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2011 年 8 月 のアーカイブ

かっこいいなマティスって 20110620-4

美術館のなかは写真撮影禁止なので
観たものを、書ける範囲でお伝えしてみます。


          入口近くにあった花


なにがすごかったか①
作品との距離が近かった。

作品の前に
ここから先乗り出しちゃだめ
みたいな線もひいていなかったし、
気になるものは細部までじーっと寄って観ることができる。

監視員さんも
高い作品なんだから汚してくれるな、みたいな
ピリピリした感じがぜんぜん無かった。

全体的に「美術館」というよりは
マティスの「家」みたいな感じ。
(アトリエに置いてあった家具とかも展示されていた。

とにかく、ゆったりのんびり観られる。
その感じがとってもよかったです。


なにがすごかったか②
絵以外の作品がたくさんあった。

もちろんマティス=「画家」なのだけれど、
絵を描く以外のこともいっぱいやってたことがわかった。

たとえばこれ



マティスの描いた「海」なのですが、

これ以外にもシルクスクリーンで同じもの描くことにトライしてたり
布に刺しゅうすること(ハワイアンキルトみたいなこと)もやってみてたり
いろんな領域をかじっていたのが、すごいなあと。

後日、ピカソ美術館にも行く機会があったのだけれどピカソもそうで、
絵筆を持つ日もあれば、陶芸をする日もある、彫刻をする日もある。

(マティスは晩年、教会をまるまるひとつ
(手がけることまでしていたというからおどろきです。

あたらしいこと覚えるのって大変だし、
実際はじめてみるとおっくうになることもあると思うのですが、
この人たちはそうじゃなかったんだなあ。
エネルギッシュ。
思いついたことはぜんぶやる。

そんな風に見えて、
すごいなあ、かっこいいなあ
でもそういうことできてない自分は
なんかちょっとくやしいなあ
この人たちより若いのになあ
と、思ってしまいました。

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ニースに行くことにした 20110620-3

特別な理由があったわけではありませんが
ニースに行くことにしました。

電車に乗れればそれでいいなあと思ったのと、
モナコにも行けるらしいけれど国境越えるのがこわかったのと、
とはいえほどよく離れているところがよかったので、ニース。

海外慣れのまったくしていない二人なので
切符を買うにもひと苦労。
でも、駅の人にはキホン英語が通じたので
なんとか改札をくぐれました。


           電車がきーたぞー


「国鉄」と聞いていたので
なんというか、もっと、単線みたいなの想像してたんです。
でも二階建て。新幹線みたい。
カンヌは日本でいう「熱海」みたいなとこ、らしいので
これは「スーパービュー踊り子号」みたいなものなのかもなあと
言い聞かせていました。



             ニースの駅


             ニースの駅前


ぶじ到着。
カンヌから30~40分ぐらいかかった・・気がする(体感時間による)

ここからどこを目指すかといえば
マティス美術館!
南仏には美術館がたくさんあるのです。
(シャガール美術館もニースにあるのだとか)

むかし教科書で読んだ気がする情報を、
まさか自分の目で体感できる日がくるとは思わなかった。



        奥の豆粒がわたしたち二人

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五島のはなし(155)



