藤本組・藤本宗将

福宿桃香 20年1月18日放送

Rahul Narain
占いのはなし おみくじ

1月といえば初詣。初詣といえばおみくじ。
この年明けに、今年の運試しをした人も
多いのではないだろうか。

おみくじの原型が誕生したのは1100年ほど前。
「元三大師百籤」と呼ばれるそれは
100本の棒の中から1本を引き、
同じ番号の漢詩で吉凶を占うというもので、
現在も多くの寺院でこの方法が受け継がれている。

和歌山の熊野那智大社もその一つだが、
特筆すべきはその大きさ。
なんとおみくじ筒が133cmもあり、
参拝客は体全体を振ったり、ジャンプをして棒を取り出す。
ビッグなおみくじの大吉は、特別いいことがありそうだ。


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福宿桃香 20年1月18日放送


占いのはなし タロット占い

78枚のカードで運勢を占うタロット占い。
占いの中でも格式高いイメージがあるが、
元々はギャンブル用のカードゲームとして
誕生したものだった。

最古のものは
15世紀半ばにイタリアで制作されたカードデッキ。
当初は貴族のために画家が1枚1枚手書きしていたが
木版画の量産品が出回るようになると、
ヨーロッパ全土へ広がっていった。

人々がタロットの絵柄に意味を持たせ、
未来を知る手がかりとして扱い始めたのは1780年代―
そう、フランス革命の真っ只中だ。
占いはいつだって、不安と表裏一体なのだ。


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福宿桃香 20年1月18日放送


占いのはなし 星座占い

もっとも身近な占いのひとつ、星座占い。
そのルーツは紀元前2000年から続く占星術にある。

古代バビロニアでは、
星が神様からのメッセージだと信じられていた。
人々は惑星の配置や動きとともに
その時々の自然現象を粘土板に記録。
それを繰り返すことで、
天体は、決まった出来事の予兆として
占いへと取り入れられていったのである。

紀元前3世紀ごろの粘土板には、次のような記録がある。
「木星が現れる時はお金持ちになり、長生きできる」

驚くことに、現在でも占星術の世界で
木星は成功を司る星とされている。
2020年の一年間は、山羊座のそばに木星がいるそうだ。


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福宿桃香 20年1月18日放送


占いのはなし 手相占い

古代インド発祥の手相占い。
その歴史は古く、日本には、
平安時代に中国を介して仏教とともに伝わった。
現在でも手相を信じる人は多く
手相を変える整形手術が存在するほどだが、
実は今から500年ほど前にも、手相を自ら変えた人物がいた。

その人物とは、天下統一を掴みとった男―
そう、豊臣秀吉である。
彼が変えたのは、手のひらの中心に縦に伸びる運命線。
秀吉の運命線は、
なんと中指の第一関節近くまでまっすぐに伸びていた。
手相学を信じていた彼は、
あるとき運命線を刀で彫って伸ばしたのだ。
文字通り、運命を自ら切り開いたわけである。

ちなみに秀吉の手相は、
静岡の久能山東照宮で見ることができる。
様々な勝負が待ち受ける2020年、
唯一無二のその手相に、パワーをもらうのも悪くない。


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福宿桃香 20年1月18日放送

cincity
占いのはなし 血液型占い

血液型占いは日本にしか存在しない。

それもそのはず、日本人は
A型が4割、B型が2割、O型が3割、AB型が1割と
うまい具合にばらけているが、
たとえばグァテマラでは国民の95%がO型で、
そもそも占い自体が成り立たないのだ。

血液型占いの元となったのは、
1927年に古川竹二教授が発表した論文「血液型による気質の研究」。
科学的根拠は全くなかったにも関わらず、一気に人気に火がついた。

そしてその人気は、終わるのも突然だった。
2004年、放送倫理・番組向上機構が
「血液型で性格が規定されるという見方を助長してはいけない」と発表し、
血液型占いはテレビから姿を消したのである。


