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小林慎一

河田紗弥 17年3月11日放送

170311-01
豊臣秀吉 出世食

農民出身でありながら、織田信長の跡を継ぎ、
天下統一を果たした戦国武将・豊臣秀吉。

彼は家臣からはもちろん、他藩の武将からも人気があった。
その人気の秘密は、頭の回転の速さはさることながら、
彼の明るくポジティブな、その性格にあったのではないかと言われている。

そんな豊臣秀吉が愛した味噌がある。

みそに、小さく砕いたピーナッツ、ショウガ、酒、粉末の黒砂糖を少々入れ、
フライパンにゴマ油を敷き、とろ火で、じっくりと練り上げる。

疲労回復の効果があるレシチンや身体を丈夫にしてくれるカルシウムが
たっぷり含まれたこの味噌は
前向きで元気な秀吉を支えた「出世みそ」と言えるだろう。

そんな彼は、よく家臣にこう諭したという。
「何事もつくづくと思い出すべきではない。」と。


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河田紗弥 17年3月11日放送

170311-02 Lovelove2000
菅原道真 健脳食

右大臣にまでのし上がり、平安朝きっての秀才、
そして今でも学問の神様として知られている菅原道真。

学問を究めるエリート揃いの養成学校に最年少で合格したり、
約230年間で合格者はたったの65人といわれる難関試験に合格したり。

彼は、「神童」と称されるのも納得の賢さであった。

そんな彼は、
黒ゴマ、もみのり、かつお節、昆布、きな粉の5種類を混ぜたものを
よくご飯にかけて食べていたという。

黒ゴマは、自律神経を活発にし、
頭脳の働きを助けるガンマーオリザノールを、
とろろ昆布は、
神経伝達物質を合成する際に必要なビタミンや亜鉛を多く含んでいる。

菅原道真が好んだのは、
脳の働きを活性化させる栄養素を気軽に摂取することができる
まさに、「脳活性化ふりかけ」なのだ。


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河田紗弥 17年3月11日放送

170311-03
樋口一葉 恋の食

戦後はじめて紙幣の肖像になった女性で
「たけくらべ」や「十三夜」などの作品で知られる樋口一葉。

小説を書き始めたばかりの頃、
指導係として紹介された小説家の半井桃水に
彼女は恋心を抱いた。

出会って1年後のある冬の日。
みぞれまじりの雨が降るのも構わず、
彼女は、指導を受けに行くために彼の家に向かった。

ところが、彼は寝ている様子。
結局、彼女は玄関先で約2時間近く彼の目覚めを待っていた。

桃水は、そんな彼女のために、汁粉をつくった。
「盆はあれど、奥に仕舞い込みて出すに遠し。箸もこれにて失礼ながら。」
と餅を焼いた箸を添えて出したという。

大きな鍋に小豆とざらめをたっぷりと入れて、沸騰させる。
一晩置いて、豆の芯まで甘さがぎゅっと浸透したそれに、
くず粉を回しいれて、とろっとさせる。

冷え切った彼女の身体を温めるために、くず粉を入れたのが、
桃水なりの気遣いであった。


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河田紗弥 17年3月11日放送

170311-04
小野小町 美容食

絶世の美女だったとして、数々の伝説を持つ平安時代の歌人、小野小町。

美容に対してのこだわりが強く、出される食事に対して、
非常に細かい注文をしたり、
自分が納得いかなかった食事は食べなかった。

そんな小野小町が好んで食べていたのが、鯉料理だ。

たんぱく質やコラーゲンなどをたっぷり含む鯉を、
身体を温める効果があるごぼうや蓮根などの根菜と一緒に
ことことと煮て、味噌をとく。
いくつになっても美しさに対する努力を絶やさなかった
小野小町が愛した鯉こくが出来上がる。


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河田紗弥 17年3月11日放送

170311-05
森鴎外 変わった食

「舞姫」や「雁」などの名作を遺した
明治の文豪、森鴎外。

細菌学を究めて以来、細菌の威力を恐れ、潔癖症になってしまい、
野菜や果物などの食べ物も、
加熱しないと食べることができなくなってしまっていた。

そんな彼の好物、それは饅頭茶漬け。

森鴎外の娘、森茉莉のエッセイ「貧乏サヴァラン」に、
父である森鴎外を描いたこんな一節がある。

「つめの白い清潔な手でそれを四つに割り、
その一つをご飯の上にのせ、煎茶をかけて食べるのである。」

あつあつの煎茶をかけるということは、
森鴎外にとっては、殺菌の意味があった。
しかし、その熱いお茶によって、饅頭の皮は溶けて、
あんこがごはんとよく絡み、淡い汁粉のような味なんだとか。

試してみては?