ウケを狙っておみやげに買って帰る
「さざえもなか」でありますが、
ちゃんと毎回ウケてもらえます。
五島が生んだ、「すべらないおみや」であります。



中身はこんなんです。
みんないったんは笑って、でも食べたら
「あ、うまい」と言います。この「あ」を聞くたびにうれしい。



「さざえもなか」では驚いてくれなくなった人には、
「石鯛もなか」を買って帰ることにしています。
ちなみに「あわびもなか」もあります。

・・・いいでしょ、五島。
なんというか、細かくなくて。

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小枝のマーシャ





文:すすきけいこ
絵:おおくまくみこ
声:坂本美雨

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名雪祐平 11年8月28日放送


訃報 ニコライ・ペトロフ

8月3日
ロシア屈指の名ピアニスト
ニコライ・ペトロフが亡くなった。

まるまると太った体で、
鋼鉄のタッチと、万華鏡のような音色をくりだし、
ロシアが誇る精密大型重戦車と呼ばれた。

音楽においてミスタッチほど劣悪なものはない
と言い切る完璧主義者。

リストのパガニーニ練習曲の初版という、
最も難しいといわれる楽曲も、
人間業とは思えない技巧でノーミスに奏でた。

けれども、健康については
完璧主義者にはなれなかったようだ。
多くのファンが彼の太りすぎを心配していたのだが・・。

演奏旅行中に脳卒中で倒れ、
68歳で亡くなった。






訃報 ジョー山中

ジョー山中 8月7日 永眠

アメリカ兵の父親のことを知らずに育ち、
小学校時代には母を亡くし、
自宅まで火事で全焼した。

何もかもなくした。
でも、彼には、
3オクターブの美しい声があたえられた。

母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね

♪『人間の証明のテーマ』Mama~

1977年、彼は西条八十の詩『帽子』を英語に訳し、
歌ったこの『人間の証明のテーマ』は、
50万枚を超える大ヒットとなった。

彼が亡くなっても、
魂の叫びが伝わってくるような歌声は
時代に刻まれている。




訃報 松田直樹

あるサッカー選手が戦力外通告を受けた。

練習が休みの日にロッカーを整理するために、
独りクラブに来た。

それを手伝い、見送る男がいた。

当時横浜マリノスの不動のレギュラー、
松田直樹だった。

 プロは厳しい世界だけれど、
 プロだから優しくしたいとも思う。

そう繊細に語った。

日本代表で活躍し、ミスターマリノスとまでいわれた
その松田自身が戦力外通告を受けるとは
本人も思いもしなかったのかもしれない。

2011年、松田は松本山雅FCに移籍。
J1より、J2より下位組織のJFLのチームを選んだ。

長くマリノスの同志だった中村俊輔が訊いた。
チームをJ2に上げるのか、と。
松田は力強くこたえた。

 バカ、J1だよ。

40歳を超えても現役でいたかった男の
34歳という早すぎる死。

松田が旅立った8月4日を
サポーターは決して忘れないだろう。




訃報 平光清

平光清は、
26歳でプロ野球の審判として採用され、
それから54歳まで続けた。

1992年の阪神対ヤクルト戦では、
幻のホームラン事件が起こった。

平光の微妙なホームランの判定が、
選手の抗議により二塁打に覆った事件だった。
もめにもめ、ゲームは37分中断した。

二塁打とされた阪神側の監督に、平光が言った。

 俺がやめるから、どうにかおさえてくれ。

誤審の責任を取るかたちで、
このシーズン限りで審判を引退した。

しかし、通算3060試合に出場した功績は
失われるものではない。

平光清 8月9日 永眠




訃報 前田武彦

昔、テレビの司会といえば、
台本通りに読み上げる人だった。

そんな司会の常識をひっくり返したのが、
フリートークの天才、前田武彦。

台本を無視したトークは、
1960年代当時は斬新で大人気となった。

歌番組の司会では、
毒舌のせいで若い女性歌手を泣かせることもあった。

前田は予定調和でないやりとりによって、
遠い存在だったスターの人間性をあぶり出し、
視聴者の目の前に差し出したのだ。

ある日、前田は自らもさらけ出した。

番組のエンディングで、
支持する政党の立候補者の当選に対して
万歳をしたのだった。
それが問題となり、
番組を司会を降ろされた。
その後の数年間にわたって、
前田がテレビに出る機会はほぼなくなってしまった。

