小林慎一

野村隆文 19年4月13日放送

m-louis
喫茶店の話 〜喫茶店の略語〜

今日4月13日は、
日本で初めて喫茶店がオープンした日。

その昔、喫茶店での待ち合わせは、
デートコースの定番だった。

注文は、略語で頼むのがセオリー。
たとえば、「レスカ2つ」。
これはレモンスカッシュのこと。

他にも、アイスコーヒーを、レイコー。
クリームソーダを、クリソ、などなど。

レトロな喫茶店が再注目されている今、
ちょっと気取ったオーダーに挑戦してみてもいいかもしれない。

注文が通れば、気分は昭和の学生か、はたまた大正の文豪か。


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野村隆文 19年4月13日放送

白石准
喫茶店の話 〜喫茶店の椅子〜

「喫茶店のコーヒーについて語るとき、大事なのは椅子だ」
と語ったのは、作家の片岡義男。

ある名古屋の喫茶店は、
時代とともに変化する日本人の体型に合わせ、
ソファのサイズについて徹底的に研究を重ねた。

別の京都の喫茶店は、椅子を必ず一脚ずつ修理に出す。
修理されて戻ってきたときに、
店の雰囲気がいつもと変わらないように、という心遣いからだ。

ゆったりと落ち着ける空間が、
喫茶店の一杯をさらにおいしくするのかもしれない。


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野村隆文 19年4月13日放送


喫茶店の話 〜カップの向き〜

喫茶店で、運ばれてきたコーヒー。
そのカップの取手は、右と左、どちらに向いているだろうか。

右に向いていると、ブラックがすぐに飲める。
「アメリカ式」と呼ばれる、合理的なセッティング。

一方、左に向いていると、左手で取手を抑えられる。
そうすると、右手で砂糖やミルクを入れ、スプーンで混ぜやすい。
「イギリス式」と呼ばれるのは、紅茶の文化が根付いているからだろうか。

左利きだと話は変わるし、
どちらが正解、というわけでもない。

ただそこには、
おいしいコーヒーを、できるだけ気持ちよく楽しんでほしいという、
ささやかな心遣いが見え隠れしている。


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野村隆文 19年4月13日放送


喫茶店の話 〜ふたつの銀ブラ〜

現存する日本最古の喫茶店、カフェーパウリスタ。
1911年の開業から、今年で108年を迎える。
銀座通りに面した席からは、今もなお、
「」する人たちを眺めることができる。