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河田紗弥 17年3月11日放送

170311-06
石田三成 スタミナ食

豊臣秀吉の家臣のひとりとして、
その優れた行政能力で名を遺した石田三成。

彼は処刑の直前に、ニラ雑炊を所望し、食べたと言われている。

古くから「薬草」としても愛されていたニラ。
免疫機能を正常に保つカロテンや筋肉の動きを助けるカリウムなどを多く含む
立派なスタミナ野菜だ。

また、石田三成が水を所望したところ、
水の代わりに、柿が差し出された。
それに対し、「柿は痰の毒であるからいらない。
大志を持つ者は、最後の瞬間まで命を惜しむものだ。」
と答えたと言われている。

痰の毒である柿を食べることを拒み、
スタミナ食であるニラ雑炊を食べた石田三成。
死の瞬間まで、大志を失わなかった。


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河田紗弥 17年3月11日放送

170311-07 Minseong Kim
坂本龍馬 食べ損ねた食

倒幕と明治維新に多大な影響を与えた坂本龍馬。

彼の偉業のひとつである大政奉還の成立
一か月後のある日の夜。

彼は近江屋で中岡慎太郎に料理を振る舞おうとしていた。
「軍鶏鍋でも食おうか、買うてきいや」とそばにいた峰吉という少年に
軍鶏を買いに行かせた。

闘鶏用の地鶏である軍鶏は、他の鶏肉に比べ筋肉質で歯ごたえがあり、
噛めば噛むほど、うま味がでる。
その軍鶏を、
出汁と醤油で作った割り下とにんにくを入れて煮込むのだ。

しかし、坂本龍馬は、この鍋を食べることなく、
刺客に命を絶たれてしまう。

彼は、この軍鶏鍋をつつきながら、
中岡慎太郎とどんな話に花を咲かせようとしていたのだろうか。


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河田紗弥 17年3月11日放送

170311-08
徳川家康 長寿食

織田信長49歳。豊臣秀吉63歳。徳川家康75歳。
徳川家康が、戦国乱世を終わらせ、天下泰平を築くことができたのは、
当時としはかなりの長寿だったことも理由のひとつ。

その長寿の秘密は、贅沢を控え、質素ながらバランスのいい食事にあった。

家康が特にこだわっていたのは、麦飯。
当時は、精米技術が発達していなかったため、手間がかかる分、
白米より、麦飯の方が低価格で提供されていた。

しかし家康は、大名になってからも、昔と変わらず、麦飯を食べ続けた。

麦は、ビタミンや繊維質、カルシウムや鉄分などが
たっぷり含まれた健康食品。


「いつも美味しいものばかり食べていては良くない。美食は月に2、3度でよい。
千畳敷きの屋敷を持っていても、寝る場所はわずかに1畳であるように、
天下の主といえども、飯はただ1飯よりほか用なしである。」


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河田紗弥 17年1月22日放送

170122-01 Polifemus
ジャズな一日 ~心の食べもの~

漫画家・石塚真一の作品「BLUE GIANT」

音楽経験ゼロの主人公が、ジャズの生演奏に強く心を打たれ、
世界一のサックスプレイヤーを目指し、奮闘する姿が描かれている。

ジャズが好きで、自らもサックスを演奏する作者のジャズへの熱い想いが、
作品のいたるところに込められている。
主人公が通う学校の音楽の教師が言うセリフにこんな一節がある。

「音楽がなくても、生活はできる。
 でもね、私たちには心があるでしょう?
 心にも、食べものはあるのよね、きっと。」



きょうはジャズの日。
おいしい音楽を、
あなたの心に食べさせてあげてみてはいかがですか?


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河田紗弥 17年1月22日放送

170122-02
ジャズな一日 ~ベニー・グッドマン~

1930年代のアメリカでは、
白人と黒人が同じバンドで演奏をすることはなかった。

そんなアメリカの悪しき習慣を打ち破ったのが、
スウィングの王様と呼ばれる、ベニー・グッドマンだ。

当時は人種差別が激しく、
ホテルやレストラン、交通機関など、
多くの公共施設に、白人専用、黒人専用があるのが当たり前だった。

バンドに黒人を雇うことで、嫌がらせを受けることも、
黒人に対して偏見の目を向けている一部のファンが減ってしまうことも、
彼は、きっと予想できただろう。

しかし、ベニー・グッドマンは、
自らのバンドに、黒人のドラマーやギタリストを積極的に採用し、
当時は異例とされるようなステージを実現させることを選んだ。

彼はこんな言葉を残している。
「失ったものを数えるな。残ったものを数えよ。」

ベニー・グッドマンが残してくれたものは、
計り知れないほどに、大きかった。


きょうはジャズの日。


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