昔、テレビがおもしろくておもしろくて
たまらない時代があった。

そのまん真ん中にいた希代の司会者が、
8月5日永眠した。

それは、地上アナログ放送が終了して
まもなくのことだった。




訃報 日吉ミミ

恋人にふられたの
よくある 話じゃないか

どこか投げやりな詞で始まる歌が
1970年にヒットした。

歌ったのは、日吉ミミ。
独特の鼻にかかった声と
見た目のかわいらしさのギャップで
人気者になり、
その後もヒット曲がつづいた。

2009年、すい臓癌がみつかった。

 私は強く生きるのよ

と、病床でもデビュー45周年に向けて、
活動再開を強く願っていたが
かなわなかった。

8月10日、夫や親族に見守られながら
息を引き取った。




訃報 正力亨

8月15日終戦の日、
実業家で、読売ジャイアンツの元オーナー
正力亨が亡くなった。

ジャイアンツを愛してやまない男だった。

バックネット裏から
「長嶋くん、次はバントだ」
と大声で指示を出すなど純粋すぎるほどだった。
一番のジャイアンツファンでもあったのだろう。

しかし純粋ではすまされない事件も起こした。
1978年、ドラフト前日の「空白の一日」を悪用した
江川事件では、世の中から厳しく批判された。

日米野球やアジア各国との交流など、
国際的な視野ももっていた。

まちがいなく、野球の黄金時代を気づいた
名物オーナーだった。




訃報 髙城淳一

8月18日、一人の名脇役が亡くなった。

俳優、高城淳一。享年86歳。

映画『戦争と人間』『華麗なる一族』『不毛地帯』
ドラマ『事件記者』『西部警察』などで活躍した。

腹に一物ありそうな、
知的でクールな悪役がよく似合った。
ジャン・ギャバンがひいきだったのも、
うなずける。

演技だけでなく、日本俳優連合の理事として、
失業保険や労災もなかった俳優の地位向上のために
積極的に貢献してきたという。

 私のこれまでの役者人生、
 これっぽっちも後悔してないさ。

晩年のインタビューで、
そうきっぱりこたえていた。

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坂本和加 11年8月27日放送


おばけ① 上田秋成

残暑のきびしい
晩夏にほしくなる、怪談話。
けれど、眠れなくなりそうな話
では困る方に「雨月物語」はどうだろう。

上田秋成によって
江戸時代末期に書かれた
9編からなる怪談話は、
文学作品としてもすばらしく、
現代語訳なら、私たちにも読みやすくありがたい。

上田秋成の描く幽霊は恐ろしい。
我欲に執着し苦悩する、その有様が
まるで人間の本質を
さらけ出すようだからであろう。

幽霊もまた、人間から生まれたもの。
作者、上田秋成は、医者でもあったが、
狐狸や幽霊のたぐいを、かたく信じていたという。






おばけ② 三遊亭圓朝

日本の幽霊は「足がない」。
そのセオリーをくつがえしたのは
牡丹灯籠のお露さんと言われている。
提灯片手に「カランコロン」と
下駄をならしてやってくる。

創作は落語中興の祖、三遊亭圓朝。
この有名な怪談話は
落語が広く いまに伝えた。
圓朝の落語は、現代落語のように
オチのある滑稽話ではなく、
語りの芸でぐいぐい観衆を引き込み
つづき聴きたさに 寄席へ
客を通わせる落語だった。

圓朝と深く親交のあった山岡鐵舟は
「お前の話は、活きておらん!」といい
若かりし圓朝を叱り育てたというが、
圓朝の弟子たちは
「師匠の落語は死人の話ですから」
と言ったとか、言わなかったとか。

お後がよろしいようで。




おばけ③ オバケのQ太郎

オバケのくせに
ちっともこわくない。
ドジで大食いで、犬が苦手で、
日本中の子どもたちに愛された
人間みたいなオバケ、
それがオバケのQ太郎。

藤子・F・不二雄、藤子不二雄A、
ふたりの天才漫画家による
さいごの合作作品は
1965年にテレビアニメがはじまるやいなや
30%を超える視聴率を記録。
「オバQブーム」は社会的現象にまでなった。

しかし、コミックは長らく絶版が続いた。
復刊は、ほぼ20年ぶり、おととしのことだ。

ああ、よかった。子どもたちが、
オバケのQ太郎を知らずに大人になることも、
このまま忘れ去られていくこともなくなった。

いちばんほっとしているのは、
オバケのQ太郎 本人かもしれません。




おばけ④ 柳田国男

都会からすこし離れ、田舎をいけば
どこでも見かける小さな「ほこら」。
あの中には、
いったい何が入っているんだろう。
怖い、けれど、見たい・・・。

『遠野物語』の著者であり、
日本の民俗学の礎を築いた柳田国男は
幼年の頃、その「ほこら」を恐る恐る覗き
神秘体験をしたのだそうだ。

人間の根っこにある
「怖いもの見たさ、知りたさ」は、
柳田国男の民俗研究を前へ前へと進めた。
妖怪を「信仰が失われ、落ちぶれた神々」と
定義し、各地の民話と共に数多くの妖怪を紹介した。

けれど、ミステリアスだと思いませんか?

テレビもラジオもない時代から
天狗も座敷童もカッパも、
全国各地で言い伝えられていて、
その風貌からいたずらまで、
まったく一致するのだということ。




おばけ⑤ 水木しげる

数々の愛すべき妖怪漫画を
執筆してきた漫画家、水木しげる先生が、
また新しい肩書きを持った。

「お化け大学校 総長」。

通称「化け大」。
そのキャンパスは京都にあり、
OBに、鬼太郎やねずみ男、
教授陣には妖怪学の権威、
荒俣宏氏、京極夏彦氏といった
豪華な顔ぶれがならぶ。

お化け大学は、学校なので入学希望者を募っている。
けれど「ゲゲゲの鬼太郎の歌」にあったとおり、
「試験もなんにもない」から、誰でも入学可能。

他人との比較ではない、あくまでも
自分の楽しさが大事。

水木しげる総長のお言葉である。




おばけ⑥ 六条御息所

お化けは信じませんか?
では、生き霊はどうですか?