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仲澤南 19年12月14日放送

T DMY
タワーのはなし さっぽろテレビ塔

タワーや塔といえば、
テレビなどの電波塔として建てられるものが多い。
北海道の、さっぽろテレビ塔もそのひとつだ。

しかしこのさっぽろテレビ塔。
完成から62年経つが、
テレビの電波塔として働いていたのは
たったの8年ほどだという。

さっぽろテレビ塔の建設後、
札幌市の西にある手稲山(ていねやま)の山頂に
新しく送信所が作られた。
より広いエリアへの送信が可能となったため、
テレビの送信がそちらに移ってしまったのだ。

それから、50年あまり。
さっぽろテレビ塔は地元のシンボルへと、
その役割を変えている。


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仲澤南 19年12月14日放送

nimame
タワーのはなし 名古屋テレビ塔

愛知県にある、名古屋テレビ塔。
1954年に完成した、日本初の電波塔だ。
しかし現在は、リニューアル工事のため休業している。
なんと、「泊まれる塔」になるというのだ。

「未来のタワー」をテーマに行われている、
名古屋テレビ塔のリニューアル。
VRでコンサートを体験できる場所や、
スポーツのパブリックビューイングのほか、
塔の4、5階部分には高級ホテルができるという。

オープンは、2020年の7月。
日本初の電波塔は、日本初の泊まれる塔として、
どんな変身を遂げるのだろうか。



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仲澤南 19年12月14日放送

muratama
タワーのはなし 通天閣

大阪の繁華街・新世界にそびえる、通天閣。
現在見られる通天閣は、実は2代目だ。

初代通天閣は火災に遭ったのち、戦時中に解体された。
地元・新世界の有志たちが再建に乗り出したのは、
およそ10年後のことだった。

建設にあたり、一番の課題だったのは資金繰りだ。
建設の費用を賄うため、
広告スポンサーを探すことになる。
そこに手を挙げたのが、日立だった。
事情を知った当時の日立製作所は、
年間の広告料をなんと10年分まとめて先払いしたのだ。

こうして2代目通天閣は、1956年に完成。
その建設を救った日立のネオンサインは、
今も煌々と大阪の街を照らしている。



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仲澤南 19年12月14日放送

cyawan
タワーのはなし 東京タワー

日本のシンボルのひとつ、東京タワー。
333mのそのタワーは、
完成した当時、世界一の高さを誇っていた。

高さもさることながら、
絶賛されたのはその美しさだ。
設計を担当したのは、内藤多仲(ないとう・たちゅう)。
しかし内藤は、東京タワーの設計にあたって
美しくするための作為は加えなかったという。
代わりに何よりも重視したのは、その安全性だった。
地震も台風も多いこの日本に、
高いタワーを建てるのは並大抵のことではなかったのだ。

安定を得られるよう、上から見ると正方形に。
末広がりにすることで、風や地震に耐えられるように。
無駄なく安全を期した設計を完成させるまでに、
内藤は1万枚もの設計図を書いたという。

今日も東京にそびえるあの美しさは、
安全を極めるための緻密な計算が生み出したのだ。



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仲澤南 19年12月14日放送

Ankh32
タワーのはなし 東京スカイツリー

世界一高いタワー、東京スカイツリー。
634mものタワーには、
地震に備えるためのしくみが不可欠だった。
ヒントとなったのは、
法隆寺などに見られる五重塔だ。

五重塔の中央には心柱(しんばしら)と呼ばれる、
塔とは直接つながらない柱が立っている。
地震が起こったとき、
その柱が塔の本体とずれて揺れることで
お互いの揺れを打ち消しあうのだ。

この心柱の考え方をもとに、
東京スカイツリーの中央にも同様の柱が立っている。
揺れを抑えるこの新たなしくみは、
五重塔になぞらえて「心柱制振」と名付けられた。

2019年現在、世界一の高さを誇るタワーは、
1300年も前の技術によって支えられているのだ。



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