。
何のサインかと言いますと、
韓国から来た留学生イジファンくん(遠藤守哉のファン)がですね、
徴兵のために2年ほど韓国に帰ることになったからなのです。
軍隊ではネットを見るのもままならないのだろうと思って
CDを焼いてあげようかなと、
そしてそのCDに守哉のサインがあると喜んでくれるかなと
思ったわけなのです。

このサイン入りCDにこれから守哉の声を入れるわけなんですが、
失敗しなければいいなあ。
まあ失敗してもサインを書き直してもらえばいいんだけど、
守哉は気のいいやつなので怒ったりはしないけど
書き直してもらうにあたっては
ご飯くらいご馳走しないといけないし
うん、頑張って失敗しないようにしよう。
それにしても、軍隊でCDは聴けるのかなあ。
休暇のときなら聴けるかなあ。
でも休暇ならパソコンも使えるからCDはいらないんじゃないか??
どうも軍隊というものがよくわからない。
ともかく元気で帰ってきてね、イジファンくん (なかやま)

moriya


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