佐藤理人

佐藤理人 20年3月14日放送


円周率とギリシャ語

数学の歴史上、人類をもっとも長い間
悩ませ続ける難問、円周率。

紀元前2千年頃、古代バビロニア人は、
地面に描いた円とロープを使って、
3.125という数字を見つけた。

約1700年後の紀元前3世紀、
古代ギリシャの数学者アルキメデスが、
円周率を初めて計算によって導き出した。

ギリシャ語で「周り」はペリメトロスという。
円周率の記号「π」がその頭文字から
取られていることは、あまり知られていない。

今日は円周率の日。


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佐藤理人 20年3月14日放送

Daniel Shen
円周率とジャズ

日本を代表するジャズピアニスト、山下洋輔。

彼が1981年に出したアルバムの中に「円周率」という曲がある。
あの3.14の数列を音符に置き換えて、曲の形に整えたもの。

1はド、2はレ、3はミ。譜面におこしてみると、
無限に続く数字の羅列は、見事なフリージャズになっていた。

だが、この曲には1ヶ所ミスがある。
小数点11桁目の8が6になっているのだ。
その曲は今でも6のまま演奏されているという。

今日は円周率の日。


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佐藤理人 20年3月14日放送

RhianonB
円周率と針と糸

江戸時代、円周率は3.16とされていた。

算術好きの少年、関孝和はその常識に疑問を抱いた。
円の周りに針を刺し、糸を巻いて長さを計った結果、
もっと小さい数だと確信した。

計算好きが高じて幕府の財政係になると、
さらに算術に没頭。正131072角形を作り、
周りの長さから3.14という数字を導き出した。
しかも小数点11位までほぼ正確に計算。
これはヨーロッパに200年先んじる快挙だった。

今日彼は算数の聖人、

 算聖

として崇められている。

今日は円周率の日。


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佐藤理人 20年3月14日放送


円周率と女神

 インドの魔術師

と呼ばれた数学者ラマヌジャン。
彼は円周率に関して優れた数式をいくつも残した。

功績を認められケンブリッジ大学に招かれたが、
すべてを独学で学んだ彼は数式を証明することができなかった。
思いついた理由を尋ねられると、

 夢で女神が舌に書いてくれた

と答えた。

数学の歴史に残る発見をしたにも関わらず、
病に倒れ、32歳の若さで病死。
彼が遺した4000もの数式の証明が終わり、
世に出たのは2018年のこと。

100年前に彼が見ていた景色が、
ようやく私たちにも見え始めた。

今日は円周率の日。


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佐藤理人 20年3月14日放送


円周率とIT

1年前の今日、円周率計算のギネス記録が更新された。

 31兆4159億2653万5897桁

従来の記録を9兆桁も更新しただけでなく、
円周率の最初の14桁に合わせた粋な計らい。

記録をつくったのは、日本人エンジニアの岩尾エマはるか。
たった一人、25台のバーチャルコンピュータを駆使して、
121日間かけて計算した。

12才のときから円周率計算の世界記録を夢見てきた彼女。
その功績は宇宙探査や物理学、
そしてITの進化に新たな希望を灯した。

今日は円周率の日。


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佐藤理人 20年1月11日放送


シュリーマン  クリスマスプレゼント

1829年のクリスマス。7歳のハインリヒ・シュリーマンは、
父親から一冊の本をプレゼントされた。

 イリアス

ギリシャの詩人ホメロスが書いた世界最古にして最高の叙事詩。
挿絵には古代ギリシャ軍に滅ぼされるトロイの街が描かれていた。

絵を見た瞬間、ハインリヒ少年の胸にひとつの夢が生まれた。

いつかトロイの遺跡を見つけてやろう。
そしてこの話が真実であることを証明しよう。

考古学の歴史を書き換える壮大な冒険が始まった。


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佐藤理人 20年1月11日放送


シュリーマン  40年越しの夢

トロイの遺跡を発掘したドイツの考古学者、
ハインリヒ・シュリーマン。

彼が最初に選んだ仕事は貿易商だった。
多額の発掘費用を稼ぐため、武器の密輸にも手を染めた。

しかし片時もトロイのことが頭を離れることはなかった。
仕事の合間を縫って古代ギリシャ語を学び、大学に通い、
ギリシャ人女性と結婚した。

1870年、仕事を引退した彼は、
新婚の花嫁を連れてついに発掘へと旅立った。

このとき47歳。実に40年越しの夢だった。


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佐藤理人 20年1月11日放送


シュリーマン  ヒッサリクの城壁

トロイの遺跡を発掘したドイツの考古学者、
ハインリヒ・シュリーマン。

ホメロスの叙事詩「イリアス」に魅せられた彼は、
100人の人夫を連れ、トロイがあったと言われる伝説の場所、
トルコのヒッサリクの丘へ向かった。

発掘から3年後の1873年、高さ6mの城壁が見つかった。

イリアスの王子パリスに奪われた妻ヘレネーを取り戻すため、
メネラーオス率いるギリシャ軍が攻め寄せる。

城壁の上に立ったシュリーマンの目には、
幼い頃に見た「イリアス」の挿絵が映っていた。


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佐藤理人 20年1月11日放送

DieBuche
シュリーマン  遺跡の真実

1873年6月14日。トロイの遺跡を発掘したドイツの考古学者、
ハインリヒ・シュリーマンの前には、目もくらむ財宝が広がっていた。

8700点にのぼる装飾品の数々。中でももっとも素晴らしいのは、
1万6000個の純金を集めて作った、額から肩まで届く宝冠だった。

彼は泣きながら妻に冠をかぶせると、抱きしめて叫んだ。

 おまえはトロイのヘレネーの生まれ変わりだ!

しかし冠は紀元前2300年頃の、もっと古い時代のものだった。

彼は発掘に夢中になるあまり、
トロイの遺跡を掘り抜いてしまっていたのである。


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佐藤理人 20年1月11日放送


シュリーマン  夢への敬意

トロイの遺跡を発掘したドイツの考古学者、
ハインリヒ・シュリーマン。

彼が実際に見つけたのはトロイの遺跡の、
はるか下に埋まっていた青銅器時代の古代都市だった。

それでも考古学者たちは、彼にトロイ発見の名誉を与えた。

考古学がまだ学問として整備されておらず、
発掘技術にも限界があった時代に、
夢を追い続けた男に敬意を表した。

1881年、彼は改めて発掘したトロイの黄金を、
母国ドイツに寄贈し、ベルリンの名誉市民となった。

生涯、トロイの発掘を続けたという。

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