澁江組・磯部建多

礒部建多 19年6月16日放送

monicamüller
位を授かった和菓子

今日は、和菓子の日。

透明感があり、瑞々しいわらび餅。
これからの暑い季節を彩ってくれる。

一説によれば、
平安時代の醍醐天皇の好物であったのだ。
こんな逸話も存在する。

醍醐天皇はわらび餅の味を
ひどく気に入ったあまりに、
太夫の位を授けたとか。

上品な甘さ、モチっとした力強い弾力。
原料となるわらび粉は、希少価値も高い。

天皇ほどの人が、虜になるのも無理はない。


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礒部建多 19年6月16日放送


おかずだった和菓子

今日は和菓子の日。

元はポルトガルから伝来したカステラも、
日本人のアレンジによって確立した、立派な和菓子である。

そんなカステラは、お菓子ではなく、
おかずとして食されていた時期があった。

砂糖が貴重だった江戸時代。
今のように甘くはなく、
大根おろしをかけたり、お吸い物の具に入れて食す、
栄養食だったというのだ。

明治以降の経済成長と共に、
カステラの味は、今のような甘さ広がる、
豊かな味わいへと変わっていった。

カステラの歴史。
それはどこか、
この国の発展の歴史と重なるところがある。


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礒部建多 19年4月21日放送


沈黙の音

騒々しい毎日の中で、
「沈黙の音」を感じられる瞬間。
それが、茶の湯。

茶の湯には、
三音という、茶を点てる時の心得がある。

釜の蓋をずらす音、
茶筅の穂を茶碗の湯に通すこと、
茶碗に茶杓をあてる音。

異説もあるが、
これ以外の音を立てないことが理想とされている。
しかし、むしろ限られた音を意識してたてるという発想に近い。

茶の湯では、言葉を使わない。
その分、音が声となる。
心遣いを、音に託すのである。

「沈黙の音」。
それは何よりも雄弁な音なのかもしれない。


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礒部建多 19年4月21日放送


ビジネス茶道

ビジネス茶道が広まっている。
茶の湯の所作や、教養を学び、癒しを得ることで、
仕事の質の向上を目指すものだ。

しかし、
デジタル機器から離れられることも、
大きな効果の一つである。

そもそも当時、茶の湯が流行した理由には、
茶室に武器である刀を持ち込めなかったことがあった。

現代における「戦い」が、「仕事」であるならば、
その「武器」は、「デジタル機器」ということになるだろうか。

現代を生きるすべての武士たちへ。
殺伐とした日常を離れ、
静寂に身を委ねてみてはいかがだろう。

もちろんその後に、
「戦い」は待っているのだが。


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礒部建多 19年2月10日放送

Kristian Kangasniemi Photography
北欧メタル

北欧は、メタルミュージック先進国である。
メタルバンドの数は、
スウェーデン、デンマーク、ノルウェーを含む
スカンジナビア半島で高く、
特にフィンランドでは、
人口10万人あたり53.2組と、世界トップだ。

その理由は諸説ある。
メタルのエモーショナルな暗さは、
北欧の長く寒い冬を映し出すものだという説や、
メタルの持つ怒りや暴力性は、
北欧のヴァイキングと呼応するという説もあったとか。
もちろん、本当の理由は分からない。

しかし事実として、
北欧諸国では国が教育の一環で
音楽活動・バンド活動に対して
資金や場所を手厚くサポートしてくれるのだ。
すべての文化や、創造性を支援する。
寛容で温かな国民性だからこそ育まれたのは、
間違いなさそうだ。


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礒部建多 19年2月10日放送

Doug Oines
ニッケルハルパ

スウェーデンの伝統楽器「ニッケルハルパ」。
「ニッケル」は鍵盤を意味し、
「ハルパ」はハープを意味する。
形はバイオリンに似て弓で弾くが、
弦ではなく、鍵盤を押さえて演奏する。

4本のメロディーを鳴らす弦のほかに、
12本もの共鳴させる弦を持つのも特徴的だ。
構造は複雑だが、演奏は簡単で、初心者でも扱いやすい。

その音色はとても豊かで、
16本の弦が織りなす、エコーがかかったような柔らかい響き。
どこで弾いても、
まるで天井の高い教会で演奏しているかのように、音に包み込まれる。
国の持つ豊かさは、きっと楽器にも宿るのだろう。
繊細かつ雄大な音色を、是非試してみてほしい


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礒部建多 18年12月9日放送

181208-06 alanmayers
南国の雪景色

常夏の島にも、雪は降る。

南国の楽園として知られるハワイ島。
標高4205mと富士山よりも高いマウナ・ケアの
山頂付近は雪に覆われることがある。
頂上には、氷河時代の名残である永久凍土もあると言う。

冬に雪が降るのはもちろんだが、
2015年の7月には、夏にも関わらず暴風雪に見舞われた。

気象センターさえ予想できないマウナ・ケアの天気を、
現地の人々は神の仕業だと言う。

その山は、神聖な場所として崇められており、
「ポリアフ」と言う
雪の女神が住んでいると伝えられている。

ハワイ神話に登場する女神の中で、
「最も美しい」と称されるポリアフ。

そんな女神が山肌に施す雪化粧は、
神秘的で、息をのむほどに美しい。


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礒部建多 18年12月9日放送

181208-07 Aozora-UmiDaichi-(青空海大地)
雪の知らせ

雪の結晶の形は、
35種類に分類されると言う。
しかし分子レベルで見れば、同じ結晶はひとつもない。

中谷宇吉郎は、その美しさに魅せられ、
雪について研究を重ねた物理学者だ。

上空の湿度や温度、
様々な条件によって、結晶の形は少しずつ変わる。
つまり、その形を見れば、
気象状態などがつぶさにわかると言う。

3000枚もの結晶の写真を収集してきた中谷は、
こんな言葉を残している。

「雪は天から送られてきた手紙である。」

静かに降り注ぐ雪も、
中谷にとっては雄弁であったのだ。


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礒部建多 18年10月14日放送

181014-07
浮世絵を育てた男

菱川師宣、葛飾北斎、歌川広重。
浮世絵を、日本を代表する芸術へ押し上げたのは、
彼らのような絵師の功績だけではない。

美術商だった林忠正。
ジャポニスムに沸くパリを拠点に、
世界中を周り、日本美術を広めた。

当時はまだ価値も知られていなかった、
数多くの浮世絵作品を海外に流出させ、
巨額の富を得た為に、国内で反感を買った。
売国奴と呼ばれたこともあった。

しかし海外からの評価が上がったことで、
国内でも一級の芸術品として、
広く認識されるようになったのだ。

絵師たちが生んだ作品を、林が名作へと育て上げた。
そう言っても過言ではない。


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礒部建多 18年10月14日放送

181014-08
葛飾北斎の発想

色鮮やかで、描写も構図も自由な浮世絵。

葛飾北斎は、誰よりも枠にとらわれず、
見る人を驚かせた。

徳川家斉に呼ばれ、
御前で即興の絵を書いていた時のこと。

細長い紙に、刷毛で藍色を塗ると、
籠に入れてきた鶏の足に朱色を塗って、
紙の上を歩かせた。
「これはこれ竜田川の景色なり」と言い残し、
その場を去ったという。

一つ一つの足跡が、
まるで清流に流れる紅葉のように見えたのだ。

「絵は筆で書く」、
そんな常識すらも超越する創意工夫が、
庶民だけでなく、時の将軍さえも驚嘆させた。


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