日本人にとって長らく
生き霊はもっとも畏怖すべき対象だった。

たとえば、紫式部による古典の傑作、
「源氏物語」の登場人物である 六条御息所。

能の謡曲としても人気演目で、
最近では作家 林真理子さんによる
書き下ろしも出版された。

ところで、
古語では、生き霊が歩き回ることを
「あくがる」という。
それが転じて「あこがれる」となったそうだ。

あこがれるほどの激しい思い、には
注意が必要ということかもしれない。




おばけ⑦ 円山応挙

江戸時代に活躍した絵師
円山応挙の作品に
「お雪の幻」という幽霊画がある。
日本の幽霊に足がないのは
この画がはじまりといわれるくらい有名な一枚だが
応挙は、どうやら
幽霊を描いたわけではないのだそうだ。

画のモデルは
病気がちだった妻、お雪。
その死後に、応挙は愛しい妻を、描いた。
写生は応挙の得意とするところだったから、
病に伏した妻が、乱れ髪で厠に立つ姿を
見たままに描いた。
暗がりで見えない足元はそのままに。

いつしかその画は、女の幽霊と
言われるようになったけれど、
愛情をもって描かれていることがよくわかる。

恐ろしいと思ってみれば、怖いものだ。

幽霊の正体見たり、枯れ尾花。

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坂本和加のスローリビング



あっ、まちがえました。
本当の番組タイトルは「村上ゆきのスローリビング」です。
シンガーソングライターの村上ゆきさんの
音楽とおしゃべりが心地良い30分。

でもでもでも、そこで流れるCMを書いているのが
チームVisionのメンバー坂本和加さんです。

前CM、中CM、後CM、全部いっぺんに聴いてみましょう。
番組ブログはこちらです(玉子)
http://www.tbsradio.jp/slow/joy/

radio.jpで聴けます http://radiko.jp/
TBSラジオ 毎週日曜日18時〜18時30分

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ボーゼンと街歩き 20110620-2

所在ないわけです。負けたので。
とはいえ一日の残りはたっぷりあるわけで。
でも、とりあえずおなかはすくわけで。




気になってたカフェに来てみました。
これ、写真ではまったく伝えきれてないのですが
ものすごくかわいいカフェです。
きれいなムラサキ色でいろんな調度品がまとまっていて。


         シャンデリアもあったですよ


でも、注文しようと思ったら衝撃のひと言。
「飲み物は出せるけど、朝ごはんを出していないの。バケットぐらいしかないのよー・・」

なんという凡ミス。
来てみたかった憧れは満たせても
おなかが満たせなきゃイミがないぞ。


でも、フランスってゆるやかで
まわりのお店で買ったものを持ちこんで食べても
ぜんぜん怒られないんです。
なので、となりのお店でサンドウィッチを買ってみました。



長い・・!
これで、300~400円ぐらい。
フランスパンと言うだけあって
やっぱり、フランスはパンおいしいです。


そして、調子に乗ってマカロンも購入。



でかい・・
おばけマカロンです。
甘いものは別腹!と言いますが
さすがに一部、後日に持ちこしました。


血糖値はあがったし、
さすがにちょっと元気になったけど
モヤモヤはとれず・・

二人して口を開いたら、気持ちは一致してました。

「とりあえず、今日はここにはいたくない」

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結果発表 20110620-1

20日AM10:00。 いよいよ


             結果発表ー!

プレス審査のお部屋にみんな集められ、
審査委員長からひとこと。
「君たちは実にすばらしい」
「あの短い時間で?ほんとにアメージングだ!」
「僕たちもとても刺激をもらったよ」
みたいなことをおっしゃっていた(と、思う・・)

そしてすぐさま発表。


BRONZE!



“Donate today to help them find clean, affordable water.”
(すぐに寄付を。彼らがきれいな水を手に入れやすくなるように)
手書きのイラスト風のビジュアルが目をひく。


SILVER!



“If humans are 65% water, Africans are just 35% human. ”
(人間の65%が水であるなら、アフリカ人は35%しか人間たりえていない)
これはコピー勝ち。メッセージに発見がある作品。


GOLD!



“Our pumps make water more than water. ”
(わたしたちの井戸はアフリカに水をもたらすけど、それ以上のものも与えている)
「水(=H2O)から広がるいい影響」を化学式のように描いていくというアイデア。
アフリカの現状のこともちゃんと伝えているし、ビジュアルもきれい。なんともクレバーな印象。




なかったね 日本・・

現在時刻 AM11:00
この残りながい一日を、どうしてくれよう

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五島のはなし(154)

帰省してました。天気の悪いお盆でした。
よく降った。そしてよく鳴った。
雷を怖いと思ったのは子どものとき以来かも。
海で雷が鳴り出すと、それだけで怖いのに。

雷だ―逃げろー



すぐ近くにバンバン落ちるものだからもう!

雨、いっきに来た



しまいには、すぐ近くに落ちたやつが枝分かれしたのか、
ぼくらが座っているすぐ横の鉄の柱に、稲妻が走った。

こどもに大丈夫!大丈夫!と言い聞かせる。
じつは自分にも言い聞かせている。

へそをかくせー!



こどもはヘソをとられないように必死に隠しながら、
泣きじゃくっておりました。
雷が落ちたらヘソをとられるって話、
ずいぶん長いこと忘れてたなあ。

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