さて、「銀座の街をぶらぶら散歩すること」を表すこの言葉。
実は、もう一つの由来があると言われている。

なんと、
「銀座のカフェーパウリスタに、ブラジルコーヒーを飲みに行くこと」
だという。
開業当時、店に好んで通った学生たちが流行らせた言葉だとか。

真偽のほどは定かではないが、
銀座という街を歩くこと、そしてその街の喫茶店でコーヒーを飲むことが、
長く愛されてきたことは確かだろう。

ふたつの「銀ブラ」を楽しめるカフェーパウリスタは、
今も銀座の街を静かに見守っている。


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野村隆文 19年4月13日放送

IZAYOI_YUKARI
喫茶店の話 〜一息へのこだわり〜

なぜ、喫茶店は落ち着くのか。

コーヒーの香りは、
脳にリラックス効果を与えると言われている。

また人間の脳は、
適度な話し声やBGMがある方が集中できるという。

さらには、あたたかく店内を包む照明に、革張りのゆったりとしたソファ。
控えめなマスターが淹れる、いつもどおりのブレンドの味。

そんないろいろな要素が合わさって、喫茶店は
誰もがほっと一息つける場所になる。

実は、あのブルーボトルコーヒーのルーツは、
日本の喫茶店文化にあると創業者は語る。

長い時間をかけて培われてきた、こだわりの時間と空間は、
最先端のカフェの中にも脈々と受け継がれているのかもしれない。


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河田紗弥 19年3月17日放送

shok
ちいさなフルコース

ご飯、メインのおかず、副菜に、デザート。
配置や彩り、栄養、旬も考えられた日本のお弁当は
まるでちいさなフルコース。

そんな「弁当」を日本に初めて確立させたのは、
あの織田信長だ。

安土城で働く大勢の軍勢に食事を配るとき、
箱にご飯とおかずを詰めれば、
配膳が楽になるのではと考えた。

そして、そのご飯とおかずを詰めた箱のことを、
「弁(そな)えて、用に当てる」という意味をこめ、
「弁当」と名付けたのだ。

織田信長が名付けた「弁当」という言葉。
今では、海外でもアルファベット表記で「BENTO」として記され、
立派な日本文化になっている。


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河田紗弥 19年3月17日放送


ちいさなフルコース 幕の内弁当

江戸時代、庶民の間で人気だったのが、芝居見物。

当時の芝居は、朝から晩までの長時間娯楽であった。
そのため、芝居の間の“幕の内”に食べるお弁当のことを
「幕の内弁当」と呼ぶようになった。

幕の内弁当のご飯に俵形のおにぎりが多いのも、
狭い場所でも、短時間で食べやすいようにという意味が込められている。

そう、歌舞伎見物の楽しみは
「か・べ・す」と言われていた。
菓子・弁当・寿司、のことだ。

歌舞伎をつまみに、飲んだり食べたり、
自由気ままに楽しんでいたんだとか。

そんな観客の様子を見て、
「なあに、客が飲んだり食べたりするのを忘れるくれえ、
うまい芝居をして見せてやらあ!」と
役者たちも張り切っていたようだ。


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河田紗弥 19年3月17日放送

Miguel Discart
ちいさなフルコース

海外でのBENTOブーム
火付け役になったのは、日本のアニメや漫画だ。

学校でお弁当を広げ、みんなで食べるシーンや
好きな人に手作り弁当を渡すシーン。
そして、そこで描かれるかわいくて、おいしそうな、
おにぎりや玉子焼き、タコさんウィンナーに
世界中が虜になったのだ。

真っ先にBENTOに目をつけたのは日本文化に関心の高いフランス。

元々フランスでは、
優雅にランチタイムを堪能しないのは
“かっこ悪い”という風潮があったのだ。
そのため、昼休みのランチに
2時間もの時間をかけてコース料理を楽しむのが普通だったとか。

しかし、リーマンショックの影響を受け、
フランスは不景気に見舞われた。
昼休憩が削られ、収入も減ってしまったフランス人は、
オフィスで簡単に食べられるサンドウィッチや携帯食を昼に食べることが増えた。

そんな生活に、どこか寂しさを感じていたフランス人の間で、
おいしそうな料理の数々が
色鮮やかに詰められた日本のBENTOが普及していくのに、
時間はかからなかった。


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河田紗弥 19年3月17日放送


ちいさなフルコース 駅弁

日本の鉄道の歴史は
1872年の新橋–横浜間の開業によって始まった。
しかし、その当時は、
「食まかりならず」との御触れが出されていて、
列車内での飲食が禁じられていた。

しかし、
1885年7月16日。
当時の日本鉄道が大宮–宇都宮間の開通と当時に歴史は変わった。

電車に乗っている時間が増えたため、
車内での食事が認められるようになり、
宇都宮の旅館 白木屋が駅で弁当を売り始めた。

白木屋の斎藤嘉平氏が販売したのは
梅干しいりのおにぎり2個に
ごま塩をふりかけ、
たくあん2切れと一緒に竹の皮に包んだもの。

それから132年、
現在は約4000もの種類の駅弁が販売され、
列車だけではなく、家で楽しむ人もいるんだとか。


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河田紗弥 19年3月17日放送


ちいさなフルコース 日の丸弁当

弁当箱いっぱいに詰められた白いご飯に、
アクセントとなる酸味と赤い色を添える梅干し。

平安時代から漢方薬として扱われてきた梅干しは
保存性に優れ、抗菌・防腐作用があり、
解熱や疲労回復にも効果があるとされる。

そして、日露戦争が始まったころには、
軍需用としても需要が高まり、
ご飯の真ん中に梅干しを埋めた
日本の国旗のデザインに似た日の丸弁当が食された。

今となっては、質素なお弁当のイメージである日の丸弁当だが、
当時は、貧しい家の子どもは、
ご飯に野菜屑などを混ぜて量を水増ししていた。
そのため、白いご飯に、良質な梅干しのお弁当を持参できる
豊かな家の子どもの弁当は
羨望や憎しみの対象になったんだとか。


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